【拠点フェイズ・愛紗】
時刻は太陽が真上から少し降りはじめた頃。
本日の天候は雲一つないほどの快晴、清々しいほど青い空が遠くに佇む山々を超えて広がっている。
気温も朝方より程よく上がり、そんな中に吹き上がる風は肌を優しく撫で行き実に心地が良い。
運動などをするには実に絶好な日和と言っても、過言ではないであろう。
そんな中、一刀はというと……
「さて……どうしてこうなった」
腰にWドライバーを巻き、公孫賛の城の中にある中庭に立ってそう呟いていた。
その表情は嘆き、困惑辺りが入り混じっていると言ったところであろう。
「それでは一刀殿、今日は私の我儘に付き合って下さってありがとうございます。本日のお手合わせ、宜しくお願いします!」
そんな一刀とは裏腹に、彼と対面して立っていた黒髪の少女はにこやかな微笑を浮かべながら、一刀に深く頭を下げだした。
少女の名は関羽雲長、真名は愛紗。
一刀の世界においてもその名を現代にまで残した、軍神と世に謳われたあの関雲長と同じ名である。
「いやいや、そんな頭を下げなくてもいいよ。形式的にはこれも『依頼』って事になってるんだから」
一方、頭を下げられた一刀も彼女の態度を目前にいつまでも困惑していられるわけにはいかず、下げられた彼女の頭を上げさせた。
何故こういう状況になったのかと言うと、時は昨日まで遡る事になる。
ある日の午後、一刀は探偵業務の報告書を公孫賛に提出するために城に足を運んでいた。
相も変わらず大規模な依頼は承っていないが、どんな小さなものであろうとも依頼は依頼、報告は義務である。
公孫賛が普段業務を行っている執務室に向かって、通路を歩いていた時だった。
「一刀殿!」
「ん?」
聞き覚えのある声がした後方を一刀が見てみると、愛紗がこちらに向かって足早に近づいて来ていた。
一刀の元まで近づいてきた彼女は、キリッと表情を浮かべつつ一刀に向かって礼をする。
「お疲れ様です、一刀殿。今日はいかがなさいましたか?」
「ああ、お疲れ。今日はちょっとこいつをな」
そう言って一刀は愛紗に手元の書類を見せてみる。
愛紗はその書類を興味深そうに覗き込むと、ふむふむと喉を唸らせつつ書類の中身を観察し始める。
それらを大まかに読み流すのを終えると、理解したという表情と共に、その視線を再び一刀の方へ。
「なるほど、探偵の業務の報告でしたか。2度目の言葉となりますが、お疲れ様です」
「はは、ありがとな。けど愛紗の仕事の方がずっと大変なんじゃないか?自分の兵を持って訓練指導したりするなんて、俺には絶対出来ないだろうし、凄いじゃん」
「いいえ、決してそのようなことは……それに私などまだまだ至らないところが多いです。兵を持てたからといってあまり誇れるほどでもありません」
そう言って、彼女は首を横に振って否定してみせた。
一刀は愛紗の実力を直接見たことは殆ど無いが、桃香や鈴々からの話を聞いて、生半可ではないほどの実力を持っていると知っている。
今までは鈴々と共に二人で旅をしたいたので兵を率いた事こそなかっただろうが、一刀の推測では彼女が軍を率いる才能を高く持ち合わせているとある。
無論、現代からの知識を引っ張ってきて立てた推測もとい殆ど事実のようなものだが。
「ですので、私はまだまだ精進しなければなりません。これから私は義勇兵の将として、彼らの命を預かる身となる。そのためにも部下だけに鍛錬をさせず、それに劣らぬように私も鍛えなければ…」
「そっか……なら俺ももっと強くなっていかないとな。俺も俺で、桃香の夢の力になるって約束してるからな」
一緒に困っている人々、苦しんでいる人々を助けていく。
それが、以前に交わした桃香との約束である。
「…そう言えば一刀殿は、ガイアメモリと呼ばれる天の産物を回収する為にこの地へ降り立ったのですよね?」
「ああ、それが俺が一番最初に受けた依頼でね。依頼主はちょっと……いやシャレにならん位アレな奴だけど色々と思う所もあってな、引き受けさせてもらってる」
「…では一刀殿がこの世界にいるのは、その依頼を果たす為ですか?」
愛紗からそれを聞かれた一刀は、少し考えるようなそぶりを見せたが、直ぐにやめて首を横に振った。
「そうでもないな。確かに俺はあいつの依頼を達成する為にこの世界に来た。けど俺はそれだけの為に動いてる訳じゃない」
「それはつまり……」
「桜桑村で桃香と生活してて、あいつのことが大分わかってきた。桃香は本当に、心の底から誰かの為に動こうとする子なんだってことがな。そんなあいつがあんなデカい夢を目指してるって言うから、見てみたくなったんだよ。『皆が笑って暮らせる国』ってやつに」
「一刀殿……」
穏やかな笑みを浮かべてそう語りかける一刀に、愛紗は大きな感銘を受けていた。
自身の主が目の前に要るこの人のことを慕い、信頼している理由。
それを言葉を交わすことによって感じることが出来たのだ。
彼もまた、桃香と似た存在なのだ。
人の幸を喜び、そのために動くことが出来る性質を持っている。
だからこそ、桃香の理想に共感し力を貸そうとしてくれているのだ。
「……一刀殿…少し尋ねますが、もしも今すぐ依頼を頼まれた時、それを引き受けることは出来ますか?」
「何?急に。…まぁ、名前と依頼内容とかが分かればできるけど?」
そんな彼に、愛紗は一つの『依頼』を持ちだした。
「では…我が関雲長の名におきまして、一刀殿と切磋琢磨し合える手合わせを『依頼』として申し込ませていただきたい!」
「…なんですト?」
時が再び現代へと戻り、そういった事が前日にあったのである。
つまりは今日は『依頼』として、愛紗の鍛錬に付き合う為に公孫賛の城まで一刀は訪れたのである。
「…しかし一刀殿、本当に宜しいのですか?本来『依頼』であるならば報酬金などの用意をしなければならないのでは…」
「いいっていいって。義妹相手に金を取る程、俺も外道に堕ちてないし」
「……ふふ、そうですか。ならば我が義兄上のそのお心に、甘えさせていただくとしましょう」
「是非そうしてくれ。………」
愛紗の茶化す様な台詞を受け止めると、一刀はふとある言葉が気になって考え事をし始めた。
『義妹』と『義兄上』、この二つの言葉が一刀の頭の中でふと引っ掛かった。
今更になって言う事でもないだろうが、一刀はかの有名な『桃園の誓い』に立ち会うどころか、彼女たちの誓いに参加するという歴史学者が垂涎(すいえん)しかねない程の経験を果たしている。
ただこの世界はあくまで外史なため、一刀の住んでいた世界の歴史とは色々と異なっているのだが。
しかしこの世界においては、女性であろうとも彼女こそまさに関雲長その人なのだ。
「(今更だけど、凄い人と兄妹になったよな俺……なんせあの関雲長だしな)」
改めて、超有名人と義兄弟の契りを交わすという自分の境遇のトンでもっぷりに驚かされる一刀であった。
「…一刀殿?どうかしましたか?」
「ん?あ、いや、なんでもない。…それじゃ始めるか」
ついボーっとしていた所を愛紗に声を掛けられた一刀は、何事も無いように装うと意識を再び彼女へと向ける。
そして懐からジョーカーメモリを取出し…
≪Joker(ジョーカー)!≫
「変身!」
それをWドライバーへと挿し込んだ。
瞬く間に一刀の姿は普段のフランチェスカの学生服から変貌、黒いライダースーツを身に纏った姿――仮面ライダージョーカーへと変身した。
「一刀殿も準備が出来たようですね。では……」
一刀の姿が変化したことで、愛紗の方も青龍偃月刀(鍛錬時用の処置も施し済み)を構える。
表情もこれから始まる鍛錬へと向けた凛々しきものとなっており、対面している一刀もそれにつられて表情を引き締めてしまう程。
青龍刀を持つ手は更に持ち手を強く握りしめ、ジリッと足元の土を力強く踏み、いつでも瞬発的な動きが出来るように備えている。
「……参りますっ!!」
黒く長い髪を勢いよくなびかせ、愛紗は一刀へと向けて一気に肉薄していった。
二人の距離はあっという間に縮まり、すでに愛紗は自身の間合いに一刀の姿を捉えている。
「せいやぁぁぁぁぁぁっ!!」
先手必勝の理に倣い、愛紗の鋭い縦振りの斬撃は一刀の肩目掛けて一直線に向かって行った。
「ふっ!」
迫りくる斬撃にテンポを合わせ、斬撃が肩に届く前に身体を捻じってそれを回避する一刀。
斬撃の回避によって、一刀と愛紗、両者の距離は『隣り合わせ』という言葉を使う展開とほぼ同じくらいの近接度となる。
愛紗の腹部目掛けて掌底を入れ、一気に勝負を付けようと腕を引いた一刀だったが、その前に愛紗が動きを見せる。
「はっ!」
「な…(青龍刀を、軸にして…!?)」
愛紗の先ほどの斬撃を、一刀は外側へ体を捻って躱していた。
内側へ避ければ彼女の懐に潜り込めていたが、斬撃が一刀の左肩に向かっていたので流石に無理があったのだ。
そして躱した一刀が拳をいれようとしたのは彼女の腹部、正確には右側の腹。
だが、彼女は先ほど振り下ろした青龍偃月刀に体重を乗せるとそのまま右足で地面を蹴り、時計回りに身体を運んだのだ。
【簡易図解】
(愛紗)
↓突撃! 接近&攻撃! 失敗!
⇒ (愛紗) ⇒ 攻撃!↗(愛紗) ⇒ ×↗ →↓
(一刀) (一刀)←回避! (一刀) (一刀) ↓ 回避!
(愛紗) ←
(∴)<わかりづれっ! 許しテ!>(作者)
更に愛紗はタンタン、と地を軽やかに蹴りつつ一刀の後方へと回り込み、青龍偃月刀を水平に振るって来た。
突然の彼女の動作に怯む一刀だが、突き出そうとした拳を引っ込め、迫りくる斬撃を腕で弾く。
「ぐっ……(なんつー重さだよコレ!まともに受け止めたら骨が一瞬でグッナイするって!)」
たまたま良い感じに力を分散させやすい角度で弾くことが出来たものの、腕に来る斬撃の衝撃(インパクト)は変身をしている一刀ですら戦慄を覚える程に強烈だった。
というか、どう考えても本気で潰しに掛かってきているような勢いだが。
「(これもしかして…割とヤバい?)」
想像以上のお手合わせに危機感を覚えた一刀であったが時すでに遅し、打ち合いで火のついた愛紗の勢いはまだ乗り始めたばかりである。
それにこれは彼女との『依頼』でもあるため、途中放棄するなど絶対に一刀の心が許さない。
「続けて、行きます!」
「(頑張れ俺、死にませんよーに!)」
ジョーカーの状態でどこまでやれるかは未解明だが、とりあえず事故死が起きない事を祈るだけであった。
それから20分後………
「一刀殿、今日の手合わせ本当にありがとう御座いました!」
「ははは……お役に立てたっていうならそれでいいさ」
律儀に深々と礼をしてくる愛紗に、変身を解いた一刀は笑ってそう言った。
試合の過程はと言うと、最早一刀が耐久マッチをやっているようなものに近かった。
愛紗が攻撃を仕掛ける機会が割かし多めになり、一刀はそれを防いだり躱したりといったシーンが多く見られた。
一刀も負けじと愛紗の攻撃を躱しつつ反撃をしたりもしていたが、互いに決定打となるものは無かった。
「いや、しかしやっぱり愛紗は強いな。今日の手合わせでそれを改めて認識したわ」
「いえ、私などまだまだ……そう仰る分には、一刀殿も私の攻撃を的確に捌(さば)いていたではありませんか」
「あんなの正直、偶然の重ねがけみたいなもんだって。普通なら絶対やられてた、うん」
「ご謙遜を……」
全体的に評価すると、一刀が防戦一方気味であったという結果となった。
しかしあまり卑下するような成果とは言えなくもない。
確かに今回の手合わせでは一刀は防御優先、愛紗は攻撃優先の流れとなっていた。
言い変えてみれば、今回の鍛錬で一刀は『どうすれば敵の攻撃を的確に捌き、そこから鋭く反撃に移る事ができるか』、愛紗は『守りの硬い相手にどうやって一撃を叩き込み、また、反撃された場合の離脱を上手くするためには』という事を考えさせられていた筈だ。
そう汲み取ると、今回の手合わせは二人にとって充実した時間となってくれただろう。
「さて……それじゃ俺はそろそろ事務所に戻るかな。また」
「…やはり何かお礼をした方が良いでしょうか?今後ともお世話になるのであれば、尚更に」
「始める前に言ったけど、別にそんなの良いって。過程はどうあれ、俺だって良い体験させてもらったしお相子みたいなもんだと受け取っておいてくれよ。それじゃあな」
「あっ……」
鈴々以外の強者との手合わせが新鮮で印象が良かったのだろう、始める前には一刀の厚意に甘えると言っていた愛紗であったが、やはりお礼が要るのではないかと思い直した。
しかし、対する一刀はお礼を受け取る気が全くないためあっさりと断ってしまうと、そのまま中庭を去っていった。
引き留めようとした愛紗だったが、既に一刀の姿は遠く離れて行ってしまった。
中庭に残された愛紗は一刀に向けて差し伸べていた手をスッと降ろし、ため息を吐く。
「ふぅ、まったく……利を無暗に求めない辺りも桃香様に良く似ておられる。だからこそ、あの方々は息が合うのやもしれないな」
そう呟くと、愛紗も午後にある仕事に備えるために、自室に向かって歩を進め始めた。
「しかし、次の手合わせの際は何かお礼をしなければ……何が良いだろうか?」
【あとがき】
みなさんこんにちは、kishiriです。
人間、やろうと思えば一日で作品を掛けることも出来るんですね。
結構大変でしたが、改めて実感しました。
え?別に当たり前だろうって?……(´・ω・`)
それはさておき、各キャラの拠点フェイズでは何らかのテーマに沿って書いていきたいなぁ、と言うのが私の今の心境なんですけどね。
流石に全てのキャラでその1からテーマ掘り出していくとネタ切れとか起きそうですから、各キャラごとに調整をしなければならなさそうですけど。
今までの拠点フェイズが出たキャラで、現状として考えているのが…
桃香……『遠き理想に向かって』
愛紗……『義兄と義妹』
といった感じです。
自分でめっさ作品のハードルを上げてる辺り、やっぱり私ってホント馬鹿……
あ、鈴々については次回のところで紹介しようかなと。
ちなみに全然関係ないですが、各キャラの名前(真名)をタイピングで打つ時に
『一刀』を『いっとう』
『桃香』を『ももか』、
『鈴々』を『すずどう』
『白蓮』を『びゃくれん』
って言う感じに打たないといけないので色々と厄介です(´・ω・`)
現状、普通に打てるのは愛紗くらいですね。
ちなみに将来的には朱里や紫苑、星、翠、蒲公英などが普通に打てる感じです。
『雛里』は『ひなさと』とかになるし、『焔耶』とかどないすんねん…orz
それでは、次回もよろしくお願いします!
Tweet |
|
|
5
|
0
|
追加するフォルダを選択
愛紗の拠点フェイズ、その1です。
冷蔵庫に人参が2本余ってる……何とか調理して処理せねば