連行されている間、何度考えても考え付く結果は二つだった。
歴史の授業、ちゃんと聞いとくべきだったな・・・
漫画ばっかりじゃなくて活字の本もちゃんと読んでおくべきだった・・・
「あなた、名前は?」
「北郷一刀」
「どこから来たの?」
「日本。」
「この国に来た目的は?」
「どうやってきたかもわからないのに目的なんかあると思うのかい?」
「はぁ・・・どうします?華琳様・・・」
さっきからもう何度目になるかわからない質問に対して、こちらも何度目になるかわからない答えを返す。
だって仕方ないじゃないか、本当のことしかいってないんだから。
「・・・埒が明かないわね。春蘭。」
「はっ!拷問にでもかけましょうか!」
「そんなもんにかけられたった答えはかわらないよ・・・それにさ・・・いい加減この縄といてもらえないかな?」
俺のことを盗賊か何かかと思っているのだろうか?
先ほどからずっと縛られたままこうして尋問されている。
痴漢の冤罪とかってこんな気分なんだろうか?となんとも場違いなことを考えていると、金髪の女の子が口を開いた。
「では、一刀とやら。縄を解いて欲しいのなら正直に答えなさい。あなたは南華老仙の古書について心当たりはあるかしら?」
「古書?持ち物はさっき全部渡しただろう?それ以外のものはいくら裸にひん剥かれてもでてこないよ。」
座れる場所に着いたら吸えると思ってたタバコまで没収されたんだし。
身体検査までやったって言うのに・・・
「そう。いいわ。秋蘭、一刀の縄を解いてやりなさい。」
「はっ!」
「し、しかし、華琳様・・・」
「いいのよ春蘭、少しでも妖しい動きをすれば貴方が私を守ってくれるのでしょう?」
「もちろんです!」
こうして青い短髪の子が縄をといてくれたのだが・・・そろそろ聞いても大丈夫そうだろうか・・・
「縄を解いてくれたってことは俺が盗賊じゃないって信じてくれたってことでいいのかな?」
「一応はね。しかし貴方がまだ怪しい人物だということには変わりないわ。」
「それもそうだな。ところでさっきから気になってるんだけどさ、そちらさんはこっちの名前呼んでるのに
こっちはそちらさんの名前知らないわけだけど・・・
今呼び合ってるのも真名ってやつだろ?俺が呼んでも大丈夫な名前を教えてもらえないか?」
俺の予想が間違っていなければ、
この子はきっと・・・
「あら、あなた、出身地は聞いたこともない国だというのに真名を知っているの?
それに・・・そうね。確かに名乗るのを忘れていたわ。私の名前は曹孟徳。それから彼女達は・・・」
やっぱり。
当たってたか~・・・
大体さっき南華老仙が云々って言ってたしな。
あれしかないよな…
だとすれば残りの二人は・・・
「夏侯惇と夏侯淵、で間違いないかな。ってことはここは魏であってるのかな曹操さん?」
「「「!?」」」
「貴様ァ!初対面だというのに呼び捨てに私の名を呼び捨てにしおって!」
抜き身の剣が、首に当てられる。
一瞬であった。
「まて姉者、いま話すべきところはそこじゃない。」
言っている内容こそ黒髪の子をたしなめるようなものだが、目は射ぬかんばかりに鋭くこちらを見据えている。
少しでもおかしなことをすれば、命はないと言わんばかりの表情だ。
「そうね。春蘭、少し黙っていなさい。」
だが、一人だけは違った。
本当に、想定していなかった言葉を聞かされたように目を見開き、金髪の少女はこちらを見ていた。
三人の驚き方は三様だった。
嫌な予感ってのはどうしてこう当たるもんかね?
そりゃどうやってこの国に来たかなんかわかるわけないよな~
しかし・・・こんなことになるなら真面目に三国志読んでおけばよかったな・・・
触りだけ読んで飽きちゃったからあと流したんだよな~
なんで詳しく読まなかったのか・・・
だけど、まぁとりあえず今おかれてる現状がわかったことで不安定だった足元がしっかりしてくるように感じた。
それはイコール自分の身の安全の保障ではなかったのだけれど・・・
「あなた、なぜ誰にも話していない魏の名を知っているの?
そして私が名乗った孟徳ではなく操という名を知っている理由も。
加えて春蘭、秋蘭の名を知っていた理由も。説明なさい。」
「まさかこ奴、五胡の妖術使いでは・・・!」
「華琳様お下がりください!やはりこ奴はこの場で切り捨ててしまいましょう!」
いうなり夏侯惇は俺の首筋に剣先を突きつけてくる。
本日三回目である。
「だからやめなさいって!あぶない!あぶないから!
説明するよ、全部説明するから刀を引きなさい!
ちがう!引くってそういうことじゃない!」
・・・・・・・・・なんともみっともない姿ではあるが。
しょうがないだろ?
相手はあの夏侯惇なんだから・・・
「・・・というわけで、俺はこの国の、この時代の人間じゃない。ま、俺も理解し切れてないからこれ以上詳しく説明するのは無理だね。」
推測込みで一通りのことを話した。
タイムスリップの線も考えたが、俺の知ってる曹操は男だし、もちろん夏侯惇も夏侯淵も男だ。
だったら。
俺の今いる世界はおそらくパラレルワールドのほうなんだろう。
しかしそんなこと言ってもどうせ狂人だと思われるだけだろうし、そもそもそんな言葉は通じるはずもないだろう。
通じないであろう言葉を説明できるほど俺に知識はないし、もしあってもますます変な野郎だと思われるだけかもしれない。
だからそこら辺は適当にはぐらかして、ただ、「似たような別世界の住人である」と。
そう説明した。
「・・・秋蘭、理解できた?」
「・・・ある程度は。しかし、にわかに信じがたい話ですね。」
「そりゃなぁ、さっきも言った通り俺だって理解し切れてるわけじゃないしねぇ・・・
俺に出来る説明はさっきので全部だ。」
「・・・春蘭はさっきの説明、理解できた?」
「さっぱりわかりません!」
言い切ったよ。この潔さ、カッコいいねぇ。
「春蘭にもわかるように説明するとなると・・・そうね。
いろいろと難しい話をしたけれど、この男、北郷一刀は天の遣い、ということよ。これで理解できた?」
俺が天の遣いか・・・物はいいようだね。
そりゃきっと妖術使いだなんだというよりかは響きもわかりやすさも良いんだろうけどさ・・・
そんなんで納得するのか?
「なんと・・・こんなだらしのない男が天の遣いなのですか?」
あ、納得しちゃうんだ。
「えぇ。一刀も妖術使いだっていきなり兵に殺されたくなければ天の遣いと名乗りなさい。今日みたいに、いきなり斬り殺されたくなければね。」
「あぁ、ご忠告、真摯に受け止めておくよ。」
今だって自分がなぜここにいるのかわからない。
目的があって俺はここにいるのか?
なにか使命でも持たされたのだろうか?
今の俺にはなにもわからないが、俺はいまこの世界にいる。
そして、多分この世界で暮らしていかなければならないだろう。
ま、言葉は通じるようだし。話が出来れば最低限のことはできそうだ。
それならば・・・
腹をくくろう。
この世界で、精一杯生きてみよう。
「しかし華琳様、こ奴が盗賊の一味でないとすると、本物の盗人どもは一体どこへ・・・」
「あ~、その盗人って三人組か?ガタイのいいおっさんとチビとデブの。」
「えぇ、そうね、聞いている情報と外見は一致するわね。」
俺があのオッサンと間違えられたわけか・・・
そんなに老けて見えるのかな?
「だったら俺、顔わかるぞ?どうせ行く当てもないんだ。予定は未定だしな。
折角だから手伝わせてくれよ。」
「確かに連中の顔が判別できるならばこれからの捜査にも役に立つわね。
それに、貴方が持つ天の知識とやらも・・・私の覇業の大きな助けとなるかもしれないわ。」
「そこまで期待されても困るんだけどな・・・まぁこんなオッサンでよければこき使ってくれ。」
「良い心がけね。なら部屋を用意させましょう。行く当てもないのだし、しばらく好きに使ってくれてかまわないわ。」
おぉ、さすが乱世の雄と呼ばれるお人は度量が違うね。
「ありがとう、本当に助かる。精一杯のことはさせてもらうよ。」
北郷は
宿を
手に入れた!
なんて冗談言ってる場合じゃないんだが、これでひとまず少しの間は食うには困らんわけか。
それなりの対価を払わなければおそらく即叩き出されるだろうからな。
「ふふ・・・そうだわ。そういえば、一刀の真名を聞いていなかったわね。教えてくれるかしら?」
ん?あぁ、真名ってあれか。迂闊に呼ぶと殺されそうになる・・・
「それを聞いてくれるって事は信頼の証なんだろうから教えてあげたいのはやまやまなんだけど・・・
俺は真名ってやつ、持ってないんだよね。」
「ん・・・?それはいったいどういうことだ?」
「いや、言った通りの意味なんだけどな・・・俺の元いた世界で名前ってのは姓と名だけなんだ。
俺の場合は姓が北郷、名は一刀。字と真名っていうのをつける風習がない。
そうだな・・・強いてあげれば親しい人たちは名で呼ぶな。
だから一刀ってのが真名に近いのかな?」
「「「・・・っ!」」」
なんだ?急に三人とも固まったぞ?
俺また何かやらかしたか?
「・・・あれ?俺なにかおかしなことでもいったか?」
「いや、そうではないのだが・・・少々予想外だったものでな・・・」
「貴様、初対面の我々が真名を呼ぶことを許していた、とそういうことなのか?」
あぁ、そうか。
迂闊に呼べば殺されかかるものだったな。
ならこの反応もうなずけるんだけど・・・
「さっきも言ったとおり元々俺の国にない風習だからなぁ・・・
無理にそっちの流儀にあわせるとそういうことになるってだけなんだけど・・・」
「むむむ・・・」
「そうなのか・・・」
夏侯惇と夏侯淵は考え込んでしまっている。
彼女らにしてみれば俺の態度は不自然なんだろう。
真名ねぇ・・・いまいち実感がわかない風習だなぁ。
「初対面の人間に真名を許すってのがどれほどのものかわからないからなんとも言えないけど・・・
少なくとも両方を名乗るのが俺の国の風習に則った自己紹介だったわけで。
そこまで身構えられちゃうと困るというか・・・」
「私達にとって真名というものがそれほど大事なものである、ということよ。
だから一刀、あなたに私の真名を預けましょう。今後私のことは華琳と呼んでいいわ。」
今度はこっちが驚く番だった。
「えぇ!?俺にそこまであわせなくていいんだぞ?命とられても文句言えないほど重いものなんだろ?」
「私がいいといっているのだから良いのよ。
構わないわ。私達にとって許される前にあなたの真名を呼んだことはそれほどのことなのよ。あなたたちも良いわね?」
「・・・まぁそちらがそれで良いなら俺に拒む理由もないけど・・・殺されたりはしないだろうな?」
「貴様!なぜこちらを見る!」
「仕方ないだろ!さっきからちょくちょくあんたに脅されてるんだから!」
「貴様ぁぁ!」
「春蘭、そういう脅しは慎みなさい。それにあなたは一刀の名を呼びたいとき、ずっと貴様で通すつもり?」
「アレとかお前とか犬でいいでしょうに!」
「一応俺の方が年上なんだけどな・・・」
「秋蘭はどう?」
「ふむ、承知いたしましたとお応えしましょう。」
「秋蘭、お前まで!」
「私は華琳様の決めた事に従うまでだ。姉者は違うのか?」
「ぐっ・・・い、いや、私だって、だな・・・!そうだ!こやつの名前が本当に真名かどうかなど、わからぬだろう!」
「俺は今日真名関係で一度殺されかけてるんだ。いまさら偽名なんて使うほど肝は太くないよ。
それにこの状況で嘘ついても仕方ないしな。俺の名前は北郷一刀。あとにも先にもこれ一つさ。」
「結構。なら、これから私のことは華琳と呼びなさい。春蘭もいいわね?」
「は、はぁ・・・」
一通り納得もしてもらえたところで、改めて感じる。
誰がいったか覚えてないが、名前を与えられるってことは存在しているということ。
そして名前をもらうということは、存在を認めてもらうということ。
この世界で、俺が、生きていける、ということかもしれない。
「・・・それでは改めまして北郷一刀だ。以後よろしく。」
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説明文に思いついたことをいれておくと猫が寄ってくる仕組み。
申し訳ありません嘘です。
ちなみにここの情報は殆どの場合で作品とは全く関係がありません。