No.651629

黄泉姫夢幻Ⅱ~バレンタイン・パニック~

闇野神殿さん

しばらく前に全文公開しました「黄泉姫夢幻Ⅰ」
http://www.tinami.com/view/479549
に続き「黄泉姫夢幻Ⅱ~お兄ちゃんの妹はあたしふたりだけなんだかンねッ!~」より「バレンタイン・パニック」を全文公開いたします。今後様子を見つつ続きも公開してゆく予定です。
→続き「お兄ちゃんの妹はあたしふたりだけなんだかンねッ!~」 http://www.tinami.com/view/651633

2014-01-04 13:47:48 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1010   閲覧ユーザー数:1009

 バレンタイン・パニック

 

 あたし、根本夜見子が、あたしの『血のつながってない実のお兄ちゃん』、いや、何言ってるかわかんねーと思うけど、このあたしの自分自身もこれまで知らなかった秘密、『死んだ女の子の魂と生きている女の子の魂を人工的に合一させた霊的改造体』の片一方、今のあたしのこの身体じゃない方、つまり『死んだ女の子』洋子の方の実のお兄ちゃん、って言えばいいのかしらね?

 その、『お兄ちゃん』との出会い(再会?)の事件から数か月が経った。

 まァそんなこんなで、お兄ちゃん家に近い中学をわざわざ受験してまで、彼の傍に居たいってゆーあたしの願いは見事に実現し、こーして放課後すぐにお兄ちゃんに会いに行けるよーにもなったし、おまけに彼の住んでる下宿からも遠くないトコにお引っ越しまでしてきたワケで、まずはあたしの恋路はおーむねじゅんぷーまんぱんってヤツ?

 まあ、あのカメ子……ごほん、亀井三千代さん……ともーひとりの恋敵さえいなければ、の話なんだけどネ。でもまァ、冬にこーしてお兄ちゃんと出会って今は春。前回語ったあの話から今までの間にもまァ、それなりに語っときたいコトぁいくつかあるワケで。

 つーことで、今回はそのうちのひとつ、そう、あの聖バレンタインのヒゲキ? サンゲキ? っつーか……うーん、どう言い訳しても喜劇ョねキゲキ。ハタから見てたら、サ……。

 まあ、よーするにさっき言った『もーひとりの恋敵』ってヤツのコトを語ろーと思う。

 

 てなことで、まァちょい付き合ってくれっと嬉しいわョね。

 

 TAKURO

 

 ……俺の名前は大岩卓郎、この町のどーってことない公立小学校の六年三組だ。俺が今何してるかっていうとだな……なんでだかわかんねーけど、同じクラスの女子、根本夜見子ってヤツの後をつけていたり……する。

 クラスで……いや、学年でも一、二を争うくらいちっこい女子で、多分身長も一四〇センチはないだろう。晴れた日の夜空みたいな真っ黒な髪を長く伸ばして、同じ色の目をしている。ちょっと仔猫を思わせるような大きな目だ。青いデニムの上下に赤いTシャツとカチューシャがトレードマークだ。カチューシャを付けてるあたりからぴょこんと一房髪がはねてるのがやけに目に付く。あと、いつも紺色の二―ソックス? っつーの? とブラックのバスケットシューズをはいてる。

 いや、俺だってこんなことしたくなんかねーんだけどよ。ホントだぞ?

 まあ……そもそもの起こりがだな、アイツ……根本のヤツが、ここしばらく放課後ヤケに付き合い悪くなってきたのが始まりだった。それまでは、女子との付き合いだけでなく、俺たち男子とも昼休みだの放課後だのバレーボールだのサッカーだので一緒に駆けずり回ってたってのに、ここ最近、放課後になるとあっとゆー間に帰っちまうようになった。

 まあ、学校に居る間はこれまでとそんなに変わらない……と思ってたんだけどな、でも、なんか……少しずつ様子が変わってきた。なんつーか、妙に女の子っぽいとこ見せるようになってきたっつーのかな、いや、表面的にはそんなに変わらないんだ。だけど、ちょっとしたときに見せる表情とか仕草とか、そーゆー所がだな……あー、えーい、何言ってやがんだよ俺!

 ……とにかく、なんか違うんだよ。

 しばらくして、女子の間で、根本のヤツが、放課後高校生のカレシんとこへ毎日会いに行ってるらしい、って噂が流れ始めた。男子の中でも、根本が「お兄ちゃん」って呼んでるヤツが居るらしいって噂が広まるようになってきた。

 いや、そりゃあ、根本のヤツは黙ってりゃ……その、ちょっとは、少しくらいだったら、か、可愛い……んじゃねーかって思わなくはないけどよ、それでも、『年上のカレシに毎日会いに行く』なんて、普段の根本からは……少なくとも俺には考えられないような行動に思えていたんだ。

 大体、俺らまだ小学生だし、それに、根本にしたって普段から平気で男と一緒にボール追っかけまわすのが日課になってたよーなヤツだったし。

 ところが……だ。今日、バレンタインデーに、根本のヤツは、六年生にもなるとみんなランドセル代わりに使うようになってるスポーツバッグ……女子で使ってるヤツは少ないが、根本は男子と変わらず使ってる……の中に、見るからにでっかいチョコレートだと思われる物体(まあ、よりにもよってこの日に女子が教科書かノートと変わんねーくらいのハート型の包みを持ってたら、いくらなんでもチョコレート以外のもんだとは思わねーよな?)を潜ませて持ってきたのだ。

 どうやら、根本としてはこっそり持ってきたつもりなんだろーが、なにしろでっかい包みだ。授業の合い間にバッグの開け閉めでもすりゃあ、見るつもりなんか無くたって簡単に見えちまう。たちまち、周り中の奴らが騒然と(もちろん根本には知られないように)し始めた。

 なにしろ、あれでも根本は男女問わず結構な人気がある。身長はやたらちっこいけど、男女分け隔てしないさっぱりした性格だし、曲がったことの大嫌いなヤツで、一目置いてる男子も多い。その上可愛い……まあ、一般的に客観的に見てだな、少なくとも可愛くないとは……言えないってくらいには……とくれば、程度の差こそあれ、根本に密かにそういう気持ちを持ってるヤツってのも、このクラスだけで片手じゃ……いや、下手すりゃ両手でも足りないくらいにはいたりする。

 ん、俺? ば、ばばば馬鹿言うんじゃねーよ、誰が根本な……いや、女なんかに。

 まあそれはともかくだな、そんな根本がでっけえチョコを持ってきた、それも明らかにただ一個だけの大本命チョコを、だ。一体誰にやろうって言うのか、男子はおろか女子の間でも密かな話題の中心になるのはむしろ当然のことだろう。ところが、根本のヤツはそんな周囲のことをまるで知らないみたいに平然と一日の授業を終え、そのまま普段通りにとっとと帰っていきやがった。もちろん、例のブツはいっぺんたりともバッグの中から取りだされることは無かった。

 そうなると、今まで笑い飛ばしていたあのこと……放課後、高校生のカレシに会いに行ってるっつーあの噂のことが急に現実味を帯びてくる。俺は、居てもたってもいられず、衝動的に根本の後を追いかけていた。

 

 YOMIKO

 

 ふんふんふーん。あたしは、鼻歌なんかうたいながら上機嫌でいつものよーにお兄ちゃんに会うために電車の駅に向かう。もちろん、お兄ちゃんにチョコをあげるために決まってる。

 まァ、問題があるとすりゃ、どーにかしてカメ子……あたしの恋敵こと亀井三千代さんよりァ先にチョコあげたいってことくらいかしらネ?

 まさか、カメ子がお兄ちゃんにチョコあげねーとは思えないし。とはいえ、どーしても地元の中学から行けるカメ子と電車で二十分くらいかかるあたしとじゃどーしたってあたしは不利だ。

 だから、先にあげらんないコトがあり得るってのァしゃあないとは思っといた方がいいわョね。そんときは……どーにかして、お兄ちゃんにあたしの方をより印象付ける手段ってヤツを考えといた方がいいのかしら?

 チョットだけ残念なのは……チョコが手作りじゃないってコトなんだけどネ。

 正直……最初は手作りにしよーとしたのョ。でも……上手くいかなくて、お兄ちゃんに満足してもらえるよーなンが出来なかったのね。だから、おこづかい貯めてたン使っておっきなチョコ買ったわけなんだけど。

 え? 上手く出来なくたって気持ちがこもってればいいんじゃないかって?

 うん……まァね、もーすこし……マトモに出来てりゃそのいーわけも出来たんでしょーけどネ……あはは……。でもネ、間違っちゃダメよ。チョコあげることで満足すべきなンは誰?

 あたしじゃないのョ。あくまで満足すべきヒトはお兄ちゃんであるべきでしょ。

『手作りチョコ作ったー』ってあたしが自己満足にひたるンは勝手だけど、それでお兄ちゃんが困っちゃっちゃホンマツテントーよネ。

 でも……来年こそは、じょーずにチョコ作れるよーになって、こんどこそ手作りチョコでお兄ちゃんに満足してもらうんだかンね!

 

 TAKURO

 

 根本のヤツは、驚いたことに、何の迷いも無く駅の方へと向かい、駅ビルに入って行った。

 ……おかしい、根本は電車通学なんてしてない、普通の徒歩通学のはずだ。まさか、本当に年上のカレシとかゆーやつのとこへ行くんだろうか。なんだかすっげー落ちつかない気分だ。息苦しささえ覚えるそんな気持ちの中でも、俺は根本を追いかけている。何だかストーカーにでもなった気分だ。何やってんだろーな俺。

 ここまで来ればもう予想通りに、根本は改札を通る。

 定期かSUICAでも持ってるんだろう、切符も買わずにそのまま自動改札に財布をタッチして通って行く。今この時くらい自分がSUICAを持っていたことを神とか仏とかに感謝したこたあねえ。サッカー部で試合とか行くとき便利だと思ったからなんだが……問題は……残りのチャージが足りるかどうかだけど。

 そこから大体二十分くらい乗っただろうか。幸い、根本の降りた駅はあらかじめチャージしておいた分で足りるトコだった。まあ帰りには足りねーけど流石に財布に切符代くらいは持ってる。改札通れずチャージして根本を見失うようなことにはならずに済んだわけだ。

 しかし、電車の中で根本に見つからないよう様子を窺ってたが、なんつーか……あんな顔学校じゃ見たことねーよ。ちょっとそわそわしたような、それでいて嬉しそうな、不安混じりなようでいてその不安さえ楽しんでいるみたいな……っつーの?

 まあ……五年生で同じクラスになって以来、二年近くアイツの顔見て来たわけだけど、どの表情も今日初めて見るものばかりだった。

 その顔見てたら、またなんか胸のあたりにもやもやが浮かんでくる。どうしちまったんだろうな、俺。

 

 BROTHER

 

 そのとき俺は、ひとりの女子生徒に呼びとめられていた。図書委員の仕事がようやく片付き、やれやれこれで帰れるぜ、と誰も居ない……と思っていた教室にカバンを取りに寄ったときのことだ。

 それは、俺のクラスメイトである紅・エリサベタ・光紗だった。

 ルーマニアだかの貴族の遠縁でクォーター。陽の光に透けるときらきらと金色に輝く栗色の髪の持ち主だ。その髪……軽くウェーブのかかったふわりと広がったその髪を、背中くらいまで伸ばしている。

 髪の色と似たブラウンの瞳はちょっとつり目気味だが、よく通った鼻筋、形のよい唇、細い顎とほとんど完璧に近い美貌……そう、高校一年にしてすでにその言葉が相応しいほどの美少女だ。

 とはいえ決して近寄りがたいとかいうことはなく、明るく社交的な性格でクラスでも中心的な存在の一人になっている。ただし……どーにもやることが派手とゆーか、面白いとみればかなりの無茶でもへーきでやらかすタイプなので、俺とはよく衝突してる。

 悪いヤツじゃないのはよく知ってるので、俺としては嫌ってるってことはないんだが、向こうとしちゃ俺はかなり煙ったい存在なんじゃないかと思うんだが……。

 まあ、これがマンガだのラノベだのとかだとここで告白とかされたりしてラブコメ展開とかになるんだろーが彼女が俺になんてのは普通に考えて有りそうにも無……。

「あ……あのですね……」

 ん?

「こ、これ……貴方に渡したくて……」

 ……は?

 彼女がそう言って俺に差し出してきたのは常識的に考えればチョコレートとしか考えにくい……流石にハート型ではないものの、リボンのかかった包みだった。あ、あれ? 今日ってそういや二月十四日か。

「え? え?」

「その……い、いつも貴方には迷惑かけてますし……そ、そう! ぎ、義理ですから!」

 あ、ああ義理ね。とはいえ彼女は案外純情なようで、真っ赤になりながらもずいずいと俺の方に包みを持った手を差し出しながらずどど、ってな勢いで突進してくる。そのくせ普段は自信たっぷりな目が不安そうに揺れている。ともかくも俺は包みを受け取り、礼を言った。

「あ、ああ、ありがとう。嬉しいよ」

 まあ少なくとも嘘ではない。戸惑いの気持ちが半分近くあるのも確かではあるんだが……。

 すると、ぼん、と音でも立てたかのよーな勢いで、紅の顔がその名の通りさらに真っ赤に染まる。

「よ、良かった……喜んでもらえなかったらどうしようかと……」

 なんか小声でぼそっと呟く紅。

「なんか言ったか?」

「な、なんでもないですっ!」

 と俺の問いに慌てて大声で返す紅。

「そ、それで、ですね……時間も遅いことですし、よ、良ければ、途中まで送っていただけません……かしら?」

「え?」

「な、なんですか……私を送るなんて気に食わないとでも?」

 ちょっとムッとした顔で言う紅。

「いや、別に。どうして俺なのかと思っただけだが」

「そ、そう……だ、だから、たまにはあ、貴方と一緒に帰りたい……っていうんじゃダメなのかしら?」

「ま、まあ……構わないけど」

 なんだろうねこの紅の浮き沈みが激しいとゆーか不安定極まりないご様子は。しかしまあ気になるのは今日も夜見子は来るんだろーなとかハチ合わせしたら面倒なことになりそうだなとかそーゆーよーなコトなんだが。まあいいか。やましいことしてる訳でもないし。

「じゃ、じゃあ行きますよ。私と一緒に帰れるなんて、光栄だと思いなさい!」

 って、誘ったの紅の方だろうに。と思うが黙っておこう。いや、念のため言っとくが、普段はもっとまともだぞ、なんで初登場でキャラがブレてタカビーキャラになってんだこいつ。

 

「あ……お兄さま」

 校門の前で俺を待っていたのは……カメちゃんだった。

 亀井三千代ちゃん。俺が家庭教師をしてる中学三年生の女の子で、長い黒髪をゆるやかな三つ編みにまとめて、小さめのレンズのメガネをかけている。優しげなたれ目がチャームポイントだ。学校帰りに直に来たのか、中学校の制服姿だ。

「お……お兄さまァ!?」

 となりで素っ頓狂な声を上げたのは紅。

「ど……どなた……ですか?」

 ちょっと不安げな顔でカメちゃんが尋ねる。

「あ、ああ、俺と同じクラスの紅光紗。この子は俺が家庭教師のバイトしてる先の亀井三千代ちゃんだ」

 と、カメちゃんと紅に互いを簡単に紹介する。

「そ、そう……家庭教師なんてやってたんですか貴方」

「まあ昔からの知り合いで、今年ここの高校受験するっていうんでな」

「あ……はい。もうすぐ試験なので、下見も兼ねまして……」

 と、はにかんだ笑顔で言うカメちゃん。ああそういえばもうすぐか。

「……兼ねまして? 他になにか用事があるんですか?」

 訝しげな顔で尋ねる紅。カメちゃんはそんな彼女の方をちらと見て、少し黙りこむが、ぐっ、と拳を握り思い切ったように言う。

「は、はい、もちろん……です。お、お兄さまに……こ、これを……差し上げたくて」

 そう言いながらカメちゃんは、可愛いリボンの付いた小袋を俺に差し出してきた。

「……な!」

 隣でなんだか大声を上げる紅。だが。

「あーッ! 何抜け駆けしてンのョカメ子! このあたしを差し置いてお兄ちゃんにチョコ渡そうだなんて!」

 と最悪のタイミングで現れて下さったのは、言うまでも無く俺の最愛の『血のつながらない実の妹』根本夜見子だった。

 MISA

 

 え? え? なんなんですかこの状況?

 私はただこの朴念仁にチョコあげて一緒に帰ろうとしただけなんですけど……。

 なんで校門出るなりライバル(?)が二人も出てきちゃうんですか? うう……校内じゃそんな気振りなんてぜんぜん見せたことなんて無いってのに……。し、しかもどっちも歳下、それも一人はどー見ても小学生じゃないの! いったいどんな状況なのよ!

 私はまずメガネの子の方を見る。別ににらんだワケじゃないのにびくっとされるのはちょっと傷つくけど、おとなしそうな子だし、初対面で年上な私に人見知りしてるだけよね? 怖い顔とかしてないわよね私?

 まあ、やっぱりライバルとして本命なのはこの子の方かしら? ヤツってば図書委員なんてしてるくらいだし、こういう文学少女っぽい子の方が好みなのかもしれないわね。

 そしてもう一方、後から現れたちっちゃい子の方を見る。

 見るからに気の強そうで元気の良さそうな子だ。ちょっとつり目気味なのは親近感がわくかも。でもかなりあからさまに私に敵対心むき出しにしてくるのはやっぱ傷つくわね……。

「で、誰なン?」

 ちっちゃい子がヤツの腕にしがみついて睨んでくる。

「あ、ああ、俺と同じクラスの紅光紗、こっちが……」

「……根本夜見子、お兄ちゃんの血のつながってない……妹ョ」

「い、妹? 貴方妹なんていたんですか? それも血のつながってないとか……え?」

 びっくりして私は大声を上げてしまう。だって、少なくとも知ってる限りヤツの家族関係に『血のつながらない妹』なんてのが入りこむ余地なんて無かったはず。てゆーか苗字も違うわよ?

「そーョ、ショーライはお兄ちゃんのお嫁さんになンだかんネ。血がつながってないンだから何の問題もないわョね」

 ……って。

「はァあああああッ!?」

「ちょ、よ、夜見子おま!」

「よ、よよよ夜見子さんんんん!?」

 とと突然何言いだすのこの子!

「ナニ言ってンのョ、先にビシッと言っとかなきゃネ……お兄ちゃんは渡せねーって」

 そう言って睨んでくる夜見子ちゃんて子。え、え? ま……マジよこの子の目。真剣にヤツのこと恋してる子の目だわ……。

「だかンね、少なくとも、好きなヒトをハッキリ好きだって言えねーよーなヤツにァお兄ちゃんには近寄らせねーンだから」

 そう言って夜見子ちゃんはヤツの腕をぐい、と抱いて私の方とは逆方向へ向かせ、そのときちら、と私の方を見てちょっと意地悪そうに笑う。う、うゎー、こ、この子ってば、物凄い小悪魔かも……。

 けど、その言葉は、私の心に予想外にずしん、と重く響いた。

 

 YOMIKO

 

 ……ぶっちゃけてしまうと、言い訳じみて聞こえるかもしんねーけど、そンときあたしは、物凄いパニックに陥っていたと告白しないといけない。

 だって、お兄ちゃんの横に、こちらは想定済みだったカメ子だけでなく、多分お兄ちゃんと同い年くらいの、も、ものすごい美人が立ってるなんて。いやまあ、美人ってゆーならカメ子だって相当なもん……いや、全然負けてないとは思うけど、地味で控えめなせーでぱっと見だけなら損してる気がするカメ子と違って、一目で目を惹く上に、しかも見れば見るほどどんどん美人さが判ってくるっつーほとんど反則レベル。それも、どー見てもお兄ちゃんのコト好きとしか思えない。

 ……うん、あれひとめ見りゃハッキリ判るもん。お兄ちゃんのコト見るときの彼女の顔見りゃ一目瞭然ョ。まさか、あんな美人までライバルに居ただなんて、もうどーしていいか判んない。

 でも、あの様子だと、少なくとも、ちゃんとコクハクはして無さそう。

 あんな美人にコクハクされてOKしない人がいるなんてソーゾーも出来ねーし、彼女の様子からもコクハク済みな気配はしない。もーそれだけが命綱な気がする。焦りとシットであたしは頭に血が上って……。

「……こら」

「ぴゃあん!?」

 あたしのおでこにお兄ちゃんのでこぴんがサクレツしたンは、お兄ちゃんの腕をとって、あの美人の前から一刻も早く連れてこーとしたそのときだった。

「な、なにョお兄ちゃん」

 ちょっとふくれてお兄ちゃんの顔を見るが、そこに見たのは、意外なほど厳しいお兄ちゃんの顔だった。

「夜見子、今の夜見子はちょっと悪い子だぞ」

 ……う。

 言われてみっと確かに言い過ぎだった。アタマに血が上っと抑え効かなくなるンはホントにあたしの悪いトコ。あたしはしゅん、と落ち込んで美人さんに頭を下げた。

 

 MISA

 

「う……ごめんなさい。ちょっとギャクジョーして言い過ぎちゃいました。ホントにごめんなさい」

 夜見子ちゃんが驚くほど素直に私に謝って来る。それも、ヤツに言われたから仕方なくって感じじゃない。同じヤツに言われたにしても、それで本当に自分が悪かったからって気付いた感じ。

 ……ええと、誰が小悪魔だって? てゆーか、すっごく可愛いじゃないのよこの子……。

 うう、なんだか今日は自分の人を見る目に自信が持てなくなる日だわ……。

「うん、やっぱり夜見子はいい子だな。よしよし」

 そう言ってヤツは学校では見たことのない優しい笑顔で夜見子ちゃんの頭をわしわしと撫でる。な、なによ、結構いい兄貴してるんじゃないの。

「うう、子供扱いしないでよう……」

 そう言っている夜見子ちゃんもなんだかんだで決して嫌そうじゃない。むしろ嬉しそう。それになによ。あのヤツの手つき。夜見子ちゃんの髪に指を軽くからめて綺麗な……羨ましくなるくらい綺麗な夜色の真っ直ぐな黒髪の感触を確かめるように撫でている。くぅう、アンタどんだけその子が可愛いのよ……。

 てゆーか、後ろの方でカメ……ごほん、三千代ちゃんが羨ましそうに指くわえて見てるし。

「そ、そーだわ、こ、コレ……」

 しばらく気持ち良さそうにヤツに撫でられてた夜見子ちゃんだったけど、ふいに思いだしたようにバッグを開け、中から取り出したものは……。

「お、おっきい……」

「で、デカいわね……」

 私と三千代ちゃんが思わず口あんぐりになる。

 それは、もうバッグに入るぎりぎり近いくらいの大きさのハート型の包装だった。

「お、お兄ちゃんに、コレ……」

 はにかむように、ちょっと不安混じりの微笑みを浮かべながら、夜見子ちゃんはそれを手渡そうとヤツに近寄り……。

 

 YOMIKO

 

「うゎあああああああッ!?」

 と、そんな大声とともに飛んできたサッカーボールが、あたしが手渡そうとしたチョコの包みをかすめる。

「きゃあっ!?」

 流石のあたしも、思わずチョコを取り落としてしまう。

「あぁっ!」

「おぉっと!」

 けど、落っことしたチョコが地面に落ちる寸前、お兄ちゃんは素早く受け止めてくれたのだった。

「お、お兄ちゃん……」

「はは、危ないとこだったな」

 そう言ってお兄ちゃんは笑ってくれた。

「はぁう……」

 その顔を見た瞬間、あたしの心臓がきゅううん、と音を立てる。はぁあううー。

「とにかく、ありがとうな。嬉しいよ」

 と言ってお兄ちゃんはあたしの頭を優しく撫でてくれる。幸せ……。

「そ、それにしても、あのボールは一体?」

 カメ子が首をかしげる。そ、そういえば……それにどっかで聞いたよーな声だったけど?

「あれ、紅は?」

 そういえば美人さんが居ないァね?

「はいはいはい、暴れるんじゃないわよキミ?」

 そー言いながら美人さんが男の子をつまみあげてこっちへ戻って来る。って……エラい素早いァねこの人。

「は、離せよおい!」

「た、たくろー!?」

「そ、この子がサッカーボール飛ばしてきたのね。夜見子ちゃん、知ってる子?」

「知ってるもナニも……」

 そう、そいつは、あたしのクラスメートの大岩卓郎だった。つーかなんでアンタがここにいンのよ?

「あの一瞬で捕まえて来たのか……紅の素早さにはいつも驚くな」

「ま……まあね。やっぱこういうとこ邪魔しちゃいけないでしょ?」

 と美人さんが頬を染める。あ……あたしライバルなのに。ホント良い人なんだナ……。

「てゆーか、アンタがボール飛ばしてきたン?」

 あたしはたくろーに向き直って問いただす。

「う……」

 ってナニ顔赤くしてンの?

「って、なんでこんなコトしやがったのョ?」

「……なんでだっていーだろ」

「……夜見子さん、判ってないみたいですよね?」

「まあ……自分のコトだとそんなものなのかもしれないわね?」

 後ろでカメ子と美人さんがなんか話してっけど……。

「まァいーわ、とりあえず話はボコった後でゆっくり訊かせてもらうから」

「……へ?」

 あたしはぼきぼきと指を鳴らしてたくろーに迫ってゆくのだった。

 

 BROTHER

 

「……さて、たくろー?」

「は、はい……」

 哀れ卓郎クンはぼっこぼこにされて夜見子の前に正座させられていた。

「さあ、あたしとお兄ちゃんの折角のラブラブタイムを邪魔しやがった挙げ句、危うくチョコまで台無しにすっとこだったあんたの罪を数えんのョオラ」

「そ、そんなこと言われても知るかよ。大体なんでこんなヤツと……」

「あーん? あたしたちの邪魔しやがっただけじゃ飽き足らず、お兄ちゃんの悪口まで抜かしやがッつもり? この二人で一人の妹ことヒートの女こと仮面シスターダブルヒートシスターこと根本夜見子を舐めてんじゃねーわョ?」

「……仮面シスターって……夜見子さん仮面なんてしてないじゃないですか」

「……ええい、じゃかァしーわョカメ子! ネタに細けーツッコミくれてンじゃねーっつーの!」

「ふみゃう……」

 夜見子に睨まれてしおしおになるカメちゃん。あーかわいそーに。

「いや、言ってる意味わかんねーし。とにかく凄い自信なのは判るけど言葉の意味がわかんねーから」

「む……どーやらまたあたしの必殺キック・シスターエクストリーム喰らいてーらしーわネたくろー?」

「ん……んなわけねーだろ、大体なんだシスターエクストリームってただのケリに妙な名前付けやがって」

「……ナニ顔赤くしてンのよあんた?」

 俺は、ふと『あること』に気付いて夜見子に声をかける。

「……夜見子」

「どったのお兄ちゃん?」

「その……だな。キックするときは……スカートじゃないときにしとけ、な?」

「……ッ!」

 反射的にスカートの裾を押さえる。

「まさか……今まで……も、見え……てた……とか?」

「し、知らねーよンなこと、勝手に濡れ衣着せてんじゃ……」

「う……まさか、この前ンときのショーブ下着……まで……?」

「う、嘘ついてんじゃねーよ! この前どころかいつもガキみてーな白パンのくせ……に」

「……ええ、嘘だァよ……けど、マヌケは見つかったよーだァね?」

「き……汚ねー!」

 ぴきぴきぴき。夜見子の額に青筋がこれでもかとばかり浮かび上がる。まあ理不尽だろーとは思うが夜見子のスカートの中を見たであろうヤツを無事に帰すとかありえませんからー。

 ……って何気に酷いね俺も。

「ちょ、お、お前らこんなコトが許されていーのかおい」

 と卓郎クンが必死の抗弁を計ろうとするが……。

「お気の毒とは思いますけど……仕方ないですよね」

「……そうね、女の子の下着見ておいてそう簡単に許されるとは思ってもらいたくないわ。そもそも、ラッキースケベなんてのは主人公ポジションだけに、それも直後のフルボッコと引き換えにして初めて許されることなんですからね」

 ……女の子たちもこの件では全員夜見子の味方のようだった。それにしても……紅はナニを言っているのだろーか? ホントに最近の紅の言うことはわけがわからないよ。

「まー、そんなワケで……カクゴして貰うァよたくろー……」

「ま、待て、話せばわかる、な」

「もんどーむよー! てんちゅーッッッ!」

「うぎゃーっ!」

 ちなみに、後日夜見子のクラスでは、ぱんつ見られた記憶をブッ飛ばすかのよーな勢いで、夜見子の必殺パンチ・シスターグレネードが猛威をふるったとか何とか。

 まあそれは別の話だが。

 

 MISA

 

 良くも悪くも濃い一日だった……。

 私は、熱めのお風呂につかりながら、今日のことを思い返す。

 まあ、アイツにチョコ渡せて喜んでもらえたのは良かったと思うんですけどね……多分。

『だかンね、少なくとも、好きなヒトをハッキリ好きだって言えねーよーなヤツにァお兄ちゃんには近寄らせねーンだから』

 夜見子ちゃんの言ったその言葉が私の胸に今でも響いている。

 夜見子ちゃんは謝ってはくれたけど。

 少なくとも……私は彼女にあの言葉を向けられても仕方がなかった。

 少なくとも……彼女は私にそれを言う権利があった。

 彼のことを気になりだしたのは、高校に入って同じクラスになって半年ほど経った頃。

 同じクラスの友達とちょっとしたいさかいになって、思わず感情的になって酷いことを言いかけてしまったとき。

 割とさわぎ好きな私のやることなすこといちいち突っかかって来て、たしなめようとする鬱陶しいヤツ……だと思ってたあいつが、さりげなく私の横に来て、言いかけた私の酷い言葉を口を手で塞いで止めてくれたのだった。

「おっと、そこまでにしとけよ、な」

「もが……な、なにするんですか!」

「……ちょっとな、このままだとお前口が滑って言い過ぎそうだったからな」

「あ……」

 それを聞いて私は一瞬で冷水をぶっかけられたみたいに頭が冷えた。あそこで口を塞がれてなかったら、私は大事な友達をひとり失っていたかもしれない。そう思うとさらに背筋を冷たいものが走る。私は、ケンカになりかけた彼女とヤツとの二人に頭を下げる。

「ご、ごめんなさい……」

「……ああ、だからさ、お前はその性格真っ直ぐなとこが一番良いトコなんだから、それ台無しにするようなことはすんなよな」

「……!」

 その何の気なく発せられたのであろうその言葉に、私は物凄い衝撃を受けていたのだ。

 いつもいがみ合っていたはずのヤツがそんな風に私を見てくれていたこと。

 今までも誰かに「綺麗だ」だの何だの言われたことはあったけど、そんな風に、しかもそこが「一番良い」なんて言ってくれたのはヤツが初めてだったこと。

 しかも、本当にそれが自然な感じで、ずっと普通にそう思ってくれてたことが伝わってきたこと。

 その時以来、私の心の中からヤツのことが離れなくなってしまった。

 

 けど、あの時夜見子ちゃんを叱ったときのヤツに、あの時のことが重なったのは言うまでも無いだろう。そして……ヤツが夜見子ちゃんをどれだけ可愛いと思ってるのかってことも。

「血のつながってない妹、かー……」

 またずいぶんとピンポイントな属性の子がライバルとして出て来たもんだと思う。さらにめがねっ娘の幼なじみまでって、どんだけなのよ私の恋路。しかもどっちも『お兄ちゃん』に『お兄さま』と来たもんだ。

 その上彼自身もあの子たちを大事に思ってることが嫌でも伝わって来るし。参ったなあもう。ようやく最初の一歩を踏み出したその日にこんなご覧の有り様なんてねー。

 まあ、これまでいくらでもチャンスがあったはずなのに、なんだかんだで意地張ってまともにアプローチかけるのを先延ばしにしていたツケってことなのかしらね。でも、それでも……私はアイツのことをあきらめたくはない。だから、もっとがんばろう。少なくとも、私にはアイツのクラスメイトっていうアドバンテージがあるじゃない。少なくとも、学校でなら、アイツとの距離を詰めていくチャンスは一番多いはずだもんね。うん。

 少なくとも、まだ手遅れにはなってない……と思うから。

 

 

 YOMIKO

 

 ……とまァ、これがあたしが中学に入る前の出来事。カメ子の他のあたしのもー一人のライバル、紅・エリサベタ・光紗さんとの出会いだった、っつー訳ョ。

 

 


 
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