No.627296

鳴音の住む家

玉兎さん

それは突然始まった

2013-10-12 08:47:45 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:283   閲覧ユーザー数:283

 

異変に気付いたのはどのくらい前だったか。最近のような気もするし、もっともっと、前だったような気もする。物音がしたのだ。ガタン、と。誰もいない部屋の中から。でも家鳴りか、生活音か。そんなのだと思って部屋に戻ろうとした時だ。きぃぃぃん。小さなパソコンの起動音がして腰が抜けた。暗闇の中でパソコンの画面が光っている。ああ、これはまずい。何がまずいのか一向に分からないが、良くないことが起こっている。足に力を入れて、小走りで玄関まで走った。思わず心臓のあたりをぎゅう、と力を込めて握りしめる。怖い、怖い。何が起こっているのか、分からなかった。落ちつけ、落ちついて。脳内で何度何度も自分に言い聞かせる。ただの、パソコンの不具合。何かソフトを更新したか何かで、そう。そうだ。再起動でもかかったんだ。リビングの電気をつけてパソコンを強制終了させる。どっ、どっと心臓が大きく鳴り、がつんがつんと打つ。一気に頭に血が上ってクラクラする。パソコンの画面に数字が並んでいたのが見えたような、見えなかったような。いまは、どうでもいいことだった。部屋へ戻ろうと振り返ったら、廊下の電気が消えていた。足から力が抜けるのを感じて、ぺたん、と座り込んでしまった。「あ、あ、」と意味なく口から洩れでる言葉は意識外から飛び出た言葉。そして、ぱたん、ぱたん、と扉が開いて、閉める音が、廊下から立て続けに聞こえてきた。「っ!」叫びそうになった声を両手で自分の口を押さえて、押し込める。背中を精いっぱい、壁に押し付ける。しばらくすると今度はキッチンの電気が点滅。どっと流れる冷や汗と、すうと線を引いて流れる涙。ホラー映画なんかで、よくヒロインが恐怖で震えている表現がある。あんなのただの演技だ、と思っていたが、そうでもないらしい。今まで、そんな恐怖に対面したことがなかっただけ。今、私は震えている。これ以上ないくらいに。パニックで頭がおかしくなりそうだ。何も、何もいないけれど。もしそこになにかいたら。どうしよう。体をできるだけ小さくして頭をかがめて全てが終わるのをただただ、祈っていた。信仰心など、当たり前だがない。ただ神様でも仏様でもなんでもよかった。ただの電球の不具合、パソコンの不具合なら、それでいい。ただ何かが起きていることしか、分からない。ただの不具合で、こんなにも、こんなにも追いつめられるような感覚に陥るだろうか。

 その日、私はそのまま頭を抱えて眠ってしまったらしく・・・・いや、気絶していた、の方が正しい表現だ。気がついたら朝になっていた。ベランダの窓から差し込む朝日で目が覚めた。ばっ、と顔を上げたら、そこはいつものリビング。朝日に混じってホコリが舞っているのがうっすら見える。立ち上がろうと両足に力を入れるも、全身に力を入れて座り込んでいたので、上手く立ち上がれない。1,2分、フローリングの上でじたばたやってやっと壁伝いに立ちあがった。夢だったのか。そう思えば不思議じゃないが、パソコンを立ち上げると表示されたブルースクリーンにどきっとさせられる。やっぱり、強制終了したのは確かだ。ただ、昨日の夜のようなパニックにはならなかった。それでもやっぱり、気味が悪くて、急いでメイクをして朝食もそこそこに家を出る。電車に乗り込むといつも通り満員電車。奥のほうへ進むと、これだけの満員電車なのに、人一人が立てるくらいのスペースが不自然にあいている。周りの人も、気にして開けているわけじゃないだろう。なにがあるってわけじゃない。でも、なんとなくあいている空間。私は幽霊なんか信じていない。怪談や恐怖映像なんかはよく夏の特集でやっているから怖いもの見たさで見たり読んだりするけれど、だからと言って本当にいるのか疑問だ。昨日の気味の悪い体験から、たまたま思い出しただけだが、バスや電車で理由もなくなんとなく避けられる空間というのは、幽霊が立っているらしい。昨日までの体験があったのに、私はその時ふと不思議な感覚に陥った。なんだか。かわいそうだな、と思ったのだ。死んでいることに気づいていないというのは、その人は一体なにを、思って死んだのか。何を想い残したのか・・・・。

結局電車を降りるまで、その空間が埋まることはなかった。

 仕事を初めて4時間ほどして、なんだか気分が悪くなってきた。昨日、変なところで変な格好で眠ったからだ、と思い込んで仕事に打ち込んでいたが、立ち上がった時に天井が回った。書類を抱えたまま倒れてしまったのだ。書類をばらまいてコピー機の前で倒れた私に同僚が慌てて駆け寄った。同僚に支えられて結局そのまま強制的に家へ帰らされることになった。家へついて玄関を開ける。むわっと溜まった空気があふれ出てくる。気分が悪い上についてないとまっすぐリビングを目指して歩く。靴を脱いで廊下に足を踏み入れた。ふらふらする、やっぱり風邪でもひいたのだろうか。ぐわんぐわんと天井が回って、まっすぐ歩いているのか、いないのか。ドンっ、誰かとぶつかった。思わず、すみません!と声を出してふと気付くここは、私の家だ。

血の気が引くってこういうことか。昨日から体験したことのない感覚を連続で体験している。あれだけ暑かったのに、ざあああ。体温が下がった。背中にいやな汗。確かに誰かにぶつかった。左腕にかすかに残る人の感覚。私はめまいでふらつく足を無理やり引きずって頸を返した。自分の部屋へ駈け込んで、ベッドにもぐりこむ。背中を、ベッドに押しつけてドアを凝視した。誰も、誰もいないはずなのに。廊下を、誰かが過ってくれたら、腹もくくれるって言うのに・・誰も姿を現さない。最早、幽霊でもいい。誰か、目に見えたら、自分がおかしいんじゃないって思えるのに。誰もいない、誰も見えない自宅の中で、誰かとぶつかった、家の中に何かいる。昨日から、ずっと何かいる。もしかしたら、ずっといたのかもしれない。引っ越してから。ずっと。突然、どうして。私はそこで思考するのをやめた。

 

 

 
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