1999年9月26日。
オルタレーションバーストが起きた日。
世界はたった2つの人類に分けられた。
1つは、それまでと全く変わらない通常人類、ノーマル。
もう1つは、無数にある平行世界から意図して可能性を集約し、超能力として使うもの、ノッカーズ。
ノッカーズという呼び名には、異界の扉を叩いた者という意味がある。
そう、全てはオルタレーションバーストのせいだ。
2012年、私は今、そのノッカーズの名を冠した街を走っている。
ノッカーズスラム。
ほんの5日前まで、こんなところに来るとは考えもしなかった。
いや、考えないようにしていたというべきか・・。
運動不足の44歳男性の体が恨めしい。
だが今日は、そんなことを言っていられない。
今日は土下座でも何でもする覚悟で、3ピースで来た。
手にはスーツケース。絶対に取られないように、しっかりと抱えて。
かつて新宿でノッカーズ同士の抗争が起こった。
その時、ジエンドがその街を焼き払った。
無数の平行世界から炎の破壊神の力を雪だるま式にため込んだという最強のノッカーズだという。
今ではそこは、社会や家族にさえ追われたノッカーズが移り住む地域となり、ノッカーズスラムと呼ばれるようになった。
私のまわりの建物はすべて煤け、破壊されている。
それでも今では人通りも多く、活気はある。
使えそうな建物には店が入っているし、テントで作った屋台のような店も並んでいる。
不法占拠だろうが。
それに集まる人々も、どんな能力を持ったノッカーズか分からない。
今だって、恐竜時代の翼竜プテラノドンのようなノッカーズが頭上を飛んでいった。
そんなことを考えながらも、目標の店を見つけた。
コーギーらしき茶色い耳と白い口元の犬が骨を銜えた看板。
レストラン猟犬亭だ。
この店にはノッカーズの中でも比較的ノーマルに友好的な者が集まるという。
人を探すならここから始めたらよいと、インターネットで知った。
息も絶え絶えに飛び込んだ。
「いらっしゃいませ~」
小奇麗にした10畳ほどの店内には、大勢の客がいた。
当然だ。人が集まるであろう昼食時を選んできたのだから。
店員は2人。
料理人は髪を後ろに肩まで伸ばし、白いカチューシャで止めた精悍そうな青年。
それとウエイトレスが1人。
白い髪と肌をした、明るそうな女性だ。
私は体力の限界だったが、休む時間はないと思い、声を張り上げた。
「初めまして!私は久 史也というものです!家出した娘を探しに来ました!」
声が上ずっているのがわかる。
熱かった体が緊張でさらに熱くなる。
私はそう言って、手にしたスーツケースから、A4コピーしに印刷した娘の写真を出した。
眼鏡に汗が落ちる。それほど高い気温でもないはずだが、緊張のあまり止まらない。
半面、汗を吸ったシャツは容赦なく体温を奪っていった。
かざした写真には、髪を長く伸ばし、明るいオレンジ色に染めた少女が写っている。
ただでさえ人目を引いた顔には入念にメイクを施した、大人の色気さえ感じさせる。
「久 広美と言います! 歳は17。銀色の羽を持つ、飛行ノッカーズです!」
周囲の視線が集まる。
同情?憐み?ちっ、うっせーな?
私にはどう受け止めればいいのかわからない。
そこへ無邪気な笑顔とともに、あの白い髪の店員がやってきた。
「この子、時々店に来ますよ」
その声に安どの気持ちが広がる!
「本当ですか!?では、ここで待たせてもらいます!」
私は喜び勇んで席に着いた。
あ、ゴーヤチャンプルーください。
相席になったのは大柄な左腕のない男と、金色のパンチパーマにメガネをかけた青年。
そして口ひげを蓄え、びしっとスーツを着込んだ紳士だった。
隻腕の男が話しかけてきた。
「あんた、イーグルロードの父親なのか」
イーグルロード?初めて聞く名だ。
あの娘はそう呼ばれているのか?
「ああ、この町で正義の味方やってる変わり者だ」
せ、正義の味方!?あまりの展開に椅子から落ちそうになる。
私の頭に、ニュースや新聞に出てくるヒーローの姿が思い出される。
アルクベイン、リボルバー、ネクロマン。 ジエンドをそこに含める者もいる。
ノッカーズになれる人間は、総じて強い欲望を持っている。
欲望があればノッカーズになれるわけでもないが、その異形の力で犯罪に走るものも多い。
一方で、その力を正義のために使う者もいた。
まるで特撮番組のヒーローのように。
だが、ヒーローといえど法的に許可を得たわけではない。所詮暴力集団だ。
娘もそんな一人になったというのか?
私の様子に気付いたのか、口ひげの紳士が静かな声で話しかけてきた。
「まあまあ、驚かれるのも無理はありません。しかし、彼女は実によくやっていますよ」
それからの彼の言葉は、私にとってはまるで現実感がなかった。
広美は現在21歳と公称し、とある義肢メーカーに勤めている。
その名前には聞き覚えがあった。
たしか、ノッカーズ至上主義テロ組織、OLTA社の下請けだった所だ。
そのため、ノッカーズの脳に存在し、その力の根源である超常物質デミアジュウムの違法取引が行われた容疑が浮かんだのだ。
デミアジュウムは警察で運用されている対ノッカーズ武装システム・ブースターにも使われており、OLTA社も開発していた。
近年はデミアジュウム欲しさの誘拐殺人事件も発生している。
警察の捜査の結果、無罪が確定したが、風評被害で業績が一時悪化。
しかし、生産ラインの見直しによって全行程を自社工場で一括生産。
さらに悪用を防ぐために販売をやめ、全てレンタルとするなど、犯罪利用の可能性を一切作らない経営を行ったことで持ち直したのだ。
「そうそう、現在一緒に暮らしている男性がいますよ。吉野 健太郎君といって―」
その言葉を、メガネの青年が遮った。
「あ、久と吉野だ」
入口を指さす彼の視線をたどると、2人の男女が入るところだった。
年は25・6歳。背広を着た、中肉中背の平凡そうな男。
だが、私はこんな威容の男を見たことがなかった。
彼のまわりには、鷲、犬、ゴリラを模したらしい3体のロボットがついていた。
大きさは両手のひらに載るような、15センチ程度の物。
それらが親に従う子供のように、そして周囲の人間も当然のようにふるまっていた。
もう一人の女性は、髪を短くし、髪を染めていないが、間違いない!
「広美!」
私は思わずそう叫ぶと、立ち上がった!
家にいた頃はいつも派手な格好をしていたが、今はグリーンのレディーススーツと、二人とも営業の途中で昼食を食べて行こうとするサラリーマンにしか見えない。
ほぼ1年ぶりの再会だ。急いで駆け寄ろうとした。
だが広美は、一瞬体が痙攣したように見えた。
そして顔が蒼くなっていく。
その表情は、恐怖や絶望に塗りつぶされていくようだ。
「帰る」
そう言って入口へ戻って行ってしまう!
「待て!待ってくれ!広美ぃ!!」
私の声を聴いてくれたのか、吉野君は広美の手をつかんだ。
「離してよ!離せー!」
広美は吉野君の足の甲を踏もうというのか、足をあげ下した。
だが吉野君は、それを予期していた。足をよけていた。
「これから帰るの?オレおなかペコペコだよ~」
彼は気の弱そうな声で訴えた。
3体のロボットたちも、広美に抗議するように叫び声ともモーター音ともつかない音を上げた。
犬型は吠えかかるような格好をし、ゴリラ型腕を振り回す。鷲型は2人のまわりをぐるぐる回り始めた。
私はここに来る前に、高ぶる心をおさえ、落ち着いていこうと決めていた。
だが今は、再会できた喜びの方が勝っていた。
「広美!お父さんと一緒に帰ろう!お母さんもお爺ちゃんも、おばあちゃん達も待っている!」
だが広美は、吉野君との格闘に集中して耳を貸してくれない。
業を煮やした彼女は、その姿を異形へと変え始めた。
その体は服ごと銀色の西洋風甲冑に代わる。
右手から巨大な筒が飛び出してきた。
その先端近くと手前にちょうど漢字の土の字型に刃が並ぶ。
彼女が家出した日、止めようとした私に1度だけ威嚇に使ったことがある。レーザー砲だ。
背中からは、鳥のような形の力強い羽が生える。
そして顔は、鷲をかたどった兜に変わった。
それは美しかった。 まさに鷲の支配者(イーグルロード)といった趣だ。
だが私は知っている。
多くのノッカーズが異形に変わる自分を憎悪していることを。
「広美!そんな姿や能力のことは気にしないぞ!帰ってきてくれ!」
広美は一度だけこっちを向いて、「ハァ!?何言ってんの?私、あなたなんか知りません」
そう言って今度は吉野君の手を取って店を出ようとしている。
こうなったら・・・。
私はスーツケースを開くと、中から札束を取り出した。
この日のために財産を切り崩して用意した金だ。
「皆さん!ここに1000万円あります!広美を・・・イーグルロードを捕らえてくれた方に差し上げます!」
そのとき、店内のざわめきが止まった。
そしてどこからともなく。
「おじさん、それは持って帰ったほうがいいよ」
と声をかけられた。
彼らのとってもイーグルロードは脅威なのか?
「オレがご飯係なんだよ~。おなかすいたよ~。ここで食べたいよ~」
吉野君がまた情けない声を上げた。
それでも広美の歩みは止まらない。
そのとき、店主が助け舟を出してくれた。
「イーグルロードを捕まえたら、サーターアンダーキーをやるぞ」
キー?何かの鍵か?
客の様子が変わった。
一瞬目配せするように視線を向け合うと、次々にノッカーズ能力を発動させ、イーグルロードへ向かっていった!
そのとき、一瞬広美の手が緩んだのだろう。
吉野君が離れた。
彼はクワガタムシのような姿のノッカーズに突き飛ばされ、こちらへやってきた。
入れ替わりにノッカーズの集団が殺到する!
「広美!」
彼女の姿がノッカーズの向こうに見えなくなった。
と同時に、そこから赤い光がはぜた。
すさまじい爆発が起こり、ノッカーズたちが吹き飛ばされる!
「うわっ!」「チキショウ!」
さまざまな怒声が響き渡る。
あたりには砂埃が立ち込め、その中でノッカーズが変身を解除するのが見えた。
私は思わず、店の外に駆け出した。
そこに見たのは、空に続く飛行機雲だった。
私はその場にへたり込んだ。
もうあの娘には会えないのか?
「おっさん。絶望するのは早いぜ」
店の中から岩ががけを転がるような音とともに、あの隻腕の男が話しかけてきた。
そういえば、あのテーブルの3人は捕獲には参加していなかった。
そこには上半身が異様に発達した、全身が岩で出来たようなノッカーズがいた。
その体からは何本も刺が生えており、蟹のような二本指の腕はすさまじい力を発揮しそうだ。
だが、その左腕はひじから先が失われている。あの隻腕の男だ。
だが私は、違う形でその姿に見覚えがあった・・・。
ラフ・ジャック・ダイヤモンド・・・!
推定殺人約200人とも、ジエンドとも戦ったといわれる凶暴なノッカーズだ!
何だ?!ここは人間の味方が集まるんじゃなかったのか?!
私は腰が抜けてしまった。
そのラフ・ジャックが、吉野君を捕まえて言った。
「久は料理が下手なんだ。こいつを捕まえておけば、必ず取り返しに来るだろうよ」
わ、私は人質事件に遭遇してしまった!いや、私が引き起こしたのか!?
凶悪なノッカーズ犯罪に対し対しては、 警視庁の対ノッカーズ特殊部隊BOOTSが対処することになっている。
つい先日も、その自衛隊並みの火力とブースターを駆使し、犯罪ノッカーズと市街戦を繰り広げたばかりだ。
あの時のニュースで写った犯罪グループの顔に、自分の物が重なる。
しかし、捕まった当人である吉野君は至ってのんきな反応だった。
「つまりオレは、広美が帰るまでご飯が食べられない?!」
一方彼が引き連れていたロボットたちは、「もう諦めてください。ご主人様」とばかりに砲弾のような形に変形し、彼の足元に並んだ。
「さてと、そろそろ戻らないと」
ひげの紳士はそういって食事を終えた。
私には「久さん、がんばってください」といってくれた。
めがねの青年も、ほかの客も三々五々それぞれの仕事に戻るらしい。
「ラフJがんばってねー」
彼らの話を聞いていると,ここでもスラムの外と同じくさまざまな仕事についている人がいるのが分かる。
「ちょ、ちょっと待て!俺一人でイーグルロードと戦うのか?!」
茶色い岩のはずのラフJの顔が、見る見る青くなる。
「そういうな。親子の再会の立役者さん」
店長は「はい」といってタッパーいっぱいに入ったサーターアンダーギーを差し出した。
どんなものか知らなかったが、丸い沖縄風ドーナッツだそうだ。
「こうなったら吉野!!お前が何か出せ!」
ラフJが吉野君を呼ぶと、ぶんぶんと振り回し始めた。
こんなコミカルなやり取りを見ていると、ラフJの凶暴な話も何かの間違いではないかと思えてくる。
それとも、ここにいる全員がラフJさえ特別強いわけではないほどの犯罪ノッカーズなのか?
「そんな物は、ない!」
吉野君が、これまでで1番男らしい声で答えた。
「ア、あなたが広美・・・さんのお父さんですか?はじめまして。オレは彼女と親しくさせていただいています。吉野 健太郎といいます!」
ラフJに振り回されながら挨拶を忘れないとは、どれだけ礼儀正しいのだ。
久 史弥といいます。
「突然ですが、あいつが家出した理由を教えていただけませんか?あいつが自分の能力を恥ずかしがるような性格じゃないのはご存知でしょ?」
ナ、だって!?
私は今まで、広美が自分の能力に悩んだために家出したものと思っていた。
それが違うというのか?
私には分からない!
そのとき、店の外に逆噴射で着地するロケットのようなものが見えた。
その煙の中から、広美が人間の姿で入ってきた。
私は話しかけようとした。
私の前提が間違っていたなら、真実を知らなければ。そして是正せねば!
しかし、彼女の無表情、無言で放つ凄みに、私は動くことが出来なかった。
明らかな敵意だ。
何だ。私が何をしたというのだ?!
「よ、よう。サーターアンダーキーどうだ?」
吉野君を放し、変身も解除したラフJがタッパーを差し出した。
このとき初めて、広美が小さく笑った。
「どうも」
そういってタッパーを受け取ると、まるで飲み物のように口にごろごろと流し込んだ。
そしてさっきと同じように吉野君を連れて帰ろうとする。
そしてまた、吉野君に止められた。
「待てよ。まだお前の家出した理由をお父さんから聞いていない」
その言葉に、広美はいらだった。
「何よ!何か問題あるの!?」
「大有りさ!一緒に暮らしているのに、一番根本のことを教えてもらってないんだぞ!」
その言葉に、私は凍りついた。
「ま、待て!広美はまだ17歳なんだぞ!それなのに同棲だと!?」
吉野君も驚愕した。
「何ですって!?21歳って聴きましたよ!」
広美の背中に震えが走った。
そして吉野君に向き直ると、はしっと抱きついた。
「ごめんなさい! 子供だと思われたら、追い出されると思ったの!」
そんな広美を吉野君も抱き返す。
「馬鹿だな。お前は絶対に、手放したくないんだよ」
「そう・・・。あのね、家出した理由はほかの人には知られたくないの。健太郎には話すから」
「そうか」
そして吉野君は私をまっすぐ見ていった。
「ごめんなさい。2人でオレ達の家に帰ります。一度2人だけで話し合おうと思います」
な、何だと!
私はラフJ達を見た。加勢して欲しかったからだ。
しかし、ラフJと店長は赤い顔をしいて目をそらしている。
銀髪のウエイトレスは目をきらきらと輝かせながら二人に憧れの視線を送っていた。
まずい!このままでは広美が行ってしまう!
そのとき、私の視界が闇に包まれた。
そうか。私のノッカーズ能力が発動したのだ。
極度のストレスを感じると、私はこの何もない、どこまでも地平線が続く空間を作り出す。
そして、目の前に憎い相手を模したぬいぐるみが現れるのだ。
今回は、目つきの悪い牙をはやした吉野 健太郎だ。
ここでぬいぐるみを殴りつけることで、私はストレスを発散するのだ。
「この変態!変態!ど変態!」
一切の罪悪感もなくどつきまわす。
「どうせ広美にエロガッパな妄想を抱いているんだろ!本当のこと言え!どスケベめ!」
ぬいぐるみから泣き声が流れてくる。
昔流行った笑い袋のように、ノイズの多い電子音声が。
『そうです。オレはど変態のエロガッパのどスケベで~す』
この世界で行われることは絶対に外に漏れることはない。
これによって私は精神の安定を手に入れたのだ!
「へ~」×4
その時、不思議なことが起こった。
私の背後から太陽の光が差し込んできたのだ。
同時に3人の男と1人の女性による「へ~」という声も。
振り返るとそこには空間の裂け目があった。
そこに広美・イーグルロードを中心に右に猟犬亭の二人が。左にラフJと吉野君がいてこっちを覗き込んでいた。
空間の裂け目の下のほうには、土の字型であるイーグルロードのレーザー砲の土の字の上の横棒が引っかかっていた。
何だ…?一体どうなっているんだ…?
茫然自失となった私とは対照的に、広美は実に気楽な感じで話し出した。
「私がノッカーズ能力を手に入れたとき、鋭すぎる感覚も手に入れたの」
まるで小さないたずらがばれた時のように。
「この空間を見つけた時、お父さんとお母さんは喧嘩をしていて、この空間でお母さんのぬいぐるみを殴っているのを見たの」
見られた!何とか弁明せねば!!
だがなんと言う?
私の口からは「え…と。あああ…」と漏れるばかりだ。
「愚痴を言うのにノッカーズ化するほどの欲望を抱く、そんな男が父親だと思うと恥ずかしくて…」
イーグルロードが引き裂いた穴はどんどん広がっていく。
私の秘密は、文字道理白昼の元にさらされた。
それよりも、私の家庭を壊したのが、この私!?
もう、どうすればいいのか分からない!
私はあらん限りの声を上げて威嚇すると、逃げた。
それしか思いつかなかった。
広美たちが追いかけてくるのが分かる。
そう思った私はぬいぐるみを作って投げた。
一瞬で生成するぬいぐるみなら、至近距離なら爆発と同じ効果を生み出すだろう。
そして私は再び闇を作り、その中に逃げ込んだ。
どれだけ走っただろうか。
私はもう一歩も走れなくなってへたり込んだ。
周りを見渡すと、そこは見たことのない路地裏だった。
だが黒い空が、ここが私の空間であることを示している。
そうかノッカーズスラムのぬいぐるみなのだ。
しかし、やけにリアルだな。
バウッバウッ
電子的に加工された犬の声。
同時にズボンの裾を引っ張られた。
声の主を見ると、吉野君の犬型ロボットが噛み付いていた。
「お前、私を探しに来たのか?」
ロボットといえば、少年そっくりのロボットが殺人を犯すというニュースがあった。
あれもOLTA社 がらみの事件だった。
実際は、そのロボット少年に活動を妨害されたOLTA社による丁稚上げだった。
警察内部にも内通者がいたという、一大汚職事件にまで発展した。
確か、そのロボットの名はセイル…。
このロボットも、そうなのか?
その背中の小さな液晶ディスプレーが光り、「発信→イーグルロード」と表示された。
犬型ロボットはコロンと転がって腹を見せると、前足で腹に合ったふたを尻尾のほうへスライドさせた。
中から出てきたのはパネルとテンキー、つまり携帯電話だった。
『お父さん!?なんて所にいるのよ!』
早速、広美の怒鳴り声だ。
私は携帯電話を手に取った。
「広美。今日は迷惑かけてすまなかった。お父さんはもう帰るよ。」
もう、この空間で朽ち果ててもいいと思いながら。
だが広美は、すごい剣幕で怒鳴ってきた。
『何言ってるの!そこがどこだか分かってるの!?』
『広美、どうしてお前はそうなんだ。オレによこせ』
吉野君に代わったようだ。
「やあ吉野君。このロボット電話はすばらしいね」
私の気持ちは、不思議なくらい落ち着いていた。
『でしょ!ランナフォンといって、力を使うたびに携帯電話を壊すノッカーズのために自分で逃げ出す機能をつけたんです。砲弾のような形も、ショックを受け流すための形を追求した結果…そうじゃない!今そこはとても危険な場所なんです!すぐ帰ってきてください!』
そんなことは分かってる。
そしてすべては自業自得だ。
「吉野君。娘を頼んだよ」
私はそれだけ言うとランナフォンの電源を切った。
一瞬犬型の手足が嫌がるように動いたが、すぐ固まって動かなくなった。
これだけではまだ誘導電波が出ているかもしれない。
それをたどられないために川に捨て壊そうとしたが、何か気がとがめた。
結局、足元に寝かせるように置いた。
向こうから声がする。
路地裏の先を見ると、コンクリートの瓦礫が塞いでいた。
その向こうには2車線の道路があり、左側のビルが途中で崩れている。
声もそこから聞こえてくる。
なんとなく、瓦礫に上ってみた。
そこには、戦車やロボットをモデルにした、いかにも強そうなノッカーズの一団がいた。
両腕がバルカン砲になり、下半身が8輪駆動の装甲車となっている者。
イーグルロードとは違う、重厚な機械の羽根を持つ者。
背格好は普通の男だが、全身が鏡のように光を反射する者。
私は、そこらに転がっていた鉄骨を拾った。
あれを叩きのめせば、きっとスッキリする。
「うおおおおおお!!!!」
鏡のノッカーズに鉄骨を振り下ろした。
しかし、予想に反して鉄骨は弾き返された。
痛い!衝撃で手に持っていられない!
次の瞬間、私はとんでもない衝撃を腹に食らってノーバウンドで飛ばされた。
鏡のノッカーズに殴られたのだ。
私は崩れず残ったビルの壁に叩きつけられた。
「痛い…」
背中からぶつかったためか、骨は折れていないが、私はすっかり動転していた!
どうしてこうなった!?
まさかあれは、本物のノッカーズ!?
私の能力が暴走して、このノッカーズスラムを包み込んだとでもいうのか!?
鏡のノッカーズが近づいてきた。
「なんだ?このおっさん」
私は何とか立ち上がるが、瓦礫の上では走りにくい。
「おい!こいつの携帯、アウグルの使っている奴だ!」
装甲車のノッカーズが、あのランナフォンを見つけていった。
アウグル?私は記憶を探ってみたが、思い出せない。
翼のノッカーズが言った。
「ほんとか?ズヴォルタ!アウグルって、警察や動画投稿サイトに情報を流す、偵察専門ヒーローじゃないか?カメラを搭載した小型ロボットをたくさん使い、本人は絶対に見つからないとか」
ズヴァルタと呼ばれた装甲車のノッカーズのバルカン砲が、ぐにゃりと曲がった。
どうやら腕として使えるらしい。
「よく、そんなマイナーなヒーロー知ってたな」
翼のノッカーズの話に、ズヴォルタはランナフォンを持ち上げていった。
「まあな、フリューゲル。間違いない。前に銀行強盗した時に見たことがある」
銀行強盗!ここは犯罪ノッカーズのアジトなのか!
「なんだと!じゃあ、こいつはスパイか!」
鏡のノッカーズが手を手刀にして襲ってきた!
もう助からない!
「待て!シュピーゲル!」
意外なことに、ズヴォルタに止められた。
「アウグルが来るなら、ヒーロー達もここに来る!迎え撃つぞ!そいつは人質だ!」
「分かった」
シュピーゲルが私の襟首をつかみ、二人のところへ引きずっていく。
のどが絞まる。苦しい!
さっきまではここで朽ち果ててもよいと思っていた自分が、今では恐れを抱いている。
なんだ、この気持ちは。恥じるべきなのか!?
私はこのまま死んでしまうのか?!
その時、2車線道路の右側から、1台のコンパクトカーが猛然と走ってきた。
大きく開いたフロントグリル。低く抑えられた前傾のフォルム。
白いスズキ・スイフトスポーツだ。
そのスイフトはドリフトして正面をこちらに向けると、私たちのいる瓦礫の前で止まった。
何かおかしい。
そのドアは、街で見かける物より膨らんで見えた。
そして膨らんだ分、直径10センチほどの穴がいくつも空いていた。
その穴から、無数の砲弾が斉射された!
どどどどどどどど
「ひっ!」
とっさに頭を抱えた。
次に来るのは催涙ガスか!?それとも鋼鉄のノッカーズ打ち抜く衝撃か?
しかし、聞こえてきたのは電気的な動物や鳥の鳴き声だった。
私は思い切って目を開けた。
BOOTSは銃撃戦の時でも3秒は身をさらしてでも周りを確認するという。
そこには、何十個ものランナフォンロボ形態が犯罪ノッカーズに襲いかかっていた!
その中から、1羽の鷲型ランナフォンがこっちへ飛んできた。
そして私とシュピーゲルの間に割り込むと、シューという消火器のような音とともに、襟首の戒めが外れた!
不意に、襟首の部分が背中にふれた。冷たい!
手を当てみると、襟首が切り裂かれ、その切り口が非常に冷たいのがわかった。
鷲型ランナフォンは、シュピーゲルと闘いながら、スピーカーでボイスチェンジャーで加工された声を流してきた。
『逃げてください!そして車に乗ってください!』
今がチャンスだ!
私は車に向かって走り出した。
「あっ!こいつ!」
シュピーゲルが追ってくる。
だが私は、10メートルも進まないうちにコンクリートのかけらに足を取られ、転んでしまった。
その時、突き出した鉄骨で足を深くすりむいた。
後ろから「待て!」という声が迫ってくる。
その時、鷲型ランナフォンから広美の声がした。
『伏せて!伏せて!伏せて!』
私はその声に従った。ランナフォンも私の顔の近くに降りた。
次の瞬間、頭上に凄まじい熱風が吹き抜けた!
なんだ!?視線を上げると、空に銀色の何かが見えた。
イーグルロードの後ろ姿だ。
さっきのは、あの娘のエンジン排気だったのか。
ボックスウイングというのだろうか。
上下に2枚の主翼を持ち、その先端をつなげることで超音速飛行する際の衝撃波を翼の間で打ち消す構造が見える。
広美は右上へパンしていった。
その軌道は、黒い空で抑え込まれているように見える。
細長い機首が見えた。
あの土の字型レーザー砲の下の横棒を主翼とつなげ、上の横棒をカナード(先尾翼)としている。
こちらへ急旋回して向かってくる。
そして人型へ変形を解くと、エンジンを噴射しながらシュピーゲルへ突っ込んでいった!
土の字型レーザー砲を大鎌のように使い、シュピーゲルに襲いかかった!
いいぞ!やっつけろ!
舞い上がる埃も気にならない。
私は本能的に目で追った。
そこで見たのは、シュピーゲルに攻撃を弾き返され、吹き飛ぶイーグルロードだった。
イーグルロードは風に乗って私の上を飛びすぎると、素早く立ち直った。
そしてレーザー砲の照準をシュピーゲルに向けて「早く逃げなさい!」と私に呼びかけながら打った!
だが私は痛みでその場をゆっくりとしか動けなかった。
埃の舞う戦場で、レーザーの軌道がはっきり見える。
だがシュピーゲルの右足を狙い打ったはずのレーザーは巨大な鏡の壁に反射させられた。
その壁は、人間の手の形をしていた。
シュピーゲルの手が巨大化したのだ。
反射させられたレーザーは瓦礫を赤いマグマに変える。
「このシュピーゲル様の体は、どんなショックも反射させることができるん―」
そう言っている間に、イーグルロードは後ろを取っていた。
「―だぜえぇぇぇぇぇ!?アチい!!」
背中をレーザーで撃たれたシュピーゲルは、転げまわりそうな体を必死に止めたようだ。
そして両腕を左右に広げると、その巨大な掌で自分をドーム状に覆おうとした。
掌の間から顔が見える。
「これで完―」
ドームが覆い切る直前、その背中側の隙間にレーザー砲が差し込まれた。
ドームが完全に閉じた瞬間、イーグルロードはレーザー砲をしっかり握ると、ジェットエンジンをふかして、ドームを一本背負いの要領でランナフォンに取り囲まれた残り2人のノッカーズのいる方へ投げ飛ばした!
「―璧ぃぃぃぃぃ!?うわああああああ!!」
次の瞬間、私はイーグルロードに抱き上げられた。
一瞬にしてスイフトスポーツめがけて走り出す。
だが、その彼女を追いぬいて車へ向かう影があった。
ミサイルだ!
フリューゲルが放ったのだ。
ミサイルはコンパクトカーを粉々に吹き飛ばし、第2弾はフリューゲル自身がやって来た!
フリューゲルはランナフォンロボットをジェットエンジンで吹き飛ばし、ミサイルを放ってイーグルロードの逃げ道をふさいでいく。
あのミサイルに弾切れはないのか?
それでもイーグルロードは巧みに地上ぎりぎりの飛行を続けてミサイルを交わす。
私はそのたびに激しく揺さぶられるのに耐えた。
それでも、ついに娘の背中にミサイルが当たり、私は放り出された。
投げ飛ばされたシュピーゲルは、ズヴォルタに受け止められた。
一緒に投げられたレーザー砲は、シュウシュウと音と煙を出して消滅した。
「うわっ!」
ズヴォルタが呻き、シュピーゲルを落とした。
見れば、ズヴォルタの左肘には何体ものランナフォンが取りつき、何か湯気のようなものを放っていた。
一斉にランナフォン部隊が飛び去る。
左肘は傷だらけになっていた。
ランナフォンの口を見ると、そこから湯気が出ていた。
なんだ?あれは?
突然、彼の傷ついた肘がハンマーが殴られたように折れ曲がった!
「な、何かいやがる!」
ズヴォルトは左肘の上に右腕の砲を向けた。
ドウン!
バルカン砲ではない、巨大な砲火が出た。
バルカン砲用の複数のバレルの中心に、太いバレルがあった。
大砲だ!
その衝撃波で、左肘に上に空間にひびが入った。
何も見えなかったが、目に見えない加工を施された何かがあり、それがズヴォルトの左肘に衝撃を与えたのだろう。
空中のひびの中から現れたのは、パワードスーツをまとった人間だった。
その人が音もなく空中に静止している。
「おまえがアウグルか!」
ズヴォルトが右腕のバレルをまっすぐ伸ばし、アウグルに狙いを定めた。
だがアウグルは、あわてずに両手をX字にふるった。
すると、ランナフォンが出していたものより、さらに勢いのあるガスが噴射され、ズヴォルトのバレルをX字に切り裂いた!
「ぐわあ!」
同時に、イーグルロードと格闘していたフリューゲルがうめき声を上げた。
その翼から、エンジンの噴射口を無視して白いガスが噴き出した。
ばったりとうつぶせに倒れる。
その翼には、たくさんのランナフォンが食らいつき、あのガスを噴射していた。
だがなぜ?今までノッカーズ相手にここまでダメージを与える行動はとらなかったのでは?
その疑問はすぐに溶けた。
向こうでは、アウグルがフリューゲルをまっすぐに指差していた。
アウグルは原理不明の飛行法でズヴォルトの背後に降り立つと、両拳を相手の首筋に押し当てた!
『動くな!こいつの切れ味は分かっているだろ!?』
そのボイスチェンジャーで変えられた声は、その場にいたすべてのランナフォンから聞こえてきた。
そしてズヴォルトに当たらないように、両腕のスプレーを噴射して見せた。
ようやくドームを解除したシュピーゲルが、状況に気付いた。
「ふ、二人とも…」
意気消沈したようにへたり込む。
まわりでは、ランナフォン部隊がいつでも飛びかかれる距離を取って待機している。
それでも、ズヴォルトは声に余裕を持たせて話し出した。
「アウグルは偵察専門、イーグルロードも高高度からの狙撃が専門と聞いていたが、格闘もなかなかできるようだな」
『専門をそう言っておけば、舐めてかかってくる相手を一網打尽にできるだろ?』
「健気なものだ。だがそんな環境に引きずり込むのは骨が折れそうだ。イーグルロードの射程は何キロだったかな?」
『400キロだ。前に落下する隕石も迎撃したからな。少しは絶望したらどうだ?』
「おいおい、それじゃまるで悪者のセリフだぜ!」
その時、ズヴォルトの腕のバレルが根元から外れた!
同時に胴体を激しく回転させ、遠心力でアウグルを弾き飛ばした!
フリューゲルの翼もはじけ飛んだ。
そして一目散にズヴォルトとシュピーゲルの元へ駆けると、翼を再生させた。
ズヴォルトのバレルも同じだった。
再生したバルカン砲を、なぜか頭上に向けると、適当に検討をつけて打ちまくった!
ダダダダダダダダダダッダダダダダダダダダダダ
その砲弾の雨の中で、何かが火花を散らした。
アウグルがズヴォルトの後ろに着地する。
ガチャッ!
落下した何かを見たとき、私は家にあるシーリングファンを思い出した。
カエデの種子をモデルにしたというその一枚羽のファンは、省電力で回転音も小さかった。それが2つ並んでいる。
いや、そうではない。
あれがヘリコプターになってアウグルを吊り下げていたのだ。
細長いワイヤーのようなものがアウグルに向かって伸びている。
足音を消すために、そんなことをしていたのだろう。
「俺たちは、消費が激しい部分ならいくらでも替えが効くんだ!みんな!合体だ!」
勝ち誇るズヴォルトの背中にシュピーゲルが飛び乗り、その後ろにフリューゲルが並んだ。
シュピーゲルがその鏡面装甲を広げ、二人の仲間を包み込んでいく。
やがてそこには、二門のバルカン砲と二門の大砲、ジェットエンジンの機動力、全てを反射する装甲を持った戦闘車両が表れた!
その時アウグルがとった行動は、合体ノッカーズの右側を、左腕をタイヤに合わせ、左腕を頭を守るため頭上に置きながら、翼と振り下ろされるであろうバレルの高さに合わせ、前に進むことだった。
あの何でも切れるスプレーを噴射した。
だが、装甲車はノーダメージだった。
そして想像どうり、ズヴォルトの質量とパワー、そしてシュピーゲルの反射が合わさったバレルが、アウグルの頭に向かう。
「健太郎!」
広美はそう叫ぶと、レーザー砲を撃ちまくりながら突進していった!
だが、レーザーは上や左右にはじかれるばかりだ。
それでも彼女は、一瞬視界から消えたかと思うと、もうアウグルを捕まえて私の近くまで戻ってきた。
アウグルのヘルメットは割れ、火花が散っている。
「あちっち!熱い!」
急いでヘルメットを外すアウグル。中の顔が見えた。
「よ、吉野君!」
その正体は、さっきまで一緒に話していた吉野 健太郎君だった!
合体ノッカーズの翼が唸りを上げた。
轟音とともに炎が噴き出し、その巨体を加速させていく。
その先にいるのは…私達だ!
広美が私と吉野君を抱え、飛び上がろうとした。
だが、合体ノッカーズはバルカン砲と大砲もこちらへ向けている。
助からない!
私は広美と吉野君を抱きしめた。
たとえ私と吉野君のどちらが欠けても、広美は飛び上れないと思ったからだ。
そして力をこめ、目を閉じて衝撃に備えた。
「バックドラフト!」
凄まじい熱を感じた!
まぶたの裏からでもわかる赤い光も!
足が宙に浮く。
ついにこの時が来たのかと覚悟を決めた。
だが、最後の時はいつまでたっても来なかった。
短い飛行を終えて着地したのは、さっきまでいた瓦礫山が見渡せるビルの陰だった。
「「ジエンド!GJ!」」
声を合わせて広美と吉野君がほめる。
ま、まさか。
その視線の先にいたのは、世界公認で最も恐ろしいとされる男だった。
燃える炎の頭髪。縦に並んだカメラのような二つの目。顎からは髭のような六本の突起が左右に跳ね上がっている。
全身が真っ赤な装甲に覆われ、胸だけはひびわれた銀色の板で、心臓の部分に青い大きな宝石のようなものが埋め込まれていた。
「ジ、ジエンド!」
そのジエンドが、自分と同じ意匠を持つバイクと共にそこにいる。
このノッカーズスラムを作った男が、私たちを助けたのか!?
信じられなかった。
だが、実際に私たちはかすり傷ひとつなく助かり、あの合体ノッカーズはあの瓦礫の中だ。
「どうも、ありがとうございます」
素直に礼を言うことにした。
「礼を言うのはまだ早いぜ。あいつはまだやる気みたいだ」
ジエンドの言うとおり、瓦礫がはじけとび、合体ノッカーズが表れた。
合体ノッカーズは目をやられたのか、やたらめったに砲を放ち始めた!
「伏せろ!」
ジエンドを除く皆が、ジエンドとそのバイクの陰に隠れた。
合体ノッカーズの砲弾は、手前にあったビルなど問題なく打ち抜いてきた!
がががががっがががが
ジエンドがバイクを支えながら私たちの盾になってくれている。
その装甲の前には、砲弾も屈するしかなかった。
だが、これでは動くことができない。
そこへ、ランナフォンたちが逃げ込んできた。
その中に、壊れたスイフトスポーツから何かを持ってきたランナフォンがいた。
「おっ、これしか残らなかったか」
吉野君が受け取ったそれは、角が円い長さ60センチ、幅は30センチで厚さは20センチほどの箱だった。
吉野君はその箱をあけた。
中にあったのは、箱の半分を占める円筒形のケースだったと、それに収められるであろう小銃だった!
吉野君が砲撃音に負けないよう大声で叫んだ。
「オレ特製の液体窒素カッターだよ!液体窒素を高圧でふきつけて、物体の小さな隙間に入り込ませる!液体窒素は気化して隙間を広げるから、物体を切り裂く!低温で熱探知されないから作ったんだ!」
広美も負けないように叫んだ。
「でも!あの鏡はジエンドの炎にも耐えたのよ!」
吉野君が答えた。
「さっき!合体前にお前が背中をレーザーで撃った時のこと!覚えてるだろ!あの時は熱がった!ノッカーズも皮膚呼吸が必要だから!たぶん毛穴か何かはあるんだよ!そこにレーザーが入った!」
そう叫びながらも、吉野君は液体窒素カッターが壊れていないか見ていた。
「今は装甲も厚くなってるけど!駆動部分は薄いはずだ!」
故障はないと判断したのだろう。
吉野君は液体窒素カッターを円筒形のケースに収め、スイッチを入れた。
すると、ケースはみるみる見えにくくなっていく。
メタマテリアルによる光の屈折の調整、光学迷彩というやつか!
「イーグルロードとジエンドが同時に熱攻撃を加えて!こいつで撃てば!熱膨張の原理であいつは装甲の内側から脆く崩れ去る!ちなみにこいつは!個人識別機能がついていて!オレにしか使えない!!」
最後に肉眼で照準するための照門と照星を引き起こした。
私は思わず叫んだ。
「待て!それでは相手は死んでしまうんじゃないか!?」
「それでも!レーザーや炎だけで倒すよりは!被害が少ないです!」
私はそれでも食い下がろうとした。
だがその時、頭上でビルが大爆発を起こした!
「父をおねがい!」
広美が私をジエンドに押し付けた。
「ごめん!健太郎!私だけ付き合っていい!?」
吉野君はその申し出に一瞬驚いたようだ。
だがその運命を受け入れたのか、大きくうなづいた。
そして二人は、合体ノッカーズに立ち向かっていった!
彼らを追って、ランナフォンたちも走り出す。
その中に、私が捨て置いた犬型もいた。
「広美!吉野君!」
「危ねえ!おっさん!」
私を抱えてジエンドは、娘たちとは反対側へバイクを走らせた。
私達の間には崩れたビルが塞いでいった。
「戻れ!戻ってくれ!なんでお前が戦わない!?」
私の抗議の声に、ジエンドが端的に答えた。
「あんたを巻きこめない!」
…そうだ。私が今まで何をした?
自分に原因があることにも気づかず、娘を家から出ざるを得ない状況に追い込んだ。
そしてその事実に向かい合おうともせず、こんなところに迷い込み、犯罪ノッカーズを怒らせた。
挙句の果てに、いたずらに吉野君に突っかかって貴重な時間を無駄にさせた。
もしあの時止めなければ、ジエンドと3人で戦って、安全に勝てたかもしれない。
たとえ私にビルの瓦礫が降り注いだとしても…。
私は渾身の力を振り絞って、自分のぬいぐるみを出した。
それも複数、ジエンドの進行方向に!
「うわっ!何しやがる!」
急停車したジエンドの腕をすり抜け、私は未だ発生を続けるぬいぐるみに突っ込んだ!
あれだけの量に押しつぶされれば、確実に死ねる!
そして…ジエンドに止められた。
「離せ!離してくれ!」
暴れる私を、ジエンドはヒョイと担ぎ上げた。
「おっさん!俺は決めた!おっさんが死んだら、俺は絶対にイーグルロードとアウグルを助けに行かない!」
な、何だと?
「おっさん、イーグルロードが助けに来た時、どんな感じがした?」
どんな感じって…嬉しかった?
「だろ!なら、どうして嬉しかった?自分の命が助かったからか?娘が自分を見捨てず来てくれたからか!?そうだろ!どっちもお前さんが生きていなきゃ出来なかったことだろ!」
その時、ぬいぐるみの山がこっちへ崩れてきた。
だがジエンドは、私を肩から下すこともなく、空いた左腕をふるっただけでぬいぐるみを消滅させた。
炎も出さず、ただの腕の振りだけで。
「俺はさ、今日初めてあいつらと一緒に戦った。ほかの事件にいっしょに関わったことはあったが、それも事件が終わってから、ニュースとかで間接的に知るだけだった」
ぬいぐるみの山は未だに崩れてくる。だが、ジエンドは次々に消滅させていく。
「これまで俺は、自分は安全地帯にいて、人を痛めつける卑怯者を何人も見てきた。中には、ヒーロー気取りの奴もいた。それでも、あいつらがそんな奴だとは思えなかった。それは今日、確信したぜ。それは、あんたの育て方が正しかったからだ!」
そんなこと、あるものか!
私は自分の恥部を隠すためにノッカーズ能力さえ手に入れた人間だぞ!
「まあ、それはあれだ。女の家族には知られたくないヒミツってやつは普通にありますよ」
突然、声が丁寧なものに代わる。
すると、お宅も?
「ババア…お袋が怖いんだ。その、コレクションについて」
それなら相談に乗ってあげよう。
「よろしくお願いします。それはともかく!俺がイーグルロードに感じた安心感は、あんたが与えてくれた物だ!そして、あいつが選んだアウグルにも同じものを感じた!それはあんたが誇っていいことだ!もしあんたがそれを認めず、死んじまってもいいなんて言うなら!」
再び腕を振るうと、ぬいぐるみはすべて消し飛んでいた。
「あいつらは一生自分を信じられなくなる。家出したノッカーズの家族をちゃんと探しに来るなんて、あんたすげえよ」
この言葉の裏に、私は別の現実を感じた。
ノッカーズスラムには、社会や家族からも拒絶された人々が多く集まるという…。
ドッカアアアアン
その時、私たちが来た方向から、巨大な爆音が響いた!
合体ノッカーズが、その鏡で覆われた巨体をうならせ、街を瓦礫に変えながら迫ってくる!
その姿は傷ついていた。
フリューゲルの翼は片方が取れていた。
ズヴォルトの砲塔と胴体の継ぎ目には横一文字に切り咲かれ、タイヤもいくつかとれている。
そしてその両手に掴まれているのは。
「広美!吉野君!」
ジエンドは私を下すと、バイクにまたがり合体ノッカーズに立ち向かっていった!
だが、どうやってあの二人を救うというのだろうか!?
合体ノッカーズはさらに最悪の選択をした。
二人をジエンドの後ろめがけて投げたのだ。
ジエンドの目が二人を追う。
だが、どうすることもできない!
私は思った。
あの合体ノッカーズが憎いと!
私の自慢の娘とその恋人を傷つけた者が憎いと!
その時、私の目の前に鏡が表れた。
その表面は金属ではなく風で揺らいでおり、ビニールでできていた。
私がつくり出した、合体ノッカーズのぬいぐるみだった。
ぽす ぽす
実物大巨大ぬいぐるみは、胸で投げられた二人のショックをやさしく受け止め、車体上部で寝かせた。
ぬいぐるみの効果はそれだけではなかった。
なんと、合体ノッカーズが足を止めたのだ。
「「「うわああ!!自分自身を攻撃なんてできるはずないだろ!!卑怯者め!!!」」」
その合体ノッカーズに、ジエンドのバイクが炎をまとって真正面から突っ込んだ!
どれほどのエネルギーが与えられたのか、巨体のノッカーズは舞い上がる木の葉のように飛ばされ、自らが生み出した瓦礫の山に突っ込んでいった。
と同時に、街を覆っていた黒い空が晴れ、青空が戻った。
やがて、3台の黒塗り96式装輪装甲車に乗って、BOOTSがやって来た。
意外なことに、彼らは仁王立ちするジエンドには目もくれず、気絶して人間の姿に戻った犯罪ノッカーズ達を逮捕した。
そして広美と吉野君は、意識ははっきりしていたものの、全身が傷だらけになって病院に入院することになった。
ちなみに、彼らが入院する病院には、入ったノッカーズはだれも帰ってこないとか、強力なノッカーズのクローンがたくさん暮らしているとか、そういう噂はないとBOOTS隊員に念押しされた。
とにかく、今私は広美と同じ救急車に乗っている。
かなり回り道したが、私は娘とまともに語り合う時間を取り戻した。
「お父さん、役立たずなんて言ってごめんね」
ストレッチャーに乗った広美が泣き顔でそう言ってくれた。
私の目もうるんで来た。
だが、泣いて心配させたくはなかった。
できるだけ明るいことを言わなくては!
「そうか!じゃあ私もヒーローになろうかな!鏡のように相手と同じ姿をしたぬいぐるみを見せて戦意をそぐヒーロー。ミラーナイトってのはどうだ!」
その時、車内の空気が凍りついた!
その場にいたすべての人が青ざめる!
「な~んちゃって」
わけがわからないが、私は頭をかきながらごまかした。
娘や救急士達は「そうだよね」とか「そんな事あり得ないよね」とか言いながら仕事を進めていた。
私は一体何を言ったんだ!?
まあいいか。
これから聴く機会など、いくらでもあるだろう。
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ヒーロークロスラインの二次小説です。 あのころの勢いはどこへ? (多分)マジック・ツリーハウスと並ぶ、仮面ライダーディケイドの元ネタだと思うんですけど。