騎士隊を除隊になって、もう五年が経った。傭兵や、用心棒などで食いつないではいたが、もはやただ生きてるといっても過言ではない。日々に彩りはなく、ただ淡々と過ぎていく。昼に起きて寝るまで酒を飲み、金がなくなったら仕事をする。
もはや、人生は終わったといってもいいほどだった。
用心棒を必要とするような連中は、それなりに恨みを買うような仕事をしている場合が多かった。その日の仕事は、奴隷商人の護衛。元騎士がするには、なんとも薄汚い仕事である。
「メリッサを返せ……」
青年というには少し幼い少年が、剣を片手に商隊に立ちふさがる。こういった勇敢なる英雄たちの相手をするのが、今の俺の仕事だ。なるほど。彼らにとって俺は、立ちふさがる悪の手下と言うわけだ。つくづく騎士のするような仕事ではないな。俺はひとりごちて、剣を抜いた。誇りを失っても、生きている限り飯は食わなければならないのだ。
「さっさと片付けてくれよ。先方を待たすわけにはいかんのだ」
「わかってますよ」
どこかの貴族さまに売り込みにいくらしい。俺は仕事を急かされる。子供が相手とは、なんとも嫌な仕事だ。用心棒のほうが払いがいいとはいえ、やはり傭兵のほうが性に合っている気がする。
腐っても騎士である。剣を握って日も浅いであろう少年に、後れをとるなどということはない。勝負は一瞬でついた。土にまみれ、倒れる少年。追いうちとばかりに蹴りをいれ、少年の体を道端に投げ捨てる。死んではいない。半日もすれば目を覚ますだろう。
そして商隊は、貴族の屋敷に向かって消えていった。
いつかの気分の悪い仕事を忘れて、酒場の裏で少し体を軽くしていた頃。俺は再びあの少年に出会った。
どういった経緯で少年がそこにいたのかは不明だったが、彼は酒場の裏でゴミにまみれて倒れていた。行き倒れというやつだろうか。幸い――なのだろうか――息はあるようだった。ここで死なれても寝覚めが悪い。俺はとりあえず少年を引きずって酒場に戻るのだった。
ガツガツとまるで猫のように飯を食う少年。空腹で行き倒れていたのだから当然といえば当然か。聞くと少年は、人攫いによって連れ去られたメリッサという恋人を追いかけてここまで来たらしい。たしかにこの街からあの貴族の館は近い。しかし、少年と戦ったあの街道は、この街からは山ひとつは離れていたはずだ。よく生きてここまで辿り着いたものだ。
ボロボロになりながらも、必死に足掻くその少年の姿に、俺は昔の自分を重ねていた。がむしゃらに騎士を目指していた、幼き日の自分を。
「おいボウズ、明日俺と一緒にお姫様を助けに行くか……?」
騎士隊は五年も前に除隊になった。騎士としての位は失った。それでも俺は、騎士としての誇りは失うべきじゃなかった。青臭い小僧に、それを教わった気がしたのだ。
囚われのお姫様を救い出す、ありふれたストーリーの騎士物語。なるほど、これは騎士物語だ。
幾本の矢が体を貫き、命を削る。血が汗のように流れ、もはや視界さえおぼつかない。
夜を待って行った奇襲は、問題なく成功した。少年は見事にメリッサと再会を果たし、笑顔で俺に礼を言うと、故郷に帰っていった。もう二度と、二人が離れ離れになることはないだろう。
問題があったのは、俺のほうだった。どうも屋敷から逃げる際に顔を見られてしまったらしく、数日で身元がバレた。そうしてある晩、宿で寝ているところを蜂の巣にされた、というわけだ。
薄汚い世界に堕ちてしまった俺には、相応しい最後に思えた。いや、俺の人生は五年も前に終わっていたのだ。だが、あの少年のおかげで生き返ることができた。
少年を勇者へと導く騎士、それが俺の役だったのだ。少年は勇者になった。俺の役目も終わる。これはつまりそういうことに違いない。
騎士はただ、誇りを胸に。その誇りは、命よりも気高く。
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この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。