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真恋姫無双~年老いてContinue~ 四章

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2014-01-04 23:49:09 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:3983   閲覧ユーザー数:3015

時刻はいよいよ天下一品武道大会が開かれる時となった。

しかし、三国同盟成立記念日に行われるはずだったこの大会は、拍手喝采でその開会を迎えることは出来なかった。

会場を警備する兵士がやけに多い。

そして、その誰もが緊迫した表情をしている。

三国陣営は差し障りの無いところまでは相手の要求を飲むことで考えが一致し、いまそれに基づきできうる限りの行動をとっていた。

そんな事情は知らない観客は国内最高水準の武道大会を楽しみに会場に足を運んだが、その雰囲気のあまりの物々しさに言葉を発することが出来ない。

まさしく、厳戒態勢であった。

 

そんな会場に侵入してくる怪しげな馬車。

 

それが、紛れも無くこの会場の重苦しい空気の原因だった。

 

降りてきたのは各国の選手でもなければ、地方から招いた客でもない。

純然たる、文字通りの意味の招かれざる客。

そこから降りてきた鬚を生やした中年の男に、やけに小さい男、醜く太った男と仮面の二人組。

羽織袴の仮面の男は璃々を、そして蝶の仮面をつけた女は賈駆と公孫賛を抱えて。

舞台を取り囲むように配置された客席の目はその五人に集まっていく。

三人組の男たちは警邏隊の装備を身に纏い、ニヤニヤいやらしい笑顔を浮かべている。

それは、どこをどう間違っても人質を取り返して来た男たちの浮かべていい表情ではない。

こいつらが、人攫いの主犯なことは明確だった。

 

警邏を任されている楽進、李典、于禁たちはその様子に歯ぎしりせんばかりの表情でそれを迎える。

夏侯淵はそれを見た瞬間に弓に矢を番え、夏侯惇に諌められ、典韋もすかさず葉々を構えるが、許緒によって止められている。

呂布だけは、素知らぬ顔で、その様子を見ているが、それでも後ろに控える彼女の元主と陳宮に危害が及ばぬよう体でそれをかばうそぶりは見せる。

 

そんな様子を仮面の男は指さし、仮面の女は口元をゆがめる。

「お前らふざけるななのだ!」

 

劉備配下の張飛が怒りをあらわにした。

姉の好きな警邏仮面、そして彼女自身も好きな華蝶仮面。

その両方の格好をされて人攫いなどというふざけ抜いたことをされた彼女の胸中は察するに余りある。

その横では比較的落ち着いては見えるものの、趙雲も静かに怒りを燃やしていた。

 

「私の目が黒いうちにこの様なことをしてくれるとは、いい度胸だな…。」

「おう、そうだな、星、あんな奴らぶっ飛ばしてやらなきゃ気がすまないぜ。」

 

趙雲の言葉を勘違いした馬超も、やつらに向ける感情では趙雲と同種のものだ。

関羽、魏延、馬岱。その他、名立たるも同様に、面前の敵へと同じ気持ちを携えている。

許せない。

許してなるものか。

 

だが、それ以上に怒気を孕んだ空気を惜しげもなくまき散らしている人物がいた。

 

「璃々!」

 

人質となった一番小さな被害者の母、黄忠。

彼女の一人娘である璃々を攫えば彼女がこうなろうことは誰しもが予想できた。

自分の愛娘は、憧れた英雄の格好をした不届きものの小脇に抱えられ、そのゲスな笑いを隠さない警邏隊に守られている。

これが頭に来なくてほかに何が頭に来るというのか。

 

厳顔が必死に黄忠を抑え込もうとするが、それでも黄忠は止まらない。

 

「あなたたち、こんなことをして恥ずかしくはないの!?

 何が目的かわからないけれど、璃々を返してちょうだい!」

 

唯一、人的な被害者が出ていない呉の面々でさえ、すでに臨戦態勢は整っている。

最近ようやく璃々と馴染めてきた甘寧は孫権の合図一つで走り出せる状態になっていたし、彼女とともに隠密行動に定評のある周泰もまたすぐさま行動を起こせるようになったいた。

表情こそ平静を装ってはいるものの、孫策からも周瑜からも、そして黄蓋からも、人一人殺せるほどの殺気が漏れている。

呂蒙と陸遜は辺りを伺い、少なくともすぐに小蓮を庇えるようにしながらも、現状を打破する策を練っている。

そんな思いなど、どこ吹く風だと言わんばかりに、男たちは舞台へと上がっていく。

 

「目的だと?」

 

男たちが口を開いた。

 

「それは俺達が知りてぇよ。頼まれたもんを届けに来ただけなんだからよぉ!」

 

曹操と、それ以下軍師たち全員のなかで、つながった。

彼らの行動、その真意とは。

 

しまった。

 

想定していた中で、一番最悪の状況になろうことが、わかってしまった。

あろうことか降りてきた三人、仮面をしていない三人は、魏の警邏隊の服をまとっている。

それが意味するところとは。

こいつらの狙いとは。

それが、わかってしまった。

 

止めなければならない。

こやつらが何か行動を起こす前に。

 

だが、遅い。

悪びれた様子もなく堂々と主催者である曹操に向かって、中年の男はいう。

 

「いや~、曹操様。お待たせしました。魏軍警邏隊員、ただ今、頼まれていたものをお届けに参りました。」

 

下卑た笑い声とともに。

 

もう、遅かった。

曹操達は、少なくとも攫われた直後からこの大会が開かれるまでの間にやつらを発見しなければならなかった。

奴らの行動が意味するところとは。

外見上警邏隊と区別することが出来ない彼らが、なんの障害もなく人質を連れてこの場にやってきた。

そして、それを頼まれていたものと称するその事実。

対外的にみて、これは「曹操が仕組んだ誘拐」以外の何物でもない。

三国が協調し共に歩み始めてから短くない時間はたっている。

それでもまだ、各所に戦火の種が残っていることも事実だ。

殺し合いをしたという事実は消えない。

先の大戦で家族を殺されたという事実もまた、消えない。

それらを乗り越え、共に歩もうとする記念の式典で、このようなことを行うその目的とは。

 

『もう一度、戦争を起こすこと』

 

「どうですか?観客の前での楽しみに無傷で連れてきましたぜ?

 わざわざ我が国の小間使いまで連れてこさせるなんて手が込んでますねぇ、大将?」

 

ちび、デブ、のっぽの男たちの顔面に張り付いたにやけ顔が苛立ちを誘う。

しかし、曹操達はそれに対し、言葉を返すことが出来ない。

下手に返事をしようものならば、奴らは揚げ足をとり会話を誘導していくだろう。

孫権に劉備。

多くのものを犠牲にして得た友。

ここで下手に曹操が動いてしまっては、その友たちの信頼を一瞬にして失うどころか、この場で殺し合いが始まってもおかしくない。

 

「おやおや?何も答えないんですかい?

 そしたら俺達は事前に打ち合わせたとおりに進めちまいますぜ?」

 

黙っていたら黙っていたで、奴らの調子で進められてしまう。

どうしたらいい。

そんな曹操たちの考えなどお見通しと言わんばかりに好き放題に振舞っている。

こちらが確かにやつらを包囲しているのに。

荀彧は歯噛みする。

先ほどの同僚たちの推測が正しいならば、ここでやつらだけを一網打尽にするのは悪手中の悪手だ。

『早すぎる。』

璃々達が出かけた時間。

さらわれたとされる位置までの距離と、その報告までの時間。

そして、その後の捜索中に挙げられた相手からの要求が主までくるまで要した時間。

すべてが早すぎる。

まるで、全て知っていて、順々に、手順通りに、決められたことを伝えるだけのようにすら思える。

むしろ、それが事実である可能性が一番高い。

即ち、内通者がいる。

もっといえば、裏切り者が我が軍の中に存在する。

そうでなければ考えられない速度で報告が上がってきている。

さらう役、要求を伝える役、そしてここに出てきて挑発する役。

そこまでそろっていて、この会場に他の内通者がいないわけがない。

ならば、いまここで奴らを捕まえようとすれば必ず、観客に、そして友たちに『流れ矢』が当たることとなる。

そうなったら、同盟など保っていられようはずがない。

狙いはそれであろう。

だから、どんな挑発にも耐えなくてはいけない。

憎たらしい。恨めしい。

素直に、憎い。

ここに警邏隊達を集めたのはその内通者まであぶりだしたかったから。

そのためにあの場で、それに気がついていることだけは知られたくなかったからこそ、程昱はあのような伝え方をしたというのに。

そこまでは予想できていたのに。

しかし。

目的が、ここに至るまで予見できなかったこと。それが現在、愛する主君を苦境へとたたせてしまった。

その事実が悔しくて仕方がない。

その感情が、顔に出ていた。

 

「おいおい、軍師殿よぉ、そんなににらんでくれちゃったら震えて手元が狂っちまうぜ?

 なぁ警邏仮面様よぉ?」

 

それが下劣な男たちの気に触った。

 

鬚でのっぽの男に促されるように、警邏仮面に扮した男は、抱えていた少女に対し、刃物を向ける。

小さい刃物であるが、それは確実に少女の息の根を止めえるもの。

いい加減抱え疲れたのか華蝶の仮面もつけた女は賈駆と公孫賛を地に横たえ、その首元にどでかい斧の刃をあてがう。

 

「やってくれますね、お兄さんたち…」

 

程昱も、普段の呑気な様子はどこにも見えない。

戦争を起こそうとすればこの機会が絶好であることくらい読めたはずだ。

それをみすみす見逃して、盗まれたという大切なものに労力を割いてしまった。

友の笑顔のためにと言われたのに。

そこで気がつく。

付け入る隙があるとすれば、そこ。

相手にとっての奥の手であろう、その「大切なもの」。

これが、自分たちにとって価値の無いものであるものであれば、付け入る隙はあるかもしれない。

すぐさま郭嘉に目配せをすると、どうやら郭嘉も同様の結論に達していたようだった。

 

「たしかに、それは困ります。桂花。そう睨むのはやめなさい。

 しかしですね。あなた達のいう、大切なものというのは、まさかこの『平和』などというつもりは、ありませんよね?」

 

探りを入れるように、郭嘉は問いかける。

 

その問に、一瞬あっけにとられる賊どもだったが、すぐさまもとのしたり顔を取り戻す。

 

「なぁにいってんだ?あんたたちから預かった大切なものってなぁ、もう見えてんじゃねぇか?

 なぁ?」

 

中年の男は顎をしゃくって、視線を促す。

その先いるのは璃々を抱えた警邏仮面姿の男。

郭嘉にはぱっと見では、わからなかった。

しかし。

楽進が吼えた。

 

「貴様ぁ!それをどこで手に入れた!!!」

 

次いで于禁が続く。

 

「なんでお前なんかが持ってるの!!!

 それはお前らなんかが持ってていいものじゃないの!!!」

 

二人を押しとどめる役目である李典でさえ、これに続いて食って掛かった。

 

「うちはそんなもん作った覚え無い!!!

 なんでお前らが持っとるんや!!!」

 

仮面の男が羽織に隠すようにしていたのは、あの日失ったはずの三羽烏の片割れ。

この世界に、今は存在していないはずの魂の片割れ。

閻王、二天の片割れだった。

 

「なにいってんですか楽進将軍、しっかり預かったじゃないですか、コレを使えば簡単に小娘くらい攫えるって。」

 

ぎゃはは、と下品な笑い声が木霊する。

 

「ふざけるな!それは偽物に決まっている!」

 

楽進が力の限り叫んでも、民の心は少しずつ離れ始めていた。

本来、噛み合っていないはずのこの会話。

だが、この状況では、決定的に食い違い、噛み合ってしまった。

 

警邏隊を取りまとめる主要な面々の装備を預かり、警邏仮面に扮して璃々をさらう。

たしかに、彼の舞台を見に行くほど警邏仮面のことが好きな璃々だ。

手っ取り早くこと運ぶだろう。

ここまで形式的に振りな要素が揃ってしまっていては、もはや何言っても芝居をうっているだけにしか見えないだろう。

楽進の真意はそんなところにないというのに、強い否定が、一層演技であるかのように演出してしまう。

 

事実、その場にへたり込む姿曹魏の三羽烏の姿をみて、『あいつら、裏切ったのか…』と考える観客も増え始めていた。

 

「なんだ?まだしらばっくれるんですかい?

 それに、俺達ぁ天の御遣いさんからもコレ預かってんだぜ?

 これが俺達魏のやり方ってやつじゃねぇんですかい?

 おい、チビ!アレを持ってこい!」

「あいよ、アニキ!」

 

それが、決定的だった。

チビの男から鬚の男に手渡された小さな物。

最初、それが何なのかわからなかったが、それを使い、男が指から火を出してみせた。

男が手にしていたのは、ライター。

この世界で李典をしても再現できなかった小型の発火装置。

 

これもまた、この世に存在していいものではなかった。

「なぜ、それをお前らなんかが…」

 

楽進達は、二度目のその言葉。

彼女たちからみても、それは信じがたい事実だった。

なぜ、そんなものがあるのか。

あるはずがないのだ。

あっていいはずがない。

まさか。

帰ってきているのか。

嘘だ。

本当ならば。

自分たちのもとに帰ってきてくれているはずだ。

それなのに。

本当ならば。

なぜ、帰ってきてくれないのか。

ここに、彼がいないのならば、それは嘘に決まっている。

だけど。

もしも。

本当にいるのならば。

かつて私達が慕った男が、本当にこんな奴らに力を貸しているとでも言うのか…。

愛想を、つかされて…

そんな…

私達は。

あの時に。

捨てられたとでもいうのか…

 

「なるほど、それが切り札で、そういう使い方か。」

 

その場にへたり込む姿曹魏の三羽烏の姿をみて、誰しもがそれが本物だと理解し始める。

そして、いんちき臭い男たちの言葉を真実と考える観客も増え始めていた。

曹操を、友を信じていた劉備、孫権たちの間にも、少しずつ疑いが芽生え始めていく。

もしかして、本当に?

小さな疑いが、徐々に、徐々に民の心のなかに広がっていく。

沈黙を貫いていた曹操の表情も、もはや我慢の限界に近いことが見て取れた。

「今一度問うわ。あなた達の狙いは何?」

 

不必要に相手を刺激しないように。

怒りを押し殺し、悔しさを噛み殺しながらながら曹操はやっとの思いでそれだけを問うた。

探りを入れるのももう限界。

もしこれで相手がまだふざけるようであれば、その時は自分が…

 

「おいおい、曹操様よぉ。これでまだ知らぬ存ぜぬというんであれば、」

 

もはや、内通者など後回しにしてやるしかない。

瞼を固く閉じ、覚悟を決める。

失敗すれば同盟は破棄。あいつが命がけで掴んだこの平和も失ってしまう。

それでも、何もせずに奴らの言いなりになるくらいなら…

誤解など、疑いなど、その後にゆっくりととけば良い。

一度出来たのだから、この程度のささくれなど物の数ではない。

この身を賭してでも守ってみせよう。

かつて、あいつがそうしたように。

あいつが裏切ったというのなら。

私があいつの様になればいいだけのことだから。

 

目の前にいる敵を見据えるべく、その瞳を啓いた。

 

「そろそろ計画通りにやっちゃって…」

「華琳のそんな顔が見られるなんて。

 今日は、なんていい日なんだ。」

「…!?

 てめぇ何やってんだ!?」

小さな螺旋がきらめいた。

ずっと璃々の首筋に小刀を当てていた仮面の男が、突然声を上げたかと思えば、何を思ったのか、その小刀を璃々に突き立てる。

璃々の腹部の辺りにじわじわと、赤い染みが広がっていく。

誰しもが、その一瞬、何が起きたかわからなかった。

人質の腹部に当たり前のように小刀をつきたて、引き抜く。

自らの娘に起きた惨事を理解し、黄忠は絶叫とも悲鳴ともつかない声をあげた。

 

「あっはっはっはっは!

 おっと、こいつはいけない。怪我人を忘れてた。

 泥師、ちょっとこの娘預かって。お~い、月、こっちに来てちょっと様子を見てくれ。」

「…!やっぱり!」

 

警邏仮面の格好をした男はその場の状況などまるで気にしていないかのように、舞台の中央に歩いて行く。

そして、それがさも当然のように、月をそこに呼びつけた。

 

「この赤髪の子、さっき頭を強く打ったらしいんだ。冷やしてやってくれよ。」

 

厳顔や関羽に押さえつけられてもそれを振り払い矢をつがえる黄忠の姿などまるで認識していないかのように、男は続ける。

彼に呼ばれた月も、それになんの抵抗を示すこともなく、むしろ積極的に従った。

 

「てめぇ、全然喋らねぇと思ったが急に…!」

「お前うるせぇんだよ、ちょっとだまってろ。」

 

どちらかと言えばのんびりとした雰囲気を纏っていたさっきまでからは考えられないほどどすの利いた声で、警邏仮面はヒゲおやじを脅した。

それだけではなかった。

先ほどまで人質にあてられていた戦斧が、今や華蝶仮面によってそのヒゲおやじの首に当てられている。

 

「それで、いくつか聞きたいんだが、霞はどうした?」

 

さきほどへたり込んで、今は呆然としている楽進への問いかけだった。

 

「た、隊長でしたら現在は城下の封鎖に務めておいでですが…」

「ん、あいつがいま隊長なのか?いやでも、たしかに俺より向いてそうだな。」

 

仮面でくぐもった声。

しかし、懐かしい声。

 

「おいてめぇ、アニキから離れやがれ!」

「茶々を入れるな、うっとおしい!」

 

戦斧で威嚇され身動きがとれなくなったヒゲを助けようと、チビとデブが華蝶仮面に食って掛かるが、ひと睨みで黙らされてしまう。

 

「だとしたら…うん、よし。いけそうだ。じゃあ、あと三つ。

 お前ら、武器違くない?」

「ウチら、あの日のあと、武器交換してん…三人で支え合えるようにって…」

「あぁ、そっか。俺が借りっぱなしだったか。ずっと借りててごめんな。

 さっき返しに行ったんだけど、こいつらのせいで手元に戻って来ちゃった。」

 

娘を刺され狂乱状態の黄忠も、親しい友人を刺され怒り爆発状態の甘寧すらも蚊帳の外だった。

 

現在の状況が、曹魏の将達の間で次第に理解され始める。

 

男は、ゆっくりと歩きながら、曹操達の控える方に近づいていく。

二度目の。

そんな。

さっきとは違う意味の。

まさか。

演舞台の上に立つ男の声は、ずっと聞きたかった男の声だった。

距離のせいで聞き間違えたんじゃないか?

幻聴でも聞いているんじゃないか?

嘘ではないよな?

裏切ったとは誰も思わなかった。

それは、そいつが存在するということそれ自体が嘘とおもったからだ。

でも、ほんとうにいるとしたらと思ってしまった。

さっきのあれを見せられて、考えてしまった。

自分たちに嫌気がさしたんじゃないかって。

そんなはずはないと、信じてはいるけれど。

 

「んじゃあと二つ。おい、お前ら自分のこと警邏隊だって言ったよな。

 俺の顔に、見覚えはあるか?」

 

警邏仮面は、その仮面を外してみせた。

幻聴ではなかった。

あの顔、あの声、間違いない。

嘘じゃない。

帰ってきた。

だとしたら…

彼は果たして…

 

「はぁ?おめぇなんか知るわけねぇだろ!

 いったいどういうつもりだてめぇ!まさかこの状況で裏切るなんてことは…!」

 

知らないと。

いま、たしかにそういった。

だったら、いままで奴が言ってたことは、全て嘘ということになる。

 

「裏切る…?俺達が、いつ、お前たちに手を貸そうと、そういった?

 手柄がほしいんだよ、俺はな!

 華琳はそういうとこうるさいからな!

 大手を振って帰るには手柄が必要なんだよ!

 最後の一つだ!おい華琳、まさか、いま諦めようなんて思ってなかったよな!?」

男の嬉しそうな絶叫に。

「当たり前でしょ…。」

さみしがりやの少女はつぶやくように答えた。

「ぃよしきた!おい春蘭、俺がちょっとお暇をいただいたあのあと、宴は中止になったか!」

 

帰ってくるといった。

いま、そういった!

愛想など、つかされてはいなかった!

あいつが、帰ってきた!

凪の、真桜の、沙和の眼に光が宿る。

季衣の、流琉の手に力が入る。

秋蘭の血が騒ぐ。

 

「当たり前だ!お前のせいで散々だったぞ北郷!」

 

春蘭の威勢のいい声が会場に木霊する。

 

「じゃあ一仕事終わらせて続きをやらねぇとな!さっさと終わらせて盛大に!パーッとやろうぜ!」

心に燻る火種に、激しく吹きこまれた暴風によって。

曹魏の魂に火がついた。


 
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