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真恋姫無双幻夢伝 第三章9話『一歩目の足跡』

第三章完結です!まだまだ続きます。

2013-12-30 12:22:21 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:2897   閲覧ユーザー数:2608

   真恋姫無双 幻夢伝 第三章 9話 『一歩目の足跡』

 

 

 三月下旬、あれほど高かった空は段々と下に降りてきた。濁った色の雲が手の届きそうなところに浮かぶ。東から川に沿って吹いてくる風はまだ肌寒い。アキラは首元をしっかりマントで覆った。

 

「華雄さまより伝令!敵は全軍、城を出たとのことです」

「奴ら、数に頼って強気に出たな」

 

 アキラはすぐに伝令を走らせ、こちらも陣を出て戦うことを通達した。そして自身は馬を走らせ、援軍に来ていた孫策軍の元へ走る。

 孫策軍でも先ほどの情報をすでに掴んでいたらしい。慌ただしい空気に包まれていた。アキラの隣を兵たちが走る。しかしその動きがどことなく鈍い。

 

(気にはなるが、今更どうしようもない)

 

 アキラは孫策軍の大将の元へ急いだ。

 孫策軍の大将は妹である孫権。アキラが来た時には、彼女の側近である甘寧と念入りに打ち合わせをしている所だった。

 

「孫権殿。ちょっと」

「何か用か」

 

 アキラが近づこうとすると、甘寧がすぐさま前に出てその歩みを止めた。同盟軍の大将相手だというのに、剣の柄に手をかけている。アキラの顔に思わず苦笑いが出た。

 しかしそんなことで怯む彼では無い。再び歩き始めると、まるで甘寧がいないかのようにスルスルと横を通り抜けた。あまりにも自然な動作であったために、彼女たちはあっけにとられてしまう。

 

「この…!」

「思春。止めなさい」

 

 蓮華がそう声をかけると、思春はすぐに後ろへと引っ込んだ。だが、その命令を出すにはあまりに遅い。先ほどまでの思春の行動も蓮華の意向を汲んでのものか。

 

(何かやったっけ、俺?)

 

 そんな疑念を心に抱きつつも、アキラはさっそく蓮華と作戦の打ち合わせを始めた。

 

「聞いていると思うが、敵の兵力は」

「劉備が1万。袁術が5千」

「…そうだ。我々は劉備軍を受け持つ。孫策軍3000名は袁術軍を頼む」

「分かった」

 

 それだけ言い残してアキラが去ろうとした。だが蓮華はその背中に向かって感情の無い声をかける。

 

「それにしても大した作戦も無いようだが、本当にこれで勝てるのか」

 

 ここまで露骨に俺への不信を示すとは。アキラは本気で自分の過去を疑った。

 ただこの手合いには慣れている。振り返ったアキラは半分笑ったような表情を浮かべながら、嘲笑の言葉を吐く。

 

「怖いのか」

「な、なにっ!」

「ふざけるな!貴様、蓮華さまになんてことを!」

 

 キッとアキラを睨み付ける蓮華。それ以上に激昂している思春。普通の人なら震え上がる構図だったが、アキラは鼻で笑い飛ばした。

 

「江南人の戦いぶりを見せてもらおうか。孫家の姫よ」

「黙れ!」

「思春!…見てなさい」

 

 これで良し。アキラは殺気を放つ二人を残し、自陣へと帰って行った。

 プライドは高い。しかし先ほど事細かく打ち合わせている様子から見ると、そのプライドに見合う能力は備えているはず。ただの賊のような能力も無い者であれば放っておくが、あの二人は利用するのがベストだ。少し怒らせた方が必死に戦うであろう。

 と、一通り評価をし終えた彼の髪を風がなでた。乾燥している。曇天の空だが、彼は雨が降らないことを知った。

 

 

 

 

 

 

 午の刻(正午)。両軍激突。

 戦場は寿春城郊外の湿地帯。二つの狭い川が流れるところだった。その水深は最大で腰の高さまであり、進軍にかなり手間取る地形になっている。

 当初の予定通り、李靖軍が劉備軍と、孫策軍が袁術軍と衝突した。両軍はそれぞれ一本ずつ川を渡り、川の間で戦いが繰り広げられた。

 最初の一刻(二時間)は李靖軍が劉備軍を押す。まだ平原と徐州の兵がバラバラで戦っている劉備軍に、独立のために一体となって戦う李靖軍が襲い掛かった。戦略に比べて戦術が苦手な朱里と戦場経験が豊富なアキラとの差も響く。崩れそうになる軍を愛紗たち一騎当千の猛将が辛うじて支えている状態だった。

 しかしもう一方の戦場は状況が違っていた。アキラの元に伝令が届く。

 

「敗走寸前だと!」

「はっ!孫策軍は突出した兵士が次々と討たれ、かなり危険な状態です」

「まずいな…」

 

 アキラよりも後に独立を果たした孫策たち。周到に準備したこちらに比べて、彼らの軍隊は急造そのもの。兵士をかき集めている現在、その質はかなり悪いだろう。

 しかも、それにもかかわらず彼らは強引に攻めたらしい。統率がとれていない以上、それはあまりにもリスクが大きい。

 

(挑発し過ぎたか)

 

 そう思ったが、今は後悔している暇はない。すぐさま近くにいた凪を呼ぶ。

 

「凪。右軍の兵士500名を連れて、袁術軍の横腹を突け」

「分かりました!」

「伝令!于禁に右に移動しろと伝えろ」

 

 凪はすぐさま兵士を連れて、袁術軍の左陣に突っ込んだ。その結果、袁術軍の進軍は止まり、孫策軍は体勢を立て直すことが出来た。

 だが、その代償は大きい。前軍の華雄と一緒に戦っていた沙和が右に廻ったことで、李靖軍の勢いも止まった。両戦場とも五分五分の状態が続く。

 そして申の刻(午後4時)。両軍の疲労は限界に達した。アキラは本日の戦いの終結を求め、劉備側もそれに応じる形となり、この日の戦闘が終わりを迎えたのだった。

 陣に帰ったアキラ。その元に一つ知らせが届いていた。

 

「客?」

「それが、その…」

 

 部下に耳打ちされた彼はにやりと笑った。そして部下に通達を命じた。

 

「孫策軍を含めた各将に伝えろ。夕食後、本陣にて軍議を行う」

 

 

 

 

 

 

 陽がどっぷりと暮れた頃、本陣に将校たちが集まってきた。その中には勿論のこと蓮華と思春もいる。二人の顔には疲労の色が見えた。

 蓮華はアキラの姿を認めると、すぐさま頭を垂れた。

 

「李靖殿、先刻は我が軍を助けていただき感謝いたします」

「あれ~、蓮華。助けてもらったの?」

 

 聞き覚えのある声に蓮華は頭を挙げると、アキラの巨躯の後ろの椅子で、足を組んでこちらをニヤニヤと見つめる姉がいた。

 

「ね、姉様!」

「冥琳に全部任せて来ちゃった☆」

 

 おどけて言う姉に蓮華は頭を抱えた。どうせ任せたのではなく、押し付けたという方が正しいだろう。

 蓮華が文句を言おうとした時、アキラがパンパンと手を打った。

 

「さあさあ、軍議を始めるとしよう。孫権殿、同盟軍を助けるのは当然のこと。お気になさるな」

 

 しぶしぶ蓮華が席に着く。これで全員揃った。アキラは早速、軍議を始めることにした。

 

「皆も承知の通り、兵の疲労が大きい」

「そうねぇ、私も疲れちゃったわ」

「お前は違うだろ」

 

 アキラが間髪入れずに突っ込んだことに、何が面白いのか雪蓮はくすくす笑った。はあ、とアキラが漏らしたため息と蓮華のが重なり、お互いの顔を見合った。初めて考えが一致したようだ。

 

「ともあれ敵も疲労は感じているはずですね!」

 

 妙な空気になったところを吹き飛ばすように、凪が強い口調で意見を述べた。彼女の眉間に皺が寄っている。アキラは「おっと」とおどけて、話を戻した。

 

「そうだな。奴らはこれ以上疲労を感じれば城に籠るに違いない。となると」

「勝負は明日決めた方が良い、ということだな」

 

 華雄が先にアキラの結論を述べてしまった。セリフを盗られたアキラは口をへの字に曲げて抗議の意を示した。

 特別な作戦を立てていない場合、野戦ではお互いに五分五分の状態からスタートする。しかし城郭での攻防戦では防衛側が圧倒的に有利だ。攻める側にとって不利だし時間もかかる。好ましい状態では決して無い。

 こうした状況分析を基に、思春も意見を出した。

 

「今日が五分五分の状態だったんだ。明日はもっと強引に攻めなければなるまい」

「そういうことだ。そこで明日はこの作戦でいこうと思う」

 

 そう言うとアキラは机に広げた地図で作戦の説明をした。地図を見つめる沙和が疑問を口に出す。

 

「隊長。これで大丈夫?」

「大丈夫だろう。俺の見立てでは袁術軍の動きがおかしかった。そこを突けば問題ない」

 

 他に反対意見が無いことを確認したアキラは全員を見渡し、大きく宣言した。

 

「明日は奴らに勝つ!そして真の意味で独立を果たすのだ!」

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、劉備・袁術連合軍でも寿春城内で軍議が行われていた。ところがその空気は悪い。ちょうどアキラの言う“おかしかった”袁術軍について話し合われていた。

 

「どうして攻めなかった!」

 

 愛紗が机をドンと叩き、袁術側に詰め寄る。美羽は涙目になっていたが、七乃を始めとした他の将校は平然とその姿を見ていた。

 七乃がわざとらしく首をかしげて愛紗に返した。

 

「えーと、ちゃんと攻めてましたよ?」

「とぼけるな!お前たちが手を抜かずに攻めていれば、すぐに孫策軍は潰せたはずだ!」

 

 凪が助けに入る前、孫策軍が潰走寸前なのは明らかであった。その場合、普通は全軍を投入して一気に攻めるのが基本中の基本。しかし袁術軍はそれをしなかったことに、愛紗たちは激怒したのだ。

 

「張勲殿、よもや我々を適度に消耗させることが目的ではあるまいな」

「趙雲さん、何をおっしゃりたいのですか?」

「薄汚いマネはするなと言いたいだけだ!」

 

 星の言葉を皮切りに両軍の将校が立ち上がり、机を挟んで睨み合いになる。中には剣に手をかけている者もいた。

 慌てて桃香と一刀が止めに入った。

 

「待った待った!ダメだって!」

「星ちゃん!言い過ぎだよ!」

 

 桃香に叱られた星は椅子に座ることは無く、そのまま部屋を抜けて行ってしまった。結局この状態では軍議は続行不可能となり、なし崩しの状態で解散となった。

 

「なあ、朱里」

 

 部屋に帰る途中、一刀は朱里に尋ねていた。

 

「どうして美羽たちはあんなことをするんだ?」

「…おそらく、取り込まれまいとしているのだと思います。このまま私たちが助けたとしても彼らは弱いまま。彼らより強い私たちに従属、もしくは服従の道を歩まざるを得ないと感じているのでしょう」

「でも仲間が増えるから良いんじゃないのか?」

「ご主人様、袁家は特別なんですよ。歴史は重いのです」

「歴史、か」

 

 一刀が雲間に光る星を見上げながら、白い息と一緒につぶやくのだった。

 

「どうして今、幸せになろうとしないんだろう」

 

 

 

 

 

 

 翌日、今日こそ決着をつけようと卯の刻(午前6時)に出陣してきた劉備軍が見たのは、先日とは大きく異なる敵の布陣だった。

 

「あれは?!」

 

 劉備軍先陣にいた星が見たのは川を背にした、いわゆる「背水の陣」をしいた李靖軍の姿だった。夜のうちに移動したのか。一つ目の川を渡って川と川の間に陣取っていた。

 劉備軍内では早速、会議が行われた。

 

「朱里ちゃん。これは一体?」

「…やられました」

 

 はわわと言うことも無く朱里は桃香に返答する。彼女の頭の中ではよほど深刻な状況に映ったようだ。

 桃香の横にいた一刀が朱里に尋ねた。

 

「回り込んで敵の退路を断つとかできないの?」

「出来ます。でもそれは“私たちだけ”の場合です。策とは全体の意思疎通が出来て初めて成功するもの。今の袁術軍との関係では…」

 

 朱里の小さい体から自信の無さがはっきりと見て取れた。一刀は首をかしげる。

 

「でも背水の陣は敵の無策を見込んでやる作戦だろ。ということは」

「そうです、ご主人様」

 

 朱里は1拍置いて、より丁寧な口ぶりで答えた。

 

「もっとも重大な問題は、彼らに私たちの不和が見抜かれていることです」

 

 背水の陣は兵の士気を高める。この状況を理解した桃香が暗い顔の朱里を覗きこんで提案した。

 

「朱里ちゃん、このままじゃ不利だよ!一回戻った方が」

「それは出来ません。このまま引き下がれば敗北を認めるようなものです。兵の士気は下がり、徐州に撤退しなくてはならなくなります。そして」

「徐州に撤退すれば寿春は落ちるのか」

 

 一刀は唇を思いっきり噛んだ。この状況で倒すしかない。彼の仲間のためにも。そして彼の理想のためにも。

 

 

 

 

 

 

 戦闘が始まった。士気が高い李靖・孫策軍が川を渡り始め、それを劉備・袁術軍が弓で狙う。しかし勢いが勝る李靖たちがその矢の嵐を潜り抜けることに成功し、川を渡り切った。あちこちで刀が合わさる音が聞こえ始めた。

 そして一刻が過ぎた。戦局は意外にも五分の状況であった。

 孫策軍側は先日とは異なり、安定した戦いぶりを見せ、数が勝る袁術軍と渡り合っていた。雪蓮は妹に軍配を任せ、蓮華はその期待に応えていた

 ところがその一方で劉備軍も奮戦ぶりを見せていた。一刀が自身の安全も顧みずに前方に出張ってきていることが功を奏したらしい。アキラの顔に焦りが見る。

 

(しまった、ここまで粘るとは!兵力が少ない分、こっちの体力が持たない。どうすれば…)

 

 ちょうどその頃、先に孫策軍の勢いが衰えてきた。じりじりと川岸まで押されてきている。自然と蓮華の兵を叱咤する声に力がこもってきた。彼女の顔に汗がにじむ。

 

「蓮華」

 

 自分を呼ぶ声に振り向くと、そこには騎馬に乗った姉が楽しげに微笑んでいた。

 

「ちょっと行ってくるわね。百人ほど借りるわよ」

「…!姉様、まさか!」

「止めないでよ。私はね」

 

 雪蓮は視線を蓮華から、遠くに翻る『袁』の旗に移した。

 

「借りを返しに行くだけだから」

 

 そう言った雪蓮は南海覇王を天高く抜く。それを合図に雪蓮と百名の兵士は駆け出した。

 

「姉さま!!」

 

 もう蓮華の声は聞こえない。雪蓮は敵味方が入り乱れる戦場に突入した。

 

「さあ!終わりにしましょう!」

 

 その火の玉のような集団はあっという間に袁術の第一陣を食い破った。そして二陣、三陣と錐のように穴を空けていく。

 苦戦を強いられていた思春は光明が差したような気がした。

 

(さすがは孫策さま)

 

 彼女はすぐさま指令を出す。その穴から攻めあぐねていた孫策軍が雪崩れ込んだ。

 美羽と一緒に輿の上に坐っていた七乃が、彼女らしくも無く叫ぶ。

 

「早く防ぎなさい!」

 

 しかしその穴は大きくなるばかり。雪蓮の縦横無尽に戦場を駆ける動きに、七乃の手は後手後手に回る。袁術軍全体に毒が回るように、恐怖の感情が走った。

 とうとう限界点が来たようだ。一人、また一人と背を向けて逃げ始め、袁術軍全体が戦場から我先にと姿を消した。

 善戦していた劉備軍もそれにつられてじりじりと下がっていく。彼らの逃げる方角を見ると、どうやら城に戻ることはないようだ。アキラは劉備軍を逃げるままに放っておき、寿春城へと矛先を向けた。主がいないのだ。すぐに落ちるだろう。

 

「これで終わったな」

 

 先陣から帰ってきた華雄がアキラに声をかける。ところが彼は静かに首を振った。

 

「いや、まだ俺たちの復讐は終わっていない」

 

 千切れ千切れになった雲の隙間に目を向けた。まだ太陽は見えない。彼は言う。

 

「袁家はもう一つある。悪いが、まだ付き合ってもらうぞ」

「分かっているさ。隊長」

 

 遠くで寿春城の門が開くのが見えた。二人はその門へと馬を歩ませた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、西方の土地。アキラ達が見上げたのと同じ空に向かって、誰かが叫んだ。

 

「助けて」

 

 戦乱の渦は中原から中国全土へと広がっていく。

 


 
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