暗い暗い路地裏で、男はその子供を拾った。
そこは酷く狭く、酷く寒く、酷くじめじめした場所で――ありていに言って吹きだまり。さらに言うなら、ゴミ箱の中だろうか。男はそんな風に思った。
酒場から家への帰り路。泥酔した頭と目で。
乱雑に積み上げられたガラクタの中に、男はその子供を見つけたのだった。
翌日。硬く冷たい床の上で目を覚ました男は、自分のベッドの上で安らかな寝顔を見せる子供を見て、心底ながらに頭を抱えた。
男は人買いだった。
その日から、男と子供の共同生活が始まった。
子供は異邦人の子であるらしく、言葉が全く通じなかった。彼女は何度も自らの名前とおぼしきものを発声してみせたが、結局男には、その名前を発音することが出来なかった。仕方無く、男はその子供にリーゼと名付けた。
男は人買いだった。
男は馬車で貧しい村を回り、沢山の人間を購った。そしてそのほとんどが、年端もいかぬ子供である。そして買い取った子供を、男なら鉱山や炭鉱、女なら女衒に、淡々と売り払った。
馬車の中には、リーぜの姿があった。男は色々と悩みはしたものの、結局、彼女をひとり家に残しておくわけにはいかないと判断したのであった。
リーゼは終始楽しそうな様子だった。こうして色々な場所を巡ったことがなかったのか。あるいは、ずっと色々な場所を転々とする生活に慣れていたのか。男はリーぜを、恐らくは流民の子ではないかと考えていた。
男は子供を買い、子供を売り、子供を養った。
男は苦しんだ。
そうして三ヶ月の月日が経った頃、男の元にひとつの商談が舞い込んだ。
リーゼを見た女衒の一人が、彼女を買い取りたいと申し出たのだ。異邦人の子は珍しいから、高く売れる。恐らくはそういった打算があったのだろう。
男は苦しんだ。
馬車の荷台に満載された子供。
男の膝の上で無邪気に微笑むリーぜ。
それから三日後の、取引が行われる日の朝。男は、長い事彼が住んでいた街から姿を消した。
それは、男が住んでいた街ではよくあること。石ころのようにありふれた出来事であったので、誰ひとりとして気に留める事はなかった。リーぜを買い取りたいと申し出た女衒でさえも、三日後にはその事実を忘れていた。
ある日。
その街に、小さな楽団がやってきた。仮面を着けた道化が指揮をとり、大勢の子供たちが、様々な楽器を持って、様々な音色を奏でた。
彼等は皆、幸福そうだった。
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この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。
世界観を共通させた短編連作「死者物語」。一作目は 帯片篇待さんが書いています。
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