『とりあえず、――から始めよう。』
【後編 彼と僕】
普通の生活に戻って、三か月が経った。
中学校に通って、皆が騒いでいる横で、ただ小説を読んでいた。最近はライトノベルを卒業して、ミステリーばかり読んでいる。特にモーリス・ルブランが、というかアルセーヌ・ルパンが好きだ。やっと三冊くらい読破したけど、すっかり夢中になってしまっている。おかげでクラスの中でも若干孤立しているけど、この静けさが心地いい。
――提督のもとで、艦として過ごしたことが、まるで絵空事のように感じる。確かに僕は、一度も使ってはもらえなかったけれど、工廠で眠っていたことは、鮮明に記憶の中に残っているというのに。
放課後、さっさと家に帰るために廊下を歩く。外はしとしとと雨が降っていた。
「あれー?もしかして、時雨お姉っぽい?」
聞き覚えのあるおっとりした声に振り向くと、そこには、僕の姉妹艦…じゃない、妹の夕立がいた。いつも遠征に出て、赤城さんと加賀さんのせいで補給してもしてもあっという間になくなってしまうボーキサイトをほかの僚艦と一緒に一生懸命運んでいた、けなげな子だ。その前の夕立のこと?……凄まじすぎて僕には真似できないね。
「夕立じゃないか。どうしてここに、一体何があったの?」
でも、なぜ夕立がここにいるのだろう。彼女は立派に、提督のもとで働いていたはずなのに。いや、もしかして、提督の身に何か…?
「時雨お姉は知らないっぽいのね。提督は上の人と揉めて、クビになっちゃったっぽいの!」
「提督が…クビ?」
拍子抜けした。命の危機でもあったのかと思った。クビになっただって!?一体提督は何をやらかしたのだろうか。
「でね、私も赤城さんに聞いただけだからよくわからないんだけど、提督は皆の艤装を解体して、普通の女の子として暮らすようにって言ってくれたっぽいの。ねえ、時雨お姉、これでいっぱいおしゃれとかできるっぽいね!こんど早速白露お姉とか村雨お姉とか五月雨とか、みんな誘ってどこか行こうよ!」
嬉しそうに言う夕立に、僕は苦笑して頷いた。女の子らしいことをする、そんなことも、忙しさゆえになかなかできなかった。
それに、提督も一応たまにいろいろ買い与えてはくれたのだけれど、男性の…というか、提督の感性は謎過ぎて、長門さんや陸奥さんが呆れ果てていたのはよく覚えている。
いまどき笑い袋を買ってきて、長門さんが止め方を知らなくて困り果てて工廠内に持ってきたことがあった。ずっとあの笑い声でうるさかったので、あの時はちょうど寝起きで機嫌の悪かった不知火さんが思いっきり破壊していたなぁ。
ふと、思った。もしかしたら提督は『これ』をするために、上と揉めたのではないだろうか。そうだとすれば馬鹿な人だなぁ。そう思うと思わず笑みが零れた。
「あ、そろそろ下校時刻っぽい?じゃあ時雨お姉、またね!」
夕立はこちらを振り返って嬉しそうに手をぶんぶん振りながら下級生の昇降口へ歩いて行った。そろそろ、僕も帰らないとな。結局通常生活といっても一人暮らしだから、夕飯がない。スーパーは遠いから、コンビニに寄っていこう。
傘を手に昇降口から外に出る。雨はあがっていて、しっとりと冷たい風が吹いていた。
家から最寄りのコンビニで、サラダと梅干おにぎりを物色する。ちなみに僕は梅干しはハチミツ漬け邪道派だ。甘い梅干しなんて梅干しじゃない。
「あれ…?」
その男性は、どこかで見たことのある顔のように思えた。冴えない、くたびれたカッターシャツとスラックスを着て、カップラーメンとカップ酒をカゴに入れている。
「……提督?」
まさか、こんなところで提督とバッタリ会うなんてラブコメラノベ的展開が…
「時雨か…?」
ある訳あった。なんだか、最後に会った時からすると随分老けた気がする。本人に言ったら怒られそうだから言わないけど。
「久しぶり、だね。提督」
「久しぶりも糞もないだろ、元々俺はお前にはそんなに頻繁に会ってない」
まったく、提督は無粋だ。ここは素直に再会を喜べばいいのに。……と思ったけど、提督にそんな余裕はないのかもしれない。
「もう、つまんないなぁ提督。僕はこれでも感動的な再会を喜んでるんだよ?」
「なぁにが感動的だ。俺はお前を無理やり艦隊勤務から解いて、他の艦娘たちにも同じことをしたんだぞ?」
ああ、なんだ、そんなことを気に病んでいたのか。この人はどうも自分のしたことに対していちいち後悔しなければ気が済まない性分らしい。
「夕立から聞いたよ。でも、喜んでいたよ?いっぱいおしゃれができるってね」
「……そう、か」
妙にぼさっとした声だと思ったら、提督は拍子抜けしたような顔をしていた。自分のしたことの悪い部分しか見ないから、いい部分を指摘されるとそんな意表を突かれたような顔をする。この人は、やっぱり軍人に向いてない。
「ここじゃ邪魔だし、各々必要なものを買ってから外に出るか」
僕は頷いて、レジ待ちの列に並ぶ。このあとに提督が僕と話をしてくれるのならとてもうれしい。知り合いとの再会はうれしいものだ。しかもそれが、僕やみんなの事を考えに考えたうえでやさしい決断をしてくれた人ともなれば、ね。
会計を済ませると、レジ待ちが僕より短かったはずの提督が空を見上げて途方にくれていた。
「……傘、忘れたの?」
「悪いか」
もう雨は降らないと思った、とぼやく提督に苦笑して、僕は傘を差しだした。傘と僕とを交互に見て、提督は溜息をついた。
「……わかったよ、家まで送って行く」
相合傘。僕にしては飾りもなく大きい傘を買っておいてよかったとこっそり思った。もちろん持っているのは提督だ。並んで歩きながら、ぽつりぽつりと会話する。
提督はちゃんと、僕のアパートを覚えているらしい。
「ねえ、今提督は何をしてるの?僕たちの件で上と揉めて、首になったって聞いたけど」
「実家がこの辺で呉服屋やってるからな、今はその手伝いだ」
プータローじゃなかったんだ、という点にちょっと驚いた。その割には、一人暮らしなんじゃないかっていう買い物の内容だったような。
「さすがに今更家に戻るのはな。お前いま絶対に俺がプータローだとでも思っただろ」
「あれ、ばれてた?」
僕の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれている。それでも、アパートの目の前についてしまった。なんだか、ちょっと惜しい。
提督は足を止めてしまった。不思議に思って見上げると、ややあって提督は口を開いた。
「あと、だな。その、俺はもう提督じゃないしお前の上司でもない。それに、お前はお前であってあいつじゃない。だから、ああもう、俺は何が言いたいんだ」
頭をボリボリと掻きながらまとまらない言葉を必死でかき集める提督は、三か月前に見たダメ提督そのままだった。
「じゃあ、こうしようよ。僕は提督って呼ぶのをやめる。提督は僕に対して近所の知り合いの妹だとでも思って接してよ」
それは、次の縁を繋ぐための糸をくくりつける作業。僕は優しくてダメな『彼』の事が好きだ。それは恋愛感情ではないけれど、少なくともこの縁を断ってしまうのはもったいないと思っている。
「だから、さ」
『とりあえず、友達からはじめよう。』
終
【あとがき】
平均二千文字程度で三話にわたるお話でした。自分が読みやすく書きやすいくらいの文章量です。読みにくかったら申し訳ないです。
結局は提督と時雨ちゃんをいちゃいちゃさせる話(?)が書きたかったんです、ただそれだけなんです。
提督はこのあと顔真っ赤で何女の子に言わせてるんだ俺のバカ!と後悔してます。
そして白露型のみんなと一緒にショッピングモールに行ってみんなのお財布にされます(笑)
――それ以上どうなるかは、皆様の御心のままにて。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
また、前編にてコメントをくださいました銀枠さま、ありがとうございました。この場を借りまして御礼申し上げます。
現在鋭意サイト建設中ですので、そちらが完成し次第、そちらに載せようと思っています。
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これにて完結です。最終的にこれ艦娘で(時雨で)ある必要があるのか?という内容になっているかもしれません。
誤字・脱字・感想等お気軽にお願いいたします。
※注意※
時雨視点なので誰これになっている可能性は否めません。
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