No.652120

「無関心の災厄」 サイプレス (5)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2014-01-05 22:56:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:944   閲覧ユーザー数:944

            「無関心の災厄」 -- 第三章 サイプレス

 

 

 

 

第五話 亡くなった長女と元気な次女と悩む末娘

 

 オレは知ってしまった。

 オレを捕えようと触手を伸ばす運命の存在を。

 これは偶然、それとも必然。

 物語は、いったいいつから始まっていた?

 

 

 知ったからと言って、オレの日常が崩れ去るかと思えばそうでもない。

 世界はいつだってオレに無関心なのだ。

 何事もなかったかのように、新しい一週間が始まった――いや、何事もないってのは言い過ぎた。

 非常勤講師としてオレたちの高校へやってきた望月桂樹、ヤツがことあるごとにオレたちに絡んでくるからだ。

 これまでほとんど機能していなかった文芸部の顧問山本に代わって毎日のように部室にやってくるようになった。聞けば、文芸部の副顧問に就任したとかなんとか。

 オマエは生物教師だろうが! ちゃっかり文芸部に居座ってんじゃねぇよ!

 何しに来てんだ、というオレの問いには、

 

「マモルちゃんを見張るのがボクの仕事やから。それにな、ここやと事情を知ってる人間ばっかりやし気が楽なんや。ヒトミシリのボクが職員室でどんだけ苦労しとるんか、マモルちゃんには分からへんやろ」

 

 などというふざけた返答。

 実際、何をするでもなく夙夜と談笑し、白根から冷たい視線を浴び、オレの苛立ちを募らせるだけ。

 本当に息抜きをしに来ていると錯覚しそうになる。

 卒業してなお、部室に現れる先輩からも冷たい態度をとられながら、めげる気配は全く見せない。

 部室に行かなければいいと思い、図書室に籠っても、どこからともなくヤツは現れ、オレの周囲にまとわりつく。

 正直、もう限界だ。

 

 

 

 そんなある日。

 教室を出て、今日はどこへ逃げようかと考えていたオレを、クラスメイトの一人が呼び止めた。

 

「柊、ちょっといい?」

 

 ベタな告白は期待しない方がいい。

 呼び止めた相手は相澤(あいざわ)藍(あい)、女子陸上部長距離選手にして春に亡くなった萩原(はぎわら)加奈子(かなこ)の大親友。そして、もう一人の親友大坂井(おおざかい)美穂(みほ)はオレの苦手とする相手だ。研修旅行の折、大坂井からシリウスの事件について問い詰められそうになったのは記憶に新しい。

 萩原がいなくなった今、相澤はまるで残った妹を守るかのように、大坂井とべったりくっついていた。

 

 さて、きっぱりさっぱり姐御肌で、あまり悩みとは無縁の彼女が珍しく真剣な顔をしている。

 あまりいい予感はしないが、誘いを断る理由もなく隣の空き教室に連れ込まれたオレは、窓際に寄りかかって外を見た。

 陸上部の練習はすでに始まっている。が、先日梅雨入りした空はどんよりと曇り、雨が降り出すのは時間の問題だ。雨の中の練習がデフォルトのサッカー部以外、グラウンドでの練習が中断するのは時間の問題だろう。

 しかし、さほど親しくもないオレに、貴重な練習を削ってまで伝えたいことなんてあるのか?

 しばらく黙りこくった相澤は、何から話すかを迷っているように見えた。

 が、すぐに決意して口を開いた。

 

「あのさ、美穂が最近変じゃない?」

 

「はぁ?」

 

 大坂井が、変?

 気にしてもなかった。

 何しろ、京都で大坂井がオレを責めたあの一件以来、彼女には極力近づかないようにしているし、大坂井の方もあまりオレに寄ってこないからだ。

 

「……ほら、京都でさ、柊が警察の人から預かった携帯端末あるじゃん」

 

「ああ、オレが受け取らなかったから、代わりに大坂井が持ってるやつだろ?」

 

「そう、それ。美穂ね、最近あの端末を頻繁に使ってるみたいなんだけど、柊、何か知らない?」

 

 大坂井があの時の携帯端末を頻繁に?

 私個人へのホットラインです、と笑ったあの刑事の顔を思い出す。

 あのふわりとした笑顔の裏に、いろいろなモノを隠していそうなあの女性刑事と大坂井が連絡を取り合っているとでも?

 ぞわり、と背筋を悪寒が走り抜けた。

 

「残念ながらオレは知らねぇな。端末は最初から大坂井に預けてある。オレはこっちに帰ってから一度も触ってないし、大坂井とあの端末について話してもいない」

 

「そうなの?」

 

 相澤はあからさまにがっかりした顔をした。

 

「大坂井はお前にも何も言わないのか?」

 

「うん、聞いてみたけど、なんでもないって言われて……何でもないなんて、嘘だってすぐ分かるのにね。もしかして、柊なら何か知ってるんじゃないかと思ったんだ」

 

 悲しそうな顔で微笑んだ相澤に、胸がちくりと痛む。

 オレのせいで大坂井を巻き込んだ?

 人口過密な事件の舞台上に、オレが大坂井を引っ張り上げてしまったのか?

 

「悪いな、役に立てなくて」

 

「ありがと。気になるから、やっぱりもう少し本人に聞いてみる。ごめんね、手間とらせて!」

 

 相澤はさっぱりと諦めたが、オレとしては大坂井の行動は気になるところではある。

 事件の際にシリウスを目撃していたことや、京都で宿に侵入した珪素生命体(シリカ)を見ていたことなどから、大坂井も珪素生命体(シリカ)と密接なかかわりを持っていることが分かる――白根たちが使う言葉を借りれば、大坂井も『適合者(コンフィ)』と呼ばれる存在である事は間違いないのだろう。

 たまたまこれまでは消滅の場面に遭遇せず、残滓をその身に刻んでいないというだけで、この先オレたちと同じような立場にならないとは言い切れない。

 ではどうするんだ、口先道化師?

 この話を聞いて、オレはいったいどういった行動を起こす?

 普通に考えれば放っておくべきだろう。これ以上、大坂井に関わり、古傷を抉るのは得策ではない。大坂井が疑いの目を向けているのはオレだけだというのに、わざわざ夙夜や白根を巻き込むことは――

 と、そこまで考えてオレは自分自身を嘲笑(ワラ)った。

 あの二人を巻き込むことを躊躇した? オレが? いつだって事件の渦中におらず、傍観者を貫いてきたオレが?

 ここへきて主役変更ってか。

 そんな事実は認めないぜ。

 なにしろオレは口先道化師、いつだって物語の蚊帳の外。

 分不相応な幻想は捨てるべきだ。

 いつも巻き込まれるのはオレの方なのだ。一度くらい、道化師が『無関心の災厄』に災厄をもたらしてもいい頃だろう?

 と、そこまで思考したオレは、相澤に向き直った。

 

「オレはおそらく関係ないが、大坂井の事は気になる。少し詳しく教えてくれないか?」

 

 そう言うと、相澤はぱちくりと目を瞬かせた。

 

「気になるんだ。柊でも」

 

「……あのなあ、オレをなんだと思ってんだよ」

 

 夙夜じゃあるまいし。

 不機嫌に返答すると、相澤はくすくすと楽しそうに笑った。

 

「美穂が、柊はお父さんみたいだって言ってたんだけど、本当だな。興味ないって顔しながら結局放っておけなくて、巻き込まれるタイプだろ」

 

 相澤の言葉にオレはぐっと詰まった。

 否定できません。

 

「じゃあおねーちゃんは末娘の事をお父さんにチクっちゃおうかなっ」

 

「誰がお父さんだ」

 


 
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