番外其の一 -思春さんと斬打玄守-
思春「ん...あれは?」
今年もこの季節がやってきた。普通なら寒い夜中に外を駆けずり回るのは御免被るが、それぐらいは思春には苦にもならない。どちらかと言えば、また誰かに見られた時にどう言って誤魔化せばいいかの方が悩ましい。その日も近くなってきたある日、そんなことを考えながら街を歩いていた思春は、街に警邏という名の息抜きに出ていたはずの主君が路地裏で誰かと立ち話をしているのを見かけた。
一刀「...でさ、...が...」
距離があることと通りの方からの雑踏で何を言っているかはわからないが、楽しそうにしていることだけはわかる。思春はいつもの通り、危険だけに気をつけて遠巻きに見守るだけにしようと思ったのだが...
思春「(あいつは!何故あいつが一刀様とっ!)」
一刀が話していた相手は、巷では一度現れれば拍手喝采、子どもの間でもごっこ遊びが浸透し、そして愛紗や翠が目の敵にしている華蝶仮面であった。何処の誰かは全くもってわからないとのことだが、星と同じ槍使いで腕はとても立つから注意するよう何度も警告を受けていた。その華蝶仮面が自分の主君とふたりきりで、しかも楽しげに話しているというのはどういうことだろうか。だが、愛紗でも手こずるほどの人間と一刀がいるというのは危ないと判断し出ていこうとしたところで、更に思春を混乱させることが起こった。
思春「(なん...だと...!?)」
華蝶仮面が仮面を外しそれを懐にしまった。あろうことか、その仮面の下から出てきたのは星の顔だったのだ。
思春「(まさか...)」
そう、華蝶仮面の正体は...
思春「(まさか、この世には三人同じ顔の人間がいると聞いたことがあるが、実際に、しかも知り合いのそれを目にすることになろうとは...)」
奇跡的に勘違いしていた。
星「では主、私はこれで。」
一刀「程々になー。」
星と瓜二つの女は、親しげに一刀と挨拶を交わして去っていった。
思春「一刀様!」
我に返って一刀の無事を確認する。
一刀「っ!やあ思春、なにか買い物?」
思春「いえ、違いますが...それより、先ほどのは一体?」
一刀「あ~。」
少しだけバツの悪そうな顔をする一刀。
思春「楽しげに何か話しているところから、今までです。しかし、ああまで星とそっくりな人間がいるとは驚きました。見たところ噂通り腕も立ちそうでしたし。あの人物は一体?」
一刀「へ?」
華蝶仮面の正体がバレたと思い込んでいた一刀は間の抜けた返事をしてしまう。
思春「おや、あの者とは知り合いではないのですか?それともまさか、星の姿を偽って一刀様に...」
一刀「いやいや、もちろん知った仲だよ。」
思春「ではもしや影武者でしょうか。ですが星の影武者を用意する意味とは一体...」
一刀「あ、ああ...」
この世界は華蝶仮面の正体を隠すための何かが働いているのではないかと一刀は一瞬考えてしまった。面倒なのでバラしてしまいたかったが、星とは約束してしまったのでそうも行かず、とりあえず曖昧な返事をする一刀。そしてその返事を肯定と受け取ってしまった思春も、勝手にそれを解釈してしまう。
思春「ふむ...影武者であれば星と同じ槍使いというのも頷けますが...筆頭の愛紗にも存在を隠しているのは何かのお考えがあってのことなのでしょうか。」
一刀「それは...まあ...」
思春「なるほど。だとすれば、私がここで訊いていいことではないのでしょう。立ち入ったことを聞きまして、お詫びいたします。」
一刀「い、いや...ところで例の件だけど、今年はもう準備できてるの?」
形勢の思わしくない一刀はキリの良い所で話題を変える。
思春「はい、ただ噂が誇張して広まったおかげで、あの正体は華蝶仮面と同一人物ではないかとの噂まで...」
一刀「え...そ、そうなんだ。」
一刀は話を逸らしたつもりであったが、それは一瞬にして軌道修正されてしまった。確かに、一晩で一人の人間が大量の場所に物を配ったというのなら、それは超人的な何かだと思われるのは仕方ない。そう考えた時に初めに候補に浮かんだのが、華蝶仮面だったということだろう。
思春「私は別にそれでも構わなかったのですが、どうやらその噂を聞きつけた愛紗が斬打玄守の捕獲隊を編成しようと...」
戻って来た上に、厄介な話になっていた。
一刀「(あんまりやり過ぎるなって星には注意しておいたんだが。それに愛紗にも思春がプレゼント配るって話は去年して...なかったか...?)」
用意した贈り物も一刀の私的な財布から出したものだ。保管場所を少々担当の人間に融通してもらったりはしたが、当然、軍部の帳簿には上がってこない。まさか一年回ってこんなところでツケが回ってくるとは。
一刀「まあ言い方を変えれば、得体のしれないやつが人んちに勝手に入ってくるってことだからなぁ。」
思春「話がこじれて治安が悪いと噂になれば厄介です。それに夜に来るとなれば、名を偽って窃盗などを行おうとする偽物が出る可能性もあります。」
一刀「そうだよなぁ。愛紗の誤解を解けて、それでもって変な噂が出ないようにしたいところだけど...」
次の日。
今日も今日とていかにもやられ役といった雰囲気のチンピラ五人が、これもいかにも人質になるために通り掛かりましたと言わんばかりの女性を人質に、やめればいいのに華蝶仮面を追い詰めていた。
チンピラA「へっへっへ。仮面野郎、今日こそ年貢の納め時だぜ。」
華蝶仮面「くっ!その女性を大人しく解放すればなるべく痛みはないようにしてやろう...というか!年貢なんか納めていないだろうお前らに言われる筋合いはない!」
ほぼテンプレである。だが、テンプレ通り、チンピラの一人は短剣をチラチラと見せつけているし、押さえているもう一人も剣を抜いているせいで迂闊に手は出せない。下卑た笑いを浮かべた三人がだんだんと距離を詰めてくる。
チンピラB「さあ武器を捨てな!そしたらこの女は助けてやるよ。」
華蝶仮面「くっ...いいだろう。」
華蝶仮面が武器を地面に置く。
華蝶仮面「これでいいだろう、さあその女性を解放しろ!」
チンピラB「はっ!誰がするか!」
華蝶仮面「なにっ!?」
女性を押さえていた一人のリーダーらしき男がこれまたテンプレ通りの下衆っぷりを発揮する。
チンピラB「武器さえなけりゃこんなやつ怖くもなんともねぇ。お前らやっちまえ!」
チンピラCDE「おうっ!」
チンピラC「相変わらず色っぽい体つきしてやがるぜ...」
チンピラD「この日を何度夢見たことか...」
チンピラE「さあ、今日こそその仮面をとってもらおうか!」
華蝶仮面「くっ!」
その様子を遠巻きに見つめる群衆は、固唾を呑んでそれを見守っていた。こんな光景はよくあることだし、華蝶仮面が出張ってきた以上、人質も観衆も傷ついたことなどなく、今までも事態は無事に収集している。だが、今日はやられてしまうかもしれない。負けるな華蝶仮面!ゆけ華蝶仮面!そんな感情を抱きつつも、武装したチンピラたちにやはり自分たちでは手を出すことはできなかった。華蝶仮面まで手を伸ばせば届く。そんな距離にチンピラの一人が入った瞬間。
??「待てぃっ!!」
チンピラたち「!?」
華蝶仮面「!?」
放たれた声のする方に目を向ければ、屋根の上に太陽を背に立つ人影があった。例のごとく、その人影は腕を組んでいるくらいまではわかるが、顔までははっきりと見えない。突然のことに、華蝶仮面までもが驚きを隠せていなかった。
??「卑怯な手段を用い、己が醜い欲望のために正義を挫かんとする者よ。黄泉路にてその行いを恥じるがいい。人、それを外道と言う...!」
チンピラB「誰だお前は!?」
??「貴様らに名乗る名前はない!!はっ!」
その声とともに人影がチンピラに向かって飛び上がったかと思うと、その姿は一瞬にして消える。その一瞬、鈴の鳴るのような音が聞こえた。
チンピラB「消えた!?」
チンピラA「うっ...」
ドサッという音ともに人質を押さえていた一人が倒れる。飛び上がったその人物が飛び蹴りを顔にいれたのだ。蹴りをいれた本人はくるりと空中で一回転すると、音もなく地面に降り立ち残る一人を睨みつける。
チンピラB「っ!貴様よくも!」
??「遅いっ!」
慌てて襲いかかろうとするも、その男も手刀の一刀のもとに意識を奪われる。
チンピラC「くそっ!人質が!」
チンピラD「あのアマただじゃおかねぇぞ!」
??「今だっ!」
チンピラE「はっ!?」
華蝶仮面「貴様らの相手は私だっ!」
復活した華蝶仮面が、先ほどまで自分を取り囲もうとしていた三人を叩き伏せた。その鮮やかな手並みに、
群衆「うおおおおおおっ!!」
喝采があがった。先ほどまで人質をとっていた男たちのいたところには、覆面をつけた女性が立っていた。人質に取られた彼女がしきりに感謝の言葉を述べている。
華蝶仮面「おかげで助かった。正義の心を同じくする気高き同士よ、貴殿の名前を伺いたい。」
??「私の名か。いいだろう。」
皆が見守る中で、その女性は名乗りを上げた。
斬打玄守「闇ある所、光あり...悪ある所、正義あり。天よりの使者、斬打玄守参上!」
華蝶仮面「あ、貴方があの...!」
斬打玄守「では、私はこれにて。はっ!」
来た時と同じように、斬打玄守は地を蹴ったかと思うと、一瞬にして姿を消した。そこへ、
愛紗「華蝶仮面!またお前の仕業か!」
華蝶仮面「(くっ!悔しいが...カッコイイ!)」
愛紗「お、おい!」
しばし呆然とそのまま呆然としていたところに、愛紗たちが騒ぎを聞きつけて駆けつけていた。だが、華蝶仮面の反応がないことを不思議に思ったのか、愛紗が華蝶仮面の前で手を振る。
愛紗「おーい、聞いているのか~?」
華蝶仮面「はっ!これはこの街を守護する者よ。諸君らのこの街を愛する心、そしてそこに住まう人々の為には己の身さえ捧げるその高潔な魂。人、それを義心と言う...!では、後のことは任せたぞ!」
早速真似していた。
愛紗「ん?ありがとう...じゃない!逃すかっ!」
華蝶仮面「ふふっ!さらばだ!」
華蝶仮面もいつもの如く屋根に飛び上がると走り去っていく。
愛紗「待てっ!毎度毎度逃げられると思うなよ...第一班は私についてこい!第二班はその通りから回り込め!第三班は事態の収集に当たれ!」
兵士「はっ!」
愛紗「行くぞ、ついてこい!」
そう言って愛紗も華蝶仮面を追って走り去っていった。
愛紗「あれは斬打玄守の仕業だと?」
兵士「はい、正確には半分は、ですが。二人を倒した者は斬打玄守と名乗ったそうです。」
その後広間にて、愛紗が兵士を集めて報告を受けていた。たまたま居合わせた一刀はその内容に内心ひやひやものである。
愛紗「確かなのか?斬打玄守と華蝶仮面は同一人物という噂があるが。」
兵士「多くの者が二人がいるところを目撃しています。別人で間違いありません。それに、武器も槍でなく素手で倒していたと。ただ、剣を腰にさしていたという証言もありますから、恐らく剣の使い手ではないかと思われます。」
愛紗「人相は?」
兵士「それが覆面をしていてわからなかったと...」
愛紗「ふむ...しかし、天よりの使者と名乗ったとは。一刀様は何かお心当たりはありませんか?」
一刀「それなんだけど...実は俺がある人に頼んだんだ。」
愛紗「はい?」
一刀「だから放っておいてあげてくれ。この時期しかいないし、彼女もあんまり目立つ気はないみたいだから。」
愛紗「彼女?」
一刀「あ、い、いや...」
疑わしげな目を向けてくる愛紗に一刀はなんとか平静を保とうとする。
愛紗「しかし、どこの誰かわからないのでは問題があります。せめて名前だけでも教えて下さい。」
一刀「俺の知ってる人だから大丈夫だって!それに匿名を条件に俺からお願いしてることだから、そこは俺に免じて勘弁してくれ。」
実際に贈り物を届けているのは思春だけではない。それにどこの誰か分かってしまったら夢がなくなってしまう。そう配慮はしたものの、思春に事前にどう名乗るかくらい聞いておけばよかったと、一刀は少しだけ反省する。
兵士「一つ報告が遅れました。斬打玄守は群衆の一人に尋ねられ、自分は天の御遣い、北郷一刀に連なる者だと答えたそうです。自分の意志は、常に北郷一刀とともにあると。」
愛紗「ほう...一刀様、その者からずいぶんと信頼されておられるのですね。どこの誰かは知りませんが、いつの間にそんな関係を築いたのですか?」
ちょっと愛紗の視線が冷たくなった気がする一刀であったが、めげずに言葉を紡いだ。
一刀「ま、まあね。こちらが信用しているように、相手も俺を信頼してくれてる人じゃないと、任せられることじゃないだろ?それに、子どもの夢は壊したくないじゃないか。」
愛紗「それは...そうですが。」
一刀はいっその事、後で愛紗には正体をばらしてもいいかと思った。しかし、割と派手にやったらしいので、思春に正体を明かしたことを知られれば、恥ずかしがって恨まれるのではないかと思いとどまる。
一刀「(秘密を一つ守ろうとすると、それを守るためにまた秘密ができてしまうんだなぁ。)」
愛紗「...なぜ何か納得したような顔をしているのですか?」
一刀「なんでもないなんでもない。」
愛紗「(しかし、華蝶仮面とは別人だったとは...斬打玄守も気になるが華蝶仮面!いつか貴様の正体を掴んでやるぞ!)」
その思春はというと、
思春「...ああっ!」
後から襲ってくる羞恥心に苛まれていた。
思春「(なんだあれは...くそっ!まるで馬鹿ではないか!今頃、街では笑い話になっているに違いない...)」
だがそれと同時に、思春は前の日に一刀と今後の対策について話し合ったことを思い出す。
思春「(...ふふ。)」
一刀と秘密を共有したということに、思春はどことなく胸が暖かくなるのを感じた。
その日以降、触発された華蝶仮面がこれまで以上に張り切るようになってしまったのはまた別の話である。
※次回更新は1月上旬になります。例の東京なんとかで行われるお祭りってなんのことですか?よくわかりませんね。皆さん良いお年を!
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の番外編です。
本編を書いていたはずが、いつのまにかこっちにかかりっきりに...orz
今年も健全なクリスマスを過ごすことが出来ました。
き、キリスト教じゃないし関係無いですけどね!
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