~呉伝後編~
あの悲劇の日から早、四年と半年の月日が流れた。
あの日以来、龍翠は正式に孫家の家族と認められた。
孫家の兵達からの人望も厚く、街の人からも慕われている。
そして龍翠の多趣味な性格にさらに拍車がかかり街の装身具店や、鍛冶屋に赴いたりしている。
だがそのたびに、誰かに見つかって怒られている姿を見るのだが本人は
「あはは、まぁそんなに怒らないでくださいよ。」
といって全然反省の色が無い。
そんな彼だが、与えられた仕事はきちんとこなしているので、さらに手に負えない。
でも、そんな彼にも弱点がある。
~朝礼~
「・・・『また』龍翠は起きてないの?」
「そうみたいじゃのう・・・。今週に入って朝礼の遅刻は四度目じゃ。」
美連と祭は溜息をついた。
そう彼は朝に弱い。
それも、最近は特に遅い。
扉の前で何時も呼びかけて、起きるまで大体半刻かかる。
「はぁ・・・。母様、私と思春で起こしてきます。」
「お願いね、蓮華。今日という今日は部屋に入っちゃって良いから。」
そう言って、龍翠の部屋の鍵を(何故か持っている)蓮華に渡す美蓮。
「・・・なんで、母様が龍翠兄さんの部屋の鍵を持ってるんです?」
「大分前に、『部屋の鍵が壊れちゃったので~』とか言ってたのよ。だから直したの。(不思議なことに、鍵が圧し折れてたんだけどね・・・。)」
思っている事は言わないで、蓮華に鍵を渡し思春と共に起こしに行かせた。
のだが、半刻たっても戻ってこない。
「・・・何かあったのかしら?悪いんだけど、冥琳見てきてくれない?」
「分かりました。」
そう言って冥琳は龍翠の部屋へと向かった。
~龍翠の部屋~
「龍翠?入るわよ・・・何やってるんです?蓮華様、思春。」
冥琳が見たのは、龍翠に抱き枕にされて真っ赤になっている蓮華と思春だった。
しかも御丁寧に、足まで絡めてられていた。
「こ、こここ是はっ!///」
「りゅ、龍翠殿を起こそうとしたのだが、逆に抱き寄せられてしまったのだっ!///」
「ん~~。むにゅぅ~~。」
真っ赤になって、弁明する蓮華と思春。
四年で大きく膨らみが成長した蓮華、
スレンダーだが形の良い膨らみを持つ思春、
この二人の膨らみを枕に気持ち良さそうに眠る龍翠。
そんな龍翠を見て二人に嫉妬で青筋を浮かべる冥琳。
どうしてこんな状態に成っているのかは、半刻ほど前に遡る。
「龍翠兄さん、起きて下さい。朝礼の時間ですよ。」
そう言って蓮華は龍翠をゆすって起こそうと試みたが全く効果が無い。
「蓮華様、此処はもう仕方ないかと。」
そう言って拳を握る思春を見て蓮華も仕方ないかと思って思春に任せた。
「はっ!」
気合と共に、思春は拳を振り下ろすが
ガチッ。
「何っ!?」
グイッ
「うわっ!?」
拳で叩き起こす筈の思春が拳を受け止められ、逆に龍翠の寝ている布団に引きずり込まれた。
「に、兄さんっ!?」
それを見て驚いた蓮華が思春を離そうと試みたが、
グイッ。
「きゃぁ!」
案の定、蓮華も思春と同じく龍翠に捕まって引きずり込まれた。
逃げようと、二人は必死にもがいたが龍翠は足も絡めて二人の動きを完全に塞いでしまった。
そして二人は身動きが取れぬまま現在に至る。
「はぁ~。事情は分かりましたが、何時まで狸寝入りを続けるつもりだ?龍翠。」
「え!?」
「なにっ!?」
冥琳の言った言葉に二人は驚き龍翠の顔を見ると
「おや、分かってしまいましたか。流石は周公瑾、軍師の名は伊達では有りませんね~。」
ばっちりと眼を開けて微笑む龍翠がいた。
「い、いいいいいい・・・。」
「何時から起きていたといわれますと、丁度、僕が足を絡めたあたりですね。」
言葉にならない、蓮華の言葉を龍翠は先回りして応える。
「ど、どどどどどど・・・」
「どうして起きなかったかは、二人が真っ赤になってモゾモゾもがいていたのが可愛かったので、つい抱きしめてしまいました。」
耳まで真っ赤にさせて言葉の続かない思春の質問にもちゃんと応える龍翠。
「じゃ、僕は先に行ってますね~。」
そう言って龍翠は床から起きて部屋から出て行った。
「はぁ~。お二人とも。早く来て下さいね。」
そう言って冥琳も部屋を出て行った。
後に残されたのは、真っ赤になったまま硬直している姫と御庭番だけだった。
とまぁ、こんな風にお茶目な行動をすることもしばしば。
だが、最近は仕事が終わると屋敷に居ない事が多い。
今日は非番だったので、龍翠は朝礼を済ますとさっさと何処かに行ってしまった。
「も~!龍翠は、何処ほっつき歩いてんのよ~っ!」
1年前に、呉国の王位を継承した雪蓮は龍翠に仕事を手伝って貰おうと思ったのだが、
「雪蓮、無いもの強請りしないでさっさと済ませれば良いだろう。出ないと今日の夜に間に合わないぞ?」
そう隣で言っている冥琳。
「でぇもぉ~。」
我侭駄々っ子状態の雪蓮。
そんな雪蓮に冥琳は最終警告を出す。
「あんまり、我侭言って居ると龍翠に『お仕置き』を頼むぞ?」
「さぁ!冥琳!シャキシャキ仕事するわよっ!」
『お仕置き』の一言に雪蓮は眼の色を変え、駄々っ子状態を止め、仕事に励む。
「(・・・美蓮様、雪蓮、祭殿、小蓮様もこの一言を言えば大人しくなるのだが・・・一体どの様な事をしたのだ?龍翠。)」
冥琳は一度、小蓮が勉強をしないで困っていたときに龍翠が、
「母さんと祭さんと小蓮と雪蓮は『お仕置きを僕に頼む』といえば大人しくなりますよ。」
と言われていたので、ためしに小蓮に言った所、顔を蒼く染めて、
「勉強ちゃんとするからそれだけは止めてっ!」
とガクガク震えながら、泣き付いてきたのを覚えている。
さらに美蓮と祭がお酒を飲みすぎていたときに、軽い気持ちで
「そんなにお酒ばかり飲んでいたら龍翠に『お仕置き』を頼みますよ?」
「「ピクッ!」」
と反応して、
「お、お酒の飲みすぎは、体に悪いわよね~祭っ!?」
と、蒼い顔で祭に話しかけて祭自身も蒼い顔で
「そ、そうじゃのっ!酒の飲みすぎは良くないのっ!ここいらで今日は仕舞いにしようかのっ!」
そう言って、片付けをして、そさくさ部屋に入ってしまったのだ。
あの、江東の虎とその宿将と言われている二人がだ。
一体どんな事をしたのか気になりすぎるが、
「(もし聞いて、体感する事になったら・・・考えたくないな。)」
冥琳は考えるのを止めて、自分の仕事に戻るのだった。
その頃、龍翠は・・・
カンッ!
カンッ!
鍛冶屋の工房に居た。
ジュゥ~・・・。
「ふぅ。で、出来たぁっ!」
そう言って叫んだ龍翠の手には、剣が一振りそして、床にはもう一振り色は異なるが似た剣がある。
恐らく龍翠が作った物だろう。
「これで、やっと揃った。うぅ~~ん!」
そう言って龍翠は大きく伸びをする。
「おお、終わったかい?」
奥の方から、この鍛冶屋の主人が入ってきた。
「はい、ありがとうございました。お陰様で満足のいくものが出来ました。鞘も出来たことですしもうあがります。」
龍翠は、主人にお礼を言って工房を後にした。
どうやら、この剣を作る事だけのために通っていたらしい。
龍翠自身も今日の夜のために色々と前から準備をしてきたらしい。
その日の夜・・・。
「「「「「「「「誕生日おめでとう(ございます)!!」」」」」」」」
「ありがと~っ!」
「ありがとう。皆。」
そう今日は、美蓮と蓮華二人の誕生日だ。
今日で美蓮が――歳(諸事情のため伏せさせていただきます。)、蓮華が17歳になる。
皆が其々が祝いの品を贈り、残りが龍翠だけとなった。
「では、僕からの祝いの品を。」
そう言って色々な物を出していく。
「実は、皆の誕生日のときにあげてないなと思いまして、ここに居る全員の物を作らさしていただきました。」
その事実に全員が驚く。
其処にあるのは、素人では出来ない様な物ばかりだ。
「ではまずは、思春に是を。」
チリーン。
とても澄んだ心地の良い音のなる鈴だ。
とても素人が作った物とは思えない。
鈴と一緒についている板には『思』の文字が刻まれている。
龍翠は、それを思春の手のひらに包ませ、耳元でこう囁く。
「是なら、邪魔にならずにいつでもしていられますよ。」
龍翠は以前思春が装身具店に立ち寄って、何も買わずにそのまま立ち去ったのを見ていたのだ。
ゆえに鈴を、作った。
「・・・ありがたく頂く。感謝するぞ龍翠殿。///」
言っている事はかたい思春だが顔が、真っ赤になって嬉しそうに微笑んでいる時点で可愛いだけである。
龍翠は抱きしめたくなるのをぐっと堪えて次の贈り物を渡す。
「次は、穏と亜莎。」
そう言って、二人の手に乗せたのは、
「是は、栞?」
二人の手には其々、亜莎には紅の。穏には翠の栞が乗せられている。
其々の栞には、『亜』『穏』の字入りだ。
「ええ、二人は良く本を読むそうですからね。」
そう言って、二人に微笑む。
「龍翠さん、ありがとうございます~。///」
「あ、ありがとうございます。龍翠様。///」
穏は、いつもの通りだが若干頬が赤い。
亜莎は今にも倒れそうに真っ赤になっている。
そんな二人を見て小さな姫君が頬を膨らましている。
「むぅ。お兄ちゃん!シャオのはっ!」
そう言って、袖を握ってくる小蓮。
「ちゃんとありますよ。ほぉら。」
そう言って、龍翠は小蓮の流してある髪にそっと髪留めを付けてやる。
派手さは無いが清楚さのある髪留めだ。勿論『小』の字も入っている。
「あ・・・ありがとうっ!お兄ちゃんっ!///」
本当に嬉しいときの女の子の表情といった所だろう。
龍翠はまた抱きしめてしまいそうになるのを必死になって我慢した。
そして次は、
「祭さん。どうぞ是を。」
そう言って出されたのは、
「ほぅ!大徳利かぇ。しかし、御主の多趣味さは凄いのう。」
「いえいえ、でも是は其処まで苦労しませんでしたけどね。」
祭の手の中に有るのは大徳利の焼き物だ。
お酒をこよなく愛する祭には是しかないと龍翠は思い作ったのだ。
徳利の底には『祭』の文字が刻まれている。
「ありがとう、龍翠。///」
「喜んでいただけて、幸いです。」
本当に嬉しそうに、頬を紅く染めて喜んでいる祭。
そんな祭を見て思わず抱きしめてしまいそうになるが、何とか理性で食い止める。
そうして、大徳利を渡すと今度は雪蓮と冥琳のほうを向いて懐から小さな箱を取り出した。
「御二人には是です。」
そう言って、小さな箱をちょこんと二人の手の上に乗せ、蓋を開ける。
「まぁ!」
「凄い・・・。」
二人は、眼を丸くしている。
それもそのはず、なぜなら今手の中にある指輪は高級品だと言われれば納得できてしまうほどのできばえ。
雪蓮の指輪は、金で出来ているのだが驚くべきはその装飾だ。
その指輪には、虎の絵が彫ってあるのだ。
そして、眼の部分に玉が入っていて凄く綺麗だ。
一方、冥琳の指輪は雪蓮のような派手さは無いが、玉の埋め込んである銀の指輪だ。
シンプルだからこそ指輪を刻限まで磨いて、磨いて、磨きぬいた。
そんな美しさがある。
勿論、指輪の裏に『雪』『冥』と彫ってある。
「二人の雰囲気に合わせて作ってみました。」
そう言って、龍翠は箱を懐にしまい、二人の指にそっとはめる。
「ありがとう龍翠。大切にするわ。///」
「本当にありがとう、龍翠。月並みだが、大切にする。///」
二人は嬉しそうに顔を紅く染めて微笑む。
今の龍翠にはそんな二人の表情は厳しすぎる。
だが、なけなしの理性で何とか抱きしめるのはとどまった。
さて是からが本番だ。
何せ、これから渡す二人が主役なのだから。
「では最後に、御二人には是を贈ります。」
そう言って、卓の下から出したのは、
「「「「「「「なっ!?」」」」」」」
「な、南海・・・。」
「覇王・・・が、二本?」
そう、龍翠が持っていたのは孫家の宝刀南海覇王に瓜二つな二振りの剣。
一振りは、柄(つか)、鍔(つば)、鞘(さや)が真っ白の剣で柄尻に『蓮』と彫ってある。。
もう一振りは、逆に柄、鍔、鞘が真っ黒な剣で柄尻に『美』と彫ってある。。
「この二振りを作るのに、1年かかりました。」
そう言って龍翠は白い方を蓮華に。
黒い方を美蓮に渡す。
「どうぞ抜いてください。」
その声に、まずは美蓮が剣を鞘から抜く。
黒光りする美しい刀身が、顔を出す。
「凄い。刀身全てが純粋に真っ黒な剣なんて、なかなか無いわ。」
「その剣の概念は、堅く唯堅くそれだけを求めて作りました。」
その剣の概念の通り、その黒い刀身は何度も何度も鍛えて、完成した剣である。
ゆえに、鋭く堅い剣が出来た。
「この剣の銘(な)は?」
「猛虎覇王。母さんの剣の銘だ。」
正にこの剣にピッタリの名だろう。
「ありがとうね。龍翠。///」
龍翠は紅く染める義母の顔を見ながら、理性に罅が入る音を聞いた。
だが何とかとどまった。
そんな龍翠の心内を知ってか知らずか蓮華が剣の柄を握り、
「じゃぁ、今度は私が。」
蓮華は緊張した面持ちで剣を抜く。
「こ、これは・・・。」
「なんと・・・。」
「碧色の・・・刀身。」
そう、それは世にも珍しい碧色の刀身だ。
見続けていれば、吸い込まれてしまいそうな錯覚さえおぼえる。
それほどに美しい。
「その剣の概念は、美しさと強さそして、『護り』です。」
「護り?」
剣なのに攻めではなく、護りとは如何いうことだろうと思う。
「そう。蓮華、君は何れ此処の王位を継ぐことになる。その剣は、それまで君を護れるようにと願掛けをして、刀身を碧色に鍛えました。そして、王位を継いだときに護るべきモノを護れるようにと祈りも込めました。」
龍翠の言葉を聞き、もう一度蓮華は剣に視線を戻す。
その美しさにまた惹かれる。
「この剣の銘は何です?」
「碧天虎王(へきてんこおう)。蓮華を象った物です。」
蓮華は鞘に戻し『碧天虎王』を胸に抱いて、
「ありがとう。龍翠兄さん。」
上目遣い+嬉し涙眼+頬の紅い笑顔が龍翠に炸裂した。
龍翠は自分の理性がガラガラ音を立てて崩れ落ちたのを感じた。
ギュっ!
「わっ!ちょ、龍翠兄さん!?///」
「ん~♪、蓮華~可愛すぎですよ~♡」
そんな事を言って蓮華を抱きしめる。
それを見ている周りの視線も気にせず。
「「「「「「「ずるい(です、ぞ)っ!龍翠(様、殿、さん。お兄ちゃん)!」」」」」」
夜は更ける。
明日に起こる悲劇を知らずに・・・・。
翌日の昼時、悲劇は起こった。
「『娘を返して欲しくば今夜、黄河の河口まで来たれ。軍を率いてはならぬ。八船賊。』」
美連の読み上げたその文と共に落ちていたのは、龍翠が昨日小蓮にあげたばかりの髪留めだった。
八船賊とは、ここいらで、最も悪名高い有名な海賊だ。
その名の通り、八艘の船を持ち、数は凡そ3000と言う大きな海賊だ。
「シャオ・・・。」
「賊どもめっ!なんと卑劣な真似を・・・。」
其々が、口々に賊の非と小蓮を心配する声を口にしている中、龍翠が唯一人下を向いて、押し黙っていた。
「・・・・・・。」
明らかに可笑しい。
いつもの龍翠なら、悲しい顔をして何かを口にしているはず。
そんな龍翠の様子に、祭が気になって声を掛けた。
「龍翠?どうかっ!?」
祭の息を呑む声に皆が龍翠の方に視線を向ける。
龍翠がゆっくりと顔を上げる。
「「「「「「っ!?」」」」」」
龍翠を見た全員が凍り付いた。
顔を上げただけで、暴風のような威圧感が自分を襲う。
だがそれより驚いたのは龍翠の瞳だ。
龍翠の瞳は黒い。
だが、今は瞳が紅く染まり瞳孔が縦に裂けていた。
その瞳は、深い怒りの念が見える。
「賊共め、この僕を本当に怒らせるとは・・・思いませんでしたよ。母さん、頼みたい事があるんだけど良いですか?」
「ええ、良いわよ何?」
龍翠の瞳に見据えられて、
龍翠にもらったばかりの『猛虎覇王』を抜刀してしまいそうになる。
殺らねば、殺られると言った錯覚に陥りそうになる。
まるで、強敵に会った時の感覚だ。
「何。僕も一緒に行かせてください。作戦任せます・・・では。」
そう言って龍翠は武器庫の方に向かった。
その後姿が、何故か龍が去っていくように見えてしまう。
龍翠の去った後、皆が汗を流している。
蓮華と亜莎と穏は、腰を抜かしてへたり込んでいる。
「堅殿・・・。儂とも有ろう者が、久しぶりに体が震えてしまいましたぞ・・・。」
「ええ、分からないでもないわ。私も、剣を抜いてしまいそうになったわ。」
あの江東の虎までもが、ジッとしていられなかった。
怒りの化身と化した龍翠は、最早誰にも止められない。
小蓮をさらった賊は、
今触れてはならぬ、
龍の逆鱗に触れてしまったのだ。
夜・・・黄河の河口。
「では、解散。」
そう言って、美蓮は賊の指定した場所まで向かう。
作戦は、美蓮が敵の船に乗り込み、小蓮を救出した後、船に火を放ち全速で離脱と言うもの。
何故美蓮かというと、賊が美蓮を船に乗せると言うのでこうなった。
その策に、他の者は反対したが本人の意思もあって渋々了承した。
そして、美蓮が船に乗って一刻後、一番奥の船に火の手が上がる。
龍翠たちはすぐさま、火の手の上がった船に小船で寄る。
「堅殿!早く此方にっ!」
小蓮だけ、船に乗せて美蓮は此方に渡ろうとしない。
「その船に私が乗ったら沈んでしまうわ。祭、龍翠、雪蓮と蓮華とシャオを頼んだわよ。」
そう言って踵を返す美蓮。
「堅殿っ!ダメじゃっ!行くなっ!堅殿ぉぉぉっ!!」
焔の方に行く美蓮に涙を流して叫ぶ祭。
泣き崩れる蓮華、雪蓮、冥琳。
その様子を見ていた龍翠の頭にバチンッと稲妻が走り、ある光景が浮かぶ。
それは、燃え盛る船の上、一人の男性が残っている。
「龍翠。母さんと華琳を護ってやれよ。」
そう言って、踵を返す男性に龍翠は叫ぶ。
「ダメだっ!行っちゃダメだっ!父さんっ!父さぁぁぁぁんっ!!!!」
燃え盛り崩れる船。
泣き崩れる母と妹と夏侯夫婦。
それは華琳(いもうと)が賊に攫われた時の記憶だった。
そうだ自分はあの時、初めて自分の無力さを知った。
もうあの時の様な思いはしない。
そう自分に誓ったではないか。
龍翠は徐に小船の上で立ち、船頭までいく。
「龍翠?御主、何を・・・まさかっ!?」
「黄蓋さん。孫堅さん受け止めてあげてください。」
そう言って龍翠は牙龍を持って、燃え盛る船の方に跳んだ。
龍翠の異常な脚力によって、船が大きく揺れるが何とか沈まずにすむ。
そんな中、祭は『どうしてまた自分達の真名で呼ばなくなったのだろう』と思っていた。
~燃え盛る船~
踵を返した美蓮の後ろに何かが落ちてきた音がして振り向くと、小船に居るはずの龍翠が居た。
「なっ?!龍す、うぐっ・・・な・・・・んで。」
「ゴメンね。帰ったら何されても文句は言いませんから。」
龍翠は振り向いて驚いた美蓮の隙を狙って、腹を殴りつけた。
気を失って、崩れ落ちる美蓮の体を片手で支え、小船の方に放り投げる。
「うおっと!ふぅ、龍翠、早く御主もっ!」
そう言って、気を失った美蓮を受け止めたあと、龍翠に飛び乗るよう言う祭だが、何故か船がドンドン遠ざかっていく。
「思春!何をしているかっ!早く船を戻せっ!」
「無理だっ!先ほど龍翠殿が飛んだ際に、船が陸に向かって進んでしまったっ!今さら漕いでも間に合わないっ!」
そう龍翠は、わざと船が陸に向くように船を蹴って跳んだのだ。
「黄蓋さん!約束します!僕はこんな所では死にません!だから陸で待っていてください!」
「うぅ・・・はっ!龍翠っ!龍ぅぅぅすぅぅぅぅいっ!」
後ろで、気がついた美蓮が自分の名を叫んでいるが、今は気にしていられない。
龍翠は、燃え盛る船の船頭を向き、呟く。
「我が名は、曹錬鳳。今、吾身一身、是龍となりてこの船上を翔る!」
そう呟いた後、船頭を目指しかけていく。
そして、船頭に着くとその勢いを殺さぬように前の船に跳び移る!
「でやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
飛び移った船の上にはまだ賊が居た。
龍翠は賊をなぎ倒しながら船に火をつけ、船頭に向かう。
そして、また前の船に跳び移る。
現代の日本人が見たらこの光景をこう言うだろう。
『義経の八艘飛び』
龍翠は龍の如く船の上を翔け抜け、
火を放ち、また次の船まで跳ぶ。
そして、陸に一番近い船までたどり着き、
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
雄叫びとともに、船から陸に向かって跳び、見事陸に着地する。
ドサッ!
だが、着地と共に龍翠は倒れ意識を失った。
薄れ行く意識の中、龍翠を呼ぶような声がしたような気がした。
「ん・・・・うぅ・・・。」
龍翠は眼を覚ますとそこは、呉で自分にあてがわれている部屋だった。
龍翠は、何時の間に寝ていたのだろうと思う。
体の節々が痛い。
火を放った時の火傷もあるのだろう、所々に包帯が巻いている感覚がする。
体を動かそうと思ったが、動かない。
右を向くと、雪蓮と冥琳が居る。
そして左を向くと、蓮華と小蓮が居る。
小蓮の頭にはちゃんと自分の上げた髪留めがある。
そんな小蓮を見て、龍翠は小蓮の頭を撫でると、
「んぁあ、お兄ちゃん?・・・お兄ちゃんっ!」
小蓮が起きて、龍翠に飛びついてきた。
小蓮の大声に、他の三人も目を覚まし、龍翠は三人に揉みくちゃにされる。
そして、その騒ぎに美蓮、祭、思春、穏、亜莎も駆けつけて一気に部屋の中が狭くなった。
皆泣きながら、龍翠に抱きついて、龍翠の生還を喜んだ。
まぁ、約1名龍翠を殴った人物が居るが・・・。
だが、その中で龍翠が放った一言が大いに皆を驚かせる。
「ふふふ、僕は大変な果報者です。あっちだけでなく、ここにも家族が居るとは。」
「!?若しかして、龍翠。」
「記憶が戻りおったのかっ!?」
「「「「「「「!?」」」」」」」
「はい。」
記憶が戻ったというのに龍翠の顔は何故か、心持悲しそうである。
「それにしては、余り嬉しそうではないな?どちらかと言うと、何だか悲しそうだが。」
冥琳の的を居た言葉に、龍翠は意を決し言う。
思い出した自分の名を。
「僕は性は曹、名は朋、字は錬鳳・・・です。」
「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」
「?」
小蓮以外がその名を聞いて驚く。
それもそのはず。
曹朋錬鳳、魏の王曹操の兄にして、5年前消息を絶ったと言われた魏の猛将である。
曰く、一人で1万の軍勢と互角に渡り合い勝利した。
曰く、篭城した賊の城を、城門を素手でこじ開け落城させた。
曰く、彼の武器は二十五貫もあり、それを片手で手足のように扱える。
など、数々の伝説の残る武将だ、それ故彼は伝説の生物の名をとりこう呼ばれる。
『魏の龍』と。
呉の将は、はっきり言ってそんな奴居るわけがない。
魏の中の宗教か何かだろう。
皆、そう思っていた。
「・・・・本当に、貴方があの曹錬鳳なの?」
「はい。」
だが、現実として目の前にその人物が居る。
疑う余地など無かった。
「・・・文台さん。僕処遇はどのようにしていただいても構いません。たとえ首を刎ねると言われても。ですが、僕を出汁に魏に攻め入る事はしないで欲しいのです。お願いします。」
そう言って、龍翠は、美蓮に頭を下げる。
そんな龍翠を見て、美蓮は龍翠に近づいて行き、そして。
っぎゅ。
抱きしめた。
「・・・え?ちょ、ぶんっ!?」
「ん・・・ちゅ。美蓮。言ったでしょう。真名で呼んでくれなかったらもう一度唇を奪うわよ?」
真名で呼ばなかっただけで、唇を奪われるとは思わなかった龍翠。
仕方なく、真名で呼ぶことにする。
「美蓮さん。どうしてです?僕は賊ではなかったですが、敵国の者であったと言うのは事実ですよ?」
「関係ないわ。貴方は魏にも家族がいて、呉にも家族がいると言うだけ。貴方は本当に果報者よ。」
その言葉を聞いて龍翠は美蓮の胸の中で泣いた。
此処にも自分を家族と呼んでくれる存在が居た事に。
「それに、魏の家族にも会いたいでしょうから、魏に帰してあげる。ただし~、条件があるわ。」
そう言って、美蓮は笑った。
「条件ですか?」
「ええ。それわね・・・・」
果たして、条件とは一体何だったのだろうか?
真相は次のお話で・・・。
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いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉうぅっ!
すいません。調子に乗ってます。
ですが、御陰様で6作目ですよ!?
もう嬉しすぎて、色んな汁が体から滲み出そうです!
さて今回が呉の話最後になります。
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