陳留…ここは曹操孟徳が治める場所。
今や漢は衰退し、各地で暴政が行われ、治安の悪い町に比べればよっぽどいい町だ。
そしてそこの城にある政務室の中、曹操孟徳は複数の報告書を見て眉間に皺を寄せていた。
その報告書に書かれてあったのは、どれも盗賊の討伐のものばかり。
盗賊のいた場所も違ければ、人数も違う。
だが、共通点は二つあった。
「…桂花、この報告書は本当にあった事なのかしら?どうも信憑性に欠けるわ」
「それはなんとも言えません。この内容はどれも私たちの管轄外……確かめるには、討伐していった太守に聞くことが確実かと思われます」
「そう。でも何者なのかしら……、討伐前に賊を全て斬ったという人物は」
近くに座っていた軍師…荀彧に尋ねる。
問われた荀彧だが、なんとも言えない顔で返答した。
そう、この報告書の共通点の一つは各太守が討伐していないこと。
つまりは他の太守が盗賊の討伐の前に、既に何者かが討伐し終えていたのだ。
荀彧の草の者の情報はかなり正確だ……曹操も荀彧本人も疑いようがないほどに。
「相当の実力者、というのは間違い無さそうです。恐らく、春蘭と同等…もしくはそれ以上の」
「そうね。でも、問題なのは…討伐された賊」
天下を狙う曹操にとって、優秀な人材はいくらいても足りない。
当然、この討伐したという人物も優秀な人材で間違いが無いだろう……たった一つを除いては。
「はい……討伐された賊は首を跳ねられたか、胴体を切り離されたかのどちらか。…ですが…」
「――死んでいない(・・・・・・)、ということね」
「…はい、その通りです。体を斬られたと思われる賊は、首、もしくは上半身以外が動けずにいて…」
「そして、切り離された体をくっ付ければ元に戻る…と」
体を切り離されて、無事な人間はいない。
首や胴体なら尚更だ。
だが、報告には斬られた盗賊は生きている、と書かれてある。
どうあがいても、人間業ではない。
曹操が妖術の類いを信じないのもあり、これは謎だ。
「斬られた賊は体に外傷は無いものの、黒い物に対する恐怖心が芽生えたようです」
「恐怖心…ね。……夢だと思っていたいけど、あの噂を信じないといけないのかしらね」
曹操が少々肩を下げて、ため息混じりにそう言う。
…だが、そこに間髪入れずに一人の兵がやって来た。
兗州、山陽の町。
ここで、黄巾党と夏候淵隊…及び加勢した義勇軍の戦いが行われていた。
夏候淵隊と義勇軍は町の砦で防戦をし、ギリギリ保っているがそう時間が経たない内に崩れ去るだろう。
黄巾党が八千人強に対して、夏候淵隊と義勇軍は千人弱…
しかも、将軍である夏候淵も腕を負傷して、戦に参加できないでいる。
今、指揮を取っているのは、義勇軍の李典、于禁、そして楽進。
「真桜!砦の様子はどうなっている!?」
「ヤバイで!あと半刻もっていいとこや!」
「どうするの~!?ここを守りきらないと、町の皆が~!」
「落ち着け、お前達…何とか、砦を持ちこたえさせろ。早馬が曹操様の所にたどり着いたのなら、援軍が来るはずだ」
混乱する于禁と李典に冷静な声で静める夏候淵。
腕を負傷していなければ前線に立てるのに…という悔しさは、彼女の顔には現れていないがそれは彼女の性格からだろう。
「ですが、夏候淵様!この数の黄巾党をどのような手段で制圧すると言うのです!?」
「せや、できたとしても砦が持つかどうか解らんし…」
「……ねぇ、凪ちゃん…真桜ちゃん…」
「どうした、沙和?」
「…何か…向こうからやって来るの…」
「援軍か!?」
于禁の見つめる先を見ようと、横になっていた夏候淵は起き上がり、于禁のもとへ行こうとする。
「ううん…なんだか、黒くて丸いのが…」
「黒くて…?」
「丸いぃ?」
だが、于禁の答えは違った。
“黒くて丸い”…何とも簡単な表現だが、李典と楽進、夏候淵が同じく外を見る。
するとそこには………はるか遠く、于禁の言うように黒くて丸い何かが、黄巾党の兵をまるで削るかのように弾き飛ばしている。
いや、弓を扱う夏候淵はそれが弾いているのではなく、斬っていると言うことが解った。
さらには、その物体が何なのかも。
「あれは………斧か?しかも両刃で柄が長い…」
「解るのですか、夏候淵様!?」
「大体…な。だが、不自然だ」
「不自然?」
「もしもあれを回転させながら投げるのならば、もうすでに地面に落ちているはずだし、それに動きがまるで黄巾党を狙っているようにも見える」
「あ、本当なの!」
夏候淵のいう通り、物体…斧は地面に落ちずに黄巾党を斬り、しかも変則的に黄巾党を狙っている。
この調子だと、半刻しない内に黄巾党が全滅するのではないか…そんな勢いだ。
そしてその光景を、夏候淵達は何もすることがなく、ただ見ているだけとなった。
「…これはどういう事かしら?」
約半刻後、曹操は夏候淵の危機を知り、援軍を率いて山陽に来ていた。
だが、目の前に広がる光景は黄巾党………がバラバラに切り離されたもの。
しかも、そのバラバラに切り離された黄巾党は、つい先程見た報告書と同じく……生きている。
「おい!貴様、これはどうなっている!?黄巾党が死んでいるのに生きているぞ!!」
「そ、そう言われましても…」
「そこの馬鹿!訳の解らないこといってんじゃないわよ!!」
「だが事実だろう!首が飛んでいるのに生きているではないか!」
「春蘭、落ち着きなさい。あなたは管輅の予言を聞いたことがあるかしら?」
「予言…?」
夏候惇が近くの兵の胸ぐらを掴み、今起こっている状況の説明を要求する。
だが、そんなことは兵に言われてもどうとも答えられない。
荀彧が強めの口調で言い、曹操が予言について夏候惇に尋ねるが、本人は解っていない模様。
「はぁ…、いい?預言っていうのは…」
「――報告します!町の砦近くで黄巾党数百人が何者かと交戦中!」
「!?春蘭、桂花!町に急ぎます!」
「「御意!」」
「ぎゃぁあああああああ!?」
「ひぃいいいいいいいい!?」
「やめっ、やめてくれぇえ!?」
「「「……………」」」
砦の近く、黄巾党の兵達は一人の人物から逃げていた。
壁を背にして、我先にと逃げようとするが、一人…また一人とその人物の手でやられていく。
たった一人の人物なら逆に攻撃するだろう。
だが目の前の人間は先程までいた八千人強の黄巾党を現在数百人まで斬った。
それだけではなく、その斬られた黄巾党は生きているとは言えない状態でも生きているのだ。
この二つの要素から、目の前の人物……全身黒い外套で身を包み、長槍に両刃を付けたような斧を持った男に恐怖を感じているのだ。
人間は得体の知れないものに恐怖する……まさに、この事。
「嫌だ…死ぬのは…ギャアッ!」
『貴様は死なない。ただ、死ぬ前の苦痛を味わうだけだ』
そして、最後の一人を斬り、この町の周辺にいる黄巾党の全ては再起不能となった。
そのほぼ全てが、まだ生きているという奇妙なことだが。
「おい、貴様!」
『…ん…?』
男がただそこに立っていると、後ろから女性の声がする。
振り向くと、そこには夏候惇、荀彧、そして曹操がいた。
声の主は夏候惇だろう……自身の大剣を構えながら殺気を飛ばしている。
『夏候惇…か』
「なっ!?貴様…何故私の名を知っている!?」
『別に貴様だけではない。後ろの二人…金髪が曹操、そうでないのが荀彧だろう?』
「なん…で…?」
「…驚いたわね、初対面の筈なのに名前を知っているなんて…。あなたはいったい何者?」
『何者……そうだな。魔の神……今は、魔神とでも名乗ろうか』
男…魔神は驚くべき事に、曹操達の名前を知っていた。
夏候惇と荀彧は動揺し、曹操もまた、表情に出してはいないが驚いている。
「魔神…ね。どうやら管輅の占いを信じないといけないようね」
『占い…?』
「“戦乱の世、治めし者に終焉を迎えし時、黒き衣を纏い魔の神が現れるであろう。その者、時に英傑を導き、時に阻む。そして、三巡し終えた時、新たな世に生まれ変わるであろう”…という占いよ」
『………管輅、余計なことを…』
管輅の占いの内容を聞き、誰にも気付かれない声でそう呟く。
だが、すぐに立て直すと曹操に聞き返した。
『それで、俺がその魔神だとしたら…貴様は俺をどうする?殺すか?魏という国を作るにあたって、邪魔になる芽は摘んでおきたいからな』
「!?その事まで知っているなんて…。でも、逆に役立てるという方法もあるのだけれど?」
『貴様のもとへ仕官しろと?』
「そう言うことね」
魔神に自分のもとへ来るように言った曹操に夏候惇達は驚く。
妖術の類いを信じない曹操が言っているのだ……驚くなと言うのも無理がある。
『…何故か解らないな。妖術を信じない貴様が何故俺を求める?』
「知れたこと。私の覇道には優秀な人材が必要よ。貴方のその妖術のようなものに目を瞑れば、優秀と言えるのよ?」
『そうか…確かに、貴様は覇道を成し遂げることができそうだ…』
「あら?じゃあ、私のもとに来るのかしら?」
『だが、断る』
王に相応しい器と風格を持つ曹操。
並大抵の者ならば、魅力を感じて仕官するだろう。
だが……魔神は断った。
「き、貴様ぁ!!曹操様の誘いを断るなど、断じて許せん!!」
「春蘭、落ち着きなさい」
「ですが…!」
「それで?理由を聞かせて貰おうかしら?」
『そうだな…三つ理由があるが、まず一つは俺は誰にも束縛されないからだな』
「束縛?」
『仕官をすれば、貴様の命に従い動くだろう。それは束縛以外の何者でもない。次に……これは質問でもあるが、お前は自分のしていることを正義と言いきれるか?』
「…正義、ね。正義は人それぞれにあるもの。私の正義が正しいとは言えないけど、私の覇道でこの大陸中に認めさせてあげるわ」
『まるで子供だな。自分の正しさを認めさせる為に、他者を屈服させる。それでしか証明できない……子供。そんな身勝手な輩には仕官したくないものだからな』
「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
子供、と言う台詞に激怒した夏候惇が大剣を構え、魔神に突っ込んでくる。
途中、曹操の静止の声が聞こえたが頭に血が昇っている夏候惇には聞こえていないだろう。
魔神は黙ってそこに立ち、夏候惇の攻撃を避けないつもりだ。
そして、……大剣が上段から魔神のもとへ降り下ろされた。
…夏候惇は目を疑う。
確かに自分は魔神を斬った筈だ。
魔神は避けなかったし、大剣に何かが当たった感触もあった。
なのに…
『曹操、部下の躾がなっていないな』
「何故……何故、立っている!?」
『何故?当然だ、俺が貴様の大剣を……斬ったからな』
「なにぃ…!?」
魔神の言葉に驚く夏候惇。
そして見てしまった…自分の大剣が、根元から叩き折られているのを。
それだけではない。
魔神が先程まで持っていた柄の長い斧が無くなり、代わりに…白い骨や牙を連想させるような片刃の大剣を握っていた。
刀身だけで夏候惇の肩ほどあるだろうか…恐らくそれで斬ったのだろう。
信じられない、そんな事を夏候惇が思っているとどこからか風が拭いた。
その風は魔神の頭部を隠していた頭巾を揺らし、中の仮面を表に出させる。
ゾクッ…
夏候惇は仮面の奥にある瞳を見て、体が硬直する。
蛇に睨まれた蛙…と言うのが、今の状況に相応しい。
その黄金の瞳に見透かされ、喰われるのではないかと錯覚したほどだ。
『……まだまだ弱いな。そんな強さでは、俺にかすり傷も与えられない。貴様も…夏候淵もな』
そう言いながら、魔神はゆっくり砦の上を見る。
そこには、傷口から血が出ることも気にせずに殺気を飛ばして、弓を引く夏候淵が。
痛みによって、その整った顔は歪み、額には汗が出ている。
『心配するな。夏候惇を殺すつもりはない。それにその腕では、俺に当てるのも難しいだろう』
「ふっ、ふざけないでよ!殺さない!?なに考えてんのよ!」
『俺が殺しても、何も良いことはない。それに、貴様達には生きてもらわなければ困る』
「…生きて…?どういう意味かしら?」
『そのままの意味だ。…長く話してしまったな。そろそろ帰らせて貰う』
魔神は曹操達に背を向け、歩いていく。
だが、曹操の質問で歩みを止めた。
「待ちなさい!まだ私に仕官しない理由を全部聞かせて貰ってないわ!」
『…そうだな。最後の理由は――』
顔…いや、仮面のみを曹操に向ける。
『――俺の目的に、貴様の覇道を成し遂げることが入っていないからだ』
そう言ったまま、魔神はなんと空中に浮かび、そのまま空高く飛んでいってしまった。
そこに残っていたのは曹操軍の援軍、夏候淵隊と義勇軍。
そして、体をバラバラにされながらも、今もうごめいている黄巾党だけだった。
XXX「作者と!」
一刀「一刀の!」
X一「「後書きコーナー!!」」
XXX「はい、とうとう一話出来ました」
一刀「ちょっといいか?何で斬られて生きてんの?」
XXX「それに関してはネタバレになっちゃうから言わないけど、とある能力を使ってます」
一刀「ふーん。で、武器については?」
XXX「それは次回にバレるけど、今言っておく。実はあれ、一つの武器なんだよ」
一刀「はっ?一つ?」
XXX「うん。グローブ、槍、大鎌、斧…てかトマホーク、ハンマー、大剣、二丁拳銃になる」
一刀「数多!」
XXX「まあね、思い付いたんだからしょうがないよ。ちなみに次回は槍と拳銃が出るから」
一刀「春蘭の大剣あっさり切っちゃったけど、魔神どれくらい強いの?」
XXX「今の状態では呂布とイコールかな?」
一刀「今の状態では?」
XXX「それは後でのお楽しみ。と言うわけで、タイトルコールやるぞ~」
一刀「次回!真・恋姫†無双 巡る外史と仮面の魔神 二話!」
XXX「魔神編 “猫の躾をしてやろう”。あ、次回は一部分が全然小さくない小覇王様出るから」
一刀「だからネタバレェエエ!」
再見ΟωΟノシ
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魔神編
夢だと思っていたい