「ヌォォオオラアアアアアーーー!!!」
獅子緒とカズマの激闘は未だに続いていた。周りの木々は薙ぎ倒され、引き抜かれ、辺りに散乱していた。別の一角は完全に更地になってしまっている。獅子緒は鎧を装着しているのに対してカズマは生身のままブルトスレイヴを振るって戦っていた。
「全く、その馬鹿力、本当に厄介だねえ。おっと。」
振るわれた魔戒斧の一撃をスウェーで躱し、ブルトスレイヴを構え直す。
「テメーとは鍛え方が違うんだよ、俺様は!!」
「けど、僕を嘗めない方が良いよ?イルマから技術は概ね伝えてもらった。魔戒騎士が相手でも良い勝負をしているからね。」
それを聞いた獅子緒は鼻を鳴らし、鎧を装着する限界時間99.9秒が経過しようとしていたので、解除した。緑色の巨大な二足歩行の狼の意匠を凝らした鎧は魔界に返還され、彼もまた生身のままでカズマに挑む。
「けっ。嘗めない方が良いだと?」
獅子緒は口内が切れて出来た傷から溢れる血を吐き出し、唇を乱暴に拭った。
「テメーはその剣の能力に頼ってる似非暗黒騎士だ。高々一年ちょっとやった付け焼き刃の訓練で、いっぱしの魔戒騎士とタイマン張れると本気で思ってんのか?もしそうなら、テメーこそ俺らをナメ過ぎだ。俺様達魔戒騎士とテメーとじゃ、経験と修行の差は天と地程も隔たってんだよ。驕ってんじゃねえ。」
「かも知れないが、それなら何故僕を殺さない?いっぱしの魔戒騎士だと言うのなら、僕みたいな奴を斬り殺す位簡単だろう?なのに君は僕に決定打を与えていない。いや、与えようとしていないと言った方が正しい。それは何故か?君は何か迷っているからだ。」
「何だと?」
獅子緒は目を細め、こめかみに青筋が一つ立った。
「とぼけなくても良いよ、顔に書いてある。イルマは言っていた。魔戒騎士は掟に縛られて人間を殺す事を禁じられているってね。そんな僕の相手を買って出たのは何か理由があると思っているんだ。」
「だったら何だ?テメーには関係ねーんだよ。」
だが、カズマは獅子緒が返答した時に声が僅かに震えたのを聞き逃さなかった。薄ら笑いが更に大きくなる。
「もしかして・・・・コレが関係してるのかな?こっち側の人間で一番典型的なのが、コレの所為で家族が死んだ、とか。」
獅子緒は何も言わず、斧を構え直した。
「あれ?図星?」
「確かにな。だから、俺様はお前を救おうと思った。人間だから。闇から救える確率が僅かでもあるならば迷わず助けろと、俺はそう教えられた。けど、お前は人間かもしれないが、心の中に内なる光は見えない。あるのは、胸糞が悪くなる様な陰我だけだ。だから、その陰我を俺様が断ち切ってやる。絶望に身を委ね、一度は陰我を呼び寄せてホラーになりかけた俺様がな。ルルバ、すまない。俺は今から一度だけ意識を消す。俺は今から、魔戒騎士としてでなく、只の血に飢えた獣としてお前を倒す。」
獅子緒はまずしっかりと握り締めていた魔戒斧を地面に置くと、上半身の衣服を脱ぎ捨て、指を噛んだ。血が滲み、その血をゆっくりと啜り、飲み込んだ。
「『獣身、剛刃爪牙』」
暫く経ってから喉の奥で獣の様な唸り声を上げ始めた獅子緒を見て、カズマは言い知れぬ怖気を感じた。
「何、だ・・・・・こいつ・・・・?」
「さンジュうびョウだ。」
獅子緒の姿は、人間とは完全にかけ離れた物になっていた。全体的に体躯は変化する前の倍近くになっているのだ。顔は狼の様に細くなり、目はまるで夜行性の動物の様に瞳孔が細長く縦に伸び始めていた。両手には人間を真っ二つに出来る様な鋭い鉤爪が生え出て、歯もまるで大型の猛獣の様な鋭い牙に伸び、体中が五寸釘の様な剛毛に覆われて行く。側頭部の耳は消え、頭の上にピンと伸びた獣の耳が新たに姿を見せる。
「狼、男・・・?」
そう、カズマが言った通り、獅子緒の姿はまるで御伽話に登場する満月の夜に姿を見せる空想の生き物である狼男の様な姿に変わっていた。そして獅子緒は、森中に木霊する様な身の毛の弥立つ凄まじい咆哮を上げた。カズマはその場から離れようとするが、常人の何倍もの膂力を持つ魔戒騎士が更に獣の膂力を手に入れたのだ。あっと言う間にカズマに追い付き、鉤爪を深々と脇腹に突き立てて引き裂いた。
「うぐぅ、く、ぁ・・・・・!?」
激痛に顔を歪め、叫び声も碌に上げられない。カズマは喉の奥で血が迫り上がるのを感じた。しっかりと右手に縛り付けたままのブルトスレイヴを獅子緒の腕に突き刺したが、握力が弱まる兆しは一向に無い。寧ろ更に増しただけだ。万力の様に上半身を圧迫されて酸欠状態に陥り、カズマの意識は闇に堕ちかけていた。
(ああ、ここで死ぬのか。僕の恩人に・・・・・イルマに恩を返す事無く、死ぬのか・・・嫌だ。それは、絶対に駄目だ!)
最後の力を振り絞り、カズマはブルトスレイヴの刃を自分自身に向けて、突き刺した。腹が熱い様な冷たい様な奇妙な感覚を覚えた。まるで血を飲み干そうとする貪欲な蛭の様に脈動する刃を腹の奥に更に深く突き刺した。
(せめて、死なば諸共・・・!!)
まるで消え行く魂が最後に死力を振り絞るかの様に、カズマは口から血を流しながらもその姿を変えて行く。だが、原型は人間の域を完全に逸脱していた。体中が昆虫の様に気味の悪い光沢を持った黒っぽい緑色の甲殻に覆われ初め、目も複眼に変わった。顎も巨大で凶悪な高枝切り鋏の様に生え出始めた。理性を取り払った二人の獣は己の本能に従って、互いに飛びかかる。引っ掻き、噛み付き、吠え、只々明確な殺意を持って目の前にいるモノの息の根を止めようとしている。
だが、純粋な力だけは獅子緒の方が上なのかカズマだったモノの背中に馬乗りになり、頭と言わず背中と言わず何度も殴り、噛み付き、爪で引き裂いた。黄色い体液を流す死骸の前で、獅子緒はまるで勝鬨を上げるかの様に吠えた。そして時間と共にその姿は徐々に人間の物に戻って行く。伸びた顔は収縮し、五寸釘の様な体毛も全て抜け落ちた。獣の前足の様に丸まった手も、鉤爪が引っ込んで五本の指がついた人間の手に戻って行く。体躯も平均的な人間の物に変わって行き、体中から血を流し、上半身裸の獅子緒が荒い息をしながら現れた。
「くっそ・・・・やっぱタフな俺様にもキツいぜ。ルルバ。おい、ルルバ!」
「こっちよ!急いで!邪美達の方に!風雲騎士が戦ってる!」
体中の力が抜けて、興奮状態から抜け出した今、痛みと疲労で獅子緒の体は殆ど限界に近づいていた。鉛の様に重くなった体も糸が切れかけた人形の様に動きがぎこちない。匍匐前進でようやくルルバと魔戒斧を置いた場所に辿り着いた。
「そうしたいのは山々だが・・・・暫く動けそうにねえわ。見ろ、俺様はこのザマだ。流石に今度ばかりは死ぬかと思ったぜ。頭もボーッとしてる。前も碌に見えねえわ。血と、寝る・・・・・・・」
獅子緒は倒れた巨木に背を預けながら大きく息を吐き出し、目を閉じた。
「凪・・・・あの野郎、しっかりぶっ倒せよ?」
再び静寂が訪れた森の中で、ぽつりと獅子緒はそう呟いた。
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今回は二千字を少し上回っただけの短い話です、力不足で申し訳ない。少し戦闘を早めに切り上げ過ぎかもしれませんが、魔戒騎士の戦いって暗黒騎士でもない限りそうは続かないモンですからね。まあ、どうぞ。