「四面楚歌」
徐州は劉備の領内では、現在、激しい戦闘が行われていた。
本陣にて指示する諸葛亮の下に次から次へと報告の兵士が走り込んでくる。
「張飛将軍が李豊隊を撃破! このまま追撃に入るとの事です!」
「わかりました。鈴々ちゃんにはあまり深追いをしないようにと伝えて下さい」
「了解です!」
「関羽様からの報告です! 我、楽就隊を撃破せり。引き続き戦闘を続行す!」
「はい、北側の守備隊が苦戦しているようなので、そちらの援護に回るようにお願いします」
「はっ!」
一通りの指示が終わり、伝令の兵士たちが散って行くと諸葛亮は疲れを滲ませたため息を吐く。
「はふぅ・・・」
「お疲れ様、朱里ちゃん」
「朱里のおかげで袁術殿の第一波は凌げそうだな・・・。すまない、朱里には無理を言ったな」
「い、いえ! 私の力なんて、愛紗さんや、鈴々ちゃん、それにご主人様や桃香様だって・・・」
「ハッハッ! 何を言う。素直に胸を張って良いんだ、まぁ、朱里らしいと言えば朱里らしいな」
「はぅぅ」
わたわたと謙遜する諸葛亮であったが、家康はそんな彼女の頭を撫でつつ称賛する。
諸葛亮も照れながらも素直に撫でられていたが、その二人の間に割って入るように劉備が声を出す。
「ご、ご主人様! 朱里ちゃん! 第一波はなんとかなったけど、これから袁術さんの本隊と孫策さんが来るはずだからその対策を考えないと!」
「そ、そうですね! 袁術さんの本隊も厄介ですが・・・。特に注意を払うべきは孫策さんですよね・・・」
「うむ、孫策殿の所には信玄公に真田、猿飛がいるからな・・・忠勝が動けない今、抑えるのは容易では無いぞ・・・。それに孫策殿自体も大変な戦上手であるからな、今回のようにはいかないだろう」
「うー。忠勝さんの鎧と武器の整備中に来られるなんて本当に運が無いよ~。お爺ちゃんと星ちゃんに留守を任せたのは失敗だったかな・・・」
「でも、他国の動きもありますし・・・。城を雛里ちゃん一人にするわけにもいきませんし・・・む」
そう、本来の家康・劉備の陣営であれば袁術の先遣隊程度にこれほどの労力を掛ける必要など無かった。
忠勝、義弘を筆頭に関羽、張飛、趙雲、さらに家康と言った優れた武人を数多く有し、諸葛亮、法統の知略もある。
兵士の数は少しばかり他国に劣りはするが、一人一人の技量は他国の精鋭になんら劣りはしないものである。
だが、今は運が悪かった。
これまでの数々の戦いによって忠勝の鎧も槍もガタがき始めていたのだ。
忠勝の申し入れによってそれらを整備し始めた矢先の袁術の襲撃である。
一万人分の兵力、いや十万の兵力にも匹敵しうる忠勝の戦線離脱は兵数の少ない家康・劉備の陣営にとっては大きな痛手であった。
さらに義弘も手薄になっている城の防衛のために満足に動けない状態である。
「わしも強くなったと思っていたが・・・。まだまだ甘かったな、忠勝や島津殿の力を頼りすぎて戦の本質を忘れていた・・・」
「ご主人様のせいじゃないよ。私たちだって忠勝さんやお爺ちゃんに依存し過ぎてたんだから」
「そうですよ、ご主人様! それにまだ戦いが決まった訳ではありません。ここから忠勝さんやお爺様に頼らなくても戦える事を証明しましょう!」
「・・・ありがとう、桃香、朱里。そうだな、皆の絆でこの戦いを乗り切ろう!」
自分たちの未熟さと甘さを痛感しながらも、それを乗り切ろうと気合を入れたその時であった。
「ご主人様! 桃香様! どちらにおいでか!」
「む? 星じゃないか! どうしてここに!」
「星ちゃん!? どうしたの?」
「まさか、お城に何かあったんですか!?」
早馬に乗って駆けて来たのは、義弘と共に城の防衛に当たっていたはずの趙雲であった。
家康たちの姿を確認するとすぐさま近寄って来る。
「おお、ここにおりましたか! 大変です、袁紹が動きました!」
「袁紹さんが!? な、なんで・・・袁紹さんは間違い無く曹操さんに戦いを挑むって・・・」
「袁術で手一杯の領を見て欲が出たのやもしれませんが・・・」
袁紹の突然の挙兵に驚く家康らであったが、それよりも気になるのは城が無事かどうかである。
諸葛亮は真っ先にそれを訊ねると趙雲が曇った表情で答える。
「袁紹らはまだ国境を越えたばかりだ。城では、籠城戦の準備をしているが正直、勝ち目は薄いだろう。爺様のお力も籠城戦では発揮出来ないからな」
「ど、どうしよう・・・。ご主人様、朱里ちゃん」
「まずは落ち着こう桃香。朱里、愛紗と鈴々を呼び戻してくれ、それから今後の方策を考えよう」
「は、はいっ! すぐに!」
一難去ってまた一難とはまさにこの事か、いや、今回の場合はもっと酷い状況であろう。
慌ただしくなる陣の中で家康は拳を握り締め、これから始まる試練の時への決意を固めるのであった。
袁紹たちが徐州の国境を超えた。
その報告が入って来たのは、軍師が集まった軍議が終わる直前の事だった。
「そう、麗羽が・・・」
「♪~。可能性はゼロでも無かったが・・・マジでやるとはな。流石はFool princess 出来が違うな」
「袁術に手一杯な劉備を見て、好機とでも思ったのでしょうか?」
報告を聞いた一同は、特に驚きもしなかった。
あの袁紹と言う人物なら普通にやりかねないと思っていたからだ。
ただ、稟は冷静に袁紹の徐州侵攻の動機を考察し始めたが、華琳は事も無さ気にそれに答える。
「大方、袁術に徐州を独り占めにされるのが面白くなかったとかでしょうね・・・」
「まぁ、妥当な線だな・・・。そんな事よりどうすんだ? バカのおかげでこの軍議も徒労になったわけなんだが・・・?」
先程まで行っていた軍議では、近いうちに攻めて来るであろう袁紹への対応を決めていた。
しかし、その袁紹は徐州に侵攻したため、この軍議で決まった事は全て白紙になったのである。
「皆の意見を聞きたいわ。これから我らは、どうするべきかしら?」
「徐州への遠征軍は袁紹方の主力が全て揃っています。この機に南皮に攻め入り、徹底的に叩くべきではないでしょうか?」
「袁紹、袁術は共に先見の明が無い小物です。ほおっておいても大丈夫でしょう。しかし、劉備はいずれ華琳様の覇道に立ちふさがる事は必定、この機に徐州を攻め、劉備を討つべきかと・・・」
稟と桂花、二人の軍師の献策は真っ二つに割れた。
華琳も二人の言葉に思案をしつつも政宗に意見を聞く。
「・・・そうだな、劉備を袋叩きにするか、袁紹の所に火事場泥棒に入るかの二択はまずありえねぇだろ。ここは力を蓄えつつ、次の一手で玉を取るのが最善だな・・・」
「竜のお兄さんってば~身も蓋も無い言い方ですね~」
「「・・・・・・」」
「政宗の言う通り。世間の風評から考えれば今回はそれが最善ね」
政宗の意見に賛同する華琳と少し悔しそうにしている軍師が二人。
そんな軍師の恨めしそうな表情を尻目に政宗は別の事を考えていた。
(しかし、家康の野郎は何をしてやがる・・・劉備の軍勢なら袁術程度は楽に追っ払えるはずだろ? こりゃ何かあったと見るべきか、それとも袁術が想像以上にやり手なのか・・・)
「・・・ちょっと政宗? 私の話を聞いてるの?」
「Ah? おっと少し寝ぼけちまったか・・・」
「・・・しっかり睡眠くらい取っておきなさいよ・・・」
華琳の声で思考から覚めた政宗。
今は考えても仕方のない事だと思いつつも共に天下分け目を駆け抜けた戦友に思いを馳せるのだった。
「袁術も本気の様子か・・・」
劉備の陣営は重苦しい空気に包まれていた。
先の戦いで疲弊した兵士に袁術の本隊と孫策の部隊を相手にする余裕は無く、さらには城に迫る袁紹の件もあるのだ。
「朱里ちゃん。何か良い案は無い?」
「・・・あるには、あるのですが・・・」
「ほぉ、あるのか」
諸葛亮の言葉に関羽は意外そうに声を出す。
このような四面楚歌でも良い策があるといえば当然の反応かもしれない。
しかし、当の諸葛亮はどうにも浮かない顔である。
「でも・・・ダメなんです。この策を実行すると、きっと多くの犠牲が出てしまいます」
「しかし・・・この窮地を脱するには多少の犠牲も止む無しとする他ないぞ?」
「星! 何を言うんだ!」
「愛紗よ。他に打つ手が無いのなら、そう判断するしかなかろう?」
「ぐっ・・・」
犠牲を払ってでもこの窮地を乗り切ろうとする趙雲に関羽が噛みつくが、現実問題、趙雲の言っている事が生き残るためには最善の方法であった。
関羽もそれが分かっているのか、これ以上の反論も出来ない。
「朱里。その策、私に授けてみせよ。見事果たして見せる」
「・・・ダメだよ。・・・そんなのダメ! 絶対ダメ! 皆が無事に生き残らなきゃ・・・!」
「しかしな、桃香様。他に方策が無い以上、仕方無いことで・・・」
「・・・いや、諦めるにはまだ少し早いぞ、星」
これまで黙って聞いていた家康が声を出す。
その表情には確かな自信と少しばかりの不遜が混じっていた。
「それは・・・主には誰も犠牲にならずにこの窮地を抜ける策があると言う事ですかな?」
「ご主人様・・・まさか、降伏するお積りですか!?」
「ハッハッハッ! そんな訳は無いだろう。ここで桃香の・・・お前たちの理想を終わらせるつもりは無いよ。・・・まぁ、この策も必ず成功するとは言い切れないが、彼女との絆を信じようと思う!」
そう言って場を収めた家康は詳しい策の内容を皆に伝える。
驚愕し、反対する者、素直に賛同する者、どちらもいたが結局は家康の策が実行に移される事になった。
果たして家康の策は成功するのであろうか・・・。
「おいおい・・・時間を考えろよな・・・」
「ふわぁ、ウチかて知らんわ・・・急に伝令が来て、急いで集合て・・・何やろなぁ」
夜のすっかり更けた頃、魏の面々は急な集合に不機嫌になりつつも玉座の間に集まっていた。
「・・・・・」
「おっ、凪はもう来てたか。早いな・・・」
「・・・・」
「おい、凪どうした?」
「・・・寝とる」
「目を開けたままかよ・・・器用なもんだな」
よくよく見れば凪だけでなく沙和も風もどうやら夢の中にいるようだ。
まぁ風はいつも道理と言う気もしないでも無いが。
「おい、お前ら起きなっ!」
「「・・・おおっ!」」
「お目覚めかい?」
「流石、鬼のお兄さん。女の子の寝こみを襲うとか、いい度胸してなすね~」
「んも~! アニキったら大胆なの~!」
「あぁん? バカな事言ってんじゃねぇよ・・・」
起きたかと思えば開口一番にとんでも無い事を言い放つ風と何故か満更でも無さそうな沙和に辟易とする元親。
「隊長・・・もしや溜まっておられるのですか・・・?」
「うおっ! 凪、起きたのか! てか、なんて事言いやがる! 全部こいつらの妄言だぜ、そうだろ真桜!」
「ん~ ウチも眠くてよう覚えとらんわ~」
「真桜~テメェこの状況を面白がってんな」
何やら四面楚歌になって来た元親であったがここでまた新たな問題が元親の背中に飛びついて来る。
こんな事をする者は魏の中でも限られている。
「おい・・・霞。いつも言ってんだろ、急に飛びついてくんじゃねぇ・・・」
「ええやないのぉ~! それより、チカちゃん溜まってんの・・・? それやったら・・・ウチが相手してあげてもええんよ・・・?」
「お、おいっ! 赤面しつつ言うと洒落に聞こえねぇよ! それに溜まってねぇって言ってんだろ!」
「「「え~」」」
「・・・・・」
「な、なんだよ、その目は・・・。なんで残念そうなんだよ・・・」
何故か落胆の表情で見てくる部下三人と霞に戸惑う元親。
もはやどうすれば良いのか分からなくなってきた時でった。
天の助けとも言える声が元親らに掛けられる。
「ちょっと! 半裸眼帯男! 何、桃色空間を展開してるのよ! これから軍議なんだから真面目にやりなさいよ!」
「・・・今ほどお前に感謝した事はねぇぜ、桂花・・・」
「・・・ハァ?」
罵倒したつもりが逆に感謝されてしまいポカンとする桂花であった。
ともかく桂花のおかげで窮地を脱した元親は皆を定位置に着かせる。
それと同時に華琳が玉座の間に現れた事で軍議は始まった。
「全員そろったようね。急に集まってもらったのは他でもないわ。秋蘭」
「先程、早馬で徐州から国境を超える許可を受けにきた輩がいる」
「入りなさい」
「はっ」
華琳の促しでこの場に姿を現した者に一同は驚愕する。
「見覚えのある者もいるようだけれど、一応、名を名乗ってもらいましょうか」
「我が名は関雲長。徐州を治める徳川家康、劉玄徳が一の家臣にして、その大業を支える者。此度は斯様な刻限に失礼つかまった。私は我が主らに変わり、曹操殿の領地の通行許可を求めに参った次第」
「通行許可・・・。なるほどな家康も無茶しやがる」
「袁紹、袁術の囲みから逃れるために、この領を抜け益州に向かう・・・そういう事か」
「その通りです」
小十郎の解説に皆、一様に驚愕する。
同盟国でも無い所の領内を抜けようなど本来であれば考えもつかないほどの無謀である。
「この案には、関羽自身も納得してないみたいでね・・・。そのような相手に返事をする気にはなれないのよね」
「・・・・」
「ほんなら、なんでこんな決死の遣いを買って出たんや?」
「我が主らの願いを叶えられるのが、現在、私だけであったからだ。それにどんな無謀でも我々が生き残るにはこれが最も可能性の大きい選択肢だった」
「まぁ、そう言う事らしいわ。これから劉備に返答のために会いに行こうと思うのだけれど・・・誰かついて来てくれる者はいるかしら?」
「・・・なんだかんだで全員か。大した人気だな、華琳」
「・・・少しは見直したかしら?」
軍議で華琳が共に行く者を集ったところ、結局、魏の主要な面々は皆ついて来た。
夜を徹しての行軍にも関わらず準備も早く、誰も文句一つ言わなかった。
「感謝します。曹操殿」
「さぁ、その言葉は無事に事が済んでから聞くことにするわ」
「・・・それはどう言う」
華琳に感謝の意を告げた関羽であったが思わぬ返しで面を食らったようだ。
言葉の真意を聞き出そうと華琳に訊ねようとした時、前方に劉備の陣営が見えてきた。
国境ギリギリ、これ以上に踏み込んで来たならややこしい事になるであろう、そんな所だ。
「なら、関羽。あなたの主の所に案内して頂戴。何人かついて来てくれる?」
「華琳様! この状況で劉備の本陣に向かうなど危険すぎます! 罠かもしれません!」
「桂花の言う通りです! せめてこちらに劉備を呼び出すなどさせて・・・」
「No problemだ。劉備はどうだか知らんが、少なくとも家康はそんな姑息なマネをするような男じゃねぇ。罠の可能性は限りなく低いだろ」
「随分、家康を信頼しているのね、政宗?」
「まぁ、腐っても一時期は背中を預けた仲だしな・・・」
政宗の言葉によって罠を心配する者たちは幾分ではあるが、劉備本陣へ行く事を納得したようだ。
華琳は護衛として、春蘭、季衣、流琉、霞、それから稟と政宗を連れ本陣へと歩き出したのであった。
すいません、また期間が相手しまいましたね・・・。
本来なら拠点話を挟みたかったところなのですが、何も思いつかず結局、本筋を進める事にしました。
いや、本当に申し訳ないです。
それでは次回もよろしくお願いします!
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二週間近く放置してしまって申し訳ありません。
今回は拠点話のつもりでしたがネタが思いつかずに本筋進めました。
良かったら読んでやってください