No.620097

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十三話

Jack Tlamさん

新キャラ登場、そしてそれぞれの心情です。

色んな意味で「なんだこりゃ」ですが、生暖かい目でご覧ください。

なお、戦闘は一切ありません。

2013-09-16 19:23:28 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7031   閲覧ユーザー数:5229

第十三話、『理想と現実』

 

 

―諸葛孔明、鳳士元を保護して数日後。涿からの援軍が到着。これにより、それまで戦死者など一切出していない

 

公孫賛軍は約二万六千という中々の兵力を揃えることとなった。その六千の義勇兵は最近加入した正規の将が率いる

 

軍だったのだが、その二人というのが意外な人物だった―

 

 

 

「―あたしが新しく公孫賛軍に入った将です。田豫、字は国譲。よろしくお願いします」

 

「―私は簡雍、字は憲和です。此度、公孫賛軍への参入を決意し、将として参じました。よろしくお願いします。

 

 白蓮様、お久しぶりです」

 

…なるほど。田豫に簡雍か。初期の劉備の仲間だな。

 

田豫の方は、体格こそ小さいが出るところはしっかり出ていて、中華風になってはいるが、緑を基調とした露出が控えめな

 

騎士礼装のような服を纏っている。マント状の布を腰に付け、髪型は何故か左右で長さが違うツインテール。色は薄緑色。

 

背中にはやや短めの柄の両側に大きな穂先のついた槍を背負っている。

 

一方の簡雍はといえば、割と背は高い方と言える桃香よりも背が高い。スタイルは身長からしても適切な程度。

 

これまた中華風ではあるけど、現代の女子校…それもお嬢様系の学校の制服(冬服)をイメージさせる緋色の服を纏い、

 

大学の卒業式で卒業生が被るような帽子を被り、鋼鉄製と思しき錫杖を携えている。

 

二人をそれぞれ見やった後、白蓮は歓迎するかのように笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「戯志才が見込んでくれたという者だな。私が公孫賛、字は伯珪だ。お前とは久しいな、優雨(ゆう)

 

どうやら白蓮と簡雍は旧知のようだ。

 

今、天幕にいる将は俺と朱里、星、風だった。なぜか白蓮は桃香たちを呼んでいない。何か意図があるのだろうか。

 

ちなみにこの二人も桃香たちと顔を合わせてはいないので、お互いの存在に気付いていない。

 

「今、我が軍の正規の将は私の妹の公孫越とお前たち二人しかいない。それは戯志才から聞いているな?」

 

「「はい」」

 

「ここにいる将たちは全員客将の身だが、本当に良くやってくれる者たちだ。

 

 特にこの二人…北郷一刀と北郷朱里は長く私を助けてくれている」

 

俺達の名前が出た途端、二人の目の色が変わった。名前を出されたので、自己紹介をすることにする。

 

「北郷一刀だ。姓は北郷、名は一刀。客将の身だが、筆頭武官兼警備隊責任者の職を預かっている」

 

「北郷朱里です。姓は北郷、名は朱里。同じく客将ですが、正軍師兼武官の職をお預かりしています」

 

名乗りを終えると、まず田豫が反応を返してきた。

 

「へぇ~…あんたたちが『天の御遣い』かぁ。漁陽でも大きな噂になってたけどさ、案外普通なんだね」

 

…まあ、聞き慣れた反応だ。続いて簡雍が口を開く。

 

「あなた方が『天の御遣い』様なのですね。私は涿県出身なので、お会いできて光栄です」

 

こちらはまあ前向きな反応だった。そういえば簡雍は劉備と同郷だったんだよな。そこは正史と同じなのか。

 

「続いてこちらが次席武官の趙雲、補佐軍師の程立だ」

 

「うむ。私が趙雲、字は子龍だ」

 

「程立です~」

 

またしても同じ調子の風。字を名乗ったことが無いんじゃないか?ここに降り立ってから今まで。知ってるけど。

 

「「よろしくお願いします」」

 

二人の反応はごく普通だった。すると白蓮が思い出したかのように、俺達の名について説明を始めた。

 

「…ああ、一刀達は姓名の仕組みが漢人とは違うんだよな。姓と名しかなく、字や真名は持っていない。彼らの国の

 

 風習では、私達で言う『名』が『真名』に相当するそうだ」

 

「え、ってことは…二人はあたしたちに真名を預けたってことになるの?」

 

「そうなるかな。まあいきなり呼んでも斬り殺したりなんかしないよ」

 

白蓮の言葉を引き取って俺が田豫の質問に答える。

 

「じゃあ、あたしも真名をあんたたちに預けるよ。あたしの真名は涼音(りょういん)。これからはそう呼んで」

 

「では私も…私の真名は優雨と申します。この名をあなた方にお預けします」

 

「ありがとう、しっかりと預かった」

 

二人の真名を預かると、白蓮、星、風も真名を交換し、実務的な会話が始まった。

 

「…さて、戯志才と越の連名で来ている書簡を見る限り、涼音は武官、優雨は軍師ということだが…」

 

「誇るほどの力はないけど、やれるだけのことはやるつもりだよ」

 

「軍略には自信がありませんが、政治全般についてなら得意です。涼音ほどではありませんけど、私も戦えます」

 

「わかった。期待させてもらう。二人には部隊を率いてもらうことになる。正規兵だからな、頼むぞ」

 

「はい…あれ、あたしたちが率いてきた義勇兵はどうするの?」

 

「それなんだがな…誰かある!」

 

「はっ!」

 

「あの三人を呼んできてくれ。話があるとな」

 

「はっ!少々お待ちください!」

 

伝令を預かった兵が素早く天幕を出ていくと、白蓮の話が再開する。

 

「涼音は軍部で一刀及び星の下に、優雨は文官として朱里及び風の下に付いてもらいたい。客将の下につくのは

 

 不満かもしれないが、こいつらも公孫賛軍に居ついて長いからな」

 

「星はわかるんだけど、一刀の実力が知りたいなぁ」

 

腕を組んで不満そうな言葉を漏らす涼音。星は自分の技量を隠そうとはしていないが、俺達はな…

 

「なら、実戦で見てみるといい。一刀…朱里もだが、他に敵うやつがいるのかというくらい強いからな。

 

 優雨、お前は何かあるか?」

 

「いえ、私は特に。涿郡の治政を見ていれば、自ずとわかることですので」

 

こちらは政治家らしい意見だった。優雨はなまじ涿郡の住民なので、俺達が来てからの治政を肌で感じているのだろう。

 

「うん。私だけではあそこまでできなかったよ。ちょっと情けない話だけどな…」

 

「白蓮、人間一人にできることなんて限界があるんだって。だから人間は組織を作るんだろ?」

 

落ち込みかけた白蓮にフォローを入れておく。

 

そこで、兵が呼びに行った「あの三人」…つまり桃園三姉妹が天幕に入ってきた。

 

 

「―白蓮ちゃん、何かよ…って、涼音ちゃんに優雨ちゃん!?」

 

「桃香!?愛紗たちもいる!」

 

「桃香…公孫賛軍にいたのね。それならもっと早く…」

 

入って来るなり空気を崩し始める桃香。それを見た白蓮は大きく咳払いし、問うた。

 

「桃香、優雨はわかるが涼音とも知り合いなのか?」

 

「うん、旅の途中で知り合ったの。凄く強いから一緒に行かないかって誘ったんだけど…」

 

「病気にかかった母さんの世話があったから、行きたかったけど断ったよ」

 

「…そうだったか」

 

「涼音ちゃん、お母様の具合はどうなの?」

 

「うん?あれからすっかり元気になったよ。今も素手で魚を取ってるんじゃないかな」

 

…パワフルだな。史実だと田豫は生母の病気のため劉備の許を離れたっていう話だが…あれは劉備が豫洲刺史に

 

なったころだったかな。無事に元気になったのは良かった。

 

「それと…ごめんね、優雨ちゃん。わたし達、最近まで三人で旅をしてたの」

 

「後ろにいる二人とかしら?」

 

「そうなの。関雲長に張翼徳。二人ともすごく強いんだよ♪」

 

「我が名は関羽。桃香様の理想に感銘を受け、共に歩むことを決めた者です」

 

「張飛なのだ。桃香お姉ちゃんのために戦うのだ」

 

「そう…桃香が真名を預けているということは、良い方々なのでしょうね。私は簡雍、字は憲和。真名は優雨です。

 

 桃香とは同郷で幼少の頃からの友人です」

 

「よろしくお願いします。我が真名は愛紗と申します」

 

「鈴々って言うのだ!これからはそう呼んでね!」

 

それぞれの自己紹介を終えると、白蓮がいよいよあの話を切り出した。

 

「…桃香、愛紗、鈴々。お前達をここに呼んだのは他でもない、いよいよお前達に独立の機会がやってきた」

 

「「「えっ…!?」」」

 

…やはり、白蓮はここで桃香たちに独立を促すんだな。わかっていたことだけど、複雑だ。

 

「現在、遊撃軍は約二万六千の兵力を擁しているが、この六千は義勇兵だ。

 

 そこで、お前達はこの義勇兵を率い、義勇軍として此度の乱に参戦するがいい」

 

これを聞いてまず口を開いたのが優雨だ。

 

「白蓮様、一体なぜそのようなことを?桃香たちは公孫賛軍の将ではないのですか?」

 

「…ああ、桃香たちがうちに来た経緯っていうのがな…」

 

そこから白蓮の説明が始まり、それが終わると優雨に加えて涼音も怒りだした。

 

「桃香…あなた一体何を考えているの?私などより余程能力のあったあなたが、そんな愚かなことを…!」

 

「それは甘え過ぎだよ、桃香!どんな言い訳したって露骨な売名行為だよ、そんなの!」

 

「…」

 

二人の怒りに俯いてしまう桃香。二人の方もそれ以上は言う気が無いのか、口を閉じてそっぽを向いた。

 

気まずい空気が天幕の中に漂うも、白蓮が手を叩いてその空気を打ち消し、話を再開した。

 

「…話が逸れたな。

 

 さっきの話の続きだが、桃香たちはここで独立した方がいいだろう。食客にできることなどたかが知れている。

 

 それに、この黄巾党の乱が鎮圧され、世にひとまずの平穏が戻れば、名を上げる機会を得ることは難しくなる。

 

 だからお前に、黄巾党と戦うために集まった六千もの義勇兵を渡すんだ」

 

「ちょっと待って、白蓮ちゃん。わたし、人望も名声もまだないんだよ。それなのに…」

 

話を再開したというか、ただ伝達するだけといった感じの白蓮の言葉に桃香が異議を唱えようとするが、白蓮は

 

桃香の言葉を一睨みで遮ると、畳みかけるように言い放った。

 

「自分達の旗と、義勇兵が持ってきた武器は持っていくがいい。

 

 だが…稟もこうなることを見越していたな、兵糧は最低限しか用意されていないようだ。

 

 そこまでは世話をしてやれんから、今後敵の物資を奪うなりなんなりして自力で調達するんだ。

 

 兵や部下の、まして民の食い扶持すら確保してやれん主君に理想を掲げる資格はないぞ、いいな?」

 

「…」

 

問答無用だった。白蓮は強硬手段に出たのだ。無理やりにでも経験を積ませ、桃香に成長してもらうために。

 

あるいはこれでもまだ甘い措置なのかもしれない。成長の機会は自分で作らなければ本来は意味がない。しかし白蓮は

 

それでも桃香に成長の機会を与えることにしたのだ。つまり、人望や名声はこれから獲得しろと。他人のねぐらに居ついて

 

人望や名声を得るなんて甘いこと言ってないで、自分の身一つで人望や名声を得ろと。そういうことなのだろう。

 

旅をしているだけの時ならまだよかったのかもしれない。だが、桃香たちは現在白蓮の食客となっている。そんなところで

 

民の人望や名声を集めても意味がない。白蓮は暗にそう言っているのだ。

 

桃香の下心を見抜いているからそう言った部分もあるだろうが、それ以上に現実の厳しさを教えようとしているようだ。

 

「(…桃香たちは自分で民の生活を守っているわけじゃないからな…)」

 

たとえ本当にただ放り出したとしても、太守としての白蓮が取る措置と考えればまっとうだ。しかし、白蓮はそこまで冷たく

 

できるほど薄情な人間ではない。むしろ義理堅く人情に篤い義侠としての性質が強い白蓮は、言葉や態度は厳しくとも相手に

 

徹底して冷たいということはない。不器用かもしれないが、これも白蓮なりの友情から来る措置なのだろう。

 

「…義勇兵の方には私から話しておく。義勇兵たちも疲れているだろうから、出立は明日だ。

 

 そういえば先日の戦闘で保護した諸葛亮と鳳統はお前達に付いていきたいと言っていたな。彼女達を軍師として迎えれば

 

 今後の事も大丈夫だろう。二人にはしっかり話をしておけ。

 

 今日は解散にする」

 

白蓮の号令一下、この日は解散となり、俺達はそれぞれの天幕に向かった。白蓮と涼音、優雨はまだ何かを話すようだ。

 

桃香は俺と朱里の方をすがるような目で見てきたが、俺達はそれを無視し、一番先に天幕を出ることにした。

 

 

(side:雛里)

 

桃香さん達は私達との話の途中で公孫賛様に呼ばれていき、戻ってきたときにはとっても沈んだ表情だった。

 

なんでも、義勇兵六千と彼らが持ってきた武器、それから桃香さん達の旗と最低限の糧食を与えられる代わりに、公孫賛軍を

 

離れるように言い渡されたとのことだった。私たちを義勇軍の軍師として迎えるように、とも。

 

予想外に早く訪れた独立の機会。朱里ちゃんは前向きに受け取って桃香さん達を励ましていたけど、私は到底喜ぶ気になんて

 

なれなくて、その日の夜、また天幕を出て出歩いていた。

 

「(桃香さんの話では、公孫賛様は桃香さんが異議を唱えようとしても聞かず、それを申し渡したっていうことだけど…

 

  やっぱり違和感が拭えない。桃香さんを疑っているわけじゃないけど、なんとなく何かがひっかかる…)」

 

先日、趙雲さんから伺った話のこともある。自分でも本当に嫌だけど、私は桃香さんを信じきれないでいた。

 

「(いけないってわかってるのに…どうしても、何かが引っかかっちゃう…)」

 

胸が苦しい。こんなに人を疑った事なんて、今まで無かった。生まれて十数年の私に人生経験なんて大層なものはないけれど、

 

それでも、こんな苦しさは初めてだった。

 

救いを求めるかのように、天に浮かぶ月を見上げようとして―先日趙雲さんが座っていた岩に、小さな人影が座っているのが見えた。

 

「…朱里…さん…?」

 

そこにいたのは、北郷朱里さんだった。

 

親友と同じ名前を持つ『天の御遣い』。天才的な才覚と圧倒的な武を持つ、知勇兼備と名高い仮面の軍師。

 

私は一瞬迷ったけど、月を眺める朱里さんのもとに歩いて行った。

 

 

 

「―どうしたんですか、雛里さん?」

 

向こうも私に気付いていたのか、私が声をかけるより先に話しかけてきた。

 

「…心の整理が、できなくて…」

 

「…桃香さんのことですね?」

 

「はい…」

 

私は朱里さんが腰かけている岩の隣にあるやや小さめの岩に座る。朱里さんは私が座ったのを見て取ったのか、月から視線を

 

外さないまま、話し始めた。

 

「確かに公孫賛殿は桃香さんの異議を一睨みで封殺しました。それは事実です」

 

「そうなんですか…それなら…」

 

「…でも、あなたは違和感を感じている。そして、違和感を感じるようなことがあったのも事実なんですよ」

 

「えっ…!?」

 

私が抱いた違和感を見抜かれていたうえに、それを肯定された…?

 

「桃香さんは私達を公孫賛軍から引き抜き、売名に利用しようとしました。それは本人にとっては副次的な目的でしかない。

 

 でも周囲から見れば、どう言い訳しても売名行為にしか映らない。それはわかりますね?」

 

「…はい」

 

それはそうだ。『天の御遣い』…その名はそれだけで畏敬の念を呼び起こす。眉唾物としか思われなかった予言も、今では

 

幽州涿郡の善政によって「本物」であると大陸に知れ渡っている。今なら―

 

「―『天の御遣い』を味方に付けたとすれば、自ずと畏敬の念を集め、名も売れる…というわけですか?」

 

「その通りです。ただの虚名でないことは証明されていますからね」

 

「…あなたは、どこまで見抜いているんですか?」

 

…私の中に軍師としての想いが沸き立つ。少し、目の前にいる仮面の少女を試したくなった。

 

けれど目の前の少女は私の言葉を受け、事もなげに話を続けた。

 

「全てを見抜いていますよ。あなたの違和感の原因から桃香さんの致命的な弱点に至るまで」

 

「そんな…!?」

 

「あなたは世の中を何とかしたいと水鏡女学院を出てきた。それは『目的』です。

 

 桃香さんがあなた達に話したのは『理想』…ですが、あなたの『理想』を、桃香さんは訊ねてきましたか?」

 

「…いいえ」

 

「ならば、それがあなたの違和感の原因です。

 

 ここまで言ってしまえば、聡明なあなたならお分かりになるでしょう…『鳳雛』、鳳統士元」

 

「…」

 

…わかってしまった。ここまではっきり言われて、わからない方がおかしい。

 

だとすれば…それほど愚かなことはない。

 

「…『人望も名声もまだない』…」

 

「えっ?」

 

「公孫賛殿に呼ばれて義勇軍を率いるように言われた時に、桃香さんが唱えた異議です。彼女はそう言って公孫賛殿に

 

 異議を唱えようとしたのですが、公孫賛殿に封殺されたんですよ」

 

「…」

 

またしても…またしても、私たちに会話の内容を隠していたんだ。もっと現実的な見方から反論したのだと思っていた。

 

糧食が少ない、たとえ調練されているとしても実戦経験が無い…そう言った点には一切触れなかったんだ。

 

義勇兵だから経験云々はともかくとしても…。人望も名声もないのも現実なのかもしれない。でも…

 

「…人望も名声もまだないとして、桃香さんは…公孫賛様の許でそれを獲得するとおっしゃっていたんですよね?」

 

「はい」

 

だとすれば…

 

「…それは、あなた方を納得させ、味方に引き入れるため…とは考えにくいのですが…もしかして…?」

 

「…やはり、あなたは素晴らしい軍師ですね」

 

…この人は一体、どこまで見抜いているんだろう…?

 

 

「…もう一つ、面白いお話があるんですよ」

 

「面白いお話?」

 

「はい。あなた方がここに来た『目的』は桃香さんも知っている。ですが、あなた方の『理想』は訊ねていない。

 

 それは、私達と桃香さんの対話に関しても同じことが言えるのですよ…」

 

「…」

 

「これを今までの話に加味して…何かわかることはありませんか?」

 

「…」

 

朱里さんは先ほどから私に手掛かりとなる情報を与え、答えへと導こうとしている…まるで、私の成長を促しているようだ。

 

私は朱里さんの言う通り、今までの話と総合して考えてみた…答えを得るまでに、数瞬の時間だけで済んだ。

 

「…わかりました」

 

「答えは言わなくても結構です。あなたなら正解に辿り着いたはずですから…」

 

「…はい」

 

朱里さんが私に出した問。その答えは、意外と簡単に導くことができた。彼女達がこの大陸に落ちてきた『目的』を考えれば

 

あまりにも簡単にその答えは出てしまう。

 

「…『修羅を背負う覚悟はあるか』、『時が来たら非情な決断を下せるか』という問いに対しては、

 

 『そうならないように頑張る』とお答えになりました。それ自体は良い答えではあるのですが…。

 

 でも、あれはあれで為政者の資格は十分なのでしょうね…」

 

「どういうことですか?」

 

「ふふふっ…為政者とは、時に事実を隠すものなのですよ…『事実』と『真実』は似て非なるものですからね…」

 

「―!?」

 

一瞬、背筋が寒くなった。目の前の少女は私とそう違わない年のはずなのに、どうしてこんな老成したかのような諧謔味のある

 

笑みを浮かべることができるのか。正直、私は軍師としてではなく、人間として彼女に恐怖を感じていた。

 

だけど同時に…なんだろう、この人の言うことなら無条件に信じられる…そんな気がした。背筋が寒くなったのとは正反対の、

 

とても暖かい気持ち。まるで何十年も会っていなかった旧友と再会したかのような、そんな懐かしい気持ち。

 

「…朱里さん」

 

「はい?」

 

「…私達、どこかで会っていませんか?」

 

「…」

 

「私はあなたに一瞬恐怖を感じました。あなたは見た所私とそう違わない年頃のはずなのに…あんな、諧謔味のある笑みを…。

 

 でも、それ以上に…あなたの言葉なら信じられるって。あなたに対してとても暖かい気持ちを抱いています」

 

「…」

 

「教えてください…あなたは『誰』なんですか…?どうして、私の無二の親友と、同じ、名前なんですか…?」

 

「…名前が同じなのは、偶然に過ぎません。私は、北郷朱里。それ以上でもそれ以下でもないのです…」

 

「…」

 

…趙雲さんがおっしゃっていたことが、ようやくわかった。

 

この人の奥底には、何か得体の知れない覚悟がある…それが何についての覚悟なのか…それはわからないけど。

 

でも、私はどうしてもこの人を疑いたくなかった。ただ、信じたかった。

 

「…信じます」

 

「…いいのですか?私が全てをあなたに話したとは限らないのですよ?」

 

「それでも、あなたのことは疑えません…もう、寝ますね?」

 

「…はい。おやすみなさい」

 

「おやすみなさい…」

 

 

 

(side:朱里)

 

「…雛里ちゃん…」

 

雛里ちゃんは私に『あなたは誰?』と問うてきた。そして、私の言葉は無条件に信じられるとも…

 

…間違いなく、雛里ちゃんの深層意識は「かつての記憶」の影響を受けている。

 

雛里ちゃんは『始まりの外史』では存在しなかった。故に『超越者』ではない。

 

『超越者』は過去の記憶を幻視することがある。それは現在の記憶とのギャップにより、混乱のもとにしかならない。

 

管輅さんがいつの間にか私の背嚢に忍ばせていた手紙にはそう書いてあった。

 

でも『超越者』ではないからといって、過去の記憶が影響を及ぼさないわけではないみたいだ。現に雛里ちゃんは私に対して

 

「暖かい気持ちを抱いた」と言っていた。これはつまり、雛里ちゃんが過去の記憶の影響を受けているためだと断言できる。

 

私と雛里ちゃんは無二の親友。お互い何も隠し事をしないと約束した、半身のような存在。

 

そんな雛里ちゃんの気持ちを…私は利用した。事実を並べ立て、雛里ちゃんが答えに辿り着くように誘導した。私が言えたことでは

 

無いかもしれないけど、雛里ちゃんはああ見えて誇り高い。寡黙な分、簡単に自分を曲げたりはしない子だ。そう言った彼女の

 

性格すら、私は利用している…。

 

「…全ては外史を救う大計のため…でも、でも…私は…私、は…ッ」

 

涙がこぼれてくる。それは仮面の内側を伝い、頬へと流れていく。歯を食いしばってみても、止まらない。

 

親友をも組み込んで動く『計画』。それは外史を何としても救うため、何重もの保険を掛けた上で実行されるもの。

 

だけど、使命感だけでは感情を割り切ることはできない。まして、相手は無二の親友なのだから。

 

「…ごめんなさい…ごめん、なさい…ごめ、ん、な、さい…う、ううっ、くぅううっ…!」

 

…やはり、未だ未熟。この涙を止めることは、今の私にはできなかった。

 

 

(side:白蓮)

 

「…少し、強引過ぎたかな…?」

 

桃香に義勇兵六千を率いて我が軍を離れるように言い渡したのは良いが、後味は悪い。だがこれであいつも少しは成長してくれる。

 

そう思えばこその措置。それに、一刀達を今のあいつに連れて行かせるわけにはいかない。あいつはきっと、乱世を救うという

 

一刀達…『天の御遣い』をいただき、その理想を以て乱世に乗り出そうと考えているだろうが…それを許すわけにはいかないんだ。

 

我が軍に身を置いて人望や名声を集めると言ったのも、どうにかして一刀達を引き込むためだろう。

 

一刀達からは桃香との対話の内容を全て聞いている。そこから類推すれば、こんな答えは誰でも出せる。私は自分で言うのもなんだが

 

凡人…とまでは言わずとも君主としては平凡な人間だろう。だが、『人』として、あいつの振る舞いは許せるものではない。

 

理想を掲げるのは良い。それを叶えるために旅をし、戦い、やがて成り上がっていくのも良い。

 

しかし、理想を掲げて戦うというならば、その過程で修羅を背負うことは必然、避け得ない。敵の命然り、味方の命然り…数多の命を

 

犠牲にしかねない。この乱世に、言葉だけで成る理想はありえない。

 

その覚悟がない人間に、理想を掲げる資格はない。君主として理想を掲げ、人の上に立つならば、私情を殺さねばならない。

 

「…」

 

私は傍らに置いてある、愛用の剣を手に取る。鞘から引き抜くと、剣は燭台の光に照らされて鈍く煌めいた。

 

特に銘は与えていないが、良い剣だ。こいつと共に修羅場をくぐったこともある。こいつに血を吸わせたことも…幾度かある。

 

桃香の『靖王伝家』はおそらくまだ血を吸ってはいまい。だが、それでいい。王の剣は羅刹の剣である必要は無い。

 

しかし…

 

「実際に血を吸わせることと…吸わせる覚悟を持つということは別だ…」

 

自ら血に塗れずとも、自らを信じてついてきてくれる兵や臣が血に塗れれば、それは自らが血に塗れるのと同じなのだ。同様に、

 

兵や臣が命を落としたなら、それは自らの命が削られていくということと同義だ。

 

桃香はそれをわかっているのだろうか…いや、わかってないから朱里の質問に明確な答えを出さなかったんだ。

 

そうならないように頑張る…というのも一つの答えなんだろうが、それでは朱里の質問に対して答えた事にはならない。

 

味方が命を落とさずに済んでも、敵は命を落としてしまう。

 

「…あるいは………っ!?」

 

私はある考えに思い至り、愕然とした。

 

いや、推測はできたはずだ。朱里から桃香との会話の内容は聞いて知っているのだから、そこから推測することは十分できた。

 

にもかかわらず、なぜ今になってこんな考えが浮かんできたのか。

 

「…いや、今だからこそ、か…!」

 

桃香が諸葛亮と鳳統を仲間に引き入れたことは聞いた。一刀はその会話を聞いていたらしい。盗み聞きは悪趣味だが、君主として

 

多少の汚い手は使ってみせなければならない。それを客人である一刀達にやってもらっている時点で失格であろうが、少なくとも

 

それに甘えるつもりはない。

 

諸葛亮たちは荊州の司馬徽殿―慮植先生からその名は聞いたことがある―のもとで学び、乱世の中で自分たちにできることはないかと、

 

弱い人々が苦しむのが嫌だとしてはるばる涿郡を目指してやって来たそうなのだ。今はこうして冀州にいるが、それでもあの二人が

 

『天の御遣い』が居て、平和が保たれている涿郡を目指してきたという理由はわかる。そこでどういうわけか、桃香の理想に共鳴して

 

二人とも桃香に力を貸すことを決めた…いや、鳳統は少なくとも気付いた上で何らかの目的を秘めてそう決めたようだが。

 

「…慮植先生、あなたは友を疑う私をお叱りになるでしょう…ですが、私にはどうしても…」

 

今ならなんとなくだがわかってしまう。目的こそ似ていても理想を同じくしているとは限らない相手を次々と仲間に引き入れ、本人は

 

相変わらず…私が先生の許で学んでいた時には感じなかった、しかし時として何かが引っかかるフシはあった…その過去の記憶が、

 

今になって重大な意味を持って私の眼前に呼び起こされる。

 

「…お前の本心は違うかもしれない…だが、なぜだ桃香…私は、お前を信じきることができん…」

 

一人の理想を追う武人としては、あいつに血に塗れるということの意味を知ってほしい。だが、友としてはその逆だ。

 

あんな優しい奴が血に塗れる必要なんてない。そんなことになってほしくはない。

 

だが…

 

「…お前は、代わりに背負わせるというのか…あんな年端もいかない少女たちに…故郷を遠く離れて落ちてきた一刀達に…?」

 

そんなことはない。そんなことはないはずだ。

 

だが、私は気付いてしまっていたのだ。

 

桃香…劉備玄徳という人間の…危険性に。

 

 

(side:涼音)

 

「―なんかさ、あの子って思ったよりわがままだね」

 

「ええ…昔から、言い出したら聞かない子ではあったけど…」

 

あたしと優雨は与えられた天幕に置かれていた簡易寝台に腰かけ、桃香について話をしていた。

 

何故かと言えば、どうしても桃香のやったことが許せなかったからだ。白蓮様の話によれば、桃香は自分の理想だけを示して一刀たちに

 

協力してくれるように求めたということだ。本人にはいろいろ弁解したいところはあるんだろうけど、あたしにはあいつが何を言っても

 

売名行為その他の言い訳にしか聞こえない。優雨もその認識ではあたしと一致している。

 

「涼音、あなたは桃香の理想については知っている?」

 

「うん。あたしが住んでた邑に桃香たちが来たときにね。良い理想だとは思ったけどさ…なんとなく違和感はあったんだ。

 

 今それがわかったよ。桃香は確かに高い理想を抱いている。でもそれが『他者にとっても理想』って勘違いしててさ、

 

 他者に押し付けちゃうんだよね。相手の理想なんか聞きゃしないのにさ。人を見る目はあると思うけど、自分と違う

 

 理想を持つ人間を認められない、典型的なガキだね」

 

「つまり、理想を違える者に対しては問答無用で『悪』の烙印を押すと?」

 

「付け加えるなら、『その理想を実現するなら自分が』っていう感情が根底にあるよね。相手に協力を求めておきながら、さりげなく

 

 有利な立場を確保して相手の上に立って主導権を握っている…強かだよねぇ~…」

 

「それは少し言い過ぎのような…」

 

「こういうのはね、言い過ぎるくらいがちょうどいいんだよ」

 

自分でも嫌だ。いろいろあるけど桃香は友達だ、こんな風に言っている自分が許せないという気持ちも確かにある。だけど…

 

「一刀や朱里ってさ、乱世を救うためにこんな滅茶苦茶な大陸に舞い降りてきたっていう話だけど…それって、単にあの二人が乱世を

 

 救い得る存在だっていうことだけでしょ?」

 

「まあ…そういう解釈が妥当でしょうね」

 

「…あたしはあの二人をそんな風に見たくないよ」

 

「どういうこと?」

 

あたしはあの二人の眼を心に思い描く。強く、それでいて優しいまなざし。しかし、そこには言いようのない悲しみがあった。

 

「…辛いよね。ふるさとを遠く離れてこんな大陸に落ちてきてさ、右も左もわからないのに乱世を救う『天の御遣い』だって言われて。

 

 いくらあの二人が強くてなんでもできたって…帰るべき場所は、限り無く遠いんだよ…」

 

「…そうね」

 

そうだ。帰る場所の無い人間ほど弱いものはない。あたしや優雨、桃香たちは帰る場所がある。愛紗は兄を亡くしていて、鈴々は

 

戦争のせいで両親を喪っているという話だったけど、二人は同郷。桃香に至っては優雨と同郷だし、親が存命。帰る場所はある。

 

でも、あの二人は違う。

 

「郷里から遠く離れ、郷里が今どうなってるかなんて知る術も無い。向こうに残してきた家族や友人もいるでしょうね…」

 

もしかしたら帰ることもできないのかもしれない。だとすれば、なんという孤独だろう。もはやたとえようもない…。

 

「…そんな人間にさ、あんな実現性も不確かな理想を語ってさ、協力を求めるっていう発想がそもそも駄目だよね。

 

 白蓮様はあの二人にほとんど何も求めなかった。だから、最初から『天の御遣い』だなんて喧伝したりしなかったんだよ。

 

 桃香は喧伝する気満々じゃん。一応同意は求めたみたいだけど…そんなのに同意するほどのお人よしがいるなら見てみたいよね」

 

「涼音、それはちょっと…」

 

「だから、言い過ぎるくらいでちょうどいいんだよ。優雨、あいつの幼馴染のあんたには辛いだろうけどさ…相手に対する感情と評価を

 

 混同する愚を犯しちゃだめだよ。ましてあんたは軍師でしょ?」

 

「…」

 

…ああ、自分が恨めしい。どうしてこんな風に厳しく言うことしかできないんだろう。あたしも桃香みたいな優しさが欲しいよ。

 

「…一刀たちは、あくまで好意で白蓮様に力を貸して、涿郡はあんなに平和になった。皆から慕われて、二人にも『居場所』ってやつが

 

 できたんじゃないかな。白蓮様は二人の『居場所』を作ってやりたかったのかもしれないね。

 

 もしただ喧伝して、期待外れだった時を考えてごらんよ。そんなのすぐに無くなってしまう。

 

 あの二人の力ならそんなことはないんだろうけど、常識として…ね。結果として白蓮様のやり方は正しかった。

 

 今は客将だからいつかは公孫賛軍を離れるのかもしれないけど…帰る場所は出来たでしょ?」

 

「…そうね」

 

ちょっと「そうであってほしい」という私情が入っているのはわかってる。でも、

 

「…居場所さえくれてやれないやつに、君主になる資格なんて、まして理想を掲げる資格なんて、ないんだよ…」

 

「理想は心の寄る辺にはなるけど、居場所には決してならないのよね…」

 

「…ま、あたしたちが何を言っても変わりゃしないんだろうけどね」

 

「…ええ、あの子は頑固だから…こうと決めたらもう曲げないでしょう」

 

「…厄介だね…」

 

でもって周りも持ち上げすぎ。愛紗に鈴々…諌めるくらいしたらどうなのさ…

 

「…至高の理想なんて、ありえないんだよ…人の身で至高の理想を抱こうなんて、烏滸がましいんだ…」

 

だからこそ…乱世に傷ついた人々は惹き付けられるんだろうけど…本人があれじゃあね…

 

「…危険すぎるよ、あの子」

 

かといって、止めても聞かないだろう。せいぜい現実に傷ついて諦めるか、方針転換してくれることを祈るしかない。

 

祈るしかないこの身の無力は悔しい。それでも、あたしたちはそれを祈ることしかできなかった。

 

 

(side:桃香)

 

…白蓮ちゃんに言われたことを、わたしは天幕の簡易寝台に寝転がりながら反芻していた。

 

『兵や部下の、まして民の食い扶持すら確保してやれん主君に理想を掲げる資格はないぞ、いいな?』

 

「…」

 

言っていること自体は当然のこと。でも、なにもこんな時に言わなくても…

 

「…こんなんじゃ、有無を言わさずだよ…ひどいよ、白蓮ちゃん…」

 

人望も名声もない…それが言い訳にしかならないのはわかってる。でも、それを集めようと思った矢先にこんな…。

 

優雨ちゃんや涼音ちゃんならわたしを弁護してくれると思ってたけど…二人とも、白蓮ちゃんと同じように怒ってた。

 

どうしてだろう?

 

皆が笑顔で暮らせる国を作る…それがわたしの理想。どうしてそれをわかってくれないのかな…って、それは流石に

 

言い過ぎだ。わかってくれた上で怒ってくれてるんだよね、みんな。

 

…でも。

 

「一刀さん達はこの大陸を救うために天から降りてきた…なのに、どうして…?」

 

わたし達は弱い人たちを守るために戦ってる。『天の御遣い』である一刀さん達も、そのために大陸に来たはず。

 

もう売名とかそのあたりのことは思考から排除してるけど…。想いが同じなら、力を貸してほしいだけなのに。

 

どうして手を取り合えないんだろう?大陸を救いたいっていう思いは同じはずなのに。

 

この大陸を笑顔にするために降り立ったはずの人たちが、どうしてわたしに力を貸してくれないんだろう?

 

予言が嘘だとは思えない。現に涿郡は一刀さん達が来てからというもの、本当に平和になって活気に満ちている。それを考えれば

 

予言は真実だとしかいいようがない。

 

一人で五千人もの盗賊を負かしたり、愛紗ちゃんや鈴々ちゃんが全くかなわないほど強くて、軍の統率や政治にも長けている。

 

そんなすごい人たちが力を貸してくれれば、もっとたくさんの人を守れるのに…

 

「…このまま、力を貸してもらえないのかな…どうして?どうしてなの?」

 

わたしの想いは伝えたのに。一刀さん達の想いもわたしと同じはずなのに。朱里ちゃんや雛里ちゃんも同じ想いを抱いていて、

 

それでわたし達の仲間になってくれたのに。どうして一刀さん達はわたし達に力を貸してくれないんだろう?

 

先に出会えなかったからかな…五台山の麓に降り立った一刀さん達が最初に出会ったのが白蓮ちゃんだったからなのかな…?

 

わたし達が先に出会っていたら、力を貸してくれたよね、きっと…

 

白蓮ちゃんはああ言ってるけど、やっぱり、もっと遠くを見てなくちゃいけないんだ。そうじゃないと道を示せない。現実を

 

見据えるのは愛紗ちゃんたちがやってくれる。わたしはもっと遠くを見据えて、皆を導かなきゃいけないんだ。じゃないと、

 

いつまでたっても世界は良くならないし、幸せになんてなれない。

 

涿郡だけじゃない、もっと…大陸中の人たちを守って、皆が笑顔になれる、優しい国を…作りたい。

 

だから…

 

「…一刀さん達を縛らないで…白蓮ちゃん…皆のために戦ってくれる人を、縛らないで…」

 

考えれば考えるほどわからなくなる。どうして白蓮ちゃんはあの二人を縛り付けているんだろう。白蓮ちゃんの理想のため?

 

それは、白蓮ちゃんは地盤も名声も人望もあって、もうわたしが真っ向から向かったところで反論できる相手じゃないんだ。

 

でも、白蓮ちゃんのやり方じゃ遅すぎる…白蓮ちゃんのやり方じゃ、他の所で苦しんでいる人たちを守れない…

 

「お願いだよ、一刀さん…わたし達に、力を貸して…」

 

涙が出てくる。昔から泣き虫だってよく言われてたけど、なんだか最近泣きっぱなしだ。こんなんじゃ愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、

 

力を貸してくれるって言ってくれた朱里ちゃんや雛里ちゃん、それにわたしを送り出してくれたお母さんにも顔向けできない…

 

もう愛紗ちゃんも鈴々ちゃんも寝静まっている。わたしは誰に相談することもできず、枕に顔をうずめるしかなかった。

 

 

(side:一刀)

 

「…結局、こうなってしまうんだな…」

 

ここまで外史で過ごしてきたことを振り返って考えると、どうやら『起こるべき事象』の発生そのものを防ぐことはできないらしい。

 

それも修正力の影響なのだろう。だが、事象の『内容と結末』に関しては変えることができるようだ。つまり、これまでの外史で起きた

 

大きな事象の発生は防げないとしても、内容や結末が変われば当然その後に起きる事象の内容や結末も変わってくる。そうすれば外史の

 

状況はある程度操作していける。

 

天和たちを保護することで華琳の勢力が急速に拡大するのを防ぐことができるし、そうすればその後の群雄割拠においては以前ほどの

 

強大さは得られないだろう。青州のことを考えると微妙だけど。

 

…この戦いが終われば桃香たちは平原に行くことになるだろう。そして、あの戦いが始まるのだ。

 

そして、その足音が聞こえてきたときが、俺達が進むべき道を決める最初で最後の機会だ。そこで、『甲』か『乙』かを決定する。

 

だけど…

 

「…覚悟は決めたつもりだったんだけどな…心はそう簡単に冷たくはなれないか…」

 

外史を救うためとはいえ、かつて愛した少女たちの感情を利用することに後ろめたさが無いなんてことは有り得ない。ましてこちらは

 

全て知っている。相手の強みも、弱点も…見る人が見れば、卑怯者とののしられても仕方がない。

 

これまでこの大陸に降り立ったときは、何の目的も理想も無くて、ただ流されるままに戦ううちに、信念などを問われてきた。

 

戦いの中でその信念を示し、属した勢力を勝利へと導いてきた。

 

だが、今回は違う。

 

今回は、俺は朱里を伴って大陸に降り立ち、ただ一つの目的のために戦いを始めた。

 

理想なんてものはない。全ては『外史を救う』という、ただ一つの目的のために。

 

その過程で良い国が築ければ最高の結果と言える。

 

だが、俺達がしくじれば、この外史のみならず、俺と朱里が本来属するべき世界の人々まで消えてしまう。

 

それを許すわけにはいかない。そのためには、いかにかつて愛した者達であろうと、利用してみせなければならない。

 

失うことを恐れてはならない。戦うならば、全てを失う覚悟をしなければならない。

 

それが出来ない者に、戦う資格などない。

 

まして、理想を掲げて戦う資格など、あるはずもないのだ。

 

「…人は一人では生きられない…互いに支え合って生きている…」

 

そうだ。人は一人では生きていけない。だからこそ互いを支えられるように組織を作り、社会を構成していくのだ。

 

人間は社会的動物である…って誰の言葉だっけ?アリストテレスか。

 

人がいるからこそ組織ができ、社会ができ、国家ができる。それは望ましい形なのだろう。

 

だけど。

 

「…自分一人で立てない人間が、誰かを支えるなんてことは出来はしない…」

 

自分がしっかりと大地に立っていなければ、相手を支えることができずにどちらとも倒れてしまうだろう。

 

桃香の場合、周囲がしっかりと立っている(ように見える)ため、それら周囲の人々に支えてもらいながら本人は桃源を望み、

 

周囲はそんな彼女に魅せられて何があっても支えようとしてしまうし、また周囲の人々もそんなあまりにも高い理想を抱く

 

桃香を寄る辺として立っているのだ。

 

だからこそ、危ういんだ。

 

針の一突きですら崩壊しかねないほど、脆弱なんだ。

 

そして、そんな組織を感情の赴くままに振り回している桃香は…

 

「…誰よりも危険、なんだろうな…」

 

桃香とて、俺がかつて愛した者の一人。気は弱いけど芯は強くて、自分よりも他人を優先してしまうような子だ。

 

だが、『誰か』のために戦うことと、『誰か』に戦う理由を仮託することは違う。

 

これまでの外史とは違う俯瞰的な視点に立ってみて、改めて気づく。

 

桃香という人間の脆弱さと…危険性に。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

更新が一週間も滞ってすみませんでした。

 

今回は戦いを描かず、それぞれの心情を描くことに終始しました。

 

なんだか皆して同じこと言ってますけど、そこは周囲と桃香の気持ちの擦れ違いということで…

 

 

今回桃香は皆から危険人物扱いですが、今のまま行ったら完全に危険人物なので、ここではこういう風な扱いになりました。

 

周囲が怒っている理由はわかっていても、どうして力を貸してくれないのかが分からない桃香。

 

ちょっと考えればわかるはずなのにね。

 

 

縛らないでとか言ってる割には縛る気満々の桃香。棚上げand文句ブーブーの典型ですね。桃香に心酔してる人はみんなそうかも。

 

魏ルートとか見てるとどうもそういう印象がぬぐえないので…

 

呉ルートでも一刀が呉にいることを知った時、「この乱世を収めるというあなたがどうして孫権さんのところに?」って言ってるので、

 

こんな感じになってしまいました。桃香押しの皆様には本当に申し訳ない。

 

 

次回はちょっと時間を早送りして決戦直前までをお送りします。

 

とうとう舞台袖からあの人たちが出てきます。一刀や朱里の対応をご覧ください。

 

ではでは。


 
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