風たちが魏軍に加わってちょっとしてからの話。
袁紹、袁術の動きが活発になってきており、そりゃもう公孫賛はやられるわ劉備のところはせっつかれるわで、いつこちらに飛び火するかわからないような状態らしい。
なんでらしいかって?そりゃちょっとした事情があってだね・・・
「隊長!いい加減軍議に顔を出してください!」
「でたいのは山々なんだが、こうも夜勤が続くといちいち城に戻るのが面倒になってきてだな・・・」
「隊長~、嘘はあかんよ?ウチの調べでは隊長昨日昼で上がりやったやん?」
「そりゃ俺だって昨日くらいは部屋で眠れると思ったさ!だけど屋台街で火事が起きるし文字通り火事場泥棒もでて・・・」
「え~!隊長あれ見にいったのー!?」
「見に行ったのー!?
じゃないよ・・・俺達は警邏隊だろう・・・」
「でもあれって夜通し復旧してたって・・・まさか隊長一晩中そこにいらしたのですか?」
「人手が足りないって言うもんだからさ。でも昼までには営業再開出来るそうだ。
けが人も少なかったし良かった良かった。」
「全然よくないのー!それだと隊長今週に入ってからずっと働きっぱなしなのー!」
「ちょいまち沙和、なにそれ?どゆこと?」
「昨日報告書がたまってたから凪ちゃんと整理してたとき気がついたの!
一週間分どこかの地区に必ず隊長の名前が書いてあるからおかしいと思って確認したら一週間休みなしだったのー!」
「えらい無茶しよんな、隊長。」
「いや、俺なんか仕事楽なほうだぞ?華琳とか秋蘭とかに比べればまだまだ働いてないほうだろ。
それに軍議の件については華琳から一応の許可はもらってる訳で・・・」
「そうはいいますが・・・」
「それに体調については今のところ平気だから心配しなくてもいいよ。
よくサボって・・・・・・いやなんでもない。さ、仕事に戻るぞ~」
「・・・ダメです隊長、今のは聞き捨てなりません。」
「・・・ちくしょう、藪蛇だった。」
その後凪の説教は真桜、沙和まで飛び火し、日が落ちるまで続いた。
「まったく、隊長のせいでえらい目にあったわ。」
「そうなのー!なんで余計なこというのー?」
「そりゃ物の弾みってこともあるじゃん!そんなに責めなくてもいいのに・・・」
「だめや、隊長のせいで夜番になってもうたんやで?」
「そうなのー!これが飲まずにはいられないのー!」
「バカ、お前ら飲むんじゃないよ!これから見回りだってのに!おい!お前らも見てないで止めろって!」
「ヒャー!隊長のおごりだってー!飲め飲め!」
「おごりだ!タダ飯だー!」
「みんなで飲むのー!」
「おー!」
「お前ら・・・おぉぉぉぉぉぉ・・・俺の仕事が増えていく・・・」
「こらー!隊長も飲むのー!」
「責任者が酔っ払ってたらそれこそ凪に殴られるっつーの!」
「なんやの隊長!ウチらの酒が飲めんっちゅーとんのか?」
「くっ・・・こいつら絡み上戸か!」
「隊長も飲めー!」
「隊長も飲むのー!」
「「「「今日は大騒ぎだーーー!」」」」
半ばヤケクソな宴の始まりを告げる音は、しかし杯を打ち鳴らす音ではなかった。
けたたましい音とともに開け放たれた扉から、関を守る衛兵が飛び込んできた。
「北郷さん大変です!やばいですよ!」
「なんだってんだ!こっちもやばいっての!」
「緊急事態なんです!徐州からの使いだから通せって門のところに人が来ているんですけど・・・」
「はぁ?こんな時間にか?関所しまってんだろ追い返せ!」
「いえそれがそうもいかないんですよ。名前聞いたら北郷さんだって同じ態度取りますって!」
「わかったからじゃあほらいえ、名前は?なんて名乗ったんだ?」
「それが・・・関雲長と・・・」
「…え?
ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「というわけで関羽さんが遊びに来てくれたぞ!」
一刀は満面の笑みで夜中の来客をそう、紹介した。
「遊びに来たわけではありません。本日は徐州より国境を越える許可をいただきに参りました。
劉玄徳一の家臣、関雲長と申します。」
「だそうだぞ!歓迎会でもすっか!」
「茶化さないで一刀。・・・続けなさい。」
「・・・はい。私はこの度曹操殿の領地を抜け益州へと向かうため、通行許可を頂きに参ったのです。」
「うぉぉ、無茶するねぇ、あんた達も。」
「一刀…?」
華琳のひと睨み。
「わかったよ…」
「確かに袁紹や袁術とまともにかち合うよりはマシやろうけどやね・・・
ずいぶん無茶しよるなぁ、自分。」
「私だって納得はしていない。ただ我が主の桃香様の願いを叶えられるのは私だけだったのだ。」
「・・・主のためやって、どっかの誰さんと同じこと言うやん?」
「わ・・・わたしはそこまで愚直ではない!」
「「「・・・・・」」」
「誰かなんとかいえ!」
「しかし我々とて劉備殿の国と同盟を組んでいるわけではないだろう?いかがなさいますか華琳様。」
「そうね。関羽自身もこのことに納得いっていないようね・・・
そのような相手に返事をする気にはなれないのよ。
だから・・・これから劉備に直接返事をしに行くわ。誰かついてくれる子はいるかしら?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
「いやっはっはっは!夜番サボれて運が良かったな?」
「隊長はほんま暢気やな・・・下手するとこれから一戦交えるってこともありえんで?」
「それもそうだけどさ、この面子で負ける気がしないというか・・・」
結局、夜中の行軍になるというのに、魏の主要なメンバーは全員ついてきてしまった。
春蘭に秋蘭、ウチの部下をはじめ桂花、稟、風、季衣に流琉に霞。
恋と詠と月とちんきゅーは留守番ってことになったが、十分といえば十分すぎるメンバーである。
いつもより準備の手際もよかったしな。
「・・・感謝します、曹操殿」
「さあ?その言葉は無事にことがすんでから聞くことにするわ。」
「それはどういう・・・?」
「華琳様!先鋒から連絡が入りました。前方に劉の牙門旗。劉備の本陣のようです。」
「では関羽、ここから先は案内して頂戴。何人か一緒についてきてくれる?」
「いけません華琳様!罠かもしれないのですよ!?」
「そうです!劉備にこちらに来させればよいではないですか!」
「桂花、春蘭、落ち着きなさい。私も別に劉備を信用しているわけではないわ。
けどそんな振る舞い、覇王たらんとしている私がしていいと思うかしら?」
「ぐっ・・・」
「だから関羽、もしこれが罠だったら・・・貴方達にはこの場で残らず死んで貰いましょう。」
「ご随意に。」
「それで・・・誰が私を守ってくれるのかしら?」
「私が!」
「ボクも行きます!」
「私も!」
「では春蘭、季衣、流琉、霞・・・それから稟と一刀も来なさい。
残りは桂花と秋蘭の指示に従いながらここで待機せよ。」
「はっ!」
「え~、俺もいくのか?」
「あんた達!どうせ役に立たないんだから体張ってでも華琳様を守りなさいよ!」
「ふん、貴様に言われるまでもないわ!」
「俺も本当に一緒に行くの?」
「グズグズ言わずに一緒に来なさい。
さぁ関羽、案内して頂戴。」
「曹操さん!」
「久しいわね劉備。連合軍のとき以来かしら?」
「はい!あの時はお世話になりました。」
「それで、今度は私の領地を抜けたいと・・・またずいぶん無茶を言ってくるものね?」
「すみません・・・でもみなが無事にこの場を生き残る方法はこれしかなくて・・・」
「それを堂々と行うあなたの胆力は大したものだわ。いいでしょう。私の領地を通ることを許可しましょう。」
「今回はまたずいぶんと・・・あぁ・・・そうか・・・」
華琳の随分あっさりした態度と、三国志のちょっとした知識。
そこから導き出されるこの場の華琳の言動は、ひとつしかないだろうな。
「おい北郷、なにがわかったんだ?」
「まぁ見てろって。」
「ただしこちらで街道は指定させてもらう。米の一粒でも強奪したら生きて私の領地をでられないと知りなさい。」
「はい!ありがとうございます!」
「それから通行料は・・・そうね、関羽でいいわ。」
「・・・・・・・・・・・え?」
華琳のやつ、やっぱり。
やっぱり関羽を欲しがったか。
さて、これからどう転ぶか…。
「何を不思議そうな顔をしているの?商人たちですら関を通るときには通行料を払うのよ?
当たり前でしょう。」
「え、でもそれって・・・」
「あなた達は全軍生き延びることが出来るのよ?もちろん追撃に来る袁紹と袁術もこちらでなんとかしましょう。
それをたった一人の武将の身柄であがなえるのだから安いものでしょう?」
「・・・桃香さま」
「ありがとうございます曹操さん。」
「桃香さまっ!」
「お姉ちゃん!」
「でもごめんなさい。それじゃダメなんです。この作戦は“全員”で生き残らなくてはいけないんです。
だから愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ意味がないんです。
こんなところまで来てもらったのに・・・本当にごめんなさい。」
「そう・・・さすが徳をもって政をなすという劉備だわ・・・残念ね・・・」
「桃香様・・・わたしなら・・・」
「ダメよ愛紗ちゃん。愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ意味がないんだよ。
朱里ちゃん、他の経路をもう一度洗い出してみて?袁紹さんや袁術さんの国境当たりで・・・」
「劉備!あなた甘えるのもいい加減になさい!
たった一人の将のために全軍を危険な目にあわせるですって?寝ぼけた物言いも大概にすることね!」
「で・・・でも愛紗ちゃんはそれだけ大切な人なんです!」
「ならそのために兵士や張飛、諸葛亮を失ってもよいというのかしら?」
「だからいま朱里ちゃんに何とかなりそうな経路を探してもらって・・・」
「おいおいお嬢ちゃん、それが出来ないからわざわざ俺達をたたき起こしてまで呼び出したんじゃないのかい?」
思わず口を挟んでしまった。
しかし、俺としても彼女のやり方に思うところがないわけでない。
ちょっとくらい、いいだろう。
「そ、それは・・・。」
「諸葛亮、そのような都合のいい道はあったかしら?」
「・・・いえ・・・ありません。」
「そ、そんな・・・ちゃんと探せばきっとあるはずだよ!」
「そんな道がないから、日が暮れてから必死でここまで走って来たんじゃないのかい?
だったら、そうだな、おい華琳耳貸してくれ…」
「まったく、なによ?」
「いや、だからな…通行料…厚…免じて…だからちょっと値下げ…
…ってのはあり?」
「…まぁ、なしではないわね。」
「こっちは折り合いがついた。そこで提案なんだが、そこな関羽殿、もらうのはダメだったら借りるのはどうだ?」
この呆気にとられた顔。
劉備や軍師っぽい子まであんぐり口を開けてるよ。
「…それは、どういうことなんでしょうか?」
おずおずと、物静かな軍師っぽい子が話しかけてきた。
「だから、いったとおりだ。関羽を借りるんだよ暫くの間。
こっちの将として、一定期間な。終わったら返す。
こういっちゃなんだが、勉強になるぞ?
もちろん、そちらさんの知ってることは全部、余すとこなく教えてもらうけどな。
そりゃもう、超優良の待遇を約束しよう、なぁ華琳?」
「えぇ、そうね。そうするだけの価値はあるわね。」
少女の目つきが、少しだけ険しくなった。
彼女、相当頭がいいな。おそらくこの提案の真意と利害を計算してるんだろう。
「…桃香様、いかがなされますか?」
「…だめだよ、やっぱりだめ!通行料に愛紗ちゃんを渡せっていったのと、なんにも変わってないよ!
命一つ寄越せといった提案から借りるに変わったとして、曹操さんの得る利が増えてない。
だったら、さっきの提案と殆ど変わってないじゃないですか!」
桃色の髪のこの女の子、驚くほど真っ直ぐな目をしている。
言ってることは甘いことくらい俺にもわかるが、その気持ちも…わかるな。
「…ふむ、こっちとしては最大限の譲歩だったと思うんだけどな。
なぁ華琳どうするよ、これじゃ埒が明かないぞ?」
「えぇ、どうやらそのようね・・・もういいわ・・・勝手に通っていきなさい。」
「・・・え?」
「聞こえなかった?私の領土を通って益州でも荊州でも好きなところにむかうといいわ。」
「そ、曹操さん・・・ありがとうございます!」
「ただし、あなたが南方を制定したら必ずあなたの国を奪いに行くわ。通行料の利子も含めてね。
あなたのしていることの対価はそれほど重いということよ。肝に銘じておきなさい。」
「・・・・・・・。」
「そして、もしそうされたくないのであれば隙を突いて私を殺しに来なさい。それが出来たなら借金は帳消しにしてあげるわ。」
「そんなことは・・・。」
「しない?ならばせいぜいいい国を作って待っている事ね。
稟、霞、彼女達を出来るだけ安全に向こう側へ案内して頂戴。一兵も失いたくないようだから安全な街道にでも案内してあげて。」
「それでウチを連れてきたわけか、了解や。」
「それでは私達は戻るわ。劉備・・・あなたのした選択、間違っていなければ良いけれど・・・」
「・・・・・・間違ってなんかいません。それを絶対に証明して見せます!」
「良い返事だわ・・・帰るわよ。」
こうして劉備との交渉は喧嘩別れみたいになった。
でも考えてみると劉備のいっていることは理解できなくはない。
それどころか、俺が劉備の立場だったら、きっと同じことを言っただろう。
だからといって手放しにそれに賛成できるほど俺も若くはないってことだろう。
正直拳骨の一撃でもお見舞いしてやろうかとも思ったが・・・
外交の場でやることじゃないよね?
しかし劉備もむちゃくちゃいうなと思っていたらうちのお姫様・・・ん~覇王様・・・こっちのほうがしっくり来るな、のほうもむちゃくちゃ言ってくれるしな・・・
部下の命を預かっている身としてはもうちょっとそこのところも考えて欲しいというか・・・
「何を難しい顔をしているのよ一刀。」
「あ~、ちょっとね。劉備の言ってることもわかるな~って思ってさ。」
「あら、あなたならてっきり叱りつけるかと思っていたけど。」
「そりゃなぁ、理解できるだけでそれが正しいことかどうかの判断なんか俺にはできないよ。」
「どちらにせよこの時代を徳と理想だけで生きていこうとするなんてよほどの世間知らずか頭のおかしな賢人だけがすることよ。」
「とても月たちを助けた人の言葉とは思えないな。」
「あれはあなたのやったことでしょう?それにあの時も言ったはずよ、私は半端なことが嫌いなの。
あなたと劉備の違いは・・・そうね、いずれきっとわかるわ。」
「そんなものかね。」
「ほら、何をぼさっとしているの。これから袁紹たちを迎撃するのだからさっさと持ち場に着きなさい。」
「はいよ、了解しました。」
そんなわけで、今朝には飛び火しそうなんていっていたが、今夜にはすでに火がついてしまっていた。
そして俺はようやく理解した。
乱世への扉はもうとっくに開いており、
自分はその真っ只中に身をおいており、
それでも俺はこの世界で生きていかなければならない。
さらに、そんな俺には休んでいる暇なんかないということを。
乱世はすでに始まっていたのだった。
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