隣家は車で行けば五分近くで着く。荒廃した屋敷を後にして、俺達はトラックに乗り込んだ。
「圭吾、見張りよろしくね。」
「へいへい、分かってるよ。」
開閉出来るルーフから顔を覗かせ、周囲に気を配りながら静香達を探した。だが、期待とは裏腹に見えるのは感染者の群れ、群れ、群れ。と言っても、殆ど歩ける状態にない奴が多いがな。歩けても足の殆どを吹き飛ばされて匍匐前進しているか、その場に転がったままで呻いているかだ。高城邸のクレーターは恐らく手榴弾かダイナマイトによる爆発で出来た物だから、察するにコイツらはその生き残りか何かだろうな。車体がバウンドする度にグシャっと音がして壁や電柱に血飛沫が飛ぶ。
「うぉっとと。」
俺も体液が掛からない様に時偶ルーフの中に頭を引っ込めた。
「お、何か見えて来たぞ。」
左側の角に見えて来たカーブミラーを注意深く見つめた。そこに武装した屈強な男達が何人か見えて来る。ショットガンやらレミントンのボルトアクション、ガバメント、更には日本刀と、随分と物々しい。大日本帝国の軍服らしき服を着ている。と言う事は・・・?
「リカ、止めろ。」
「え?」
「止めろって。見ろ。路地の角に隠れてるのは一心会の連中だ。恐らく屋敷の方から聞こえた銃声と俺達のトラックの音を聞いて様子を見に来たらしい。お〜〜〜い!!」
「おい、バカ、止せ!」
田島が俺を止めたが、返事の代わりに銃声が飛んで来た。にゃろう・・・・・
「先走った結果がこれだよ、全く!!」
田島がトラックを猛スピードでバックさせた。幸い防弾装甲、防弾ガラスのお陰で誰も被弾せずに済んだが、出鼻からミスったな。そりゃそうか。カモフラージュグリーンのトラックに黒服、サブマシンガンで武装。間違い無く危険視されても仕方無いな。俺でも恐らく十中八九ぶっ放してた気がする。
「しゃーねえ。荒療治だ。」
俺はそこら辺に倒れていたバイクを起こした。幸い持ち主はキーをイグニッションに差し込んだままで逃げたらしい。サイドミラーの一本とヘッドライトが壊れているが、特に問題は無い。安全運転なんてするつもりは毛頭無いからな。
「何するつもり?!」
「ちょっくらそこら辺までツーリングだ。二十まで数えたら来い。」
アクセルを目一杯捻り、メタリックレッドのヤマハDragStar 400のエンジンは息を吹き返した。もう何度か捻って調子を確かめると、一度だけクラッチを操作した。
「YEEEEEEEEEEEEEEEEHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
我ながら凄まじく怖い奇声が俺の腹の底から飛び出して来た。まるでトリガーハッピー状態の新兵だ。
「うおぉう?!」
牽制の為に矢継ぎ早に放たれる銃弾。俺は出来るだけ体勢を低くした。弾丸が肩や頬、耳、そして脇腹を掠る。だが、スピードは緩めない。あっという間にさっきの曲がり角に辿り着く。そして右折時にドリフト。女の悲鳴みたいな凄まじいタイヤのスクリ—チ音がした。やっぱ一気に最高速度に入れるのは気持ち良いな。あれは確か、メキシコの外れにあるコカインの製造所をハンヴィー三台とハーレーダビッドソン十二台のアサルトチームでバラバラに吹き飛ばしたんだっけ?あの時は楽しかった、オフロードバイクでドラムマガジン付きのM4A1片手にカルテルのメンバーを皆殺しにしたからなあ〜。っとと、感傷に浸ってる場合じゃないな。
「おい、待て!待てって!待てと、言ってんだろうが!!!!!」
痺れを切らした俺は、逃げるソイツらの頭上にスタングレネードを投げつけた。
「5, 4, 3, 2, 1!」
凄まじい光と破裂音で、全員が足を止めて、耳や目を押さえる。勢い余って蹴躓いて倒れ込んだ奴らもいる。俺はと言うと、事前に耳栓とサングラスをかけていたからそこまで影響を受けていない。多少目はチカチカするが。バイクを止めると、そいつらの所に歩いて行った。
「手間、かけさせやがって。」
懐から警察手帳を取り出し、仰向けに倒れている奴の前に突き出した。自分の手に武器が無い事、敵意が無い事を出来るだけアピールしようとしたんだが、思ったより早く回復した奴が俺を後ろから羽交い締めにして来た。おおかた俺がソイツを殺そうとしている様に見えたのだろう。
「だ、か、ら、」
脇腹に肘を打ち込む。うっと呻くのが聞こえた。若干難聴になっているのと、耳栓をしているのとで辛うじて聞き取る事が出来たのだ。
「俺は警察だと、」
僅かに拘束が緩んだ所でソイツの両手を振り解き、振り向き様に右フックの要領で肘を顎に叩き込んだ。見よう見まねのムエタイの肘だ。我ながら上手い具合に下顎の付け根に直撃する。
「言ってんだろうが、Rightist(右翼派)が!」
グリン、と首が九十度左に回転し、頭から地面に突っ込んだ。合掌。後、手帳は紐で固定されていたから失くしはしなかった。なので、少し離れて何人かが回復するのを待ってから見せる事にした。
「ってててて・・・・・」
「全く、声かけた瞬間いきなりポリ公に向かってチャカぶっ放す奴があるか。」
「け、警察・・・?」
腫れた顎をさすりながら奇襲をかけた男を助け起こした。
「ああ。アンタら、見た所一心会の連中だよな?昨日の午後辺りに高城百合子さんに電話をかけたモンだ。」
「奥様に電話?」
疑いの眼差しを向けられる。銃でないだけマシか。まあ信用出来ないのも分かるが。
「当然EMPが発射される前だ。一心会程の規模もデカくコネもある組織なら、警察とのパイプも多かれ少なかれあるだろう?俺は百合子さんとはちょっと付き合いがあってね。アメリカで銃を買った時に日本への輸出も世話してくれたんだ。」
「証拠はあるのか?」
口ひげを薄く生やした男が落ち着き払って聞いて来る。
「高城百合子。旧姓は富樫。髪の色はダークピンク、趣味はエクストリームスポーツ、特技は暗算、好物はフルーツ、特に苺を使ったスイーツ。独身時代はやり手のトレーダーとしてアメリカにその名を轟かせた大物。ウォール街でエグゼクティブの護身術コースに通い、大手の銀行を選挙した五人の強盗を銃一丁で制圧した。二十代で一心会の現総帥高城壮一郎と結婚、一人娘の名は高樹沙耶。」
スラスラと彼女の特徴、経歴をそらで読み上げる。
「どうだ?警察のデータベースでもここまで詳しい情報は無いだろう?これでもまだ疑うなら、俺と顔見知りか否か彼女に直接聞けば良い。」
「・・・・・・分かった。良いだろう。」
「ちょ、吉岡さん!?」
「駄目ですよ、こんな事聞いて納得するんですか?!」
外野がヤイヤイ俺を信用するなと先程口を開いた吉岡と言う男に口々に文句を並べ始めた。
「勘違いするな。俺も得心した訳じゃない。だが、彼が今喋った事は我々では知りえない情報も混ざっている。事実確認の為に同行してもらおう。ただし、もし奥様が知らないと答えた場合は」
「その時は俺の首をくれてやる。」
手刀を首にトントンと当てて自信たっぷりに遮って言い返した。
「あ、出来れば俺の首一つで勘弁してもらえないか?言い出しっぺは俺だ、コイツらに俺の尻拭いをさせたくない。」
「・・・・・・良いだろう。だが念の為と言う事もある。武装は解除してもらいたい。事実確認が出来たら、返却する。」
「構わない。」
リカと田島は大丈夫なのかと視線で訴えて来たが、俺が自信満々の笑みを浮かべてサムズアップを見せると、渋々と言った様子でホルスターやらを取り外し始めた。
因みに道中では何故俺がそこまで詳しくリカや静香以外の女の事を知っているか問い詰められたのは別の話だ。
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次位で一心会と邂逅です。