翌日、荀彧は呉の屋敷にある周泰の部屋を訪ねていた。
「明命、ちょっといいかしら?」
「あっ、お猫様!!・・・ではなく桂花さんでしたか・・・何か御用ですか?」
「ちょっと、相変わらずひどい言い様ね」
まぁいいわ、と言いながら荀彧はさっそく本題に入った。
「あんたの標的を落とし穴に嵌める技量を見込んで頼みがあるんだけど、あんたのその技術、是非私に伝授してほしいの」
「それは別にかまいませんが・・・誰か落としたい方でもいらっしゃるのですか?」
「決まってるじゃない!!あの馬鹿でどんくさでうすのろで無節操で女たらしの万年発情種馬男よ!!」
荀彧は忌々しげな表情で、その長ったらしい呼称を噛む事無く滑らかな口調ではっきりと告げた。
その発言を聞いた周泰は目を丸くして驚いている。
「一刀様ですか!?そんなの、教えるわけないじゃないですか!」
「もちろん、タダで、とは言わないわ」
すると、荀彧は懐からやや小ぶりの袋を取り出した。
それを見た瞬間、周泰の表情が険しいものに変わった。
「まさか買収するつもりなのですか?申し訳ありませんが、今回の件はお断り―――」
しかしその時、荀彧が極めて残念そうな面持ちで、周泰の言葉を遮るように語った。
「これは私があんたのために高句麗からわざわざ取り寄せた木天蓼なんだけど、まぁあんたが断るって言うならもう必要ないわね。私は
必要ないし、捨てちゃう―――」
そこまで言いかけた時、周泰の瞳がギラリと光ると、真剣な面持ちで次のように問いかけた。
「一刀様はお猫様の敵なので問題ありません。落とし穴に標的を嵌めるには穴掘りも重要ですが、何よりも落とし穴に標的をいかに誘導
するかが鍵となります。生半可な覚悟では極めるのは困難ですが、桂花さんなら問題ありませんね?」
「ふふ、交渉成立ね」
荀彧と周泰はガシッと固く握手を交わした。
そしてその日以来、荀彧は年の瀬でいつも以上に忙しく、更には正月の宴や春節の実行委員も任されているにもかかわらず、
政務の傍ら、時間を作っては周泰のもとに通い、雨の日も風の日も雪の日も、落とし穴の極意をひたすら学んだ。
北郷を落とし穴に嵌めたいがために、ここまでできるのは、国中探しても彼女以外にはいないだろう。
そして一週間後、12月31日。本日は日本で言うところの大晦日に当たる日である。
「ふふふ、見てなさい北郷一刀。今度こそあんたを完璧に罠にはめて、新年を暗くて寒い穴の中で一人寂しく迎えさせてあげるわ!」
荀彧は不敵な笑みを浮かべてそのような独り言をつぶやきながら、ひたすら穴を掘っていた。
荀彧の作戦としては、三国集まっての大々的な宴を催す春節と違い、正月の場合は特に三国が集まってということはなく、
さらに今回の正月は、毎年恒例の、北郷を年毎に順番に一国が独占できるという決まりで、魏が北郷を独占できる順番であるため、
他国に迷惑をかけることなく、かつ北郷が新年になった時に魏の屋敷にいないことで、
曹操の北郷に対する好感度を下げようというものであった(当然単純に北郷に対する嫌がらせという意味合いも大きい)。
しかし一方で、単純に北郷が魏の屋敷に行けなかったのは荀彧が罠に嵌めたせいでは?と曹操にとがめられ、
逆に荀彧がお仕置きを受けるような気もするのだが、それはそれで荀彧にとっては願ったり叶ったりであるので問題なかった。
前日の雨のおかげもあり、柔らかくなった土壌を掘り進めるのは順調に進んでいたが、
それでも、気づけばもうだいぶ日も落ちてきた頃合いである。
「ふぅ。結構時間がかかってしまったけど、これだけ掘れば十分ね。上の準備も完璧だし、あとはこれを撒きつければ完成ね・・・」
荀彧は額の汗をぬぐいながらそうつぶやき、穴の側面に何かの液体を散布し始めた。
そして、落とし穴の側面全体に散布し終え、しばらくしてから指先でちょんと触って確認すると、満足げな表情を浮かべた。
「さすがは明命ね。この発想はなかったわ。でも、これで落ちた後も脱出不可能。ふふふ、今からでもあの種馬の無様に泣きわめく姿が
目に浮かぶわ!」
そして、作業を終了した荀彧は、最後の仕上げであるカモフラージュを施すべく、
あらかじめ用意しておいたロープを掴んで穴の外へと登ろうとした。
―――しかし・・・
ブチブチバチンッという何かがちぎれる音がしたかと思うと、半ばまで登っていた荀彧は急に妙な浮遊感を覚えた。
「―――ぇっ・・・?」
という戸惑いの声を上げた時には、すでに荀彧はロープを持ったまま元の場所まで落下していた。
(ウソ・・・縄が切れたの・・・?)
そのまま下まで落下した荀彧は、運悪く頭を穴の側面にぶつけてしまった。
そして、更に不運は荀彧を襲った。
たまたま穴の入り口付近に置いていた、落とし穴を隠すカモフラージュ用の枝やら葉っぱやらが、たまたま千切れたロープに引っかかり、
これまたたまたま、そのままカモフラージュは引っ張られ、見事に穴を塞いで勝手にカモフラージュが完成してしまったのである。
穴の中は一気に闇に包まれた。
(ちょ・・・これじゃ・・・誰も・・・私に・・・・・・)
そして、そのまま荀彧の意識はそこで途切れてしまった。
荀彧が落とし穴の中で気絶してしまってから数時間後、ちらほらと星が出始める初夜の頃合いになって、
今日の夜に作戦を実行に移すと荀彧から聞いていた周泰が、荀彧がちゃんと罠を仕掛けられているか心配になって様子を見に来ていた。
「確かこの辺りに・・・あ、ここですね」
周泰は魏の屋敷近くにある、大きな桃の木が立っている庭に入っていった。
見たところ誰もいない。
「仕掛けの方は・・・一週間でこれだけできれば十分ですね。ですが、せっかくですから、もう少し手を加えておきましょう」
荀彧の地上部分の罠をそのように評価すると、周泰は手際よく罠に手を加えていった。
「ですが、相変わらず落とし穴の偽装がなっていないのです。これでは子供でも落ちません・・・」
すると、周泰は桃の木の根元近くにあった、枝の上に葉っぱを大量に敷き詰めたような残念すぎる落とし穴に近づくと、
これまた見事な手際で完璧なカモフラージュを施していき
(まさか中で荀彧が気絶しているとは思わず、また荀彧も気絶していたため中から助けを求めることもできず)、
作業が完了した時には、そこにあった残念仕様の落とし穴らしき面影は完全になくなってしまっていた。
「よし、これで木天蓼の借りは返せます」
そのように満足げにつぶやくと、周泰はそのままその場から立ち去った。
周泰が立ち去ってからさらに数時間後、辺りはすっかり夜になり、雲一つない空一面に輝く星々が唯一の光源となっている。
そして、荀彧が罠を仕掛けた場所に、今度は北郷がやって来た。
「まったく、桂花のやつ、もうすぐ新年だっていうのに、こんな夜中にこんな所に呼び出して、いったいどういうつもりだ?」
北郷は、今朝一番に、荀彧に夜になったら魏の屋敷に来る前に庭に寄れ、と命れ――もとい、頼まれていたのだ。
「本人は春節祭のことでどうしても今年中に解決しておきたい問題があるとか言ってたけど、どう考えても何かあるよなぁ。っていうか
こんな時間に相談する意味が分からないし、そもそも桂花が俺に相談事なんて、それこそ天変地異の前触れかってくらい有り得ないこと
だしなぁ・・・やっぱり例によって落とし穴的なものなのかなぁ・・・」
と、北郷は手にした行灯をかざしながら、胡散臭そうに辺りを見渡した。
しかし、特に変わったところは見られない。
「あれ?変だな・・・いつもみたいな残念すぎる葉っぱの山がないな・・・もしかして本当に俺に頼らざるを得ない程の火急の相談事
なのか?」
そのようなことを呟きながら、北郷は行灯をかざして荀彧を探してみたが、荀彧の姿は確認できなかった。
「桂花は・・・まだ来てないのか・・・」
と、一応辺りをぐるっと回ってみようと歩き始めたその瞬間、北郷は足首辺りに妙な違和感を覚えた。
というか、何かに引っかかったような、ちょっとした圧が足首にかかっていた。
「ん?」
何事かと北郷が足元を見ようとしたその刹那、北郷に電流走る。
「待てよ・・・このパターンってまさか・・・!」
そして次の瞬間、ヒュンヒュンッという何かが風を切る鋭い音がいくつもしたかと思うと、何かが北郷目掛けて飛んできた。
「ぅおわぁっ!?」
間一髪で北郷が避けたその足元には二本の矢が刺さっていた。
更にそこで事態は収束しなかった。
北郷が避けた際に、再び北郷は足首に妙な違和感を覚えた。
「おいおい・・・マジかよ・・・!」
次の瞬間再びヒュンヒュンッと矢が風を切る音がした。
しかし今度の音の数は先ほどの比ではなかった。
北郷は避けようとはせず、全力で駆けだした。そして北郷が駆けだすと同時に次々と矢は北郷がいた場所に刺さっていく。
「クソッ・・・桂花の奴、今年中に解決したい問題って、俺を亡き者にしようってことなのか!?」
そのまま北郷は知らず知らずのうちに桃の木のもとに駆けていく。
「いや、いくら何でも、それはないか・・・桂花も、馬鹿じゃない。自分で言うのも、なんだけど、昔ならともかく、今となっては、
三国の象徴たる、俺を痛い目に、合わせようと、するなら、まだしも、殺そうとまでは、考えないだろう。ということは・・・!」
北郷は前方の桃の木の根元を注視した。
「やっぱり・・・!暗くて、見えにくいけど、よく見ると、変に小綺麗っていうか、あの木の根元の、辺りだけ、雑草が整然と、生えて
いる!自然じゃもう少し、まばらに、なるはず!明らかに、カモフラージュの為に、植えたものだ!」
北郷は息も絶え絶えに駆けながらも不敵にニヤッと笑った。
「つまり、あくまでこの矢は、落とし穴に、誘導するための、ブラフ!本命はやっぱり、俺を落とし穴に、嵌めることだ!」
そして、北郷は勝ち誇ったように叫び、その落とし穴があるであろう場所の上を跳んだ。
「どこかで俺の様子を見てるんだろうが、残念だったな桂花!少しは腕を上げたみたいだけど、俺はお前のおかげで落とし穴については
スペシャリストの域を超えてるぞ!」
そして無事落とし穴を跳び越え、地面に着地しようとしたその瞬間、北郷の背中に言葉では言い表せないような戦慄が走った。
(あれ・・・?そういえば前にも同じようなことが・・・なんだこのデジャビヤァッ!!??)」
次の瞬間、北郷は突然目の前を横切った巨大な丸太に顔面を激突させ、空中で止まっていた。
「ま、また・・・孔明の・・・罠か・・・」
そのまま北郷は重力に従って地面に落下し、尻餅をついたその瞬間、落とし穴の口が御開帳。
「桂花のやつ・・・明命を・・・抱き込んだな・・・」
そのまま北郷は穴の中へと消えていった。
【あはっぴーにゅーいやーいんなぴっと(中編) 終】
あとがき
さて、三夜連続投稿のお正月特別編の二発目、いかがだったでしょうか?
ところで、そもそも御遣い伝説の進行もノロノロしているのに、なぜこんな企画をしようと思ったかと申しますと、
年末に入ってようやく御遣い伝説の執筆に集中できるぜー!待ってろ週一投稿ライフッ!と気合を入れたのもつかの間、
休みが元旦しかないってどういうことですか!?ずっと私のターンですか!?闇のファラオもびっくりですよ!?
そりゃアンズちゃんだって止めたくなるってもんですよ!ホント、いったい私が何をしたって言うんだよぉおおおおおおッッッ!!??
と心の中で絶叫したものの、世の中には元旦も休まず汗水流して働いていらっしゃる方もいらっしゃるんだとあきらめ、
こうなりゃいっその事もう一本特別編書いちゃる!と自棄になり、まさかの桂花たんのターンが実現したという訳でした。
前回のマンハントの、いかにも徹夜明けのようなネジの抜けたハイテンションがそれを物語ってますね 笑
読み返すのも恐ろしい、、、
あと、今更ですが、この特別編では御遣い伝説と違って、全て会話文の前の名前を排除し、
本来あるべき小説の体裁での挑戦を試みております(なんせオリキャラが一人も登場しませんからね!)
今まではおまけのような短文でちょろちょろ試していましたが、
今後もこのような機会にちょくちょく練習して、最後には自分のモノにしたいものです。
ですが校正しているときに気づいたのですが、明命とななの話し方がほとんど同じという、、、
くのいち設定といい、知らないうちに影響を受けてたっぽいですね 汗
それではまた明日お会いしましょう!
穴の中に若い男女が二人。果して、、、笑
Tweet |
|
|
16
|
0
|
追加するフォルダを選択
どうも皆さん、新年明けましておめでとうございます!
今回は新年特別企画の第二回です!桂花たんがついに動き出します
続きを表示