No.647999

ある鎮守府の聖夜前夜

まあ書かないといけないよね、こういうシーズン物は、ということで一つ。
前回よりはたぶん伊勢さんのキャラをつかめているのではないでしょうか。
それでもまだ幼めになってますが。

2013-12-24 21:19:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:832   閲覧ユーザー数:816

 クリスマス、というのを、日向はすっかり失念していた。そのせいで、提督の執務室に入ったとき、大きなクリスマスツリーが飾ってあったのに、少なからず驚いた。

「……なんだ、これ?」

 クリスマスツリーだよ、と眠たそうな声で、提督が答えた。

「いや、そんな事は知っているが、何で……」

 そこまで言い掛けたところで、日向はちらり、と執務室にかけてある日捲りをみた。十二月の二十四日だった。ああ、と日向は素直に頷いた。

 クリスマスを祝っちゃいけない規則なんてない、だから別に飾っても問題ないだろう。といった旨の事を、提督はまた眠そうに日向に言う。何をしているんだ、と横を見ると、提督は、上が雀卓になっているこたつにもぐり込み、うとうととしているようだった。

 確かに、この雀卓こたつもクリスマスツリーも、軍の配布している家具カタログに載っている以上、別に執務室にあっても問題はないのだが。

 それで、一体何の用事だ、といった旨を、提督は聞いてくる。

「ああ、何か、食堂の方から呼び出しをかけられていたから、呼びに来たんだ」

 既に日向も、薄々どういう目的かは気付き始めたらしい。実際、今日がクリスマスイブというのに気付くまで、どうして提督が食堂に呼び出されなければならないのか、いまいち想像がつかなかったからだ。

 提督は一瞬、うっ、と、痛いところを突かれたような顔をする。だが、提督は悪い事を思いついたらしい。おもむろに立ち上がると、提督は日向の方に近付く。そして手早く、赤い三角帽子――いわゆる、サンタさんの帽子だ――を、日向の頭に乗せ、あらかじめ渡されていたらしいサンタ衣装を、手早く日向の手の中に押し込める。

 そして、口早に、自分は体調不良でいけないから、日向、代わりに頼んだ、云々といった旨を述べると、日向を部屋の外に押しだし、素早く扉を閉めた。慌てて日向が開けようとするが、既に鍵がかけられており、開けられない。

 やれやれ、と日向は、手元のサンタ衣装を、適当に広げてみせた。

「まあ、こんなのもたまにはいいか」

 そう呟くと、日向は足早に、自分の部屋へと向かった。

 

 着替え終わった日向は、鏡で自分の姿を見てみた。やはり少し恥ずかしいらしく、頭を掻く。

「……この格好は、伊勢には見せたくないな」

 間違いなく、何かを言われるだろうから。

 急に、日向の部屋の扉が開かれた。この場合、十中八九同じ艦娘なので、そこまで恥ずかしがる必要はない。が、自分の部屋の扉を、こういった感じで開けてくるのは、駆逐艦達の一部か、あるいは。

「……あれー? 日向、珍しい格好してるじゃん」

 伊勢である。起きて欲しくない事ほど起こるのは、戦いにおいても、日常においても同じらしい。前者は命に関わるが、後者は。

「似合ってるじゃん日向。まさかそんな趣味があったなんてね」

 ニヤニヤしながら、伊勢は日向をつついている。何となく、うざい。

「別に好きでこんな格好をしてるわけじゃない。提督にこれを押しつけ――いや、任されたんだ」

 へー、そう、といかにも聞いてない風の返事をして、ニヤニヤしながら、伊勢は日向の顔をのぞき込んできた。

「満更でもない、って顔してるけど?」

 ニヤニヤしながら、伊勢は言う。単純に、日向は表情を出すのが下手なのを知った上で、だ。

「あのな」

「あーあー聞こえなーい聞こえなーい」

 子供かお前は、と、日向は心の中で悪態を付く。

「それなら私の代わりに着るか、伊勢?」

「やだよ面倒くさい。クリスマスだし昼間からお酒飲むんだもーん」

 まだイブなんだけどな、と日向は思ったが、どうせ口にするだけ無駄だ。それに、今日は伊勢が非番なのも知っている。

「……まあ、いい。で、何の用事だったんだ?」

 これ以上、サンタ服姿についての話題で引っ張られたくはない。日向は、さりげなく話題の変更を試みた。

「ああ、そうそう。えーと、何だっけ」

 日向は、ため息を付く。これでも普段は一応、優秀な航空戦艦であり、駆逐艦達の教官も務めてはいるのだが、どうも日向相手になると、伊勢は適当になる。

「ああ、そうだ。暇だったらたまには仲良く飲みましょうよ、って思ったんだけど、その様子じゃ無理よね」

 ああ、なんだそんな事だったのか、と日向は安心する反面、ため息を付く。

「有能な航空戦艦が二人、昼間から酒臭い息を吐いてるのはさすがにどうかと思うが」

「何硬い事言ってんの。クリスマスだしいいのいいの。といっても、もう非番だった、になるんだったね」

 そうだな、と日向は呟く。

「済まないな。たまの休みに、酒飲みの相手になれなくて」

「いやいいよ、全然。どうせ食堂でケーキとか売ったりする仕事なんでしょうから、食堂で日向を肴に、お酒飲めばいいもんね」

 日向は、額に手を当て、軽く頭を横に振った。

「……なんだか、酔っぱらいたい気持ちになってきた」

「そんな事言わないの。ほらほら、いつまでもこんなところで油売ってないで、お仕事お仕事!」

 と、伊勢は日向の肩をつかんで、部屋の外へとグイグイ押していく。抵抗する間もなく、日向は部屋の外へと押し出され、そのままの足で、食堂へと向かうのだった。


 
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