No.647759

~恋姫†無双~ 長江の江賊・前編

本当は一話の短編にする予定が思いのほか長くなった。
二話目で必ず完結。

2013-12-24 00:44:00 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:1857   閲覧ユーザー数:1720

ー長江ー

 

江賊が民を殺し、物を奪い、自由を満喫していた。

 

そんな江賊の、一つの江賊『錦帆賊』。

 

建業をめざし、進む船の船首の上に、ある男が居た。

 

頭には薄い灰色のターバン。

 

上半身は薄汚れた水色の片口の着物に袖を通し、伸ばすと膝よりやや上ほどの長さの着物の裾を捲りあげて腰元で縛り、これまた薄汚れた藍色の踝まであるズボンを穿いている。

 

足は裸足で、着物に通していない右腕には幾多物切り傷。

 

少し生えている顎髭を手でいじりつつ、胡坐を掻いて座っていた。

 

「ヨーホー、ヨーホー。」

 

男は小さく呟きながら、片口の着物の内側にあるポケットのようなところから、印度より取り寄せた煙草なるものを取り出し、口に咥える。

 

「ヨーフォー、ヨーフォー。」

 

傍らに置いてある火打石を手に取り、煙草に火を付ける。

 

カシュッっと響く火打石の乾いた音と共に、煙草からは煙が上がる。

 

火打石を長江へと放り、静かな長江に響くトプンという心地よい音を聞きながら、煙草を親指と人差し指で挟み、煙草から吸った煙を口から一気に吐き出す。

 

「ふぅー、未だ建業は遠し。ってか。」

 

口から離した煙草を静かに再度咥え、瞳を閉じた。

 

船は進み続ける。

 

流れに乗り、静かに進む。

 

しかし、時に波を起こし、波紋を作る。

 

「いいね、今の。俺が作った詩って事にしよう。」

 

「いいね、じゃない。船の上での火気は絶対にやめてくれと言っているだろう。」

 

「んぁ?」

 

男は煙草を咥えたまま、顎を天に向け、自分の後ろを見る。

 

正しくはより視点を低くし、見上げる形で自分の後ろを見る。

 

そこには濃い紫の長髪の女性が立っていた。

 

「おぉー。誰かと思えば、我が愛しの興覇ちゃんじゃないですかー。」

 

男はそう言うと、興覇と呼ばれた女性の服の裾を右手で捲り、その中を覗く。

 

「ふんっ!!」

 

興覇はいったいどこから取り出したか分からないが、大きな剣を男に向かって鋭く振った。

 

「おっと。」

 

男は船につけていた左手を、思いっきり押した。

 

すると船は大きく揺れ、男の体はその反動で起き上がる。

 

興覇から放たれた鋭い剣戟は船へと命中した後、船が揺れるのは予想外だったのか興覇は足を持っていかれ、背中から船に接触した。

 

「おぉー、良いねー。良いねー。それがM字開脚ってやつかぁ。」

 

「くっ。」

 

すぐに足を船につけて、起き上がる。

 

唯でさえ短い服の裾を右手で抑え、左手で剣を構える。

 

「ほー、まだヤル気満々みたいだなぁ。ならば久しぶりでもないけど、稽古をつけてあげようじゃぁないか。グヒヒ。」

 

両肘を腹の横に付け、掌を興覇に見せるようにし、指先をうねうねと動かす。

 

興覇は少し後ずさりするものの、剣をしっかりと構え、いつでも戦える状態だった。

 

「今日こそは、その指を全て斬り落とす。」

 

「こやつめ、ハハハ。」

 

「そんなことを言っていられるのも今の内だっ!!」

 

「どうせまた、俺に体中弄られて、終わるんだろうが……。兄より優れた妹は存在しないのだよ。」

 

「殺す!!」

 

「ハハッ、良いだろう!!この甘轟(カンゴウ)、我が妹甘寧の為にちょーっとばかし、鬼になっちゃうもんねー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー建業ー

 

「へぇ、あの江賊がこっちに向かってるんだ。」

 

ピンク色の髪が腰辺りまで伸び、メロンのような胸を赤色のチャイナドレスに包み、そのチャイナドレスのスリットは腰の付け根まであり、そこからちらちらと見える褐色色の肌は、実年齢ではありえないほどのみずみずしく、色気を放っていた。

 

そんな女性が、黒髪で褐色色の肌の眼鏡をかける少女と話をしていた。

 

「はい。錦帆賊が建業に向かっていると、長江に配置しておいた兵たちが申しております。」

 

「ふーん。じゃあ、雪蓮はどう思う?」

 

「へ?あたし?」

 

「そうよ。どう思う?」

 

「うーん……。分かんないけど。なんとなく面白そうな感じはするかも!!」

 

「雪蓮!!清蓮様の前で!!」

 

「良いのよ、冥琳。……なるほど、面白そう感じねぇ。同感よ、私もそんな気がするわ。」

 

「え!?清蓮様まで!!」

 

「「面白ければいいのよ、面白ければ。アハハハハッ」」

 

「…………あは、あはは。……はぁ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、参りました……。」

 

船首の上、そこでは甘寧が船にうつ伏せに倒れていた。

 

手拭いで手を拭く甘轟は、ちらりと甘寧を見て言う。

 

「なかなかの御手前でした。実に立派なお体をお持ちで。」

 

「くぅ、触っただけの癖に……。」

 

「流石に本番は兄弟じゃあ拙いからなぁ。非常に残念だ。」

 

甘轟は甘寧の傍により、甘寧を仰向けにひっくり返して、お姫様抱っこで持ち上げる。

 

異様にふとももや背中を触りつつ、船にある甘寧の自室に運ぶ。

 

日は既に暮れ、赤色に染まる空と、空の色を反射させる長江を見ながら甘寧は兄の言葉を噛みしめていた。

 

兄より優れた妹など存在しない。

 

甘轟自身は完全にネタとして言っていたとしか受け取れないが、だらしなく不真面目だがたまに見せる武人としての甘轟を目標とする妹の甘寧にとって非常に心苦しい物だった。

 

「(私もいつか、兄上のような立派な武人に成れるのか・・・・・・?)」

 

甘寧は自分を持ち上げ、自室に運んでくれる兄に対して尊敬をしていた。

 

普段はおちゃらけている甘轟が率いる江賊、錦帆賊は、決して弱くなく、むしろ長江の江賊の中では1,2を争うほどの強さを持つ江賊だった。

 

弱い江賊は漢王朝の兵に捕まり殺されるか、周りの強い江賊に呑まれる。

 

最近は漢王朝が乱れ始め、有力な将が手柄を上げ、いざと言う時に動けるように賊を狩り、名を上げようとしている。

 

当然江賊も狙われ、この甘轟の錦帆賊も狙われた。

 

錦帆賊は約五十名ほど。

 

江賊としては非常に人数が少ない方で、そのせいもあって漢王朝の将の一人が軍、約千名を引き連れ、討伐へと乗り出した。

 

しかし、錦帆賊は一人たりとも死人は出なかった。

 

それに比べ、漢王朝の軍は将以外、全員が死亡。

 

命からがら逃げ延びた将も、勝手に討伐に向かい、勝手に兵を減らしたことで、皇帝よりきつい罰が与えられた。

 

なぜ、その戦いでは一名も死者が出なかったのか。

 

甘轟は江賊同士の殺し合いは非常に楽しむが、王朝の兵が江賊をまるで馬や、豚のような家畜のような目で、狩るという意識で戦いを挑むのが非常に気に食わなかった。

 

命のやり取りをするならば、対等に正々堂々と敵を殺す。

 

それこそ甘轟の意識の持ち方だった。

 

故に狩りに来た王朝の軍を甘轟は単騎で潰しきった。

 

そして、その様子をこっそりと覗いていた甘寧は甘轟の生き様に憧れるようになった。

 

確かに賊は決して良き行動とは言えないかもしれない。

 

だが、一本の信念を持ち賊として正々堂々と生きる兄、甘轟の背中は非常に大きく見えた。

 

大きく見えたために、その血縁の甘寧は恐怖した。

 

本当に同じ血が流れているのか?

 

自分は同じように正々堂々生きられるのか?

 

錦帆賊の仲間を守ることが出来るのか?

 

と。

 

毎日毎日、船の上で煙草を吸う甘轟を注意するという目的を持ち、毎日毎日、兄の高みへと近付こうとした。

 

しかし、兄は非常に、正常に、異常な高みにいた。

 

毎回毎回、予想を超える戦い方で翻弄され、散々遊ばれた後にこうして部屋へと運ばれ、寝かし付けられる。

 

甘寧に対し、傷は一切負わせず、明らかに成長させるように戦う。

 

恐かった。

 

ただ唯一の血の繋がった者が居なくなってしまうと思った。

 

甘寧、甘轟の両親は山賊に殺され、当時既に江賊に入っていた甘轟が山賊を皆殺しにしつつ、甘寧を支え続けた。

 

と、言っても甘寧自身は非常に幼い頃で、親の顔など既に覚えておらず、甘寧は真名さえ分からず、真名のある兄との差を意識するようになっていった。

 

もしかしたら、真名が無いから、私は甘轟の妹などではないのかもしれない。

 

もしかしたら、天涯孤独なのかもしれない。

 

嫌だ。

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 

そのため、甘轟に置いて行かれるのが怖く、恐く、必死に少しでも、血の繋がっていると分かるくらいの高みまで上るために、毎日努力した。

 

敵の江賊を何人も殺したし、村も襲って食料や金を奪うこともあった。

 

だが甘寧自信、今やっていることをどうしても小者臭く感じ、兄のその大きさには一向に近づいた気はしなかった。

 

そして今日も甘寧は兄に対して、勝負を挑み、敗れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「親分!!あと数日で建業ですぜ!!」

 

「おー、そうかい。なかなか順調だな。」

 

先ほどの戦いで疲労してすぐに眠りについた甘寧を、甘寧の部屋の布団の中に優しく寝かせてきた甘轟は錦帆賊の仲間と話をしていた。

 

「しかし、本当にやるんですかい?甘寧ちゃん、下手したら立ち直れなくなりますぜ?」

 

「良いんだ。我が妹にも、現実という物を知って貰わなければならないからな。心苦しいが、実行する。」

 

「そうですかい。まぁ、親分がやると言うのなら俺たちは必死に、その手伝いをするだけだぜ。なぁ?兄弟!!」

 

「「「「「その通りだ兄貴ィィィィイイイイイ!!!!!俺たちは親分を手伝うぜぇぇぇえええええええ!!!!」」」」」

 

大声で叫ぶ錦帆賊達。

 

ここに居る全員、今まで何度も死にかけ、何度も殺してきた、死合いを知る江賊。

 

一人一人が甘轟の器の大きさに惚れ、仲間になって働いている。

 

「よぉし、おめぇら!!!錦帆賊は俺たちが建業に付くと同時に滅ぶ!!!覚悟はできてんだろうなぁ!!!」

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

「ちゃんと、長江の周りで俺らを見張ってた兵に、建業へ向かっているということを知らせましたし、孫堅も既に防衛や、討伐に兵を集めていると思いますぜ。」

 

「良し。出来れば孫堅と話がしたかったが仕方ねぇ。興覇が寝てるうちに作戦考えるぞ!!!」

 

「「「「「うぉぉぉっぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

「馬鹿野郎共!!!興覇が起きるだろうが!!!黙れ!!!」

 

「「「「「ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!(小声)」」」」」

 

空はどんどんと暗くなっていく。

 

そして船は波を立てながら、建業へと向かった。

 

その波は、甘轟が起こしたことを未だ甘寧は知らなかった。

 

「うーん。兄上、どこ触ってるんだぁ……。」

 

知らなかった!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー翌朝ー

 

「む?兄上、どこか行くのか?」

 

甘寧が目を覚まし、船首へと出て来た時、甘轟はしっかりとした服を着ていて、ターバンも脱ぎ、その見た目はどこかの裕福な家の主人のようだった。

 

甘寧に声を掛けられた甘轟は甘寧の方に振り返り、甘寧の方へと全力で走りだす。

 

まだ起きたばかりで、目も覚めていない甘寧は突然の兄の奇行にビクッと身体を揺らし、逃げようとするが、驚異的な速さで近付いた甘轟は甘寧を抱きしめ頬に頬ずりをする。

 

「あぁぁぁ、悪いなぁ、興覇ちゃん。これからちょっとばかし陸に行くんだ。さみしい思いさせてすまない!!帰ってきたらじっくりと……。」

 

太ももの裏を撫でる甘轟の手を跳ね除け、咄嗟に後ろへと逃げる。

 

しかし、甘轟はそれを上回る速さで先回りし、甘寧の目の前へと移動する。

 

「はっははぁ!!この状況で逃げるのは意味が無いぞー!!ほれー、うりうりー。」

 

「ちょっ、やめろ!!殺すぞ!!」

 

「ふふふ、思春期の妹。良いねー、良いねー。」

 

尻や背中に手を回し撫でまわす甘轟。

 

必至に逃げようとするが、剣を自室に忘れ、なす術のない甘寧。

 

「あの、親分。兄妹仲良くて良いと思いやすが、そろそろ行かないと。」

 

それを見かねて止めようとする仲間A。

 

「あぁ!?俺から興覇ちゃんを奪うだと!?てめぇ、その首よこせや!!」

 

「言ってないっすよ!!」

 

「っ!!」

 

甘寧は甘轟が本気で怒った時の一瞬に腕が緩くなったのに気付き、ササッと自室へと逃げて行った。

 

「むぅ、逃げられちまった。」

 

甘轟は悔しそうに呟く。

 

「でも、良いんじゃないんですか?甘寧ちゃん、順調に強くなってるって事でしょ?これならまず断られないんじゃ?」

 

「わっかんねぇぞ。敵はあの孫堅だ。甘く見てると丸呑みさ。」

 

「そうっすかねぇ?」

 

「っと、そんなことより興覇ちゃんに悪い虫が付かないよう注意しとけ。一匹でもすり寄ってる奴がいたら殺すから。お前共々。」

 

「俺もっすか!?」

 

「当然だ馬鹿野郎。特に俺は周りの女性を囲い、何人も孕ませて、特に力もないのに粋がる奴は嫌いだからな。絶対に寄って来ないようにしとけ。」

 

「は、はぁ。」

 

「あと、俺が帰って来なくても、絶対に興覇を、甘寧を俺を探しに行かせるな。……よっと。」

 

「へ?帰ってこない?」

 

甘轟はピョンと船首から何十メートルもあるであろう幅を飛び越えて、陸に着地する。

 

「んじゃ、もっと建業の手前辺りで明日の朝頃な~。」

 

甘轟は船の方を見ずに、手を挙げて振りながら船と同じ方向に走り、抜かしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー見事な満月の夜ー

 

「ふぅん。あなたが。」

 

「おぅ。俺が甘轟だ。そう言うお前が。」

 

「孫堅よ。」

 

建業の城の外、少し小高い丘の上。

 

酒を飲み交わす甘轟と孫堅。

 

「それで、話って?私、皆に内緒で出て来たんだから、面白い話なんでしょうね?」

 

「うーむ、面白いかどうかは人それぞれだ。まあとりあえず一杯。」

 

甘轟は酒瓶を傾け、孫堅が持つ徳利に酒を注ぐ。

 

孫堅は毒など全く気にせずに徳利に口をつけ、クイッと傾け一気に飲み干す。

 

「へぇ、なかなかいい酒じゃない。」

 

「だろう。俺が飲んだことのある中で一番最高の物を持ってきた。」

 

甘轟はもう一度孫堅の徳利に酒を注ぐと、自分の徳利にも酒を注ぐ。

 

辺りは少し高い丘のような場所で、草の上に座った二人の周囲は無音。

 

虫の声や、風の音はするが、それ以外は皆無。

 

空に真ん丸の満月が浮かび、満月をアピールさせるかのように星たちは輝く。

 

生ぬるい風は二人の肌を撫で、草を揺らす。

 

二人はほぼ同時に徳利に口をつける。

 

そして、酒が進み、常人ならば酔いが回ってくるころに甘轟が話を始めた。

 

「実はな。ウチの―をあんたの――で―――欲しいんだ。」

 

「へぇ。なんでまたそんなことを頼むのかしら?あなたのような江賊は自由を好むと聞いた事があるわ。」

 

「あぁ、俺たちは自由の為に殺して、自由の為に生きるのさ。だけどな―――まで――――なっちゃ――――――。」

 

「それこそ何故?自由を好むならあなたも―に――として―――――んじゃないのかしら?」

 

「――まで――の―――――をさせるわけにはいかないさ。――にはもっと――――な――を――――欲しいんだ。」

 

「へぇ、あなたのような江賊も居るのね。」

 

「江賊だって十人十色だ。そう言うあんたの方こそ、こんな俺の誘いに乗るなんて。そんな将が居るとは思わなかったぜ。」

 

「ふふ、そうね。確かにこれは異常な事ね。」

 

「んで、どうなんだ?――の事は受けてくれるのか?俺は待つのと約束を破られるのは嫌いなんだ。待つくらいなら自分から動くし、江賊は自由でも約束を破らないから、約束には人一倍うるさいのさ。」

 

「ふぅん、なら……そうねぇ。ここで闘いましょう?」

 

「はぁ!?」

 

「闘って勝てば受けてあげるわ。もし負けたら……そうねぇ。あなたはウチに来なさい。」

 

「俺が?」

 

「そう。丁度旦那が死んで溜まってるのよねぇ。」

 

「ちっ、ったく、下品な奴だ。興覇のように全世界の人間が御淑やかで、可愛ければいいのに。」

 

そう言うと二人は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、母様?めいりーん!!」

 

「なんだ?」

 

「おわっ!?冥琳最近どこからでも現れるわね……。」

 

「お前たちに付き合わされてたらそんな風にもなるさ。それで、どうかしたのか?」

 

「うん。母様が私室に居ないと思ったら、机の上にこんなのが。」

 

『ちょっと、お酒飲んでくるね。   孫文台(はぁと)』

 

「ぬがぁあぁぁぁぁっぁあぁぁあぁぁぁあああああああああああ!!!!!!?????」

 

「ちょ、冥琳!?めいりーん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほらっ!!」

 

そのころ孫堅は甘轟に対し、孫家の宝刀南海覇王を振るっていた。

 

上下左右、突きに変則的な攻撃といった攻撃に甘轟は苦戦していた。

 

なにより最近は甘寧の修行に付き合い、相手を傷つけずに勝利していたため、攻撃がやや鈍ってしまった。

 

「ふふっ!!錦帆賊の大蛇の異名を持つのに、攻撃をしないなんて。牙でも折れちゃったのかしら?」

 

「なめるな!!あとその呼び名で呼ぶな!!!」

 

「だったら止めてみなさーい。大☆蛇~。大蛇~(笑)。」

 

「このBBAが!!!」

 

「あ?」

 

甘轟が咄嗟に口で反撃するために言った一言。

 

孫堅は鬼のような顔になり、全身に気を纏わせる。

 

先ほどまで静まり返っていた丘は急に騒ぎだし、まるで逃げろ逃げろと叫んでいるかのように音を立てる。

 

真ん丸な月も雲に隠れ、星も輝きを失う。

 

風は孫堅から巻き起こり、甘轟の方へとぶつかってくる。

 

「ったく、なんでこんな奴と闘わなけりゃならねぇのかねぇ。でもま、興覇ちゃんの為だ。本気、出させてもらうぜ?」

 

甘轟は上半身の布をすべて脱ぎ、引き締まった筋肉を露わにする。

 

一瞬、孫堅が「ぉぃしそぅ……」と、最初は小声でだんだんと大きくなり、それに気付き小さく声を発した。

 

甘轟は無視し、全身に気を溜める。

 

孫堅も気を溜め切り、いつでも攻撃できるようになった。

 

「行くぞ!!」

 

「ふふ、来なさい!!そのまま床へ一直線よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―翌日の昼―

 

「親分、遅いな。」

 

「……。」

 

「もしかして、孫堅に捕まっちまったんじゃあ?」

 

「馬鹿野郎!!親分が捕まるわけねぇだろ!!」

 

「お、おい。声小さくしろよ、甘寧の姉貴が気付いちまうぞ……。」

 

「あ、す、すまん。」

 

「俺も悪かったよ。そうだな、親分が捕まるわけ――」

 

「兄上が捕まる?」

 

「「「げっ!?」」」

 

甘轟を待っていた二人の江賊と仲間Aは後ろに居た甘寧の存在に気付かなかったために、話を最後の方だけだが、聞かれてしまった。

 

「お、おい!!兄上が捕まるとはどういうことだ!!兄上はいったいどこへ行ったのだ!!」

 

甘寧は真ん中の男の一人の襟を掴み持ち上げる。

 

その男の首を完全に極めているようで、顔がどんどん青くなっていく。

 

しかし、甘寧自身の顔も青く、目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。

 

「甘寧の姉貴、少し落ち着き――」

 

「落ち着けるか!!!!」

 

「グバァッ!?」

 

顔が真っ青な男を止めに入った男に投げつける。

 

青い男と共に吹っ飛び、ドボォンと言う音と共に、長江に入水した。

 

「探しに行く。助けに行く!!」

 

「落ち着いてくれ、甘寧ちゃん!!」

 

仲間Aは甘寧の前に立ちふさがる。

 

「どけ!!お前は昔からの付き合いだ。今どけば酷いことはせん。早く退いてくれ!!」

 

「そ、それは出来ねぇ!!例え、親分が捕まっても、甘寧ちゃんは行かせるわけにはいかねぇ!!ここで行かせちまえば、あんたら兄弟は不幸になる!!親分は少なくとも甘寧ちゃんだけには幸せに生きてほしいと願ってるんだ!!」

 

「私の幸せは、兄上が居て、兄上と同じ高みに上ることだ!!一人でのうのうと生きる人生だったならば、死んだ方がましだ!!!」

 

「ふざけないでください!!!!親分がいったいどれだけ甘寧ちゃんの事を考えているのかわかっているんすか!!!!」

 

「わかっている!!そんなことわかっている!!!あの人は仲間全員を想い、大切にし、守る人だ!!!!だからこそ、兄上を失っては私だけでは無く、この船の全員、お前さえも悲しむだろう!!!!!」

 

「そんなのあたりまえっす!!でも甘寧ちゃんを行かせるのは親分との約束を破ることになる!!!江賊は自由でも、約束は破らない!!!!!!」

 

「っ!?ならば、無理矢理にでも!!」

 

甘寧が自分の剣に手を添え、仲間Aが首を刎ねられるのを覚悟した時。

 

「まてまて……人を勝手に捕まったことにするな。」

 

近くの森からゆっくり、ゆっくりと全身から血を流す甘轟が現れた。

 

「あ、兄上!!船を今すぐもっと寄せろ!!はやく!!!」

 

「おぉ、おぅ!!おい、兄弟!!親分のお帰りだ!!!船をもっと岸に寄せろ!!!!船底ボロボロにしても親分の元まで船を寄せろぉ!!!!」

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

ゴゴゴゴゴゴと言う音と「あぁ!?つ、潰れるぅ!?」という声を無視し、既に寄せていた船をさらに岸に寄せる。

 

「おぉ、待たせたな。お前ら。」

 

ボロボロの甘轟の下にスゴイ速さで近付き、ふらふらの甘轟に肩を貸す甘寧。

 

甘轟の服は上半身は無く、下半身もボロボロで、靴は脱げ、ところどころに刀傷があり、そこからも血が出て、右腕のみに傷があった甘轟だが、全身万遍無く血が滴っている。

 

「兄上!!いったいどこに行っていたのだ!!こんなにボロボロになって……。」

 

「はっ、はははぁ!!ちと、BBA専門の風俗になぁ!!危うくぼったくられそうになったからなぁ……逃げて来たぜぇ。」

 

「おい、兄弟!!冷水と手拭い、あと包帯と薬だ!!」

 

「「「「「おおおおおぉおぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉおおおお!!!!!」」」」」

 

甘轟は甘寧に肩を貸してもらい、ゆっくりと船に乗り、医療室へと向かった。

 

「まったく、大げさな奴らだ。こんな傷、興覇ちゃんに舐めてもらえば一発で治るぜ……。」

 

「こんな時まで馬鹿な事を言わないでくれ!!本当に……本当に心配だったんだぞ……。」

 

「……ははっ、興覇ちゃんに心配してもらえるとは嬉しいなぁ。やっぱ、BBAは駄目だなぁ。興覇ちゃんでないとな……。」

 

そんなこんなで、長江の大蛇こと甘轟は船へと無事帰還した。

 

 

 

 

 

 

―建業から少々離れた丘―

 

「ちぇーっ、逃がしちゃったかぁ。」

 

孫堅は血が付いた南海覇王を振るい、血を周辺の草へと飛ばす。

 

周辺の地面はボコボコになっていて、木々は倒れ、酒瓶は割れていた。

 

「あーあ、勿体ない。お酒も、甘轟も。」

 

孫堅は手についた血を下を軽く出し舐める。

 

その顔は実に嬉しそうに、楽しそうに、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―建業―

 

「ぬがぁあぁぁぁぁっぁあぁぁあぁぁぁあああああああああああ!!!!!!?????」

 

「お、おちついて冥琳!!だ、誰か!!祭!!蓮華!!穏!!誰かぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

―建業手前の長江―

 

陸には孫家の軍。

 

長江には錦帆賊の船。

 

船首にはおなじみの、ターバンを巻き不真面目そうな顔。

 

しかし、体の至る所に包帯を巻いていた。

 

その後ろに仲間Aと甘寧。

 

甘寧は武器をしっかりと持ち、甘轟も右手に曲刀を持っていた。

 

「おー、たっくさんいるねぇ。」

 

「兄上、またそんな呑気な……」

 

「興覇ちゃんがキスしてくれるなら、真面目になるよ?」

 

「死ね。」

 

「はっははぁ!!冷たいねぇ。冬の長江みたいだ。」

 

「なんすかそれは……。」

 

「最近は詩にハマってんのさ。我が妹の心は未だ解ける事無く津ン出レなり。って。」

 

甘轟はクネクネしながら言う。

 

甘寧は、甘轟を睨む。

 

普段なら、攻撃でもするのだろうが、流石にこの状況では殴りかかることは無かった。

 

甘轟は息を大きく吸う。

 

「兄弟!!錦帆賊の力、見せてやるぞぉぉぉおおおおお!!!!」

 

「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

―建業―

 

「向こうも気合入ってるわねぇ。」

 

「そ、そうね。母様、ここに居て大丈夫なの?」

 

全身包帯でグルグルな孫堅は孫策の言葉を普通に返す。

 

甘轟との戦いでは少しの傷しかうけなかったが、建業の城に帰った時、鬼と化した周瑜が棘のつく鞭で孫堅をボコボコニした。

 

そのせいで、甘轟よりも酷い怪我を負い、動けないはずなのだが、先陣に立っていた。

 

「あはは、大丈「清蓮様は後陣で待機ぃぃぃぃいいい!!!」

 

鬼の表情の周瑜が全力で走ってくる。

 

兵たちは逃げ惑うように周瑜を避け、道を開ける。

 

「あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ...」

 

周瑜がすぐ傍まで近づき、襟と首の空白が無いように絞めて引っ張って行った。

 

兵たちは道をすぐに開け、引きずられていく。

 

兵たちの表情は苦笑いで、紫になっていく孫堅の顔を見て、小声で「スイマセン、助けれません。」と呟く。

 

「あらら。連れてかれたわね。」

 

「姉様!!」

 

「蓮華、どうしたの?」

 

孫堅が引っ張られていった後、孫策の右側の方から孫策の妹、孫権がやってくる。

 

見た目はまさに姉妹というほどに似ているが、中身は姉妹とは思えないほどの差がある。

 

しかし、王としての力はいずれ両名ともに、大きな力となるのだが、ここでは関係のない話。

 

「いま、母様が冥琳らしき者に引っ張られていったんですが何かあったんですか?」

 

「んー、何かあったというより、そこに居たから、かしら?」

 

「へ?」

 

「ふふ、まぁ、そんなことは置いておいて。……蓮華、部隊の方の準備は出来てる?」

 

孫策は急に真剣な顔を作り、言う。

 

いくら相手が江賊であっても、これは戦。

 

誰かが死ぬ可能性はちょっとやそっとではなく、自分さえ死ぬ可能性もある。

 

故に準備を欠かさず、生きるために戦う。

 

「は、はい!!祭の言う通りに配置して、しっかり確認もしておきました。」

 

「今回が初戦だもんね。でも、相手が江賊だからって気は抜かない方が良いわよ?」

 

「……わかってます。」

 

「緊張するのも分かるけど、あまり緊張しすぎると逆に力を出し切れないわよ?」

 

「……。」

 

緊張と不安のせいでガチガチになり、黙ってしまう孫権。

 

孫策や孫堅の初戦の時は、初戦をする本人がまるで緊張せず、敵を殲滅していた。

 

それは血の気の荒い孫家ならではの事だし、小さな頃から人の死という物を見てきた故の結果だった。

 

しかし、しっかり者の孫権は姉や母のようにはいかず、しっかり者故に緊張し、恐怖していた。

 

「まったく、ウチの妹は……。ほら、笑って、笑って~。ビヨーン。」

 

「ね、ねえひゃま!?なにをひゅるんでしゅか!!」

 

孫策は孫権の両頬をつまみ横に引っ張る。

 

つまみながら頬を上に上げる。

 

すると不格好ながらも笑ったように見えなくもない。

 

「人の死を笑えるようにはなっては駄目だけど、戦の前くらいは笑えるようにしなさい。」

 

「いひゃいです。ねえひゃま!!」

 

孫策の手を払い、頬を両手で守る孫権。

 

「こりゃあ、まだ時間が掛かりそうね。」

 

孫策は妹の成長にため息を吐きつつも、孫権の妹らしさを感じて喜んでいた。

 

「でも、今回はそんな楽には行かない気がするのよね……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……興覇ちゃん、いや甘寧。」

 

もうすぐ両軍の弓の範囲まで船が入る頃、甘轟は後ろの甘寧を見ずに、煙草を口から離し、長江へと投げ捨てる。

 

「どうした?兄上。」

 

「いや……。まぁ、あのさ。」

 

疑問露わにして訊く甘寧に、甘轟は言いづらそうにどもる。

 

「なんだ?言いたいことがあるならハッキリ言ってくれ。」

 

いつもの甘轟ならどんな言いづらいことでもズバッと言う癖に、こんな戦直前にこんな風に言うのは非常に珍しいため、驚きと怒りの声を混ぜ、意見を言う甘寧。

 

「……今回の戦いはな、誰が死んでもおかしくないんだ。」

 

「そんなのいつもの事だろう。今までも何人も仲間が死んだし、敵も何人も殺した。そんなのは戦なら普通だと言っていたではないか。」

 

「あー……、だから……。はぁ、こんなん俺らしくないな。」

 

頭にまかれたターバンごと頭をゴシゴシと掻きむしる。

 

「じゃあハッキリ言うな。今回の戦で俺死ぬかも。」

 

「へ?」

 

「孫堅とかいう奴が居てな、天下無双っていわれる呂布とサシでやり合えるんだとさ。」

 

「何を言って……」

 

「流石に俺もこんな傷じゃあ、殺されるだろう。だからな、俺が死んだら、俺の懐にある紙と、この曲刀を持ってけ。」

 

甘寧に向けて、甘轟は曲刀を突き出す。

 

甘寧はポケーっとした顔で、甘轟の話を聞いている。

 

「んでな、無理に錦帆賊の長を継ごうとするな。俺が死んだら、錦帆賊は解散だ。」

 

「なっ!?ど、どういうことだ!!そんな事……」

 

甘寧はようやく気づいたように、驚く。

 

少し涙目になり、慌てだす。

 

「そのままの意味だ。俺が死ねば解散。んで、お前らは自由に好きなことやって生きろ。軍に入っても良いし、村人になっても良い。ただ、錦帆賊は二度と集まることは無い。」

 

甘轟は未だ後ろを見ず、建業の兵たちを見続ける。

 

仲間Aも目を瞑って黙り、何も言わない。

 

「……死ななければいいのだろう。」

 

「ん?」

 

「兄上が!!死ななければいいのだろうが!!」

 

涙声で叫んだ甘寧は、甘轟が後ろをちらりと見た時に、懐へと飛び込み、顔を見られないようにする。

 

「お、おい。興覇ちゃん……。」

 

鼻をすする音が響き、甘寧の体はプルプル震える。

 

「あ、あはは。いやぁ、嬉しいなぁ。興覇ちゃんから抱き着いてくれるなん……て……。」

 

いつものようにふざけようとする甘轟だが、自分の懐で泣いている甘寧の気持ちを考えると、甘轟の心が痛む。

 

甘寧の事は誰の事よりも、ましてや自分よりも大切に思い、時に厳しく時に優しく接してきた。

 

時には離れて、時には一番近くで甘寧を支え、寂しさや苦しさを共感してきた。

 

そして、甘轟は共感したり守ったりするために、必死で強化した力のせいで甘寧が苦しんでいるのも知っていた。

 

兄との縮まらない差、唯一の血縁者と自分の違い。

 

そこに甘寧が恐怖しているのなんて、甘轟には分かっていた。

 

だからと言って、自分自身が一気に弱くなることは出来ないし、弱くなるつもりもなかった。

 

もし、甘轟が弱くなって甘寧を守れないようになり、傷つけてしまったら。

 

甘寧の唯一の血縁者は甘轟であり、甘轟の唯一の血縁者は甘寧だった。

 

甘寧は甘轟と血が繋がっている保証が欲しいが、甘轟は甘寧が傷つくのを死ぬほど嫌がる。

 

甘轟の両親が死ぬ直前に甘轟は、まだ幼い甘寧を託された。

 

当時、山賊など瞬殺できる力を持っていながら、両親を救えなかった償いとして甘轟は命に替えても、甘寧の苦しさに替えても、絶対に守り抜くと心に決意した。

 

だから、絶対に甘寧の安全を保つと決めた。

 

安全を保てなくとも、幸せを。

 

少しでも、少しでも自分の全てを掛けて、甘寧の幸せを望んだ。

 

だから、甘寧の鎖となっている自分自身を、断ち切るために錦帆賊の全員を使って、自分を断ち切ることに決めた。

 

甘轟は長江を棺桶に決め、天下無双の呂布と互角な孫堅に殺されるならば、全力を出して殺されるだろうと思い、建業を目指した。

 

自分さえ死ねば、妹は解放され辛いこともあるかもしれないが、今の江賊暮らしよりは良いのではないかと考えた。

 

更に孫堅の情報を集めるにつれ、だんだんと孫堅という人物が分かってきた。

 

敵には厳しいが、仲間には優しい。

 

王としての素質を持ち、王朝が崩れて混乱の世となれば間違いなく伸びるであろう。

 

そう考えた。

 

甘轟は甘寧の頭に手を乗せ、撫でる。

 

「あぁ、そうだな。なら、興覇ちゃんも死んでくれるなよ?」

 

「兄上が死なないなら、私も死なない。」

 

「……そうか。」

 

甘轟は優しい目で甘寧を撫で続ける。

 

「おい!!兄弟!!これから敵の武将を担当する者を振り分ける!!良く聞け!!!!!」

 

「「「「「おぉぉぉぉおぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

「まず、弓の名手黄蓋を集中的に受け持つ者。お前!!」

 

甘轟は左手で甘寧の頭を撫でつつ、仲間Aをビシッと指差す。

 

「分かったっす、親分。絶対に黄蓋を倒して見せます!!」

 

孫家最古参の黄蓋と、錦帆賊最古参の仲間A。

 

「今回初陣の孫権は……興覇ちゃん。頼んでいいか?」

 

「……兄上と一緒に居る。」

 

「はっはははぁ!!可愛いこと言ってくれるじゃないか!!だけどな、兄の一生に一度の願いだ。聞いてくれ。」

 

「……一生に一度をこんなとこで使うな。」

 

甘寧は更に甘轟の着物を強く握り、更に離れまいとくっつく。

 

甘轟は膝を曲げ、甘寧の頭が肩辺りまで来るくらい軽くしゃがみ、両手で優しく甘寧を抱く。

 

「興覇ちゃん。なんで俺がこの戦を始めたか分かるか?」

 

甘寧は小さく首を左右に振る。

 

「これが全ての理由って訳じゃないが、俺は……俺たちはさ、江賊として、江賊のままに、江賊らしく、死にたくて、生きたくてこの戦を始めたんだ。」

 

「?」

 

「もうすぐ世は混沌の戦の世となるだろう。

 

当然、俺らのような賊とかは真っ先に手柄の為に殺され、首を帝に差し出して、地位のための道具になるだろう。

 

以前千人倒したからって、次一万来たらどうだ?その次に十万来たら?

 

俺らを殺すだけで十万は無いかもしれないが、江賊全体を完全に殺しきるためならばあるかもしれない。

 

さすがに十万なんて敵のなか生きていられる訳がない。

 

だからさ、俺はこの戦で例え生きていても江賊をやめる。

 

兄弟たちもそうだ。

 

全員、江賊をやめる覚悟で今この場に居る。

 

江賊の最後、錦帆賊の最後はさぁ。

 

漢らしく、賊らしく。

 

下衆に、外道に、卑怯に、不格好に、見栄を張って終わりたいのさ。

 

興覇ちゃんには一言も言ってないから心の準備は出来ていないかもしれない。

 

だがな、この世は何時でも理不尽だ。

 

この世は何時でも卑怯で、ずる賢くて、汚れている。

 

けどな、その中にも光を放つ宝石はあるもんさ。

 

だから、決断しな。

 

こんなヘドロはもう解散だ。

 

今後はその宝石を掴むために、この世の理不尽、卑怯、ずる賢さ、汚さに勝っていく必要がある。

 

んで、今回は俺からの理不尽の餞別さ。

 

受け取って選ぶと良い。

 

この場から逃げ、理不尽を否定して仁徳的に生きるか、これを受け入れ、この世を受け入れるか。

 

どちらも俺は責めないし、兄弟全員責めたりしない。

 

お前が決めて良い。

 

俺(理不尽)を超えるか、俺(卑怯)を避けるか。

 

選べ!!甘寧!!」

 

「っ!!」

 

甘轟は甘寧を引き剥がし顔を見る。

 

兄が心配で涙がボロボロこぼれ、線上に下に向かって伸びる涙の後、真っ赤になった目。

 

鼻水を必死にすすり、口を強く閉ざし、この世に恐怖した顔。

 

「この世は甘くない!!

 

親だって死ぬし、兄だって死ぬ!!

 

お前が死ぬこともあれば、全く知らない他人が大量に死ぬこともある!!

 

でもな、たくさんの命が廻って、たくさんの心が回っている!!

 

黒く染まることもあれば、白く明るく綺麗に灯ることもある!!

 

自分が変えられるのは小さい事だけだが、動かなければ何も変わらない!!

 

ここで答えないという答えは無い!!

 

今、ここで答えろ!!甘寧!!」

 

いつもへらへらしている甘轟が、真剣な表情で大きな声で怒鳴る。

 

その光景に甘寧は錦帆賊の長としての大きな器を感じ、涙を流すのではなくただただ驚愕した。

 

今まで、厳しいときはあったものの、どこか優しさを感じていた。

 

しかし、今の甘轟には優しさは無いという訳ではないが、優しさを感じない。

 

そこにあるのは、誇りある江賊の長としての姿。

 

今まで見てきた兄の、何倍も大きく見えるような威風堂々たる姿。

 

これから死地へ向かおうと言うのに、まるで恐怖などは無い。

 

その姿はまさに王の姿だった。

 

甘轟は今でこそ江賊になっているが、本来ならば王の素質があったであろう。

 

そう思わせるほどの、姿だった。

 

「私は……」

 

「……。」

 

「私は受け入れる。受け入れた上で否定する!!

 

兄上を殺させたりしない!!

 

兄上が江賊として最後を迎える気なら、私は兄上の妹として、最期を迎える!!」

 

甘寧は甘轟に向かって大声で叫ぶ。

 

さきほどまで泣いて腰を低くしていた、とは思えぬほどしっかりと立ち、甘轟の眼を見て言いきった。

 

「流石、親分の妹っすね。」

 

「「「「「頑固なところもそっくりだぁぁぁぁああああああああ!!!!!」」」」」

 

「それでこそ、甘だ。それでこそ、俺の妹、甘寧だ!!

 

別に何を選ぼうと文句は言わないが、選んだからにはやり切れよ。

 

もし、俺が江賊として最後を……いや、最期を迎えようとしたならば、命に替えて守ってみろ!!

 

俺はそんなお前を兄として守ってみせる!!」

 

甘轟は再度、甘寧を強く抱き、頭を少々乱暴に撫でてやる。

 

「い、痛い。兄上痛い!!」

 

甘寧は甘轟を突き放す。

 

「はっははぁ!!それでこそ、興覇ちゃんだ。最初は興覇ちゃんに孫権を任そうと思ったがやめる!!俺と興覇ちゃんで、孫堅、孫策、孫権を相手をする!!各自は兵を一人でも多く殺せ!!命を奪え!!そして明日を生きろ!!我が錦帆賊!!ここに出陣するぞ!!!」

 

 

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」」」」」」」

 

こうして、孫家と錦帆賊の戦が始まった。

 

この戦は後世にまで語り継がれる訳ではないが、少なくとも孫家の中では語り継がれ、伝説となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大陸からの矢を避け船から跳び、陸に着地する錦帆賊。

 

船から矢を放ち、孫家の弓兵を殺す錦帆賊。

 

何人かは矢に貫かれ、長江に落ちたり、船の上で死んでいたりしている。

 

しかし、陸に着地した錦帆賊は目の前の弓兵だけ殺し、一直線に本陣へと向かう。

 

「らぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

甘轟は曲刀を振るい、孫家の兵士を殺していく。

 

その後ろで無言のまま、殺し漏らした兵を確実に殺していく甘寧。

 

「錦帆賊様のお通りだぁああああああああ!!!蛇に呑まれたくない奴は全員逃げ惑え!!逃げたからとはいえ逃がしたりはしないがなぁあああああああああああ!!!!!」

 

「だ、だまれ!!この賊風情が!!この俺の名を聞いて驚くな――」

 

「知るか、ボケが!!!!」

 

兵の中でも一際大柄で力の強そうな男が、甘轟の前に立ちふさがるが、甘轟は大柄の男の腹の部分の鎧に曲刀を当て、大空へと飛ばす。

 

曲刀の当たったところからは、鎧が斬られ大量の血が噴き出し、前方の孫家の軍へと降り注ぎ、大柄な男の死体が落ちる。

 

「うぉぉぉおおおおおおお!!!!!最後の戦、真っ赤な大輪の花を咲かせてやるぜぇぇえええええええええええ!!!!」

 

「小僧がぁぁあああああああああ!!!」

 

一人の女性が、甘轟の前方に立ちふさがる。

 

彼女こそ、孫家最古参の武将黄蓋だった。

 

「させんっす!!」

 

遠くから飛来した気の籠った矢。

 

豪速で甘轟の脳天へと進むが、その途中、鎖に阻まれ弾かれる。

 

普通ならば鎖は弾け飛ぶはずだった。

 

しかし、鎖には大量の気が込められており、かなり凶悪な武器へと変貌していた。

 

鎖の先には大きな分銅と棘のついた鉄球。

 

どちらとも人の頭ほどの大きさがあり、それを悠々と回し、飛来する豪速の矢をすべて弾く仲間A。

 

「な、なんじゃと!?」

 

「先に行って下さいっす!!黄蓋は俺の担当。確実に殺るか殺られるまで、戦い続ける。それが錦帆賊副長、張承の役目っす!!」

 

「任せたぞ!!」

 

甘轟はひたすらに本陣へと向かう。

 

その後を追う甘寧と錦帆賊達。

 

黄蓋も必死に甘轟を足止めしようとするが、張承の鎖分銅鉄球に先を塞がれ、上手く動き、矢を放つことが出来ない。

 

その間に甘轟達は本陣を目指す。

 

「さ、させない!!」

 

今度現れたのは今回初陣の孫権。

 

片手に南海覇王のような剣を持ち、緊張でガチガチになりながらも道を塞ぐ。

 

甘轟は躊躇わずに孫権へと左拳を振るう。

 

南海覇王のような剣で防ごうとするが、孫堅と闘うことのできるほどの力を持つ甘轟の拳。

 

先ほどの矢よりも速いのではないかという速さから振るわれる拳は、孫権へと腹部にもろに当たる。

 

「がぁっ!?」

 

孫権は顔を歪ませ、後方へと飛ばされる。

 

「おっと、大丈夫?蓮華。」

 

孫権と似ているような容姿の女性。

 

孫策が孫権を支える。

 

「す、すいません。姉様、ゴホッ。」

 

拳が気管支に当たったのか咽る孫権。

 

「良いのよ。それより、貴方。甘轟ね。」

 

「あぁ。錦帆賊の長、甘轟だ。」

 

「ふぅーん。母様……いや、孫堅からの伝言よ。『さっさと本陣に来い』だって。」

 

「はっははぁ!!あのBBAめ、無茶を言ってくれる。まぁ、ならばさっさと通らせてもらおうか。」

 

「ダメダメ、母様と闘ったのなら分かるでしょ?孫家は戦闘狂が多いのよ。」

 

甘寧が甘轟の耳元で小さく呟く。

 

「無視して本陣まで突っ切ろう。孫堅さえ倒せれば全軍大混乱になるだろうからな。」

 

「ふぅむ、確かにそれは江賊らしい卑怯な戦い方だ。だけどな、どうやら俺も戦闘狂みたいだ。」

 

甘轟は小さく返すと、孫策との距離を詰める。

 

「うわっ!?不意打ちとかズルっ!!」

 

「江賊は卑怯なのさ。」

 

孫策に曲刀で切りかかるが、孫策は難なく躱す。

 

「興覇ちゃん!!やっぱ孫権を頼むぜ!!」

 

「はぁ、仕方ない。孫権殿覚悟。」

 

「ゴホッ、ゴホッ。孫家の名に懸けて負けるわけにはいかない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ、お主なかなかやるではないか。」

 

「そう言う黄蓋殿こそ先ほどより何十倍も強いっすね。」

 

「当然。先ほどはあの甘轟にも弓を放ち、お主に気をつけておったのだからな。甘轟が行ってしまった今、お主との戦いに専念できるという物よ。」

 

「全く恐ろしい方だ。でも、俺も親分の為。負ける気などありませんよ。」

 

「なかなか面白い奴だ。楽しませてもらうぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あははっ、あなたなかなか面白いわ!!」

 

「そりゃあ、どうもっと!!」

 

甘轟は物凄い速さで曲刀を振るい、孫策へと攻撃する。

 

流石の孫策も、防戦一方で冷や汗を流しているのに、口元は常に三日月型で楽しそうに戦っている。

 

「だけど、そろそろ本陣へ向かわせてもらうぜっ!!!」

 

甘轟は曲刀を大きく上段から大地へとたたき込む。

 

「なっ!?」

 

大地に見る見るうちに罅が入っていき、孫策の足が取られ、こける。

 

「ふんっ!!」

 

甘轟は孫策の腹部に本気で蹴りを叩きこむ。

 

孫策の意識は一瞬で吹っ飛び、気絶しながら後方へと飛ばされる。

 

兵士の何人かがすぐに孫策の安否の確認をする。

 

生きている事を確認し、ほっとしつつ甘轟の方を見ると、そこに甘轟の姿はすでになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

「ぐぅっ!!」

 

甘寧は孫権にひたすら攻撃をする。

 

その光景は甘轟対孫策の所よりも、圧倒的で、一方的だった。

 

孫権の剣はすでにボロボロで、さきほど甘轟から喰らった一撃もあり、動きは非常に鈍い。

 

既に肩で息をしており、額からは大粒の汗が滴り落ちる。

 

「もう、諦めたらどうだ?」

 

「ハァッ、ハァッ。馬鹿言わないで、私は孫家の次女。負けたなんて言えない。母様や姉様のような強い人間にならないといけない。私だけ……弱いなんて……絶対に嫌だ!!」

 

その言葉を聞いて、甘寧はハッとした。

 

血縁者のように強くなれず、置いて行かれる。

 

その気持ちは甘寧は当然感じたことのあるもので、今も……いつも感じている物だ。

 

甘寧は孫家の次女さえこのような事を思うことに驚愕した。

 

しかし、甘寧は驚きを顔に出さず、剣を構える。

 

孫権もフラフラしながらも、剣を構えた。

 

「「絶対に負けられない。」」

 

同じ思いの者同士の戦いは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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