No.62619 あけるりSS『極めて近く、限りなく遠い世界に』フィナーレのかーびぃさん 2009-03-10 22:50:49 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:3478 閲覧ユーザー数:3110 |
月に行くことが決まった日の夕飯時、俺は早速皆にそのことを伝えた。
突然の報告に皆は驚きを隠せないようだった。
「月へ行くって、1回生じゃ留学は出来ないでしょう?」
その中でいち早く立ち直った姉さんが俺に尋ねて来た。
「うん。俺は・・・非合法な方法で月へ行くんだ」
この発言で再び俺以外の全員が驚愕する。
それはそうだ。月へ行くってだけでも驚きなのに、その方法が非合法なんだから。
「お、お兄ちゃん?どういうことなの?」
「非合法って、月への密入国は重罪だよ?」
麻衣と帰省していた菜月もようやく立ち直ったのか、矢継ぎ早に質問して来る。
「俺が求めるものを手に入れるため。自己中心的なことなんだ」
「・・・シンシアさんに会うため?」
麻衣がまっすぐな瞳で俺を見て来た。
この目にウソはつけないな。
「似てるけど違うかな。俺が成し遂げないといけないことがあるからなんだ」
もちろん空間跳躍技術について研究したいから、何てことまでは言わない。
シンシアはあくまで月のお嬢様なのだから。
「で、でも、月ならそんな方法で行かなくてもいいんじゃない?密入国なんて犯罪者になっちゃうんだよ?」
「そうそう、コネなんて気が進まないかも知れないが、フィーナちゃんに頼むってことも出来るだろう?」
「それは出来ないんです」
仁さんの言う通り、フィーナに頼めば月くらい行けるかも知れない。
だがフィーナにまで迷惑を掛ける訳にも行かないし、何より俺は月の教団に用がある。
王宮と教団の仲は良くない。フィーナの口利きで月に行ったりすれば、スパイ扱いされかねない。
「達哉君、本気なの?」
今度は姉さんが真剣な瞳で俺を見て来る。
まるで俺の心まで見通すかのような目だ。
「姉さんには本当に悪いと思ってる。ここまで面倒を見てくれたのは姉さんなのに、こんな勝手なことして」
両親が死んだ後に姉さんがいたからカテリナ学院にも入れた。
その学院を中退するなんてことは裏切り以外の何物でもない。
「そんなことは気にしなくていいわ」
だが姉さんはそう言ってくれた。
「ただ一つだけ聞かせて。後悔はしない?」
「・・・少なくとも今動かないと俺は一生後悔すると思う。それだけは確かなんだ」
「・・・・・・・・・そう。本当は立場上止めるべきなんだけどね」
姉さんは少し悲しみを帯びた笑顔を見せた。
「達哉君、いってきなさい」
「うん。行って来る」
「さやかさん、いいんですか!?」
「菜月ちゃん。菜月ちゃんも今は家から離れて一人暮らししてるでしょ?それと一緒よ」
「一緒って、全然違いますよ」
「いいえ。いずれ人は自分の育った家から旅立って行くの。達哉君の場合はその先が月ってだけ」
「でも・・・」
菜月が言うことはもっともだ。これが留学なら快く送り出してくれるだろう。
だが幼馴染が犯罪行為をしようとしているのだから、止めようとするのは普通だ。
その菜月を仁さんが遮った。
「菜月、達哉君の目を見ただろう?決意を秘めた男の目だ。だから俺達は普通に送り出してやればいい」
「兄さん・・・」
「悪い。でもどうしても俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」
「分かったよ・・・」
内心ではまだ納得してないだろうが、菜月も一応同意してくれた。
「タツ」
「おやっさん。バイトのことなんだけど・・・」
そう切り出そうとした俺を、おやっさんが手で制する。
「努力したからと言って、必ず全てが手に入るわけじゃない。だが、俺はお前を信じているぞ。
もし疲れたらいつでも帰って来い。疲れも吹っ飛ぶような料理を用意してやる」
「・・・ありがとうございます」
俺は地面が見えるくらいに頭を下げた。
自分勝手な都合でバイトを止める俺を快く送り出してくれる。
俺は本当に周りの人間に恵まれている、そう思わずにはいられなかった。
「達哉君、男の顔になったね」
「仁さん、姉さんや麻衣をお願いします」
「任せておきたまえ!」
仁さんはとびっきりの笑顔で爽やかにそう言った。
この人たちがいるからこそ、俺は月へ安心して行くことが出来る。
「本当はイタリアンズも連れて行きたいんだけど、状況が状況だから・・・。麻衣、頼めるか?」
「うん・・・・・・。でも!一つだけお願いがあるの」
「お願い?」
「絶対帰って来て」
そう言った麻衣の瞳は涙で潤んでいる。
俺がやろうとしているのはそういうことだ。妹を泣かせるようなことなのだと再認識させられる。
だが、だからといって立ち止まる訳には行かない。全てを投げ打つくらいで無ければ手に入らないものなのだ。
何かを為し得るためには必ず代価が必要となる。それはお金だったり時間だったり色々だ。
今回俺が支払う代価は家族との時間。しかしそれだけしても、到底時間が足りないことも分かっている。
「分かったよ。帰って来るよう努力する」
「努力じゃダメ」
そう言って麻衣は俺の前に右手の小指を差し出した。
「約束して・・・」
「・・・ああ、分かった」
既に麻衣の瞳からは涙が零れ落ち、涙声になっている。
俺も右手の小指を差し出し、麻衣の小指と絡める。
「ウソついたら針千本の~ます」
『指切った』
「えへへ。これで大丈夫だよね」
「ああ。絶対また会えるさ」
涙を流しながらも笑顔を作る麻衣に、俺も出来る限りの笑顔で応えた。
油断したら俺まで泣いてしまいそうだが、ここで泣いてはいけない。
「私はさよならなんて言わないよ」
「菜月」
「いってらっしゃい、達哉」
「ああ。行って来るよ」
菜月も若干目が潤んでいるが、力強い笑顔でそう言ってくれた。
「達哉君、私も菜月ちゃんと一緒よ。ここが貴方の帰って来る家なんだから。そのことを絶対に忘れないでね」
「分かってる」
「何年でもこの家で待っているからね」
「本当に今までありがとう、姉さん」
姉さんにも深く頭を下げる。これまでの感謝の気持ちも全て含めて。
「さ~て湿っぽい話はこれくらいにして、快く達哉君を送り出そうじゃないか。達哉君送迎パーティー1日目だ!」
「1日目?」
「来週出発なんだろ?それじゃあ毎日祝おうじゃないか!」
「もう、兄さんってば。でも、賛成」
「私も賛成だよ」
「よ~し、じゃあ今日も明日も明後日もパーティーだ!」
その日、俺達は遅くまで騒いだ。楽しい時間。
だがこの日々ももうすぐ終わる。
今という時を大切にしよう。きっとこの日々がこの先の俺を支えてくれると信じて。
「今から大学に退学届を出しに行って、帰りに麻衣の好きなアイスでも買ってやるか」
再会するとは約束したが、そんな保証はどこにもない。
残り少ない時間を出来るだけ笑顔で過ごしたい。
そんなことを考えてのアイスクリーム購入だ。確か新しいのが出てたハズ・・・
と、そこまで考えてから、ふと周りを見渡して気付いた。
「・・・ここは」
そう呟いて、俺はその場に立ち止まる。
弓張川沿いの遊歩道。
ここからターミナルに飛ばされ、シンシアに出会い、ここに戻って来た。
俺にとっての始まりの場所。
「そういやここで念じたんだよな」
あの時は出会ったばっかりで恥ずかしくて、雑念が混じったせいで着地点ミスったんだっけ。
怒られたけど、シンシアとの楽しい思い出の一つだ。
シンシア・・・
シンシア!
シンシア!!
「シンシア・・・」
今なら普通に出来る。声に出したって恥ずかしくない。
幸い辺りには誰もいない。俺はゆっくりと息を吸い込んでから一気に吐き出した。
「シンシア~!!」
近くの木から鳥が飛んで行く。周りには誰もいないが、相当遠くまで聞こえただろうな。
そして当然ながら何も起きない。起きるハズが無い。
俺が愛した人がいるのは、この世界とは違う場所なのだから。
どっごーーーんっ!!
「うおああぁっ!」
大地が震えた。
「な、何だ!?」
この状況はあの時と同じだ。
そんな訳が無い。そう思いつつも俺の胸は期待で膨らんで行く。
音がしたのはあっちにある住宅街。これも1年前と同じ。
「また、アンタっ!?」
「ええっ!?えええええぇぇぇっっ!?」
今の声・・・・・・聞き間違えるハズが無い。
「今度こそ逃がさないわよ!!」
「な、な、な、何で!?」
「何でも何もあるか!」
「違っ!だから誤解なんですよ~」
景色が涙で滲んで行く。やがて一人の女の子が家から飛び出して来た。
もう間違いない。俺が会いたくて、会いたくて仕方のなかった女の子。
「すみません、すみません、すみませんっ!!」
美しい金色の髪をなびかせながら、高速で頭を下げている。
一度見たことのある光景だ。思わず笑みが零れる。
「コラー!待て~!」
「ご、ごご、ごめんなさ~い!」
そう言いながら、その女の子はこっちに向かって逃げて来る。
俺が全てを投げ打ってでも会いたいと思った最愛の人。
「シンシア・・・」
シンシアも俺に気付いたのだろう。ピタリとその場に止まってしまった。
嬉しいのに涙が止まらない。せっかく会えたというのに、シンシアの顔がよく見えない。
「シンシア~!!」
俺は一気に土手を駆け降りる。
コケそうになりながらも、必死にバランスを取って、シンシアに向かって走る。
「タツヤ~!!」
シンシアも俺の方へ向かって駆け寄って来た。
すぐに俺達の距離は0になる。
俺達は飛びつくように抱きしめあった。
「夢なんかじゃないんだよな?」
シンシアの体温を感じる。鼻をくすぐる甘い匂い。
「うん。私はここにいるよ。タツヤも幻なんかじゃないよね?」
「ああ。俺もここにいる」
美しく整った顔、真っ白な肌、潤んだ瞳、長い睫毛、1年ぶりなのに何も変わっていない。
「もう絶対に離さない」
「私も絶対に離れないよ、タツヤ」
そっとその瞳が閉じられる。俺も目を閉じ、ゆっくりと唇を近付ける。
柔らかな感触が唇に伝わって来る。
無理だと思っていた。二度と会えないと諦めかけていた、それなのに。
俺達はまた出会うことが出来た・・・
この場所で・・・
この世界で・・・
終わり
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シンシアアフターストーリー『極めて近く、限りなく遠い世界に』に完結です。
タイトルですが、以前から言ってる通り、自分にネーミングセンスは無いことを再確認。
正直シンシアsideアップしてから、タイトルで悩んだ時間の方がプロット作った時間より長いw
しかも悩んだ挙句がこれ。いいの思いついたら変更します。サブタイ募集中。
あと再会を1年ずらした理由ですが、シンシアは10年ぶりなのに、達哉は10日ぶりとかじゃ味気ないからです。
かと言って達哉も10年後にすると、いくら何でも年齢が・・・って感じでこうなりました。
再会のシーンがあっさりですが、2話掛けて引っ張ってるし、これ以上引っ張るのも・・・と思ってあっさりにしました。
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夜明け前より瑠璃色な-Moonlight Cradle-新キャラ、シンシア・マルグリットのアフターストーリー後編です。
私的に納得のいかないラストだったので、執筆させて頂きました。