三十分後、比喩表現無く俺は叩き起こされた。起き上がって装備を確認すると空港の中に戻った。幾らか新しい情報が入ったらしい。
「それで、何て?」
「床主はどこも渋滞らしい。御別橋も、床主大橋も、この都市から出るルート全部。デモ隊なんかも出始めてる。馬鹿だよな、何がアメリカと共同開発したバイオウェポンだよ?呆れて物も言えない。」
田島は頭を掻いて溜め息をついた。まあその気持ちは分からなくもない。目の前で理解出来ない現象、何が起こっているか分からない状況に直面した人間は錯乱する。それが普通だ。そしてそれを元に戻そうとする。たとえ無駄だと分かっていても。
「で、どうするよ?ここに篭城するのは良いとして、何時までそれが保つかだ。SAT隊員の神経は一般人に比べて図太いが所詮は人間。飢えと渇き、疫病には勝てない。弾だって無限にある訳じゃないし、最悪ここから逃げる時は所轄の拳銃保管庫か、証拠品保管庫にある物を失敬するしか無いぞ。」
「その時はその時だな。」
田島はキャップを被り直した。
「何だよ、逃げる気か?」
「いや。少なくともまだ、ね。俺だって男だし、SAT隊員だよ?」
その割にはノリが軽過ぎる所があるがな。まあ、すべき事はきちんとしてるから文句は言えないが。さてと・・・・・
『こちら一班、笹塚です!誰かがバリケードを破って・・・・!!』
「何だと!?どこだ!?」
『に、西側の出入り口です!噴水が目印の・・・・!!』
直後、銃声が聞こえる。恐らく侵入されたな。
「了解。直ぐに向かう。感染者が突破しているなら撃ち殺せ。ただし、討ち漏らすな。感染者に噛まれた奴も確実に一撃で仕留めろ。変体するのも時間の問題だ。なんとか持ち堪えてくれ。」
西口・・・・こことは逆方向だ。どれだけ速く走っても十分弱はかかる。
「リカ、田島。聞いたよな?走るぞ。」
二人は銃を取って頷いた。リカを前衛、つまりポイントマンにして、俺は右翼、田島は左翼のポジションを取って前進した。途中開いたドアから紛れ込んだ感染者が何人か行く手を阻む。
「二人共、ハチキューはあんまり使わない方が良い。」
「「了解。」」
MP5で感染者達を突破し、遂に西口に辿り着いた。むせ返る様な鉄の臭い。粗末な塗装みたいに赤黒い血液が壁と言わず床と言わず、辺り一面に広がっていた。銃声も聞こえる。あそこか。
「おい!大丈夫か?!」
「た、隊長!!副隊長!!」
「笹塚、班で噛まれた人は?」
「い、いません。大丈夫です!」
まあ、とりあえず先にアレを始末するか。リカ、田島、そして俺の三人と制圧一班であっという間に残りの感染者を一掃した。
「本当か?しっかり調べろ。少しでも咬み傷があればもう助からない。有効なワクチンは見つかっていない、だから・・・・・」
「分かりました。全員咬み傷を調べろ!」
三十分程でようやく全員が調べるのを終えた。幸い誰も噛まれてはいないらしい。だがバリケードが破壊されたと言うのはかなりの痛手だ。
「全く、馬鹿な事をしてくれた物だ。これなら今あの場にいる奴らを皆殺しにしてSAT部隊だけでも脱出を図る方が遥かにマシに思えて来たよ。まったく・・・・うーし。二班、適当に分かれてでかい出入り口を二人か、三人に分かれてカバーしろ。何かあれば必ず俺達に連絡する様に。無理矢理にでも突破しようとする奴らがいたら押し返せ。多少手荒な真似も覚悟しろ。いざとなれば、」
俺はホルスターのH&K USPを引き抜いた。全員俺の言わんとする事を察したのだろう。姿勢を正し、返事の代わりに敬礼を返した。
「以上だ。解散!」
「いやー、緊張したな。」
「そんな顔で言われても説得力を全く感じない。悪いな、リカ。隊長はお前なのに俺が仕切っちまって。」
「良いわよ、別に。いざ戦闘になったら、ウチの部隊はアンタが本当のブレーンだから。頼りにしてるわよ?」
「そりゃどーも。」
俺はタクティカルベストと防弾ベストを脱ぐと、懐から携帯を引っ張りだして開いた。お、今まで圏外だったけど今は辛うじて繋がるな。早速発信履歴で静香の番号を探し当てて電話をかけた。だが、繋がらない。電源が入っていないか圏外の所にいると言う例の録音されたメッセージが虚しく流れるだけだった。メカ音痴でも使える様な簡素な携帯を探して買ったが、どうやらマンションに忘れたままらしい。それも電源を切ったまま。
「糞ぉ・・・・こんな時にまでドジ踏んでんじゃねえよ。」
別の番号に電話をかけてみる。ワンキリする馬鹿も真っ青なスピードだ。
『ちーっす。お疲れ。』
片桐竜二の割れた声が俺の耳に飛び込んで来た。やはり電波が悪いのは変わらない様だ。110番も昨日かけた奴がいたが、一杯だったし。
「よう、片桐。お前今どこにいる?」
『えーと、どこでしょうね?標識とかが車の所為でぶっ壊れたりしてるんで、正直分からないけど。大体、あー、そうそう。良い情報あるけど、聞く?』
相変わらずマイペースで陽気なトーンに若干イラついた。これでもSPと言うんだから笑ってしまう。高いテンションと高い能力を持つ野郎だから文句も言われない。
「何の情報かにもよるな。」
『ある学校のマイクロバスが床主大橋辺りに向かうのを見た。生徒が何人か乗ってたし、教師も恐らく一人か二人はいる筈だ。』
「本当か?金髪の女は?乗ってたか?」
『ああ。運転席で険しい表情浮かべてたぜ。』
「そうか・・・・・」
俺は安堵の溜め息をついた。良かった・・・・・静香は無事だ。少なくとも、今は。それに生徒と一緒にいるなら恐らくそれなりに肝の据わった奴らだろう。平日に、それも、だだっ広い校庭みたいな所で感染者と戦わずに脱出する方法なんて考えつきはするが、余程訓練された人間でなければ、ほぼ不可能だ。医療知識もあれば、そう簡単に斬り捨てられる事は無い。まあ、俺達の敵は感染者だけじゃなく、人類全体になっているだろうがな。
「分かった。ありがとう。それを聞いて、少し気が楽になった。お前はこれからどうする?」
『ん?ああ、まあ何とかするさ。じゃあな。』
「ああ。」
「どうしたの?」
リカが俺と片桐のやり取りを聞いて表情を伺う。
「静香の奴、しぶといぞ。あいつまだ生きてた。」
「え?」
「SPの片桐から確認が取れた。校章の塗装が付いたマイクロバスに乗っていたのは生徒数名と教師。運転席に座っていたのは金髪の女だ。」
リカの心に、希望の光が灯った瞬間だった。
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三十分の仮眠の後、圭吾らSATの耳に飛び込んで来た情報とは・・・・?