タイマー音。俺は目を開き、飲み止しのミネラルウォーターを顔にかけ、残りを飲み干した。銃の点検を済ませると、身支度を整え、ダッフルバッグを持って船着場に向かった。ターミナルにいる連中は警備員と一部のSAT隊員を除いて殆ど熟睡していた。
「圭吾、待ちなさい。」
「止めるな、リカ。言っただろう。静香やお前の方がここにいる連中より俺に取っては最優先すべき存在だと。賭ける命は俺一つの物で十分だ。お前までいなくなったら、誰が部隊を仕切る?田島の相棒も、お前しかいない。」
「だから、副隊長殿について行く相棒について行くんだよ。」
「お前・・・・!」
俺の後ろから田島が現れた。
「その通りよ。田島は私のパートナー。貴方は私の片腕。私より階級も年齢も上の人がいるから、彼に任せておけば大丈夫よ。どうしても行くなら、私達も付き合うわ。」
ほんと、言い出したら聞かない女だな、こいつは。田島も田島で変な所で頑固だし。
「それ、家から持って来た『ブツ』でしょ?一人じゃ全部は扱えないし、一人で持つには少し重過ぎるわよ。」
「そんなに重くはない。後、買った覚えの無い物も入っているがな。そんなに俺と地獄へのランデブーに行きたいか?死ぬか、それより酷い目にあっても、俺は責任取らねえぞ?いざとなりゃ俺達にチャカ向けて来る連中もぶっ殺す事になる。ってまあそりゃ毎度毎度出動命令が出たらやってるか。」
「ええ。行きましょう。」
「俺も、流石に一人ここに残されるのはちょっと心苦しいからな。精々死なない様に頑張るよ、このしがない観測手は。」
「そうかよ。揃いも揃って死に急ぎの馬鹿ばっかりだな。来るなら来いよ。」
案の定、リブボートが何艘か陸に引き上げられていた。メンテナンスの途中で放り出されたらしく、パーツが幾つか作業台の上に散乱していた。
「あらら・・・・・・こりゃあ出発まで時間が掛かりそうだな。」
「俺に任せろ。三十分あれば元に戻せる。燃料は・・・・・当然あるか。二人共今から俺が言う事を今からその通りにやれ。久し振りにやるから少々勘が鈍ってるかもしれないから。」
暫くの間悪戦苦闘した。当初の計画よりも更に三十分、合計一時間近く掛かってようやく修理出来た。頼むぞ。俺はボートのキーを慎重に回した。刹那、心臓であるエンジンが息を吹き返した。
「思ったよりてこずったな。」
田島が地図を出して広げた。船着き場から街への再誕ルートを見つけると、地図の上に指先を滑らせながら示す。
「これなら、全速力で行けば大して時間は掛からない。殆ど直進ルートだ。」
「本当に良いんだな?生き残ったら、懲戒免職確定だぞ?」
「そんな事を気にしてる様な時と場所と場合じゃない。
「振り落とされるなよ?後、喋ったら舌噛むからな。」
田島とリカ、そして俺を乗せたリブボートを全速力で走らせ、日の光に照らし出される床主市が見えて来た。波止場で停泊し、上陸した。
「わーお。もしこれが小説か何かなら、随分と都合が良い事があるものね。」
「あ?」
リカが指差した物に目を向けた。そこにあったのは、海上自衛隊の73式小型トラックだった。自衛隊の移動車両だからEMPの被害は受けていないから使える筈だ。鍵が無ければエンジンの始動はリカに任せれば良い。ともかく、これで移動には必要不可欠な『足』が手に入った。
「あいつ、確か東坂の二丁目って言ってたな。まずはそこに向かおう。田島、ナビゲーションよろしく。最短ルートを探してくれ。」
田島は地図を引っ張りだして現在地を確認、東坂二丁目に向かう為のルートをなぞり始めた。
「分かった。まずはここから二十キロ前進、そして左折だ。」
通り過ぎながら、街の情景を初めて目にした。そこら中にぶちまけられた血肉に内蔵、手足。現実を受け入れられず、己の命を絶って逝った者、食われて感染してしまった者。思わず胃の中の物が逆流しそうになった事が何度かあった。こう言う事に関しては結構タフなメンタルを持ち合わせる田島やリカも青い顔をしている。
「吐くなよ?あの独特の悪臭を漂わせながら走るなんて、それこそ俺が貰い吐きしちまいそうだ。そもそも、こんな事になってるって事はもう分かってた筈だろ?」
ハンドルを切って路地を曲がり、感染者の群れを突っ切って進む。フロントウィンドウや車体に人体がぶつかる生々しい音と、ボールの様にバウンドして壁か電柱か何かに激突する鈍い音とが地獄のオーケストラを奏でる。
「バリケードが破られたのか。それに、こいつは、ハンヴィーの扉か?!」
ポイ捨てされた空き缶が踏まれたかの様な拉げ方をした濃いカモフラージュグリーンの塗装が一部剥げたハンヴィーのドアが見えた。バリケードに阻まれて車体が通る程のスペースは無い。一旦降りると、固まった血糊で出来た赤黒いタイヤのスキッドマークが目に入った。
「ハンヴィーがガラクタになってない様子から見ると、多分静香はもう脱出した後みたいね。どうやってここを通り抜けたのかは知らないけど。」
「何故そう言える?」
「静香は天然ではあるけど、無責任じゃないわ。行動を共にしてる生徒に運転なんかさせると思う?」
「それもそうか。まあ、脱出した後かどうかは分からないが、とりあえず人がいるかどうか確かめてみますかねえ?」
互いの死角をカバーしながら前進した。坂道に沿って張られたバリケードを探しながら登って行く。
「もうすぐだ。ここを左に曲がれば—————っ・・・・・・」
高城邸は、右翼団体憂国一心会は、半壊どころかほぼ壊滅状態へと追い込まれている様だ。鉄門は破られ、玄関へと続く石畳の道は所々クレーターが出来て、芝生は焼けただれ、車も横転し、屋敷も半壊状態だ。とりあえず深呼吸をしてから頭の中を整理する。
「リカ、仮に、仮にだ。奇跡的に静香が助かってここから脱出したと言うのが本当だとしよう。あいつは生徒で構成されたグループの中にいる。次に向かうとしたら生徒の家の方だ。電話でもそう言ってた。そうだろ?」
彼女が死んだかもしれないと言う事を信じたくないのか、俺の呼吸は乱れ始めていた。
「そうだとしても、私達は静香が知っている生徒の名前も顔も、ましてや住所も知らないのよ?一々探してたらキリが無いわ。」
だよな。知らずに行き違いになったらそれこそ何をやっているのか分からない。
「だが、高城の人間が生徒だと静香は言っていた。助けに行くとするなら、常識的に考えて、まず近場にいる奴らから始めるだろう。捜索範囲はそこまで広い訳じゃない、この二丁目だけだ。虱潰しに探すぞ。」
待ってろ静香。今から行くから、それまで絶対に死んでんじゃねえぞ。
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某映画と同タイトルです。遂に脱出します。