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真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第二十五話

Jack Tlamさん

今回はあの方の登場、そして恋姫達に明かされる一刀の出自。

今回で第三章は終了します。では、どうぞ。

2013-12-05 03:10:32 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:8146   閲覧ユーザー数:5532

第二十五話、『遠き血の記憶』

 

 

―上洛して三日目。俺達に新たなる仲間が加わった。今や諸侯から目の敵にされる董卓軍の面々である。

 

董卓仲頴、真名を月。賈駆文和、真名を詠。呂布奉先、真名を恋。張遼文遠、真名を霞。陳宮公台、真名を音々音。そして華雄。

 

あの後華雄は警邏を終えて戻ってきたが、そこで月からの説明を受け、あまり理解できなかったようだが、月の決めた事ならば

 

従うと言って『計画』への参加を決めてくれた。未だ公的ではないが、董卓軍の指揮権は俺が預かることになっている。

 

いよいよ、連合への叛逆の時が来る。その前に、俺と朱里、そして張三姉妹は皇帝に謁見しなければならなかった―

 

 

 

□洛陽・後宮

 

「―それは真なのですね、月?」

 

「はい」

 

洛陽の後宮は静かであった。今や宦官もおらず、少数の侍女らが出入りするのみの後宮にあって、ここまで一人で立ち入ることを

 

許されている将軍は今のところ、この董卓ただ一人である。禁軍の将は行方が分からなくなり、禁軍そのものも事実上その機能の

 

ほとんどが発揮できなくなっている以上、董卓率いる董卓軍は洛陽の守護と共に禁軍の機能も兼ねるより他なく、皇帝の命により

 

禁軍の兵は相国である董卓の指揮下に置かれている。

 

そして、董卓がいるのは後宮にある皇帝…後漢王朝第十四代皇帝・劉協の私室であった。董卓は皇帝を補佐する相国であると共に、

 

一人の少女としての劉協の友人であるため、こうして度々劉協の私室へと通っている。

 

「反董卓連合、ですか…」

 

「はい…」

 

「袁紹は何を生き急いでいるのでしょうか。こうして連合を組んだところで、そこに義は無いというのに」

 

「見栄っ張りな方ですので…袁家は三公を輩出した名家ですので、地方貴族に過ぎない私を妬んでいるのでしょう」

 

「しかし、諸侯はそれぞれに間者や物見を放っているはずです。それについては?」

 

「わかっていて参加する諸侯がいるということでしょう。間者や物見は来ていましたが、我が軍の方で捕えています」

 

「…そうでしたか。しかし、全て捕えたというのですか?」

 

「流石にそれは無理です。ですが、洛陽の情報は外に殆ど伝わっていないことは確かです」

 

董卓軍にはそうした間者に敏感な賈駆がいる上、今では『天の御遣い』・北郷一刀が率いる『忍者』の手もあり、諸侯の間者は悉く

 

捕えられている。当然ながら董卓の意向で処刑はされていない。しかしいくら前述したそれらが優秀であっても、全てに対応できる

 

わけではない。諸侯の中には…怪しいのは曹操や孫策だが、それらは情報を得ても秘匿したままでいるのだろう。世間では連合こそ

 

正義となっていて、天下を狙う以上そうした情報は秘匿しておかなければならない。彼らにとってこれは好機なのである。

 

「そうなると…これを真に受ける諸侯も出て来るというわけですね」

 

「おそらくは、そうなるかと…」

 

劉協の懸念は尤もである。嫉妬から連合の発起人となった袁紹や、従姉妹への対抗心から参加するであろう袁術はともかく、平原の

 

相となった劉備軍がそれである。奇しくも漢王朝に強い因縁がある劉備が連合に参加する理由を、劉協は見事に言い当ててしまった。

 

「やはり、黄巾の乱によって漢王朝の腐敗と無力さが露呈してしまったことが、此度の事に繋がっているのでしょうね…」

 

「それは…」

 

「私とて皇帝…王朝の無力が民を苦しめたとなれば、己を責めずにはいられないのです…黄巾党を名乗っていた者達も、もとはただ

 

 平和に暮らす民であったはず…彼らは王朝の腐敗の犠牲者です…もし償えるものなら、償いたい…でも、首謀者とされる者たちは

 

 既にこの世のものではない…」

 

才華(さいふぁ)様…」

 

董卓は黄巾党という組織の内情について、詳しい情報を得ている。中核となる部分は悪意が無く、首謀者とされる張三姉妹を支援し

 

護衛を進んで行う、追っかけ集団であった。しかしそれに便乗して暴動を起こす者が加わり、組織は肥大化。最終的には張三姉妹も

 

組織を制御できなくなっていったのである。

 

確かに、先々代皇帝・霊帝の時代から民は王朝の腐敗によって苦しんだ。それが黄巾の乱があそこまで大きなものとなった原因の

 

一端であることは間違いない。それがわかっているだけに、自らを責める劉協にかける言葉を、董卓は見出すことができなかった。

 

だが、もし彼女が黄巾党の首謀者に会いたいのなら、それはすぐにでも叶う。董卓はふた息ほど置いてから、話を切り出した。

 

「実は、つい一昨日のことですが、『天の御遣い』様が上洛してこられました」

 

「なんと!それは真ですか!?」

 

董卓の言葉に、落ち込んでいた劉協は飛びつくように反応した。急に語気が明るくなった劉協に少々面食らいながら、董卓は続ける。

 

「はい。実は、この反董卓連合の檄文…これは陶謙様の所に届いたものだそうなのですが、それをここまで持って来てくださり、

 

 私達に危機を伝えてくださったのが御遣い様方なのです。お二人は二月ほど前に平原を発ち、一度幽州に戻られてから、洛陽まで

 

 冀州、青州、兗州、徐州、豫州を通過して上洛してこられたそうです。…謁見なされますか?」

 

「ええ。と言いましても…もうすぐ夕刻ですし、今からでは流石にご迷惑でしょう。明日、早速謁見の場を設けましょう」

 

「仰せのままに…才華様、緊張されているのですか?肩が強張っておられるようですが…」

 

「緊張しないはずがないでしょう。天意の代弁者とも言うべき方々とお会いするのですよ?月は緊張しないのですか?」

 

「あのお二人の周りは常に笑顔が溢れています。上下の別の心得はお持ちでも、それを気にされるような方々ではありませんから…」

 

「月?まるで長いこと御遣い様方と触れ合っていたかのように言うのですね?」

 

「では、明日の謁見の前置きとして。不思議な物語をお話ししましょう…それはまるで、夢のような…本当に不思議な物語でした」

 

董卓は語り始める。『天の御遣い』と呼ばれ、数奇な運命を辿ったかの青年にまつわる、とても不思議な物語を。

 

それは、董卓自身の記憶でもあった―。

 

 

―月が昇りはじめる頃、董卓の語る、今この時に至るまでの物語は終わりを告げた。

 

「―なんという…なんという悲しい物語でしょうか…」

 

董卓が語り終え、最初に劉協が発したのは嗚咽交じりの言葉であった。個人名は出していないが、おおよその推測はできる。特に

 

董卓自身が辿った運命については。現在の情勢と照らし合わせて考えれば、容易にわかることである。そしてそれは、その物語が

 

紛れもない事実であったことを暗に示唆しており、董卓もそのつもりであった。

 

「あの方の生きていた世界は…平和そのものでした。戦争は遠く、人々は平和に暮らしていました…ですが、あの方は…」

 

「…そうであればなおのこと、私は御遣い様にお会いしなければなりません。そのような平和な暮らしを送っていた方がそうして

 

 乱世の大陸へと降り立たなければならなかったのは、漢王朝の不徳、つまり光武帝の末裔である私達の不徳が故でありましょう。

 

 私は真実を知らねばなりません。許されるのであれば、御遣い様にお訊ねしようと思います」

 

「…お訊ねになられるおつもりなら…御覚悟を」

 

「…どういう…事?」

 

いつになく強い語調で切られた董卓の言葉を不思議に思い、劉協は思わず聞き返す。すると、董卓はすっと鋭い視線を向けてきた。

 

「その真実を知れば…才華様もまた、後戻りできなくなってしまいます」

 

「…月?そなた、一体何を…?」

 

雰囲気までも変わった董卓に驚いたかのように、劉協は重ねて問いかける。董卓は一呼吸置くと、ただ静かに言葉を紡いだ。

 

「…世界の真理に触れれば、今までのようにはいられません。真理は、簡単に人の心を蝕むのです」

 

「真理…」

 

「はい…」

 

董卓は多くを語らなかった。しかしそれは、かえって劉協に事の重大性をまざまざと伝えることに成功していた。

 

雰囲気が暗くなってしまったので、董卓は話題を変えることにした。変えるというよりは脇道に逸れまくった話題を元に戻すだけの

 

ことではあったが、それを話そうと思ってから結構時間が経っているので、話題を変えるという表現で差し支えは無いだろう。

 

「そういえば、御遣い様からお願いされていたことがありました」

 

「お願い…ですか?」

 

「はい…才華様、黄巾党の首謀者…張三姉妹は、生きています」

 

「…!…そう、ですか…でもなぜそれを?」

 

「御遣い様方が上洛される道中、徐州にて保護することに成功したそうです…尤も、御遣い様方が事前に手を回されていたそうですが」

 

「手を回されていた?」

 

「…忌憚のない意見を申し上げますと、先程の物語の中での出来事を含め、曹操殿の勢力拡大を抑止するためです」

 

「曹操が…?」

 

「はい…あの方は良い為政者なのですが、同時に覇道を胸に秘めた野心家でもあります。そして…才華様の御前で、このようなことを

 

 申し上げるのはとても心苦しいのですが…あの方はいずれ国を興し、天下を収めようと動き出すでしょう。張三姉妹の保護は、その

 

 動きを遅らせる、或いは鈍らせるためのものです。黄巾党の残党兵は未だ活動しており、それらを手中に収めたい。そして彼女達の

 

 影響力を利用すれば、兵力を集めるのにも効率が良い…それを抑止するため、御遣い様方は張三姉妹を保護されたということです」

 

「…なんということ…」

 

劉協は頭を抱える。確かに、最早漢王朝の権威はほぼ完全に失墜していると言っていい。そうなれば、新たな国を興そうと動く諸侯も

 

当然出て来るであろうことはわかっていた。しかし、その方法が劉協にとってはよりにもよって、というものであることが、何よりも

 

劉協に衝撃を与えていた。そして、たとえこれを聞いて劉協が曹操を問いただすために洛陽に呼び寄せたとして、それは董卓が劉協を

 

いいように操っているということの根拠にされてしまうかもしれない…いや、十中八九そうなるであろう。そして、そうなった場合に

 

曹操を抑えるだけの力が果たして今の王朝にあるだろうか。連合を組まれてしまった以上、最早漢王朝は滅びるしかないのだろうか。

 

そこまで思い至った劉協だったが、しかし毅然とした表情で口を開く。

 

「…月、彼女達も謁見の場に呼ぶように」

 

たとえ王朝が滅びるとしても、後悔しないようにできる限りのことはやっておきたい。それが劉協の本心であった。

 

「はい。…それでは、失礼いたします…」

 

董卓も相国として、そして一人の友人としてそんな劉協の心中を察しているのであろう。特に確認をすることもなかった。

 

そして一礼し、劉協の私室から退出していこうとする董卓に、劉協は再び声をかけた。

 

「…月」

 

「どうなさいました?」

 

「そなたには…どこまでも苦労をかけますね。我が身の不徳、どうか許してほしい…」

 

「…才華様。私は苦労をしているとは思っておりません」

 

「え?」

 

「非才の身なれど、私が相国の任を拝命させていただいたのも、私がそうしたいと思ったからです。私はその苦労を誇りに思います」

 

「月…」

 

「…誇りさえあれば、人はどんなこともできるんです。御遣い様は、私にそう教えてくださいました」

 

「…そうですか…御遣い様は、私をも導いてくださるでしょうか」

 

「ふふっ…誰もがいつの間にか、その背中を追いかけてしまっているような御方です。きっと、才華様も…」

 

嬉しそうに話す董卓を前にして、劉協は思う。この淑やかで儚げな少女がここまではっきりと喜色を顕わにするとは、御遣いとは一体

 

どういう人物なのだろう。自分にさえ見せたことのない、喜色満面の笑顔だ。それに少しばかりの寂寥を感じつつも、劉協は御遣いとの

 

出会いに思いを馳せ、心が晴れやかになっていくのを感じていた。

 

 

□洛陽・とある宿屋

 

「―陛下に謁見する…それは本当なのですか、隊長!?」

 

「落ち着け、凪。大声を出していいような時間じゃない。それに、大声出したらいけない事案だろう」

 

「あ…申し訳ありません」

 

俺達はその後、宿屋に戻っていた。それからしばらくはいろいろと雑談をしたり、真桜に各種兵器の設計図を見せて検討したりなどで

 

夜まで過ごしていたが、月が昇ってしばらく経過した頃、俺が月に教えておいた忍者兵が、月の手で書かれた書簡を持ってきた。その

 

内容を見ると、明日にでも陛下への謁見が叶うとのことであった。

 

「わたしたちも行くんだよね…」

 

いつもは明るい天和も、書簡に書かれていた「あること」を聞いたためか、声が緊張してしまっていた。

 

「ああ。それも、陛下直々の命らしい」

 

そう。月からの書簡には、陛下が張三姉妹を呼び、話したいことがあるそうだということが書かれていたのである。黄巾党の首謀者と

 

されている人物達に、陛下から「来るように」との命が下るとは…何かあったのだろうか。経緯まで書かれていないので推測するより

 

他ないが、もし処刑をするつもりであればこの時点で捕縛のために董卓軍の兵なり禁軍の兵なりを派遣してきてもおかしくないはずだ。

 

陛下はどうやら、張三姉妹を処刑することは考えておられないようだ。

 

「天和や人和はまだいいかもしれないけど、地和は露出度が高いからなぁ」

 

俺が言っているのは服装のことだ。目下の懸念事項の中では比較的どうでもいいように思えるが、実は重大である。

 

陛下に謁見するのであれば、服装は大事である。天和はほとんど露出してないし、人和も控えめだ。ところが地和はそうはいかない。

 

一番露出度が高いため、さすがにその恰好で陛下に謁見するのは少々まずい。

 

「あ、そういえばちぃちゃんが少し肌寒い時に着る用の服があったよね。明日はそれを着てね、ちぃちゃん」

 

「流石にね~。陛下に御目通りするっていうのにこんな恰好じゃね。わかったわ」

 

「難儀なこっちゃなぁ」

 

「…真桜、お前も他人事じゃないぞ」

 

「え?ウチらも謁見するん?」

 

「場合によっては呼ぶかもしれない。灯里に残ってもらうから、連絡が来たら宮殿に来てくれ。もちろん、着替えてな」

 

「…それをウチに言うってことは…せやな。ウチも大概なカッコしとるしな」

 

そうだ。場合によっては皆を呼ばなければならないかもしれない。堅い服装の凪や、服の持ち合わせが多い沙和は問題ではないが、

 

真桜は特に上半身の露出度が高い。地和以上にまずい格好である。沙和あたりにコーディネートを頼めばいいだろうか。

 

「沙和、もしもに備えて真桜の服を身繕ってやってくれ。お前なら間違いない」

 

「了解なのー」

 

取り敢えず三羽烏はこれで解決した。後は…

 

「…私も服を変えた方がいいですよね…」

 

流琉である。真桜は露出度は高いが、そうまずい部分が露出しているわけではない。しかし流琉は、考えようによっては一行の中で

 

一番まずい格好をしているだろう。へそ出しはともかく、半○ツだしな…それはさすがにまず過ぎる。色々な意味で。

 

「沙和、流琉の服も頼めるか?」

 

「はーい、なの」

 

「予算がそこまであるわけじゃないからそこは考えてくれな」

 

「わかってるのー」

 

わかってなさそう。凪辺りに財布を握ってもらうか。

 

「…凪」

 

「…わかりました」

 

特に何も言わないうちに凪は承諾した。まあ沙和に関して何を頼みたいかくらい、付き合いの長い凪にはわかりきっているのだろう。

 

苦労人気質は相変わらずのようだ。なんだか安心してしまったが、財布の中身がそれで増えるわけでもないので、凪にはしっかりと

 

役目を果たしてもらわねばならない。

 

「…一刀様」

 

「ん?どうした朱里?」

 

「例の件をお話しするおつもりですか?」

 

「…ああ」

 

朱里が言いたいのは当然、俺の出自に関することだ。俺はこの『漢』という国と深い因縁がある。お袋は世祖・劉秀、ばあちゃんは

 

高祖・劉邦。この出自を明らかにする時が来たのだ。もちろんただで信じてもらえるとは思っていない。しかし、おそらく身分証明の

 

ために二人が俺に持たせたのであろう使途不明の鍵は、果たして使えるのだろうか。かつて二人がそれぞれ経験した外史に残した何か

 

証明になるような遺物は、それらの後の時代にあたるこの外史に引き継がれているのだろうか。貂蝉曰くこの外史は俺の想念の影響が

 

大きいらしいが、この外史そのものは俺が落ちる以前からあったらしいため、情報は残っているということらしい。それを信じるなら、

 

ばあちゃんやお袋が外史に残したものがあるならば、それはこの外史にずっと存在していたことになる。

 

一体、何が起きるのか…それはわからない。俺の出自を明らかにするということが、どのような意味を持つのかはわかっているつもり

 

ではあっても、実際の所は未知数だ。劉邦と劉秀、『漢』という国を興した二人の偉人の血を強くひく『天の御遣い』。物語中の登場

 

人物として各勢力に天命を齎したかもしれないが、最終的に天命があったのはやはりこの『漢』という国そのものなのだろうか。

 

確かめなければならない。俺の出自の証を。それはきっと、俺の疑問に一つの答えを出してくれるであろうから。

 

 

―翌日。

 

俺は朱里と張三姉妹を伴い、宮殿へと向かった。張三姉妹は露出を控えた服装を身に付け、俺と朱里は制服を着用している。目立つと

 

いけないので羽織で隠してはいるが。宮殿に入ったら羽織は脱ぐことにしている。

 

宮殿まで来ると、詠が出迎えに来てくれていた。

 

「おはよう、詠」

 

「おはよう。早速だけど、謁見の間に向かうわよ」

 

詠に先導され、謁見の間へと向かう。途中、侍女がせわしなく動いているところを何度か見た。詠曰く、劉協陛下は最近あまり表には

 

出てきておらず、謁見の間が開かれるのも久しぶりとのことであった。月は劉協の私室に出入りしているようで、何も健康を害しての

 

ことではないらしい。だが、俺達と同年代の少女が権力争いの末に帝位に就き、皇帝となったという事実が関係していることは、まず

 

間違いない。突然背負うことになった重責。最初のうちはその負荷に慣れるまでが大変なのである。

 

「あんた達の上着はこっちで預かっておくわ」

 

「頼む。…謁見の場には陛下の他には誰が?」

 

「月とボクが控えることになってるわ。本来なら他にいろいろ居るべきだったんだけど、権力争いの中でかなり死んでしまったから」

 

「君と月以外にはいないのか…」

 

「ええ…それに、あまり人を呼ぶなと陛下が仰っていたのよ。あんた達はともかく、天和達がいるから…」

 

「…なるほどね。でも禁軍のほうは…いや、禁軍は将が悉く行方不明になっていたんだったな」

 

権力争いの最中、禁軍を率いていた将はその悉くが消息を絶ってしまった。どこかにひっそりと投獄されたのか、殺されてしまったか、

 

はたまた逃げ延びて身を隠しているのか。史実と異なり董卓…月は専横を行っているわけではないため、恨まれる道理はない。忍者に

 

命じて長安の牢を探らせてみるか…一番怪しいからな。そんなことを考えているうちに、謁見の間に到着した。

 

「陛下はまだいらっしゃっていないと思うけど…今回の謁見は半ば非公式みたいなもので、あんた達の功績もあるから

 

 そう固い場にはしたくないとも仰っていたわ。そうでなくても、劉弁様も含めてお二人は形式ばったことがお嫌いなのよ」

 

「(…それはじいちゃんや親父の血…北郷家の血なのかもしれないな)」

 

俺も形式ばったことは苦手だ。じいちゃんや親父もそれは同じである。妙な所で血縁というものを感じてしまった。

 

―――

 

――

 

 

謁見の間に入ってしばらく。俺たち以外の人の気配が生じるのを感じた。間もなく、劉協が月を伴い玉座の前まで歩み、立ったまま

 

こちらに顔を向ける。月が声を発するよりも先に、俺達は自然と跪いていた。そうさせるだけのカリスマを、玉座の前に立つ少女に

 

感じることができたからだ。そうでなくても、こうしなければ不敬にあたるのだが。

 

「よい。面を上げなさい」

 

自然と出た口調というよりは、意識的に作った口調であるように聞こえた。劉協の言葉に従い、顔を上げる。

 

「遠路はるばるの上洛、ご苦労でありました。私が劉協です。『天の御遣い』よ、そなたらの勇名は私も耳にしています」

 

「はっ…身に余る光栄に御座います。私は北郷一刀…姓が北郷、名が一刀。国の風習の違いにより字と真名は持たぬ身です」

 

「私は北郷朱里と申します。姓が北郷、名が朱里。同じく字と真名を持ちません。此度拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に御座います」

 

「よいのです。そなたらとは一度会って話がしてみたいと常々思っていたが故、此度無理を言ってこの場を設けたのですから。

 

 それと、この場は半ば非公式のようなものです。故にそなたらもそのように固い態度をとる必要はない、楽にしてください」

 

「「はっ…」」

 

詠の言っていたことは本当のようだ。かといってあまり崩し過ぎるのもいけないので、俺達は少し崩す程度にした。

 

「そなたらと話したいことは沢山あります。ですが…その前に、やらねばならぬことがあります。…張三姉妹、ですね?」

 

「「「…はい…」」」

 

不意に呼ばれたので、三人とも肩をびくつかせたが、少しひねり出し気味の声で返事をした。

 

「…そなたらとも話さねばならぬと思っておりました。落命していたと聞いていましたが…生きていたようで幸いでしたね」

 

「…はい…でも、それは御遣い様の采配があってこそのものです。そうでなければ、わたしたちはあの場で命を落としたはずです」

 

天和が姉妹を代表して返答する。陛下の御前であるからか、普段のマイペースな口調ではない、固い口調だった。

 

「そなたが張角ですね?董卓より事情は聞いています。本来であれば御遣いを罰するところですが…今はそれに感謝しています」

 

「え…?」

 

「…黄巾の乱は、そなたらだけに責を求められるものではありません。そうした暴動の火種を燻らせたのは、他ならぬ漢王朝です。

 

 若輩者なれど、私も皇帝。王朝の罪は背負わねばなりませぬ。張角よ、黄巾党という組織の実態について、忌憚なく申しなさい」

 

「…はい。わたしたちは元々、貧しい旅芸人でした…ですが、陳留である一つの書を手に入れてから、すべては始まりました…」

 

そして天和の口から、黄巾党の真実が語られる。これについては月は劉協に説明していなかったようだ。劉協は口を挟むこともせず

 

天和の話を聞いていた。言葉から推察するに、劉協は俺の推測通り処刑をする気はないらしい。やがて天和の話が終わると、劉協は

 

静かに、天和のもとへと歩み寄り、屈んでその手を取った。

 

「へ、陛下…?」

 

「…火種は燻っていた…そなたらはそれらが大火に変わるきっかけとなっただけ…すべては王朝の不徳です」

 

「そんな…わたしたちが図に乗らなければ、あんなことにはならなかったはずなんです…その罪は、消えません…」

 

「…張角。そなたらの罪が消えぬのならば、王朝の罪も決して消えぬ。なればこそ私は、そなたらとこうして話しているのです」

 

「陛下…」

 

「そなたは立派です。今こうして、己の罪を隠すことなく私と向き合っている。確かに罪は消えません。ですが、償うこともまた

 

 何人にも開かれた道であるのです。そして、御遣いからその道を示され、そなたらはここまで来たのでしょう?そうであるなら

 

 私は、そなたらに生きて償う道を与えねばなりません。張角、張宝、張梁…そなたらばかりに罪を押し付けることはしません。

 

 私にはそなたらを罰する資格はない。これは私の願いです…生き続けなさい。命の灯が消えるまで。…辛い思いをさせましたね」

 

「…は、い…ありが、とう、ございます…う、うぅっ…うわぁぁぁぁああぁあっ…」

 

劉協の言葉を受け、天和はついに泣き出してしまった。このところマイペースさが鳴りを潜めていたのは、罪の意識故だったのだ。

 

その重圧から解き放たれ、ずっと溜め込んでいた感情が溢れ出してしまったのだろう。地和と人和も、深く頭を垂れたまま涙を零し、

 

肩を震わせている。劉協はそれを咎めることはせず、三姉妹が泣き止むまでずっと静かに天和の手を握っていた。

 

 

三姉妹は泣き止んだ後、謁見の間を退出することを許された。俺達の話が済むまでの間、別室で待つようにとのことである。

 

「…そなたらに感謝を。これで罪を償えたとは思いませんが…悔いが悔いのままに終わらなかったこと、感謝します」

 

「「はっ…」」

 

…劉協をどう納得させるかが課題だと思っていたが、思わぬ形でその懸念は無に帰した。

 

結果オーライと言えばそうなのだが、この事態は予想の斜め上過ぎて俺も朱里も面食らっていた。世の中、本当にわからないものだ。

 

「先ほどは張三姉妹の手前、少々堅苦しくなってしまいましたが…そなたらだけとなれば話は別です。どうか楽にしてください」

 

「…はい。して、陛下。私達にはどのようなお話を?」

 

俺が問うと、劉協はしばし考えている様子であったが、やがてゆっくりと目を閉じてからまたゆっくりと開き、話し始めた。

 

「そなたらの『事情』については月からおおよそのことは聞き及んでいます」

 

「…左様でしたか。ではそれについて、ですか?」

 

「…世界の真理について、そなたらに訊ねたいと思うのです」

 

…なるほど。おそらく月は俺達が辿った経緯の大まかな部分を月の視点から再構築した話を劉協に語ったのだろう。であるならば、

 

『外史』の簡単な概要についても聞いているはずだ。俺達は月に説明したし、俺達の物語を語る上でそれは絶対に外せない、謂わば

 

キーワード。どのあたりまで話したのかはわからないから、多少かぶることは承知の上で話を進めるか。俺は朱里に目配せする。

 

「…承知しました。では始めましょう。まず、私達『天の御遣い』の本来の使命についての話から…」

 

果たして朱里は俺の意図を正確に汲み、話し始めた―

 

―――

 

――

 

 

「―なんということ…」

 

劉協は言葉を失っていた。

 

さすがに時間がかかってしまった。月が予備知識を劉協に教えていたことはプラスに働いたが、それでもだ…無限の輪廻に囚われて

 

何千何万もの外史を繰り返してきた俺達が持つ情報は膨大だ。『規定』が存在するため、俺の所属勢力が同じである場合はそれほど

 

情報に差異は無いものの、『始まりの外史』と『閉じた輪廻の外史』、『前回』と『それまで』では決定的な違いがある。それを、

 

わかりやすいように噛み砕いて説明するのは骨が折れた。昨日も思ったが、やはり俺は教師には向いていないらしい。

 

「これが『外史』の真実です…無限に繰り返されてきた、無意味な輪廻の物語…まったく意味が無いわけではありませんが、しかし

 

 どれほどそこに生きた者達が懸命であろうと、『物語』からは逃れることはできませんでした。かくいう私も、かつては外史にて

 

 生を受けた者…『天の御遣い』と呼ばれるようになったのは、『今回』になってからです」

 

「…そなたはどちらの生まれなのです?」

 

「徐州・琅邪郡です…幼い頃に両親を亡くした私は、親戚中をたらいまわしにされ、結局私は荊州にある水鏡塾に預けられました。

 

 そこで政治や算術、軍略を学んでいたのですが、乱世となった大陸に『天の御遣い』が降り立ったと聞き、善政の噂を耳にして、

 

 私は軍師として一刀様に出仕することを決め、そうして私達は出会いました」

 

「そうでしたか…では『正史』について、もう一つだけお教え願えますか?」

 

かなり無理をしているようだが、劉協は気丈な態度を崩さなかった。朱里の眉がやや下がる。ここでは皇帝の手前、仮面は付けて

 

いない。故に朱里の表情はよくわかる。ここまでのことを明かしては、普通ではいられない。ましてこれまでの物語では表舞台に

 

出てこなかった劉協の気丈な態度に、ある種の物悲しさを覚えているのだろう。

 

「なんでしょう?」

 

「…外史は正史と大きく異なるとはいえ、ある程度は正史に沿うのでしたよね?」

 

「はい…」

 

「…この漢という国が亡びるのは、決定的なものでしょうか?」

 

…先程の天和達との会話を考えると、劉協は「王朝の罪」を強調していた。それはつまり、後漢王朝が腐りきってしまったが故の

 

数々の不徳を悔いているからだろう。そして諸侯が連合を組んだ今、最早漢王朝は存続できないと、滅びを予感しているのか。

 

「…はい。いくら『今回』の外史が規定に強く縛られない外史であるとはいえ、起こるべき事象は避けられません。敢えて忌憚なく

 

 申し上げます。この後漢王朝は…どうあがいても滅びの定めからは逃れられません…どのような形で滅びるのかは変えられるかも

 

 しれません。ですが、正史における群雄割拠の始まりとなった反董卓連合の物語がここで再現されてしまった以上、滅びることは

 

 避け得ない未来でしょう…付け加えるなら、後漢王朝最後の皇帝は、献帝…つまりあなたです、劉協様…」

 

「…そう、ですか…」

 

なんとか返答はしたものの、やはり滅びることを面と向かって宣告されてはさすがに気丈な態度をとり続けることはできなかったのか、

 

劉協は玉座に至るまでの階段までふらふらと歩き、階段に座り込んでしまった。

 

「…よもやそこまでとは思いませんでした…月の警告は真のものでしたね…」

 

「警告?」

 

「はい…『それを知ればもう後戻りはできない』と。そして、『真理は簡単に人の心を蝕む』とも…」

 

「…左様でしたか。ですが、先程も申しあげましたように、私達の真の使命とは、外史の崩壊を阻止する事です」

 

「…」

 

「なぜ外史が崩壊するのか、その理由は今もって不明な点が多いのですが…間違っても、王朝にその原因を求めることはできません」

 

決して乱世が御遣いを呼ぶのではない。外史が崩壊しかけた時に呼ばれるのが御遣いであり、間違っても乱世が原因なのではない。

 

確かにじいちゃんや親父が外史に落ちた時も乱世ではあった。そういう意味では乱世になると御遣いが現れるという解釈は間違いでは

 

ない。なぜそうなったのかはよくわからないが、乱世を狙ったかのように御遣いが外史に落ちるのは、そういう乱世にあっては想念の

 

エネルギーが極限まで高まり、外史が不安定化してしまうからなのであろう。俺達はおそらく、外史が正史にて『肯定』されるまでの

 

暫定的な対処療法に過ぎないということなのかもしれない。

 

「…では、王朝の不徳が故の乱世が、『天の御遣い』を呼び寄せる所以なのではないと?」

 

劉協は朱里に問う。しかし朱里はどういうわけか、そこで首を横に振ってしまった…ああ、なるほど。朱里はそういうつもりか。

 

「それは間違いないでしょう。ですが…残念ながら、事はそう単純ではないのです」

 

 

「単純ではない…どういうことです?」

 

「はい。話は高祖・劉邦が前漢を、世祖・光武帝がこの後漢を築き上げた時代にまで遡ります」

 

「それは…」

 

「端的にご説明しますと、そのどちらも乱世でした。そして、私達は『前回』の外史を脱し天界へと帰り、そこで一年程はただ平和に

 

 過ごしていたのですが…外史が再び新生を果たしたと聞き、再び外史へと赴かなければならないということを家族に伝えたところ、

 

 想像だにしなかったことがわかったのです…高祖も、光武帝も、そのどちらもが『天の御遣い』を戦友として戦っていたことを」

 

「「「!?」」」

 

これには劉協は当然のこと、月も詠も驚愕していた。これについては今まで誰にも話したことが無いのだから当然だろうが。

 

「この外史は一刀様の想念の影響により、正史とは流れが異なる部分や、正史でいるはずの人間がいなかったり、所属している勢力が

 

 違っていたりと様々だとは申し上げました。ですが、この外史は一刀様の想念で作られたわけではなく、それ以前からも存在しては

 

 いたのです。黄巾の乱が始まる以前を起点、大陸に平和が戻った時を終点として歴史が繰り返されていた、というのが外史の輪廻の

 

 真相です。故に、終点以降の『未来』はこれまで紡がれませんでしたが…『過去』はあったのです」

 

「…そなたの申したいことは理解しました。本題に入ってほしいのですが…」

 

「はっ。では本題に入らせていただきます…一刀様、例の物を劉協様に」

 

朱里の言葉に頷きを返し、俺は懐からあの『使途不明の鍵』を取り出す。俺が何かを取り出すのを見て、劉協は俺に手招きをしてきた。

 

直々のお許しが出たので、俺は劉協に歩み寄る。朱里もついてきた。月や詠もこちらにやってくる。俺が近くまで行くと劉協はすっと

 

立ち上がる。そこで俺は二息ほど置いてから、覚悟を決めて切り出した。

 

「…陛下、この鍵について何かをご存知ですか?」

 

言いながら、俺は鍵を劉協に差し出す。劉協は鍵を受け取り、彼女の手の中にある鍵を見た途端、息を呑んで口を空いた手で覆う。

 

月や詠は純粋に「なんだろう?」といった表情だが、それだけに劉協の驚いた様子は際立っていた。やはり何かを知っているのだ。

 

「…そなた、これをどこで…!?」

 

唇をわなわなと震わせながら、劉協はそう問うてきた。やはり、彼女は知っていたか。

 

「…やはりご存じなのですね。これは我が母より預かった、使途不明の鍵です」

 

「そんな…そんなはずは…でも、これを持っているということは…!」

 

一気に取り乱す劉協。その様子を見て、月がおずおずと劉協に訊ねる。

 

「陛下、この鍵がどういったものなのかご存じなのですか?」

 

「…」

 

劉協はその問いに答えなかった。いや、驚きのあまり答えることができなかったというのが正しいだろう。暫くの間は無言の時間が

 

続いたが、やがて劉協は落ち着きを取り戻してきたのか、おもむろに首の後ろに手を回し、首飾りらしき何かを外した。劉協の首に

 

かかっていたそれは至ってシンプルなデザインで、装飾用とは思えないものであった。

 

「…これを」

 

そう言って、劉協はこちらにそれを差し出してきた。彼女の手の中の「それ」は…おい、マジかよ。

 

「これは!?」

 

「どういうことです、陛下!?なぜ陛下が一刀と同じ鍵を…!?」

 

「…光武帝の時代より、歴代皇帝が継承してきたものです。伝承によれば雌雄一対の鍵であり、これは雄の鍵なのだそうです。

 

 雌は明帝の時代までには既に失われていたらしく、歴代の皇帝はこの宮殿の深奥にある封印殿を開くことはできませんでした。

 

 その封印殿には光武帝の最後の遺産が眠っているという伝承です…ですが、これがあれば封印殿の扉を開くことができます…。

 

 二人とも同姓なので名で呼びますが、一刀…そなたは後漢王朝の成立にも関わっていたのですね」

 

「…いえ。後漢王朝の成立に関わっていたのは父です。同様に、前漢を興した劉邦の戦友であったのは、祖父でした」

 

「なんと…親子三代にわたり、そのようなことが…この外史における『漢』の歴史の裏にはそなたの一族が居たのですね」

 

「結果的にはそうなります」

 

…さて、そこまで言ったところで、いよいよもって本題にかかるか。

 

「…朱里がこの外史の出身者であるとはお話いたしましたよね?」

 

「ええ…それがどうしたのですか?」

 

「…砕けた口調で申し訳ないのですが、俺の祖母と母は外史の出身者なのです」

 

「構いませぬ。しかし…そうでしたか。そなたのご家族にも外史の出身者が…」

 

「はい。そして、なぜ俺が『天の御遣い』として呼ばれたのか。それは管理者により外史救済の切り札として選ばれたからですが、

 

 外史に来てから思索を重ね、もう一つの推論を得ることができました。我が北郷家と、劉一族の間にある驚くべき因縁が、その

 

 理由なのではないかと…」

 

「それは、劉邦や劉秀といった、『漢』という国を興した方々の戦友であった、ということですか?」

 

「いえ………我が母のかつての名は…劉秀、字は文叔。つまり、この後漢王朝を興した世祖・光武帝その人です」

 

「「「!!??」」」

 

時間が止まったように感じた。俺はさらに続ける。

 

「また、祖母のかつての名は劉邦、字は季。前漢王朝を興した高祖・劉邦その人です」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、一刀!それじゃあ、どうして明帝が生まれたの!?」

 

「…それについては何も言っていなかったが、おそらく…王朝成立後しばらくはいたらしいから、その時に儲けたんじゃないかと

 

 思う。そうなると、俺には兄弟姉妹が幾人もいたことになる。外史の歴史が続いている以上、子を外史に残して天界に来たとしか

 

 考えられないかな…だけど、管理者もそう言っていたから紛れもない事実だろう。劉邦についても同じことが言えるはずだ」

 

世界の真実を知った時以上の衝撃が、三人に走る。それはそうだ。『漢』という国の歴史を根底からひっくり返しかねない事実が、

 

よりにもよってな相手から提示されたのだから。俺だってこのことを明かすのにはかなり迷ったさ。それでもこれを明かしたのは、

 

こうして劉協と謁見し、今後の事を考えていくうえで重要だと判断したからだ。相手は皇帝だ。生半なことでは動かない。それを

 

考えると、俺達の虚名だけではない、何か強烈なものが必要となる。それが、これであったというだけだ。

 

 

その後は長い沈黙が続いたが、やがて劉協が鍵を俺に返しながら、言った。

 

「…一刀、封印殿へ参りましょう。こうして今この時に二つの鍵が揃ったのも、何かの因縁を感じずにはいられません」

 

「封印殿…ですか」

 

「ええ…歴代の皇帝が開こうとして開けなかった扉を、開く時が来たということなのでしょう。月、詠。そなたらも来なさい」

 

「「はっ…」」

 

「朱里、そなたにも来てほしい」

 

「はい」

 

俺達は一度謁見の間を後にすると、劉協の案内に従い、宮殿の深奥へと向かった。

 

―――

 

――

 

 

宮殿の深奥は、暗く冷たい場所だった。途中で調達した燭台に火を灯し、燭台を持った月を先頭に暗い廊下を進む。

 

やがて、俺達は目的の場所に辿り着いた。鉄の扉だ。これは簡単には開きそうにない。壊す事も出来なさそうだ。しかも妙に

 

新しい。錆びていたりどこか欠けているとかそういった様子もなく、非常に滑らかだ。錆びてもいないのは妙だな…?

 

「ここが封印殿…光武帝の最後の遺産が眠る場所だと伝えられています」

 

燭台の灯りに照らされて浮かび上がる扉から目を離さないまま、劉協はそう言った。早速、俺と劉協は示し合わせたように鍵穴を

 

探し、二つの鍵穴を見つけてそれに鍵を差し込み、回した―が、回らない。何度か試したが、それでも鍵は回らない。

 

「これほど真新しく見える扉なのに、鍵穴だけ錆びているのでしょうか…」

 

俺は扉に触れてみる。途端、胸元に温度を感じた。取り出してみると、『思抱石』が輝きを放っている。

 

「それは?」

 

「これは『思抱石』。幽州では御守りに用いる石なのですが、これは外史に渦巻く想念の一部が結晶化したものです」

 

「なんと…不思議な石ですね」

 

『思抱石』が反応したということは、これは物理的な手段だけではなく、他の何らかの手段も併用して二重の封印がされていると

 

いうことなのかもしれない。考えられるとすれば妖術や道術等の呪術的手段…封印系の術が存在しても全くおかしなことではない。

 

だがそうなると、俺達は完全な門外漢だ。思い出したくないが、于吉でもいれば何かわかったかもしれないな。あいつ専門家だし。

 

―いや、妖術について詳しい人間ならいるじゃないか。

 

「…詠、頼みたいことがある」

 

「なに?」

 

「地和をここに連れてきてくれ」

 

「は?地和を?どうして?」

 

「これは何かしらの呪術的手段によって封印が施されている可能性が高い。『思抱石』は妖力とかそういったものにも反応する。

 

 あいつは妖術に関しては飛びぬけてるからな。何かわかるかもしれないから、連れてきてほしいんだ。陛下、よろしいですか?」

 

「構いませぬ。寧ろ私からもお願いします、詠」

 

「…仰せのままに。では、燭台を一つ借りていきます」

 

そう言って、詠は来た道を一人で戻っていく。調達した燭台は二つ、そしてここに残ったのは一つだが、今は『思抱石』が光源に

 

なっているので問題はないだろう。燭台だけの時よりも明るいからだ。

 

しばらくして、詠が地和を伴って戻ってくる。急に呼び出されたので、地和は何事かという顔をしていた。

 

「一体何なの、一刀?」

 

「ああ。ちぃ、まずはこの扉に触れてみてほしい」

 

「え?あ、うん、わかったわ………これって………妖術?」

 

さすが地和。すぐに気付いたようだ。張三姉妹は全員が妖術を使えるものの、地和は特に使いこなしているから、才能があるのだ。

 

「やはり、妖術か?」

 

「ええ…封印術ね。これっていつごろに作られた扉?」

 

「光武帝の時代だ」

 

「そんなに昔の…ならやっぱり封印術よ。封印術はその名の通り扉とか物を封印するときに使うんだけど、もう一つの効果があって、

 

 物の状態を封印することができるの。だからこんなに真新しいのよ…光武帝の時代のものなら、錆びだらけでボロボロのはずだし」

 

「なるほどな…解除はできるか?」

 

「…駄目。あたしの妖力じゃ足りない。相当強力な術者が術を施したのね…とてもじゃないけど、あたしじゃ無理よ」

 

「そうか…」

 

「あと、一つ言っとくけど、封印術で封じられた扉とか物を壊すことはできないから」

 

「…やれやれ」

 

物理的な破壊も通じないのか…地和の妖力はかなり強かったはずだから、それでも駄目となると………ん?

 

「…閃いた」

 

「解決方法が見つかったのですか、一刀?」

 

「ええまあ、しかし駄目もとですが…地和、『思抱石』の御守りは持っているな?」

 

「え?ええ、持ってるけど…まさか一刀、それって…」

 

「そうだ。『思抱石』を介して君の妖力を増幅し、術の解除を試みる」

 

「…なるほどね。わかった、やってみる」

 

そう言って、地和は胸元から御守りを取り出すと、それを左手で握りしめ、右手で扉に触れ、何かを唱え始めた。石が輝く。

 

ややあって、扉が淡く光りはじめ―地和が手を放すと同時、光は収まった。振り返った地和の顔は、笑顔だ。成功したのだろう。

 

「上手くいったわ。これで開くはずよ」

 

「助かった。さて…陛下。よろしいですか?」

 

「ええ…では、開きましょう」

 

俺と劉協は再び、鍵穴に鍵を差し込む。そして同時に、鍵を回した。

 

 

重低音を響かせ、扉が開く。そして開かれた封印殿の中を照らし、確かめる。すると、そこには一通の書簡と共に二振りの剣が

 

鞘に収められた状態で安置されていた。見たところ、結構な長剣だ。扱うにはそれなりの身長が要求されるだろう。

 

「…剣と…書簡、ですね」

 

「これが光武帝の最後の遺産…陛下、僭越ながら書簡の中身を確認させていただいてもよろしいですか?」

 

「ええ。お願いします、朱里」

 

朱里は自分の『思抱石』の御守りに氣を流し、光らせながら書簡を読もうとした―が、すぐに顔を上げた。

 

「…一刀様、これはこの大陸の人には読めないものです」

 

「どういうことだ?」

 

「だって…この書簡、日本語で書かれていますから」

 

「なに?」

 

俺は朱里の手元の書簡を覗き込む。確かに日本語だ。これでは漢人には読めない。日本語を知っている月や詠ら『超越者』なら

 

読めるだろうが、普通の漢人には無理だ。ここは暗いし、謁見の間に戻ってから見た方がいいだろう。

 

「日本語?それは何ですか?」

 

「俺達の国の言葉です。これでは陛下は読めませんね…月や詠は日本語を知っていますから、読めるでしょうけど」

 

「そうですか…なら、詠。この書簡を持ちなさい。私達は謁見の間にてあの二振りの剣を検めます。そなたは書簡の翻訳を至急に」

 

「はっ」

 

俺達は剣と書簡を回収し、再び封印殿に鍵をかけると、その場を後にした。

 

―――

 

――

 

 

そして、謁見の間に戻ってきた俺達は、剣を検めていた。鍔と柄、そして刀身で十字を象ったかのような美しい剣だ。装飾はあまり

 

されておらず、宝石すら付いていない。だが間違いなく宝剣だろう。封印術による状態封印が施されているため錆びていないのだと、

 

解析した地和の言から判明している。剣の銘はわからないが…赤っぽい輝きを放つ剣と、青っぽい輝きを放つ剣。それは俺と劉協が

 

それぞれ持っていた鍵に嵌め込まれた宝石に対応している。これらも雌雄一対なのだろう。

 

「美しい剣ですね…飾り気は無いですが、それ故に際立つ輝きがある…」

 

「きっと、これらも雌雄一対の剣のはずです。鍵の宝石の色に対応していますから」

 

「なるほど。確かにこの鍵は雌雄一対の鍵。なれば、それによって封じられていたこれらもまた…ということですね」

 

劉協はそれぞれの剣を手に取り、じっくりと眺めている。劉協は同年代の少女と比べれば身長は高い方だろうと思う。ちょうど桃香と

 

同じくらいか。劉協が持つのであれば、それは手に馴染むだろう。それにしても随分長いが。桃香の『靖王伝家』よりずっと長い。

 

そんなこんなで話していると、翻訳が終わったようで詠がやって来た。原本と、訳文を記した紙の二つを持っている。

 

「陛下、書簡の翻訳が終わりました。こちらにございます」

 

「ありがとう」

 

劉協は詠から訳文を受け取ると、それに目を通す。俺達は既に内容を承知しているし、翻訳を担当した以上は詠も内容を検めている。

 

時折、傍らの月と小声で何かやりとりをしながら訳文を読んでいた劉協だったが、やがて訳文を畳み、月に預けてから口を開いた。

 

「この一対の宝剣は『太平十字』というそうです。赤い方が陽、青い方が陰。かつて光武帝の時代に降り立った『天の御遣い』の

 

 旗印…十文字にあやかり、十字を象った剣なのだそうです。して、一刀。そなたの父の名は…北郷貴刀、で間違いないですね?」

 

「はい。我が父の名は北郷貴刀。間違いはありません」

 

「十文字については?」

 

「北郷家はかつて武家…武人の家系でした。十文字は俺の先祖が用いていた旗印です。俺と朱里も十文字を旗印としています」

 

「…月、一刀の言は真ですね?」

 

「はい。私は天界に行ってから、北郷家の皆さんには大変お世話になりましたから。よく覚えています」

 

「そう、ですか…」

 

目を閉じ、胸を両手で抑える劉協。まるで何かの葛藤を抑え込むかのようだ。

 

「え、え?なに、一体どういう事?なんでここで一刀のお父さんの話が出て来るの?」

 

宝剣を解析するためこの場にいることを劉協から許されていた地和ではあったが、それでも蚊帳の外だったので混乱していた。

 

しばしの沈黙。そして…その沈黙を破ったのは、劉協の行動だった。急に俺に歩み寄って来たかと思うと、俺の手を取ったのだ。

 

その行動そのものはさっき天和にも同じことをしていたので別段驚かなかったのだが…なんと、そのまま頭を垂れたのだ。

 

「へ、陛下!?お顔をお上げください!」

 

「それは聞けませぬ…北郷一刀様、あなたのご出自を知った今、私はあなたの前で皇帝として振る舞うことはできません」

 

「陛下…」

 

「異なる世界にて生を受けた、世祖・光武帝の子…それがあなたなのですね」

 

「…はい。その言に偽りは一切ありません。我が母は劉秀…光武帝です」

 

劉協の言葉に、俺は頷きを返す。そこで今まで蚊帳の外だった地和が素っ頓狂な声をあげる。

 

「えええっ!?一刀、あんたのお母さんって…光武帝ってどういう事!?」

 

「…俺の親父も祖父も『天の御遣い』だった。そして母と祖母は外史の出身者。それだけで説明はつくだろう?」

 

「いやいやいや!つかないでしょ!というかそれだけじゃ済まないわよ!歴史がひっくり返る大事件よ!?」

 

「私も驚きましたが、これは全て事実なのです。その証明が書簡に記されていました。月、翻訳文を張宝に」

 

劉協の言葉を受け、月が地和に翻訳文を渡す。地和はまるで訳文に穴を開けようとしているかのように、鋭い目でそれを読んで

 

いたが…ややあってそれを月に返し、放心気味のまま、やっとという調子で言葉を紡ぎだした。

 

 

「…ウソでしょ…一刀が、光武帝の子、って…」

 

「それだけじゃない…俺の祖母は高祖・劉邦だ」

 

「うぇえええええっ!?え、ええ、ちょ、ちょっと待って。あんた正気!?」

 

「至って正気だ」

 

「うううぅぅぅう~~~っ……………ま、一刀だもんね。色々すごいことやってのけたし、納得はできるわね」

 

一周回って吹っ切れたな。或いはもう考えるのを放棄したか。

 

そりゃ、そんなことを言われれば地和どころか…各勢力の面々が揃って暴走する蒸気機関車と化してしまうだろう。

 

月や詠も落ち着かないといった様子ではあるが、頭から湯気は出ていない。

 

…あの二人のことも付け加えておくか。

 

「それと、陛下。もう一つ重要なことが。祖父は劉邦の他に二人を天界へと伴って帰ってきたのです」

 

「その二人とは?」

 

「一人は劉邦に仕えた軍師・張子房。もう一人は…劉邦と敵対した西楚覇王・項羽です」

 

「な!?」

 

「な、ななななななっ!?それ本当なの、朱里!?」

 

「はい、本当です。この外史に戻ってくる前に、私達は張子房からは軍略を、項羽からは武術を学びました。

 

 私達の強さや智謀はこのお二人に教えられたことでより高みに至り、こうして今まで戦ってくることができました」

 

「へぅ………ご主人様や朱里ちゃんの強さや智謀はそこから来ていたんですね…」

 

詠もついに処理能力が限界を迎えたようだ。頭から湯気が出ているように見える。月はそこまで行っていないが、顔は真っ赤だ。

 

「…月、そなたの軍の将を全員、呼び集めなさい。もし御遣い様が他に誰かを伴って洛陽に来ているのであれば、その者達も。

 

 張宝よ、そなたにも頼みがあります。そなたの姉妹…張角と張梁をここに呼びなさい」

 

「「は、はい!」」

 

ほとんど転がるようにして、月と地和は謁見の間を退出していった。

 

―――

 

――

 

 

―半刻後。董卓軍の武将・軍師全員と、俺達一行…宿屋で留守番していた灯里、流琉、三羽烏。そして地和が天和と人和を連れて

 

来たので、これで勢揃いだ。沙和は上手くやってくれたようで、流琉と真桜はいつもとは違う露出の少ない服に着替えている。

 

「皆の者、急なことで困惑しているとは思うが、先ずは一つ、聞いてもらいたいことがある。固い場ではない故、楽にしなさい」

 

そう言って、劉協はあの一対の剣と書簡(原本と訳文両方)を皆に示した。

 

「…綺麗…」

 

「ホンマ綺麗な剣やなぁ…陛下、これを一体どこで?」

 

「これはこの宮殿の深奥にある、封印殿に収められていた品です。銘を『太平十字』…光武帝の最後の遺産です」

 

「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」

 

「…張宝の助力により封印を解くことに成功しました。歴代の皇帝では解けなかったのです。張宝によれば、封印術なる妖術が

 

 施されており、封印殿は鍵だけでは開けられず、またこの剣も封印術の副次的作用により、錆びずに美しい姿を保っています」

 

「なんと…それは真ですか、陛下?」

 

「確かな事実ですよ、華雄。陰陽一対の宝剣であり…かつて光武帝の時代に『天の御遣い』が降り立った証でもあります」

 

劉協の言葉に、先程と同じく全員が驚く。さっきまで謁見の間にいた面々は別として。

 

「『天の御遣い』は光武帝の時代にも降り立ったと…!?」

 

「そなたは?」

 

「…は!申し遅れました、私は徐庶、字を元直と申します」

 

「では徐庶、あなたの問いに答えましょう。この書簡に、そう記されていたのですよ」

 

そう言って劉協は灯里に書簡を手渡すが、原本だったので当然ながら灯里には読めない。

 

「…あの、これはどのようなことが書いてあるのでしょうか…」

 

「…ふふっ、ごめんなさい。少々悪ふざけをしてしまいました。では張遼、徐庶より受け取って読んでみなさい」

 

「はい。…ウチには読めるなぁ。一刀、これ日本語やろ?」

 

「ああ。さすが『超越者』。覚えていたか」

 

「天界で生活していくための言葉やったんや。しっかり覚えとるで。さて内容は………なんやて!?」

 

「………これ………」

 

書簡を読み、その内容をはっきりと読んだらしい霞が素っ頓狂な声をあげる。何度も目を擦って見直すが、事実は字としてそこに

 

存在していた。恋も横から覗き込んで、感情の起伏が少ない顔に驚愕の表情を浮かべている。他の面々は何なのかわからないので

 

二人の反応を訝しんでいたが、詠が訳文を渡したのでそれに目を通す…ややあって、一斉に俺の方を見た。何が何でも説明をとの

 

顔だな。そりゃそうだ。地和が言ったように、歴史を根底からひっくり返すような事だからだ。

 

だから俺も言葉を選ぶことを考えたが…結局、シンプルなのしか考え付かなかった。なのでそのまま言うことにする。

 

「…そうだ、皆…北郷貴刀は、俺の…親父だ」

 

俺はそう、淡々と告げるのだった。

 

 

「で、では…隊長は光武帝の実の子ということに…!?」

 

「そうなる。なあ、霞?」

 

「…ウチに振るなや。まあ、一刀の親父さんが貴刀っちゅう名前なんはホンマやで。ウチもよう世話になっとったからな」

 

「(コクコク)」

 

…恋が溜めを作らずに反応している。相当驚いているようだ。

 

「あ…ああ…で、では、ねね達は、今まで…」

 

「…こらアカンわ。ウチら、とんでもない御人にとんでもないことしとった…」

 

「…そのようなことが…いや、疑うことはできぬな」

 

「…ご主人様…」

 

「一刀さん…いえ、でも…考えてみれば納得はいく…」

 

「兄様…そんな…」

 

「たいちょー…隊長はとんでもない人だったの…」

 

「一刀…」

 

「…一刀さんが、光武帝の子…」

 

各人がそれぞれの反応を示す。その驚きの熱も冷めない内に、劉協はさらなる事実を明かす。

 

「それだけではありません。この方の祖父上は高祖・劉邦の時代に降り立った御遣いであり…祖母上は、劉邦その人だそうです」

 

「な、なななななんですとーっ!?」

 

「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」

 

今度は音々音が素っ頓狂な声をあげるが、その他の面々は驚ききって黙ってしまった。しかし揃ってアホ面である。しかもその

 

状態で石像のように固まってしまっているという、非常に面白い光景が謁見の間に生まれていた。その石像状態を最初に脱して

 

言葉を発したのは、三羽烏だった。

 

「…けど、よう考えたらなんや、納得できるなぁ」

 

「そうなのー。隊長はいつの間にか、あの華琳さまでさえ引っ張っちゃってたの」

 

「それもそうだな…隊長は警備隊を率いる将だったが、それ以上の存在感があった」

 

…あー、そういえばそうだったな。華琳のやつ、今にして思えばなんだかんだで俺に影響受けてた部分があったように思うな。

 

「…でも、兄様はきっとそういう生まれは関係なしに、周りの人を引っ張って行っちゃう人なんですよ」

 

「…そうね。一刀さんについては、それを追求することにあまり意味はないかもしれないわね」

 

流琉や灯里も回復した。次いで天和と人和も頭をぶんぶんと振って石像状態を脱する。

 

「一刀ってすごい人だったんだねー」

 

「ええ…色んな意味で凄い人だとは思ってたけど…まさか生まれまで凄いなんて思ってなかった」

 

それはそうだ。俺だって自身の出自を知るまでは、自分は一般庶民だという認識だったのだ。今でもそれは変わっていないが、

 

この事実が明らかになってしまった以上、一般庶民ではいられない…もう既に色んな意味で一般人ではないがな。

 

「…あなたは…よく慕われているのですね」

 

「まあ、腐れ縁みたいなものですから」

 

「しかし…なるほど。月が言っていたことがようやくわかりました。あなたには確かに、皆を自然に引っ張っていく力がある。

 

 まだあなたと出会って間もない私でもそれがわかるのですから…あなたはきっと君主として非凡なのでありましょう」

 

そう言って、劉協は屈託のない笑みを浮かべた。

 

―――

 

――

 

 

「―さて。ここで一つ、やらねばならぬことがありますね」

 

不意に劉協はそう口にし、少々騒がしくなった場を締めるために手を軽く叩く。皆が静かになったところで、彼女は話し出した。

 

「最早王朝の滅びは避けられぬ。ですがその終わりをどのようにして迎えるのかは、変えることができるのです。無用な争いは

 

 避けたい、しかし私がここで連合の前に姿を現せば、董卓がさらに諸侯に敵視されることになります。そして、洛陽の現状を

 

 見たとして、最早諸侯が止まることはないでしょう…起こるべき事象の発生は、防げないのですから」

 

劉協の言葉を、全員が神妙な面持ちで受ける。

 

「なればこそ、そなたらに頼みたいのです。連合と戦い…そして、一度長安まで退くのです」

 

「陛下は?」

 

「私はここに残り…諸侯に沙汰を下します」

 

「…では、私に一つ策があります」

 

「なんと…この僅かな間に策を。それはどのようなものなのです?」

 

すると朱里はいきなり劉協の傍らまで歩み寄り、内緒話でもするかのような様子で話し始めた。

 

「ちょっと…話しにくいことなので。失礼します…ゴニョゴニョゴニョ…というわけです」

 

「…なんと。しかし私も皇帝、その程度の腹芸はやってみせましょう」

 

そう言って、劉協は今までのイメージを覆すような獰猛な笑みを浮かべる。どうやら割と気性は激しい方らしい。

 

この時はそのまま解散となったが、後で朱里に訊いたところ、俺は思わず「うわ~」と仰け反ってしまいそうになった。

 

それほど、朱里の献策はあくどいものだったのだ。奇策と言ってもいい。正史の諸葛亮はあまり奇策を用いなかったというが、

 

この朱里はその枠から外れているので、奇策をも用いる。しかし忘れていた。朱里は確かに諸葛亮だったのだ。最早大陸中に

 

朱里が張り巡らした罠が諸侯を待ち受けている。そして、それが発動するのはもうすぐであろう。今までやってきたことが、

 

有形無形の罠となって諸侯を襲うだろう。

 

…諸侯よ、今一度立ち止まって考えろ。これは孔明の罠だ。

 

 

―その後、皆が退出した後、月と詠、俺と朱里、そして劉協が謁見の間に残った。

 

「驚きの連続でした…よもや、光武帝の嫡子に出会えるとは思ってもみませんでしたから」

 

「事実は小説より奇なり、と申します。世の中、我々の想像を超えることが数多あるのです」

 

「確かにそうですね。その言葉を、今日ほど身に染みて感じた日はありません」

 

俺達はもう気楽な調子で劉協と会話をしていた。劉協の方もそれを咎めるつもりが無いどころか、俺達の気楽さを喜ぶように

 

言葉を弾ませている。おかげで月や詠も口が滑らかになり、謁見の間という堅苦しい場になんとも緩い空気が流れていた。

 

「…一刀様、朱里殿」

 

ある所で劉協は会話のきりが良い時を見計らい、居住まいを正して俺達に声をかけてきた。

 

「なんでしょう?」

 

「…漢王朝が滅びる以上、最早官職にはあまり意味が無いのかもしれませんが…連合と戦う際、一刀様が指揮を執ると聞きました。

 

 ならばその助けになる職をあなたに…ちょうど空位でしたし、月も居ますのでこれは公的な人事としましょう。強引ではあると

 

 承知したうえで…あなたを大将軍に任じます」

 

「俺を大将軍に?」

 

「はい。それならば、軍の最高指揮官として何の不都合もないでしょう。滅びが目前故に殆ど名誉職のようなものですが」

 

「…わかりました。大将軍の職、謹んで拝命いたします」

 

「ありがとう。それと…朱里殿。かなりの将が行方不明となり、今では私の周囲にいる上位官職の人間は月しかおりません。

 

 皇甫嵩、朱儁の両将軍も行方が分かりません。司徒の王允は我が姉・劉弁について涼州にて馬騰に保護されていますが…。

 

 それでも官職に在る者が極端に減ってしまいました。殆ど名誉職ですが、そなたを驃騎将軍に任じたいと思います」

 

「身に余る光栄です。謹んで驃騎将軍の職、拝命させていただきます」

 

なんとまあ、いきなり相当高位な官職まで授かってしまった。劉協が言うように、最早王朝の権威など無いに等しいようなもので

 

あるため、あまり意味はないかもしれないが、それでも身が引き締まる思いがした。

 

「最早王朝は終焉を迎える…ただの名誉職を押し付けてしまった形となりますが、どうか…」

 

「いえ。陛下の御心に触れ、心洗われる思いに御座います。確かに名誉職以上の意味合いは、今の段階では生じないでしょう。

 

 ですが、俺や朱里にとっては、覚悟を新たにする良い機会となりました。必ず、この外史を救います」

 

「それがあなた方の使命なのですね…」

 

「はい。この外史が崩壊してしまえば、天界までも巻き込まれてしまいますから」

 

俺の口から出た言葉の恐ろしい内容に、劉協は驚愕の表情となる。月達は当然知っているので今さら驚かない。

 

「なんと!?それは…!」

 

「…外史の『外』から、『敵』が迫ってきています。俺達は乱世を平定した後、『敵』と戦わねばなりません。俺達が失敗すれば、

 

 二つの世界は崩壊してしまい、多くの命が犠牲となるでしょう…俺達の使命は未来への道を繋ぐこと。如何な罪を背負ってでも…」

 

「…なるほど。確かにあなたは王なのですね。ならば私にも、その罪を共に背負わせてください」

 

「よろしいのですか?」

 

「皇帝として…などという理由に縛られるつもりはありませぬ。ただ、ここまで知っておいて逃げるというのはあまりにも…」

 

「…卑怯、だと?」

 

「はい…」

 

「…わかりました。よろしくお願いします、劉協様」

 

『計画』についてはほとんど話せていないが、思ったより状況が好転しそうなので、或いはそれで乗り気になったのかもしれない。

 

何より、劉協からは乱世の平定のために乗り出すという覚悟が感じられる。償いたい…そう言っていたが、それだけではないだろう。

 

「あなた方が心残り無く帰ることができるよう、私も尽力します。乱世の平定…そして外史を危機から救うために」

 

「はい…」

 

「あなた方だけには背負わせません。月もきっと、あなた方について行くことを決めているでしょうから」

 

劉協の言葉に月が頬を微かに赤らめる。月は色白なので微かに赤らんだだけでもバレバレである。

 

「きっと、この剣もそれを望んでいるでしょう。今日、あの封印殿が御遣いの手によって開かれた…これは天命なのでしょう」

 

「劉協様…そうですね。縁とは不思議なものです。こうしてあなたと出会ったのは『今回』が初めてなのですが…」

 

「行く先々で人を巻き込んで進んでいく…あなたは確かに導き手。私も…あなたの導きであるなら従いたいと思います」

 

おいおい…当初の想定からだいぶ外れたぞ。皇帝がそんなことを言うとは、いやはや、俺の巻き込み体質ぶりは恐ろしいな。

 

「…本来ならば、皇族が真名を明かすのは、同性ならばともかく異性の場合、伴侶にのみ明かすという鉄の掟があるのですが…

 

 あなたならば話は別です。私の真名は才華。この名をお二人にお預けします。言葉遣いも、お二人が仲間に使うようなもので

 

 お願いしたいのですが…如何ですか?」

 

「…確かに預かりました…じゃなくて、確かに預かった。よろしく、才華」

 

「よろしくお願いします、才華さん」

 

「私はどのようにお呼びすれば?」

 

「俺達には真名が無いから、名を真名として扱ってほしい。あと、様付けはしなくていいよ。堅苦しいの苦手だから」

 

「…ご主人様と呼んでいたと月が話しておりましたが?」

 

「…まあ、そういうふうに呼ばれていても、俺をいじって楽しむ奴とか偃月刀ぶん回して鬼の形相で追いかけてくる奴とか、

 

 色んなのがいたから、単なる呼び名でしかないよ。それに、幾らなんでも君から主人呼ばわりされるのは気が引ける…」

 

「ふふっ…わかりました。では先の封印殿に赴くまでのように、ただ名で呼ばせていただきますね」

 

俺の昔話を愉快に思ったのか、劉協…才華は控えめに笑いながらそう言うのであった。

 

 

 

劉協、字を伯和。

 

世祖・光武帝の血と意志を受け継ぐ少女が、俺達の戦友となった。

 

 

そして、それから兵の調練に将の鍛錬、並行して真桜と音々音の指揮により俺達が持ってきた兵器設計図に基づいて兵器の

 

生産が急ピッチで行われた。真桜は目を輝かせてそれに取掛ったので、凄まじいペースで量産は進められていった。将達も

 

俺達との鍛錬によって、一月足らずで劇的に強くなり、兵の練度も飛躍的に向上した。

 

 

そして俺達が洛陽に到着してから一月と少し。

 

 

 

反董卓連合との戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた―。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

やっとこさ書き終わった~。Jack Tlamです。

 

今回はまたまた読みにくい回だな~、とか、矛盾だらけだな~、とかで大変でした。

 

設定を違和感なく物語に馴染ませるのは本当に大変です。なまじベースとなる歴史がありますからね…。

 

 

ついに劉協様登場!オリジナルキャラです。

 

書いててだんだん器が大きすぎる人になってしまいました。

 

色々な意味で「もうこいつでよくね?」とか思ってしまいますが、まだ物語は中盤を迎えたばかりです。

 

終わらせませんよ?

 

 

そして遂に恋姫達に一刀の出自が明かされました。無理矢理張った伏線をここで回収した形です。

 

そう、あの『使途不明の鍵』とはこのためのものだったんですよー!

 

 

 

 

 

…orz

 

 

 

 

 

…さて、次回は中幕を挟み、いよいよ反董卓連合との戦いを描く第四章に突入します!

 

まだ更新が遅れる日々が続きそうですが、もしお付き合いいただけるならばどうか気長にお願いします。

 

 

ではでは、また次にお会いする時まで!


 
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