「楽には死なせてあげませんよ」
普段の飄々とした態度から想像も出来なかったこの威圧感。
今まで美羽を一人で守り続けていた、張勲という将の底知れなさ。
桂花とも稟とも風とも違う、異色といってもいい軍師。
流れる血を止める事も忘れ、俺は彼女から目を離すことが出来なかった。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第3話
眼を覚ますと太陽は既に真上の位置に射しかかっていた。
今日は宰相になってから初めての休日。
俺の二ヶ月以上の休み無しの状態を城にいる皆が見るにみかねたのか、休んで下さいと皆がこぞってお願いにきてくれた。
仕事は山積みの状態だけど皆の気持ちはとても嬉しかったし、心配をかけたんだと思うと申し訳ないとも思い二日休むことにした。
そして俺は思考を巡らす。
今日をどう過ごそうかではなくて、何故、隣で美羽が寝てるんだろう、と。
普通なら慌てふためくところかもしれないが、舐めないでもらおう。
伊達に以前は『魏の種馬』などと呼ばれていたわけじゃない。
念の為に言っておくけど認めている訳じゃないから。
季衣や風が寝てる間に潜り込んできて、そんな時だけ何故か起こしにくる春蘭に見つかりボコボコにされる、このパターンを何度繰り返したか。
つまりこの後の展開が俺には読める。
今、正に扉からノックもなしに誰が入ってくるか。
後は語るまでも無いだろう。
休日の始まりはそんな感じで、俺と美羽に七乃、それと一個小隊の護衛で郊外に足を運んでいた。
「せっかく一刀が休みじゃと聞いて遊んでやろうと部屋までいってみれば、呼ぼうと叩こうと全然目を覚まさないのじゃ。じゃから仕方なく妾も寝ることにしたのじゃ、全く一刀は駄目な奴じゃのう」
それだけ疲れてるのは北郷様お一人で働かれているからでは?
口には出せない護衛達の共通の感想。
「まったくですねえ、折角お嬢様がとるに足りない変態幼女趣味野郎に情けをかけてくださっているのに、脳みそに精液が詰まってる極上鬼畜男である一刀さんには美羽様の深いお心がわからないんですねえ。ヨッ、男を狂わす魔性の女、自分の言葉と事実が噛み合ってないことに気がついてない能天気幼女」
「うはは~、もっと褒めてたもれ」
北郷様、我ら一同、必ずやお力になります、だから泣かないで。
護衛達は一刀への忠誠を強める。
俺は涙を拭って目的地まで案内する。
小さな村に到着して村長が慌てて出迎えにきたけど、俺は視察ではなく散策のようなものだからと説明する。
「一刀、何じゃ此処は。こんな辺鄙な村に連れてきて何のつもりじゃ」
と不満タラタラな美羽。
「こら、美羽、この村もお前の領地のひとつだぞ。この村を馬鹿にするのは美羽を馬鹿にするのと一緒だぞ」
「そうなのか?妾を馬鹿にするなぞ許せん、そんな奴は死刑じゃ」
馬鹿にしたのは自分だろ!!
護衛達の心は正に一つだった。
俺は敢えて返事はしないで話を戻す。
「それでここに来た理由だけど、美羽は蜂蜜が好きだろ」
「うむ、妾は蜂蜜が大好きじゃ。蜂蜜があれば妾は大満足なのじゃ」
「その蜂蜜だけど、手に入れるのって結構大変なんだよ。だから値段も高いし、数が少なくて買いたくても蜂蜜自体が無いときもある。城では優先的に仕入れてるけど、蜂蜜が無かったときもあったんじゃないか?」
「確かに何度かあったの。あの時はとても辛かったのじゃ」
その時の事を思い出したか、美羽はショボンとする。
そんな美羽の頭をなでながら、
「だからな、この村では蜂蜜を沢山採れるように協力してもらってるんだ」
俺の言葉を聞いて美羽は眼を輝かせる。
「なんじゃと!それでは何時でも蜂蜜水が沢山飲めるのか?」
「飲みすぎは駄目だけどね。在庫が無いという事は無くせると思う。まあ、もう少し時間は欲しいけど」
この村では養蜂を始めてもらっている。
自然が豊かな時代だから、いけるんじゃないかなと思って勉強しといたんだ。
「採れたての蜂蜜で、蜂蜜水飲んでみるか?」
「飲む、飲むのじゃ、今すぐ飲むのじゃ~、うははははは~」
村長に用意してもらった蜂蜜水を飲んで、
「いつものよりも美味しいのじゃ」
と、大層ご満足。
さてと、本題はここからだ。
「美羽、この村は今までに何度か賊に襲われたことがあるんだ」
急に話をふられた美羽は、
「賊じゃと、そんなやつら滅ぼしてしまえばよいじゃろ」
どしてそんな話をするのかわからない、という感じだった。
俺は言葉を続ける。
「この村は若い男が兵役でいないから老人と女子供ばかりでとても無理だよ。それに若い男がいたとしても軍じゃないから賊を滅ぼすなんて無理だ」
「むう、面白くない話なのじゃ。じゃが何でそんな話をするんじゃ?」
「この村が賊に襲われ続けたら蜂蜜も奪われて無くなっちゃうって事」
「なんじゃと!!許せん、一刀、今すぐ賊共を滅ぼしてくるのじゃ!」
激怒した美羽は小さな体を怒りに震わせる。
「うん、その気持ちは分かるけど今すぐは無理だね。基本、賊って軍を見たら逃げるだけだし賊も一つや二つじゃないから。」
今は軍に巡回をさせてるから何とか防いでいるけど、賊は健在だ。
もぐら叩きの賊討伐では効果が薄い。
賊に堕ちた人たちの大半は飢えが原因だ。
トップに立つ奴や幹部連中は外道がほとんどだろうけど、それ以外は更正の見込みはある。
罰を与えた後、仕事を与え食を得れば再度賊に堕ちることはまず無いはずだ。
「一番いい方法はこの村は美羽が守ってるから襲ったら酷いめにあうぞっ、て賊に思わせる事なんだ」
「おお、成程なのじゃ、妾の威光で賊をひれさせるのじゃな」
胸を張ってどや顔になる美羽。
「でもね、賊たちはこの村を美羽が守ってると思ってない」
「な、何でじゃ、無礼な、名門袁家をなんじゃと思っておるんじゃ」
「美羽はこの村の事も賊の事も此処にくるまで知らなかっただろ?」
「うっ」
事実を突かれて美羽が怯む、違うとは言えないから。
「賊も同じ、美羽の守ってる村と知らないから何度も襲ってくる」
「それならば妾の事を賊共に教えればよいのじゃ、そうしたら襲ってこなくなるじゃろ、うむ名案じゃ」
「それはちょっと無理だね、賊はどこかに隠れてるから教える事は出来ないよ」
「うう、じゃったらどうすればよいのじゃ」
美羽が涙目で訴えてくる、そんな美羽をみて俺は笑顔で応える。
「ごめんごめん。実は美羽もどうすればいいかを知ってるんだよ。」
「妾が知ってるじゃと?」
「そう、村の事、賊の事、美羽はこの二つの事を知った。それが大事なんだ」
「一刀、さっぱりわからんぞ、教えてたもれ」
素直に疑問を聞く事が出来るのは美羽の長所だ。
「美羽は今まで何かあったら七乃に言って叶えてもらってたろ。同じ事なんだ、誰かに「何とかしてほしい」と言えばいい。美羽は王様だから多くの家臣がいるし七乃も俺もいる。そして美羽が言った事を俺たちは必死に考えて何とかしてみせる。勿論それは無理、という事もあるけどね」
「命令すればよいのか」
「ちょっと違う。美羽の願いを伝えるんだよ。美羽の思いを共有するんだ」
「難しいのじゃ」
「大丈夫、やってれば自然に出来るようになる。でもその為に美羽は色んなことを知らないといけない。自分の事、国の事、民の事、家臣の事、他にもたくさんある、それこそ数え切れないくらい」
「妾は勉強は嫌なのじゃ」
「大丈夫、生きてる事自体が勉強だから」
「む~」
ハハ、納得いかないか。
この子は王だ、幼い身でありながら多くの民を背負う立場にある。
でもそれを自覚しろなんて、それこそ大人のエゴだろう。
今すべき事は学び、遊び、世界を手探りで知っていく事が先だ。
傍にいる大人の役目は、見守りながらいつでも手を差し伸べれるようにしておく事だと思う。
いつか自分の足だけで進んでいく為に。
それじゃ、第一歩といこう。
「美羽、この村で蜂蜜をどうやって採ってるか知りたくないか?」
「知りたいのじゃー」
ふう、星が綺麗だな。
満点の夜空を眺めながら、木を背に座り込む。
今日は村で一泊、美羽はもう休んでる。
養蜂の見学中、ずっと興奮状態で質問しまくってたからな。
夕食の途中から半分寝てたし。
うん、いい休日になったな。
気分が良くて疲労も無くなったかんじだ。
「締りのない顔してますねえ。もしや美羽様を組み伏せる事を考えてますね、流石は一刀さん、鬼畜ですね」
「そんな事は考えてないよ」
「それじゃあ私にあんな事やこんな事をして、最後には肉奴隷にしている事を想像して悦に入ってたんですか。変態ですね、近寄らないでください」
七乃、絶好調だね。
「違うから」
「え~、信じられませんよ。孫策さんと初めて会った日に閨を共にしてた人を」
バレてる。
「いや、雪蓮とのあれは特殊な事情があって」
「しっかり真名で呼んでますし。獣ですね、美羽様が毒牙にかかる前に首を刎ねておきますか」
ゆっくりと笑顔でこちらに近付いて来る、その笑顔は凄く怖い。
俺は立ち上がるが、蛇に睨まれた蛙で逃げられない。
七乃はそのまま俺にピッタリとくっつく。
なんだ、なんでここまで近寄るんだ?
胸が当たってる、いい感触だ、いや違う。
「な、七乃、近すぎないか?」
七乃は応えずに俺をじっと見据えている。
どうすればいいのか分からず、俺はその視線を受け止め続ける。
五分程そのままの状態が続いて、ようやく七乃が口を開く。
「一刀さん、今の袁家、おかしいと思った事はありませんか」
「おかしい?」
「そうですね、例えば重臣といえるような人が一人もいないとか」
「そういえば、確かに変だな。」
漢帝国、屈指の名門袁家、譜代の臣が多数いて当然のはずだ。
そもそも天の御遣いとはいえ、いきなり国のトップである宰相に任じられ、その事に異論が出ないなんて常識的に考えられない。
改めて考えてみれば確かにおかしい。
「答えは簡単です、私が全員始末したからです」
驚く俺を他所に置いて、冷淡な声で七乃が続ける。
「美羽様のお父上が亡くなって、従姉である袁紹様は渤海の領土で王となり、幼い美羽様はこの地の王となりました。ですが重臣達に美羽様への忠誠などありませんでした。自分たちの悪行を美羽様のせいにして己が欲を満たすだけです。」
左手に痛みが走った。
いつのまにか七乃が短刀を取り出して、俺の手のひらを切っていた。
「私は重臣たちを始末して国の権力を一手に握りました、美羽様を守るには必要なものでしたから、例え一時凌ぎだとしても」
「一時凌ぎ?」
「重臣たちに限らず、今の漢帝国は腐りきっています。そのうち戦乱の世になるでしょう。おまけに近くには孫家という虎がいます。私一人で美羽様を護り切れるわけがありません。嫌がらせが精一杯ですよ」
七乃は淡々と語る。
この国の未来を知ってる俺からすれば、その言葉は完全に正鵠を射ている。
「仲間をつくれば、「信用出来る訳ないじゃないですか、それに孫家の人たちに匹敵する人なんてそうはいませんよ」
俺の言葉は遮られ、再度、七乃は俺を見据える。
先とは違う、殺気が篭っている。
「だから私は美羽様に教育をしなかった。その身が滅ぶまで純真なままでいられるように、人の醜さから遠ざけていたのに」
そういえば昼間の美羽との会話時、七乃が全く会話に入ってこなかった事を思い出す。
らしくないですねえ。
私がこんな感情丸出しで人と話すなんて。
でも、もう引き返す事は出来ません。
私が止めていた美羽様の時間は動き始めた。
「一刀さん、貴方には美羽様を護っていただきます。断るというなら楽には死なせてあげませんよ」
「護るよ」
・・即答ですか、殺されるのが嫌の返事には聞こえませんね。
「美羽は必ず護る、美羽が大事に思っている七乃も俺が絶対に護る」
拙いですねえ、何の根拠もないのに信じてしまいそうです。
私は一刀さんから体を離して、持っていた短刀で右の手のひらを切ります。
「七乃、何を」
嫌ですね、私さっき一刀さんの手のひらを切ったじゃないですか、自分の傷の心配をしたらいいのに。
私は一刀さんの左手をとり、私の右手とあわせる。
私と一刀さんの血が交わり、手のひらが血に染まります。
その血を私は唇に塗って、
「これは盟約の儀式です」
一刀さんに唇を重ねる。
絶対に、逃がしませんよ。
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一刀が眼を覚ますとそこには