日が暮れ始め、夜が近付いて来た。再び滑走路付近に現れた感染者をリカ率いる狙撃班が撃ち殺す。そう言った情報を不必要に与えない様にする為に窓から離れたラウンジや購買などがあるエリアに生存者を移動させた。だが、今空港内の空気は悪化の一途を辿っている。
「もう沢山だ!さっさとウチに帰してくれ!」
「ですから、外は危険です。安全が確認出来るまでここに」
「ふざけるな!アンタ達警官だろう!私達をこんな所に監禁する権利は無い!!」
忍の一文字で応対するSAT隊員に向かって罵声を浴びせる馬鹿共。空港の警備員がソイツを引き離そうとしているが、遅かれ早かれ乱闘になって誰かが怪我をする。そう思った矢先、誰かが隙を突いて背後から警備員が携行している特殊警棒を引き抜いて伸ばした。
「馬鹿が。」
手伝ってやるか。振り上げられた警棒を掴むと、手首を捻り上げてがら空きになった鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。少しは手加減したが、膝に付けたプロテクターは落下時の怪我防止の目的で着用している為、かなり丈夫だ。踞った所で警棒を奪い取り、手錠で少し離れた階段の欄干に繋いだ。
「畜生、外せ!外しやがれこの野郎!!」
「人の頭を伸縮式警棒でかち割ろうとした殺人未遂の犯人を放って置くSAT副隊長だと思うのか?確かに、お前が言った通り俺達にはお前らを監禁する権利は無い。出たければ好きにしろ、非常口は開けたままにしてある。だが、今この場で外に出てどうなる?」
喋りながら警備員に警棒を渡した。四十代前半の眼鏡をかけた中年の男性で、俺は別の場所に行く様に目で合図する。男はすまなそうな顔付きで軽く会釈をするとその場から離れた。集団の中で気色ばんでいた連中は段々と落ち着きを取り戻し始める。もう少しだ。
「我々SATはこの場で市民を守ると言う任務がある。今あの男がしたのは、その邪魔だ。つまり公務執行妨害、故にそれ相応の処置を取らせてもらった。それと、文句を言う位ならお互いの為に何らかの形で手伝って貰いたい。確かに我々は国民の公僕だ。だがその国民の手助けがあってこそSATは、いや、警察と言う組織は初めて真価を発揮する。生き残る為にも、どうか手を貸して欲しい。お前達にも友人や家族がこの場にいるだろう?一人の行動が、皆を死に至らせる可能性を持っていると言う事を良く考えてくれ。以上だ。」
ようやく静かになった所で、俺はリカが田島と待機している警備車両の上に登った。リカはバイポッド付きのH&K PSG-1狙撃ライフルでうつぶせに寝ていた。
「随分と爽やかな弁舌をお持ちだな。」
白いキャップを被った田島が観測用のスコープレンズの手入れをしていた。
「誉められた気がしないな。俺は説教されるのもするのも嫌いなんだよ。」
葉巻を一本口に銜えて着火する。数少ない趣味の一つだ。
「でも間違った事は言ってない。説教がうざがられるのは当然よ。」
ゆっくり吸い込むと、火先の色が明るくなった。煙を吐き出すと、リカが無言で手招きする。俺は何も言わずに吸っていた葉巻を彼女に渡した。これも手に入り難くなるな。俺はルーフから降りると、大股で感染者達がいる所に向かって歩いて行った。
「少し『的撃ち』に行く。あいつらの相手してたらイライラして来た。 ハチキューは置いて行くから、いざとなったら援護頼む。」
MP5SD6の有効射程は約200メートル。一発ずつヘッドショットで行くか。セミオートなら弾を無駄に使う事も無い。歩きながらMP5SD6のセーフティーを外し、スコープを覗いた。ストックを少し強めに右肩に押し込み、軽く人差し指をトリガーに掛ける。鼻から息を吸い込み、五秒間それを止めた。その間に手近な『的』に向かってドットを合わせると、引き金を絞った。プシュン、と炭酸飲料の蓋を開けたみたいな音がして、一体の頭が破裂した。
「One」
崩れ落ちるのを確認し、狙いをつけ、発砲。
「Two」
狙い、発砲。次。
「Three」
Four, five, six。バタバタと倒れて行く感染者を眺めながら、俺はトリガーを絞り続けた。死ね、死ね、死ね、 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね 死ね。
サプレッサーで抑えられた銃声と薬莢が地面に落ちる音が鳴り響く。マガジン一本分、つまり三十発撃ち終えた所でリカがストップを掛けた。
『もう良いでしょ?噛まれる前に戻りなさい。死んだら承知しないわよ?貴方一応私の副官なんだから。』
『ラジャー。』
空になったマガジンをダンプポケットに突っ込んで新たにマガジンを装填した。少しは気が晴れたが、まだ足りなかった。どう言う訳か、今の俺は俺であって俺じゃない。傭兵時代でしか感じなかった突発的な暴力衝動に襲われていた。感染者を・・・・・<奴ら>を・・・・・殺したい。もっと、沢山、殺シタイ。
『圭吾?』
拳を握って額を二度、強く殴り付けた。やっぱり変わらない。俺は生まれながらの人殺し、か。感染者に背を向けて急ぎ足で戻った。
「大丈夫だ。何も問題無い。何も・・・・」
俺は警備車両の中に入ると、エスパーダXL フォールディングナイフをダッフルバッグから引っ張りだし、ブレードを開いた。二十センチはある幅広の刃に映った俺の顔は、鬼気迫る物に変わっていた。
「クソッタレがっ・・・・・」
震える手で水筒に手を伸ばして一口飲んだ。
「大丈夫?」
「ああ。」
「ほら、吸いな。」
差し出された葉巻を震える手で支え、口元に持って行く。『精神安定剤』の効果が出始めたのか、脈拍も下がり、俺の表情も少しずつ和らいだ。リカが俺の顔に手を添えてじっと俺の目を見つめた。少し冷たい彼女の手は、スベスベしていてとても気持ち良い。
「悪い・・・・・ありがと・・・・」
「しっかりしなさいよ。あたしに射撃で勝った男がそんなんじゃあ、示し付かないじゃない。」
「悪い・・・・・」
今の俺はそうとしか言えなかった。
「無茶しないでよ。バカ。」
軽く横っ面を張り飛ばされた。地味に痛いが、まあ我慢しよう。
「三十分だけ寝てなさい。三十分経ったら起こしに来るから。」
俺は葉巻の灰を外に落とすと、目を閉じた。
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そのまんまです。IF物です。多少現実では普通無いだろうと思う所が少しあるかもしれませんが、そこら辺はスルーして頂ければ助かります。