これは、誰もが知っていることです。
「やあ、短いの。おはよう。これからどうぞよろしく」
「おはよう。背高さん。こちらこそよろしく」
その時計は、ある小さな町の、赤い屋根の、白い塔の上に造られました。
その時計の二つの針が命を持って動き出したとき、そこから遠く離れた山の小川から、生まれてきたのがその小石でした。
上流の、川の流れが早いところに住んでいたお母さん石が押し流されて、勢いよくお父さん石にぶつかり、 バチン!! と大きな音をたてて生まれてきたのです。
そしてそのちいさな町の中心の時計塔の長い針がぐるりと一周したころには、その小石はもうひとりだちをしていました。
お父さん、お母さん、さようなら、さようなら。
小石はガタガタ、角ばった体を他の小石や大きな石にぶつけながらどんどんどんどん流れていきます。
時計の短い針が、長い針とケンカをしながら五十週目を回ったころ、ガタガタの小石はまだまだ小川を流されていました。 水底を流れる小石の上で、金色の光を放つ水面の格子模様が目まぐるしく動き回り、泡が水面を揺らしていきます。 薄青の冷たい水が、生まれたばかりの体を洗ってくれます。
魚たちはギラリと鱗を光らせて小石の上に影を落とすと、流れに乗ってゆらりとすべっていきました。
「今日はいい天気だね、背高のっぽさん。お昼寝には最高だ」
「そうだな。だが気を緩めるなよ。時間を刻み忘れてはいけないからね」
時計の短い針が、口笛を吹きながら千回目をまわり終えたころ、小石は大きな石にカツンと当たり、水際に跳ね上げられました。 小川は小石が生まれてきたところよりも、少し広く、深くなっていました。
ざわざわ、さわさわという森と小川の声だけが辺りに響き渡っています。
時折、緑色の敷布の向こうで、大切な何かを思い出したように野鳥がケーンと鳴くのでした。
そうして小石は、昼は黄色い太陽の光に焼かれ、夜は青白い月の光に冷やされながら、 山が太陽のような橙や赤、黄色に染まっていく様子を、 そしてまた、緑色の敷布がゆっくりと広げられていく、その繰り返しをただじっと見つめていたのでした。
「小さな人、会いに来たよ」
「待っていたよ、大きな人」
時計の長い針が短い針に微笑みながら、五十万五百回目に会いに行ったとき、大雨が降って小石は再び川の中です。
荒れ狂う川は小石の体を激しく揺さぶり、あちこちで土色の沫をぼこぼことたてて、 ごうごうと唸り声を上げながら、小石を飲み込んで山を駆け下りていきました。
長い針の足先が、何千万回も「9」の文字に触れたころ、小石はだいぶまるくなっていました。
ガタガタで、周りのものを傷つけてばかりだった体にはもう角一つありません。 川の幅が広くなって知らないところが増え、水が濁り、視界が悪くなることも増えましたが、小石は気になりませんでした。
時計の短い針が九千九百九十万九千九百九十九回、まわったでしょうか、いや、長い針だったのかもしれません。
とにかくもう二つの針がどれほど回ったのかも判らなくなったころ、すっかり丸く、すべすべになった銀色に底光りする小石は、 とうとう川の出口まできていました。
川の出口は海でした。海は広くて、空も海面も海中も一緒になってきらきらと輝いています。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
そうしてあの町の時計塔の針がもうカチリとも動かなくなったころ、小石はチカリと、まるで星のような輝きを放つと、 濃い深い藍色の海底に向かってゆらゆらと沈んでいき、やがて見えなくなりました。
これは誰もが知っていることで、誰も知らないお話です。
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ある小石の生涯