No.620963

【艦これ】とりあえず、――から始めよう。 中編

令狐さん

なんだかんだ少し長くなったので、もう一つ分割します。
前回の前編からの続きです。相変わらず時雨(二人目)視点のお話です。
前編への感想メッセージありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。
誤字・脱字、感想等コメントにお気軽にお願いいたします。

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2013-09-19 23:32:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:882   閲覧ユーザー数:864

『とりあえず、――から始めよう。』

 

【中編 僕と提督】

 

 僕のもとに届いた指令書には、にわかに信じられないようなことが書かれていた。

 

――下記ノ艦ニツイテ、艦隊任務ヲ解ク。

 該当艦ハ直チニ艤装ヲ返還シ、通常生活ニ戻ルベシ。

 白露型駆逐艦二番艦 時雨――

 

 頭が真っ白になった。何故、どうして…?僕が、強くないから?それとも、彼女と僕は同一だから?提督は、僕を見てはくれないのだろうか。

 僕は、どうすればいいのだろうか。

 とても時間をかけて考えた。嫌な事ばかりが頭をぐるぐる回って、提督が悪者になっていって、それを自分で否定して。最後にやっと思いついたのは、提督に直接訊くことだった。一体どうして僕はこんな簡単なことを考え付かなかったのだろうか。気が動転していたといえば確かにそうだけど、それだけじゃない。

……僕は今まで臆病になりすぎていたのかもしれない。傷つきたくなくて、自分で身を引いて、拗ねてばかりだったじゃないか。

 やっと決心して、工廠の外に出た。ここからは、屋外を通って司令部に行く道しかない。久しぶりに出た外は、しとしとと雨が降っていた。僕は傘もささずに歩く。

 

 司令部の中は静まり返っていた。提督の部屋の扉を恐る恐るノックする。けだるげな、聞き覚えがないくらい沈んだ声で、どうぞ、と聞こえた。

 静かに扉を開く。提督の部屋に入るのは僕がここの所属になった時に入った以来だ。今までずっと、工廠の隅にいたから。

 部屋は雑然としていて、強い酒の匂いが鼻についた。

 夢のはじめのほうで見た頼もしげな横顔の提督とは、あまりにもかけ離れている。最後のほうで見た、あの頼りなげな提督の顔だ。

「ああ、時雨か……」

 提督は今の今まで湯呑みで、酒を呷っていたらしい。僕を見て溜息をついて、僕にタオルを放り投げてから湯呑みを机の上に置いた。絵に描いたようなダメ提督っぷりだ。

「まずはそれで髪を拭け。風邪をひく。……指令書のことだろう?」

 僕はタオルで頭を拭きながら頷いた。提督は自嘲気味な笑みを浮かべて、頭をボリボリと掻いていた。

「俺は提督失格だよ。兵器に愛着を持ってはいけないと、あれほど士官学校時代に言われていたはずなんだけどな」

「僕が訊きたいのは、そういうことじゃなくて……」

「時雨、お前は『どこまで』知っている?『あいつ』が何故沈んだか、何を思っていたかを、だ」

まっすぐな眼は、それまで酔っていたダメ提督だとは思えないほど真剣だった。

「全部、だよ。『彼女』が最期の戦闘で、どうしたか、何があったか、夢を見たから」

提督の大きな手のひらが、ぽんと僕の頭に置かれる。とても、あったかい。

「なら、なおさらお前をここには置けないな。お前はどこにも戦闘に出したことがないのに、夢の中で『あいつ』と同じことを体験したんだろう?……怖かったな。ごめんな?」

 僕はやっと理解した。提督は、後悔と自責の念とで自分自身を苦しめ続けている。

 だからこそ、僕には今できることがあるのではないか。提督に、伝えなければいけないことがあるのではないか。

「提督。『彼女』は、最期まであなたのことを思っていた。あなたは優しいから、きっと落ち込むだろうから、僕に想いを託した」

 伝える僕に、提督はふっと笑った。その笑みは凪いだ海のような、静かなものだった。あんな穏やかな顔を、僕は見たことがなかった。

「時雨、俺の意は変わらない。お前はもう怖い目に遭ったんだから、それでもう十分だ。俺は臆病になったんだ。あいつと同じ目に遭わせるかもしれないと考えると、お前を出撃させるのが怖いんだ。……身勝手だが、お前には、普通の生活に戻って、普通の生活を送って、幸せになってもらいたい。ごめんな」

 提督の真っ直ぐな透き通った視線。それは夢の中で見た、彼女に全幅の信頼を置く凛として頼もしい提督の顔だった。

「いいよ。ただ僕はどうしてこうなったかを訊きたかっただけなんだから」

「……ありがとうな、時雨。じゃあ、艤装を工廠に置いておいてくれ。あとの手続きはこっちで済ませておく。身支度を済ませたら、またこっちへ来てくれ。これからの居住場所の地図を渡すからな」

 どうやら、ただ艤装を外されて放り出されるわけではないようだ。どちらにせよ、僕は艤装さえ置いてしまえばあとは持って出るものなどほとんどないから、すぐに支度が終わるだろう。

 

 支度を終えて提督のもとに戻ると、地図とアパートのカギを渡された。家具一式もそろっているタイプの部屋だから、何の心配も要らないだろう、と言われて、こうやって艤装を解体された仲間たちは普通の生活に戻っていくのだろうか、とふと思った。

 提督は、外まで見送りに来てくれた。僕の頭にぽん、とあたたかい手を置いて。何かが吹っ切れたような優しい笑みを浮かべていた。

「……今までお世話になりました、提督」

「じゃあ、な、時雨。また、いつか会えるといいな」

 僕が歩き出したら、提督はすぐ、くるりと踵を返して司令部に戻っていく。僕はもう、駆逐艦じゃない。ただの『時雨』だ。これからどう過ごそうか、そんなことを考えながら僕はただ歩く。

 

 この時提督が何を考えていたかなんて、僕には知る由もなかった。

 

【後編に続く】


 
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