「これは一体どういうことですの?!きちんと説明してもらいましてよ!華琳さん!孫堅さん!」
汜水関に入った連合軍は、広間を用いて早速軍議を行っていた。
その席にて先程の怒号が総大将たる袁紹から発せられた。
先の汜水関攻略戦、その終盤にて独自の判断で前線に赴き、汜水関攻略の名声を掻っ攫っていった2人に大層ご立腹のようである。
「説明も何も無いわ。戦況を逐一観察していれば、あの時が攻め時だったことはわかるでしょう?けれど、劉備と公孫賛の部隊は消耗により退き始めていた。追撃は厳しいようだったから、その代わりに私の軍を送り込んだというだけよ。咄嗟の判断だった為に連絡が出来なかったことは悪いと思っているわ」
「私んところもそうだな。冥琳が、うちの軍師なんだが、そいつが汜水関を早期に攻め落とすんであれば今しか無い、って言うんでな。それに従ったまでだ」
聞く者が聞けばすぐに嘘だと分かるだろう。
咄嗟の援軍であれほどまでにタイミングよく攻め始め、そして都合よく必要な攻城器具が用意されるはずが無い。
しかし、残念なことに袁紹にはそういったことに気づく洞察力は備わっていなかった。
「だとしても、ですわ!どうせ汜水関を一番に抜けたいとか、そう思っていたんでしょう!」
「だから言っているでしょう?それは結果的にそうなったというだけよ。あくまで本質は劉備達の手助けだったのだから」
「右に同じ、だな。納得出来ないんだったら、次の虎牢関で一番乗りすればいいんじゃないか?」
孫堅の言葉に、それだ、とでも言いたげな表情になる袁紹。
そしてすぐに己の側近に対して命令を下す。
「斗詩さん!猪々子さん!次の虎牢関では私達が先鋒を努めますわよ!」
それに対する側近2人の反応はまさに正反対であった。
「麗羽様!いくらなんでもそれは…!」
「よっしゃ!暴れてやるぜ!」
良識派の顔良は異を唱えるものの、文醜は同調して既にやる気まんまんの様相である。
そして乗り気な2人が渋る顔良を引き込みにかかる。
「大丈夫だって、斗詩!汜水関だってこんなに簡単に陥落したんだ。虎牢関だって似たようなもんさ!」
「そうですわよ、斗詩さん!グダグダ言っている暇があればさっさと準備なさいな」
「で、でも、虎牢関の守将にはあの呂布もいるんですよ?!」
「そんなもの、斗詩さんと猪々子さんで纏めてかかれば何とでもなるでしょう」
「さっすが麗羽様!分かってる!ってわけだ、斗詩!早く準備しようぜ!」
「あぁ~、ちょっと待ってよ、文ちゃん!」
軍議も終わらぬ内に慌ただしく部屋を飛び出していく2人。
そんな一連の出来事を眺めつつ、一刀は隣の秋蘭に問う。
「で、何で俺はここにいるの?」
「うむ。どうも袁紹が先行した部隊の長を連れてこいと言ったらしくてな」
「でも、華琳様にしか矛先向いてなくない?俺、来た意味あるのかな…」
「……」
秋蘭は目を逸らして沈黙する。
一刀では無く華琳にばかり当たっているのは、袁紹の気まぐれと旧知への対抗意識が強いせいなのだろう。
それを秋蘭はある程度分かっているからこそ、一刀が来た意味が既に無くなっていることも分かっている。
だからこそのこの反応であった。
そんなやり取りを小声で行っていると、いつの間に寄ってきたのか、1人の少女が2人の声を掛けてくる。
「ほんっといい加減にして欲しいよな。汜水関攻略の褒辞の一つもありゃしない。どうせ軍議するんならとっとと虎牢関攻略の作戦でも立てた方がいいと思わないか?」
「ええ、まあ、確かにそうですね」
突然話しかけてきた意図を察せず、少々困惑しながらも一刀は返答する。
その様子を見て、少女はあることに気づく。
「いっけね。あんたにはまだ名乗ってないんだったな。あたしは馬超。西涼の太守、馬騰の名代として来ているんだ。よろしくな」
「あなたが音に聞く『錦馬超』殿でしたか。私は夏侯恩と申します。曹操様の下で武官を勤めております。時に、馬騰殿は何故?」
「ああ、母様は今病に臥せっているんだ。匈奴への警戒もあって、今回は西涼から出向出来た将は私だけなんだ」
「そうでしたか。それは失礼を」
「いや、気にしなくていいよ。別に罵倒されたわけではないしな」
正史における馬騰は、病に臥せっているのではなくこの連合に参加している。
なまじそれを知っているだけに、一刀は少々無神経な質問をしてしまったことを恥じた。
しかし、馬超はさっぱりした性格なのか、口だけでなく本当に気にしていないようである。
「それよりさ、夏候恩。あんたはどう思うよ?」
「どう、とは?」
要領を得ない馬超の質問に、一刀は鸚鵡返しに聞き返すしかできない。
それでも馬超は一向に気にする様子もなく言葉を紡ぐ。
「袁紹だよ。本当に漢王朝の、陛下の御為に行動してんのかな?」
「…それはこの場で話すのは少し厳しいものですね」
忌憚ない馬超の質問内容に、一瞬とはいえ一刀は面食らって言葉を失ってしまった。
いくら袁紹が”ああ”であるとはいえ、馬超位の立場であればまだしも、たかが一武官のそのような意見を聞き咎められると面倒なことになりかねない。
そこで一刀は言葉を濁して回答を避けたのであった。
「あ~、確かにな。ま、袁紹にどんな思惑があるんであれ、私が陛下の御為に参上したのは事実なんだ。最終的に陛下を助け出すことが出来れば、途中の手柄なんていくらでもくれてやるさ」
そう語る馬超からは、確かに忠義の魂を感じられる。
馬超の母である馬騰は非常に漢王朝への忠義の心の篤い人物として有名である。
その馬騰の教育を受けているからなのか、馬超の忠義も相当なものであるようだ。
最初の会話から脱線してそのような会話をしていると、軍議の名前を借りた茶番劇が終了したようで、華琳が声を掛けてくる。
「秋蘭、一刀、帰るわよ」
『はっ』
一刀は馬超に簡単に挨拶を済ませると、華琳に従って部屋を出ていくのであった。
華琳は曹軍の下へ戻ると、宛がわれた一室にて軍議を開いた。
「虎牢関は麗羽と袁術の軍が先鋒を務めることになったわ」
どうやら一刀が馬超と話している間に袁術までが首を突っ込んできていたらしい。
チラと見た程度であるが、どうやらこの世界における袁術はまだ童子のようであった。
黒衣隊の情報収集力でも、さすがにその年齢までは調査しきれない。
常にお側らしき人物が控えていたとはいえ、よくぞあのような子供に太守が勤まるものだ、と考えていたのだった。
それはともかくとして、華琳の言を聞いた一同の大半は驚きにざわめいている。
そんな中、軍師はまだ落ち着いており、更なる情報を得ようとする。
「華琳様、よろしいでしょうか?」
「どうかしたかしら、零?」
「何故総大将自らが先鋒に?何かの作戦でしょうか?」
零の質問は通常であれば至極尤もなものである。
しかし、こと袁紹に限っては通常などと言う言葉は通じないと思ってもよいだろう。
それが分かっている桂花はその先の回答を予想できたのか、零の隣で小さくため息を吐いていた。
「作戦なんかじゃないわ。言うなれば、ただの麗羽の意地と見栄ね」
「……」
余りに予想外の答えだったのだろうか、零は言葉を失ってしまっていた。
桂花は零の後を引き継いで質問を重ねる。
「虎牢関前に袁紹、袁術両軍が布陣するには少々狭い気が致しますが…」
「そこも恐らく考えていないのでしょうね。あれだけの数に広がられたら例え一隊といえども抜けていくことは厳しいでしょうね」
「はい、そのように思います。例え抜けられる程度の数の兵を送り込んだところで、虎牢関の守将を考えると歯が立たないでしょう。いかがなさいますか、華琳様?」
虎牢関における大方針を問われ、顎に手を当てて少し考え込む華琳。
やがて華琳の中で定まったのか、顔を上げて一同にそれを伝える。
「そうね。いずれ私が覇を争うことになった時、大きな障害となってくるのはやはり麗羽でしょう。今回、虎牢関において董卓が少しでも麗羽の軍を削ってくれるのであれば、それに越したことは無いわ。ただ、さすがに麗羽を討ち取られることになるのは具合が悪い。そこで、我が軍は基本は静観としながらも、総大将が危機に陥りそうであればそれを助けるために兵を派遣することにするわ」
「なるほど、了解しました。派遣する兵に関しては将軍級も視野に入れますがよろしでしょうか?」
「ええ、それで構わないわ、零。それから、軍として対峙出来る状況が来るのであれば張遼、呂布を捕らえなさい。騎馬の用兵術に長け、自身も高い武を持つ張遼、他の追随を許さぬ比類なき武を誇る呂布。どちらも欲しいわ」
その言葉が発せられた瞬間、武官達の間に激震が走る。
原因は、主に呂布。
皆、大陸に轟くその名を知っているが故の反応であった。
「華琳様、お言葉ですが、呂布を捕らえるのは不可能です。あれの武は最早人智を超えたものです」
珍しく秋蘭が華琳に苦言を呈する。
それほどまでに呂布という存在は武人の間で恐れられているということである。
「それでも欲しい、と言ったら?」
「どうあっても呂布を欲するというのでしたら、まずここにいる武官のほとんどを失うと思ってください。恐らく生き残るのは一人乃至二人といったところでしょう。その上で捕縛に失敗する可能性すらありえます」
「随分と弱気なのね」
「呂布という存在はそれほどのものだということです。現に黄巾の折、都に向かった黄巾3万を相手に呂布は文字通りただ一人で立ち向かい、壊滅させています」
秋蘭の真剣な様子に華琳も誇張ではないことを感じ取った。
さすがにそれだけの部下を失うわけにはいかない、と指示内容を多少変更する。
「では、張遼だけならどうかしら?」
「それでしたら桂花か零の兵の方を抑えて貰えばなんとかなるかと」
「そう。だったらそれでお願いするわ」
呂布に無理に当たる必要が無くなったことで、武官の間に安堵の空気が流れる。
その中で一刀と菖蒲、そして秋蘭は表情が硬いままであった。
「…どう思う?秋蘭、菖蒲さん」
「正直厳しいな。総大将が前面に出てくるんだ。もし出張ってきたとすれば、呂布と当たることは避けられないだろう」
「私も同意見です。袁紹さん達の軍は言わば厚い壁のようなものでしょう。錬度の高い軍相手であれば用兵術に長けた張遼さんが抜けてくるかもしれませんが、物量の壁が相手となれば破壊力に特化した呂布さんが抜けてくるものと思います」
一刀の目的語を省いた簡素な質問に2人は重苦しい表情のままで答える。
方針の変更は所詮呂布に”無理に”当たりに行く必要が無くなっただけであって、決して呂布と当たらなくなったわけではない。
むしろ、先の方針に従えば、好むと好まざるとに関わらず、呂布と当たることになるであろうことを3人は理解していたのだ。
「やっぱり2人もそう考えるか。だけど、これくらいの事は諸葛亮や周瑜なら簡単に考え付くだろうし、そっちから来る将と協力すれば…」
「確かに、それならなんとかなるかも知れんな。劉備の所の関羽と張飛、そして孫堅の所の甘寧と黄蓋、孫堅と孫策の武も相当のものと聞く。これらの将の内、どれだけが出るかは分からんが、複数人で同時に当たれば呂布とて太刀打ち出来まい」
「そうですね。一刀さんの報告では関羽と張飛は春蘭様と同程度以上の武人だとか。孫堅さんも江東の虎と謳われた人物です。問題ないでしょう」
一応の納得は示すものの、一刀の内心は不安で一杯であった。
歴史上、超人と呼ばれた人物は得てして一般的なそれとは明らかに一線を画している。
比較的新しい人物であればルーデルやヘイヘが、この大陸の人物であっても項羽を例に挙げるとすぐに理解するだろう。
彼らの成し遂げた事は他の人物がどれだけ努力しようとも追い付けないほどのものである。
そして、正史はともかく演義における呂布の武は、まさにこれら超人の域にあるとされている。
この数年の観察で、この世界は正史よりも演義に基づいていることは分かっている。
となれば、呂布の強さも演義準拠と考えるべきだろう。
果たして複数人でかかった程度で呂布を止めることが出来るのか。
一刀の不安が途切れることはないのであった。
その後、軍議は華琳が虎牢関での初戦についての指示を2,3出して解散となった。
各々必要な準備を行い、その日は休む。
翌日の朝には、連合は汜水関を出て虎牢関へと向かう。
地形的に奇襲は無いであろうが、念のために警戒しながら進んだため、虎牢関までは数日かかることとなった。
そして、連合が虎牢関に到達する前日。
野営地が定まったところで、天幕を張っている一刀の下に桂花がやってくる。
「一刀、ちょっと」
桂花は一刀を手招きで呼ぶと、人気の少ない一角へと移動していく。
一刀は近くの部下にその場を任せ、桂花を追っていった。
やがて桂花は数人が天幕を張る作業をしている以外、人の居ない場所へ来ると一刀に向き直る。
見れば、周りで作業をしているのは黒衣隊の者ばかり。
恐らく桂花がそうなるように人員を予め配置しておいたのだろう。
「虎牢関での作戦は局面によっては零の作戦と採用することになるわ。だからもう一度だけ確認しておきたいの。あの方法で本当に大丈夫なのよね?」
虎牢関での作戦の成否によっては華琳の名は上がりも下がりもする。
汜水関で既に名を得ているとはいえ、下手を打てないことには変わりないが故の行動であった。
一刀は誇張でも控えめでもなく、自身の考えをありのままに話す。
「確実とは言い切れませんが、恐らく大丈夫なのではないかと。現に黄巾との決戦ではそのような事象が起こったと聞き及んでいます」
「ん、確かにそうね。私達の方でも色々と考えていたのだけど、零の体質への対策は本当に何も出てこないわ。今まで失敗続きだったから少し弱気になりすぎているのかも知れないわね」
ほとんど独白気味に桂花が呟く。
一刀はどう返したものか迷ったが、どうしようもないことを伝えるより他は無かった。
「もし私の仮説が正解であるのならば、正直なところこの大陸の人間では考えが及ぶことは無いでしょう。ですので、仕方がないことです」
「…対策を打ち出せるのもあんたの未来の知識故、か。わかったわ。とにかく、今回はあんたのその知識を全面的に信用させてもらうことにする。悪かったわね、時間を取らせて」
一言謝った後、桂花はその場を離れて行った。
一刀もまた、零の成功を祈りながら、虎牢関で自身が取るべき行動を考えて歩き出すのであった。
夜が明け、連合は再び進軍を開始する。
そして、太陽が中天に達しようとした頃、ようやく連合は虎牢関へと至った。
その城壁上には旗が3つ。
紺碧の張旗、漆黒の華一文字、そして、真紅の呂旗。
敵の姿は見えねど、武のある者達は虎牢関に漂う空気が明らかに違うことを感じ取る。
その空気の違い。それ即ち呂布の存在感の大きさ。それをまざまざと示していた。
劉軍、曹軍、孫軍の者達は緊張に息をのむ。
それぞれの持ち場へと向かうものの、どの軍も呂布を意識しているのか、動きが少々硬いものであった。
他の諸侯も空気の違いは感じられずとも、先の3軍の足取りが明らかに重くなったことを見て取り、遅ればせながら緊張の色を強めていく。
そんな中、何も感じず、周りも気にせず、まさに我が道を行く袁家の2人が声を上げる。
「さぁ~て、虎牢関なんてちょちょいのちょいで落としてしまいますわよ。皆さん、やぁ~っておしまいなさい!」
「うははは~。妾に手柄を捧げるのじゃ~!皆の者、進むのじゃ~!」
「あぁん、愚直に前進しか指示を出さないお嬢様も素敵です~。よっ、この暴虐幼女!というわけで、皆さん、突撃してくださ~い」
この時ばかりは袁家を除く連合の意見は一致したという。
曰く、こいつらはバカなのか、と。
そんな他の者達の心情などいざ知らず、両袁家の軍は虎牢関へと進撃を始めるのであった。
時を同じくして。虎牢関城壁では霞、華雄に更に2人を交えた4人が迫る連合軍を見下ろしていた。
「お~、来よった来よった。ほんまにぎょ~さんおんな~」
どこまでも続くかのような連合軍を視野に入れ、霞はそう漏らす。
すると虎牢関から加わった2人の内の1人、背の小さい少女が両手の拳を振り上げて意見を発する。
「それはそうなのですぞ!詠殿の放った斥候の情報によれば、連合の総数は10万を軽く超えているとのこと。ですが、恋殿にかかればこの程度の連中、物の数にも入らないのですぞ!」
ぶかぶかの文官服を着たこの少女の名は陳宮、字は公台。
まだ幼いながらも董卓軍の軍師、というよりも呂布個人の軍師として月に仕えている。
その隣に立つ、浅黒い肌の少女。
白黒にカラーリングされた服を身に纏い、赤い髪、赤い目を携えたその少女こそ、連合が最も恐れる呂布その人である。
その呂布は城壁際に立って連合を見下ろしつつ、先程から一言も言葉を発していない。
最も、普段から無口な呂布がこういった場で突然饒舌になるようなことも無いので、他の者もその沈黙には慣れたものであった。
「劉備の旗はどこだ?!関羽の奴にやられたままでは私の気が治まらん!」
華雄は汜水関を思い出したのか、熱くなって己を打ち負かしかけた相手の属する旗を探す。
しかし、これには霞がすかさず拳骨を入れた。
「どあほう!また同じ失敗繰り返す気ぃか?!今度勝手に飛び出そうもんなら見捨てんで!」
「だ、だが、私は武人だ!我が武を愚弄されて黙ってなどおれん!呂布よ、お前もそうであろう!」
華雄に突然話題を振られた呂布は、連合を見下ろすことを中断してゆっくりと振り返る。
もし今この場に連合の者がいたとしても、だれもこの少女が呂布であるとは気づかないかも知れない。
誰もが恐れるその闘気も纏っておらず、きょとんとしたその表情はなぜこのような子が戦場にいるのか、と疑問を覚えるほど。
それほどまでに今の呂布は無垢という言葉が似合っていた。
「……?」
華雄の方に向き直った呂布は沈黙したままで首を傾げる。
華雄は先程問うたことを再び呂布に聞いた。
「だから、もしお前が自身の武を侮辱されたならば、それを放っておくことなど出来んだろう、と言ったのだ」
「……恋は気にしない」
呂布は短く答える。
その答えに納得できないのか、華雄はさらに食って掛かる。
「何故だ、呂布よ?!お前は天下の飛将軍と謳われるほどの武人だぞ?!己の武に誇りはないのか?!」
「……恋は月を守る。その為に戦う。ただ、それだけ」
連合の方をチラと見やりながらの発言。
しかし、この台詞の途中、戦意を示した辺りから、呂布から得も言われぬ圧力が放たれ始める。
味方であるというのに、華雄は、霞ですらも、そのあまりの圧力に思わず身を竦めてしまう。
呂布の返答自体は非常にシンプルなものであった。
そして、やはり華雄の求める答えではないだろう。
しかしそれでも、その圧倒的な存在感の前には口を噤んでしまう。
誰も動かず、その場には沈黙が訪れる。
それは連合の様子に注意を向け続けていた陳宮が言葉を発するまで続いた。
「こ、これは…どういうことなのですか?」
沈黙を破って聞こえてきた陳宮の疑問の声に、一同は弾かれたように連合軍を視界に収める。
そこには、連合の総大将となったと聞いた袁紹、そしてその従妹たる袁術が先鋒として進軍していた。
「なんや?あいつら、向こうの総大将ちゃうかったんか?」
さすがにこれには霞も疑問を抱く。
普通であれば、総大将自らが初戦から前面に出てくることは無い。
袁紹の軍に注意を引き付けておいて、遊撃でもかまそうとしているのか、と霞は疑うものの、詠の斥候から得た情報と、連合軍各所に見える軍旗の数に過不足はない。
連合の意図が見えてこず、霞は悩んでしまう。
「袁紹が奴らの総大将なのだろう?ならば今ここで潰してしまえばいいではないか」
見たこと思ったことをそのまま口にする華雄。
その発言に一応軍師の立場にある陳宮が食って掛かった。
「だからお前は猪と言われるのですぞ!わざわざ総大将が最前線にまで出てきているのです!これは何か罠があるに決まっておりますぞ!」
強く発言する時の癖なのか、再び両手を振り上げながらの陳宮のこの言葉に霞が賛同する。
「せやで、華雄。そうやって後先考えず飛び出した結果が汜水関のあの体たらくやないかい。ちっとは学習せぇや!」
「うぐっ…!」
汜水関を引き合いに出されてはさすがに強くは出れなくなってしまう。
黙ってしまった華雄を置いて、陳宮は連合の意図を探る。
ところが、虎牢関前の平野に布陣する前に一度停止すると思っていた連合が、停止することなく虎牢関に前進してくる様を見て陳宮はより迅速な判断を迫られる。
結果、出した結論は。
「む~…よし!打って出ますぞ!」
連合軍との正面対決であった。
「そう来なくてはな!早速準備をしてこよう」
嬉しそうにそう言って、華雄は早々に城壁を降りていく。
そんな華雄を見送りながら霞は陳宮に問う。
「なんで打って出るんや?籠城の方がええんちゃうん?」
「詠殿から袁紹の為人はある程度聞いていたのです。そのことと今のこの状況、そして汜水関のあっけない陥落を考えると、袁紹は我々を舐めているのでしょうな。それで目立ちたいがために最前線に出てきているのだと思われますぞ」
「な~るほどなぁ。せやったら罠は無いもんと考えてええんやな?」
「だと思うのです。ですので、呂布殿!そのお力を存分に見せつけてやるのですぞ!」
「……ん、頑張る」
まだまだ幼いとはいえ、陳宮が軍師として務めていることは事実である。
その陳宮がそう判断したのであれば、一武官でしかない霞はそれに従うまでである。
呂布はもとから疑問を持っていなかったようであるが。
かくして董卓軍は全将軍を出陣させ、袁紹を迎え撃つことにした。
華雄の暴走を止めに入ったり、出陣の判断に疑問を持ったりとしていた霞も、その本質では戦の場に身を投じ、強敵と相対することを好んでいる。
そんな霞が鍛えた部隊の兵達も言わずもがな。
更に、華雄、呂布両名の部隊の者は基本的にそれぞれの武に惹かれて入隊を希望したものがほとんどである。
それ故に一兵一兵が精兵と呼べ、戦の場に出向くことを厭わない。
要は、現在虎牢関内に居る者達は皆今回の出陣に乗り気であったということである。
そのため、出陣の準備はすぐに整った。
「ほんなら行くで!先頭におんのは幸いなことに阿呆な連合の総大将や!力の限り暴れたりぃ!奴らに目に物見せたろうやないか!」
『おおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!』
霞が短い激励を飛ばし、董卓軍が呼応して鬨の声を上げる。
雄叫びに反応するかのように門が開かれる。
袁紹を、袁術を、連合軍を、そして曹軍の一部の者を絶望の淵へと追いやる地獄の門もまた同時に開かれてしまったのであった。
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第二十一話の投稿です。
二十話の米欄でも申した通り、これがストックのラストになります。
以降は書き上げ次第、投稿していきますが、最近リアルの方が忙しくなってきており、元々の遅筆に悪い方向に磨きがかかっております…
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