「勇猛な狩人ほどよく死ぬ。そう昔から相場が決まっている」
室内の灯りは、彼が銜えているたばこの火。ただそれだけだ。
地上二十二階。高層ホテルの一室に、わたしたちは潜んでいる。
「彼らに実力がなかったとは言わない。腕が立っただけに、悪目立ちして予期せぬ最期を迎えた友もいた」
彼の表情はうかがいしれない。彼の吐き出す紫煙が、撃ち抜かれた様に大きく広がる窓の外の夜景に照らされて、わずかずつ色を変えながら天井に吸い込まれていく様を、わたしは黙って見つめていた。
「狩人は臆病で孤独でなければだめだ。獲物の息の根を一撃で確実にとめるには、ゆっくりと期を窺う必要がある。それに――」
「それに?」
間の手を入れると、彼の銜えたばこの火が八の字を描く。
わたしが掲げたグラスは夜空を通す。表面を伝う一筋の滴はブランデーのこぼした涙だ。わたしは少し酔っている。とぼけた安らぎがわたしの体を包み込んでいた。
「それに、そばに居る人間の心音さえ、疑わなければならないのは少し面倒だ。それの所為で聞こえなくなっては元も子もない」
「何が?」
「死の音さ。追いすがってくる毒さそりの、いやったらしい針が喰う気に触れるときの―― 弓を引く音に似ている」
彼はそう言って、たばこを灰皿ですり潰す。唯一の灯りが煙の塊に化けた。
「……おれはこの話をするのは、何度目だ?」
彼も酔っているのだろうか。
冷たくてふかふかとしているソファに深く身を沈めて、そう呟く。
「たぶん、二回目」
「そうか」
彼は二本目の煙草に火をつけた。それからじっくりと味わうように、肺に煙をすりこむように深呼吸をすると、
「それなら一応、警告は済んでいたということだな」
ひどく緩慢な動作で、ポケットの中から拳銃の形をした影を取りだした。
わたしはグラスを取り落とす。ブランデーが瞬く間に絨毯に呑み干され、飛び出したアイスが渇ていて、湿った音を立てる。
「おれの心音は疑ってみたか? その先の魂胆を透かして見ようとしたか?」
闇色の銃口を突き付けて問う。
わたしの指はしびれて、空気を掴もうとする。緊張しているのに、なぜだか酔いが醒めない。
「やったこと、ないわ。だってアンタの心はちっとも透き通っていないもの」
「そりゃそうだ」
彼の表情はやはり、見えない。ぼんやりとした視界の中で、ただ彼のせせら笑う声だけが聞こえる。
「おれたちに寄る辺などない。おれたちは獲物を追い回す狩人で、狩人は誰しも手前を一撃で殺す毒さそりに追われている。逃げ続けなきゃならない。そのセオリーを忘れたおまえは、馬鹿で勇敢な狩人だ」
わたしの毒さそりが彼ならば、今からでも海の中へと逃げなければならない。
――ああ、けれど無駄なことだ。勇敢な狩人は結局、愛する者の放つ弓で死ぬ。すべては同じことだ。
暁色の酔いにまどろみながら、わたしは彼の指が引き金を引く音を聞いた。
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身内による三題噺的なアレ。
オリオン座、居心地、透明。
これらの語彙をむしろ遣わない、という暴挙に出た結果がこれ