「気をつけ、礼!」
「ありがとうございました!」
私たちは無事に初戦を勝利した。
私とゆかり、上様は三人でハイタッチを交わした。
それを見ていた安藤先生は、この試合中だけで四歳は老け込んだようなため息をこぼした。
バッティングでは、二番が私、三番がゆかり、四番が上様という打順が入部以来の固定であり、普段草野球のおっさんたちの球を見ている私たちにとって、小学生の女の子が投げる球にバットを当てるなど、そう難しいことではないのだった。
ゆかりのピッチングも、私の能力と併せて冴え渡り、試合の結果は九対〇と圧勝だった。
そして、お昼休憩を挟んでの二試合目が始まる。
私はマウンドに上ったゆかりの側で、呟いた。
「絶対勝とう」
「うん」
頷き合い、私はキャッチャーとして駆けだし、座り、ゆかりを見た。
「プレイ!」
二試合目は、上越ソフトボールクラブというチームだった。
こういう公式大会以外で私たちが戦うことはなく、データも乏しいためリードには慎重を期す必要があった。
しかし――一番バッターのスイングが、ゆかりの投げたボールをかすめた。
ボールは前に飛び、ふわりと浮かび、外野と内野の間、難しいところへ落ちていく。
あっ、と私は声を上げた。ボールが落ちた。ランナーが出てしまった。
一塁ランナーはすかさず盗塁を敢行――足が速い!
私の送球も間に合わず、盗塁によって私たちは二塁を奪われる。
私は――一度、自分の頬をぴしゃりと叩いた。
二塁にランナーがいるということは、次にボールが飛んだ場所によっては、得点があり得てしまう。
そうなれば――敗北が、近づく。
私は容赦しなかった。
ゆかりにインコースを要求。
ボールを僅かに下に滑らせ、二番打者を詰まらせた。
小学生の大会では、変化球をストライクに取ってもらえないケースが多い。
しかし、縦に、しかもバットで見えないほど僅かな変化をさせるだけならば、審判にはわかりにくいし、打った本人にも違和感が残る程度だ。
その違和感も、目測を誤っただろうかと自分のせいにして流してしまえるだろう。
この、バッターの手元で私が動かす変化球は、まずバレる要因がない。
内野手が転がった球をさばくのをミスれば話は別だが、最初からランナーを出さなければそのミスだけで得点に繋がることはほとんどない。
また、詰まらせるだけでは怪しまれると考え、浮き上がらせることでフライにするのも忘れなかった。
相手チームのバッターが、みんな、距離感を狂わせていく。
しかし、勝利するためにはそれだけでは足りなかった。
「……ヒットが出ないな」
「そうだね」
上様が呟く。
私が頷く。私も上様も、最初の打席では二人して討ち取られていた。
相手は速球派だった。
それも、八十キロ以上のストレートを持つ、ちょっとした怪物ピッチャーだ。
いくら草野球で速い球に慣れているとはいえ、その速い球をばかすか打っているわけじゃない。
速い球を見慣れているだけで、同じような速球がくれば当然私たちは打つのに窮することとなる。
「打てそう?」
私は上様に尋ねる。
四番の上様が打てない球を、私たちが打てるわけがないのだ。
「当てることはできると思うけど……セーフになる保証はないし、私一人が出てもねえ」
そうなのだ。
本来、上様は私たちランナーをホームに帰す役目を帯びており、上様の前にランナーが出られないと、上様もどうしようもないのだ。
四回表――もしかしたら、時間切れによって最後の攻撃のチャンスになるかもしれない。
ツーアウトで、二番の私に打順が回る。
正直に言って、勘弁して欲しかった。
ここで奇跡的に私が塁に出られても、次のバッターはゆかりだ。
上様まで回すには、ゆかりも塁に出なければならない。
どうする――この攻撃に賭けるか、次回の攻撃に賭けるか。
私は――ピッチャーがカウントを悪くして崩れてくれやしないかと待とうと思い、その一球目を睨み付け、
――時間が止まったような気がした。
ボールがまっすぐに私の方へ飛んできた。
悩んでいたせいだろうか。
私の頭の中は真っ白になり、ボールは、右に構えていた私の左手の人差し指へぶつかった。
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――私は今日も昨日が恋しい。
オリジナル短編小説七話目です。ライブドアブログ主催の『ライトなラノベコンテスト』応募作品になります。最新話は(http://brilliant-cheat.blog.jp/ )にて毎日更新予定しております。