第十五話、『踊り狂う炎の中で』
―黄巾党との決戦の地へ辿り着いた俺達。そこで出会ったのは後の魏の王・曹操と呉の王・孫策だった。
二人は俺達の虚名や力を利用するべく…と言い切っていいだろう、俺達に接触してきたが、俺達には彼女達に協力するという
選択肢はなかった。そして、俺と朱里を引き裂こうとする(孫策は否定したが)二人に対して白蓮は堂々と啖呵を切って見せた。
俺達はこれまでの外史では感じることが無かった『英雄の資質』を、白蓮に感じ取っていた。
そして、それからしばらく。桃香たちが接触してくるかと思いきや、彼女達は現れず、今決戦の幕が上がろうとしていた―
やはり、周瑜は火計を仕掛けるつもりのようだ。夜、諸侯の軍勢が引き上げた後に孫策軍の兵を集めて陽動に充て、その間に甘寧達を
侵入させて火を放つ。それはかつて俺が提案した作戦であり、故に手に取るように分かった。白蓮に頼んで公孫賛軍は孫策軍と共に城を
目前とした位置に、孫策軍から少し離れて集結している。劉備軍と袁紹軍は引き上げてしまっているようだが…
「(…やはり、曹操は特殊部隊を投入したか…)」
曹操軍の特殊部隊が動いているのも、俺達は既に掴んでいた。随分と身を隠すのが上手いが、俺達の『鷹の目』まではごまかせない。
たとえ夜の闇に紛れていようと、この『鷹の目』はそんな闇も見透かす。物理的に消えでもしない限りは俺達の目からは逃れられない。
そして、空から見れば地上で見るよりもよく見える…。
孫策軍が気付いていないのは、隠密部隊が別働隊として城に潜入する準備をしているからだろう…いや、あるいは孫策は気付いたうえで
放置しているのかもしれない。むしろ面白がっていそうだ。周瑜が頭を抱えるのが目に浮かぶ…あるいは周瑜もそれに乗ったか?
当然公孫賛軍は気付いている。というより知っている。
俺と朱里は陣を離れた場所から『空歩術』で空へと駆け上がり、既に城の一角へとたどり着いていた。夜の闇に紛れての飛行だったので
誰にも気づかれない。一応、高度もそれなりに取ったつもりだ。だいたい、人が空を飛ぶなんて常識ではありえないからまあ心配ない。
「…一刀様、どうですか?」
「…あの三人や忍者兵のそれはこの中では異質だから、位置はわかる。だが…」
二十万以上の兵が立てこもる城の中でも、俺達は天和達の居場所を既に捉えていた。今から行って保護することもできるが、そうすれば
黄巾党は大混乱に陥り、孫策はともかく曹操は相当不審に思うだろう。混乱を作りだすということは戦術的には重要だが、俺達にとっては
今の時点ではメリットが無い。混乱を作りだすのはあくまで孫策軍であるべきで、俺達が混乱を作りだすべきではない。
白蓮に頼んで俺達の旗は上げたままにしているので、他の軍は俺達がそこにいない事には気づいていないだろう。夜に旗を上げた所で
あまり意味は無いけどね。
…正直に言えば、孫策軍が事を起こすと同時に俺達も動きたいところだが、今度は孫策軍に疑われることになる。隠密や潜入のプロである
甘寧や周泰がいる孫策軍に疑われては、ある意味で曹操軍に疑われるよりも危ない。白蓮には孫策軍の突入に続いて公孫賛軍も突入するよう
頼んであるが、それに合わせて動くにしても…あの二人や孫策に先を越されて殺害されては元も子もない。
…あるいは、この時点で疑われておくべきか?
「…朱里、保護を強行すべきか?」
「…いえ、私たちだけであれば良いのですが、白蓮さん達に…」
…そういうことなのだ。俺達だけであれば三姉妹の保護を強行して離脱することなど造作もないが、俺達は今は公孫賛軍の客将。
もし俺達に疑いが掛かれば、それは白蓮に疑いが掛かったも同義だ。つまり、孫策軍の行動に合わせて行動を起こす必要がある。
…私見を言えば、雪蓮は俺達が三姉妹を保護することを面白がって見逃してくれそうではあるけどね。しつこい追求だとかはしないし、
むしろ全部実力でぶち破ろうとするのが彼女だ。曹操のようにまず言葉で追及したりはしないだろう。やるなら実力行使でくる。
だが、『計画』の進行の為に、俺の私見なんていう頼りないものを根拠にした行動を取るわけにもいかない。
「…ギリギリの賭けになる。場合によっては『
「…『
「…もしものことを考えて『丙』の素案を出したのは君だろう?」
…『丙計画』。
この黄巾党の乱が俺達にとって最悪の結末を迎えた場合に備えて作った予備計画だ。
最悪の結末とは曹操軍に三姉妹を捕らわれることではない。三姉妹がここで命を落としてしまうということだ。
あの三人は『計画』に必要な人材。ここで喪ってしまえば、俺達は最悪の選択肢も視野に入れなければならなくなる。
当然、それだけでは採択できないよう、厳しい条件を設けてはいるが…第一段階のここで躓いては…
「…はい。でも…」
「…ああ。できれば現状維持のまま『
必ず成功させる…たとえ望みは薄くても、俺達に絶望は許されない…!」
そうだ。もう何があっても、俺達は膝をつくことを許される身ではない。
だから…天和、地和、人和…
…もしもの時には…いずれ必ず謝罪に行く…
……だが、必ず助け出してやる…待っていろ!
―俺達が決意を新たにした直後、戦闘が開始された。
孫策と黄蓋が率いる囮部隊兼本隊が城門近くで敵の目を惹き付け、公孫賛軍は自然とその掩護をする形となっている。中々良い連携だ。
そして俺達が身を隠しているのとは反対の蔵がある区画に異質な気配が現れるのを感じる。この気配は覚えがある、甘寧と周泰、そして
彼女達が率いる兵達だ。それから時を置かずして火の手が上がり、黄巾党は大混乱に陥る。放たれる矢が、踊り狂う炎が、黄巾党員の命を
貫き、また焼き尽くしていく。
ついに、決着の時が訪れた―
「―よし!今こそ決戦の時!雄叫びと共に進め!」
「―我が軍も続くぞ!勇者たちよ、今こそ闘志を燃やす時だ!」
孫策軍と公孫賛軍が突入する。孫策軍にはそれなりの消耗があったようだが、公孫賛軍はあまり消耗していない。
負傷兵は既に陣へと後退しているだろう。
遠くには袁紹軍と劉備軍が慌てたように行動を起こしたのが見える。
…麗羽はともかく、孔明や雛里がいるのに遅すぎやしないかい、桃香?
功を立てないと理想を実現するための機会も場所すらも得られないよ?
それとも、それを俺達がいないからって言い訳する気かな?
そんなことは無いと信じているけど…そうだとしたら、いくらなんでもね…
「…やはり、火計は有効な手ですが…この匂いにはいつまで経っても慣れませんね…」
嫌悪感を滲ませて述べる朱里。口元がへの字に歪んでいる。俺の鼻も、周瑜の火計が齎した戦いの匂いを嗅ぎ取っていた。
…血の匂い…そして、肉が焼ける匂い。今まで確かに生きていた命の残滓が風に乗り、この闇に覆われた空を満たしていく。
それは、あまりにも凄惨な匂い。これに慣れてしまったら終わりだ。
「…行くぞ、朱里。忍者兵は既に行動を開始しているはずだ。せめて今は無事に逃がす!」
「はい!」
俺と朱里は身を隠していた一角から躍り出る。
道々を走り回る黄巾党員の間をすり抜け、時に絶命させながら、天和達の気配がする方を目がけて走っていく。
孫策軍の近くまで来ると、俺達は建物の屋根の上に上がって身を隠しながら跳び、走る。
「(…本丸にはいないな…そこに囮を置いて逃げる準備をしているのか…やはりな)」
走りながら本丸の気配を探る。そこには天和達はおろか忍者兵の気配すらしない。どうやら囮を置いているようだ。
張角の人相書きは出回っている。まあ皆さんお察しの通り、天和とは似ても似つかない化け物みたいな男だ。
しかし、そんな男が都合よくいるかと言えば、果たして疑問だ…
ああ、山賊とかそういうのもいるから一人くらいは似たようなのがいるか。
流石に腕が七本だとか足が十三本だとか頭が三つだとか口から炎と一緒に呪いを吐くだとかは誰も信じてないだろうし、
囮として置いておくことは可能…
ただし、曹操軍以外に対してはね。
曹操軍の特殊部隊もすでに侵入はしているようだが、この混乱の中であの三人を捜し出すのは不可能に近いだろう。
下手をすれば炎にまかれて命を落としかねない。
「…一刀様、甘寧隊及び周泰隊、黄蓋隊が中心部に突入していきました」
朱里の言葉を受け、走りながら思案する。
「…向こうは囮に引っかかったらしいな。あそこは火も回っていない。黄巾党の連中も頭領を守ろうとしたと見える」
「あるいは自分たちが火にまかれたくなかった、という線もありますね」
「いずれにせよ好都合だ。だが、もしかすると…」
「…ええ。忍者兵がいくら気配を絶つことに長けていても、追い詰められた人間の感覚は常識を超えます。
単なる賊がそれを発見し、命を狙う可能性も否定しきれません」
そうだ。
これまでは孫策軍や曹操軍のことばかり考えていたが、黄巾党員が天和達に魔の手を伸ばす可能性もあるのだ。
黄巾党員は純粋に天和達のために戦っている者と、それに便乗して暴れている賊どもに大別されると言っていい。
そして、むしろ後者の方が数としては多いのだ。
この混乱に乗じて三姉妹を逆恨みしたやつが命を狙うとも限らない。
「…急ぐぞ」
「はい!」
『『幻走脚!』』
俺と朱里は同時に加速し、疾風となって駆け抜けていった。
(side:地和)
「(くっ、こうも追い詰められたら…!)」
あたし達姉妹は黄巾党の中でも最近現れた腕利きの連中に護衛されながら、攻め込んできた連中から隠れるようにして逃げていた。
この城には正面の正門以外、逃げ場なんてない。通用口もあるにはあったんだけど、党員の皆があたし達を心配してか、塞いでしまった。
今はそれがあだになっている。それは間違いない。あたし達が生き延びるには、正面の出口から出るより術は他に無い。
…この連中は凄く優秀な情報収集能力を持っていて、あたし達を捕まえて利用しようとする…いつか行った陳留の太守を務める曹操が
あたし達を自らの勢力拡大に利用しようとしていると教えてくれた。
正直、生き延びられるなら、そんな選択肢を選んでもいいかもしれないけど。
こんなことまで引き起こして、もうどうしようもないくらい追い詰められて、その上まだ戦いのために利用されるなんて、あたしには
到底受け入れられなかった。人和や天和姉さんもそれは同じ。あたし達は戦いを起こしてしまった。今さら許されるなんて思ってないけど、
三人でやり直そうって決めて、とりあえず今護衛してくれる連中も安全な場所まで一緒に逃げてくれるっていうことだったからこうして
逃げているけど…
「(…あたし達の人相が曹操にばれていて、しかも曹操はここに来てる…!これじゃあ…!)」
逃げ場は事実上なくなったようなもの。曹操は間違いなくこちらに魔の手を伸ばしていると断言していいはず。
「(…利用されるくらいなら…償うべき罪もあるし…いっそ…)」
炎の中に身を投げてしまおうか。姉妹揃ってこの身を焼き尽くし、今は天にいる父さんや母さんに謝りに行こうとも思える。
ただの旅芸人のままいた方が、良かったのかもしれない。
だって、そんな中でも、あたし達の歌を聴いてくれる人たちはいたから。
貧しくて辛いこともたくさんあったけど、思えばあの時間こそ人生で一番充実した時間だったんだ。
天和姉さんが天然発言して。
あたしがツッコミを入れて。
人和が頭を抱えて。
…それでも、姉妹三人で笑い合ってきたんだ。
「(…あんな『太平要術』を使ってしまったのがいけなかったんだ…!)」
先を急いでいた三人組の男たちから渡されたあの書は、確かにあたし達をいっきに伸し上がらせてくれた。
でも、それがいけなかった。
あたしは姉妹の誰よりも先にあの書に書かれていた妖術を修得し、歌声を周囲に響き渡らせる不思議な道具を作ったりしていた。
これまた不思議な演出もできるようになって、あたし達の舞台はとても素敵なものになった。
もともとある程度妖術が使えたあたしは、それで舞い上がってしまったのかもしれない。
あたし達の力で天下が取れるって。
「(…でも)」
あれはもう、ここに来る前に焼き捨ててしまった。
それでも、あれを使ってこんな争いを引き起こしてしまった今、そんなことでは贖罪にもならない…
「(くっ…)」
…でも、死にたいなんて感情が湧くわけもなかった。
あたしだけだったらいいけど、姉さんや人和もいる。そして身の危険を冒してまで守ってくれている連中がいる。
あたし達の歌を聴いて、お金だけじゃなくてお守りまでくれた人もいる。淡く光る不思議な石を磨いて作ったお守り。
そのお守りは今も、あたし達の胸にある。
あの人にまた会って、できることなら謝りたい。
あの時、こんな贈り物までしてくれたのに、あたし達はこんな争いを起こしてしまった。
謝らなくちゃいけないんだ。死ぬのはそれからでも、遅くない。
だから―
「(―この場は、生き残る!)」
そう決意した、次の瞬間だった。
「―見ィつけたぜィ…」
数十人の黄巾党の男たちが、あたし達を取り囲んでいた。
「―ちぃ、見つかったか…!」
あたし達を護衛してくれている連中のうちの一人が、そんなことを口走る。
それが聞こえたとは思えないが、男たちはあたし達に近づいてくる。
「な、なによ、あんた達!?」
あたしの口から、絶叫に近い声が漏れる。天和姉さんと人和は震えるだけで声も出せないみたいだ。
すると、あたしの言葉に男たちの中の一人が答える。
「オレたちャ、姉ちゃんたちの勢いに乗って今までやって来た。なにかどえらいことができそうだってな!
官軍にも勝ってすげェ勢いで黄巾党は膨れ上がって来たんだ、それについていよいよ確信が持てた!
だが、洛陽の近くでバケモンみたいなやつに負けてからがケチのつきはじめだった!
あんだけでかかった黄巾党が、今じゃこんな城に押し込められるように追い詰められてよォ、挙句の果てに
軍勢が押し寄せてきやがった!
火まで使われて、門には連中が押し寄せてきてる!もう逃げ場もねェし命も助からねェよなァ!
だが、てめェらはなァにコソコソと逃げようとしてやがるんだよォ!?今までオレたちを振り回してよォ、
今になっててめェらだけで逃げるつもりか!?
逃がしャしねェぜ、てめェらの首持って行って投降すりャ、命までは取られんだろうよォ…へへへッ…」
「な、なによ、それ!単なる逆恨みじゃないの!」
「うるせェ!それによォ…
せめてオレたちを振り回してくれたてめェらの命でもいただかねェと、死んでも死にきれねェんだよなぁ!
どうせぶっ殺されるなら、てめェらも一緒に逝こうぜェ!!」
「「「―!!!」」」
男の言葉に、あたし達は戦慄した。
「(こいつら、あたし達を道連れに!?)」
その答えに思い至り、あたしの身体から力が抜けていく。
考えられない事ではなかったんだ。あたし達の歌を純粋に聞いてくれる連中なんて少数派。大多数はこんな奴らだ。
それは二十万以上の党員が集まったこの城でも例外じゃない。
あたし達の首を手土産に諸侯の軍勢に投降するか、あるいは心中する可能性は、否定しきれるものじゃなかった。
そんなことを考えている間に、男たちは襲い掛かってきた。
護衛の連中は中々の手練れ。だけど、数では圧倒的に負けてる―!
「―くっ、やらせない!」
あたし達の相談相手にもなってくれた女の人たちも強い。あたし達を必死に守ってくれている。
でも、二人だけじゃ、護衛の連中を抜けてきた男たちを防ぎきれない―!
「―きゃぁっ!」
「天和姉さん!?」
「姉さん!?だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫。髪の毛がちょっと…」
男たちのうちの誰かの剣が姉さんの髪の一部を切り取ったようだった。でもそれだけだ、姉さんは傷を負っていない。
でも―!
「―死ねェーーーッ!!」
男たちが襲い掛かってくるのが、やけにゆっくりに見えた。
姉さんと人和の顔が目の前に迫った死の恐怖に歪むのが、見てもいないのにやけにはっきりと感じられた。
…ああ、ここで終わってしまうんだ。そう感じた。でも―
―あたしは首に掛けたお守りを力一杯握りしめて―
「(―お願い、今だけは!守ってぇ!!)」
―次の瞬間だった。
襲い掛かってきていたはずの男たちが、吹き飛ばされていた。
護衛の連中は今まで戦っていた位置のまま。
そして男たちはまるであたし達を見失ったかのように、見当違いの方向に走っていった。
「…これって…」
あたしは手の中のお守りを見る。
それは綺麗な淡い光を放ち、何かよくわからないけど暖かい力が湧き出しているように感じた。
「…助けて、くれたの…!?」
そうとしか思えなかった。
護衛の連中に声をかけて、移動を再開する。
途中、黄巾党員だけじゃなくて諸侯の軍勢の兵とも擦れ違ったけど、まるで気付かれず、あたし達は城の外まで出ることができた。
なんだか途中で見覚えのある顔と擦れ違ったような気もするけど…
それは今は気にしていられない。あたし達は今は逃げの一手に専念するべきだ。
そう考えて、あたし達は護衛の連中に連れられて、あてどない旅を始めるのだった。
戦いの炎と匂いを、背中に感じながら。
(side:一刀)
俺達は建物の屋根から降りて、一瞬の光が生まれた場所に急いでいた。もうこの状況だ、身を隠さなくても良いだろう。
「(―天和、地和、人和…君達はそこにいるのか…!?)」
全速力で駆け抜けたその先には―
「…誰も、いない?」
「…あれは何だったのでしょうか…?」
その場所には誰もいなかった。しいて言えば黄巾党員の死体が幾らか転がっているが、それだけだ。生きた人間はいない。
死肉の焼ける匂いが充満するそこに、生きた人間が発する鮮烈な匂いは無い。近くにいるような気配も…することはするが、
それは天和たちのものではない…
「…っ!?あの髪の毛は!?」
よく見ると、そこには濃いピンク色の髪が一房落ちていた。この髪の色は…近いのは桃香だが、彼女はもう少し落ち着いた色合いだ。
この色の髪の持ち主は―
「―天和」
間違いない。肉体から切り離されているせいか感触は多少違うが、この感触は間違いようがない。
「そんな…まさか、間に合わなかったと…!?」
「くっ…そんな…くそッ…!」
俺は思い切り歯を食いしばる。口の中に鉄のような味が滲む。血が出たようだ。だが、そんなものは気にもならない。
俺達は間に合わなかったのだ―そこまで思考が至ったところで、接近してくる気配に気づく。
「―そこの方!どうなさったのですか!?」
俺達は振り返る。そこに現れたのは―
「(…明命…!)」
かつて愛し、子までなした女性の一人。この世界では『周泰幼平』と呼ばれる少女、明命だった。
「ここで何かあったのですか?」
問うてくる周泰。動揺している俺に代わって朱里が答えた。
「ここで何か騒ぎが起きているように感じまして、急ぎ駆けつけたのですが、何も無く…」
「そうでしたか。ここも間もなく火に囲まれてしまいます。お早く!」
朱里の説明を聞き、周泰は俺達を安全な場所まで誘導しようとしてくれる。本当にいい子だ。
「ありがとうございます。私は北郷朱里。公孫賛軍筆頭軍師兼武官を務めています」
朱里が名乗ったのを聞いて、動揺が収まって来たので俺も名乗る。
「俺は北郷一刀。公孫賛軍筆頭武官だ」
「北郷って…はぅわ!?で、ではあなた方が、孫策様のおっしゃられていた『天の御遣い』様なのですか!?」
目を真ん丸に見開いて驚く周泰。
「そう呼ばれてもいるかな…君は?」
「―はっ、そうでした!名乗っていただいたのに返事をしないとは、とんだ失礼をいたしました!
私は周泰、字は幼平と申します。孫策軍の将なのです」
「よろしく。さて…話しているうちに囲まれたみたいだぞ、周泰…」
「…っ!そのようですね…!」
周泰がさっきまでの慌てた様子から一変、殺気を纏った
数十人もの黄巾党員を睨みつける。俺も『五行流星』に手を掛け、朱里は両腰の『陽虎』、『月狼』を抜き放つ。
「…よォ、兄ちゃん。ちっと俺達の道連れになってくれねェか…?」
不気味な笑いを浮かべながら、男が話しかけてくる。その手には血に塗れた剣。他の男たちも同様だ。
「さっきよォ、ガキだが極上の女どもと心中しようと思ったのによォ、そいつらいきなり消えちまってなァ、探しても見つからねェ。
でもってここに戻ってきたわけだが…ここにいる小娘共も極上じャねェか。
ついでにてめェも…男だが…関係ねェ…一緒に逝こうぜェ!!」
「(―ガキで極上の女ども…まさか!?)」
忍者兵からの報告で黄巾党員の構成員には女性もいることがわかっているが、ガキと言えるほど幼いのはいないという。
しかし目の前の男はガキだと言った。となれば―
「(―天和達は何らかの手段で脱出したのか!)」
さっきまで冷え切っていた心に希望の光が灯る。力が絶え間なく湧き出て、今にも溢れそうだ。
不気味な笑いを浮かべながら迫る男たち。しかし、今の俺には実力的にも、精神的にも、こいつらは何の障害にもならなかった。
俺は不敵に言い放つ。
「ふふふ…そう簡単に死んでくれてはやらないさ。覚悟しろよ、下衆ども…今の俺は誰にも負ける気がしないんだ…!
全員叩き斬ってやる!朱里、周泰、合わせろ!」
「はい!」
「わかりました!」
俺と朱里、そして周泰の三人で連携し、凄まじい勢いで黄巾党員を斬り伏せていく。それはまるで颶風の如し。
朱里は言わずもがな、周泰の戦い方も俺は熟知している。それがこの即席の連携を見事な形で成立させていた。
「うぉぉぉッ!!」
最悪の事態だけは避けられた。ならば、後はこの戦いを終わらせるだけだ!
―戦闘が終わった。夜明け前まで続いた戦闘だったので、曹操軍や袁紹軍が撤収の準備を進める中、俺達は大休止を取り、午後まで
それぞれに休んでいた。今回はさすがに激しい戦いで負傷者は数多く出てしまったが、不思議と死者は出ず、孫策軍でさえ死者を
出していることを鑑みるに、運が良かったのか、それとも公孫賛軍の練度が尋常でないのかはわからなかったが、とりあえず公孫賛軍が
非常に優れた軍であることはここにいる諸侯に知れ渡ったはずだ。そして午後になり、撤収準備を始める中、桃香たちが訪ねてきた―
「…一刀さん、久しぶり」
どこか沈んだ表情で現れた桃香。後ろに付き従う愛紗や鈴々、雛里も同様の表情だ。孔明の姿が見えないが、彼女はおそらく劉備軍の
陣の撤収の指揮をしているのだろう。白蓮の方も同じく撤収の指揮で手が離せないので、一応この軍のナンバー2である俺が応対する。
もちろん、朱里もこの場にいる。
「…桃香、君たちは昨晩の戦闘での行動が遅かったな」
「…」
「…雛里、君か孔明なら見抜けたと思ったが?」
「…見抜けたとして、あの状況で私たちが功をあげることができたとは思えません…そもそも、あそこに火計をしかけられるほどの人材が
孫策軍にいるなんて思いもしませんでした…」
…まあそれはそうだよな。思春や明命の隠密行動能力は常軌を逸している。その点、蜀陣営の将には正統派のガチンコタイプばかりだから、
想定外という点ではそれは確かなのかもしれない。罠使って搦め手で戦うのは蒲公英くらいだし、あれも準備が必要だからな。
だが…
「…曹操は特殊部隊を動かしていたようだな」
「と、特殊部隊!?」
四人が一斉に驚く。どうやら知らなかったようだな…
「…曹操はどうやら張角を捕えようとしていたと俺と朱里は見ている」
「目的は何なのでしょうか…?」
「…単に処刑するだけならいいが、利用するっていうのも手立てとしては考えられるからな…」
雛里の問いに答えていると、桃香が俺の「利用する」という言葉に反応してか疑問の声を発する。
「利用する…?どういうことなの、一刀さん?」
「考えてもみろ、桃香。大陸中に争乱を巻き起こす程の組織を作り上げた人物だぞ、張角は。まあほとんどは便乗しただけの馬鹿どもだが、
それでも兵力の動員能力という点では常軌を逸している。それを、人材確保に余念のない曹操が見逃すわけがないだろう?」
「…そんな…悪い人たちの親玉を取り込んで利用するなんて…」
桃香の憤りが伝わってくる。まあ普通ならそう思うだろう。
「…だけど、桃香。世の中は綺麗事だけで渡って行けるほど優しくできちゃいないんだ。悪党をやっつけて、それで終わりなんていう
甘い状況じゃないんだよ、この大陸の今はね」
「それはわかってる。でも…」
俺は反論しようとする桃香の言葉を封じるかのように畳みかける。反論は許さない。これが現実なのだ。
「曹操は理想の実現の為に邁進しているよ?確かにやり方は褒められたもんじゃない。だけど彼女は少なくとも自分の理想が民の為に
なると信じて、自分が取り得る手段を全て取って理想のために突き進んでいる。それが理想のための戦いっていうものなんだ」
「…でも…」
「でもでもだってでは何も変わらないぞ?それが現実なんだ。現実は常に非情で、酷薄で、苛烈なんだ」
「…」
ますます落ち込んでしまう桃香。自分の意見も言えず、ただ突き付けられる現実に対しての不満と悲しみが混ざったような表情だ。
すると今度は愛紗が口を開く。
「…一刀殿、あなたのおっしゃっていることもよくわかる。ですが、私や鈴々はともかく桃香様は無力な方でした。ただ、桃香様の理想は
私達が想像できなかったほどに素晴らしいものでした。故に私と鈴々は桃香様にお力添えをし、涿郡の桃園で姉妹の契りを結んだのです。
このような粗忽者でも、桃香様の素晴らしい理想のために戦えるのならと…」
…この子は本当に持ち上げるよな…普段は諌めたりはしているけど、桃香の理想のための行動についてはほぼ絶対に正当化してしまう。
忠臣と言えば聞こえは良いが、言ってしまえば彼女も、理想を終焉へと導く因子なのだ。それも、相当強力な。
「…知ってるよ。桃香の理想は素晴らしいと思う。俺が目指したいものもそこにある」
俺の言葉に桃香たちの顔がぱあっと明るくなる。当然だ、あれほど取り込みたがっていた『天の御遣い』に賛同してもらえたのだから。
「一刀さん…それでは…!」
桃香が喜色満面の笑顔でそう言って来るが、俺は敢えて熱を一切込めない眼を作り、桃香を睨む。
「桃香。あの時白蓮が君たちに託した義勇兵六千。どれほど残っている?」
「え…?」
桃香の顔が凍りつく。
「現在の総兵力はそれなりに多くなっていると聞いた。だが、初期兵力である義勇兵六千は現状でどれほど残っている?
桃香が答えられないなら、雛里。君なら把握しているだろう?」
「…負傷者を除き、死者の数を純粋に言えば…五百名ほどですね…」
…全軍義勇兵でそれだけで済んだのは奇跡だ…訓練されているとはいえ、ね…
「…桃香、それをちゃんと把握していたか?」
「…うん」
「…その五百名ほどの死者は、君の理想のために、あるいは君の戦いのために犠牲になったんだ」
「…!」
「それが修羅を背負うということだ。この意味が分かるか?」
「…うん…でも、辛くてもそれを受け止めなければ、人を助けるなんてできないよ…」
桃香の言葉は、いつか聞いたものと同じ内容だ。朱里に目配せすると僅かに顎を引いて同意してくれたので、俺は話を続ける。
「…それは君の言う通りだな。だが、君は愛紗や鈴々が…君の理想のために犠牲になったとして、それを受け止められるか?」
「えっ…!?」
…想定以上に桃香の成長度合いが低い。ここは多少なりともテコ入れしなければ『計画』に支障が出かねない。
だから俺は思い切って畳み掛ける。ここで問うてもおそらく意味は無い、だが、心に言葉は残るはずだ。そう信じて、俺は桃香の心に
突き刺さるように、冷たく鋭く心を鎧い、言葉の槍を放っていく。
「この際だからはっきり言うが、死は全ての人に平等に降り注ぐ。兵だけじゃない、愛紗や鈴々、雛里や孔明、そして君自身でさえも
例外ではないんだ。君は身近な仲間を失っても、それを受け止め、感情の暴発を抑えることができるか?」
「…」
「…できないだろうな、今の君には」
「…一刀さん、どうしてそんなことを言うの?わたし、皆を笑顔にするために戦ってるんだよ?」
…無知もここまで来ると清々しいな。
「それはいい。だが、そのための戦いで自分達まで笑顔のままいられると思うな。希望と絶望はな、どちらか一方に偏りはしない。
何かしらの作用によって必ず二つは両立してしまう。誰かを笑顔にした分、己は笑顔を失っていくことになるかもしれない…。
民に笑顔を齎そうとするなら、指導者あるいは守護者たる君達は例えようもない絶望を背負う覚悟をしなければならないんだ」
「そんな…どうして?皆が笑顔になれる優しい国を作りたいと思って、わたしは立ち上がったんだよ?
皆で笑顔になれないなら、意味が無いよ!」
「…意味など必要ない。理想が齎すのは結果だけだ」
「!」
「理想を諦めて絶望するか、理想を叶えるために戦って絶望するか…そのどちらかしかないんだよ。
絶望する覚悟が無いなら、郷里に帰った方が君のためだ…」
…胸が痛い。今すぐにでもこの胸を掻き毟り力の限り叫びたいほどだ。
だが、どれほど苦しもうとも突き進むしかないんだ。桃香達に俺達が示してきた覚悟を裏切ってはならないんだ。
「理想を追う者に、希望に満ち溢れた明日など来ない。ただ、民が笑顔になる分、血反吐を吐き、血涙を流し、それでも民の為に
生きて、治世を継続させなければならない。理想を掲げた君主が享受できる希望は、民の笑顔、ただそれだけだ…」
…理想の為に戦い、大切なものを失った覇王の姿が浮かぶ。俺も自らの意志で協力したとはいえ、彼女は彼女自身の理想の為に
俺を失う結果になった。一番大切なものだったとは言わない、ただ、彼女にも「失う」という覚悟は足りていなかったのだ。
そして、それを失う原因になったのは他でもない己の理想。仇討ちなどしようもないその事実に、ただ泣くしかなかったのだろう。
正史の劉備のことを考えれば、桃香もまた愛紗や鈴々を失えば、その憎悪のままに復讐へと突き進むだろう。おそらく、周囲の
制止も聞かないで。それは最早君主の姿に非ず。ただ哀れなだけの愚者の姿である。
「…一刀さん、わたしはそうならないように頑張るって言いました。わたし一人じゃ、確かに一刀さんの言った通り絶望して
わたしは身を滅ぼしてしまうと思う。でも、皆がいればそうなることもないと思うの。皆がいれば分かち合える。だから、
わたしは諦めません。わたしは自分の信じた道を行こうと思います」
…言っているいること自体はそう間違った事ではない。確かに仲間がいれば希望も絶望も分かち合えるだろう。
絶望して身を滅ぼすことも、一人でいるよりは大幅に可能性を減じることができる。それは間違いようのない事実なのだ。
だが…
「…そうか。だが、君もいずれ知ることになる。俺と朱里が、争乱の炎の果てに見たものを、ね…」
「争乱の炎の果て…それは、一刀さんがかつて理想を掲げて戦って、それが叶わなかったっていうこと…?」
…それだけだったなら、どれほどよかっただろう…あれほどの虚無、この外史で誰がそれを知ろうか。
「…そうじゃない…そうじゃないんだよ、桃香…」
かつて『始まりの外史』において冥琳は亡き雪蓮の理想を追い、蓮華とも対立した結果、于吉につけこまれ、そして滅びていった。
それが物語のプロットでしかないとしても、理想を追い過ぎた先にあるのは破滅…ただし、彼女はそれをわかったうえで、あんな
戦いを引き起こし、最後には自ら熾した炎の中に消えていったのだ。助けたいと思った、しかしそれは叶わなかった。覚悟を決めて
逝ってしまった彼女を、現世に引き戻すことはできなかったのだ。
拘った挙句に敗北や破滅を招いたという点では、華琳も同じだろう。彼女は覇王としての自身の誇りをかけ、あえて不利な状況にも
身を投じていった。それが成功したこともある。だが、その誇りが破滅を招いてしまった事も確かにあるのだ。しかし、華琳も同じく
全て覚悟の上でそうした。そして、それを誰かのせいにしたりはしなかったのだ。
己の為したことは繕わず、覚悟と共に戦い、滅んでいった者たち。そうした姿は、今の俺にはあまりに虚しいものに思えた。覚悟して
戦うことが虚しいのではない。理想を追い過ぎるあまり、滅んでいってしまった彼女たちの姿が虚しいのだ。
蓮華のことを考えれば、彼女は元来守勢の王者。国と民を守ることを第一義に、己にできることを力の限りやってきた。雪蓮や冥琳を、
俺も会ったことが無い孫堅さんを失うという絶望に遭いながらも、不屈の闘志を以て立ち上がって見せた。
国を守ることを第一義にしているのは何も蓮華だけではない。華琳もそうだろう。だが、桃香はどうだろうか。国や民を守ることを
重要視していないわけはないだろう。だが、彼女は感情的になり過ぎる。感情のままに組織を振り回してしまえば、その先に待つのは
まごうことなき破滅への道。理想が霧散するだけではない、命がただ消えていく、あまりにも虚しい末路なのだ。
「…一刀さん、わたし達はあなたのように絶望に苛まれる人たちを助けたくて戦っているの。今までの絶望は消せないけど…それでも、
明日への希望を皆の為に作っていきたいの。だからお願いします。私達に力を貸してください」
頭を下げてくる桃香。愛紗と鈴々も頭を下げている…雛里は下げていない。ただ静かにこちらを見ている。
俺は桃香の言葉に、最後の問いを以て応じる。
「…心のままに生き、それでいて過たず…それが王としての在り方だ。心を捨てろとまでは言わないし、人間である以上過ちを犯す
こともあるだろう。だが、心のままに過ちを犯してはならない。それを誓えるか?」
「…はい」
「組織の長である以上、心のままにそれを振り回してはならない。冷静に考えて判断しなければならない。それを誓えるか?」
「はい!」
「…そうか。だが、全ては君たちが根を張る場所を得てからだ。生憎と涿にはそんな場所もない。独立した義勇軍となった君たちが
今さら出戻りしても、褒賞は貰えないだろうからな。自力で何とかするんだ」
「わかりました!」
「…それと、俺達も君に期待して力を貸すんだ、それを裏切ることはしてくれるな」
「もちろんです!期待してもらえるんだもの、絶対に裏切ったりしないよ!」
言い切ったな…それなら。
「どこかに根を張る場所はできるだろう…劉備軍の功績は風の噂に聞こえていた。それができ次第、そちらに向かう」
「はい!ありがとうございます!」
…計画は第二段階に移行した。近いうちに、『甲計画』・『乙計画』どちらを採用するかを決断する『あの時』が訪れるだろう。
…そう、近いうちに…。
―涿に戻ってしばらく。
桃香が平原の相となったことが伝わってきた。白蓮もその多大な功績により幽州州牧として薊に行くことにはなったのだが、
この先の戦いを予感してか、州牧の任だけ拝命して本拠地は涿に置いたままとした。
俺達が白蓮に桃香達のいる平原に行くことを伝えると、
「―そうか。あいつも少しは成長したのかな…引きとめる理由は無い、だが何かあったら戻ってきて構わないからな」
そう言って送り出してくれた。
張三姉妹については、俺達が涿を発つ前日に忍者兵から報告があったが、それは驚くべきものだった。
なんでも、あの状況下で誰にも気づかれず脱出できたというのだ。そして現在、張三姉妹は徐州に身を隠し、周囲には彼女達を慕って
黄巾党に参加した連中が黄巾を脱ぎ捨てて小さな集落をつくっているとのことだった。その数は三万を超えるという。
よくもまあそんな数がばれもせずに…と思ったが、三姉妹の人相を知っているのは曹操だけだし、黄巾を脱ぎ捨ててしまえば連中も
農民と変わらない。そうして生活しているというのだから、まあこれはこれでよかったのだろうと思う。
不思議な報告も上がっている。
「周囲を囲んでいた黄巾党が激しい光と共に吹き飛ばされ、その後突如として我々を見失ったかのようにどこかにいってしまったのです。
そして、そのまま孫策軍や我が公孫賛軍の兵にも気づかれず、城を脱出し、徐州まで落ち延びることができたのですよ」
とのことだった。
一体何があったのだろうか…いずれはそれを三姉妹に訊ねる機会も来るだろう。
出立の時、白蓮が俺達に贈り物をくれた。それは俺達も見たことがある鉱石で作られたお守りだった。
それは紛れもなく『思抱石』だった。驚いて白蓮に訊ねると、幽州ではこの石を磨いてお守りを作る技術があるのだという。固いために
作るのが難しく、専門の職人がいるのだという。流通はしておらず、職人に頼まないと作れない。それに、滅多にこれを誰かに贈ることは
ないらしい。加えて資源として使われているわけでもないから、俺達も把握できていなかった。
白蓮は桃香にもこれを贈ったことは無いらしく、俺達が初めてだと言っていた。淡く光るそれは綺麗に磨かれ、とても美しかった。
星や稟、風はまだ公孫賛軍に留まるとのことだった。
理由は教えてくれなかったが、「なぜかここにいなければならないような気がする」とは三人とも言っていた。
この先に待つ戦いを予感しているのか、あるいは…なんにせよ、これならもしもの際に都合が良い。三人は今後の計画に必要な人材だ、
ここに留まってくれるなら計画の進行を早めることができるだろう。
風は俺達が出立する際、こんなことを言っていた。
「―お兄さんと朱里ちゃんは、そう遠くないうちに戻ってくることになるでしょうね~。では、その時までお元気で~」
…少し戦慄してしまった。ほとんど確信を持って発せられたその言葉に、俺も朱里も舌を巻いた。
平原に行くのは俺達だけではない。忍者兵を数名連れて行くことにした。いざという時に涿に素早く連絡が取れるようにだ。
その時が来るかはまだわからないが、可能性は否定されるものではないからだ。
桃香達を欺いているようで少し後ろめたかったが―
「―全ては外史を救う大計のためだ。罪を悔いるのは全てが終わった後でいい…そうだな、朱里?」
「―はい。取れる手段は全て…たとえ卑怯な手段でも取らなければなりません。もう後には引けないのですから」
…そうだ。全てが終わった後でなら、幾らでも悔いることができる。幾らでも悲しむことができる。
だが、今の俺達はまさに犯そうとしている罪を悔いることすら許されないのだ。悔いて外史が救われるなら、いくらでも悔いる。
しかし、俺達は膝をつかず、戦わなければならない。代わりはいないのだから。
―決断の時が迫る。桃香…裏切ってくれるなよ?
あとがき(という名の言い訳)
皆さんこんにちは、Jack Tlamです。
今回は黄巾党との決戦と『計画』第二段階への移行を描きました。
決戦とは言っても4ページ程度で終わるという短いものではありましたが。
果たしてこれは成長していると言えるんでしょうか、桃香は。
ただ単に一刀が賛同してくれたので、出される問いに頷いているだけなのでは…とも取れる内容だとは思います。
でも一刀はそれを信じて平原に行くことを決めました。果たして桃香は一刀の期待を裏切らないとの約束を守れるか。
張三姉妹のことに関しては超展開と言ってもいいでしょう。受け入れがたい部分もあると思います。
今のところはご容赦を。
前回は大変ご好評いただいたのにこんな滅茶苦茶な文で申し訳ありません。
どうにもまだ下手ですね…もう少しページを割ければよかったのですが、そこまで書く内容もないので、こんな形となりました。
今後ともよろしくお願いします。
はてさて、『計画』はどちらに転ぶ?
ではでは。
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黄巾党との決戦と一刀と朱里の新たな動きです。
決戦と言う割には短くなっていますが、奇襲の上での戦闘なのであえて
短めにしてあります。
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