No.621756

真・恋姫無双 EP.115 呪縛編(3)

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2013-09-22 21:45:56 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2214   閲覧ユーザー数:2009

 会いたくなかったといえば、嘘になるのかも知れない。劉協は胸を締め付ける思いに、一瞬、今の状況を忘れた。深い水の中にいるようで、息苦しい。

 

(耳鳴りがする)

 

 そう思った直後、肩に鈍い痛みが走り劉協はうずくまった。とたん、距離を取っていた愛紗たちが桃香を取り押さえ、劉協も両腕を掴まれる。

 

「少し大人しくしていただきましょうか」

 

 耳元で星が言った。静かで穏やかな声だが、有無を言わせぬ迫力がある。逆らえば、多少の乱暴は覚悟しなければならない響きだった。

 

「何もしないよ」

 

 劉協はうつむき、呟く。月の視線を気にしながら、目を合わせることが出来ない。落とした視線の先には、やじりをつぶした矢が一本転がっていた。おそらく、これが肩に当たったのだろう。

 

「処遇が決まるまでは、申し訳ありませんが監視を付けさせていただきます」

「好きにすればいい。今更、逃げも隠れもしない」

 

 前後左右を兵士に囲まれ、劉協は歩き出す。

 

「あ――」

 

 月の横を通り過ぎる時、彼女は何か言いかけて止めた。劉協は目を合わせることなく、唇を引き結び、黙って歩く。どんな言葉も、再会を喜ぶものにはならない。

 

(もしかしたらって、少しは期待していたのかな……とっくにその資格を失っているのにね)

 

 劉協は自分の中に浮かぶ感情に、わずかな驚きを覚えた。

 

(そういえばいつ以来かな。この気持ち……久しぶりだ、寂しいって感じたのは)

 

 

 月は、ぼんやりと劉協が連れて行かれた方を見ていた。驚きと、整理のつかない気持ちが入り交じって、心の中を駆け巡る。

 

「大丈夫、月?」

 

 気遣うように、詠が手を握った。どこかへ行ってしまうような気がしたのかも知れない。

 

「うん、ありがとう詠ちゃん」

 

 わずかに微笑み、礼を述べてからも月はその場から動くことが出来ない。

 部外者である彼女たちは、話し合いの場には参加できなかった。曹操の書状でもあれば違ったのかも知れないが、一刀に会うために旅立ったのでそこまで思い至らなかったのだ。一刀に会えば、身元は保証されるはずだった。

 

「月、詠」

 

 様子を聞きに行った天和、地和、人和の三人が戻ってくる。

 

「あのね、一刀はここにはいないみたい」

「兵士の話では、恋さんたちと一緒に涼州に向かったそうです」

「せっかくちぃたちが会いに来たのにさ」

 

 報告を聞き、詠は訊ねるように月を見た。だが心ここにあらずといった様子で、詠は仕方がなさそうに息を吐いた。

 

「しばらく、ここに留まりましょう。闇雲に動いても、行き違いになるかも知れないしね」

 

 詠の決定に、三姉妹も異論はないようだった。

 

(月……)

 

 一刀のことよりも今は、月の気持ちが心配だった。劉協に何をされたのか、十分すぎるほど知っている。もしもまた、月を洛陽に奪われたらどうするのか。詠は握った手に力を込める。

 

(今度は離さないからね)

 

 同じ後悔は、繰り返したくなかった。

 

 

 天幕に入った劉協に、桔梗が言う。

 

「申し訳ありませんが、こちらの話し合いが終わるまでこの天幕から出ないようお願いします。もしも用がある際は、外に星……趙雲がおりますので、一声掛けていただければと思います」

「わかったよ」

 

 狭い天幕の中をぐるりと見渡し、劉協は頷いた。だが桔梗が天幕から出て行く様子を見せないので、訊ねるように首を傾げる。

 

「一つ、お伺いしてもよろしいですか?」

 

 意を決したように、桔梗が口を開く。

 

「どうしてあんな真似をしたのか、かな?」

「理由というよりも、結果としてあの行動が劉協様に何をもたらしたのかお聞きしたいのです。もしも劉協様が、桃香殿の信望を貶めたいと考えておいでなら、その目的は少なからず達成されたでしょう」

 

 事情を知らぬ者が見れば、桃香が乱心したと取られても仕方がない出来事だった。

 

「確かにね。この軍の強さは、兵士たちの桃香に対する信頼感が生み出しているといってもいい。それが損なわれれば、士気が低下するからね」

「彼女を任命した袁紹の眼力は、さすが名門と感心しました」

「でも、桃香の心の弱さは致命的だ。夢想家、とまでは言わないけれど、曹操に比べればまだ『ごっこ』だよ」

「そうでしょうか?」

 

 桔梗は短い間とは言え、桃香のそばでその様子を見てきた。最初は劉協と似たような考えを持っていたが、今はまったく別の思いがあった。

 

 

「桃香殿の弱さこそが、人々の心を惹きつけている気がします。この世に王として相応しい人物が何人かおりますが、その中でも決して見劣りはしないでしょう」

「へえ、その理由を聞きたいな」

「曹操は確かに、強い意志と高い理想を持ち、覇道を進む覚悟があります。心酔する者も多く、すでに『魏』の王です。ですが高潔な存在は、疲弊したこの国の民にはあまりに眩しすぎる。すべての人が、曹操の魂に触れられるわけではありません。強すぎる薬は、むしろ毒にもなります」

 

 劉協は相づちを打つように頷き、先を促した。

 

「袁紹や袁術は名門ということで、民からすれば雲の上の存在。敷居は高く、気持ちが萎縮して賛同する者ばかりが集まります。結局は顔色ばかりを伺って、腐敗の温床に成りかねません」

「……」

「南の孫策は、どこか身内的な繋がりが強く印象づけられています。それゆえに、古くからその土地に暮らす者は安心するでしょうが、余所者には疎外感を与えかねません」

「なるほど」

「日々の生活が辛いからこそ、人々は夢を感じたいのだと思います。桃香殿の語る言葉は、確かに甘い理想のように思えますが、多くの人々にとっては未来の希望です。たとえ自分の代では叶わなくとも、子、孫の代で結実するのではないかと望みを繋げる。共に苦しみ、悩み、同じ目線で世の中を見渡せる桃香殿だからこそ、成し得る事があると思います」

「それが、賞金稼ぎとして国を見て回って厳顔の見解?」

「それほど大したものではありません。感じたことを申したまでです」

 

 劉協は桔梗の言葉を染みこませるように、黙ったまま軽く目を閉じた。そしてゆっくりと息を吐きながら、目を開いた。

 

「どこか、自分と桃香は似ているって思った。だからかな、メチャクチャにしたいって思ったのは。自分の行動のすべてを説明することはできないけど、今の話を聞いて一つだけわかったよ」

 

 桔梗は一瞬、ドキリとした。そう感じさせるほどの、劉協の笑み――。

 

「僕は桃香ほど、愛されてはいない」

 

 それは寂しく、悲しげで、痛々しいほどの冷たい笑みだった。


 
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