階段を四段飛ばしで登って屋上に到着すると、準備を始めた。クロスボウの弦を引いて矢をセット、次にL96A1にマガジンを押し込んでボルトを操作し、第一弾を装填した。だが、問題がある。階段を上っている間に気付いた。ボルトアクションのライフルやクロスボウで複数の標的を狙うのは不可能ではないがかなり難しい。と言うのも、ボルトアクション式は一発撃つごとの動作時間がオートマチックのライフルに比べてかなり遅い。それに一発目を撃ってから別の標的を捕捉、そして再び狙撃するまで平均的に3.5秒の時間を有する。
クロスボウともなれば更にそれ以上の時間が必要になるだろう。ドローウェイトによって破壊力、射程距離、リロードタイム、全てが左右される。幾ら腕利きでもメカの仕様を変えるなんて事は出来ない。一瞬の選択が生死を分けるこの世界で、リロードに使うその数秒は貴重な時間だ。だが、無い物強請りをして状況が好転する訳でも無いので、俺は意を決した。
「やるか。」
バイポッドを展開して欄干の上に乗せると、スコープを覗いて撃って来る場所を探す。サイレンサーやフラッシュハイダーなんて大層なモンを持ってる訳も無いから、撃発で見える閃光を追うのは容易だった。階段を登った際に上がった心拍数を深呼吸で再び下げると、鼻からもう一度大きく息を吸って止めた。スコープを調整し、レティクルを合わせた。幸いほぼ無風である。
「一。」
発射。M-16ライフルを持っていた男の喉に穴が開通し、そこから噴水の様に血が噴き出した。素早く排莢、リロード、そして補足。まだ息は止まったままだ。幸い俺の存在と位置はまだ気取られてはいない。
「二。」
第二弾を発射。電柱の影から現れたヒョウ柄のジャンパーを着た男の頭が破裂し、頭蓋骨の破片と脳味噌の欠片を撒き散らしながら倒れた。三、四人目を倒してから、こちらに銃弾が向かい始めた。ようやく俺の存在に気付いたらしい。うつぶせに寝転んで再び銃を構えた。
「俺はここにいるぞ。さあ、来い。来い。来い!」
そう呟きながら五人目を撃った。苦痛に顔を歪め、腹を抑えて倒れ込むとそのまま踞った。腹を抑えた手が血に染まっている。黒くなっていると言う事は、多分肝臓に当たったな。止めを刺す必要も無くなった。現在マガジン内は残り五発。相変わらず銃声が鳴り止まない。早々に決着をつけなきゃ折角俺達が集めた銃弾が無駄になって振り出しに戻っちまう。スコープを覗いて残りの襲撃者達の姿を探したが、車の陰に隠れてしまったらしく、まともに狙えない。小室達も無駄だ魔を撃ちたくないのもあって引き金を引く手を止めた。訪れた静寂。そして、俺の後ろからドアが叩かれる音がした。瞬時に反応してUSPとシグを引き抜いて振り向いた。鍵をかけられなかったのが残念だったな。気を付けてはいたんだが。
「クソッタレ・・・・!!」
だが、俺が見たのは銃を持った人間の姿ではなく、<奴ら>の姿だった。何体いるか、正確な数は分からないが、どうやら留置所から出て来た様だ。その証拠に、何人かの食い千切られた手首には血錆で変色した手錠が光っている。噛まれた人間を暴徒と勘違いしてしょっぴいた結果がこの様か。
「邪魔だ。」
シグをしまってライフルとクロスボウを回収すると、左手のUSPをシングルハンドで構え、戸口に向かって来る<奴ら>を現れる側から射殺して行く。こりゃあそろそろ退散した方が良いかな。散乱した死体が垂れ流す脳味噌や血で滑らない様に階段を降りて、残りは素早く静かに降りて地上を目指した。殆どの<奴ら>は外の銃撃戦の音に反応してそちらに向かっており、俺には背を向けている。その為スムーズに一階に降りる事は出来た。俺の存在は一時的にとは言え無視されている。少し考えてから俺は銃をしまい、右手にクロスボウ、左手にエスパーダ Xtra Largeを構えた。このナイフは小型の鉈とも言えるな。ブレードを開くと、逆手に持って一匹ずつ確実に盆の窪を狙って脳幹を破壊した。襲って来る<奴ら>の腕を屈みながら回避し、出口を目指した。東署の出入り口に到達すると、仕留め損ねた<奴ら>が群がって来る。その時、念の為に持って来ていた手榴弾の存在を思い出した。
「地獄でまた後で遊んでやる。」
ナイフを口に銜えると手榴弾のピンを抜いて投げ打つ。そして全力で走って小室達の方に向かった。耳を塞いで口を大きく開けた状態で。俺の後ろで凄まじい爆発が起こった。あれで全員は倒せなくても恐らくもう動く事は出来まい。クロスボウとナイフを構えたままハンヴィーの方に戻った。
「おーい、無事かー?」
「僕はなんとか大丈夫ですけど。滝沢さんは?上から狙撃してましたよね?」
「おう。負傷した奴は?」
「宮本さんと高城さんは銃弾が掠めた程度ですけど・・・・田島さんと、小室と、それに、それに・・・・ありすちゃんが・・・」
平野の青ざめた半泣き顔を見て俺は舌打ちせずにいられなかった。参ったぜ。重傷者が田島に小室に、しかもあのガキとはな。堪える筈だぜ。襲撃者は幸い先程の爆発を見て逃げ去ったらしい。ご丁寧に車と武器を残して。
「分かった。落ち着け。ここに来る途中で空き家を見つけた。そこで処置をする。重傷者はあの車の中に運び込め。小室にはコイツらが持ってる銃と弾を全部回収する様に言え。後、静香も呼んで来い。良いな?」
「わ、分かりました。」
小室は慌ててハンヴィーの方に戻って行った。俺は置いてきぼりのニッサン・スカイラインを見てほくそ笑んだ。コイツはそれなりに旧車だからディーゼルで動くタイプのクラシックカーだ。L96A1からマガジンと薬室に残った弾を排莢すると、それをクロスボウと一緒にトランクに入れた。
「おいリカ!ハンヴィーに入ってる荷物とガソリンのポリタンクこっちに持って来てくれ!『新車』が手に入ったからこれでハンヴィーの方にスペースが出来るぞ!」
「分かったわ、ちょっと待って!」
しばらくしてからガソリンと荷物の一部を担いでリカと毒島がやって来た。
「よしと・・・・んじゃ、この銃とクロスボウ、ハンヴィーに戻して来てくれ。荷物は詰めとくから。静香は?」
「ありすちゃんと高城と、宮本君の面倒を見ています。孝は平野君が連れて来ていますので・・・・」
毒島は隠そうとしているが表情が心配と怒りが入り交じった、何とも言えない様な顔になっていた。右手は刀の柄をしっかり握っており、左手はその右手のうずきを抑えるかの様に手首を握っていた。殺人の衝動を抑えようと必死で努力しているのだろう。小室を撃った張本人が目の前にいたら恐らく骨の髄までバラバラに斬り殺されてしまう。
「よしと。リカ、俺が先導するからついて来てくれ。」
「オッケー。」
助手席には静香、後ろの席には田島と小室、その間にはありすを座らせた。
「圭吾、急いで!早くしないとありすちゃんが・・・・ありすちゃんが・・・・・!!」
「分かってる。だが、今この場に医療知識を備えて免許を持ってるのは現在お前だけだ。だから落ち着け。お前がパニクッたところでどうにもならん。」
空き家に辿り着くと、全員で重傷者達を移動させた。田島は防弾ベストを着ていたお陰で被弾はしていないが、あばらの何本かが何カ所かに渡って罅が入っているか、最悪骨折している。リカは田島の上半身から服を脱がせていた。
「小室、しっかりしろよ、小室!」
「落ち着け、ゆするな。脇腹なら比較的軽傷だ。内蔵も無傷だし。」
小室はと言うと、こう言っちゃ不謹慎だが、大した事は無い。銃弾が脇腹に一発入っただけの事だ。まあ、唯一の問題は弾が中に残ったままだって事だが。穴の大きさからしてライフルだな。傷口は縫合するか、焼灼位しか塞げない。
「ありすちゃん、しっかりして!」
「クゥ〜ン・・・・クゥ〜ン・・・」
だが、一番の重傷者はありすだった。脇腹ではなくどてっ腹が銃弾で貫かれているのだ。 本当に死んでしまったかの様に殆ど動きは無い。ジークはありすの顔を何度も嘗めて起こそうとしている。静香は頻りに手首や首筋に指先を当てて脈を調べていた。
定かではないが、使われたのは恐らく一番面倒なホローポイント弾だ。体内に残留する弾は中で膨れて広がり、内部組織を破壊する。俺からすれば殺傷能力はフルメタルジャケットや45ACPとほぼ同列、当たり所が悪ければそれ以上だ。実際に食らった事があるが、あれはやばかった。
「っしと。平野。中岡に今から言う物を全部持って来る様に言え。これは時間との勝負だから一度しか言わないからな?消毒液、酒、工具箱、タオル、包帯、携帯コンロ、鍋、そして水。小室の腹ん中にある弾取り出すぞ。」
野戦病院のお医者さんごっこをまたやる破目になるとはな。
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今回は結構ダークになります。特に最後が・・・・