「つまり貴方は私の敵なのね」
強烈な殺気が俺に向けられる。
華琳や春蘭で経験してなければ、とてもじゃないけど相対できなかっただろう。
指一本動かせず、声など出せなかった筈だ。
だが今の俺は目を背けず、落ち着いて返事を返す。
「そうだね、確かに敵だ」
「真・恋姫無双 君の隣に」 第2話
宰相に任命されて二ヶ月、光陰矢の如しといえばいいか、あっというまに過ぎた。
何しろこの美羽の領土、大陸においておそらく2番手の力を持つ勢力。
管理する範囲はかなり大きいのに、人材が全然いない。
もともと三国志演戯にも正史にも張勲・紀霊以外雑魚扱いされる将しかおらず、文官も少しはいたかなといえる程度で名前すら出てこない、脇役もいいところ。
紀霊だけでもと期待したけど、この世界ではとても安心して戦を任せられる将ではなかった。
七乃は流石に有能だったが、こいつ、仕事しねえ。
最低限をこなして、後は美羽にベッタリだ。
おまけに、こう言ってくる。
「一刀さんのおかげで美羽様の傍に一杯いれますう。うさんくさい男でも役には立つんですねえ。がんばってください、死んじゃうまで」
魏でも色々言われてたけどさ、泣きたいことも色々あったけどさ、七乃の言葉は枕を濡らすほどだよ、今なら桂花の罵声も春蘭の剣で斬りかかれるのも笑顔でいられるよ。
とにかくここの武官、文官達は指示をしっかり出せば仕事はこなしてくれるけど、自分で考えて判断が出来ないので相談も出来ないし丸投げすることも出来ない。
完全に俺におんぶにだっこだ。
おかげでろくに休めなくて、正直しんどい。
急いで確立しなきゃいけないことが山のようにあるんだよ。
そんなある日、現在は袁術軍の客将である孫策が美羽に要請されていた賊討伐を終えて城に来訪する。
俺も報告するその場にいて、お互い自己紹介しあう。
孫策は美羽に独立に対しての約束の履行を求めるが、美羽と七乃はのらりくらりとかわす。
無駄と悟ったか孫策は踵を返すが、俺はそこで声をかけた。
「孫策将軍、少しお話があるのですが、よろしいでしょうか」
孫策は振り返り、不敵な笑みを浮かべ、
「あら何かしら、御遣いさん」
美羽と七乃は俺の発言に怪訝な表情を浮かべるが、俺はかまわず続ける。
「私は袁家の宰相に任じられ、政策、人事において様々なことを行っています。そして長沙の太守を貴女にお任せしたいと思います」
「なんですって!」
「なんじゃと~!」
「ちょっと、一刀さん」
三人が驚きの声をあげるが、話を続ける。
「先程も申しましたが、新しい政を現在推進中の為、非常に人材がたりません。そこで貴女の妹君である孫権殿に私の補佐について頂きたいのです」
孫策は眼光を強め、
「あら、私より妹が好み?でもあの子はまだまだ未熟よ、はたして役に立つかしら」
「勿論です。むしろ妹君ほど素晴らしい人材はいないといえるでしょう」
私は御遣いを見つめて真意を探る。
補佐は建前で実質は人質ね、それでも今の状況に比べれば格段に良いわ。
現在、孫家は家臣が袁家によって分散されていて、蓮華とも小蓮とも別々に暮らしている。
太守を引き受ければ家臣が集められる。
小蓮も手元で護れる。
蓮華にも護衛をつけて、時期がくれば脱出させるなり手立てを考えればいい。
でも御遣いはおそらく人質に意味が無いと分かった上で蓮華の話を持ってきた。
袁術は人質をとることを聞いて先程よりは落ち着いているわ、張勲は訝しげに御遣いを見ているけど。
意図が読めないわね、でも私の勘は受けるべきだといってる。
「分かったわ、その話、謹んで引き受けましょう」
「ありがとうございます。私もこれで長沙の治安に関しての不安が無くなり、日々の業務の負担が減ります」
「ね、よかったら今晩一緒に飲まない、色々話がしたいのよ」
「喜んで、私も同じ思いです」
孫策が退出した後、俺は美羽と七乃に勝手なことをと散々文句を言われたが、美羽に王の寛容さを説き、七乃には反感を持たせすぎるのは良くないと説得した。
最後は蜂蜜ホットケーキに更に果物を加えた豪華版で御機嫌をとり、ようやく落ち着いてくれた。
「わぁ、見え見えの買収にひっかかる単細胞なお嬢さま、素敵です~」
「わはは、もっと褒めるのじゃ~」
いや、確かに買収だけど、これで上手くいくほうが不思議なんだけどな。
どうにか説得できたので、孫策との待ち合わせ場所に向かう。
「おっそ~い、いつまで待たせるの」
「申し訳ない、説得に時間がかかって」
「う~ん、それだったら仕方ないか、さ、飲も飲も」
「はい、ご相伴に預かります」
俺は侍女に料理と酒を運んでもらい、孫策に酒を注ぐ。
「あれ、何その料理、初めてみるわ」
「これはお刺身といって、海の魚を生のまま食べるんです。天の国では身近な食べ物でして、大根をおろしたものと一緒に醤油をつけて食べるんです。お酒のお供に最高なんですよ」
本音はわさびが欲しい。
「生で食べるの?大丈夫なの?」
「川魚は駄目ですけどね、海の魚なら大丈夫ですよ」
「ふ~ん、一口頂戴」
「毒味くらい考えようよ。君、王でしょ」
あまりの無防備さに素で話してしまった。
「うん、悪くないわ。ああ、こっちのは貝ね」
「聞いてないのね、ごめん、もう一皿持ってきてもらえる」
控えていた侍女に追加をお願いして、俺は酒を飲むことにした。
刺身を食べ終えて、頃合いかと思い質問を開始する。
「御遣い君、何を考えているの?」
私は言葉を濁さず率直に聞いてみた、この子にはそれが一番いいと思ったから。
冥琳ならもっと段階を踏んで聞き出そうとするでしょうけど。
彼が悩んでいるようだから私は片目を瞑り、
「大丈夫よ、監視には大人しくしてもらってるから」
明命がきっちり仕事してくれてるわ。
「そうだね、馬鹿な話だけど、それでもいいかい」
彼が笑顔で応える。
その笑顔に私は少し胸が高鳴った、あれ、ひょっとしてこの子やばい?
そして彼は語る。
命を懸けて愛している人がいること。
その人はとても誇り高く正面から全てに立ち向かう人で、好敵手を望んでいること。
そして私はその一人であり、今の私の状況を決して喜んでいないだろうと。
話してくれた後、彼は顔を真っ赤にしていた。
確かに馬鹿な話よね。
愛する人の望みとはいえ、態々敵となる者に手を差し伸べ、力を蓄えさせようとする。
理解できるような話じゃない。
人質になる蓮華のことも、ありえない言葉が返ってきた。
「彼女、孫権は君と同じで途轍もない王の器を持っている。でも今のままじゃ駄目だ、君の庇護の下では彼女の成長は望めない。君のいない所で多くの経験を積むべきだ。彼女がその経験を糧にし、孫堅・孫策とは違う、自分の王の姿を見出せるように」
私はもう言葉が無かった。
冥琳や祭も話を聞いていたら同じ反応だったでしょうね。
私達は蓮華の王の資質を宝物のように思っている。
蓮華こそ孫家の夢を実現してくれると信じて、教育しながら護り続けてきた。
だが彼はそれでは駄目だと、一人で歩かせなくてはいけないと言う。
しばらく頭がまともに働かなかった。
正直、彼の考えは理解できない。
でも、一つだけ分かりやすい事はある。
彼を見据え、私はいつもなら戦場で起こる血の疼きを感じながら告げる。
「つまり貴方は私の敵なのね」
彼は目を背けず、落ち着いて返事を返す。
「そうだね、確かに敵だ」
何が私を動かしたのか、明確な理由が出て来ない。
ただ、この疼きを止める唯一の方法を採る。
私は彼を抱きしめ、むさぼる様に唇を奪った。
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袁家の宰相となった一刀
客将である孫策と