No.652857

影技23 【業】(前)

丘騎士さん

 あけましておめでとうございます!

 そしてお久しぶりです(;´д⊂)

 リアルでごたごたしていたもので、書きあがるまでに大分かかってしまいました……。

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2014-01-08 17:07:35 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1704   閲覧ユーザー数:1650

「──お、見えてきた。あれがフェルシアの国旗かあ」

 

 ──緑煙る国と国とを繋ぐ街道。

 

 街道沿いを挟む、立派に育った樹木の樹の一本……その頂上の高みから遠くを見渡す人影がそこにあった。

 

 その視界に映るのは……遠くに見える国境を遮る外壁と、見張り塔であろう突起物の上になびく旗。

 

 それを視認し、自分の目的地を再確認した後、至極あっさりとその身を自由落下に任せて飛び降りていく人影。

 

 ──常人ならば……それはただの自殺行為そのもの。

 

 ただ落下しておしまいであろうその行為ではあったが、その人影は身体に染み付いたとしかいいようがないほど、実に手慣れた動物じみた動きで幹を蹴り、枝を蹴り、再び土のむき出しになった街道へと危なげなく音もなく着地する。

 

 身の丈にそぐわない大きさのリュックサックを背負い直しながらも、軽やかな風のように静かに、しかし迅速に駆けだす一人の……蒼髪の美少女にしかみえない美少年。

 

 まあ、前置きが長くなったが……言わずと知れたジンその人である。

 

 皆に見送られ、クルダの街を出て半日が立った今。

 

 早々にクルダ国境を抜け、国を繋ぐ【灰色の境界(グレー・ゾーン)】に突入していたジンは……馬車を使っても容易に二日はかかるであろうその道程のほとんどを、その強靭な脚力と【進化細胞(ラーニング)】が齎す無限に近い持続力によって休むことなく踏破。

 

 上記のようにもはやフェルシアの国境が目視出来る位置にまでやってきていたのだ。

 

 それ故、そんなジンの姿を見た馬車や街道を往来する人々は、旅疲れが魅せた蒼く、淡く美しい風が齎した幻想……白昼夢だと思うほどであり……そう思わせるほどに、凄まじい速度でジンはこの街道を駆け抜け続けてきたのである。

 

 ──まあ……こうして見ればただジンが爆走してきただけの順調な旅路のように聞こえるのだが……実際にはただ駆け抜け続けてきた訳ではない。

 

 あえて数えるならば……街道を行きかう馬車を襲う、山賊・盗賊を通りすがりに撃退する事三度。

 

 野生生物、及び魔獣に襲われる人を助ける事五度。

 

 ……一般常識・一般人からいえば十二分に余りあるほどの波乱万丈な旅路ではあるが……当の本人はまったく気にした様子が無く、『いつもの事』と割り切って賊や魔物を撃退。

 

 先を急ぐ為に後始末を襲われた人達に任せつつ、しかしながら確実に怪我達を【光癒】でさくっと癒しつつ、ここまで辿りついたのである。

 

 ──まあ……後日になって、この件で世話になった人々からお礼として大量の食糧やお金が【女神の癒し(ディーヴァズ・ヒール)】に届く事になるのではあるが……現時点ではまったくの余談であろう。

 

 話がそれたが、それほどの速度でフェルシアまでやってきたジン。

 

 しかし……実際の所、こんなにまで急ぐ緊急性は何一つない旅路であった。

 

 何せ今回の件は……誰の命が危ないとか、国の命運がかかっているとか、そういった危険性は皆無の……他国にお使いに出向くという至極簡単なミッションであり……その用事自体が『ジン自身の専用武器を作る』という、実に個人的なモノであるからだ。

 

 故に、【女神の癒し(ディーヴァズ・ヒール)】にて会計を担っているフォウリィーからは『ゆっくりフェルシアを見てきなさいな』と言いつつ、ジン自身が稼いだお金+旅費とお小遣いを多めにもらっており、『時間はかかってもジンに安全な旅路をいってほしい』というフォウリィーの願いが込められて渡されたそれは……通常の人々と同じように休憩を挟みつつ、宿に数泊して旅行を楽しんでも何も問題が無いほどであった。

 

 しかし……ジン本人はそのフォウリィーの心を知らず。

 

 『お小遣いをもらったけど、無駄遣いはよくないよね!』とばかりに【進化細胞(ラーニング)】に任せて爆走し、まったく休む素振りを見せなかったのである。

 

 ──何故ジンはそんなに旅路を急いでいるのか。

 

 その点……理由は以外にも実にシンプルであった。

 

 鼻歌交じりで浮かれているジンの姿から在る程度は想像がつくかもしれないが……なんだかんだいってジンも普通の男の()

 

(……専用。俺専用の、名工って呼ばれるディアスさん製の……武器! 剣にはなると思うんだけど……どんな出来栄えになるのかなあ……楽しみだなあ~)

 

 その内心は……既にディアスが作ってくれる自分専用武器で一杯であり、どんな武器が出来るのかが楽しみでしかたない、早く武器を見たい、早く手に取って見たい、という想いが自然に足と足に伝わり、今の速度になっていただけなのである。    

 

 ──それは、ジンにしては珍しい、久しぶりに魅せる実に子供っぽい一面であった。

 

 まあ、内容的には『専用武器』の時点で大分物騒なのではあるが……。

 

 そんなこんなで、にこにことした表情を崩さず商人達の馬車のキャラバンを軽く追い越しながら挨拶をしていくジン。

 

 その姿に見惚れた行者やお付きの傭兵達が馬の操作を誤っていろいろと大変な事になっている街道をしり目に、更にその速度を上げ、いよいよをもってフェルシアの国境へと到達する。

 

 そして──

 

「──では、フェルシアへの入国は、鉱石の購入目的なのですね?」

「はい。紹介状もあります。……えっと、何か特殊な手続きはありますか?」

 

 その後は特にトラブルもなく、あっさりとフェルシア国境門・入国管理局へと到達。

 

 当初、子供一人で国境にやってきたという出来事に緊張を示し、賊に襲われたと推測した警備兵の緊急出動という混乱がありつつも、聖王女の身分証、そしてジン=ソウエンという名前に驚愕・驚嘆・陶酔・噴出という諸子様々な反応を示されつつ、ようやく手続きに至るジン。

 

 テキパキと質問に受け答えしつつも……ジンの視線はカオスな状況に陥っている警護兵の衣服・装備へと向いていた。

 

 そう……国境警備兵というのは国の重要拠点であり玄関口でもある為、それぞれの国の特色が色濃く表れる。

 

 ジンが最初にこの世界にやってきた国境……リキトアでは国境周辺の森に【牙】族が。

 

 キシュラナでは槍や剣といった得物を持ち、きっちりと揃った鎧を身に纏った衛兵が。

 

 クルダでは様々な得物や拳を使う、傭兵然とした警備兵が出迎えてくれるのである。

 

 そしてこのフェルシアの警備兵の姿はというと……兵士というよりもむしろ術者よりの格好であった。

 

 その身を包む服や武装には魔力文字が刻まれ、身体能力の強化・防御性能の向上等、有事の際にはその力を存分に発揮できるような構成が成されているという優れ物である。

 

 解析(アナライズ)】しつつも、目の前に座る白髪をショートカットにし、帽子に隠す女性術者に肝心の入国目的を問われ、別段隠す内容でも無い為に素直に受け答えをし、その際、鉱物資源等を国外に物を持ちだす為の手続きがいるのかを問いかけると──

 

「っ……!! で、では! お、お姉ちゃんのほっぺにチュ──グギっ?!」

「──は~い、血迷って何いってるのかなあ? シュナァア! 駄目でしょ~? 子供に何させようとしてるの、かなあ?」

「って、いただだだだ?! い、イク先輩?! 軽いジョークですよ?! 私の腕はそんなふうには曲がらなぁあああ!!」

「あんた! フェルシアの恥よ?! どんなに可愛く魅力的な娘でも、聖王女お墨付きなんていう高名な術者なのよ?! まかりなりにも聖王女様にご不興をこうむって、国を消される自体になったら、あんた責任とれるのかって話よぉ!」

「いっ! あっ! ひぎいいいい!!」

 

 ……首を軽く傾げ、上目遣いで見上げられた女性術師は……そのしぐさによって心にクリティカルヒットを受けてしまい……一瞬のけぞった後、眼を血走らせ、鼻息荒く愛をたらしながら迫りながら自分の欲望に忠実な暴走をしようとして……唐突に後ろから伸びてきた腕に頭を掴まれ、ゴキリという音と共に急停止させられる。

 

 暴走女性をシュナと呼び、頭をめりめりと指が埋まるレベルでしめ上げつつも、更に追加で腕を脇固めに固めてキメ、笑顔でありながらも眉間に青筋を立てて地面に倒れ込むと、そこに居たのは同僚とおぼしき女性。

 

 涙目でシュナがイクと呼び掛ける、その女性術師が見事なサブミッションを魅せる中──

 

「……え~っと、ほどほどでお願いします、ね?」

「………………はぁ~……すまん、ジン=ソウエン殿。手続きはワシが行おう」

 

 その様子を引き気味に見つつも、いろいろと行き過ぎた制止に【光癒】を取り出そうとするジンの手を止めるのは……この国境の警備兵長であろう、スキンヘッドで白の混じった髭を蓄えた男性。

 

 お仕置き風景を見向きもせず、腰を浮かせたジンを着席させた後、溜息混じりにシュナが途中で放り出した書類の手続きを引き継ぐ。

 

 その行動から、彼女達の行動がいつもの事なのだろうと遠い目をするジンの視線を遮るような位置取りをしつつ、時折聞こえてくる苦悶の声や鳴っちゃいけない音を完全に無視し、手続きを終えた警備兵長から入国許可証をもらい──

 

「──ジン殿。やはり……国賓待遇の歓待は受けていただけないのですかな?」

「はい、申し訳ありませんが。聖王女様とたまたまご縁があって甘えさせていただいていますが、俺自身は唯の子供。そういう贅沢な歓待は正直身に余りますし、何より用事がありますから……身動きが取れないのは勘弁願いたいのです」

「──なるほど、そうですか。その若さで……実にしっかりなさっておりますな。今の若い者(・・・・・)にも是非、是非に見習わせたいものです」

 

 ──聖王女公認、そして【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】という字名すらあるジン。

 

 実際問題、そのような重要人物であれば、国賓待遇で国内に迎えるというのがフェルシアという国の流儀であり、その用意があると示す警備兵長ではあったが……それに対して丁寧に断りを入れ、通常の許可証をもらうジン。

 

 高名でありながらも謙虚なジンのその姿勢に感嘆しつつ、更に続く溜息と共に後ろに視線を一瞬移しながらも、一応念の為とからっぽの荷物を確認。

 

 名残惜しそうにしつつも、問題なしとばかりにフェルシア側への門を開き、ジンを送り出す警備兵長とそれに続き見送る警備兵から敬礼で送られ、困ったように、それでいて嬉しそうに笑顔で手を振りつつ去っていくその姿に……警備兵長を含む一同は膝から崩れ落ち、噴出する愛を堪え、あるいは隠そうともせず愛の中に沈んだりと……実にカオスな光景が展開される事となるのであった。

 

 そして──

 

「──たった今、クルダのから来訪した天才【呪符魔術士(スイレーム)】・【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】・ジン=ソウエン殿が国内に入国致しました」

『──ようやく来ましたか。流石は情報部随一の部隊。実に正確な情報ですね。それで……首尾は?』

 

 ──そんなカオスを見下ろせる位置である、一番高い場所に存在する見張り塔。

 

 そこから去っていくジンの背をじっと見続ける人影が存在した。

 

 それは……先程ジンの受付を務めていた女性術者シュナを沈めた同僚の術者・イク。

 

 その手に魔導技術で作られたと思われる呪具を携えて起動した彼女が話しかければ……それは遠方より声を交わす為の通信機の役割を果たすモノへと変化する。

 

 そして、先程までとはうって変わって冷徹な表情で淡々と報告する様は……能面のような表情と相まって、まるで人形のように感じられるほどであり……通信越しに聞こえてくる、静かで渋い男性の声に丁寧に返しつつ事の報告を続けるイクの声は機械じみた響きがあった。   

 

「──……残念ながら。兵士長が幾度となく進めていたようではありますが、報告に在った通り、過分な歓待は嫌う傾向にあるようです」

『……なるほど。情報の精確性に偽り成しですか。……そのような性格では無理強いは出来ないでしょうね。まあ、いいでしょう。国内に入りさえすれば、幾らでもやりようがあるのですから。ともかく御苦労様でした。後は()の……通常業務に戻ってください』

「はっ。院長閣下」

 

 その内容を在る程度予想していたのか……通信先の声は僅かな落胆を示したのみに留まり、労いの言葉をかけつつ通信を終える言葉を告げ、それに応対しそっと通信呪具を切って会話を終えた彼女は……深い溜息と共にその顔に表情を取り戻す。

 

「──……は~……参ったわね……。話に聞いていたのと、実際に見るのは全くの別物だわ。……今なら他の影のあの意味不明な報告の意味も理解できる。『あの存在は、人の身に収まるものではない』……か」

 

 よく見れば……先ほどとは打って変わってその頬を紅潮させ、ぱたぱたと顔を仰いでそれを落ち着かせようとしているイクの姿がそこにあった。

 

 そして──

 

「ああ~……いってしまったっす! 超絶かわゆい最強生物がいってしまったっす~……」

「……あんたもう復活したの?! 結構念入りにツブシたと思ったのにね……」

「何気に殺る気まんまんだった?!」

 

 体のあちこちを動かしながら、しかし音もなくイクの背後から声をかけるのは……先程イクによってお仕置きという名のナニカをされたシュナ。

 

 そりゃあもう『見せられないよ!』的な姿からの復活は異常な早さであり……滂沱の涙を流して見張り塔からジンの背中に手を伸ばす様は……実に残念であった。

 

 そんなシュナに、ため息混じりで舌打ちをしつつ向き直るイク。

 

 物騒な言葉を吐くイクに驚愕を張り付けた表情で叫ぶ中──

 

「──それにしても……あの子のあの……美しさ。……外見だけじゃなく、特筆すべきはその内面。内に秘めた、濃密で膨大な……煌き輝く【魔力】。術者である我々だからこそ、感じとれるあの輝きは……ただ眩く、瞳と心に焼きつくほどだった」

「……そうっす……ね。私達なんかが手を伸ばしたとしても、届きそうにないほどに眩く、美しい光。『心動かず、事だけを成し遂げる』……そんな創られ方(・・・・)をした私達にとっては、はるか遠い……太陽のようっす」

「──……」

 

 ──ただ、ただ。

 

 恋焦がれるように、届かない何かをつかもうと手を伸ばし、ジンが去った方向に手をかざすシュナ。

 

 その手の先。

 

 視線を追うように既に見えなくなったジンを幻視するかのように……街道に視線を落とすイク。

 

「──ねえ、シュナ。とりあえず私達の()としての役割は一先ず終わった訳だけど……()としては、院長閣下は何を考えて策を巡らせているんだと思う?」

「……まあ、正直あの子にとってはいい出来事ではない気がするっすねえ。……この国の人全般に言える事っすけど……頭でっかちで理論が先走る傾向にあるっすから。自身の目的、研究が進む為ならば……他の事なんてどうでもいいっていう考えが大部分のお偉いさんの考えっすから。そうじゃなかったら……私達(・・)みたいなのが生まれる(・・・・)はずもないっしょ」

「……──そう、ね」

 

 そう、言葉を交わし、憂鬱そうな表情のまま、そっと帽子を外すイク。

 

 帽子を脱いだその下から現れた長い髪の色は……白。

 

 長さこそ違えど、シュナと同様の髪の色であった 

 

「──で、【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】付き実行部隊・【(シャドウ)】としてはどう動くっすか? 序列一位・(イク)殿」

「……どうもこうもないでしょ。私達本来の目的は……『フェルシアという国家を維持する為、国に仇なし、人道に反し、違法な行為を行いつつも法的に裁けないモノを強制的に、秘密裏に処理(・・)する、本来存在しない(・・・・・)部隊』。まあ……院長閣下は私達の()の実情しか知らないから、体の好い情報収集部隊だと認識しているみたいだけれど……ね」

「今回の案件はきな臭すぎるっすからねえ。一応5(バンチ)達を院長閣下周辺に潜り込ませて情報収集にあたらせ、何をたくらんでいるのかを探らせてはいるっすけど……院長閣下は人のよさそうな外見とは裏腹に、えげつない術式を張り巡らせて自分の研究工房を守っているっっていう妖しさ大爆発っぷりが半端ない人すっから。……まあ、あの子達の事っすから感づかれてはいないとは思うっすけど」

「そうね……それで、あの子のほうは?」

 

 ──【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】付き実行部隊・【(シャドウ)】。

 

 【業魔法務官(リーガル・ゴーレム)】自体は、このフェルシアにおける法と秩序を、聖王国の【人造魔導(ゴーレム)】・【秩序法典(Ordo Codex)】に因み、『人の意思を介入させない、公正さを持つもの』として造り上げられた【業魔(ゴーレム)】に審議させ、法的に捌きを下すという司法機関である。

 

 その中でも【(シャドウ)】という部隊は……名前だけが独り歩きし、実際には存在しないとされる……フェルシアにおいても都市伝説と扱われるような類のものであり……誰もその目にした者はいないとされるものであった。

 

 それはイクとシュナ達の特殊な環境に理由があるのだが……その【(シャドウ)】の部隊であるとほのめかす発言をするとともに、イクが周囲に遮音と認識阻害の結界を展開。

 

 いつもの事と、イクには目もくれずジンの去った方向に目を向け続けるシュナではあったのだが──

 

「シュナ? どうしたの? そんな険しい顔をして」

「……天才【呪符魔術士(スイレーム)】、なんすよね? クルダの【闘士(ヴァール)】とかに類するもんじゃないっすよね?」

「ええ、そう聞いているけれど……」

「……ありえね~っす。もうウチの視界範囲外っすよ? あ~これまずいっすねえ。一応2(ドロウ)3(ヴィ)4(チャダ)をつけてはあるんすけど……このままだと振りきられる可能性大っすよ」 

「………………はぁ?! 私達の足を振りきるっていうの?!」

 

 しかし……徐々に険しくなるシュナの口から出た言葉に、イクは呆然とした後、驚愕する事となる。

 

 そう……ジンの脚力が凄まじすぎて、自分達()からひそかに護衛に付けた精鋭部隊が振りきられる可能性があるというのである。 

 

 思わず叫び声をあえるイクに対し、シュナが『シー』っと口に指を当ててそれを制しつつ──

 

「なりふり構わない全力疾走なら無論追いつけますし問題はないっすよ? けど……隠密性を維持したままってんなら速度的に正直厳しいんじゃないっすねえ。……あれ? そういえば、(ナウ)からクルダを出立したという魔導通信報告を聞いてから……どれくらいの時間がたったっすか?」

「…………半日ねって……はぁ?! 僅か半日でここまで来てるっって事?! しかも子供が生身で?! ……ちょっと、あの年でそれって……末恐ろしいわね。クルダのクルディアスですら厳しいでしょうに。どんな持久力と脚力よ。……これは身体能力に関しても大きく上方修正したほうがよさそうだわ」

「そうっすね……少なくとも【呪符魔術士(スイレーム)】の範疇じゃないっす」

 

 本来無い部隊(・・・・)という特性上……隠密性が何よりも重要視される(シャドウ)

 

 そんな自分達が、その存続意義を失うレベルで追いかけなければ追いつけないと言う……ジンの驚異的な耐久力と脚力に戦慄を禁じえないイク。

 

 【四天滅殺】という掟上、実際に戦った事は無いものの……クルダに名高い【修練闘士(セヴァール)】という存在に近しいものを感じると二人が思考する中、独り言ともとれるその言葉に同意をしたシュナが、イクに向き直る。  

 

「──で、どう動くっすか?」

「あの子達だけでは不足か……これは私達も動くしかないでしょ。頼りにしてるわよ? 序列番外0位・(シュナ)。──絶対にしくじれない闘いがここにあるんだから」

「……そうっすね。院長閣下のたくらみが碌でもない事だという予想が立つ以上、我々が動かないという選択肢はないっすからね。……仮に私達が院長閣下の計画を阻止できたとしても……最善で院長閣下の解任。最悪は……我々の力及ばずこの国の消滅、っすか」

「……聖王女閣下のお気に入りに手を出すとか……なんで頭は良いのに馬鹿ばかりなのかしら、この国の上役達は……」

「……人の気持ちなんて理解出来ないんすよ。じゃなければ……私達も、そして……【降魔】も生まれなかった」

「……その通り、ね。……言っても始まらないわ。私達も動くとしましょう」

「──是」

 

 自分達の名前をナンバーで口にしつつ、憂鬱な顔を崩さずに会話を続ける二人。

 

 それは先程の冗談めいたやり取りではなく……本当に自分達の行動如何で国の行く末が決まるかもしれないという、実に重い話の内容だからであり、気を引き締めるかのように再び帽子をかぶり直すイクに頷きつつ、結界を解除して行動を起こす為、表の職務である『国境警備兵』を一時休む事を兵士長に告げる為、階下に向かう二人。

 

 しかし──

 

「……国賓級の御方にあれほどの失態を見せておいて、その上……職務を一時的に休みたい、だと? ……仕事なめとんのかおんどりゃあああ!!」

「ひいいい!」

「へ、兵士長、キャラが──」

「ああん?」

「ひっ、なんでもありません!」

「……丁度いい。普段からお前達の勤務態度には言いたい事が山ほどあったのだ。院長閣下の肝いりだからと我慢していたが……もう我慢できん! ──貴様等が理解出来るまで、みっちりと、話をしようじゃないかぁ……」

─『ひい!!』─

 

 ──その話をした瞬間、額に青筋を浮かべた警備兵長が激昂。

 

 顔を紅潮させ、形相を浮かべるその表情はまさに……鬼。

 

 鼓膜が破れるかと思うような怒鳴り声が響いた後、背後に鬼神を背負う迫力を持って正座させたままのイクとシュナに向かって説教する事数時間。

 

 ……精根尽き果て、ぐったりとした様子でフェルシア国内へと疾走する二人組がいた事は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 ──一方、爆走を続けるジンはと言えば。

 

「──山が……煌めいてる。あれがフェルシア最大級の魔鉱石鉱山がある、メンデスティル山脈の絶景かぁ~」

 

 フェルシア国内に入って以降も、その足を止める事無く。

 

 街道沿いに唯ひたすら真っ直ぐに。

 

 左手に見える都市群……無数の塔が並びたつ学術都市・フェルシアを横目にしつつも、遠く目の前に見える山脈、鉱石・魔鉱石を多く産出する事で有名なメンデスティル山脈の麓にある、採掘場を目指し、ひた走っていた。

 

 既に夕刻、山間を夕日が照らし、所々に鉱石がその光を反射して輝きを放つ様は……まるで夜空に輝く星のよう。

 

 その名に『星の山脈』という名を頂くメンデスティル山脈の豊富な鉱石資源を露わしており、その様相はまさに名の通りの美しさを誇っていた。

 

 その景色に心躍らせつつ、新たなる出会いに期待高まり、その足を加速させて進むジン。

 

 やがて……山脈を上る坂道を駆けあがる中、視線の先に見えてくるのは、ランプの薄明かりが漏れる丸太造りのロッジ風の建物から登る煙と、外に山積みされた鉄・亜鉛・錫等と言った掘り出された鉱石の数々。

 

 そして──

 

「──うわあ、これが……魔鉱石。話に聞いてた通り……いろんな色があるんだなぁ」

 

 それらは普通の鉱石とは一線を画す……淡く色とりどりな鈍い輝きを放つ鉱石の数々。

 

 研磨前の宝石の原石のようでもあり、しかしながらあからさまに違う輝きを放つそれらは、先程山脈に見て取った輝きそのものであった。

 

 その鉱石類を【解析(アナライズ)】し、齎らされる情報に目を輝かせつつも、まずは目的を果たさねばと一度首を振って先程発見した山小屋へと視界と足を進めるジン。

 

「すいません、ごめんくださーい!」

「──誰でえ? 見ての通り、今日の仕事は終いだ。鉱石が欲しいんならまた明日の朝──……あ?」

 

 すたっと小屋の扉の前に立ち、ノック数回、大きな声でドア越しに声をかければ……俄かに警戒を滲ませた顔がドアの隙間から現れる。

 

 如何にも山の男といった、毛むくじゃらの髭面に筋骨隆々といった肉体を持つ中年の男性。

 

 既に就業時間外、賊の可能性もある為、邪険に追い返そうとした男性であったがしかし……自分の視線の高さに人が居らず、視線を下にずらした事によって初めて認識出来た……とびっきり可愛い子供に思考が停止する。

 

「こんばんは! ええと……このスティルエル鉱山の責任者・ワッツ=ヴァドウィンさんでいいんですよね?」

「お、おお。……あ~、なんだ。その……俺に用、なんだよな?」

「はい! クルダのディアス=ラグさんからお手紙──」

「何ぃ?! 【黒い翼(ブラックウィング)】だと?!」

「おわあ?!」

 

 自分の名前を呼ばれたところで再起動を果たしたワッツが、どうにか声を絞り出すような形で受け答えをする中。

 

 ジンの小さな手によって差し出される手紙と、その口から告げられる懐かしい名前が告げられる事で正気に返り、更にはテンションが振りきれた様子で手紙をふんだくるかのようにむしり取り、封を破り捨てながら室内へと入っていく。

 

 あまりの唐突さに、逆に手紙を手に持っていた状態で固まったまま呆然とする羽目になったジン。

 

 口頭での用件もあったため、それを伝えようとそっと分厚い木の扉を開いて中を覗いたものの……その視線の先にあるのは、魔導の明かりを頼りに、食い入るようにディアスの手紙を読みふけるワッツの背中であった。

 

 しばらくは手紙を読み進めるのに時間がかかるだろうと判断したジンは、空いた時間を潰すため……興味の赴くままに周囲の散策を開始する。

 

 既に出入り口ががっちりとした鉄格子で阻まれ魔力文字の錠が施された鉱山内は立ち入りが出来ない為、その鍵の魔力文字を【解析(アナライズ)】した後、先程視た小屋の横に山積みされた鉱石群へと興味を向けるジン。

 

 恐らくは……通常の鉱石と魔鉱石を選りわけた所で仕事を終えたのであろう、二つの山。

 

 まずはと普通の鉱石を一つ手に取って見れば……その固まり一つ一つの中に含有率がまばらな金属が多数含まれているのが【解析(アナライズ)】によって理解出来た。

 

 そして……それらは鉄・錫・亜鉛・銅から金・銀に至るまで、およそ無い金属類を探すほうが大変なほどに多種様々な金属が入り混じっており……鉱石の宝庫と呼ばれる所以がここに存在するといっても過言ではないほどである。

 

 それらを物珍しげに……何気に選別をし始めるジン。

 

 初めて見る、金属状に加工されていない鉱石状態の鉱物に目を輝かせながら……ジンの手は【解析(アナライズ)】に沿って含有率が最も多いもの、または鉱石同士を衝突させて鉱石片に剥離したりとより分け、各金属ごとに小さな山を作りながらどんどん仕分けをしていく。

 

 そして……こういった作業にも【進化細胞(ラーニング)】は当然の如く発動し、加速する仕分けはどんどんと小山を増やし、また積み上げられた山の大きさを減少させていく事となるのだ。

 

 ……まあ、実際のところこうした作業も熟練の職人が目利きをして仕分けをする為……最も職人の腕が必要とされる作業である。

 

 それがこうして瞬く間に仕分けされ、山を作っていくというのだから……何とも凄まじい能力であるといえるだろう。

 

「出来たー!」

 

 ──ほどなくして、通常の鉱石の仕分けも終わってしまい、『良い仕事をしたな~』とばかりに輝く笑顔で額を拭うジン。  

 

 そして再び小屋の様子を探れば……壁に備え付けられた小さな窓から見えるのは、手紙を前に考え込むワッツの姿。

 

 まだまだかかりそうだな~と判断したジンは、いよいよをもってこの世界特有の鉱物……魔鉱石の山へと手を伸ばす。

 

 魔鉱石……それはこの世界に満たされた【自然力(神力)】という特殊な力に反応し、元来の鉱物の在り方を大きく変質させた鉱石である。

 

 【自然力(神力)】が作用した事により、凡そ通常の鉱石とは全く異なる性質を持つそれら。

 

 それは当然、単体で扱うには性能・性質が尖りすぎて難があり、扱うにはそれ相応の腕を持つ職人……それもかなりの腕を持つものでしか取り扱えないと言う、非常に取り回しに効きにくい金属なのである。

 

 様々な色合いの鉱石が並ぶ魔鉱石の山を前に、ディアスから聞いた魔鉱石の種類を思い浮かべるジン。

 

 ──おおよそ、魔鉱石はその色合いが宝石の類に似ている事から、宝石の名を冠されて呼ばれる事が多く、それは下記の通り──

 

 硬度・魔力の伝達率に優れるが脆い、蒼く鈍い輝きを放つ【蒼魔鋼(フレヴサファイア)】。

 

 熱伝導率・耐熱性に優れるが、その為に融点が高く扱いにくい魔鉱石である【紅魔鋼(ソルルビー)】。

 

 魔力・【自然力(神力)】等の伝達率に最も優れるが、少し加工を間違えれば爆砕する特性を持つ【翠魔鋼(ロギエメラルド)】。

 

 衝撃に強く、硬度も強いが柔軟性が皆無の【黄魔鋼(テラアンバー)】。    

 

 逆に柔軟性に優れるが、柔らかすぎて成形後の加工が難しい【紫魔鋼(アグアメジスト)】。

 

 他の金属に驚異的な粘りを与える事が出来るが、単体では形にならない【黒魔鋼(ルナオニキス)

 

 それぞれの鉱石の特性を考慮しつつ、慎重に、かつじっくりと【解析(アナライズ)】しながら含有率の純度がとりわけ高いものを特別に仕分けしつつ、各種の魔鉱石の小山を作り上げていくジン。

 

 そして──    

 

「っ、坊主すまん! って……?! お、お前……まさか、選別……いや、目利きしてやがったのか?! こんな短時間に?!」

「え? あ、はい。時間もあったし、待ち時間の内にって」

「──…………はっ……ははっ! はっはっはっは! そうか、そうかそうか! こりゃあ……ディアスの野郎の言い分もわかろうってもんだ。なるほど、こいつは本物だ」

「? ワッツさん?」

 

 手紙に夢中になり、夜になろうという時刻に子供を一人、お茶も出さずに放置していた事に気が付き、慌てて飛び出してきたワッツ。

 

 手紙を鷲掴みにして外に飛びだし、周囲を見渡せば……何故か採掘された大山が小分けされた鉱石の山になって存在していた。

 

 そして……そんな中に居たのは、色とりどりの魔鉱石を仕分けし終わったのか、満足げに笑顔で手を叩いて祓うジンの姿。

 

 職人ですら大人数で丸一日かかる仕事をごく短時間で、しかも近寄って確かめてみれば驚くほどの正確性を持って造られた小山である事が分かったワッツは……感嘆と、そして手紙に書いてあった通りである事に笑いがこみあげてくるのを隠せず、いつもは厳めしい顔をしているその表情を崩し、豪快な笑い声を持ってジンを褒めたたえる事となったのである。

 

 ──そう、手紙の内容、それは……ディアス自身がワッツに対して連絡をしなかった詫び。

 

 どうしてそうなってしまったかの経緯を簡略ながらも書き記し、余命幾許もなかった自身の命を救ってくれたのがこの手紙を運ぶ主……ジンである事。

 

 そして……『命を恩を武器()で返したいのだ』と。

 

 命の恩を自らの腕で返したいという……ディアスの中に燻ぶっていた職人の心が熱く綴られているものだったのである。

 

 更にはジンが如何に才能に恵まれ、しかしながらそれに胡坐をかかずに研鑽を積むかが書かれており、その才能は何も噂の【呪符魔術士(スイレーム)】だけではなく、格闘戦から薬学・料理といった幅広いものであり、その手先の器用さ、聡明な思考は職人にも向いていると熱く書かれていたのであった。

 

 前半部分のほうは、ここ最近クルダで噂になっている天才美少女(・・・)呪符魔術士(スイレーム)】・【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】……まあ、ここは大事な事だったのか、ディアスが念を押して『見た目は限りなく美少女ではあるが、ジンは男の子なので注意してくれ』と書かれた事でどうにか修正しつつも、その腕前に半信半疑であったワッツ。

 

 しかし、手紙から滲みだす覚悟は本物であり、同じ職人気質のワッツの心を打つには十二分であった。

 

 後半部分は普通の職人ならば一笑に伏す内容だったため、気に止めずに読み流したのだが……それがこの目の前の結果である。

 

 ──『ジンが望むなら、自分の武器職人としての全てを伝授する用意がある』。

 

 それはもし本当なのであれば実質二代目【黒い翼(ブラックウィング)】と名乗れるほどの……職人にとっては垂涎の字名。 

 

 それをこんな子供に伝授するなど……正直病気が行き過ぎておかしくなったのかと邪推していたワッツだったのだが……その認識、そして考えを大いに改める事となった。

 

(──なるほど。こいつは本物だ。……見る目が無かったのは、どうやら俺だったらしい)

 

 大笑いする自分を不思議そうに見上げるジンの視線に苦笑しつつ、ごつごつした手でジンの頭を撫でて仕分けの礼を告げるワッツ。

 

 それに笑顔で答えながらも、ディアスから預かった口頭での言葉と注文を告げ、鉱石を買うお金としてディアスから渡された財布と、足りないかもと今まで自分の足で距離を稼ぎ、使わなかった路銀と自分のお金を取り出すジン。

 

 しかし──

 

「──いらねえよ」

「え? でも、魔鉱石はすっごい高価だってディアスさんが──」

「坊主がいらねえ心配をするんじゃねえ。それにお前は……職人達が十数人がかりでやるような仕事を既にこなしてくれてるじゃねえか。それに、この仕分けの仕方。この純度と鉱石を見分けるその眼。熟年の職人でもおいそれと出来る目利きじゃねえ」

「──……」

「……ディアスがお前に入れ込んでるのも分かる。その歳でこの技量……更にディアスが仕込むとなれば、一体どれほどの腕ききになるのか。……くく、くっくっく! こりゃあ楽しくて仕方ねえな!」

「え、えっと……」

 

 しかし、ワッツはそれをあっさりと、しかし断固として受け取らないという意思を込めて押し返す。

 

 困惑するジンに対し、男臭く破顔しながら理由を説明し、ジンに対して期待している旨を示すワッツ。

 

 さらに困惑するジンを余所に、ワッツは好きな鉱石を純度の高いものから選びぬいて好きなだけ持っていけと告げ、はっとした表情で何かを思い出したかのように慌てて小屋に戻っていく。

 

 困惑冷めやらぬ中、しかしながらワッツが前言を撤回することが無いだろう事を推測したジンは、その好意にあやかる事を決めて自分の仕分けした鉱石類から、含有率・純度の高いものを選りすぐり、宝物を扱うかのように丁寧に、大きなリュックサックに敷きつめていく。

 

 やがて、そのリュックサックがパンパンになり、総重量がいくつかわからないレベルまで詰め込まれた頃。

 

「──なんでも取っておくもんだな……って、おいおい、坊主……お前もてんのか?」

「はい、大丈夫です! っしょっと」

「…………はぁ?!」

 

 その手に大事そうに包みを抱え、小屋から出てきたワッツは……あまりにもパンパンに詰め込まれたバッグの具合に驚愕する事となる。

 

 鉱石自体はいくらもってっても構わないといったのは自分である為、なんなら全部の鉱石をもっていっても構わないとは思っていたのだが……問題は重量。

 

 およそ、ジンの子供の小さな体では持ちえないような……大きさも重さも相当に詰め込まれたリュックサックである。

 

 頑丈な魔獣の革で作られている為、よほどのことが無い限りは破れる事は無いと推測するものの……流石に持てないだろうと、やや呆れた顔をしていたワッツではあったが、ジンが至極あっさりと自分の体よりも大きく重いそのリュックサックを背負い、持ちあげた実に非常識な光景に呆然となり、手に持っていた包みを取り落としそうになる。

 

「……お、驚いた……まさか……職人としての腕だけじゃなく、武術の腕前も奴の後釜に相応しいってのか……」

「え? ディアスさんの、ですか?」

「あ~、悪ぃ、独り言だ。気にしないでくれ」

「え、はぁ……」

 

 しかしどうにか持ち直し、しっかりと包みを手にし……ゆっくりとジンの目の前にしゃがみこむワッツ。

 

 職人としても、武人としてもディアスの若いころに遜色ない……それ以上ともいえるジンのその力に感嘆し、思わず心に思った事が口を出てしまうほどの衝撃を受けていたワッツではあったが、むしろ納得したと言わんばかりに静かに一つ頷き、包みを紐解いていく。

 

 すると、包みの下から現れたのは──

 

「──……!!! なんて、純度の【蒼魔鋼(フレヴサファイア)】! ……ほぼ100%……98.6%の含有率?!」

「!? お前ぇ……一発でそこまで細かく見抜くなんざ、一体ぇどんな眼ぇしてやがるんだ?」

「え、あ、あはは……」

 

 蒼く、ただ蒼く。

 

 ジンが先程から選別し、リュックに詰め込んだ魔鉱石の純度とは比べ物にならない、高純度の【蒼魔鋼(フレヴサファイア)】がそこに輝いていたのである。

 

 その輝きの美しさは……その名に恥じぬ磨き上げられたサファイアそのもの。

 

 そして……他にも抱えていた包みをそっと開けば……そこにもまた、高純度の魔鉱石が輝いているのだった。

 

「──しかし……それでこそか。……これは、な。俺の鉱山夫人生の中でも最上、そして最高の鉱石だ」

「うわあ……これもすごい純度。なんという……質。うわあ……すごいなあ」

「……やっぱりお前ぇも野郎と同じ、職人気質なんだなぁ。……へへ、その反応……ディアスと初めてあった時とおんなじ反応だぜ。野郎も……見た目の美しさに目を引かれるのではなく……鉱石そのものの純度、質に惚れこんでやがった。……坊主、俺ぁますます気にったぜ」

「あ、あはは。でも……あのディアスさんが本当にそんな反応を? ……なんか、想像しにくいんだけどなあ……」

「まあ、今の野郎がどんなのかは知らねえが……昔の野郎は、熱かったぜ? まるで熱せられた鉄みてえになあ」

「……熱血のディアス、さん? ……だめだ、想像できない……」

「はっはっはっは! まあ、野郎に聞いてみるんだな」

 

 そして……それを食い入るかのように【解析(アナライズ)】し続けるジンのその姿勢に、目を細めて満足げな笑みを浮かべるワッツ。 

 

 しかも……ワッツはディアスが【黒い翼(ブラックウィング)】を作る以前からの知り合いであるらしく、その当時を懐かしむように語りだすその視線は……若かりし頃のディアスを思い起こしていた。

 

「──あの野郎は……昔から職人に対しても、武術に対しても卓越した才能を発揮して居やがった。その中でも、ブーメランを扱う腕は随一でなあ。その腕前の向上に従い……徐々に普通の鉱石で作った武器では耐えられなくなっていきやがったのよ。……そこで野郎は、自分の魂を込めた一振りを打つ為に、その当時の俺が所有していた最高の魔鉱石を寄越せときやがった訳だ」

「え!? ディアスさんはそんな事言わないでしょ?」

「はっはっは! まあ、もうちっと丁寧な口調ではあったが、若いころの野郎は中々口も悪かったんだぞ?」

「ええ~??」

 

 ──そのまま思い出した若かりし日のディアスの様子を話始めるワッツではあったが……その口調は酷く誇らしげであり、まるで孫の自慢をする祖父のようであり、そんなワッツを見上げながらその話に相槌を打つジンはひ孫のよう。

 

 星空の光り降り注ぐ外に二人……そののどかな光景は、昔がたりを聞かせているかのようであった。

  

「当時、俺は出し渋ったが……正直を言えば俺ぁ……その言葉を待ってたんだ。……長年見てきた職人の中でも、ここの鉱石を預けるに足りる腕前を持つ職人。それが、俺達の求め続けたもんだったからなあ。──長ぇことこの鉱山に務め、良い鉱石を掘り出してきたが……ここで満たされるのは金だけだ。そりゃあ、懐が満たされるのはいいこった。いい酒も飲めるし、うめぇもんも食えるさ。……だがなあ。俺達もまた……職人なんだよ。自分達が丹精込めて掘り出した鉱石が行きつく先は……この国のお偉いさんの下。しかも……鉱石として形になるのではなく、その内に秘めた【自然力(神力)】の抽出や、鉱石を用いての物質変化実験ってやつで無駄にされていく始末。そんな様を見る度……この胸ん中に燻ぶるもんがあったもんよ。……『そうじゃねえ! その鉱石はそういう使われ方をする為に採掘されたんじゃねえ!』ってなあ。……学術都市って名前通り……正直、この国での職人の地位は低い。ここでは頭の作りや出来が良い奴等が偉くなれる所だからな。……そんな場所に国内最高の鉱山があるなんざ……なんの冗談だと思ったもんよ。毎回、鉱石を買いに来る度、汗だくで汚れた俺らを見下しながら鉱石を買っていく偉いさん達。下っぱの職員達。そんな扱いを受ける度……俺達はその鬱憤を晴らしてくれるような……腕のある職人を求め続けてきた。俺達の掘り出す最高の鉱石を、最高の形にしてくれる奴を、な。そして……ディアスの野郎は、そんな俺達の求めたモンをもつ、最高の職人だった。『魔鉱石が欲しい』……そう、奴が言いながら差し出してきた、闘いで砕けてしまったブーメラン。俺ぁ……それを一目見て『こいつだ!』って感じ入ったのよ。そして……俺らは野郎に、野郎の為にこの鉱山の最高の鉱石全てを託そうって決めたのさ」

「……そして、出来たのがあの──」

「そう。【黒い翼(ブラックウィング)】だ。あの黒鉄の翼は……すべてを砕き、全てを切り裂き、立ち塞がる全ての障害を跳ねのけた。折れず、曲がらず、欠ける事無し。俺達ぁ……野郎の名が轟く度に声の続く限り祝杯をあげたもんだ。……だが……ある時を境に、野郎の名が表に出る事はなくなった。そして……今度は職人として腕を振い始めたときた。だが……俺らはそれでもよかった。野郎が武器を作る。その職人の腕を持って、最高の得物を作る。俺達は……寧ろ得物を振る野郎よりもそっちのほうに歓喜し、より良い鉱石を野郎に送る為、掘って掘って、掘りまくった。……だが──」

「……そのころから既に、ディアスさんは……」

「……ああ、らしいな。野郎の事だ……自分が槌を振れないなんて、死んでも口にしたかなかったんだろうよ。……実に、職人らしい、頑固で我が儘な……意地。……だが、それがいい。理由が分かった以上、俺達は悶々と掘り続けるんじゃなく、はっきりとより良い鉱石を掘ることが出来る。……ったく、馬鹿が。本当に、馬鹿野郎が。……いや、そうじゃねえな。……ありがとうよ。野郎の翼を、再び飛び立たせてくれて。俺からも、礼を言わせてくれや」

「え? いや、その……」

「はっはっは! なんだ? 照れてんのか?」

 

 やがて、その誇らしい顔は、話が進む度に苦悩を見せるようになり……それはやがて手紙を読んだことにより初めて分かった……ディアスの体調の内容へと移っていく。

 

 厳めしい顔に浮かぶ……悲痛。

 

 それは……同じ職人として、その手を振えなくなる悲しみを知るが故の顔であった。

 

「──だからこそ……坊主。……この最高の魔鉱石。これを形に……この俺達が掘り起こした鉱石が、あんなにスゲエ得物になったんだと、誇れるような武器を……ディアスと一緒に作ってくれや。そして……魅せてくれ。俺達が掘った鉱石で作られた得物で、その名を轟かせてくれ。それが……俺達にとって何よりも最高の報酬になる」

「…………え? ええ~?! だ、だって、こんなにいい鉱石ならっ!」

「いったろう? 金じゃねえんだ。俺達ぁ、鉱山夫ってもんに、そしてこの鉱山に誇りをもってやってるんだ。職人をないがしろにしがちなこの国で……燻ぶり続けたこの魂! それを、お前達が形にしてくれりゃあ……これほど誇らしい事はねえ。だから……もらってやってくれ、頼む」

 

 ──最高の職人を生かしてくれた、自分達にとっても命の恩人ともいえるジンに対して深く頭を下げた後。

 

 顔を引き締め、自分の思いのたけを込めて言葉を紡ぎ……最高純度といえる、末端価格にしても凄まじい取引価格をはじき出すであろう魔鉱石をジンに渡すワッツ。

 

 あまりの事に驚愕し、ワッツに視線が釘付けになるジンではあったが……ワッツの言葉は職人としての意地と誇りに溢れており、ディアスと自分への信頼で溢れていた。  

 

「────…………はい!」

「──ああ、いい返事だ。さ、中に詰め込みな。ディアスから聞いてるとは思うが、あまり強い衝撃を与えると砕け散るものもあるから、十分注意するんだぞ?」

「はい!」

 

 真っ直ぐに向けられる視線からそれを感じ取ったジンは……その心意気に余計な言葉は不要と判断し、ただ一言……まっすぐにワッツを見返して返事を返す。

 

 その姿、立ち振る舞い。

 

 誠実さ溢れる決意を感じたワッツは、託してよかったという内心の喜びを隠せずに……その厳めしい顔に穏やかな笑みを浮かべながら、リュックサックへの詰め込みを手伝う。

 

 空は既に夕日が沈んで星空と鉱山の輝きが煌めく夜。

 

 そして……ここに来て問題が浮上する事となった。

 

 この鉱山……山小屋には仮眠施設という名の雑魚寝の為に床に敷く敷物しか存在せず、きちんとした宿泊場所は存在しないのである。

 

 最初に居た場所がリキトアで在る為、それでも問題は無いとジンが返事を返すもの……山小屋では碌に食べれる物もなく、ましてこんな子供を山小屋に泊めるなど、職人以前に大人としての意地が許さなかった。

 

 夜道は危険であるとは言え……かなりの重さがあるであろう、鉱石満載のリュックを背負える実力者であるジンの腕を見越し、並の盗賊・魔獣など相手になるまいと判断したワッツは、自分の紹介であれば夜でも都市を行き来する門を通れるからと割符の予備を渡し、学術都市フェルシア内で宿をとる事を勧めたのである。

 

 正直、これほどの鉱石をもらえた事もあり、いてもたってもいられずこの足で国境へ舞い戻り、クルダへと帰りたい気持ちで一杯だったジンではあったが……ワッツの面子、そしてここに来てようやくフォウリィーの言葉を思い出し、割符を手に、一路フェルシアへと足を向ける事となったのであった。

 

「ワッツさん、本当にありがとうございました!」

「応! 今度は自分の足で来やがれと、ディアスの野郎に伝えておいてくれや」

「はい! 確かに! では……また!」

「応!」

 

 子供の身で余り遅くなるのもいけないと、早々に地図を渡し、フェルシアへの道順を教えて送り出すワッツ。

 

 その視線の先では、身体よりも数倍でかいリュックサックを背負ったまま会釈し、まるで巨大な岩が坂道を転がり落ちるかのように加速し、小さくなっていくジンの背中があった。

 

「──……こりゃあたまげた。あの重量を軽々と持ちあげるだけじゃなく、あの速度で走れるってか。なんという筋力、なんと言う脚力! 天才【呪符魔術士(スイレーム)】なんて枠じゃおさまるはずがねえ。きっと……もっとドデカい人間になるな。天才って名を冠されつつも、決して鼻にかけねえあの謙虚な態度。そして……鍛え上げられたあの脚力は恐らく……日々の鍛錬によって培われたもの。……研究と自分の研究しか頭にねえこの国の頭でっかちとはまるで違う……武人と職人の面ももったあの才能の塊ってわけだ。……くくっ、この年になってディアス以外に楽しみが出来るたあ……仕事に張りが出るってもんだ。酒場で一杯やってる奴等に、聞かせてやらねえといけねえなあ」

 

 あれほどの重量のリュックサックを背負いながらも、その重さを感じさせないほどの速度で走り去るジンの姿に半ば呆然となっていたワッツではあったが、そんな才能ある若者に自分達の魂ともいえる魔鉱石を託せた事に、会心の笑みを浮かべる。

 

 早速仕事場の皆が、仕事終わりで一杯やっているであろう酒場へと向かう為、帰り支度をしたワッツが向かう先は……フェルシアがある方向とはまったくの逆方向。

 

 一応宿もあるにはあるが……ジンのような子供には、とても勧められない、荒くれ者が集う酒場であった。

 

 『下品である』と一蹴され、都市内には建てる事が許されなかった酒場ではあるが、硬い雰囲気を嫌う傭兵達や、こう言った職人達が集うにはうってつけであり、酒場は……実に男臭く、酒気に満ち、大盛況であった。

 

 そんな酒場のテーブルを占領する一団の中に、ワッツの鉱山夫仲間たる一団が存在していた。

 

 ジョッキを片手に、厳めしい面々が口々に愚痴や労いの言葉を交わす中、遅ればせながらやってきたワッツを迎える為に新しいエールをウエイトレスに頼みこむ。

 

 そんな仲間たちに答えつつも……ワッツはついさっきの出来事。

 

 【蒼髪の女神(ブルー・ディーヴァ)】・ジン=ソウエンが、【黒い翼(ブラックウィング)】・ディアス=ラグの使いとしてやってきた事。

 

 手紙の内容と……自分達が掘り当てた最高の鉱石を譲与した事を自慢げに語りだす。

 

 一瞬、その内容に静かになる場ではあったが……次の瞬間、爆発したように歓喜の声があがる。

 

 それは……自分達が焦がれてやまなかった【黒い翼(ブラックウィング)】復活の狼煙であり、これから生まれるであろう、稀代の職人の誕生に対する祝杯でもあった。

 

 ジンの事を自慢げに語るワッツに対し、羨む仲間たちのややきつい拳の洗礼があったりしたものの……鉱山夫達の盛り上がりは拍車をかけるかのように膨れ上がり、酒場を巻き込んでの宴になるのであった。

 

 

 

 

 

 ──一方。

 

「──先程のワッツ氏の言葉には同意します。ですが──」

「今、この状況でその力を発揮してほしくなかった……!」

「ホント。マジ勘弁してほしい……」

 

 ──そんなワッツとジンとのやり取りを影から遠巻きに見守っていた三人の人影が……動き出したジンの後に追従しつつも、その脚力の凄まじさに必死になり、互いに愚痴をこぼし合っていた。

 

 その姿は覆面姿に黒装束、そして装束の下には魔力文字の刻まれた革製の防具を着込み、音を立てない為に金属の類を一切身につけない隠密使用。

 

 自身も気配を消す能力に長け、更に黒装束に刻まれた魔力文字を起動させる事によってその気配を限りなく薄くし、万が一発見されても【認識疎外】によりその姿を正確に悟らせることが無いという、徹底して自分達を隠匿する彼女達こそ……イク・シュナの指示でジンを守護……するはずの三人、ドロゥ、ヴィ、チャダと呼ばれる影の一員である。

 

 まあ……実際のところシュナの懸念通り、三人はジンの全力疾走に隠密行動状態では追いつけず……一度その姿を見失ってしまった訳ではあるが、幸いにして国境で目的地を聞いていた事が功を奏し、目的地へ向かう事で再びその役目に従事する事が可能となったのである。

 

 ……フェルシアというお国柄、【呪符魔術士(スイレーム)】に深い造詣のある彼女達にとっては、ジンの身体能力はあからさまに【呪符魔術士(スイレーム)】という人種からははるかに大きく逸脱したものであり、彼女達に共通するのは……『絶対【呪符魔術士(スイレーム)】じゃない』という見解であった。

 

「……索敵能力、魔力感知、気配感知……これほど私達が隙をつけない相手なんて初めてですよ……」

「あたし、基本的に護衛対象の1~2mで護衛するのが普通なんだけど……これだけ隠密系発動させて100m近付くのが限界ってどうなのよ……」

「荷物持ってあの速度。……マジ、あの娘クルダの【闘士(ヴァール)】なんじゃない? ……というか、【修練闘士(セヴァール)】っぽい実力者じゃない?」

─『言えてる』─

 

 ジンの視界に入らないよう、極力音を立てないように、しかしながらジンと一定の距離を保って樹上を追いかける三人ではあったが……あれほどの重量の荷物をもってようやく隠密行動で追従できる速度になったその脚力。

 

 その重量を持ち上げる身体能力。

 

 これほどの穏行をもってしても、ジンを中心とした直径100m範囲内に入ってしまえばジンの感知に引っ掛かってしまうと言うその能力の高さに感嘆と称賛、そして護衛がしにくすぎる愚痴を零しながらも樹上を走り飛ぶ。

 

「──特筆すべきは何も身体能力だけじゃない。あの鉱石を見る時の……眼の輝き」

「あたし達に近い力の流れを感じたよね。……まあ、性能がダンチだったけど」

「……自分達と同じ()なら理解できるけど……生身でアレとか、マジ理解出来ない」

「何より理解の範疇外なのは………………あの可愛いさ! 何あのものすっごい、可愛いさは!!!」

─『分かります』─

 

 更には鉱石を区分するその眼と動き。

 

 そして……何よりも輝くようなあの魅力。

 

 全てにおいて『普通』や『常識』という言葉を置き去りにする存在である……ジン。

 

 彼女達はそれを熱く語り、覆面の下からは分かりにくいが頬を紅潮させてジンの背を見つめていた。

 

 そして……ジンの行き先は既にフェルシアに決定しており、人の気配がない街道よりも人ごみ溢れる街中のほうが感知されにくく、逆に護衛がしやすい環境である為、より間近でその可愛らしさを見る気満の三人俄然やる気をみなぎらせる。

 

 護衛と称して目の保養が出来るであろうこの先の展開を予期し、自然と頬が緩む三人ではあったが──

 

 ──激震通知。

「──!? 緊急連絡?!」

「こんな時に……!」

「ほんと、マジ勘弁してよ……」

 

 ──そんな甘い幻想を打ち砕く、暗雲立ちこめる緊急連絡が舞い込む事となる。

 

 覆面の中へ手を差し入れ、激しく自己主張する耳につけたイヤリングを触って魔力を通し、魔導具を起動する三人。

 

 それは影特有の通信手段であり、思念の交流を持って情報を共有するという魔導具である。

 

 そして……三人に耳に飛び込んできたその緊急連絡の内容は──

 

 

  

 

 

「──ん?」

 

 フェルシアへの街道を行く帰り道。

 

 何やら視線を感じ、飛びあがって回転しながら後方を確認したジンではあったが、流石に移動しながらの【解析(アナライズ)】では何も捕える事が出来ず、明確に敵意を向けられている訳でもない為、気の所為かと再び前に向き直り、着地と同時に真っ直ぐ街道を進んでいく。

 

 鉱山から遠く見下ろす位置にあったフェルシアは大分近くなっており、視線の先にある森を抜ければ到着するという距離まで差し掛かった頃。

 

「──……女の、人?」

 

 ジンの進行方向に、行く手を遮るように立ちはだかる、一人の女性の姿が捕えられる。

 

 頭には耳を隠すような頭巾をかぶり、体を覆うに魔力文字が刻まれた外套を身に纏うその姿。

 

 前髪が目を隠すように垂れさがってはいるものの、凡そ美人と呼べるような外見。

 

 そして、一番の特徴は……その手に持つ、機械式に見える魔導が施された……剣杖。 

 

 ──【呪印符針】。

 

 それは……この国の最高戦力・【フェルシア流封印法】を扱う封印法師が、自分の最高戦力である【業魔(ゴーレム)】・【降魔】を起動させ、使役する為の……武器であり、触媒である。

 

 ──それ即ち……目の前の女性はこのフェルシアの最高戦力・【四天滅殺】・【フェルシア流封印法師】であるという事に他ならない。

 

 いきなり現れた【四天滅殺】の一流派、その使い手に驚愕し、その歩みを緩めるジン。   

 

「──そう。それでいいわ。そこで止まりなさい、女の子(・・・)

「!!……む~……」

 

 そして……そんなジンの様子に静かに頷き、【呪印符針】の切っ先をジンに向け、停止を促す封印法師の女性。

 

 しかし……面と向かって女の子と言われたジンは面白く無く。

 

 頬を膨らませたままで停止し、ジンに向かってゆっくりと近寄ってくる女性を待ちうける。

 

 ──街道を照らす月明かり。

 

 その明るさは……互いの距離が近くなるにつれて、互いの顔が見えるほど。

 

「──こんな遅い時間に出歩くなんて……悪い娘ね。急いでいる所を悪いのだけれど、もう少しだけ悪い娘……に……」

「だから──」

「……えっ リ、ナ?」

「──え?」

 

 女性はジンのふくれっ面を見て苦笑気味に優しく微笑みを浮かべながらも、夜に出歩く危険性を聡し、注意を促しながら……封印法師たる女性が出張るほどの緊急性がある案件がこの都市を繋ぐ街道に起こっている事を示唆しようとして……ジンの顔が間近に見えるようになるにつれ、徐々に顔を強張らせ、眼を見開いて小さく言葉を零す。

 

 ──リナと。

 

 ジンが抗議の声を上げる前に、まるで幽霊でも見たかのように驚愕する女性によって呟かれた一言は……ジンの抗議を一蹴する程の悲しみに溢れていた。

 

 深くかぶりを振り、顔を振った女性が『違う、そんな訳はない』と呟きながら再び顔を上げた所でジンの目の前に立ち止まる事となるのだが……。

 

「──っ……ふふ、よく見ればあの子よりも数段可愛いじゃない。……馬鹿ね、そんな事……ある訳ない(・・・・・)のに」

「……どうして……そんなに辛そうな……泣きそうな顔で俺を見るんですか?」

 

 ジンが見上げるその顔は……子供であるジンに無様な顔を見せまいとして無理矢理浮かべた笑みであり……涙浮かぶ瞳で見下ろすその表情は……より悲痛さが伝わるほどであった。

 

 胸が締め付けられるような、その表情を見上げ……ジンが思わずその表情の理由を問いかける中──

 

「……なんでも……なんでもないのよ。……それに、駄目よ? 女の子が『俺』だなんて──」

「──だ・か・ら! 俺は男なの! 男の子! なんです!」

「──え? 嘘よね? 嘘よ! あの子よりも可愛いのに?!」

「だからあの子って誰?!」

「あっ……っ…………ふぅ~……駄目ね。取りつくろえば取りつくろうほど……ボロが出ちゃう。……ねえ、男の子。ちょっとだけ……お姉さんの昔話に……付き合ってくれないかしら?」

「──はい」

「ありがとう。……ここでいいかしらね」

 

 首を振り、無理矢理自分を叱咤して話題を変える女性。

 

 お姉さん然とした表情で言葉使いを注意するも、それは結局的外れで……結局は自分で口にした『あの子』が口をついて出てしまう。

 

 再び取りつくって笑おうとして……笑えず。

 

 再び深く、深く。

 

 溜息を零し、自嘲を浮かべてジンに話しかける女性。

 

 手にした【呪印符針】を力無く降ろし、街道端にあった岩の上へと腰を降ろしながらそっとジンに手招きを一つ。

 

 一回り小さい岩の上へと座るように促し、ジンが荷物を降ろし、腰をかけた所で……ぽつぽつと途切れながらも独白しはじめる。

 

 眼を細め、優しくジンを見つめながらも……その瞳に映る悲しみの色は濃く。

 

 ……リナという少女を自分に重ねているのであろう、その視線の意味に気が付きながらも無言を貫くジン。

 

「──こうしてみれば何もかもが違うというのに……私ったら、何を血迷っていたのかしら。あの娘の髪の色は……瞳の色と同じ……金色。──本当にごめんなさいね。……情けないわね……こうも動揺するなんて」

「──……仲が、よかったんですね」

「……ふふっ、そうね。私と……リナと……もう一人、ティタニア……ティタと呼ばれる子がいてね。私達三人は……何をするにしても一緒だった。──思えば、あの子達と出会ったのも……貴方と似たような……いえ、もう少し上だったかしら。あの日も……こんな綺麗な月夜だったっけ」

「──……」

 

 ──心を埋め尽くす感傷。

 

 空に浮かぶ月を見上げながら、思い出を語るその姿は儚く。

 

 失ったものに想いを馳せるその顔は……今にも泣きだしそうで。

 

 声をかける事も出来ず、そっとその横顔を見守るジン。  

 

 そんなジンの姿を横目に……一度想い出を語りだした唇は、止まることなく。

 

 溢れだした想いは……細々とした声色で、関を切ったように流れ出す。

 

 ──それは……彼女がジンぐらいの幼さであった時の淡い記憶。

 

 彼女と……彼女達との、楽しくも儚い……思い出の物語。 


 
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