「あー・・・・・暇だな。暇だー、暇だー、暇だぁ〜。」
「もー!暇暇うっさいわね!そんなに暇なら動きなさいよ!」
木の上で太い枝の上で寝転がり、暇だと連呼する獅子緒。それを拝聴する破目になったルルバがキーキー喚く。いい加減に堪忍袋の緒が切れたのだろう。
「面倒くせえよ〜。俺の管轄でゲートはもう全部封印しちまったんだからよお〜。腹も減ってねえし、眠くもねえしよー。やることがなぁ〜〜〜〜んもねえんだぞ?まあ、あるとしたら、またあの雲平凪って奴を探して仕合うぐらいしか無いし。よっと。」
木の上から飛び降りて凝り固まった筋肉を解した。
「元老院からの指令も面倒な物だ。『木に憑依した哀愁を纏いしホラー、ウィロキクスを討滅せよ』だとさ。ウィロキクスと言えば、」
「ええ。そうよ。木をゲートにして現れる。悪趣味なのが、憑依する相手は子供だって事。そして、食べるのは決まって親子ばかり。最初に子供を食べて、親は最後にゆっくりと食べる。悲しみの心がゲートを開いて、ホラーに憑依される隙を作った。人間の最も揺らぎが多く、傷つき易い時期は、子供の時。心の傷が成長した時よりも一層深いわ。」
獅子緒は顔を顰めると、歩き出した。
「日没までの時間は?」
「一時間と十五分。ゲートが開いた場所は把握してるから、急ぎましょ。」
「お父さん、お母さん、早く帰ってご飯食べよー!!」
下校時間を知らせるチャイムが鳴る。校門で、ある少年の両親が迎えに来た。それが余程嬉しかったのか、帰り道では四六時中はしゃぎながら並んで歩く両親の周りをぐるぐるとかけずり回る。
「こらこら、走らないの。こけるわよ?」
「へへ〜ん、大丈夫だよ〜だ!」
「よぉし、じゃ、あの木までお父さんと競争だ!」
指差したのは、公園にぽつんと生えた一本の立派な木だ。周りにある木とは比べ物にならない程に高く、世界樹宛らの見事な枝振りを持っている。だが、葉が散る季節はまだ先だと言うのに、枝は丸裸なのだ。
「よーい・・・・ドン!」
父親の方はそれなりの早さで走ったが、やはり年を重ねるうちに体力が低下して行き、直ぐに息子に追い越されてしまう。
「あ”〜〜〜、参った参った。やっぱり速いな。お父さんなんかもう全然勝てないや。」
ようやく追い付いた両親の方へ振り返り、どうだとばかりに仁王立ちになって胸を張って得意気な笑みをその幼い顔に浮かべる少年。
「助けて!助けて!」
木の上から叫び声がした。自分と同じ位か、それより下の少女が木の上から助けを求めているのだ。
「お父さん!お母さん!」
「どうした?お。」
「木登りしてたら降りられなくなったんです!助けて下さい!」
今にも泣きそうな顔で懇願する少女を見て、少年は木に足をかけて登ろうとしたが、父親がそれを制した。
「お父さんが行くから、お母さんと下で待っていなさい。」
多少苦戦して、何度か滑り落ちそうになりながらもやっと少女がいる枝まで辿り着いた。
「さあ、おじさんに掴まって。直ぐに下に降りるから。怖かったら目を閉じていても良い。」
「ありがとう・・・・」
涙を拭いた少女は彼の背中にくっ付いて首に手を回した。下に降りた所で少女は重ねて何度も礼を言い、笑顔を浮かべる。だが、その笑みは直ぐにあどけない物から邪悪な物に歪んだ。目が一瞬だけ妖しい緑色に輝く。少女の皮膚を突き破って体から木の根が伸び、少年の両親とその少年自身に巻き付いた。三人は逃げようと暴れたが、もう遅い。少年は胸を圧迫され、小枝の様に上半身が拉げて潰れた。すると根が少年のめ、耳、花、口に入り込み、死体を地中へと引きずり込んで行った。
『私の新しいパパとママ。ず〜〜っと一緒にいようね?」
幼い子供から発せられるとは思えない様な不気味なくぐもった声。だが、死んだ少年の両親はそんな事は聞いていない。たった今、自分達の一人息子が訳の分からない化け物の木に殺されてしまったのだ。それもまるで羽虫を握り潰すかの様に呆気無く、至極無感動に。泣き叫び、暴れる二人の胸を枝が貫こうとした刹那、一本の大きな斧が二人を縛る根をバッサリと切り捨て、二人は地面に投げ出された。
「子供の方は・・・・間に合わなかったか・・・・」
『何で邪魔するの?私は只パパやママにずっと一緒にいて欲しいだけなのに。』
少女の顔がいびつな笑みに歪み、
「ふざけた事抜かしてんじゃねえよ。てめえらホラーの母親は一人しかいない。メシアだ。まあ、黄金騎士に倒されちまったがな。」
「親子を食うなんて、ホント趣味悪いわね。」
『魔戒騎士に従う裏切り者が何を言うの?』
ホラーの中にも、違う考えを持つ物もいる。魔導具に使われ人間の味方をしているホラーが良い例だ。ホラーには魔戒騎士並かそれ以上に憎き存在である。
「アンタ達みたいに無節操でむさ苦しい低級と一緒にしないでもらいたいわ。食い散らかすなんて美しくないもの。」
魔導具は元々ホラーの魂を定着させて作られていた。当然肉体は魔界にあるが。ホラーは騎士に倒されるか他のホラーに食われない限り長寿で、それ故他のホラーや魔界の歴史、その他の知識にも精通している。他のホラーにとっては敵でも、魔戒騎士にはまたと無い重要なパートナーなのだ。
『まあ良いわ。先に貴方を裏切り者ごと殺してから、パパとママとたっぷり遊ぶから。』
「遊びの時間は終わりだ。」
魔戒斧を拾い上げると、右足を軸に回転した。巨大な円が出来上がり、光と共に獅子緒の体躯よりも一回り大きい緑色の鎧が現れ、獅子緒の体に纏わり付いて行く。魔戒斧も更に巨大な獣大斧に変わった。それを地面に叩き付けると、凝り固まった巨大な土塊を片手で持ち上げた。
「おら、よっと!」
そしてそれを全力で投げつけた。だが、幾ら巨大とは言え只の土である故にホラー相手に何の効果も望めない。精々目くらましが関の山だろう。木の根や枝がそれをバラバラに引き裂いてしまう。だが、先程まで地上に立っていた戯牙がいない。
「チェェェェストォ〜〜〜〜〜〜!!!!」
緑色のよりにマッチした緑色の魔導火を纏った戯牙は斧を頭上に掲げ、空中で高速回転しながらそれを振り下ろす。まるで炎を纏ったピザカッターの様にウィロキクスを真っ二つにして行った。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!!」
そして着地するともう一度斧を振り回した。横一閃に振るわれた獣大斧はウィロキクスを幹から真っ二つにバッサリと切り倒し、ホラーは消滅した。だが、黒いヘドロの様な飛沫が気絶した二人に降り掛かってしまう。
「あ!」
鎧を解除した獅子緒は二人の方を見て地団駄を踏む。
「あちゃ〜〜・・・・やっちゃったわね、獅子緒。今からじゃヴァランカスの実は手に入らないわ。」
「けど・・・・・」
「ホラーの血に染まりし者は百日後に糞尿を撒き散らし、気絶する事すら許されない地獄の苦しみを味わいながらゆっくりと死んで行く。実が手に入らない以上、食われた子供の元に送ってあげるのも優しさなんじゃない?」
獅子緒は魔戒斧を振り上げたが、それ以上の行動は起こさない。いや、起こせないのだ。頭の中で悪夢の様な記憶が再生される。
『親父!待てよ!』
『いかん!逃げろ!!』
『貴方ァァァァーーーー!!』
魔戒斧を握る手が震える。そして、遂に斧を下ろしてしまった。
「駄目だ・・・・俺様にゃ出来ねえ。出来ねえよ・・・・・」
悔しそうに歯を食い縛り、目を背ける。
「何をしている?血に染まってしまったのならば、殺すしか無いぞ。」
空から風を纏った凪が魔戒剣を引っ下げて降りて来た。
「お前の魔導具が言った通り、ここ暫くの間ヴァランカスの実は手に入らない。さっさと殺せ。斧ならば一撃で済むのだろう?俺がやるよりもよっぽど効率が良い。」
凪は二人を楽にしてやる様に促すが、獅子緒は動かない。
「どうした?何故殺さない?」
「俺には・・・・家族を持った人間を殺すなんて出来ねえ。」
「良くそれで魔戒騎士が務まる物だな。」
「んだと、てめえ!!」
凪の皮肉りに激昂した獅子緒は彼の胸ぐらを掴んで乱暴に揺すった。眦が獣の様に吊り上がり、瞳孔も開き始めるが、凪は顔色一つ変えない。
「我々の使命はホラーを殺し、人間を守る事。それ以上もそれ以下もするべきではない。騎士や法師は、普通の人間とは住む世界が違う。関わった所で、いずれ斬る事になるかもしれない。」
「だからって!!」
「お前は俺を血も涙も無い男と思っているだろうが、このまま生かしておく方が寧ろ酷だぞ?子供を失った悲しみが再び陰我を必ず呼び寄せる。お前はどうか知らんが、俺はそれを看過する程甘くはない。お前がやらないのなら俺がやろう。痛みは一瞬だ。」
魔導火ライターを着火し、その炎を二人に向けて放射した。二人の体は炎に飲まれて灰すら残さずに消え去ってしまった。
「一つ警告しておく。お前のその甘さは、いずれお前を殺す要因になるぞ。ここぞと言う所で先程みたいに躊躇えば、その瞬間全てが変わる。」
凪の言葉に獅子緒は歯噛みした。悔しいがその通りである。魔戒騎士は何時どこでどの様に命を落とすか分からない。寿命か、ホラーによる攻撃か、はたまた裏切った法師か騎士か。どちらにせよ『躊躇』の二文字はほぼ間違い無く死に繋がる立ち位置にあるのだ。
「努々忘れるな。我々は元老院付き。番犬所に勤める騎士や法師の規範とならなければならない存在だ。暗黒騎士やその他の造反者の抑止力として。」
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お待たせしました。今回は獣身騎士ギガ視点のストーリーです。感じとして『闇を照らす者』の猛竜みたいな性格です。女好きではないですけど。
後、凪、獅子緒の魔導具の名前ですが、ゲルバは旧魔界語で『貴族』、ルルバは『妹』を意味します。