No.640154

真・恋姫無双異聞~皇龍剣風譚~ 第四十話 声 前篇

YTAさん

どうも皆様、YTAでございます。
読者様方々には、大変長らくお待たせを致しまして、申し訳ありません…orz
 言い訳等はあとがきでさせて頂きますです……。

 では、どうぞ!!

2013-11-26 18:16:55 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:2822   閲覧ユーザー数:2395

                                  真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~

 

                                      第四十話 声 前篇

 

 

 

 

 

 

「んん?どうしたよ、饕餮(トウテツ)。“アイツ”に、何か用でもあったんか?」

 罵苦の居城にて、幽閉を主目的として作られた部屋から出て来た饕餮に、配下の中級種を従えた窮奇(きゅうき)が、そう声を掛けた。

「あぁ。北郷一刀に付いて、尋ねてみたい事が幾つかあったのでな。貴公は、これから出陣か?」

 饕餮は、閉ざされた兜の奥から、窮奇の後ろに控えている中級種に視線を投げて答える。

「応よ。お前を含めた他の四凶は、みんな自分の八魔を出したからな。俺様も、この畢方(ひっぽう)を出す事にしたぜ」

 

 窮奇はそう言って後ろに控える青白い羽毛と、毒々しい赤色の頬袋を持った鳥人を、逞しい虎の顎で指し示した。

「ほう、“災禍振り撒きし凶鳥”と謂われる……」

 饕餮が、興味深げにもう一度、畢方に視線を遣ると、畢方は慇懃に会釈をし、深く頭を垂れた。

「ふ……佳く礼儀を弁えておるのだな。天衣無縫な貴公の臣下とは思えぬ」

 

「まァな、反面教師ってやつだ。ほいじゃあ、俺様達はこれで失礼するぜ。もうそろそろ、お出掛けの時間だからよ」

「そうか。武運を祈る」

「ケッ!心にもねェ事を」

 

 窮奇は、饕餮の言葉に愉快そうに笑みを返すと、畢方を従えて、饕餮が今しがた出て来た部屋へと入って行った。饕餮は、兜の中で苦笑を浮かべて歩みを再開した。

 窮奇とその臣下への激励の言葉に、嘘はない。鉄を鋼へと鍛え上げる為の熱の温度は、高ければ高いに越した事はないのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅむ……」

 馬謖こと智堯(ちぎょう)は、王平こと恭歌(きょうか)の、屋敷と呼ぶにはあまりに慎ましい“屋敷”の門の前で仁王立ちになりながら、唸り声を上げて考え込んでいた。今朝早く、明日(みょうにち)より、魏延こと焔耶の部隊へ合流するべしとの辞令が、鳳統こと雛里よりもたらされた。

 

 “上層部(うえ)”が、どんな思惑を以って今回の人事を決めるに至ったのかは、本来が聡明である智堯には容易に察しが付いている。ならばこそ、明日からは当分、不惜身命の覚悟で励まなければ、結果を残す事は出来ないだろう。

 そうなれば、北郷一刀と約束をした恭歌への謝辞も、いつ果たせるか分からなくなる。そもそも、昨日の謁見で『明日にでも』と約束をしたのだから、先延ばしにして良いものでもあるまいが。

 

「(とは言うものの……)」

 智堯は、今日起きてから何度目かになる台詞を内心でそう独りごちると、緩々と頭を振った。何とも気不味いこの気持ちを、どうしたものであろうか。

 前回、恭歌と会った時、自分は、謹慎を言い渡された直後だった。一番、気分が塞いでいた時期である。

 自分に記憶こそ無かったが、もしや、恭歌を傷付ける様な酷い事を言いはしなかったかと考えるだけで、胃がキリキリと痛んだ。

 

 昨日、北郷一刀に言った事は本当だ。智堯は、心から恭歌に感謝していた。策とも言えぬ策を破られ、半ば茫然自失していた自分に変わって恭歌が指揮を執ってくれたからこそ、損害があの程度で済んだのだ。

 恭歌が居なければ、智堯に対する周囲の評価は、最低と言って過言ではない今よりもあと数段、低い所にあったに違いない。

 

 恭歌の事は、家族同様に知っている心算(つもり)だ。だからこそ解る。恭歌は、唯ひたすらに智堯と部下達を案じて、一心不乱に立ち回ってくれたのだと。

 だと言うのに自分ときたら、恭歌が意見具申をしてくれる度に高慢にそれを退け続けたばかりか、肝心要の時になって糞の役にも立たなかったのだから、世話は無い。一体、どんな顔をして会えば良いのか、皆目見当も付かなかった。

 

 

 智堯は、ぐるぐると同じ所を行きつ戻りつする思考を断ち切ると、意を決して一歩を踏み出した。時間は止まってはくれないのだから、この際、行動を起こさなければ仕方がない。

 と、門を潜った瞬間、暫く振りに聴く懐かしい声が、智堯に掛った。

「あれ、ちーちゃん!?」

 

「お、おう。おはよう、キョウ――」

 恭歌は、挙動不審ぎみにそう挨拶をした智堯に向かって、穏やかに笑い掛けた。

「変なちーちゃん。もう、お昼過ぎだよ?」

「そ、そうか。そうだよな、うん……」

 

 智堯は、内心で自分を罵りながら、曖昧に返事をして頭を掻いた。一体、自分は、何を頓珍漢な事を言っているのだろう。

「ちーちゃんが私の所に遊びに来てくれるなんて、久し振りだね!今、お茶を出すから、上がってよ!」

 嬉しそうにそう言う恭歌に、智堯は苦笑を浮かべて答える。

 

「バカ言うなよ。お前、これから出仕だろう?そんな時間、無いじゃないか」

 そう。そもそも、その辺りまで下調べをして、ゆっくりしているであろう午前中の早い内に尋ねるのを遠慮したのだ。恭歌自身も、出掛ける為に出て来た様子で、既にきちんと装束が整えられている。

「それはそうだけど、でも……」

 

「大した用事じゃないんだ。歩きながらでも話せればと思って来ただけだから。そうしてくれると、ありがたい」

「そうなの?じゃあ――」

 恭歌は、僅かに残念そうに眉を(しか)めてから、屋敷に戻ろうとしていた踵を返し、智堯と並んで歩き出した。智堯にしてみれば、恭歌が自分の来訪を喜んでくれただけでも、全てが満たされる想いだった。

 果たして、今の智堯の来訪を心から歓迎してくれる者がどれだけ居るだろうと思えば、尚の事である。

 

「で、用事って何?再配属先が決まったのかな?」

「あぁ。焔耶様の隊にな」

「そっかぁ、良かったねぇえぇぇぇ!!?」

「お、おい、キョウ!声が大きいって!!」

 

 

 智堯が慌てて周囲を見渡しながらそう言うと、昼食終わりで仕事に戻る途中なのであろう町人達が、訝しそうに二人を見ている。恭歌もそれに気付いて頬を赤くし、恥ずかしそうに歩調を早めた。

「ご、ごめん……でも、だって、焔耶様って……」

「北郷様や雛里様が、色々とお考え下された結果だろう。まさか、以前と同じ参軍扱いと言う訳にもいかないし、何より、僕のせいで恥を掻かせてしまった方々には、きちんと態度で、僕の気持ちを示さなくちゃいけない」

 

「そっかぁ……ふふっ」

「ん、なんだよ。可笑しいか?」

 不意に口に手を当てた恭歌に、智堯は片眉を吊り上げてみせる。

「ううん。そんな事ないよ。でも何だか、昔のちーちゃんに戻ってくれたみたいで、嬉しかったから」

 

「…………」

「ちーちゃん、仕官してからずっと、難しい顔してばっかりだったもの。何時も喧嘩腰で、ちょっと怖かったし」

「そっか――そうかもな」

“白眉”の弟であると言う重圧。上手くゆく筈の事が理想通りにならない鬱憤。

そんなものが、知らぬ内に自分を縛っていただのだろうか?

 

「そうだよ。索冥(さくめい)ちゃんも、気にしてたんだから」

 索冥とは、幼友達で諸葛亮こと朱里の弟子でもある、蒋琬(しょうえん)の真名である。内政の才覚を買われたこの少女は、智堯と同じ年に、朱里に弟子入りをした。

 一方の恭歌も、同じ年に軍に士官候補として登用されたので、三人は広義の意味では“同期の桜”であるとも言える。

 

「――ごめんな」

「もう、良いよ。この前会った時、一生分くらいは謝ってもらったし」

「そうだったっけ?」

「そうだよ!私が『良い天気だね』って、言ったって『うん、ごめん』しか言わなかったんだから」

 

「そ、そうか……ごめん」

「ほら、またぁ!」

「あ、う……」

 智堯は、面白そうに笑う恭歌を横目に、言葉に窮して頬を掻いた。どうも、政も戦も関わらない話だと、昔から恭歌には敵わない。

 

 

「なぁ、キョウ」

「うん?」

「ありがとう」

「え?」

 

 何と言うほどの事も無く、自然に口が動いた。思い悩んでいたのが、嘘のようだ。

 主の、北郷一刀の言った事は間違っていなかった。こんなにも当たり前の様に口に出来たのだから、きっと、『ごめん』よりも『ありがとう』の方が、ずっと正しい選択だったのだろう。

 智堯は、並んであるくキョウの顔を、まっすぐに見詰めた。“あの一件”以来、初めてそう出来た気がする。

 

「報償の話、受けてくれないかな?」

「でも、私……」

「負けた責任は、指揮官である僕にある。お前は、自分の権限と立場の及ぶ限り、本当によくやってくれた。当時の上官として、キョウには功績に見合った報償を受け取って欲しいんだ」

 

「ちーちゃん……」

「索冥と一緒に先に征って、待っていてくれないか?僕も必ず、そこに追い付く。今度こそ、蜀を支えられるだけの将になって。だから――」

「今迄と、逆だね」

 

 恭歌はそう言うと、意外そうな顔をする智業に向かって微笑んだ。

「今迄は、私がちーちゃんや索冥ちゃんの事を必死で追い掛けてたのに、今度は先に征くなんて。何だか、凄く変な気分」

「キョウ、それじゃあ……」

 

「――うん。受けるよ、報償。それで、先に征って待ってる。だから、必ず来てね?」

 そう言って、子供の頃から変わらない穏やかな微笑みを浮かべる恭歌に、智堯は、竹馬の朋が居てくれると言う有り難さを噛み締めて、大きく頷いた――と、その時。

 二人が歩いていた所から三町ほど先で爆音が轟き、土煙と木片が高く巻き上がるのが見えた。

 

「なに、あれ……敵襲!?」

 唾を飲み込みながら緊張した面持ちでそう呟く恭歌の横で、智堯は瞬時に思考を巡らせる。今のところ、町民達は驚きに茫然となっているだけだが、混乱状態(パニック)が起きるのは時間の問題だ。

 あの騒ぎの正体がなんであれ、警備隊の隊員達だけでは対処し切れないだろう。警邏の時間からも外れているから、指揮官階級の将が近くに居る可能性もかなり低くなる。

 

 

 智堯は、すぐ目の前にあった武具商店に駆け寄ると、直槍一振りと、三寸(約90cm)程の木製の柄の付いた板斧(ばんぷ)を二丁引っ掴み、「つりは結構!」と店主に言い捨てて財布を投げるや、恭歌の元に駆け戻った。

「キョウ!!」

 智堯はそう叫び、二丁の板斧を恭歌に向かって放り投げる。

 

「わ、わ!?え、ちーちゃん。これ……」

「お前も、護身用の剣しか持って来てないだろ?奢ってやったぞ!!」

「ありがとう――じゃなくて、武器、持って行った方が良いの?」

「あぁ。詳しい事は分からないが、ただ事じゃないのは確かだ。備えて置くに越した事はない」

 

 二人は、それを最後に頷き合うと、爆発のあった方角へと疾駆した――。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~い。都の皆さん、おこんにちはァ!これから、空飛ぶ虎さんの猛獣見世物(ショー)が始まるよォ!!」

 窮奇は、心底愉快そうにそう叫ぶと、空中で巨大な鷹の翼をふわりと羽ばたかせた。すると、無数の矢と化した羽が地上に降り注ぎ、巨大な爆発音と砂塵を伴いながら、民家や商店を(ことごと)く吹き飛ばして瓦礫へと変えて行く。

 

 人々の阿鼻叫喚を心地よさそうにに聴いていた窮奇は、鷹の爪でボリボリと顎を掻いた。

「ま、撒き餌としちゃあ、こんなトコか。あんまし“メシ”を()っちまっても、おもしろくねェ」

 そう呟いて、パチンと爪を鳴らす。すると、空中に巨大な魔方陣が出現し、その中から鳥型の下級種“アンズー”と、猿型下級種“マシラ”が、おぞましい雪の様に、次々と都に降り注いで来る。

 

「捨て駒としちゃ、ちと多いが、敵さんの本拠地だかんな。派手にやるに越した事ァねェ。早く来い、北郷一刀……一緒に楽しく遊ぼうぜ?」

 窮奇は、獰猛な笑みを浮かべて牙を剥き出しにすると、空中で静止したまま、眼下の地獄絵図を楽しそうに睥睨した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは――!!?」

「そんな、怪物がこんなに!?」

 現場に駆け付けた智堯と恭歌は、目にした光景に我を疑った。山海経から這い出て来たかの様な化け物の群れが、都を蹂躙していたのだから。

 

 民達は逃げまどい、居合わせた警備隊の兵士達も、濁流の様に逃げる者達に動きを制限され、自分の近くのマシラの相手をするのが精一杯の有り様だった。

「不味い――。これじゃ、迎撃も避難誘導もあったもんじゃない……」

 智堯は舌打ちをしてそう呟くと、襲い掛かって来たマシラの喉を一突きにして、痙攣の終わらない死体に足を掛けて穂先を引き抜いた。

 

「キョウ。このままじゃどうしようもない。手分けして警備隊員を助けて、避難誘導に当たる様に頼もう。避難が終わるまでは、僕とお前で敵を遊撃するぞ」

「解った。でも、時間が掛るね……」

「仕方ない。伝令を出そうにも人手が無さ過ぎる。遅かれ早かれ、援軍は来てくれる。それなら、今は全員で避難誘導に当たった方が効率的だ」

 

「分かった。じゃ、私は右から征くね?」

「あぁ、僕は左だ――後でな!!」

 恭歌は、槍を腰溜めに構えて駆けて征く智堯の背中を一瞬だけ見詰めて、笑みを浮かべて走り出す。

 不謹慎ではあるが、本当に今日は昔に戻った様だ。初めて智堯と索冥に出会った時も、こんな感じだった。

 劉璋派の貴族の子息達が、索冥に私塾で論破されたのが気に食わないと難癖を付けて、大勢で彼女を取り囲んでいた時、見るに見かねて助けに入った恭歌を、唯一、助太刀してくれたのが智堯だった。

 

『お前、莫迦なんじゃないのか!?』幼い智堯は、呆れ顔で恭歌に言いながら、『背を合わせて絶対に離すなよ!』と、続けて、そうする事が当たり前であるかの様に、手に持った棒きれを、貴族の息子達に向けたのである。幼いながらも勇ましい声を思い出し、二丁の板斧を握る恭歌の手に、力が漲る。

 あの時は、索冥一人を守るので精一杯だったけれど。

 

 

「今度は、もっとたくさん――守るんだ!!」

 恭歌は、自分を鼓舞する様にそう呟き、逃げまどう人々を掻き分けて、奮戦する警備隊員の元に向かって、走る速度を上げた。

 

「だぁぁぁ!!」

 智堯は、空中から急降下して来るアンズーの爪を紙一重で躱すと、自分の喉元を噛み千切らんと突っ込んで来たマシラの口に、槍を突き立てた。先程、助けた兵士で三人目。恭歌の方も順調に兵士を救護してくれているお陰で、避難誘導は随分と円滑になって来ている様だった。

 

 だがそれでも、数の差があり過ぎる。いくら智堯と恭歌が派手に暴れて注意を引き付けようとも、警備隊員に向かって行く全ての罵苦を止めるには至らないし、市民が襲われる度にそちらに救出に向かわねばならないので、一所(ひとところ)に踏み止まるのも容易ではない。

 決定的な一手を欠いている。それは、分かっているのだが。

 

 智堯が歯軋りをした次の瞬間、空中の魔鳥達に向かって、巨大な火球が唸りを上げて飛来し、一度に数羽を薙ぎ払った。

「あれは……」

「無事かッ!?」

 

 銀色の拳士は、襲い掛かる数体のマシラをいとも容易く鋭い連撃でねじ伏せると、智堯に背を合わせて、怪物の群れを牽制する。

「楽進将軍、援軍ですか!?」

「いや――偶然、近くに居ただけだ。今頃は、沙和と真桜が警備隊の屯所に走っていると思う」

 

 楽進こと凪の言葉を聴いて、智堯は暫し逡巡したあと、口を開いた。

「楽進将軍。僭越ながら、お願いしたき儀が御座います」

「なんだ?」

「将軍に、伝令に走って頂きたいのです」

 

「伝令?」

 凪は、訝しそうに、横目で背後の智堯を見遣った。この状況では、一人でも多くの戦力が必要な筈だ。それに、遠からず来ると分かっている援軍を敢えて呼びに行けと言うのも、解せない話だった。

「はい。将軍の俊足ならば、宮中へも瞬きの間でしょう。宮中に着いたら、呂布将軍麾下(きか)の兵を、本隊に先行してこちらに急行させるよう、要請して頂きたいのです」

 

 

近衛(このえ)を先行……だと?三国の最精鋭が、既に出撃準備に入っているであろうに、か?」

「はい。三国の中で、罵苦の大軍と正面から干戈を交えた事があるのは、呂布将軍麾下の部隊のみ。この乱戦の中でまず敵の勢いを押し返すには、その一事が大きく作用します。それに、被害拡大を防ぐ為にも、本隊にはこの周辺の包囲を優先してもらわないと――どうか、お願い致します!!」

 凪は、内心で成程と舌を巻いた。どうやら、日頃から恭歌が擁護していた馬謖と言う将は、噂ほどの凡愚ではないらしい。

 

「良いだろう。だが、言ったからには、持ち堪えて見せろ!!」

「承知(つかまつ)った!」

「よし。さぁ化け物ども――そこを、退()けぇぇぇ!!」

 凪の右脚に込められた氣が業火へと変じて解き放たれ、前方のマシラを爆音と共に吹き飛ばす。その熱に煽られた上空のアンズー達は、爆心地から弾き出された。一瞬の隙を見逃さず、銀の拳士は大地を蹴り上げる。

 一身を、紅蓮の戦神への遣いと成して――。

 

 

 

 

 

 

「へェ……あのニ匹、中々ヤるじゃねェの」

 窮奇は、遥か上空から混沌とした都の一角を見降ろし、マシラとアンズーの群れを相手に奮戦する二人の若き将に、賞賛の呟きを漏らした。事前の情報では確認した事のない顔だったが、数百にも及ぶ異形を相手に心を折る事も無く立ち向かっている姿は、中々に様になっている。

 

「まぁ、北郷の野郎が来るには、まだ少し時間があるだろうし……良いぜ。ちょっとばかり、遊んでやるよ」

 窮奇が獰猛な笑みを浮かべて大きく息を吸い込み、逞しい胸板を一際大きく膨らませる。放たれたのは、獣王の咆哮。

 次の瞬間、それを聴いた異形達の動きに明確な連帯が生まれた。

「今度はちぃーっと難しいぜェ。頑張ってくれよなァ」

窮奇はそう言うと、籠の中の昆虫を興味深く眺める少年の様な瞳で、再び眼下を愉快そうに眺めるのだった。

 

 

「……なに!?」

 二丁の板斧を縦横に操ってマシラを斬り伏せていた恭歌は、反射的に身を翻し、斜めに跳んで身体を回転させた。それを縫う様にして、アンズーの巨大な爪が空を切る。と、小さく息を吐いたのもつかの間、間髪を入れずにニ体のマシラが左右から恭歌に襲い掛かった。

 

「この――!!」

 恭歌は僅かに膝を曲げ、大地を踏み込んで跳躍する。ゴツン、と言うどこか間の向けた音を立てて、目標を失ったマシラ達の体がぶつかり合った。

「はぁぁぁッ!!」

 

 空中で体勢を整えた恭歌の両手に握られた板斧が、風を切って唸りを上げる。ニ体のマシラは、頭蓋の中身をザクロの実さながらに撒き散らして、地面に斃れた。

「動きが変わるなんて……連携!?」

 正しく、怪物達は連携行動を取っていた。稚拙と言えば稚拙かも知れないが、数の優位と人間離れした身体能力とが合わされば、十分過ぎる程の脅威である。

 

 恭歌が慌てて智堯の方を見遣ると、智堯も、空からの強襲と連携した地上からの攻撃を槍で往なしながら、苦戦を強いられている様子だった。恭歌は、向かって来たマシラを斬り伏せて、智堯の元へと走り出す。

 このままでは、各個撃破の的にされかねないとの判断だった。

「ちーちゃん!!」

 

「キョウ!!」

「様子がおかしいよ!背中を合わせて様子を見よう!」

「……!ははっ、了解だ!!」

 どこかで聴いた恭歌の台詞に、智堯は思わず笑みを零して従う。背中に伝わる温もりの、何と心強い事か。

 自分がどうして、これ程に頼もしい温もりを遠ざけていたのか、不思議でならならない。

 

 一振りの槍と二丁の板斧が、一つの竜巻と成って異形達を屠り出す。空の敵は深追いせずに躱す事を主とし、地上の敵の数を減らす事に注力した。

 連携は、自然、どちらかの数を極端に減らしてしまえば、成立しないからだ。数分か、数刻か。援軍が来ない事を鑑みるに数分なのだろうが、二人の消耗は限界に来ていた。

 

 彼我の戦力差、異形達の身体能力、多勢に無勢と言う心理的な負荷(ストレス)。そのどれもが、まだ経験の浅い若き二人の将を責め苛んでいたのである。

「キョウ、お前、どれだけやった?」

 智堯がそう尋ねると、恭歌は息を整えながら答える。

 

 

「多分、五十くらい……ちーちゃんは?」

「同じ位だ。それにしては、一向に減ってる気がしないけどな」

 空を覆う怪鳥の群れの圧迫感が、よりそう思わせているのだと分かってはいても、こればかりは智堯にもどうこう出来るものではなかった。唯一の救いは、怪物達がこちらに注意を向けてくれたお陰で、避難誘導が(はかど)っている事か。

 

 それにした所で、自分達が持ち堪えない事には水泡に帰す。

「ハッハァ!お前等、頑張るねェ!!」

 そんな、場違いに軽薄な声が頭上に木霊するのと同時に、怪鳥の群れが雲が途切れるかの様にして割れ、その更に頭上から、声の主が姿を現した。

 

「お前等、マジ気に入ったわ!俺様は窮奇。罵苦を束ねる、四凶の一角よ。光栄に思いな――お前等の名を訊いてやる」

 智堯と恭歌は、息を呑んでその存在を見詰めた。伝説に伝え聞く通りの翼持ちし猛虎が、人語を以って語りかけて来たのだ。

 それこそ、驚くなと言う方が無体というものであろう。

 

「んん?どうした、ガキ共。おっかなくって声も出ないか?」

 窮奇がそう言って獰猛に大きな口を歪めると、智堯はきりと歯軋りをして、空中に向かって名乗りを上げた。

「我が名は馬謖!」

「わ――私は、王平!」

 

 窮奇は、満足そうにくつくつと笑って、大きく頷く。

「へェ、お前等が“この世界”の……成程、面白れェ。この俺様が直々に――痛でッ!!?」

 窮奇は、突如として響き渡った乾いた音と共に、誰かに殴られたかの様な格好で首を横に傾げた。

「遊びに誘う相手を間違えてるんじゃないか、窮奇?」

 

 窮奇は、ボリボリと“こめかみ”の辺りを爪で掻きながら、その声のした方にゆっくりと笑顔を向けた。

「いよぉ……早かったじゃねぇか、大将」

 鷹の(まなこ)の視線の先には、龍風の上で、硝煙の揺らぐ銃口を自分に向ける北郷一刀の姿があった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「抜かせ。人の留守中に断りも無く来ておいて、早いも遅いもあるか」

 一刀は、窮奇から視線を外さぬ様に龍風から降り、手綱を後ろに乗っていた華琳に任せると、そのまま智堯と恭歌の所へと歩み寄った。

「二人とも、良く持たせた――報告しろ」

 

 主の鋭い声に、一呼吸置いて智堯が答える。

「はっ!近くに居た警備隊員には避難誘導を優先してもらい、我等二人で遊撃を担当しておりました。居合わせた楽進将軍に伝令を頼み、呂布将軍の隊に先行してもらい、本隊には包囲を固めて貰うよう要請を。追っ付け、呂布隊が到着するかと!」

 

「上出来だ、智堯。恭歌もな――華琳?」

 一刀は、龍風の上で青い顔をしている華琳に、僅かに顔を向けて問い掛けた。華琳は乗り物酔いの嘔吐感を気迫で押し止め、威厳を込めて一刀を見返す。

「何かしら?」

 

「すまないが、このまま龍風で本隊と合流して、総指揮を頼む」

「私が?後から来ておいて、指揮権を奪えと?」

「あぁ。雪蓮が居てくれれば良かったんだが、生憎と今は建業だし、市街地での大規模な乱戦――しかも防衛戦となると、桃香や蓮華には、少しばかり荷が勝ち過ぎる」

 

 一刀の言葉を聞いた華琳は、愉快そうに唇を歪めた。

「あら、はっきりと言うのね。それはそのまま、貴方の勅命として二人に伝えても良いと言う事?」

「二人が渋ったのならな。民の命が掛ってるんだ。後でヘソを曲げられる位の事は、幾らでもどうにかするさ」

「ふふ、その言い様、気に入ったわ……結構。この曹孟徳が、覇王の二つ名に賭けて指揮をこなしてみせましょう」

 

 

 一刀は、華琳の自信に満ちた言葉に満足気に頷く。

「龍風、そういう訳だから、しんどいだろうが、もうひと踏ん張りしてくれるか?」

龍風はその全ての力を使い切り、一刀と華琳を一瞬で陳留からこの都まで運んで来たのである。蹄の音すらさせずに忽然と一刀が窮奇に不意打ちを掛ける事が出来たのも、それ故であった。

 

 本来なら立っている事すらままならぬであろう龍風は、荒い息をしながらも雄々しく嘶いて鬣を振って見せる。

「ありがとう――征け、華琳!」

「えぇ。武運を!」

 

「もう、打ち合わせは終わったかい?」

 龍風に乗って去って行く華琳の後ろ姿を眺めながら、窮奇は退屈そうな声で一刀に尋ねた。

「お陰さまでな――二人とも、地上は任せるぞ」

 一刀は窮奇の問いに固い声で答えると、智堯と恭歌にそう言って、前に進み出る。

 

 深く、規則正しい呼吸に呼応して、一刀の丹田から“賢者の石”が姿を現し、そこから紅い輝きと共に小さな龍が飛び出すと、一刀の身体に巻き付いて、立体を失い吸い込まれていった。

「――鎧装ッ!!」

 言霊が放たれると同時に、跳躍した一刀の身体が金色の光に包まれ、黄金の魔人が顕現する。魔人の背中から一対の漏斗の様な形のモノが出現し、白く輝くフレアを放出して、その身を窮奇の居る遥か上空に舞い上がらせた。

 

「ぬぉぉぉッ!!」

 抜刀しざまに魔鳥アンズーを斬り捨てた魔人は、アンズーが泥に還る直前にその身体を足蹴にして、窮奇より更に上空へと跳躍する。

「皇龍王、見参!泥に還る覚悟は出来たか、窮奇ぃぃ!!」

 

「ハッ!誰がァァァ!!」

 窮奇の爪と上段から振り抜かれた皇龍王の刃が激突し、激しい火花が都の上空を焦がす。皇龍王は、窮奇の胸倉を蹴り上げて再び跳躍すると、周囲を飛んでいたアンズーの背中に着地し、そのまま魔鳥を蹴り抜いて、窮奇に肉薄した。

 

「ケケッ!!中々、面白え事を考えるじゃねェか、北郷ォ!!」

「ふん、赤くなくて生憎だがな!」

 火花を散らす爪と(しのぎ)を挟んで、猛虎と龍の視線が一瞬交差し、再び離れる。空中で皇龍王の右手から鎖が放たれ、近場を飛んでいたアンズーの首に巻き付くと、皇龍王はもがくアンズーを鎖ごと引き戻してその背に飛び乗り、更に上空を羽ばたく窮奇を睨んだ。

 

 

「ハハッ!マジで面白ェぜ、お前!!」

 窮奇は、歓喜すら帯びた雄叫びを上げ、羽を無数の弾丸へと変えて、皇龍王目掛けて発射した。皇龍王は、アンズーの首の鎖を解いて空中に跳び上がり、羽の弾丸を躱すや、握った愛刀“神刃(しんば)”を一対の円月輪(チャクラム)へと変化させて、窮奇に向かって投擲する。

 

「チィィ!――ッ!!?しまっ――」

 窮奇が、左右から挟撃するかの如く飛来した鋭い円月輪を、その両手の爪で防いだ瞬間、窮奇の顔に影が掛った。

「輝光拳!!」

 

 振り抜かれた輝く拳が窮奇の頬を直撃し、さしの猛虎も、空中を回転して羽を撒き散らしながら数百メートルはあろうかという距離を跳ね飛ばされていく。窮奇が二つの円月輪に気を取られた僅かな隙に、再び魔鳥の背を蹴った皇龍王が、全力を込めた右ストレートを叩き込んだのだ。

「これで、どうだ――!?」

 

 朱雀翼で空中に留まり、吹き飛んだ窮奇の様子を見守っていた皇龍王は、窮奇が巨大な翼を広げて空中に踏み止まり、態勢を立て直すを見届けて、仮面の中で小さく舌打ちをした。

「ま、そう簡単にはいかないよな、やっぱりさ……」

 皇龍王は、手元に戻って来た円月輪を刀に戻すと、猛スピードで自分の方へと舞い上がって来る窮奇を迎え撃つべく、呼吸を整えて柄を握り締めた――。

 

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 智堯は唯々茫然として、金色の魔人と翼を持つ猛虎の空中戦を魅入られた様に眺める事しか出来なかった。天駆けながら戦う人知を超えた存在同士の一騎打ちは、正しく神話の御世の再現としか言い様のない光景だったのである。

 

 

「ちーちゃん!!」

「!!?」

 恭歌の声で我に返った智堯が慌てて槍を構え直すと、今まさに智堯に襲い掛からんと跳躍したマシラが空中で横殴りに吹き飛んで、地面に叩き付けられた。その腹には、禍々しいとさえ言える刃を持った、長大な長柄の戟が突き刺さっている。

 

「戦場で……油断は……だめ……」

「恋さま!!」

 呂布こと恋は、自分の名を呼んだ智堯の声に小さく頷いて答えると、つかつかと自分の投擲した方天画戟の元まで歩み寄り、マシラの死骸が既に泥となって消え去った地面から、無造作に得物を引き抜いた。

 

「もう……だいじょうぶ。あとは、恋達に任せる……」

 そう言った恋が見た方向に、智堯と恭歌が揃って視線を移すと、街の中から真紅の具足に身を包んだ一団が現れ、津波の様な勢いで異形達に襲い掛かって征く。

「包囲も……もうすぐ終わる……から。二人は……下がって少し休む」

 

「いいえ!!」

 智堯は、血振りをして部下の加勢に向かおうとする恋の背中に、そう答えた。

「我等は、北郷様に此処を任せると御言葉を頂きました。どうか、部隊に加えさせて頂きたく!!」

「お願いします!!」

 

 恋は、振り向いて頭を下げる二人を見ながら一瞬、逡巡すると、「……いいよ」と言って小さく頷いた。

「でも……居るからには、役に立って……」

智堯と恭歌は、視線を合わせて頷き合うと、「はい!」と返事をして、再び歩き出していた恋の背中めがけて走り出した――。

 

「つまらん……」

「もう、まだ言っているの?桔梗」

 黄忠こと紫苑は、不機嫌そうに溜息と吐く厳顔こと桔梗に、苦笑混じりの笑顔を向ける。

「当然だろう!空飛ぶ敵が居ると聞き、今日こそ我等が弓兵隊の出番かと思うておったに……」

 

「そうじゃそうじゃ。北郷の奴め、気の利かぬ事をしよってからに……のぅ、秋蘭?」

 傍に立っていた黄蓋こと祭が、桔梗に同意しながら、隣に居た夏侯淵こと秋蘭にそう話を振ると、秋蘭も紫苑と同じ様な苦笑を浮かべて微笑んだ。

「しかしな、祭殿。我等が(こぞ)って、北郷の“足場”を片っ端から撃ち落としてしまう訳にもゆくまい?」

 

 

「ふん。あそこまで出来るなら、いっそ飛んでしまえば良いのじゃ」

「ふっ。呉の宿将殿は、我が姉の様な無茶を言う」

 秋蘭は、祭の子供のような言い様に、もう一度苦笑を浮かべた。空飛ぶ敵の来襲の報を聞き、本隊は当初、三国の弓兵隊を中心に迎撃戦を展開する心算(つもり)でいた。

 

 しかし、総指揮官となった華琳は、一刀の戦い方を見て急遽それを取り止め、地上の敵を歩兵部隊で包囲して、呂布隊から逃げて来るマシラの殲滅を優先するようにとの大号令を発したのである。その結果、主に弓兵を指揮する将達は、包囲の外でこうして雑談をしながら茶を濁すという、甚だ非建設的な状況に置かれる事になってしまった。

 

 無論、何もする事がない訳ではないが、熟練の将達からすれば、四方山話で暇を潰すくらいで十分であった。

「まぁ、折角、戦支度をしてきたというのに大してやる事が無いというのは、確かに少々つまらんが――なッ!」

 瞬きの間に餓狼爪に矢を(つが)えた秋蘭がそう言って放った矢は、遥か前方の最前線で、ヨロヨロと包囲網から逃れようとしていたマシラの一匹の眉間に、見事に命中した。

 

 マシラを追って止めを刺そうとしていた夏侯惇こと春蘭がそれに気付き、満面の笑みを浮かべてブンブンとこちらに手を振っている。姉に向かって手を振り返している秋蘭を見て、紫苑が微笑みを浮かべた。

「流石ね、秋蘭ちゃん。短弓を用いた早撃ちでは、私達の中でも一番なんじゃない?」

「いや――何せ、産まれた時から一緒の姉がああなのでな。自然と、後方からの対応が早くなっただけだ。しかし、曲張比肩と謳われる黄漢升にそう褒められると、悪い気はしないな」

 

「のぅ、御二人さん。互いの腕を褒め合うのは大いに結構なのじゃが、ちと移動した方が良くはないかの?」

「あら、どうして?」

 紫苑が、少女の様に小首を傾げて祭にそう問い返すと、紫苑の後ろで空を見上げていた桔梗が、右手を(ひさし)代わりにしながら、のんびりと答える。

 

「それはな、紫苑。お屋形様が、もうすぐ此処に結構な速度で落ちて来るからよ」

「あらあら」

 紫苑は、特別慌てる風もなく、桔梗に倣って空を見上げながら、そう呟く。ちらと周りを見渡せば、部下達は既に円状に交代しており、その中心に、自分達だけが居残っている形になっていた。

 

 多くの兵達は、この時代に存在するはずの無い“空中戦”を注視していた為、祭や桔梗が一々号令を掛けずとも、軽い手振りだけで、極めてスムーズに撤退を終えていたのである。

「ふむ、歩いていたのでは間に合わんな。跳ぶか」

 

 

 秋蘭が、これまた慌てるでもなくそう言うと、他の三人も頷き合って、一斉に軽く膝を曲げる。黄金の魔人が巨大な砲弾となって地面にクレーターを穿ったのと、四人の姿が掻き消えたのは、ほぼ同時。

 数瞬後には、四人は何食わぬ顔でクレーターの中を覗き込んでいた。

「こりゃまた、盛大にやったもんじゃ。北郷の奴、生きとるかのぅ?」

 

 祭が、のほほんとした様子でそう言うと、桔梗が隣で、こめかみの辺りをポリポリと掻きながら答える。

「まぁ、お屋形様の事だ。死にはせぬだろうが……これでは、道を埋め立てるのが面倒よな」

「そうねぇ。いっそ、業者に頼んだ方が良いかも知れないわね。その方が、民間にお金を落とせるし」

「私がこんな事を言うのもなんだが、お前達、もう少し位は北郷を気に掛けてやった方が良いと思うぞ……」

 

珍しく一刀に同情を感じた秋蘭が、妙齢の御婦人方に向かってそんな事を言ったのと同時に、クレーターの中心で勢い良く瓦礫が吹き飛び、黄金の魔人が姿を現した。

「ほれ。大丈夫だったろうが」

「いや、そういう事ではなくてだな……」 

桔梗が何故か自慢げに、秋蘭に向かって笑いながらそう(のたまう)と、秋蘭は、普段は姉に向けているのと同じような眼差しを桔梗に投げ掛け、深々と溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「あんにゃろう……八割がた猫科の分際で、天下の霊長類を足蹴(あしげ)にするたぁ良い度胸だ――」

 皇龍王は、仮面の奥で空中を睨み付けると、神刃の柄頭(つかがしら)を引き下ろし、流れる様な動きで、鞘に差さっていた青龍の小柄を抜き放つ。

「上等じゃねえか。手札を晒すのは気が進まなかったが、もう勘弁ならん!四神覚醒――青龍変!!」

 

 柄頭から出現した空洞に差し込まれた小刀が、魔人の言霊を受けて、古の獣を喚び覚ます理を紡ぎ出す。世界に溢れ出した浅緑(ライトグリーン)の光が収まると、魔人の姿は一変していた。

 

「蒼天よりの使者――青龍王、見参!黒焦げにしてやるぞ、このトリどら猫!!」

 

 青龍王は、名乗りもそこそこに掌を下にして両腕を広げて力を込めると、オーケストラにニュアンスを指示する指揮者さながらに掌を返し、ゆっくりと振り上げた。すると、周囲に濃密なオゾンの匂いが漂い出し、光る糸の様な紫電に導かれた無数の小石や木片が、ゆらゆらと不安定に揺れながら中空に舞い上がり、青龍王の肩口ほどの高さで、一斉に静止する。

 

 

 空中でその様子を見ていた窮奇は、「マジすか……」とどこか楽し気に呟き、残された僅かな時間で対応を練るべく、思考を巡らせ始めた。その声が聞こえたのかかどうか、青龍王は、仮面の中で不敵に嗤う。

「これだけの数の電磁投射砲(レールガン)、御自慢の翼が禿げる前に迎撃できるかどうか――試してみるか?」

 

 一瞬の間を置いて、それらは放たれた。どこにでも転がっている、小さい物は小指の先、大きい物でも握り拳ほどがせいぜいの、何の変哲も無い石や木片。

だがしかし、今は違う。その一つ一つが火薬の爆発による化学反応――即ち、体積増加を利用した銃弾の加速を遥かに凌駕する速度を得た、恐るべき魔弾である。

 

 音の壁が破られた事で引き起こされた轟音が龍の遠吠えを代行し、未だ口元に獰猛な笑みを湛える窮奇に襲い掛かった。都の上空に再び――人々の耳には、二つは殆ど同時に感じられたが――爆音が轟き、道雲の如き粉塵が、空を覆う。

 その場に居た誰もが、この神話の戦いの勝敗は決したと確信していた。そう――“彼等”以外は――。

 

「そう来ると――」

「そんなこったろうと――」

「「思ったぜ!!」」

 重なるようなタイミングで発せられた叫び声と共に、龍と虎は、再び天空で激突していた。

 

 紫電を帯びて全てを断ち斬る青龍王の右脚の刃を、窮奇の鋼をも裂き斬る魔性の爪が受け止めて、文字の通りに火花を散らす。窮奇は、電磁投射砲からの盾に使った事で自身の漆黒の血に染め抜かれた翼をはためかせ、歓喜の声を上げた。

「ヒャハハハハ!!良いぜ良いぜェ――お前、最高にイイ!男同士のタイマンてのは、こうじゃなきゃいけねェやな!!」

 

「抜かしてろ、猫科が!!」

 青龍王はそう返すと、受け止められた右脚を軸にして、窮奇の首めがけ左脚の刃を振り抜く。窮奇は尚も笑い声を上げながら、もう片方の手でそれを受け止めた。

 “ブシュ”と不気味な音がして、青龍王の脚をその刃ごと受け止めた窮奇の掌から、黒い血が勢い良く溢れ出て来る。しかし、窮奇はそんな事を気にも止めず、青龍王の脚を握る両手に更に力を込めた。

 

 

「ヒャハハ!!痛ェなァ、おい!!なんかこうよォ、“生きてる”って感じがバリバリすんぜ――北郷一刀ォ!!」

 窮奇はそう叫ぶや、青龍王の両脚を握ったまま、(まさかり)でも振るうかの様に青龍王を振りまわし、裂帛の気合と共に地面に向かって投擲した。が、都に二つ目のクレーターが出現する事はなかった。

 

「へェ、そんな事も出来んのかい」

 窮奇は、“空中で静止した”青龍王を見下ろしながら、愉快そうに言った。

「虎が飛んでて龍が地べたじゃ、何時まで経っても格好が付かないだろうがよ」

 青龍王はそう言って、電磁波の竜巻を纏った両腕を僅かに動かし、姿勢を調整する。両腕から電磁波を放出する事で可能となる飛行能力――これにより、皇龍王の時よりも空中での移動や姿勢制御は格段に上昇する。

 

 しかし、中距離戦に用いる武装の殆どを両手から放つ青龍王にとって、それは戦闘に於ける選択肢を大幅に奪われる事と同義であると言っていい。まさか、窮奇がそれに気付かぬ筈もなく、青龍王は、、結果的に自分の手札をまた一枚、晒される羽目になっていた。

 青龍王は、あと一手の際どい局面に悉く鬼手を打ってくる窮奇の“勝負勘”とでもいうべきものに空恐ろしい戦慄を覚えて、僅かに身震いをした。

 

「やっぱりお前、面白ぇなぁ……追い詰めたら追い詰めただけ化けやがる」

窮奇は、バックリと切り裂かれた自分の手を、猫科らしくペロペロと舐めて血を拭うと、不意に意地が悪そうに大きな口を歪めた。

「んじゃあ、こういう事したら、お前はどうすんだろうな?」

 

 パチン、と鋭い爪が鳴らされるのと同時に、窮奇の横の空間が歪む。昏い蜃気楼の中から現れたのは、全身を包む青白い羽毛と、嘴の両脇に毒々しい赤に染まった頬袋を持つ、人間と鳥の相の子とでも形容すべき“鳥人”であった。翼とは別に四肢を持ち、二足歩行の生物と同じ様な骨格を持つシルエットは、窮奇に良く似ている。

 

 しかし、青龍王を驚愕せしめたのは不気味な青い鳥人ではなく、鳥人の禍々しい爪の付いた腕に抱かれてグッタリと頭を垂れている男の存在だった。

「まさか……そんな……どうして……!?」

 そこに居る筈のない旧友。今生の別れを交わした朋。こんな、気違いじみた化け物などとは、関わり合いになる必要などない世界の住人。

 

「及川……」

 青龍王――北郷一刀は、もう二度と呼ぶ事はないであろうと思っていた友人の名を、途方に暮れたように、久方振りに口にした――。

 

 

                      あとがき

 

 はい。今回のお話、如何でしたか?

 まさか、ここまで間が空くとは思いもしませんでした……。今年はどうやら、大して悪い事も無く過ぎた筈の厄年に溜まった災禍さんが、纏めて私に振りかかる事にしたらしく、どうにもこうにもまりませんで……。

 リレー小説の方でも、他の作家さん達に御迷惑を掛けてしまいましたし、反省しきりです。

 

 さて、今回のサブタイ元ネタは、

 

声/THE BACK HORN

 

 でした。

 THE BACK HORNさんは、何と四人のメンバーの内二人が福島県南部出身。しかも、バンドリーダーの松田さんは、同じ校舎で勉学に励んでいらした先輩でもあるんです!それを知ったのはファンなった後だったので、もの凄く驚いたのを鮮明に覚えてますw

 まさか、自分の先輩にあたる方がガンダムのエンディングに携わったりしてるとか、思いもしませんでした……。

 

 この“声”は、私がファンになる切欠にもなった曲で、爽やかで情熱的、且つ疾走感のある素晴らしい曲です。お暇がありましたら、是非とも聴いてみて下さい。

 

 漸く及川と一刀を同じ場面に出す事が出来たので、今回のエピソードもあと一息といった所まで来ました。及川を絡めると、一刀の日常パートにも幅が出て来るので書く楽しみが増えますし、頑張りたいと思います。

 

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 では、またお会いしましょう!

 

 


 
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