俺は劉備に仕え、劉備のために全力で働いた。
周りには関羽や張飛、趙雲たちも居て毎日が充実していた。
たまに諸葛亮とも文を送り合ったりしていた。
今日も自分に届いた何通かの文を見る。
そんな中に俺の人生を狂わせた文があった。
「……」
「これは……」
「……ふざけやがって。」
「許せませんね。絶対に許せません。」
「……」
俺たち五人を悩ませる文。
それはこんな内容だった。
『劉備軍軍師――殿
――殿の活躍は凄まじいと聞いております。
その智謀により、曹仁を破っただけではなく、宛まで奪い取ったと。
私も非常に感服しております。
曹仁も愚者では無く、ある程度の将でした。
その曹仁とあれ程まで兵数で差があったのにもかかわらず、戦況を大きくひっくり返した。
政治にもその知を活かしていると聞こえてまいりました。
そこで私は――殿の知を頂戴したく思います。
ハッキリ言うと劉備軍を抜け、我が曹操軍へと来てください。
それと最後の一文まで読まれた方が良いかと思います。
ではこの辺で。
曹操
――殿の母上の名は――というそうですね。
丁度今、我が曹操軍にいらっしゃってるんです。
この意味、――殿なら分かると信じて、お待ちしております。』
だいたいこんな内容だった。
最初だけならこんな文は無視するのだが、今の俺は決めかねていた。
自分の幼い頃、自分を支え続け、救ってくれた母。
自分が命を預け、心から従おうと思った劉備。
決められるはずがなかった。
こうして悩んでいる間に、母が殺されてしまうかもしれない。
初めは劉備には言わず、夜に自室で悩んでいた。
頭を抱え、涙を流し、絶望していた。
軍議や仕事の場では一切そんな素振りは見せないようにしていた。
しかし、劉備の人を見る目というのは凄いもので数日のうちに何か隠していると見破られた。
そして仲の良い関羽、張飛、趙雲と共にこの文を見た。
全員が頭を抱える。
俺が心から劉備に従っているのは、四人全員分かっている。
それと同時に、俺が母を大切にしているのも知っていた。
そのため全員、どちらにしろなど言えなかった。
どちらも物凄く大切にしている。
劉備の方が大切なら、悩んでなどおらず、劉備も気付けなかっただろう。
母の方が大切なら、今頃はこの城には居ないだろう。
どちらとも等しく大切なために頭を抱えているのだ。
日々不安は積もっていく。
それから数日の後、劉備が俺を劉備の自室へと呼び出した。
「……」
「……」
互いに無言だった。
それからどのくらいたったのか分からない。
一瞬だったのか、長時間だったのか。
劉備が口を開いた。
「行ってこい。」
眼を見開いた。
一瞬何を言っているのか理解できなかった。
普通ならば、軍師を手放したりしないだろう。
ましてや文官の少ない劉備軍にとって、文官を手放すのは命を削るのと等しい。
劉備はその決断を下した。
自分の軍の命を削り、俺という一人の幸せを望んだ。
「あぁ、あぁぁっ……」
涙が零れ落ち、声が出せないほどだった。
そうだった。
そうだったんだ。
俺の仕えていた劉備は
こういう人間だから仕えたんだ。
劉備の心に惚れ、仕えていたんだ。
「劉備殿……私はっ……」
「ほら、シャキッとしねぇか!!私じゃねぇ俺だ。そんなんじゃあ母親一人助けられねぇぞ!!」
背中を強くたたかれる。
最初もそうだった。
自分よりも将を……いや、仲間を大切にしている人だった。
こんな劉備に更に忠誠を誓った。
そして俺は考えた。
俺という文官が抜けたら、大きく劉備軍は傾いてしまうだろう。
ならばあいつを紹介しようと。
だんだん喋れるくらいになり、劉備に言った。
「劉備殿、俺の代わりに良い軍師が居ます。」
「ほぉ、あの曹操が今そこら中から将を集めまくってんのにか?」
「えぇ、でもあいつはちょっとやそっとでは動かないと思います。」
「ならどうしたら良いんだ?」
「劉備殿が根気良く、決して怒らずに会いに行けば何れは必ず雇用に応じると思います。」
「お前が進めるくらいだ。きっとすげぇ才能を持った奴なんだろうなぁ。んで名前は何つぅんだ?」
「諸葛孔明。伏龍、臥龍とも呼ばれる水鏡塾一の天才です。俺の書いた文も持っていけば更に雇用に応じるようになるでしょう。」
「ふむ?聞いたことねえな。まぁ、俺が頭下げるだけで、お前が言うくらいの天才が手に入るんなら安いもんだ。何度でもそいつん家行ってやるさ。」
「では、出発の準備をしてまいります。」
「おぉ、曹操んとこでも頑張れよ。」
「……俺は劉備殿以外には仕えておりませぬ。故に劉備殿以外に力を貸すことなどあり得ません。俺は何時までも猿の頭脳ですからね。」
俺は劉備に一礼し、曹操の下へと馬で駆けた。
そこからは俺の記憶は曖昧になっている。
曹操軍へ向かい、そこで『何か』があった。
『何か』が何かまるで思い出せないが、思い出そうとすると体中に恐怖が張り付き、胃の物が全て逆流し、熱が出て、立つこともままならなくなる。
その後は適当に曹操に仕えた。
ある程度出世したが、劉備軍に戻ることは出来なかった。
劉備軍は諸葛亮を得て、劉璋軍を制圧し、南蛮も制圧。
人材溢れる曹操軍の魏、孫堅の息子の小覇王孫策、孫権の呉と並ぶ大国蜀を作る。
劉備の死後は息子である劉禅が引き継いだ。
四十年もの間、魏や呉などと戦っていたが、諸葛亮の北伐があまり上手く行かず、その弟子姜維が引き継ぐも上手く行かなかった。
その結果、劉禅は「これ以上、民に無理をさせたくはない」ということで魏に降り、蜀は滅んだ。
そして俺は家族に看取られ永遠の眠りについた。
はずだった。
目の前には見慣れた荒野に高い山。
そして若返った身体。
何もわからぬまま数日歩き回り、意識も朦朧としてきた時に出会った。
「おいおい、おめぇ。こんなとこで野垂れ死ぬ気かぁ?ったく、このままほっとくってのも目覚めがわりぃからなぁ。」
何度も死に、何度も蘇った。
いや、蘇ったというのは違うかもしれない。
若返り、時代が変わり、自分も変わって、周りも変わった。
だが、心から仕えると決めたあの人に仕えることが出来た。
自分の中ではそれだけで十分なはずだった。
だが何時まで経っても、自分の心が満たされていないことを知っていた。
それでも、俺は満足だと、これで十分だと自分に言い聞かせていた。
関羽や張飛、趙雲に諸葛亮等とも仕事をできた。
劉禅にも会ったり、黄皓とも知を競ったりもした。
そんな日々さえも、この世界は俺から奪っていった。
夢に巨大な白い魚のような者が現れて、クスクス笑い目覚めた時。
全ての将は女性へと変貌していた。
その中でも蜀の面々は愚者へと落ちていた。
戦をまるで遊びのように行い、仕事は平気でサボり、知も武も磨かず現状で理想のみを語り、悪人を裁くのさえ抵抗を持つようになっていた。
俺たちは人の命を扱う人間。
生半可な心でその仕事をしている事に怒り、心から仕えると決めた劉備の劣化は俺を絶望させるには十分な物だった。
『何か』と自分の仕える人間を失った自分には何も残っていなかった。
例え、諸葛亮と周瑜の知を持っていても、呂布の武を持っていても、今の俺ならばそれを十分に腐らせることが出来るだろう。
そこから俺は復讐を誓った。
俺と同じ境遇の仲間も揃えて世界を、物語を壊し、狂わし、終焉させると。
俺は、私は、僕は
――は
狂った。
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次回ようやく本編!!
これで装さんの過去は終わりです。
ちなみに過去編終了済みは允恭と装さんです。