妹のセシリアが倒れた。流行の病だと、医者は言っていた。もちろん、薬を買う金などありはしない。
苦しげに呻きながら、笑顔で「大丈夫だよ」というセシリア。僕は無力だった。祈ることしかできない、ちっぽけな存在だということを思い知らされた。
セシリアの後始末のことを相談しだす両親、病気がうつると言って距離をとりだす友人たち。泣いても、祈っても、誰も妹を助けてはくれない。
なんとしても、薬が必要だった。つまりは、金が要るのだ。
その晩、僕は父の部屋から剣を盗んだ。
村に人買いが来ている。人買いならば、それなりの大金を持参してきているに違いない。なにせ人を買おうというのだから。
たとえその人買いを殺すことになったとしても。神に見捨てられた妹のためならば、喜んで地獄に落ちてやる。
体格に合わない大きな剣を、引きずるようにして、僕は人買いの寝ているであろうテントを目指した。
「金をよこせ」
残念なことに、人買いはまだ眠ってはいなかった。焚き火で暖をとりながら、スープを飲んでいる。なんと優雅で贅沢なことだろうか。
剣で脅す僕を一瞥して、人買いは溜息をついた。「つまらないことはやめておけ」と言って憐れみの視線を向けてくる。許せなかった。人買いという職業も、セシリアを捨てようとする両親も、力のない幼い僕も。何もかもが許せなかった。
その怒りが爆発したかのように、僕は剣を振るう。渾身の力を込めたその一撃は、傍から見れば剣に振り回されているマヌケに見えたことだろう。酷くあっけなく攻撃は避けられ、勢いに負けて僕は転んだ。泥まみれになった僕を、人買いが笑う。
「だからやめとけって言ったんだ」
涙が溢れた。僕は無力だ。剣を持っても、何も出来ない。セシリアを、救ってやれない。
「なにかあったの……?」
テントから、眠そうに目を擦りながら、少女が出てきた。きっと人買いに買われた子だろう。僕と同じくらいの年齢だろうか。
「なんでもないよ、リーゼ。明日は早くにここを出るから、今のうちにちゃんと寝ておきなさい」
こくり、と頷いて、少女は再びテントの中へと消えていく。なんだかそれは、人買いにあるまじき微笑ましい光景に見えた。
そしてそれは、僕にひらめきを与えてくれた。セシリアを救うための、第2の選択肢を。
「おい、人買い。僕はいくらで売れる?」
僕は、セシリアを救える。
救ってやることができるんだ。
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この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。