「袁紹に袁術、公孫賛に馬騰・・・よくもまあここまで有名どころの名前を集めたものね。」
「ん?何見てるんだ華琳。」
黄巾の暴動が治まって少ししてのこと、
警邏から帰った俺は新しい訓練の導入の許可をもらいに華琳のところにいった時のことだった。
「董卓の暴政に民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いている。
それを嘆いた麗羽が董卓を倒す力を持った英雄を集めているそうよ。」
「董卓の暴政?でも俺そんな噂全然聞いてないぞ?」
これでも街のお巡りさんだ。流民の取り纏めや商人たちとの直接のやり取りの場など、民と接する機会は華琳より多い。
都で暴政を敷いている、というのが事実であれば、そんな御触れ書きなんかよりよっぽど早く情報が手に入るはずなのだ。
しかし、商人からも新しく来た町民からもそんな噂は聞いたことがなかった。
いくら俺達の時代と違ってマスメディアなんてものがなくても、暮らしている都のトップの連中がどんな政治をしているかがわからないわけではない。
それほど街の連中の頭は悪くないのだ。
悪い噂ほどすぐに知れ渡る。悪事千里を行くというわけだ。
だからこそ、董卓の暴政という、実在するのならばすぐに耳に入るほどの情報を知らないことに驚いた。
「それはしかたのないことよ一刀。暴政なんてないのだから。
おそらくこの檄文も董卓が権力を握ったことを許せなかった麗羽の腹いせでしょうし。」
「あ、ちょっと前に文官の大粛清があったってのは聞いたな。
でもあれは宦官どもが好き勝手やってたからって話だったし・・・
それがこんな大掛かりな召集になるもんなのか?」
「董卓自身は悪くなくても官を制御できないのであれば結局は同じことなのよ、一刀。
どんな聖人が人の上にたったとしてもその部下が悪行を働いたら悪人が支配する世の中となんら変わりはないわ。」
「そりゃ確かに。華琳も部下の管理に力入れてるもんな。」
「当然よ。わが覇道をそんなつまらないことで邪魔されてたまるものですか。」
「まったくもって。で、華琳はその反董卓連合には参加するのか?」
「えぇ、そうね。これだけの名前をそろえられて動かないわけにはいかないわ。
それに、おそらくこの戦を境に漢王朝の力も弱まるでしょう。
そうなったとき、私と覇を競い合う者たちの顔を知っておくことも悪くはないじゃない?」
「なるほどね。名前を売るついでに戦力の把握か。腹の探り合いになること請け合いだな。」
「だからこそいくのよ。それにね一刀、今回はあなたに大いに役に立ってもらわなければならないのよ?」
「はぁ?俺が?」
「あなた・・・まさか自分がどういう立場にいるのか忘れたわけじゃないでしょうね?」
「街のお巡りさんだろ?」
「・・・。」
「冗談だよ冗談。そんな目をするんじゃない。天の遣いとしてそれっぽく振舞えばいいんだろ?」
「・・・わかっているならいいのだけれど。すこし心配になってきたわ。」
「はっはっは!それじゃあちょっと本気出すか?」
「へらへらしながらじゃ説得力がないわよ。」
「それもまぁ、売りってことで。でもさ、本当に暴政なんてないんだったら話しあいとかで何とかならないもんなのか?」
「はぁ…あなた、相当平和な国で育ってきたようね。
ここまでの人数が討伐に動き出すほどに官をやりたい放題やらせる事自体がもう問題なのよ。
それは自制し、自浄できないほどの腐敗を見せているということなの。
話し合いで場を諌め体裁を取り繕えるような段階では、ないのよ。」
「…そうか。」
「もしも、もっと早くに動ければあなたのいう方法もあったかもしれないわね。
でも、今からではもう手遅れよ。
一刀、あなたも乱世を生きる人間として、そろそろ自覚を持ったほうがいいわね。」
「まぁ、その甘さもいまはまだ売りってことで。」
「…まったく、それで?あなた、私に用があって来たんじゃないの?」
「おっと、そうだった。忘れるところだった。俺が預かってる本隊予備軍の訓練の方法なんだけどさ、
実験部隊としていろいろ仕込みたいことがあって、その許可をもらいに来たんだ。」
「あら、私は最初からそのつもりであなたに兵を預けているのだけれど?」
「なんとなくは感じてたけど正式な許可を取りたくてな。思いついたこと端からやりたくなってきてさ。
やってみて結果が出ない、とかもありそうだったからそういう部分も含めて確認を、と思って聞きに来たんだ。」
「いいわ。やってみなさい。」
「またえらく簡単に承諾するなぁ・・・」
「我が軍に有益になりそうなものだったら本隊のほうに拾い上げるわ。そうでなかったら切り捨てればいいだけのことよ。
それに言ったはずよ一刀。さっきはああもいったけれど、私はあなたを買っているの。楽しみにしているわね。」
「・・・了解いたしました。次の遠征には間に合わないけどいろいろとやってみるよ。」
それから数日が過ぎて、ふたたび馬上。
現在半董卓連合の集合場所に向かって全軍移動中である。
「なぁ北郷、その大きな箱はなんだ?」
「おぉ、いいところに気がついたな春蘭。秘密だ。」
「なんだとう!折角聞いてやってるというのに!」
「まぁまぁ姉者。北郷もあんまりからかってやるな。」
「え~、いいじゃん、どうせ集合場所までは結構あるんだろ?」
「貴様ァ!私は貴様のおもちゃではないのだぞ!」
「落ち着け姉者、北郷の思う壺だ。ところで本当にその箱には何が入っているんだ?」
「そんなに気になるのか、これ。」
「「あぁ、気になる。」」
「二人は本当に息が合っているいうか・・・本当は見せてやりたいのはやまやまなんだが組み立てが面倒なんでいまはあけられないのよ。
使うときがくればすぐにわかるから。それでいいだろ?」
「ちょっとあんた達何騒いでるのよ!そろそろ他の軍と合流するんだから気を引き締めなさいよ!」
「やれやれ、ようやくか。」
「おい北郷、そこまで老人ではないだろう。」
「いやいや、秋蘭たちに比べりゃ十分年食ってるさ。」
「春蘭と秋蘭にそこの朴念仁!いいから早くこっちに来なさい!華琳様がお呼びよ!」
「・・・まったく、あれじゃまるで小姑じゃないか。」
「よせ北郷、聞こえるぞ・・・」
「・・・そういう秋蘭こそ、その半笑いは消しといたほうがいいぞ?」
で、用事というのは他でもない、反董卓連合の軍議に春蘭、秋蘭とともに参加しろ、とのことだった。
「俺としては雑用してたほうが性にあうんだけどな~」
「他の武将を見ておくことも経験よ。それに出立前にもいったでしょう?
あなたには天の遣いとしていくつか働いてもらわなければならないのよ。」
あ~、そういえばそんなことも言ってたな。
「前にはあんなこと言ったけど俺に出来ることなんて相当限られてるぞ?
軍議に口出しできるほど戦が上手いわけでもないしな。」
「いるだけで意味がある場合だってあるわ。天の遣いならではの意見、というのもあるでしょうし。
・・・でもね一刀、すこしはしゃんとしたらどうなの?
今のあなたがだらしないとまでは言わないけれど、それなりに威厳は見せて欲しいわ。」
「無茶言うなよ・・・もともとただの中間管理職だぞ?それになぁ・・・はぁ・・・」
「なによ?」
「腹の探り合いってなぁ・・・好きじゃないんだよなぁ・・・」
「それなら今回のは軍議と言っても顔合わせだから大丈夫よ。
顔だけでも知っておけば違うということもあるでしょうし、何か得るものもあるでしょう。」
「・・・仰せとあらば。」
まさかこの承諾があんなことになるとは・・・
ってほどのことでもないが、華琳の言ったとおり、本当にただの顔合わせだった。
到着が一番遅かったうちの軍は軍議が終わってすぐにそのまま都に向かって移動する羽目になり、再び馬上。
ちょっと一人になった隙に考え事をしていた。
「しかし劉備のところに諸葛亮がいたり孫堅がもう死んでしまってるとは思わなかったな。」
開放された俺は一人ごちた。
ちょっとだけかじった知識だが、三顧の礼はもう少しあとだったはずだし、そもそも呉は孫堅が治めていたはずだ。
けど軍議に参加していたのは孫策で、すでに袁術配下にいた。
つまり、これから先は本当に俺の世界の三国志の話は通用しない、って考えておいていいだろう。
「…待ちなさい、一刀。あなた何を言っているの?」
その言葉に、華琳が反応した。
「ん、いや、ほら。初めてあった時にいっただろ。俺は似たような別の世界から来たって。
その世界に似たような話があってさ。
曹操っていう人間が広大な地で覇権を争う話がな。」
声を落として発した言葉への華琳の返答は、眉を顰めるというものだった。
「ちょっと、一刀。もしかしてあなた、これから起こることがわかるとでも、知っているとでも言うの?」
「それが俺にもよくわからん。似てるようでちょっとずつ違うんだ。
もともと俺の知ってる曹操は男で、董卓は実際に暴虐の限りを尽くしてたし、孔明なんかまだ登場すらしてない。
だから全く一緒ではないんだよ。」
「そう。…そう。」
華琳はなにか納得したように頷き、俺に言った。
「一刀、あなた、その知識は絶対に私に話さないで。絶対よ。」
「え…てっきり知ってること全部話せって言うもんかと…」
「いえ、だめよ。貴方の知識は中途半端で今起こっていることと違う点がるのでしょう?
だったら、それを聞いたことによって私の判断が鈍ることだってあるわ。
それに、第一、私の覇道が成った時、それを知っていたから、貴方を手に入れたからそれが成し得たという評価すらされかねない。
それは許しがいたことよ。
だから、絶対に私の前でその話はしないで。いいわね?」
「あ、あぁ…わかった…けど、俺もいま同じことを考えてたよ。」
華琳に気圧されて返事をしたが、内心は同じ事を考えていた。
「あら、それはなぜ?」
「だって、俺にはそれが本当に起こるかどうかわからないから。
華琳に迷惑は、かけたくないんだ。」
「…そう。ならこの話はこれでおしまいにしましょう。何処に耳があるかわからないものね。」
そういって、この場はこれでおしまいとなった。
しかし、と。兵をまとめながら、考えをめぐらす。
これから先、俺は三国志の知識なしで生きていくのか…?
俺はこの世界の住人とイーブンの条件で生きてくってことか。
っていうか、俺はこの世界でいままで生きていたのか?
元々この世界にいた人間だったのか?
じゃあこのいろいろしょうもない知識はどこからきた?
俺がこの世界にいる理由ってなんだ?
意味があるのか?
・・・
意味があるとすれば・・・。
俺がこの世界で為すべきことってなんだ?
俺がこの世界に来た理由は・・・。
・・・。
「あっはっはっはっは!だめだ!さっぱりわからん!」
だけどなにかとても妙な気分だ。
清清しい、いい気分だ。
「むずかしいことは俺にはわからん。せいぜいこれからの戦で死なないようにすることくらいか。」
今日が終わって明日が来れば。
わかることだってあるだろう。
だったらそれでいいではないか。
「また隊長はそんなことばかり仰って・・・」
そんな日独り言に、応える声があった。
「ん?おぉ、凪か。」
「そろそろ汜水関につきますので報告を・・・と思ったのですが・・・
隊長はどうしていつもそう緊張感がないのですか?」
「だって今回俺達って見物みたいなもんなんだろ?」
「確かにそうですが・・・こう、部下達に示しがつかないといいますか・・・」
「あぁ、それならいつものことじゃん?なぁ?」
そう、いつものことなのだ。
張り詰めることのない余裕のある空気。
それが北郷隊だ。
「隊長が緊張してたら逆に心配だよな?」
「あぁ、確かにいえてるなそれ」
笑い声とともに、隊員たちは、そう答えた。
「ほら」
「ほら、じゃありません!」
「凪ちゃんと隊長、息ぴったりなの~!」
「ほんま、二人見てると飽きないっちゅ~か。」
「っていうかいつの間にか三人そろってたのか。」
「あったり前やん!凪と隊長が漫才はじめたらそりゃ見に来るっちゅうねん!」
「動機が不純すぎる!」
「だって楽しそうな声が聞こえたら気になるのが乙女心なのー。」
「そういうもんなのか?」
「・・・私にはわかりかねます・・・」
「だ、そうだ。」
「うわ!さらっと流しおったで!」
「隊長も凪ちゃんもひどいのー!」
「いつ来ても北郷の部隊は騒がしいな。」
「ま、それが取り柄だからな。で、秋蘭は何しに来たんだ?漫才に混ざりに来たのか?」
「違う・・・といいたいところだが半分くらいあっているよ。あまりにも暇だから伝令役をかってでたんだ。
汜水関が破れたら直ちに進撃を開始。劉備たちが様子見で引いた隙を突いて一気に突破する。
敵に追撃をかけるぞ。」
「汜水関が破れたらって・・・さっき劉備軍が攻め始めたばかりだろ?そう簡単には落ちない・・・」
ん?あれ?いま敵の将軍っぽいやつが馬から落ちたぞ?
「・・・見えたか北郷。今負けたのが汜水関の総大将だ。」
「あっけない・・・あっけなさすぎるよ・・・っていうかなんで防衛戦で大将が出てきちゃってるんだよ・・・」
「理解しかねるが・・・理由を考えていてもしょうがあるまい。こちらも移動を開始しよう。
先頭は姉者が務めるから上手く流れにのるがいい。」
「了解。そいじゃ凪、よろしく!」
「はっ!総員、移動開始だ!門が閉まるまでに無理矢理ねじこむぞ!」
結局俺にいろいろ考えてる暇なんてのはないんだな。
まだまだ下っ端なんだから頭じゃなくて体動かさないと。
虎牢関に向けて、ちょっと気合を入れなおしますかね。
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そろそろ動き始めたマイレボリューション。
それは明日をつかむことなのか。