────これはなんだ?これは誰だ?
一刀の頭に浮かぶのはこの言葉。
桂花「…兄様?どうされたんですか?」
桂花は言う。
『兄様』と。
彼の知る限り、一刀のことを『兄様』と呼ぶ人物は一人しかいない。
──そう、流琉だ。
季衣が一刀を兄貴分とし、『兄ちゃん』と呼んでいるので、流琉もそれに倣い『兄様』と呼ぶこととなった。
季衣と流琉は分かる。まだ、親が恋しく、また兄を欲しがる気持ちも分かる。
だが、桂花はどうだろうか。
桂花は華琳に恋慕の情、延いては『絶対服従』を誓っている。
だが、北郷一刀──いや、男に対して『絶対忌避』とも言うべき態度をとる。
ましてや、北郷一刀は華琳に愛されし男。桂花はそれを認めていない。華琳が男を愛するなど、ある筈がない、と。
だが、分かっているのだ。それは、願望だということに。
寵愛を受ける身としては、認めることはできない。だからこそ、彼を嫌う。
ここでもう一度聞こう。今の桂花はどうだろうか。
今の桂花は、一刀を避けぬ一人の『女の子』。
そう、一刀に接近し、顔を見上げてくる無防備な、『女の子』。
城の……いや、この国の誰が想像できようか、彼女の今の態度を。
誰も想像できないだろう。
──そう、一人、『天の御使い』と称される北郷一刀以外は。
天の知識を持つ彼ならば分かるかも知れないのだ。
──彼女の身に何が起こっているのかを…。
桂花「もう!兄様!聞いてますか!」
頬を膨らまし、彼女はさらに詰め寄る。
一刀「!!……あ、ああ!聞いてるよ!うん、聞いてる!」
おそらく違うだろう。正確には『聞こえていた』。『声』ではなく、『音』として。
一刀は今の状況により混乱し、放心していたから…
桂花の問により、今、彼は正気に戻った。だが、落ち着いている訳ではない。
今の彼は、桂花を今すぐにでも寝台へと手を引き、押し倒し、『彼女を貪りたい』。そう考えている。
ろくな考えではないだろう。
しかしだ。普段の彼女と今の彼女とのギャップを見て、そう考えるのを止められる男がいるだろうか?
──────否、無理だ。
彼も男だ。止められる筈がない。
それでも行動に移さないのは、女の子を思いやる男としての優しさだろう。
この優しさが『魏の種馬』と称され、女性に慕われる所以か。
だが、このままではいけない。まずは聞かなくてはならない。
──彼女の態度の理由を。
一刀「な、なあ。ちょっと聞いてもいいか?」
桂花「はい?」
返事をした彼女の碧眼の大きな瞳が、一刀の姿を映す。
その姿に理性を失いかねる。
計算された行動ではない。だが、彼女は何度、一刀を狂いかけさせたことだろう。
それでも彼は耐える。問うために。
一刀「…っ。えっとなぁ…。なんで兄様なのかな…?」
そう問うた瞬間、一刀を映した碧眼の瞳に怯え。顔には疑問。
桂花「……え。あ…。駄目…ですか?」
彼に拒否されたと思ったのだろう。瞳の中だけだった怯えは、全身へと変わる。
その彼女の姿に一刀は罪悪感を覚える。そのような彼女を見たことがないものだから、余計に。
だからこそ────
一刀「い、いや!ダメじゃない!全然ダメじゃない!むしろ、嬉しいよ!」
本来不必要な、種馬としての最後の言葉が、自然と出てくる。
桂花「本当ですか!?ありがとうございます!兄様♪」
パァ♪ と、擬音まで聞こえてきそうな、とびっきりの笑顔。
ガクッ!
これは、擬音ではない。実際の音。一刀の膝が崩れる音。
桂花「兄様!?」
一刀「…ふふっ」
桂花は驚く。
そして一刀は片膝をつきながら笑う。なぜか?
理由は三つだ。
一つ目は桂花の笑顔にやられたため。二つ目は今の自分の姿。三つ目はこの状況の過酷さにだ。
一人の女の子の笑顔で膝をつくなど、生涯で一度もない。だからこそ、滑稽で自嘲する。
もう一つの過酷さと何か?─────それはもちろん桂花の態度。
彼女を抱いたことは過去に一度。しかも、華琳の命によって。
華琳の命令ではなく、一刀が自分の意思で桂花を「抱きたい」といっても、桂花は了承しないだろう。
それは分かっている。
だが、それなのに今の彼女の態度。
今すぐに抱きしめたい。しかし、それは出来ない。女の子の嫌がることはしたくない。
これでは生殺しだ。
目の前の女の子は天使のような笑顔をしているのに、この場は地獄だ。辛すぎる。むしろ彼女は悪魔かもしれない。
地獄に、天使で悪魔な女のコ。この矛盾に耐えなければならない。だからこの過酷さに彼は笑う。
だが、桂花はそれに気づかない。だからこそ追い打ちをかける。
桂花「に、兄様!?だ、大丈夫ですか!?どこか、具合でも悪いのですか?ど、どうしよう!あ!熱があるのかも…」
そう言って、彼女は自分の額を一刀の額に合わせる。
一刀「!!!!!!!!!」
一刀は驚く。顔の近さに。すぐ目の前にある唇に。
桂花「んー。熱はないみたい…。ねえ、兄様?どこか痛いんで…ひゃあ!」
一刀はたまらず抱きしめた。
一刀「な、なあ…。」
桂花「は、はい!?なんですか!?」
桂花は焦る。急に抱きしめられればそうだろう。顔を真っ赤にしている。だが、抵抗はしない。声を上げるわけでも、突き飛ばしたりもしない。
一刀「きょ、今日の夜さ、部屋に来てくれないか?」
桂花「へ…?へ、へう!?そ、それって、あの、つまり…」
一刀「うん。そういうこと…」
桂花「はう!」
桂花は驚きで奇声をあげる。
一刀は、断れるだろうと思っている。それでも聞いたのは、彼女を抱きたいという気持ちが強いから。
そして、彼女の返答は一刀が予想出来ない言葉だった。
桂花「……わ、わかりました……」
一刀「やっぱりそうだよな…って、え!?いいの!?」
一刀はまた驚く。彼女の言葉があり得なかったから。
桂花「な、なんで驚くんですか!」
一刀「い、いや、断られると思ってたからさ…」
桂花「断りませんよ!私が断るわけないじゃないですか…私だって…兄様が……好き……なんですから…」
今の台詞は普段の一刀ならば聞こえないだろう。そう、いつもなら、このような発言が『都合よく』聞こえない一刀ならば、今の『好き』は聞こえない。
だが、今は桂花を抱きしめている。顔はすぐそばにある。桂花の口も耳のすぐそばだ。
そして、彼女の顔が真っ赤なのもよく分かる。
一刀「そ、そっか。俺も大好きだよ…」
桂花「兄様…」
そのまま彼は、桂花を真正面に見据え、どちらからともなくキスをする。
桂花「ん……」
一刀「……ん」
触れるだけのキス。
しばらくして二人は顔を離す。どちらも顔が赤い。
一刀「えっと、ごめんな。俺、今日警備隊の仕事があるんだ。もっとキスしたら、もう抑えがきかなさそうなんだ…」
桂花「もう、兄様卑怯ですよぅ…。そんな言い方されたら私だって耐えきれませんよぉ…」
桂花はもじもじと両手の指を絡ませ、悶える。
一刀「っ!ご、ごめんな!とにかく、夜まで我慢しような?」
その姿にまた焦る。そして、今日非番で無かったことに憎しみを覚えた。
桂花「は、はい…。我慢します…。じゃあ、私も仕事があるので失礼しますね…」
彼女は少し残念そうだが、仕事だからしょうがない、といった感じで踵を返す。
一刀「あ……うん。楽しみにしているよ」
一刀は少し寂しく思ったが、すぐに笑顔で返す。
その一刀の言葉を聞いて、また桂花は俯きながら顔を真っ赤にし、返事をする。
桂花「はい…。わ、私も楽しみにしてます…」
そういって、小走りに部屋を出ていく桂花。
一刀「なんなんだあの桂花は…。可愛過ぎるだろ……。ん?ていうか…」
桂花の態度に呆けつつも、あることに気づく
一刀「このまま、夜までおあずけかよ!また、生殺し!?……あー、地獄を上乗せしちまった!」
どうしよう、と一刀は呟く。
だが、彼はまだ知らない。いや、気付いていないというべきか。
先程までの地獄は変化を遂げ、また別の地獄がまっていることに………。
完?
あとがき
いや、このナレーター口調疲れるんですけど。
勢いで書いてあそこまで支援をいただけるとは思いませんでした。
だから、がんばって書いてみました。
で、会話が少ないという罠。
失敗だったかもとか思わなくもないです。
これは難しい!
最後に一言
パト○ッシュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。 何だかとても眠いんだ ...
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続いちゃいましたよ…。
勢いでやっただけなのに…。
どうしよう…。
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