第32話 -各国の動向-
成都を攻略した一刀たちに待っていたのは、今までの蜀という国の内部のボロボロな状況に対する対処であった。まずは統治者の交代の周知徹底とそれに伴う新しい税制の発布。これは雛里と風二人の活躍により比較的スムーズに行われた。また、統治者の交代を知らせることには張三姉妹の興行の成果も大きい。彼女たちの各地の興行は物珍しさもあり、これまで旅芸人というものがまともに旅ができないほど荒れていたことを示していた。それに加え、蜀という国は影から張松が操っていたとことが明らかになったのだが、その実その支配に反発する内部勢力が多くあったのも事実。一部いざこざもあったものの概ねが一刀たちを受け入れ平和的解決を見たため、民衆は北郷一刀という主君を認めるようになっていった。しかし、
魏延「桔梗様、我らはどういたしましょう?」
厳顔「ふん。北郷とか言う者の実力は中々のもののようだ。一度手合わせしてみたいが流石に今の手勢では博打もできんか。それにどうせやるならもっと派手な方がいい。」
魏延「それでは...」
厳顔「焔耶、ちと懐かしい顔でも尋ねに行くか。」
魏延「はい?」
新しい統治者となったことで、離反していく者もあった。一刀がそういう者には処罰は設けず、追うこともしないという方針をとったため、ある者は器の大きい人物であると、またある者は愚か者だとその評価は様々であった。と言っても、蜀領内の安定が築かれたことは間違いない。外面上はともかく一刀は内面的には民心を掌握することに成功したのだ。一刀たちはその後拡大した領土を開発していくために内政に力を入れていく。
一方で、曹操軍も西涼を完全に平定、呉軍も周辺豪族を束ねていくなど勢力拡大を続けていた。となれば、今後大勢力同士がぶつかり合うのは必定。袁紹は公孫賛のいる北方に侵略準備を始め、曹操軍もさらなる領土拡大のために着実に開戦準備を整えていた。
荀彧「以上が間諜からの報告になります。」
曹操「へぇ。あのブ男、人畜無害そうな顔して、やることやってんじゃない。」
報告を聴き終えた曹操はそう感想を漏らした。その顔は言葉どおりの侮蔑とは異なり、むしろどこか満足気にさえ聞こえた。
曹操「ということは、これからはあいつがこちらに攻め入ってくることもあり得ると。面白いじゃない。返す刀で完膚なきまでに叩き潰して上げるわ。」
夏侯淵「お言葉ですが華琳様、今の状況で北郷とことを構えるのは、少々まずいのではないでしょうか?」
夏侯惇「秋蘭、我らがあんな優男ごときに負けるわけなかろう。問題などあるものか。華琳様の言うとおり、来たら来たで叩き返してしまえばいいのだ。」
夏侯淵「姉者、北の袁紹、南には北郷だけでなく、袁術、それに孫策もいる。それに…おかしいな、誰かまだいたはずなのだが。」
荀彧「他に誰もいないでしょ。秋蘭にも春蘭が伝染ったんじゃない?」
夏侯淵「...そうかもしれないな。」
夏侯惇「おい、人を病気みたいに言うんじゃない!」
夏侯淵「我が敬愛する姉者が私に伝染ったというなら、私は嬉しい限りだがな。」
夏侯惇「そ、そうか?ならいいが。」
曹操「あら春蘭。私には伝染してくれないの?」
夏侯惇「そ、それは!華琳様がお望みとあれば私は...」
今日も今日とて桃色な雰囲気漂う曹操軍である。
荀彧「アンタは馬鹿やってないですっこんでなさいよ!とにかく、少なくとも袁紹は今のところ問題ないわ。私たちが考えるべきは北郷も含めた南への対策よ。」
曹操「...」
夏侯惇「?」
夏侯淵「ほう。お前はあんな約束、袁紹が守るとでも思っているのか?」
荀彧「守るわ。ですよね、華琳様?」
曹操「そうね。あちらも約束を反故にしたら、どうなるかくらいわかっているでしょう。少なくとも、今は北郷や孫策との間に私たちがいるおかけで、直接攻めれられることはないのだから。それにもし麗羽が調子に乗って攻めようとしたところで、今は抑えがいるでしょう。」
夏侯淵「なるほど...しかし、ならばこちらにとって攻め入る好機とも言えるのでは?あちらは今こちらに背中をがら空きにしている状態です。今攻めれば楽に華北を制圧できるはずです。」
曹操「そう、がら空きにしているのよ。(全く、わかっていてやっているだから一層たちが悪いわ...)」
荀彧「何かおっしゃいましたか?」
曹操「いえ、何も。とにかく、この曹孟徳から一度結んだ約定を違えることだけはあり得ないわ。それは心に留めておきなさい。」
夏侯淵「御意。」
曹操「話を戻すけど、南への対策、桂花はどうすべきだと思う?」
荀彧「はい。袁紹が手を出してこない以上、当面の目標については、北郷軍の打倒を最優先課題にすべきだと考えます。北郷はまだ手に入れたばかりの蜀領を安定させるのに注力していて動けません。しかしそれがなれば、北郷に莫大な人材、資金を与えることとなり、攻略は容易ではなくなります。そしてまた、袁術に手を出せば必ず呉が介入してきますし、袁紹も手のひらを返しかねません。であるなら、今は北郷を潰す他ありません。さらに...」
今後の各国の動向を含めた自国の方針を、事細かに説明していく。若干一名頭に?を浮かべたままであるが、それでも彼女にとってはただ一人の理解さえ得られればよかった。
曹操「なるほどね。なかなか良いと思うけれど、」
曹操は三人の後ろに問いかけた。
曹操「貴方はどう思う?」
??「そうですね、いくつか気になる点があります。」
荀彧「私の献策にケチつけようってのはどこのどいつよ!?」
荀彧が振り返ると、そこには久々に見る知った顔と、知らない奴が突っ立っていた。どうやら彼女の献策は全て聞かれていたらしい。
楽進「任務より帰還致しました、曹操様。」
曹操「ご苦労様。そっちは?」
郭嘉「郭奉孝と申します、曹操様。楽進殿のご紹介により、軍師として曹操様の元に仕官するために参上しました。」
荀彧「なんですって?華琳様の軍師は私だけで十分よ!」
曹操「それは私が判断することよ。ではまず、その気になる点とやらについて話してもらいましょうか。一応、軍議の内部という機密情報を覗いたのだから、その点とやらがどうでもいいことなら...わかるわね。」
郭嘉「はい。そのつもりで楽進殿に無理を言って連れてきてもらいましたから。」
曹操「いい覚悟だわ。許可する。ならば貴方を連れてきた楽進の顔を潰さないためにも、遠慮無く言ってご覧なさい。」
郭嘉「ありがとうございます。北郷軍を相手にするということですが、私は得策とは思えません。北郷軍がたしかに今うってでられないのは事実ですが、かといって、今北郷軍を倒しても、得られるのは治安もまだ乱れた広大な領土です。つまり、こちらがそう考えたように他国に攻め入れられる隙を与えてしまう。であれば、北郷を攻めるのは少なくともあちらがある程度治安を安定させた後にすべきかと。そして、袁術に関われば呉が出てくるというのも、そのやり方次第でどうにでもできると考えます。」
曹操「そう。なら、貴方は南への対策どうすべきだと思う?」
郭嘉「はい、私は曹操様が最優先課題とすべきことは、青州の攻略と考えます。私にはその約定と言うのは大まかにしか推察できませんが、少なくとも、この魏がどことも同盟もしていない以上、魏領でさえなければ、袁紹軍は口実を付けて攻める可能性があります。となれば、公孫賛殿を下した後、袁紹殿も南を目指すはず。」
一同「(ああ、そんなやついたっけ...)」
郭嘉「青州まで抑えれば、袁紹殿が南下する余地はなくなります。そうなれば、袁紹殿はこちらを攻めるか、留まるかを選択することになります。しかし、そこまでくるのに、袁紹軍はかなりの時間を要します。なぜなら、袁紹軍は公孫賛殿を相手にしながら、烏桓族を相手にしなければならないからです。」
荀彧「!」
荀彧の驚きに郭嘉は心のうちで笑みを浮かべる。なぜなら、彼女の驚きは袁紹と烏桓族の関係がうまく言っていないことを、魏軍が把握していなかったということを示すからだ。事実、烏桓族とも良好な関係を築いてきた公孫賛とは対極的に、袁紹軍は彼らを蛮族とみなしてきた立場から、軋轢が生じ始めているのだ。
郭嘉「つまり、袁紹軍がこちらとことを最終的に構えようと思っているにしろ、そこまでにはある程度の余裕があるのです。であれば、来るべき袁紹軍との戦いも想定し、青州は攻略しておくべきです。そして青州を攻略した暁には徐州、袁術、そして呉軍孫策を相手にすることを考えます。」
荀彧「呉軍ですって!?そんなことしたらこの国の地形は...それに、それまでに袁紹が北方を平定したら...」
郭嘉「確かに。ですが、精強を誇る曹操軍であればこそ、迅速さを必要とするこの作戦は成り立ちます。江東を全て制圧しようという話ではない訳ですし。さらに、北郷軍は蜀を手に入れても本拠地を成都には移さなかった。つまり、北郷殿の首はいつでも刈り取れる位置にあるといえる。そしてもう一つ。北郷軍の代表である北郷一刀殿が天の御遣いという立場をとっている以上、天子様を事実上保護している曹操軍はいつでも天敵としてあちらを討つことができる。それは同時に、袁紹軍に対する牽制にもなる。ならば先に呉軍を下し、しかるのち北郷軍に圧力をかけるのが得策です。」
荀彧「でも呉軍を敵に回すにしても途中に袁術の領域がある。さらに袁紹の従姉妹である袁術をむやみに手を出せば袁紹も黙ってないはず。」
郭嘉「はい。ですからあくまでも袁術にすることは、領内を通る通行許可です。そして...」
その後、曹操軍の今後の方針をめぐって長時間に渡る議論がかわされた。そうして、議論がやっと決着を見たところで、
曹操「いいでしょう。貴方を軍師として歓迎するわ。これからも私のために最高の献策をなさい。」
郭嘉「は!」
曹操「それと郭嘉、私の真名は華琳。これからは真名で呼んで構わないわよ。」
郭嘉「...」
曹操「郭嘉?」
郭嘉「...ぶはっ!」
夏侯惇「なんだ!?どうしたというのだ!」
夏侯淵「なっ衛兵!城に詰めている医者を呼んでこい!衛兵ー!」
荀彧「凪、アンタやけに冷静ね。」
楽進「ここに連れてくる間にも何度かありまして...どうやら郭嘉殿の体質のようで...その、気持ちが高ぶると鼻血が出てしまうと。」
夏侯淵「それしたってこの量は尋常ではないだろう。やはり医者は呼んでおいた方がいい。」
その間にも慣れた手つきで郭嘉を介抱する楽進。それを感心して見つける夏侯惇は、
夏侯惇「なるほど。華琳様に仕えられる喜びと、真名を許されたという喜びが合わさって気持ちが高ぶりすぎてしまったというわけだな。わかるぞ、その気持ち。」
的を射てはいるのだが、やはりどこかずれていた。
荀彧「そんなに出るなら、衛兵にして侵入者が出た時の目潰しにでもなってもらったほうがいいんじゃない?」
曹操「(す、凄い鼻血の量ね...)」
郭嘉「...ふがふが。お恥ずかしいところをお見せしまして申し訳ありません...」
夏侯淵「華琳様?」
自分が呆けてしまっていたことに気づいて、改めて気持ちを引き締める。
曹操「な、なんでもないわ。とにかく、凪も面白い人材を見つけてきたじゃない。褒美はおって取らせるわ。」
楽進「お褒めに預かり光栄です。」
曹操「報告の方はまた明日聞くから、今日はゆっくり休んでおきなさい。」
楽進「は!それでは失礼します。」
自室に戻って来てすぐ、楽進の部屋を馴染みの二人が訪ねてきた。
李典「おかえり~。凪、おみやげは?」
于禁「あっちには天の御遣いが考えた珍しい服があるって聞いたの~!」
楽進「...はぁ。」
現金なものだとため息をつくが、しばらく触れなかった懐かしい空気に少しほっとする。
楽進「真桜にはこれだ。籠を売った代金で買ったからそれは全部やろう。」
楽進は鍛冶屋で買った工具のセットを取り出す。それは一刀に街を案内してもらった時に立ち寄った鍛冶屋で買ったものだった。
李典「ほお。これ中々の品やで。これだけのモン、軍拡に力入れてるここでも滅多にお目にかかれんやつや。」
楽進「あっちは商人で賑わっていたからな。鍛冶屋の質もかなり良かったから、私も篭手を新調してしまった。」
于禁「凪ちゃん、私のは~?」
楽進「紗和のはこれだ。私にはどういうのがいいかわからなかったから、紗和に似合いそうなのを選んだのだが...」
于禁「これすっごく可愛いの!凪ちゃんありがと~!」
服を広げてくるくる回る友人に頬も緩む。そうして荷物を広げていたのだが、その奥にあった小袋に気づいた楽進は、ハッとしてそれを二人の視界には入らないところへ移す。
李典「お?凪、今なんか隠したやろ?もしかして食い物?ちょっとそれ見せてみい。」
楽進「な!?別に何も隠してなどいな...」
于禁「んー?何なのこれ?」
楽進「!」
既に奪われたその品は于禁によって既にご開帳済みであった。
李典「ほうほう。なんか書いてるな。なになに。『これを持った人が来たら、客人としてちゃんと案内してあげてくれ。』...?」
楽進「な、なんでもない!返せ!」
于禁「わわ!そんな、とったりなんてしないの。」
李典「で、なんなんそれ?」
楽進「な、なんでもない...」
それは京にいた時、一刀から何かあったら城まで来てくれと渡された紙切れだった。どうやらこれがあれば城に簡単に入れるようなのだが、楽進にとって、それはその便利な機能よりも、思い出として大事なものだった。一日案内してくれたお礼にと飯代を引き受ければ、それにお礼をしてきたのだから、全く変わった人だと楽進は思っていた。それに、まさかもらったその相手が敵国の代表だなんて楽進には口が裂けても言えなかった。二人はというと楽進の慌てぶりに頭に疑問符を浮かべていたのだが、
李典「あー!もしかしてそれ、凪のだいじーな人にでもろたん?向こうでいいオトコ見つけるなんて、凪もやりおるなぁ。」
楽進「ち、違う!これはただ、向こうで世話になった人からもらったものだから...」
于禁「とか言って、凪ちゃんったらお顔が真っ赤なの!」
楽進「わ、私は疲れてるんだ!もう寝るから出て行ってくれ!」
李典「わわ!ちょ、凪!」
于禁「凪ちゃんがいつになく強引なの~。」
無理矢理部屋から追い出した楽進だったが、
楽進「...何をやっているんだろうな、私は。」
楽進はそれを、再び荷物の奥底へと埋めた。
一方呉軍でも、同様に情報の整理が行われていた。呉軍はその情報網を駆使し、特に北郷軍内部で何が起きていたのか大方把握していた。
冥琳「以上が、ここ最近の各陣営の動向だ。特に、涼州の平定が完了した曹操、領土を広げた北郷は今後警戒すべきだろう。」
雪蓮「...」
報告を聞いた雪蓮は厳しい表情を浮かべた。
雪蓮「蜀攻めに逸った...祭たちはどうなったの。」
冥琳「...特になし。どうやら関羽の説教があったらしいが...そこのところはなぜかよくわからんな。しかし、どうやら北郷殿はある程度こうなることは把握していたようだ。」
雪蓮「そう。北郷一刀...甘いわね。」
かつての家臣の安全を喜ぶのではなく、北郷一刀という人間をそう評した。もちろん祭が討ち首になるようなことでもあれば、それはそれで呉としてはまずい事態にはなっていたのだが、そこまで北郷一刀という男が考えていたのかはわからない。ただ王として、部下の暴走とも言える行為を見過ごす彼の選択は、正しいものとは言い難いと雪蓮は考えた。
冥琳「それと付随して個別に軽い処罰が出ているようだな。こっちも形式的なものかもしれんが...例えば祭殿は一ヶ月の禁酒...」
雪蓮「北郷一刀...なんて恐ろしい男なの。」
冥琳「...」
頭を抱える冥琳に雪蓮は、
雪蓮「だって一ヶ月よ!?一ヶ月!一週間いや、三日くらいならまだしも一ヶ月もお酒がなかったら死んじゃうじゃない!」
冥琳「いや、死にはしないと思うのだが...」
雪蓮「私がもし一ヶ月お酒飲ませないなんて言われたら、王様なんてやめてやるんだから!」
まくし立てる雪蓮に冥琳はため息をひとつつくが、すぐに意地悪な笑みを浮かべる。
冥琳「...じゃあ、雪蓮が次仕事放り出したら、貯蔵庫の者に言って一週間酒を出させないようにしようかしら?」
しかし、
雪蓮「それはほんとにやめて...この城から人が一人消えることになるわ...」
冥琳「こちらこそ頼むから、そんな底冷えするような殺気はしまってくれ...そこの兵士が倒れたぞ。」
こちらもこちらで、堪え性のない厄介な王様なのであった。
とある領内の城にて。夜だというのに、その城の中は祭りでもしているかのように賑やかだった。しかし、近づいてはいけない。その内部に響く声は絶望と苦しみに満ちている。
兵士「た、助けてくれえ!!」
領主「何事か!よもや曹操軍の侵略か!」
衛兵「違います、城内に侵入者が!うっ...」
??「...」
領主「お、お前はっ!」
??「...」
領主「がはっ!!」
??「...」
獣は空を仰ぎ見る。その瞳は狂気に染まってはいたが、どこか寂しさを感じさせる。
??「...アアアアアアッ!!!!!」
しかし、それも一瞬。再びその瞳は怒りと殺戮の衝動だけに塗りつぶされる。
??「...」
獣は進む。新たな獲物を求めて。
勢力同士の争いとは別のところで、新たな火種が一刀たちにふりかかりつつあった。
現代編-episode3-
満月の輝く静かな晩。縁側から見る夜空はいつもより輝いて見える。
今日はお爺ちゃんと今は亡きおばあちゃんの結婚記念日ということで、一日中思い出話を聞かされ...もとい聞きながらお酌をさせられ...していた。と言っても、普段よりも明るく振る舞うお爺ちゃんに感じたのは煩わしさではなく、単純に人の幸せを喜べる温かさだった。ただ、朝から晩まで飲んでいたので、お爺ちゃんもすっかり酔いつぶれ、今さっき布団に寝かしつけたところだ。俺はというと今は酔い覚ましに涼んでいるが、直ぐ寝ると思ってTシャツに短パンである。季節の変わり目だからか、夜風も暖かく感じられる。
愛紗「...一刀、お水です、酔いが覚めますよ。」
一刀「ありがと、愛紗。」
湯のみを渡した愛紗は盆を床に置くと、同じように隣に腰掛けた。湯を浴びてきたのか、髪は艷やかで頬はほんのり赤く、そしてトドメに寝間着代わりにしている着古した俺のワイシャツをまとった姿はとても艶かしい。
一刀「はあ~。落ち着くなぁ。」
愛紗「そうですね。今日は一日中賑やかでしたから。」
一刀「愛紗は酔ってない?飲んだ量は少なかったけど結構匂いきつかったろ。」
愛紗「ふふ...私にしてみれば、あの程度、水と変わりませんよ。」
一刀「強がっちゃって...」
愛紗「そういう貴方が、一番酔っているのはないですか?」
一刀「俺?んー、そうだな~、酔っ払ってるな~。だって酔ってないはずの愛紗の顔が赤くみえるもんな~。」
愛紗「...もう。これは湯浴みをしてきたからです。」
しばし、二人で何を話すでもなくただ月を眺める。
愛紗「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
一刀「え?」
それはさっき父さんたちの結婚式の話にお爺ちゃんが言っていた台詞だ。お爺ちゃんはこっ恥ずかしいだなんだと言っていたが、その話を何度も蒸し返してやけにしつこかったのはお見合いだった自分とは違ってちょっと羨ましかったのかもしれない。と言っても、お爺ちゃんはおばあちゃんには相当惚れていたみたいだが。
愛紗「いえ、良い言葉だなと思いまして。」
一刀「ああ、そうだね...」
愛紗「はい...」
そこで、少し視線を落としたところに咲き誇る桃の木に目が留まる。月明かりに照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。だが愛紗はそれには気づかず、話しながらも澄んだ空に輝く月に魅入られているらしい。
一刀「...」
どうやら、俺はかなり酔っ払っているらしい。これから自分が言おうとしていることの恥ずかしさも、どうとも思わない。
一刀「...そういえばさ、桃園の誓いってものがこっちには愛紗...関羽たちの逸話として残ってるんだけど、愛紗には身に覚えがある?」
愛紗「桃園の誓い...ですか。」
一刀「うん。愛紗と鈴々...そしているはずだった劉備が桃の木の下で義兄弟の契りを交わすってやつなんだけどさ。」
愛紗「なるほど。私と鈴々は気づいたら姉妹のようになっていましたので、特にそのような儀式めいたことをした覚えはありませんね。ですが、私たちが人々のために生きようと誓ったのは、桃の生えた地でしたね。」
一刀「そっか。やっぱりどっかでつながってるんだね...」
しばしお互いが感傷に浸りかけていたが、一刀は口を開く。
一刀「実はさ、前から時々思ってたんだよね。例えば俺があそこで劉備の立場だったんなら、愛紗と鈴々と、盃を掲げて義兄弟の契りを結ぶ...なんてこともあったのかなって。」
愛紗「一刀と義兄弟...ですか。ふふっ、それはそれで素敵なことかもしれません。」
一刀「ああ。それでその時の誓いの言葉ってのも伝わってるんだけど、それも凄く有名なんだ。えーと確か...我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を、だったかな。」
愛紗「我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは...」
愛紗が続けて反芻する。
愛紗「どこかしっくりきますね。ただ、一刀と鈴々とこれを言っている図は想像しがたいですが。鈴々などは長すぎて噛んでしまいそうです。」
一刀「ははっ、そうかもね。だけどさ、」
愛紗の手をとって、正面から見据える。まったりとしたその雰囲気が変わったことに、愛紗は少し驚いて一刀を見る。
一刀「義兄弟とは違うけど...俺たちの...婚姻の契りっていうやつを結んでみない?親族も立会人も友人だっていないし、俺たちはこんな格好だけどさ。」
愛紗は一瞬驚きを強めて一刀を見る。しかしすぐに、
愛紗「...はい。」
目に涙をためて微笑んだ。
少し愛紗に耳打ちして、二人で夜の庭に裸足のまま歩み出る。
桃の木の下で向かい合う二人は、
最高に綺麗な景色の中にあって、最高に格好悪い。
だが、
一刀「俺から行くよ。我ら二人、姓は違えども婚姻の契りを結びしからは、」
愛紗「心を同じくして助け合い、喜びも悲しみも二人で分かち合わん。」
一刀「俺は君を愛し、」
愛紗「私は貴方を愛することを誓う。」
一刀・愛紗「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば、同年、同月、同日まで、命ある限り二人が共にいられることを。」
口吻を交わす二人はこの瞬間、この世界で最高に幸せな二人だった。
-あとがき-
読んでくださっている方、いつも有難うございます。そして更新を伸ばして申し訳ありません。
今回、あんまし一刀君たちに触れてないのですが、そこらへん次回になってます。それと現代編であんまり自分にない引き出しを引っ張りだしたので色々悩みました。ロマンチックな雰囲気って難しいですね...自分で書いてて恥ずかしいから、少しくらいはそんな雰囲気に出来たかな?というところです。え?ギャグじゃないの?って人いたらごめんなさい。私の力不足です。俺たちの桃園の誓い汚してんじゃryって方にもごめんなさい。
それでは、またしばらく本編です。毎回同じ〆ですが、これからもお付き合いくださるという方はよろしくお願いしますね。
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第32話になります。 この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
更新のばして申し訳ありません。
自分としては今まで割と種巻いてきたつもりなんですが、もし本編の流れに関わる何かあっ...(察し なことになったら...
どうしよう。
それではよろしくお願いします。