劉兵A「チッ、まずいな・・・完全に本隊とはぐれちまった・・・」
厳顔隊所属の劉兵Aは、張魯が発動させた「霧幻地獄」を受けて以来、完全に本隊とはぐれてしまって一人濃霧の中孤立していた。
劉兵Aは舌打ちをしながら、こめかみ辺りから伝う嫌な汗を不快に感じながらも、早く本体に合流すべく霧の中をさまよっている。
劉兵A「だが、あんな化け物級のが成都の近所にいるとは、恐ろしいこった」
一度覚えた恐怖心は、なかなか消えるものではなく、そしてその恐怖心は確実に劉兵Aの集中力を削いでいた。
そこへ早く本体へ合流したいという焦りも加わっている。
つまり、今劉兵Aの精神状態は、とても常時とは比べ物にならない程不安定であり、注意散漫の状態であった。
それは、周りへの注意、特に、周囲の敵に対する索敵能力の低下を意味していた。
つまるところ、劉兵Aは、背後から迫りくる張魯兵の存在に全く気付くことができなかった。
張魯兵「死ねェェェッ!」
劉兵A「―――ッ!?」
劉兵Aが敵に気づいた時には時すでに遅く、張魯兵による槍の一撃は、確実に劉兵Aの背後から、心臓を一突きにしてしまった。
―――そのように思われた。
しかし・・・
北郷「させるかァッ!!」
張魯兵のさらに後ろから駆け付けた北郷が、手にした直刀の峰を使い、張魯兵の後ろ首を強打した。
張魯兵「―――ッかパっ・・・!?」
完全に隙を突かれた張魯兵は、ノーガードで北郷の攻撃を受けてしまい、その場に崩れ落ちてしまった。
北郷「大丈夫ですか!?」
劉兵A「み、御遣い様・・・どうして、こんなところに・・・」
劉兵Aは夢でも見ているのではといった戸惑いの視線を北郷に向けていた。
北郷「とにかく、早く厳顔さんのところに合流してください!一度体勢を立て直します!」
高順「あの等間隔に並んだ櫓を辿れば霧が薄くなっているところにたどり着けますので、そこに厳顔様はいらっしゃいます。櫓には
一つ一つ数字を刻んでおきましたので、もしぐるぐる同じところを回っていると思われたら、とにかく若い数字を目指してください」
劉兵Aはまだ事態を飲み込めず口をパクパクしていたが、なんとか二人に言われたことを頭にねじ込み、頷いた。
北郷「よし、次だ!」
高順「はい!」
そして、二人はすぐにその場から走り去ってしまった。
劉兵A「なんてこった・・・天のお方は、大将自ら縦横無尽に戦場を駆けまわりなさるってのかい・・・」
劉兵Aに、かなりずれた北郷のイメージを与えてしまった瞬間であった。
北郷「けど、なかなか魏延が見つからないな」
高順「さすがにこの霧では、魏延様を探し出すのは骨が折れますよ」
北郷たちは厳顔と別れて以来、もう何人かの自軍の兵士を厳顔の元へ導いていたが、依然、魏延は見つけられていなかった。
北郷「ん?ちょっと待ってなな!」
その時、北郷が再び高順を制止させ、進行方向をややずらしてしゃがみこんだ。
高順「もう一刀様!さきほども申しましたが負傷兵のことは―――!」
北郷「違う違う!そうじゃなくて、ちょっと見てくれよ!」
高順はやや怪訝な顔をするものの、北郷の真剣な眼差しに押される形で北郷に近づいた。
高順「敵兵ですね。この方がどうかなされたのですか?」
北郷が見つけたのは、倒れている張魯兵であった。
さらに、北郷はその張魯兵のある一点を指さした。
北郷「この人の
高順「確かに・・・まるで巨大な鈍器にでも殴られた―――ッ!!」
北郷が何を言いたいのか分からなかった高順であったが、しかしその刹那、高順に電撃走る。
北郷「ああ、確か魏延の武器ってでっかい金棒だったよな。それに普通兜なんてそう簡単に砕けるもんじゃないし、相当の腕の持ち主だ」
高順「つまりこの方のように兜を砕かれた敵兵を辿れば・・・!」
北郷「必ず魏延にたどり着く!」
二人は前方を見据えた。具体的には、その先に大量に転がっている兜を粉砕された
北郷「ははは、魏延の奴、張魯の妖術を受けてるのにごり押しで十分戦えてるじゃないか。本当にすごいな・・・」
高順「あ、そういえばその張魯の妖術についてなんですけど・・・」
北郷「??」
再び走り始めた二人であったが、櫓へのマーキングを終えた高順が、ふと張魯の妖術について思うところを北郷に告げた。
【益州、革命軍本陣】
劉兵1「申し上げます!先ほど放った伝令が未だに戻りません!」
陳宮「むむむ~、やはり厳顔殿の元にたどり着くまでにやられてしまったですか・・・」
陳宮は、自軍の混乱を抑えるために、いったん退いて陣を立て直すよう厳顔に伝令を送ったのだが、まだ伝令が帰ってこないことから、
情報が伝わる前に敵にやられてしまったか、或いは霧の中厳顔を見つけられないでいるか。
とにかく、本陣の指示は届いていなさそうなのは間違いなかった。
劉兵2「いかがいたしますか、軍師殿?」
陳宮「不本意ですが、御遣い殿と高順に任せるしかありませんな。とにかく今本陣ができることは、張魯の妖術を解明することですぞ」
北郷が本陣からいなくなっていたことに一時は激怒していた陳宮ではあったが、
今は軍師としての役目を果たすべく、北郷のことは目を瞑り、前線を混乱させているという張魯の妖術解明に全力を注ぐことにした。
劉兵2「妖術の解明?どういうことですか、軍師殿?」
「解明」ということは、解き明かすことができるということであり、
妖術とは無縁の言葉であるため、陳宮の側にいた劉璋軍の兵士が尋ねてきた。
陳宮「そもそもねねは太平要術などの道術や仙術、方術のたぐいはまやかしだと思っているです。この世に妖術などというあやふやな
ものなど存在しないのです。かつて、黄巾の乱を引き起こした黄巾賊の主導者、張三姉妹は、太平要術の妖術を使って、三十万を超える
大軍勢を集めたと言われていたですが、その実情は、己が生まれ持った優れた容姿と、比類なき歌唱力、舞踏力、演説力をもってして、
政治腐敗に不満を持ち、かつ娯楽に飢えた民衆の心を惹きつけたにすぎないのです」
妖術の類の有無についてはここでは詳しくは言及しないが、
少なくとも、この世界での黄巾の乱とは、歌って踊れるアイドルが、世の中の政治腐敗に物申すために、
ファンを引き連れて大陸中を巻き込んだ大暴動を引き起こした、というのが陳宮の見解であった。
北郷が聞いたら卒倒しそうなことである。
劉兵2「そうだったのですか!」
しかし、この解釈はあまり知られていないらしく、劉璋兵はなるほどといった具合に陳宮の話を真剣に聞いている。
普段このような尊敬のまなざしを受けることのない陳宮は、得意顔になり、人差し指を立てながらさらに話を続けようとした。
陳宮「そうなのです。つまり―――」
―――しかし・・・
華佗「しっかり気を持つんだ!傷は浅いぞ!」
劉兵2「・・・お医者様・・・俺ゃもうダメさ・・・・・・ああ・・・この戦いが終わったら・・・幼馴染の彼女と・・・結婚する・・・
はずだったのにな・・・」
華佗「何だと!?それは大変だ!今すぐ手当してやるからな!しっかりするんだ!」
劉兵3「ぅぅ・・・お腹の赤ん坊にも・・・会えねぇなぁ―――ぐぉぉ・・・」
華佗「くそっ!おのれ傷痍め、このオレの手当てから逃げ切れると思うなよ!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
陳宮の言葉は、華佗と負傷兵の暑苦し―――もとい、熱いやり取りで止められてしまった。
本陣の隣にある医療幕の中でのやり取りであるはずにもかかわらず、良く聞こえるそのやりとりのせいで、
変に白けた空気が一瞬にしてこの場を支配した。
劉兵2「・・・・・・・・・」
陳宮「・・・えー、げふん。つまり、張魯の妖術も、張三姉妹と同様、何かしらの種があるはずなのです。恐らく、現場に向かった高順
が何か気が付くはずです」
それでも陳宮は、なんとか言葉を絞りだし、白けた様子の劉璋兵に向かって情けなくも威厳たっぷりに最後まで言葉を出し切った。
【益州、陽平関正面、side北郷・高順】
北郷「せやぁぁぁ!」
張魯兵「ぐぽぁっ・・・」
魏延に倒されたであろう張魯兵を辿って、濃霧の中、陽平関のさらに奥へと走っていた北郷と高順であったが、
その時突然北郷に斬りかかってきた張魯兵を、北郷はほとんど反射的にかろうじてかわし、
すり抜けざまに直刀の峰で兵士の胴をぶち抜いた。
高順「先ほどといい今といい、一刀様、霞との稽古の成果、十分に発揮されていますね」
北郷は張遼に剣の指導を仰いで以来、益州に入るまでの間、毎日稽古に励んでいたのであった。
相変わらず力量は少しやり手の雑兵並みという評価であったが、それでも、初めての実戦にしては上出来であった。
一方高順は、北郷と同様に並走しつつ、同じく霧に紛れて斬りかかってきた張魯兵の攻撃をかわすこともなく、
三節棍を敵の急所に叩き込み、一撃で鎮めていた。
北郷「まあ、張魯軍は戦いに慣れていない民兵がほとんどだっていうしね。それに、実際峰打ちしかできないような臆病ものさ、ははは」
負傷兵に対しての高順とのやり取りである程度平常心を取り戻していた北郷は、いつものように力なく笑った。
それでも、手から嫌というほど汗が湧き出てくるため、直刀が滑り落ちないように、改めてしっかりと握り直す。
高順(個人的には、一刀様には人を殺める感覚を知ってもらいたくはないのですがね・・・)
そんな北郷に対して抱いた高順の感覚は、本来この乱世の世を生きる者にとっては思いつきようもない感覚のはずであったが、
北郷にはそれを思わせてしまう何かがあった。
北郷「それよりも、さっきの話は本当か!?張魯の妖術には種があるっていうのは!?」
北郷は高順から聞かされた、張魯の妖術が本物ではないという話に驚いていた。
高順「はい、最初はもしかしたら程度の認識でしたが、ここまで走っている間にいくつか確認できましたので、恐らく間違いありません。
どうやら張魯は本物の妖術師ではないようですね」
高順は走りながら淡々と自身の考えを述べた。
高順「そもそも本物の妖術師なんてほんの一握りしかいないでしょうし、他は自身が妖術師であると見せかけるのが上手なだけです。
今回の張魯の場合も同じです。例えば、張魯が宙を浮いていたという話は・・・」
そう告げた瞬間、高順は急に話をやめて前方上空に向かって弩を放った。
北郷は何事かと驚いたが、ギャアッ、という悲鳴と共に張魯兵が落ちてきたのを見るに、
どうやら近くにあった櫓から張魯兵に狙われていたようである。
しかし、高順の狙いはそれだけではなかったようで、張魯兵を退けた後、続けざまに高順はその櫓の足を三節棍で破壊し始めた。
高順の猛攻を受けた櫓の足は、ものの数秒で粉々に砕かれ、支えを失った櫓はその場に崩れ落ちてしまった。
北郷「うおぁっ!?」
高順が何をしたいのか理解できなかった北郷は、とっさに櫓を避けるために両手を挙げて全力で後ろにダイブし、
間一髪で櫓に押しつぶされて死亡、という不名誉な死だけは免れた。
このハリウットばりのぎりぎりの反応も、張遼との稽古のたまものに相違ない。
北郷「ちょっと那々那さん!?そういうことはやる前に言ってもらわないと!」
高順「これを見てください」
北郷の文句を軽く無視して、高順は崩れた櫓を指し示した。
なんだよもー、オレのこと命がけで守ってくれるんじゃないのかよー、
などと都合のいい愚痴をブツブツ言いつつも、北郷は高順の指し示す先を見た。
すると、そこには直径2センチほどの、何か透明な綱のようなものが二本結び付けられていた。
北郷「これは・・・!?」
高順「蜘蛛の糸を大量に束ねたものでしょうね。それらを櫓から櫓へと結びつけ、その上に張魯が立っていたという訳です。糸は間近で
見なければ目視できませんので、地上から見れば宙に降り立つ人間の完成、という訳です」
確かに、蜘蛛の糸は、理論上は鉛筆ほどの太さもあれば、その巣で飛行機を受け止められるほどの強度と弾性があるという。
人一人支えることなど、造作もないことであろう。
北郷「言われてみれば、確かにここの櫓って、2個セットで一定の間隔に置かれてあるよな。そのどの櫓にも蜘蛛の糸で作った綱が結び
付けられているって訳か。その上に平然と立つとかすげーバランス感覚―――ん?でも、これだけの糸を集めるのって不可能じゃないか?」
一匹の蜘蛛から採れる糸の量などたかが知れている。
それを人一人を支えられるほどの太さに束ねられるほどの量を集めるなど、
人工的な技術があるならまだしも、全て自然でとなるとまず不可能といって間違いないだろう。
高順「だから妖術などと言われるのでしょう。不可能と思われることを可能にするのですから。恐らく、五斗米道に代々受け継がれて
いる秘術なのでしょう」
北郷「なるほど・・・つまり、霧の発生とかにも種があるってことだな」
例えば、赤壁の戦いで諸葛亮が祈祷によって風向きを変えた、などという話もあるが、
これはあくまで小説の話であり、実際は風向きが変わることを、その土地の気候によって知っていたというだけのことである。
例えば、雨乞いの場合、たとえ一度の雨乞いで雨が降らずとも、雨乞いを続けていれば、
いずれは雨が降り、雨乞いが成功したかのような錯覚に襲われる。
このように、一見超常現象とも思えることも、突き詰めれば何かしらの種や思い込みがあるものである。
高順「はい、霧の発生の場合は、間違いなく漢中独特の気象を利用したものでしょう。恐らく、この時間帯にここら一帯が濃霧に
包まれることを、張魯は知っていたのでしょう。あとは宙に浮く演出と、あたかも自身が霧を発生させたかのようなそぶりを加えれば、
妖術師張魯の完成です。この地に詳しくない人物が目の当たりにすれば、間違いなく張魯が生み出した霧と思い込んでしまうでしょうね」
北郷「けど、霧で視界が悪くなるのはお互い様だろ?でも、なんでオレたちの兵士ばっかりやられてるんだ?」
北郷たちは確かに何人もの自軍の兵士を助けていたが、一方で何人もの戦闘不能となっている兵士も目撃していた。
更に言えば、兜を粉砕された敵兵以外は、負傷している敵兵は一切見ていなかった。
つまり、張魯軍はほとんど被害を受けることなく、この濃霧の中、革命軍に多大な被害を及ぼしていたといえる。
高順「それも冷静に現場を見てみれば簡単な話です。足元を見てください」
北郷は高順に促されるまま自身の足元を見た。
すると、なにか光るものが大量に落ちているのが確認できた。
試しに踏んでみると、リンッという音が鳴った。
北郷「これは・・・鈴か!」
高順「そうです。先ほど兵の手当てをしたときに気づいたのですが、どうやらこの陽平関前一帯に鈴が撒かれているようです。この鈴の
音で敵の位置を把握していたのでしょう。逆に敵は鈴を踏まないように注意していれば、あとは鈴の音目掛けて攻撃すればいいだけです
からね。意識しなければ気づきませんが、鈴の音が鳴ると予め意識していれば、この怒号響き渡る戦場の中でも聞き取ることは可能です」
北郷「それが本当なら、すごい地獄耳だな・・・」
高順「また、報告によれば張魯が術を発動した時に、爆発が起きると共に眩い閃光が辺り一面を覆い尽くしたと聞きますが、恐らく
これも何か人工的な道具があるはずです」
北郷(閃光に爆発、爆音・・・スタングレネード?でもこの時代にそんな・・・いや、確かマグネシウムや過塩素酸アンモニウムとかで
できてるってじいちゃんが言ってたな・・・秘術って言うくらいだから化学的な知識さえあれば似たものを作れなくはない、のかな・・・)
仮に張魯が使用したのがスタングレネードのようなものであったとしたら、千年以上も先の技術を先取りした、
それこそ妖術と言われても不思議でないとんでもない技術である。
高順「とにかく、閃光で目を潰された状態で濃霧の中に放り込まれ、かつ爆音で耳を潰されたとなれば、自身が誰と戦っているのかを
判断するのは難しいでしょう。
【益州、陽平関正面、side魏延】
魏延は崩れ落ちたまま動かない。
体は小刻みに震え、目からは止めようもない涙がぽろぽろと落ち続けていた。
魏延「桔梗・・・様・・・」
もはや、一体何がどうなっているのか、と思考することが不可能になるほど、魏延の精神は擦り切れてしまっていた。
??「そうだ、お前は尊敬する大切な人をその手で殺したのだ」
すると、背後から誰かが語りかけてきた。
その言葉は、あたかも魏延の頭に直接届くかのように響いた。
魏延「やめろ・・・」
??「一切の加減もなく、頭蓋を無残に粉砕したのだ」
魏延「やめてくれ・・・」
??「ただ、信頼する仲間のもとに近づいただけなのに、無故に、無慈悲に、無情に、無道に、無謀に、無慮に、その命は奪われたのだ」
魏延「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」
立て続けに繰り出される攻撃的な、そして魏延の受け入れがたい事実をぶつけるその言葉に、
魏延は咆哮するが、もはや振り返ることも、その声の主を攻撃する気力も残っていなかった。
背後からの言葉はさらに続く。
??「我がお前をその苦しみから解放してやろうか?」
魏延「なん・・・だと・・・?」
精神的に参ってしまっていた魏延にとって、その悪魔の如き囁きは魅力あるものであった。
??「今すぐ死んであの世で詫びるのだ。我が手伝ってやろう」
すると、魏延の背後でカチャリと刀を構える音がした。
魏延「そうか・・・ワタシには、まだ詫びることが許されているのだな・・・」
明らかに不自然なその提案も、もはやまともな判断が出来なくなっている魏延にとっては、ただ受け入れるしかなかった。
魏延「桔梗様・・・今すぐワタシも参ります・・・」
そして、謎の声の主は刀を振りかぶり、魏延を一刀両断しようと一気に振り下ろした。
すでに戦意を喪失している魏延に避けるすべはなく、そのまま無抵抗に攻撃を受け、
厳顔の後を追うように武人魏文長の生涯の幕が下りた。
―――そうなるはずであった。
しかし、声の主が魏延をとらえようとしたその時、突如射込まれた矢を防ぐため、声の主は刀の軌道を急変化させて矢をはじき、
次なる攻撃に備えて矢が撃ち込まれた方向から距離を取り、身構えた。
??「援軍か・・・」
矢が放たれた方向から姿を現したのは、黒を基調にした着物を身にまとい、ブロンドの髪をポニーテイルに結った小柄な少女である。
その腕に付けられている弩を狙い違わずまっすぐに声の主に向けている。
そして、魏延の側には、白く輝く服を身に着けた男が駆けつけていた。
高順「誰ですかあなたは!?もはやあなた方の妖術は看破しています!観念して名乗りなさい!」
すると、霧の中、高順の前に姿を現したのは、全身黒ずくめの、細身で長身の男であった。
その背中には身の丈に合った巨大な斬馬刀を背負っており、
その表情は、他人を見下したような冷徹な視線に、冷笑を浮かべ、どこまでも冷たい印象を高順に与えていた。
張衛「ふん、我の名は
北郷「おい、魏延!大丈夫か!?」
魏延「・・・御使い・・・か・・・ワタシは・・・取り返しの、つかないことを・・・」
北郷は魏延のもとに駆け寄ると、両肩をつかんで懸命に呼びかけた。
しかし、魏延は北郷を確認しても、依然我ここにあらずの状態である。
北郷「しっかりしろ!魏延は仲間を傷つけてなんかいない!殺したりなんてしてないよ!」
魏延「ワタ・・・ワタシは・・・この手で・・・桔梗様を・・・ぁァ、アぁァあぁ・・・」
そして、北郷の必死の呼びかけもむなしく、ついに魏延は近くに落ちていた刀を手に取り、自身の首元へ突きつけた。
自らの命を絶つために。
魏延「桔梗様・・・いま、お傍に・・・」
しかし、魏延が自決を決行しようとしたその刹那、間一髪で北郷が魏延の手から刀を奪うと遠くに投げ捨てた。
魏延「・・・何をするんだ・・・死なせてくれ・・・!ワタシにはもう―――!?」
魏延の言葉は途中で途切れた。
突然、北郷が魏延を抱きしめたためである。
北郷「大丈夫だから。本当に誰も殺してなんかいないから。厳顔さんも、ちゃんと生きているから」
魏延はかなり震えていた。
北郷はとにかく魏延を落ち着かせるために、ゆっくりと優しく語りかけ、しっかりと強く、かつ優しく抱きしめた。
魏延は一瞬驚いたような顔をしたが、そのまま抵抗することなく北郷に身を任せた。
魏延「だが、ワタシは確かに、桔梗様を、この手で・・・」
そこまでいうと、再び思い出したかのように魏延の瞳から涙があふれ出てきた。
北郷「ほら、よく見てみなよ」
すると、北郷は魏延の流す涙を指で拭ってやると、魏延が討った人物を再度見るように促した。
魏延は一瞬抵抗の色を見せるも、北郷の大丈夫というアイサインを受け、恐る恐るそばで倒れている人物を見やった。
霧で確認しづらかったが、ごしごしと自ら涙をふき取り、徐々に回復しつつある目を凝らしてよく見てみると、
そばには頭蓋を、ではなく、兜を砕かれ、のびている張魯軍の兵士が横たわっているのが確認できた。
すると、突然高順のいる方角から爆発が起こった。
突然の爆発に二人は驚いたものの、この辺りの霧が徐々に晴れていき、視界がはっきりしたため、改めて周りをよく見てみると、
魏延の周りに倒れている、鈍砕骨で殴られたと思われる兵士は、皆張魯軍の兵士であることが分かった。
北郷「ほら、魏延は仲間に手を出してなんかいないんだ。殺してなんかいない。厳顔さんもちゃんと生きている!」
北郷の口からはっきりと自身は凶行など行っていないと聞かされ、再び魏延の瞳から自然と涙があふれてきた。
魏延「そ、そうか・・・ワタシは、部下に、桔梗様に、手をかけていなかったのだな・・・よかった。本当に、よかった・・・」
そのまま、魏延は北郷の胸の中で泣き崩れた。
ただし、今度の涙は意味が違う。
張衛と対峙した高順は、手始めに辺り一面の霧を晴らすため、袂から玉状のものを取り出すと、無造作に誰もいないところへ投げつけた。
そして、投げつけた玉が地面に直撃したその瞬間、大きな爆音を轟かせながら爆発した。
爆発と共に熱風が辺り一面に吹き荒れると、戦場を覆っていた濃霧が次第に晴れていった。
気づけば、高順たちはすでに陽平関の正門がすぐ目の前のところまで前進していた。
霧が晴れて改めて張衛を見ると、その身の丈は2メートルを超えるかと思えるほどの大きさである。
張衛「ふん、まさかお前も姉上と同じような、爆発する玉を持っていたとは驚きなのだよ」
高順「いえいえ、張魯の使ったような閃光する能力のないただの火薬玉ですよ。ですが、これは高価なものなのですから、埋め合わせは
してもらいますよ」
張衛「ふん、それは我に勝ってから言うのだよ」
爆発の直前、慣れた手つきで耳を塞いで爆音の影響を防いでいた張衛は、手にした刀を腰に差した鞘に納めると、
その身の丈に似合った巨大な斬馬刀を背中から引き抜いた。
そして、その細身の体のどこに巨大な斬馬刀を操る力があるのか、と思いたくなる程扱い慣れた感じで、手の中でくるくると回し始めた。
張衛「五斗米道といえば姉上の名前ばかりが挙がるが、武芸だけなら我の方が姉上よりも覚えがあるのだよ」
高順「そうですか、それは是非とも手合せ願いたいものですね」
高順も長い袖をまくりあげて槍を構え、戦闘態勢に入った。
しばしの間お互いの呼吸が止まり、にらみ合いが続いた。
体の大きさを見ても、高順のスピードの方が断然上なのは明らかであったが、張衛の斬馬刀の扱いを見るに、
見た目で判断するのはあまりにも危険であり、そのため、高順は容易には動けなかった。
また、張衛も高順が三節棍を瞬時に槍に変形させたのを見て、通常の槍使いに対する対応では、
命を落としかねないと危惧し、高順同様容易には動けなかった。
どちらかが呼吸を再開した途端、こちらがやられる、そういった空気がその場を支配していた。
―――しかし・・・
一触即発の状態の中、急に高順が戦闘態勢を解除してしまった。
そのあまりの予想外の行動のせいで、むしろ一層警戒心を強めている張衛は、隙だらけの高順に攻撃することができなかった。
張衛「ふん、どうしたのだ?まさか今更怖気づいたとでも言うのか?」
高順「いえ、あなたには色々と痛い目にあってもらいたかったのですが、もう戦う必要がなくなったようなので」
そういうと、高順はまくり上げた袖を元のようにだらりと垂れさせると、槍をたたんで袂の中にしまってしまった。
張衛「いったい何を―――」
状況を理解できないでいた張衛であったが、何が起きたのかを理解するのに時間はかからなかった。
次の瞬間、突如として張衛の背後にある陽平関の正門が開き始めた。
そして、中から出てきたのは、さらしに羽織袴の出で立ちの女性であった。
肩に偃月刀を担ぎながらニッと余裕の笑みを浮かべている。
張遼「陽平関制圧完了やで」
張衛「なっ!?なン・・・!?」
張衛は未だに事態を飲み込めず、口をパクパクさせていた。
高順「そういうことです」
張衛「な、何を・・・・・・何をやっているのだ姉上ぇえええええええええええええええええええええっっっ!!!!!!!!!」
ようやく事態を理解した張衛は、くるくる回していた斬馬刀を落とし、絶叫した。
この瞬間、陽平関での張魯軍と革命軍の戦いは、双方に被害が出たものの、革命軍勝利という形で決着がついた。
【第二十四回 第二章:益州騒乱⑥・陽平関の守護者 終】
あとがき
第二十四回終了しましたがいかがだったでしょうか?
今回は張魯の妖術の種明かしをしたわけですが、蜘蛛の糸だのスタングレネードだの、
ツッコみどころ満載な回でもあったわけですが、そこは恋姫独特の世界観であると、
華麗にスルーしていただきたいです。蜘蛛の糸の実用化、早く進むといいですね。
ですが、これらは、道教の煉丹術とかでこじつけようと思えばできるような気がしますけど 笑
戦いの方は、意外とあっさりした感じで決着がつきましたが、
要するに、五斗米道の術中にはまったものの、結果陽動は成功した、といったところでしょう。
恋や霞ら奇襲部隊については次回軽く描写をば、、、
そして今度は焔耶フラグまっしぐらな感じでしたが、以前宣言しましたように特定の恋姫の贔屓は(以下略)
それではまた次回お会いしましょう!
この世界では螺旋槍なんてのもあるらしいですからね!
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どうもみなさん、お久しぶりです!または初めまして!
今回は陽平関の守護者、五斗米道は張魯のワンマンではないのです。
果して桔梗さんの、そして焔耶の運命やいかに、、、!
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