No.62795

『真・恋姫†無双』 第3章「董卓の思い」

山河さん

PCゲーム『真・恋姫†無双』の二次創作となります。

設定としましては、もし一刀が董卓と共に行動することになったらというものを主題にしております。

よろしければ、お付き合いくださいませ。

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2009-03-11 21:09:10 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10793   閲覧ユーザー数:8193

今となっては、200年ものあいだ後漢朝をその中心で支え続けてきた帝都・洛陽も空の鼎同然。

そして、鼎を支えるべきはずの脚もすでに崩壊を待つばかりの有様となっていた。

俺と月は、朝議からの帰り道、幾人かの護衛を連れて荒れた洛陽の街を歩く。

街は人口こそ多いものの、市には活気と呼べるものが何もない。

中央通りには物乞いがあふれ、少し細い路地へと足を踏み入れれば、スリだけではすまないであろう。

「……国破れて山河在り、か」

俺は街路樹の桃に目を移しながらそうつぶやいた。

「? ご主人様?」

月は俺が相国に任命されてから、「ご主人様」と呼んでくれるようになった。

「なぁ月。そのご主人様って呼ぶの……」

月たちにやっかいになっている身としては、どうも居心地が悪い。

しかし、

「いえ、だってご主人様はご主人様ですから……」

月はこう見えても意外に頑固なところがあるようで、その呼び方を改めてはくれないのだ。

それに、いくら後漢の力が弱まったとはいえ、未だ官位には絶対の力があるらしく、詠も月が俺のことを「ご主人様」と呼ぶことを強く止めようとはしなかった。

強く、ということは、少しは止めようとしたのではあるが、月に説得されると詠も弱い。

むしろ詠の場合、官位の持つ権威に従ったというよりは、月の言葉に従ったというのが大きいのだろう。

「ところでご主人様。さっきの、国破れて山河在り、というのは何の詩ですか?」

そうか。『春望』は盛唐の詩人・杜甫の作だ。三国志の時代からしたら、600年も後の詩になる。

「五言の詩だなんて、なんだか懐かしいです」

月は遠くを見るようにそう言った。

そう言えば漢文の授業で、三国時代の五言詩は民間のものでしかなかった。それを文学にまで高めたのが曹操であり、曹操がいなければ『春望』や『絶句』などの名作が生まれることもなかったであろう、なんて先生が言ってたっけ。

意外にやるな、学校教育。

……ん? 待てよ。もしかして、俺が現代で知った漢詩を書き残しておけば、未来には詩聖・北郷一刀として学者先生の研究対象として崇められるかもしれない……。

いや、でも間違いなく学生には嫌われるな。漢文の授業といえば、俺にとっては間違いなく睡眠の時間だったし……。

などと、一人物思い(?)に耽っていると、

「へぅ……。ごめんなさい。ぼーっとしてしまって……」

月が恐縮したように俯いて話しかけてきた。

もっとも、こっちも妄想していたのだからお互い様だ。

俺は気にしてないよ、という風を装い、

「それにしても、月が五言詩を懐かしいだなんて。宮中で詠まれることなんてないんだろ?」

と話しかける。

月はまさに深窓の令嬢という言葉が相応しい少女だ。第一、この時代は階級差別が当然のこととして行われている。それなのに大衆文化を懐かしむなんて、俺には不思議なことに思えた。

「いえ、董家の家格はせいぜい地方官止まりなんです。だから私も涼州では、こうやって市井を歩き回っていました」

と、月の視線はあたりを走り回る子供たちへ。

それに、月はこう謙遜するが、詠の話によると、董家は地方とは言っても名門に属するはずだ。そのご令嬢が民衆に混じって市を普通に歩いていたなんて、やっぱり信じられない。

「……それに、父様も母様も威張るのがお嫌いな人ですから」

なるほど、月が控えめなのも両親の影響というやつか。

だが、公然と賂が行き交う世にあって、詠の心配もわかる。

現に、月の両親は中央に賄賂を贈ることを拒んで、辺境の地である涼州に左遷されたのだ。

月も今は大将軍の地位にいるが、幼帝を操る十常侍を敵に回せばどうなるかわからない。

左遷されるだけならまだいいが、先の大将軍・何進のように暗殺されて……。

いや、そんなことは絶対にさせない。そのために今、詠が頑張っているのだ。

ここで俺が、と言えないのは情けなくはあるが、ついこの間まで学生だった俺にできることなど、たかが知れている。

だけど、いざとなったら俺が命がけで月と詠を守りたいと思うのも事実だ。

……あれ? もう一人誰か忘れているような……?

………………………………………………………………………………。

あっ! 華雄だ!

まぁ、華雄なら自分の身くらい自分で守れるだろう。

月の屋敷についた時には、夕日が沈もうとしていた。

洛陽の治安は悪く、この時間になるとほとんど人通りがない。

そんな人通りの絶えた道の片隅で、一人の女の子が泣いていたのだ。

迷子だろうか。それにしても、こんな時間に少女が一人で街中を歩くのは危険というもの。

俺がそう思っていると、

「大丈夫?」

と、月が一人その少女のもとに駆け寄った。

俺も慌てて月のそばによる。

その少女の着ているものは、お世辞にも身奇麗とは言えない代物で、どうやら貧しい家庭に育ったらしい。

おそらく、洛陽の下級官吏でも、下賤な民草と放置したであろう。

そのくらい洛陽の、いや、後漢の役人は腐敗しているのだ。

しかし月は違う。

真っ先に駆け寄り、手を差し伸べたのだ。

「……あの、ご主人様……」

月が俺の表情をうかがうようにそう言った。

「ああ、その子を家まで送り届けてあげよう」

俺がそう言うと、月の表情は明るくなる。

少女の家は、洛陽の外れにあった。

出迎えたその母親は、俺たちが送ってきたのだと知ると、文字通り平身低頭し、ほんのわずかではあったがおそらくこの家の全財産であろうとも思える金を差し出した。

俺たちの時代では、迷子になった子供を送り届けるのはそれほど不思議なことではない。

しかしこの時代では、役人が何の見返りもなしに庶人を助けることなどまずないのだ。

本来なら庶人の生活を助けるべきはずの役人が、私腹を肥やすことに力を注ぎ、重税を強い庶人を苦しめている。

俺が、当然のことをしたまでだからそのお金はもらえない、と言ったら、母親はこれでは足りないのだと思ったらしく、嫁入り道具であろう着物まで奥から持ってくる始末だ。

月もお礼はもう十分だからと、お金と着物をもうしまうようにと何度も説明して、母親はやっと顔を上げてくれた。

そうしたら今度は、聖人だとばかりに俺たちのことを拝みだす。

俺と月とは互いに苦笑しながらも、その場を後にした。

「なんだか、詠ちゃんと初めて出会ったときを思い出しちゃいまいました」

屋敷への帰り道、月はおもむろにこんな話をする。

「私たちが育った涼州は、河西回廊があって、異民族との戦場になることも多かったんです……」

河西回廊とは、今で言うシルクロードの一部だ。東西文化の交流点でもある代わりに、異民族の侵攻も激しかったのだろう。

「まだ私が幼かった頃、国境付近で異民族の襲撃があって……」

それで詠の両親は亡くなってしまったらしい。

そしてたまたまそこに月と両親が応援として軍勢を率い国境に駆けつけ、道端で泣いている詠を見つけ、同じ年頃であった月の学友として迎えたそうだ。

「……それで詠ちゃん、まだそのことを気にしているみたいで……」

この時代、少女が一人で生きて行くのは不可能に近い。

詠の場合は月たちに迎えられたからよかったものの、あの時もし誰も救ってくれなかったら……。

そのときのことが、詠の重荷にも、そして何よりも救いになっているのだろう。

俺は詠のあの言葉を思い出す。

「月の幸せがボクの一番の幸せなんだからっ!」

月あっての詠。

詠はそれを唯一と言っていい支えとして生きている。

「……でも私……詠ちゃんには自分の幸せを犠牲にして欲しくないんです……」

月は、詠が自分の幸せを犠牲にしてまで、月の幸せを守ろうとすることを危惧し心配しているのだ。

月は詠を助けたのではなく、詠に自分が助けてもらったと思っているのだろう。

月も詠も二人とも優しい女の子なのだ。

そして互いに互いを大好きなのだ。

月あっての詠。詠あっての月。

どちらかがどちらかの犠牲になるのではなく、二人とも幸せになって欲しいと強く思う。

俺はそんな二人の手助けをしてあげたいと、改めて誓った。【続】


 
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