No.635820

とある 無表情と女王とロリ先生

姫神さんは結婚式のスピーチで悩んでいます。

2013-11-10 17:09:57 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2491   閲覧ユーザー数:2460

とある 無表情と女王とロリ先生

 

「結婚式のスピーチ。困った」

 秋らしさがそこかしこに見られるようになった10月下旬のとある平日の放課後の教室。

 2年生となり高校生活も折り返し地点に差し掛かっている姫神秋沙は真っ白な原稿用紙を無表情に見つめながら小さく呟いた。

「せっかく上条くんと結婚できるのに。披露宴で何を述べたら良いのか分からない」

 秋沙の悩み。それは来週に迫った恋人である上条当麻との模擬結婚式でのスピーチ内容が決まらないことだった。

「お世話になった人への感謝の言葉なんて……私には重すぎる」

 秋沙は表情を暗くしながら原稿用紙を知らぬ間に握り潰していた。

 

 

 秋沙と当麻の交際は偶然とほんのちょっとの積極性から始まった。

 

 夏休みはじめのある日、秋沙は吹寄制理や他のクラスメイト女子数名と共にレジャープールに遊びに来ていた。

『娯楽用プール来たのなんて初めて。緊張する』

 学校のプールとは異なり見慣れぬ施設や遊具の数々に戸惑う。

 それは彼女の足を自然に止めてしまい、棒立ちにさせる状態を作った。

 そして棒立ち状態に陥ったことが彼女にとっての悲劇、後から見れば幸福をもたらした。

『まったく、土御門と青髪ピアスの奴。プールサイドに来た早々にどっか行きやがってぇ』

 少年の声が秋沙の耳に入った。

『あっ。あの声は……』

 秋沙には声の主に見当が付いていた。聞き間違えるはずのない愛しい少年の声。

『わた……水着……恥ずかしい……』

 秋沙は一瞬にして全身が真っ赤になった。

 制理に手伝ってもらいながら選んだ白いワンピースの水着。当麻がこの水着姿を見てどう思うかまるで分からなかった。

 それに何より片想い中の少年に水着姿を見られること自体がどうしようもなく恥ずかしかった。

『どこか……逃げなきゃ』

 とりあえず隠れてしまいたかった。けれど、初めてやってきた遊戯施設ではどこに隠れればいいのか分からない。

 もたもたしている間に、少年は例によっていつもの如くラッキースケベ空間を作り出していた。

『2人とも髪の色が特徴的だからすぐにみつかるはずなんだが……うぉっ!?』

『きゃっ!?』

 突如秋沙の視界が反転した。それと同時に体勢が崩れた。打ったら痛そうな地面が間近に迫る。

 顔からぶつかる。そう思った瞬間に、何かが秋沙と地面の間に入り込んできたような気がした。地面との衝突に備えるべく目を瞑る。

『うっ!?』

 けれど、秋沙が思っていたような痛みも衝撃も襲って来なかった。

 そうではなくて顔が何かに押し当てられている。特に唇の部分が柔らかいものに押し当てられている。そんな感触が目を瞑っていても伝わってくる。

 胸の部分には何かつっかえ棒のようなものが押し当てられている。その棒の存在のおかげで地面との衝突は避けられた。

 けれど、一体何が起きたのかよく分からない。秋沙が恐る恐る目を開けて確かめようとしたその時だった。

『上条当麻ぁっ! 貴様は秋沙に何をしているんだぁっ!!』

 制理の怒声が響き渡った。

『『へっ?』』

声に驚かされて秋沙は慌てて目を開いてみる。そして全てを把握した。

『あっ。上条くん……っ』

 秋沙は当麻の上に馬乗りの姿勢になっており、その唇は当麻の唇と重なっていた。更に秋沙の胸には当麻の腕が添えられていた。

 言い換えれば当麻とキスしながら胸を揉まれている。

 秋沙は当麻のおかげで怪我をせずに済んだ。けれど、その代償が唇同士のキスであり胸を揉まれるという結果だった。

『ううっ……わ。私……うっ』

『ひっ、姫神っ!?』

 事態を理解した瞬間、恥ずかしさが頂点を越して秋沙は気を失った。

 

 しばらくの時間が経過しプールサイドのチェアで目を覚ました秋沙が目にしたもの。

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。悪気はなかったんですぅ』

『上条当麻。お前に残された道は死して詫びることしかない。今すぐ舌を噛み切れ』

 それは地面に頭を擦りつけながら土下座して謝罪する当麻。そしてその当麻の頭を踏み付けながら怒り散らす制理の姿だった。

『あの……2人とも……』

 秋沙の目の前に壮絶な光景が展開されていた。レジャープールに似つかわしくない2人の様子に戸惑ってしまう。

『すまねぇ、姫神。どんな罰でも受けるから……責任は俺が取るっ!』

『秋沙の初めての唇を強引に奪ったのだ。貴様に死しか責任を取る方法がないのは明白』

 当麻と制理は秋沙を放っておいてヒートアップしている。

『あの……制理。恥ずかしいことを大声で言わないで』

 制理の言葉で意図せぬファーストキスを体験してしまったことを改めて思い出す。

 頬が赤くなる。

『すまねえ、姫神。俺にできることなら何でもするから許してくれ』

『だから貴様には死ぬ未来しか残されていないと言っておるだろうが!』

 当麻を見ると体中が燃え上がるように熱を持つ。先ほどのことを思い出してしまう。

『上条くん。私……上条くんと。キス。しちゃったんだ』

 心臓の鼓動に耳がおかしくなりそうになりながら熱い想いを抱いている少年を見る。

『本当に。何でもしてくれるの?』

『あ、ああ。俺にできることならな』

 頷きながら当麻は表情を固くした。

『大丈夫。上条くんにできること。上条くんだけにできること』

 そんな警戒する当麻の姿を見て秋沙は少し余裕を取り戻した。

 大きく息を吸い込む。

 自分でもビックリするぐらい大胆なお願いをしようとしている。

 多分それは当麻を困らせることが明白。でも、どうしても言ってみたかった。

『それじゃあ。あのキスを本当にして』

『えっ?』

 当麻には即座に意味が通じなかった。だから秋沙はよく伝わるように言葉をより大胆に言い直してみた。

『責任取って。私を……上条くんの恋人にしてください』

 秋沙は自分の大胆さに驚いて頬を真っ赤に染めた。

『『えっ?』』

 そんな秋沙の大胆な告白に当麻と制理は体を硬直させて驚いてみせた。

『私と上条くんが恋人同士になるなら。さっきのキスは問題なくなる』

 秋沙は喋りながら心の中が高揚していくのを感じ取る。

『いや、あの、姫神みたいに可愛い子と付き合えるのなら上条さん的には万々歳ですけど……こんな形で花の女子高生が男と付き合って良いんですか? 若い娘さんが早まっちゃいけませんよ』

『大丈夫。問題ない。それより。恋人でもない男とキスした方がおかしい。だから。私たちが恋人になるのは良いこと』

『秋沙っ! 早まるんじゃないっ! こ、恋人と言うのは……互いに好き合った男女がだなっ!』

『だから全然問題ない。上条くん。私を恋人にしなさい』

 最後は懇願というより命令だった。

『…………は、はい』

 制理の反対、当麻の躊躇を受けて紆余曲折を経たものの、秋沙の押しが決め手となって2人の交際は始まった。

 

 夏休みという自由な時間を使い秋沙と当麻の仲は順調に進展していった。

 高校生らしく海に祭りに遊園地とベタなデートコースに出かけたりもした。

 秋沙にとって初めて味わう甘い青春のひと時。

『私。世の中がこんなに輝いているって知らなかった』

 夏の眩しい陽射し以上に世の中が輝いて見えた。

 

 そして夏休みの終わりが近付いたある日。

『どうしたの。上条くん? こんな場所に呼び出して?』

 普段のデートの時と違い、いきなり呼び出しを受けたことに秋沙は戸惑う。

 しかも呼び出された場所は人気のない公園の裏。

 この夏当麻は人の多い場所をわざわざ選んでデートコースにしていた。彼女が知らないでいた世界を見せるために。

 その点から見てもこの呼び出しは変だった。

『どうしても姫神に言っておかないといけないことがあると思ってさ』

 当麻の声質がいつもより低い。雰囲気が重い。

『う。うん』

 普段と違いシリアスな雰囲気を放つ当麻に嫌な予感を覚える。

 もしかして別れ話を切り出されるんじゃないか。そんな不安が少女の脳裏に過ぎる。

『俺と……』

『は。はい』

 当麻の語りに対して体が硬直する。そして──

『俺と改めて恋人同士になってくれないか。頼むっ!』

 当麻は勢い良く頭を下げた。

『へっ?』

 全くの予想外の申し出。無表情で知られる秋沙が目を丸くして驚いた。

『どういうこと?』

 秋沙と当麻は恋人としてこの1月としばらくの期間を過ごしてきた。

 なのに何故また恋人になって欲しいと頼まれるのか理解ができない。

『俺たちの交際は、俺が責任を取る形で……半ばうやむやに始まったじゃねえか』

『う。うん』

 頷きながらも秋沙には言いたいことがあった。

少なくとも彼女にとってこの交際はキスの責任を取ってもらっただけのものではない。

ずっと想いを寄せていた。それがようやく叶った夢の実現。

けれど当麻の見解は違っていた。それが秋沙には少し悲しくて辛い。

『俺、女の子と付き合うの初めてで……姫神と2人で過ごすその楽しさにずっと甘えてた』

 当麻は頭を掻く。

 それを聞かされている秋沙は全身が真っ赤に茹で上がる。

『……私も。人生で一番楽しい夏を過ごしたから』

 当麻に聞こえない小声で呟く。

『でも、このまま責任を取ってなんて言葉に甘えてたままじゃいけないって思った』

 当麻が真剣な表情を見せる。あの悪夢のような時間から救ってくれた時と同じ表情。

『だから、ちゃんと言わないといけないんだ』

 秋沙は当麻の表情をただ無口に見惚れる。

『俺、この1ヶ月の付き合いを通じて気付いた。姫神のことが好きなんだって』

 秋沙の心臓がドクンと高鳴った。

『だから今度は責任を取るとかそんな話じゃなくて……俺の本当の彼女になって欲しいんだっ!』

 当麻は直球勝負だった。女の子の気持ちにどうしようもなく鈍いだけ。受け止めてからは力強くそして迅速だった。

『私は……ずっと前から上条くんのことが好き。大好き』

 秋沙の瞳からは涙が流れている。嬉しくて泣ける。当麻にあの苦しみから解放してもらった時以来の涙だった。

『だから私を。上条くんの。本当の恋人にしてください』

 秋沙は泣きながら頷いた。

 こうして2人は夏休みの終わりに本当の恋人同士になった。

 

 

 秋沙と当麻の交際は、2学期の始業式の日には既に広く知られ渡っていた。

『秋沙が幸せだと言うのなら……上条当麻が男らしく決断したのなら……仕方ない。私は2人の幸せを祈るぞ』

 苦渋の表情を浮かべる制理。

『あっ。ありが。とう』

『どうして吹寄がそんな辛そうな表情を浮かべてるんだ?』

『それが分からぬから貴様は上条当麻なのだろうな』

『上条くんは……女の子の繊細な気持ちにもっと注意を払うべき』

 少女の胸の内に気付かぬ当麻を非難する秋沙と制理。2人の交際は制理以下クラスメイトたちに既に知られている所だった。

『かみやん。昨夜はあのちびっ子がお腹空いたって一晩中荒れ狂っていたんだぎゃ。一体どこに行ってたんだにゃ?』

『私用だ。私用……』

 そっぽを向いて追及をかわす当麻。けれどその頬は真っ赤に染まっており、何か重大なことが起きたことを態度で示していた。

 男子寮、女子寮暮らし故に2人のプライバシーは筒抜け状態。

『失恋の痛みは2人の仲を応援することで昇華したいと思う』

 制理はテンションを不自然に上げながら秋沙の恋愛をサポートすると誓ってくれた。

『それで、昨夜上条当麻は優しくしてくれたか? 初めてだったのだろ。どこか痛い所はないか? 赤ちゃんができていたら子どもの名前はどうするんだ?』

 女版の上条当麻とも一部で言われている制理はデリカシーのなさも当麻並だった。

『痛いっ! みんな、無言で俺を叩くのは止めてぇ~~っ!』

 当麻は男子生徒たちによってフルボッコの刑を受けている。

『お願いだから。そっとしておいて……』

 女子生徒たちから生暖かい視線を送られて秋沙は机に突っ伏した。

 

『仲良し小萌先生クラスでは男女交際は厳禁なのですっ!』

 クラスへ入ってくるなり担任の月詠小萌は教室に入るなり吼えた。

『何故なら先生より先に結婚する生徒ちゃんは許されない悪なのです。極悪なのです。よって、吊るし上げにして強引にでも別れさせてやるのです』

 見た目幼女、実際は30代のロリBBAは自分に正直だった。生徒たちが自分より先に結婚することを微塵も望まない。

『ひと夏のアバンチュールとかほざいて夏休み中に彼氏彼女ができちゃった悪い子ちゃんはいませんか? 私刑にしてあげるので素直に名乗り出るのです』

 小萌が結婚に焦りまくっている表情で生徒たちを見回す。もちろん誰も申告しない。秋沙も当麻も無関係を決め込んでいる。

『今なら、彼氏彼女がいるクラスのお友達を紹介してくれたいい子ちゃんには次の中間試験で先生の教科をプラス10点あげちゃいます』

 ついに買収に走ってきた。けれど、秋沙も当麻もそれなりにクラス内で人望があるからか、誰もチクろうとはしない。

『……お前ら』

 当麻は少し感動しているようだった。それは秋沙も同じだった。

『土御門ちゃん。情報通の土御門ちゃんなら何か知っているんじゃないですか? 彼氏彼女を作ってしまった許されざる存在について』

 小萌は自発的な告発は望めないと踏んだのか、ピンポイント攻撃を仕掛けてきた。

『俺は何にも知らないんだにゃ~』

 土御門はとぼけて答えてみせた。

『素直に吐いたら……土御門妹ちゃんをこの学校でメイドとして雇うように口を利いてあげるのですよ』

『かみやんは昨夜姫神の所にお泊りしたんだにゃ~』

 土御門は秋沙と当麻をとてもあっさりと売った。義妹>クラスメイトだった。

『へぇ~上条ちゃんが姫神ちゃんのお部屋にお泊りですかぁ~♪』

 小萌が笑顔のまま秋沙と当麻をその視界に捉える。

『本当なのですか?』

 秋沙に向けて小萌のスマイル炸裂。もっともその笑みを信じる者など教室内に誰もいなかったが。

『…………っ』

 秋沙は答えない。認めるわけにはいかない。けれど、昨夜の出来事を否定するのも嫌だった。秋沙の人生で初めて体験した最も幸せな瞬間だったのだから。

『まっ、その頑なな態度を見れば分かるので無理に答える必要はないのです』

 小萌の瞳はいつの間にか鋭い切れ味を感じさせる冷ややかなものに変わっていた。

『小萌先生。重要な情報を流したのだから、舞夏をこの学校で雇う話を是非に♪』

 友を打った土御門が諸手で小萌へと近付く。

『仲良し小萌先生クラスにお友達を売るような悪い子は必要ないのです』

 小萌はいつの間にか白とピンクのフリフリドレスの魔法少女へと変身を遂げていた。

『土御門ちゃんは生まれ変わって反省してくださいなのです♪』

 笑顔の小萌のステッキが赤く光る。

『それはないんだにゃ~~っ!!』

 土御門の悲鳴が上がるのとステッキの先端から赤い光線が放たれるのは同時だった。

少年は大爆発を起こしその場に倒れた。金髪が特徴だった髪型は真っ黒なアフロへと変貌を遂げている。

「あっ……ああっ……」

 その圧倒的な小萌の力に誰もが絶句した。数々の修羅場を潜り抜けている当麻でさえ口が半開きになってしまっている。 

 ただ1人、姫神だけは小萌を無表情のまま睨んでいた。

 

『今日の仲良し学級会では学園祭の出し物を決める予定でしたが……内容は先生が決めます』

 小萌は気絶した土御門を冷ややかに見下ろしながら生徒たちに告げた。

『上条ちゃんと姫神ちゃんの結婚式プロデュース。みんなで2人に最高の結婚式をプレゼントしてあげるのですよ』

 小萌の瞳が大きく見開かれ秋沙へと向けられる。

『もっとも、姫神ちゃんが途中で逃げ出すようなら2人の愛もそこまで。先生が代わりに上条ちゃんと結婚式を挙げてやるのですよ。ひゃっはっはっは』

 世紀末世界の小悪党っぽい笑い声をあげる小萌。

『さあ、姫神ちゃん。上条ちゃんを賭けて最後の師弟対決なのですよ』

『上条くんは渡さないっ!』

 秋沙は遂に声を上げた。その瞳は小萌に対する闘志で満ちている。

『ぐっひゃっひゃっひゃ。教師になって10余年。遂に男子生徒との結婚に辿り着いたのです。先生の独身人生も来月までなのです。ああ、その時が楽しみなのですよ』

 生徒たちに連絡事項を告げることもなく悠然と去っていく小萌。

『上条くんは私のお婿さん。そして私は上条くんのお嫁さんなんだからっ!』

 秋沙は小萌の背中に向かって宣戦布告を告げた。

 譲れない戦いが始まった瞬間だった。

 

 

「私には文章表現力がない。話術もない。それ以前に話題がない。結婚式の挨拶で何を話せば良いの?」

 秋沙は1人で力なく帰宅路に就いていた。

 来週に迫った学園祭の大道具作りで当麻はまだ学校に残っている。

 一緒に残ろうとしたが、小道具作成を頼まれてしまい秋沙は家での作業となった。

 小萌の結婚式プロデュースは学園祭の企画としては無茶苦茶なものの、内容自体はごく普通の結婚式プランだった。

 小萌がごく一般的な結婚式を選んだ理由。それは秋沙が途中で逃げ出すと高を括っているからだと生徒たちは噂している。

 即ち、奇をてらった結婚式にし過ぎると、小萌が当麻と結婚式を挙げる際に恥ずかしい思いをするからだと。

 それは、秋沙が人前に出ることを忌避する性格であることを根拠にしていた。

 けれど秋沙は逃げなかった。

 クラスメイト立会いの下の結婚式リハーサルになっても逃げ出さなかった。

 愛する当麻との結婚式なので恥かしくても力が入った。足は前に向かって踏み出していた。けれど、問題は別の所にあった。

『それでは、新郎と新婦にはそれぞれ5分ほどスピーチをしてもらうのです』

『えっ?』

 小萌の宣言に秋沙は顔を引き攣らした。

『結婚式なのだから当たり前のことなのです』

 小萌は笑う。その顔に意地悪を貼り付けながら。

『結婚式なので、当然お世話になった人への感謝の言葉なのです』

『やっべぇ……記憶なくしちまった俺はどうやって両親への感謝の言葉を述べればいいんだぁ~』

 頭を抱える当麻。

『…………っ』

 その横で秋沙はとても辛そうな表情を浮かべていた。

 

「私がお世話になった人」

 秋沙の顔が苦痛で歪む。脳裏に父や母、故郷の人々の顔が思い浮かぶ。

「私がお世話になった人は。みんな。死んだ……」

 吸血鬼を呼び寄せてしまうという自身の体質ゆえに、秋沙は大切な人を次々と失ってしまった過去がある。その残酷な物語は彼女の人格形成に大きな影響を及ぼしていた。

「私が殺した人に。私は何を言えばいいの?」

 秋沙の息苦しさが限界に達する。

 訳もなく叫びたくなる。

 その時だった。

 

「せっかくの結婚式なのにぃ陰鬱なことばかり考えるなんてもったいないんダゾ♪」

 

 愛沙の背後から少女の声が聞こえた。

 語尾が伸びた特徴的な喋り方。

 そして何より、分かるはずのない秋沙の内面を言い当てた言葉。

 振り返らずとも声の主が判断できた。

「久しぶりね……心理掌握」

 振り返ると夕焼けの中で黄金色に輝く美しい長髪を風にそよがせた少女が立っていた。

「お久しぶりで~す。姫神さぁ~ん」

 学園都市レベル5序列第5位心理掌握こと食蜂操祈は秋沙を見ながら和やかに微笑んで見せた。

 

 

「久しぶりね。夏休み以来かしら?」

 秋沙は普段通りのポーカーフェイスで操祈に挨拶を告げる。

「昔は上条さんを巡って争った恋のライバルだったけどぉ……姫神さんに負けちゃってからはぁさすがに心が苦しくて会えなかったんですよぉ」

 操祈は口に指を当てて可愛くウインクしてみせる。

「これでも夏休みはずっと泣いて過ごしたんダゾ」

「……あっ」

 操祈の言葉を聞いて秋沙は胸に痛みが走った。

「……ごめん。私。自分のことしか考えてなかった」

 夏休みのはじめに当麻と付き合うことになって以来、ずっと当麻のことばかり考えてきた。共にしのぎを削った恋のライバルたちのことは頭からすっかり忘れていた。

「別に構わないですよぉ」

「えっ?」

「それぐらい上条さんに夢中になってくれなくちゃ……負けちゃった私たちが本当に報われないですから」

 操祈の瞳は寂しそうに見えた。

「…………そう」

 秋沙は何と答えたら良いのか分からずにただ頷いてみせた。

 

「それにしてもぉ~」

 急にニヤニヤし始める操祈。

「さっすが高校生~♪ 夜はとってもエロエロですねぇ~♪」

「なっ!?」

 操祈に顔を覗き込まれて秋沙の顔が真っ赤に染まる。

「あ~。上条さんって女の子にそういうプレイをする人だったんですねぇ。姫神さんも普段は無表情なのに……昨夜の表情はとってもエッチ、なんだぞ♪」

 操祈の頬がポッと赤くなった。

「そういう記憶を。盗み見るのはマナー違反っ!」

 秋沙は両手を上げて操祈を威嚇する。

「振られた腹いせのお茶目な悪戯、なんダゾ♪」

 操祈は再び可愛くウインクしてみせた。

「お茶目の領域を超えてる!」

「姫神さん」

 操祈は秋沙の抗議を受け流すと背筋を伸ばして真剣な瞳で秋沙を見ている。

「何?」

 そんな操祈にやり辛さを感じながら秋沙は尋ねる。

「赤ちゃんができちゃうか。もっと気を付けた方がいいと私は思います。エッチな上条さんの言いなりになってばかりじゃ、ダメなんダゾ♪」

 操祈はメッと人差し指を立てて前後に振った。

「…………はい。気をつけます」

 秋沙は諦めて頷くしかなかった。

 

 操祈の登場で秋沙はペースを相当に乱されている。そんな秋沙に対して操祈はポーズをつけながら可愛くウインクしてみせた。

「姫神さんには悪戯力しちゃったお詫びにぃ~記憶操作をプレゼントしちゃいますね」

「記憶操作?」

「そっ。姫神さんのぉ過去の辛い記憶を丸ごと消去してあげますよぉ」

 秋沙はドキッと胸に大きな衝撃を受けた。

「…………さすがは心理掌握。説明は不要…ね」

「親しみを込めてぇ操祈ちゃんって呼んでくれるのを希望しま~す♪」

 操祈は秋沙の言葉を否定しなかった。

「じゃあ。操祈」

「名前を呼び捨て……新鮮で結構いいかも♪」

 操祈は嬉しそうにしている。一方秋沙は深呼吸を繰り返して気分を整えるように努める。

「私のこの過去の忌まわしい記憶は絶対に消さないで」

 はっきりと自分の考えを述べた。

 

「どうしてですか? 辛いばっかりの記憶じゃないですか」

 操祈が声のトーンを低くして秋沙に尋ねた。顔を覗き込むようにして秋沙に探りを入れている。

「過去を背負って生きていくってやつですか? 過去があるから今の自分があるって」

「そんな立派な考えじゃない」

 秋沙は首を横に振る。

「ただ。私が忘れたら……あの人たちは。私のせいで死んだお父さんやお母さん村の人たちは。みんな消えちゃうから。覚えているのは……私だけだから。だから……」

「なら、楽しく過ごしていた頃の記憶だけ残しましょうか? そうすればお父さんやお母さんとの温かい日々の思い出で胸を満たせますよ」

 秋沙は自分の胸の鼓動が非常に速まっているのを感じていた。

 心のどこかで操祈の提案を喜んでいる自分がいると。

 だからこそ秋沙は操祈から目を逸らさないようにして大きな声で告げた。

「それはちょっとだけずるい。だから遠慮しておく」

 心地良いからこそ受け入れられない。それが秋沙の出した答えだった。

 

「姫神さんってぇ生き方が不器用な所がぁ上条さんとそっくりですねぇ」

 操祈は秋沙を見ながら呆れているのか感心しているのかよく分からない声を出している。

「私たちは似た者夫婦だから」

 秋沙の声は少し誇らしげ。

「もう既に夫婦発言とは羨ましいんダゾ」

 操祈は両手を広げて降参のポーズを示した。

 

「せっかく。親切を申し出てくれたのに。ごめんなさい」

 秋沙は操祈に向かって深く頭を下げた。

「記憶を操作するより面白いものが見られたから別にいいんダゾ」

 操祈は楽しそうに見える。

「じゃあ、記憶操作の代わりにアドバイスを1つ」

 操祈は唇に指を当ててお得意のぶりっ子ポーズを取る。

「結婚式で辛気臭い話を聞きたい人はいないから。そして、その場にいない第三者の話を延々とされても聞いてる人は困るんダゾ♪」

「あっ」

 秋沙の中でスピーチに何を話すべきか。操祈のたった一言で決めることができた。

 そしてとても大切なことが自分の頭から完全に抜け落ちてしまっていたことに気づいた。

「そうそう。それでいいんですよ♪」

 操祈はウンウン頷いている。

「それじゃあ最後にちょっとサービス♪」

 操祈は秋沙の肩に手を置き息を吹きかける。

「姫神さんがほんの少し上手にお喋りができるようになるおまじないダゾ」

「きゃっ」

 秋沙の全身がビクッと震える。

「それじゃあ……上条さんとお幸せにぃ~♪」

 操祈は秋沙の返事を待つことなく去っていった。

「操祈に借りができちゃったわね」

 去りゆく操祈の背中をみつめる。

「ありがとう」

 ブロンドの髪を持つ少女はやはり美しかった。

「それからエッチなのは私じゃなくて上条くんの方。ここは重要な点」

 秋沙の顔は真っ赤に染まっていた。

 

「姫神ちゃん。よくぞ逃げずに学園祭までやって来たのですよ。その根性だけは褒めてあげるのです。げっへっへっへ」

 学園祭当日。

秋沙は女子生徒たち手製の純白のウェディングドレスをまとって準備室で待機中。式の始まりを静かに座って待っていると、小萌が楽しげな笑いを発しながら入ってきた。

「先生」

 独りで待つことで緊張を高めていた秋沙は小萌の登場に表情を緩めた。

「途中で逃げ出したくなったらいつでも逃げて良いのです。そのドレスを代わりに先生が着て上条ちゃんと結婚式を挙げるのです♪」

 意地悪く笑う小萌。

「これは私に合わせて作ったから先生じゃ着られない」

 秋沙はジッと小萌の身体を見る。135cmほどの身長と相まってピンクのワンピース姿の小萌は子どもにしか見えない。身長160cmほどで胸もそれなりにある秋沙のドレスはどうやっても着られそうになかった。

「だったら、このピンクのウェディングドレスでそのまま上条ちゃんと式を挙げるまでなのです」

「それはただの子ども服」

 秋沙は呆れたように短く息を吐き出した。

 

「さあ、いよいよ地獄のショータイムの始まりなのです♪」

 時計が午前11時を指して小萌は手をパンッと叩いた。

「姫神ちゃん。逃げるなら今の内ですよ♪」

「逃げない」

 秋沙は首を横に振った。

「じゃあ……」

 秋沙は小萌が次に何か言う前にその小さな手を握りながら立ち上がった。

「私をエスコートしに来てくれたんでしょ?」

「仕方ないのです。姫神ちゃんを先生が会場まで連れて行ってあげるのですよ」

 小萌は秋沙の手を引っ張った。

「うん。ありがとう」

 秋沙は小萌に従ってゆっくりと歩き始めた。

 

 

 教室の前に辿り着くと司会進行役の青髪ピアスのトークは既に始まっていた。そして扉の前に張り付いて緊張した面持ちで内部を見ているタキシード姿の当麻が立っていた。

「上条くん……」

 正装姿の当麻の姿を見ているとドキドキする。結婚式という実感が高まる。

「ほらっ、上条当麻。新婦が到着したぞ。いつまでも緊張して固まってないでしっかり秋沙をエスコートしろ」

 青いドレスに白い羽織物をつけて結婚式コーデになっている制理が当麻の背中を叩く。

「う、うん。ああ、そうだな」

 緊張が抜けないらしい当麻はギクシャクした動きで秋沙へと振り返る。

「あっ」

 そして秋沙の美しい花嫁の姿を見て今度は完璧に見惚れていた。当麻の視線は秋沙に釘付けになっている。

「花嫁が綺麗で見惚れるのは分かる。だが、何か言ってやるのが男たる者の務めだろう」

「上条ちゃん。今は男を上げる時なのですよ」

 2人の声に当麻がハッと我に返る。

「姫神……その、スゲェ綺麗だよ。世界で一番綺麗だ」

 当麻は顔を真っ赤にしながらたどたどしく言葉を吐き出した。

「上条くんも……とても格好いいよ」

 秋沙の頬も赤くなっている。

「姫神がさ、その、俺の隣でウェディングドレス着てくれるのが最高に嬉しいっていうか」

「私も同じ気持ち」

 秋沙は当麻を見ていると全身がソワソワして堪らなくなる。

「完璧にバカップルだな。まさか上条当麻と秋沙が付き合い始めるとこんな風に変わってしまうとは思わなかったぞ」

 制理は2人を半ば呆れ顔で見ている。

「いよいよ入場なのですよ」

 青髪ピアスと目線でやり取りしていた小萌が告げる。

「じゃあ、行くか」

「はい」

 当麻の掛け声にゆっくりと頷いてみせる秋沙。

「それでは新郎新婦の入場です。みなさん、あったかい拍手をお願いしますわ」

 秋沙は当麻の腕を取りながらゆっくりと教室内へと入っていく。

 秋沙と当麻の結婚式が始まりを告げた。

 

 

 何度も予行演習を繰り返してきたので式自体は滞りなく進行していった。

『とうまっ! わたしと一緒に逃げようっ! 誰も知らない地で2人で幸せになろう!』

 途中、本物のシスター少女が乱入してきて新郎の手を引っ張って連れ出そうとするハプニングはあったものの。

『新郎新婦には誓いの口づけをお願いします。ご出席のみなさんに大サービスで盛大なやつを一発………………あっ』

 緊張した当麻が真似ではなく本当に秋沙の唇にキスしてしまうというハプニングはあったものの。

 式はいよいよ終盤を迎え、新婦による感謝の言葉の順番を迎えようとしていた。

「続きましては新婦からお世話になった方への感謝の手紙ですわ」

 秋沙が特に覚悟を決め直す余裕もなくその順番は来てしまった。

「大丈夫だ」

 当麻がそっと耳打ちした。

「姫神なら……秋沙ならちゃんと言えるさ」

 初めて名前で呼ばれたことにドキッとしながら答える。

「うん。当麻くんが応援してくれてるから。だから私は大丈夫」

 秋沙も当麻のことを初めて名前で呼んでみた。

 恥ずかしさと高揚感で一気に世界が変わって見える。視界に映るもの全てが華やいでいる。挨拶に対する緊張はいつの間にかなくなっていた。

 

 秋沙は前に1歩進み出る。

 この時のために書いておいた手紙を取り出して読むべきか一瞬考える。

 けれど、それは止めた。

 言うべき内容はもう決まっている。

 多少語順が変わろうと、少し話の筋が脱線してしまおうと関係ない。

 自分の感じるまま思ったままを今の言葉で伝えよう。

 秋沙は前を見つめた。

 その先には──彼女がいた。

 

「私には2人目のお母さんとも言うべき女性がいます」

 呼吸をすると共にスラスラと言葉が出てくる。

「その人は、天涯孤独の身で行き場をなくした私を自分の部屋に住まわせてくれました。その後も、骨を折って私をこの学校に編入させてくれました」

「姫神ちゃん……」

 秋沙の視線の先、小萌は目を丸くしている。

「今の私は女子寮に移ったのでその人とは一緒に暮らしてはいません。でも、その人は今私の担任で、今もお母さんです」

 秋沙の声はいつになく澄んでよく通っていた。

「お母さんは去年の秋に公園で私が倒れた時も救急車が来るまでずっと側で看病してくれました。だからやっぱり私にとってはお母さんなんです」

 小萌は顔を赤くしながらただじっと秋沙を見つめている。

「そしてお母さんは私の背中を不器用に押してくれました。この結婚式がまさにそれです」

 恥ずかしくなったのか小萌は目を逸らした。

「これはそんな意図だったのか……全然知らなかった」

 代わりに隣で聞いている当麻が驚いている。

「……本当の所は私も知らない」

 ボソッと秋沙は呟く。

「へっ?」

 当麻の口が半開きになった。

「……私がそう思いたいからそう思うことにした」

 小声でネタ晴らし。

 そして再び意識をスピーチへと傾ける。

「だから私はこの場を借りてお母さんに感謝の言葉を述べたいと思います」

 秋沙は小萌へと向き直る。

「月詠小萌お母さん。今まで世話してくださって本当にありがとう」

 そして小萌へと向かって深々と頭を下げた。

 当麻も秋沙に倣って頭を下げる。

 2人の礼に対して小萌は顔を俯かせた。

 秋沙はゆっくりと顔を上げ直してもう1度小萌の顔を見つめた。

「そしてこれからも私たち2人のことを暖かく見守ってください」

 小萌から返事はなかった。

 代わりに涙が1滴2滴、床へと落ちていった。

 それが、言葉よりも雄弁な小萌の返答だった。

 

 

「すごいな、秋沙。あんなに流暢に挨拶ができるなんて俺全然知らなかった」

 挨拶を終えた秋沙に当麻が小声で賞賛の言葉を贈る。

「うん。私だけの力じゃないから」

「というと?」

「仲良くなった操祈に上手に喋れるように能力を掛けてもらったおかげ」

 秋沙は小さく頷いてみせた。

「ふ~ん。操祈ちゃんにねえ……」

 当麻は目線で天井を見上げる。

「その……副作用とか大丈夫なのか?」

 当麻の顔は微妙に引き攣っている。

「現状は分からないとしか答えられない」

 秋沙は無表情になりながら答えた。

 食蜂操祈は可愛らしくも一癖も二癖もある少女。それが2人の共通認識だった。

「さて、新婦の感動的な挨拶でした。さあ、新婦の母親役の小萌先生。是非、一言お返しをお願いします」

 司会役の青髪ピアスが小萌へと話を振る。

「分かったのです」

 小萌は涙を両手で拭いながら顔を上げた。

 

「姫神ちゃん、上条ちゃん。ご結婚おめでとうございますなのです♪」

 喋り始めた小萌の声は明るかった。笑顔も見せている。

「まさかこの小萌先生が生徒さんの結婚を祝う日が来るなんて思ってもみませんでした。先生より早く生徒が結婚するというのにです」

 自虐的なジョークに会場から小さな笑いが毀れる。

「先生は2人の結婚を応援しちゃうのですよ」

「「やった」」

 小萌から認可の言葉が出たことで秋沙は当麻と顔を合わせながらホッと一息ついた。

「ですが、先生は姫神ちゃんたちの結婚を後押しするとはいえ、2人はまだ高校生であることを忘れてはダメなのです」

 小萌は上半身を前に倒しながら右手の人差し指を立ててみせる。

「高校生らしい清く正しく美しい男女交際をお願いするのです。具体的には手を繋いでチュッチュまでが限界なのです♪」

 満面の笑みを見せる小萌。

 その笑顔を見て、秋沙と当麻の額に冷や汗が流れ出す。

 今朝、2人は一緒に登校して来た。秋沙が昨晩当麻の部屋に泊まったから。

 絶対に知られてはいけない事実。

「秋沙……分かっていると思うが、余計なことを言うのはなしな。小萌先生を怒らせても意味がない」

「もちろん。分かってる」

 当麻の確認に頷いて返す秋沙。

「それでは代表して姫神ちゃんに、高校生の間は清く正しく美しい男女交際を続けることを誓ってもらうのですよ♪」

 ご機嫌な小萌。

 とりあえず形だけでも誓ってみせればこの場が丸く収まる。

 それは誰の目にも明らかだった。だから秋沙もそれに合わせることにした。

 

「では姫神ちゃん。先生に誓っていただけますか? 高校生の間は清い交際を続けてくれると」

 『はい』と答えようとしたその瞬間だった。

「いいえ。私はその内容について誓うことはできません」

 秋沙が言おうとすることと反対の言葉が出た。

「えっ?」

 横で聞いている当麻がガクッと上体を崩しながら驚きの声を上げる。

 秋沙は慌てて首を横に振る。

 けれど、彼女の口は秋沙の意志に反して喋り続ける。

「だって私は昨夜当麻くんの部屋に泊まったから。今日もお泊りの予定。ちなみにこの場合。お泊りというのは大人の男女がするお泊りの意味。当麻くんに一晩中愛してもらうの」

 秋沙の顔は青ざめていくものの口は閉じてくれない。言葉が紡ぎ出され続ける。

「なるほど。だから今日の姫神ちゃんのシャンプーの匂いは普段と違っていたのですね。言われてみれば納得なのです」

 ウンウンと盛んに頷いてみせる小萌。一見怒っていないようにも見える。けれど、足元が激しく震えている。怒っているのは間違いない。

「できれば高校在学中に小萌お母さんに孫を抱かせてあげたいです」

 秋沙は半分涙目になっている。なのに口は止まらない。

「それは……とってもとっても嬉しいのですよ、姫神ちゃん。ロリババアが本物のおばあちゃんに格上げというわけですか」

 小萌はキレる直前の様相。

 

「何でだ? 俺は今日、何度も秋沙に触れた。操祈ちゃんの能力だって切れているはずなんだ……うん?」

 当麻は冷や汗を掻きながらゲスト席の方を見渡す。

「はぁ~い♪」

 常盤台の制服を着た金髪の美少女がリモコンを持った右手を大きく振っている。

「もしかし……なくても、操祈ちゃんの仕業、だよな?」

「はぁ~い。そうですぅ。姫神さんがぁ感謝の気持ちをスムーズに言えるようにぃお手伝いしたんダゾ♪」

 操祈はVサインを作ってみせる。

 種明かしされてみるとごく簡単な仕掛けだった。

 当麻が操祈の力を打ち消す度に操祈が能力を発動し直す。ただそれだけのことだった。

「あの……この惨状の意図は一体なんでしょうか?」

「姫神さんと小萌先生はぁ親子なんでしょ? なら、腹を割って話し合って理解し合うのが大事だと思いま~す」

 ドヤ顔を見せる操祈。

「腹を割って話し合っても何でもかんでも解決できるわけじゃないと上条さんは思うんですよ。特に小萌先生は先生で、俺たちは生徒なわけですから……」

 当麻の顔が再び小萌へと向けられる。そこには……鬼がいた。

「上条ちゃん。ううん、エロ条ちゃん。テメェだけは先生が思い切りぶん殴って清く正しい男女交際がどういうものなのかその身体に教え込んでやるのですよっ! そげぶしてやるからそこに直れなのですっ!」

 鬼は当麻に向かって一直線に襲い掛かっていく。

「ぎゃ~~っ! 暴力反対~~っ!!」

 当麻はそんな小萌から一目散に逃げていく。

 結婚式場は一瞬にして命を賭けた鬼ごっこの場と化した。

「え~とまあ……新郎が新婦を幸せにするためにはまず新婦の母親を納得させる必要があるっちゅ~話でこの式を締めさせていただきたいと思います。長い間ご観覧ありがとうございましたわ」

 青髪ピアスは強引に式を打ち切り、パラパラと拍手が奏でられる。実際の所、司会も観客たちも呆気に取られるしかなかった。

 

 

「秋沙……こんなオチで良かったのか?」

 秋沙が終わらない鬼ごっこを眺めていると隣に制理がやってきた。制理は微妙な表情で顔を傾けている。

「良いのか悪いのかはよく分からない」

 制理へと振り返る。

「でも。こういうのが私たちらしいんだと思う」

 秋沙は小さく頷いてみせた。

「操祈」

 秋沙の顔が今度は操祈へと向けられる。

「背中を押してくれてありがとう。おかげでいい結婚式にできた」

 追いかけっこを続ける2人を横目に礼を述べる。

 秋沙は笑っている。

「どういたしまして。お幸せに……なんダゾ」

 操祈も笑顔で秋沙に返してみせたのだった。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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