No.619615

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第十話

ムカミさん

第十話の投稿です。

黄巾編その2になります。

2013-09-15 12:19:50 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:9891   閲覧ユーザー数:7419

 

「夏侯恩様!よくぞご無事で!」

 

「ああ。それよりも投降した黄巾だが、一応束縛した上で中央に贈っといてくれ。俺は今からこいつの尋問を行う」

 

そう言って一刀は気絶している周倉を示す。

 

「敵の指揮官ですか?何故捕縛されたので?」

 

「どうもこいつは黄巾の動きについて何かを知っている節がある。それを上手く聞き出すことができれば、と思ったんだ」

 

「なるほど、わかりました。この場の指揮は任せてください!責任を持ってこちら側の残党の処理と投降者の移送を行います!」

 

「ああ、頼んだ」

 

一刀はその場を部下に任せ、周倉を連れて行く。

 

少し進んだところにそれなりに開けた場所を見つけ、そこで尋問を行うことにした。

 

「おい、起きろ」

 

言いつつ一刀は周倉の頬を軽く叩く。

 

「ん…お、俺は…はっ、手前ぇ!これを解きやがれ!」

 

頬に感じた衝撃で目を覚ました周倉は己の状況を理解すると声を荒げる。

 

一刀はそれを意にも介さず尋問を始める。

 

「先程の俺の問い。それに対するお前の答えを覚えているか?」

 

「あ?何の事だ?」

 

「お前は先程”今の黄巾が変になっている”と言ったな?あれについて詳しく聞かせてもらおうか」

 

「はっ!誰が話すかよ!」

 

周倉はそっぽを向いて頑なに話そうとしない。

 

そこで一刀は外堀から埋めていくことにした。

 

「…お前は張角達のことを敬愛しているのか?」

 

「…ああ、そうだよ。それがどうしたってんだ?」

 

「漢王朝は直に黄巾党の、引いては張角達の討伐を命じるだろう。そうなれば張角達は大陸中の諸侯からその命を狙われることになるぞ?」

 

これは現時点ではただの憶測でしかない。しかし、黄巾賊の活動規模を考えると正史と同じくこの世界においても黄巾討伐の勅が出されたとしてもおかしくはないだろう。

 

そう考えた上での揺さぶりであったが、これが効果覿面だった。

 

「なっ?!ちょ、ちょっと待てよ!それじゃあ何か?張角ちゃん達は殺されちまうってのか?」

 

「そういうことだな。恐らく勅の発令自体は最早止めることはできないだろう」

 

「そんな…」

 

一刀の言葉を聞いて周倉は目に見えて意気消沈する。

 

「だが、今なら張角達の命だけでも助ける方法が無い事もない」

 

そんな時に差し出された光。

 

周倉はそれに一も二もなく飛びついた。

 

「そ、それは一体どんな方法だ?!」

 

「それはまだ教えられない。その方法を用いることが出来るかどうか判断するためにも、お前の知っている張角達の情報、そして黄巾達の今の動きを教えてもらいたい」

 

それは詰まるところ張角達を生かす手段を知るために黄巾全体を売れと言っているに等しい。

 

いくら周倉が知恵者ではないと言っても、さすがにそれ位のことはわかった。

 

しかし、分かっていたとしても、そしてその味方を売って得る情報がどれだけか細い蜘蛛の糸なのだとしても、周倉にはそれに縋るしかなかった。

 

「…わかった。知っていることは話す。だから!張角ちゃん達を救う方法を教えてくれ!」

 

周倉のその返答を聞き、一刀は策の成功に安堵する。そしてすぐに情報の引き出しにかかった。

 

「ああ。それじゃあ、まず張角達のことなんだが…お前の話を聞く限り、張角達は女性なのか?どうやって黄巾党を率いている?」

 

「そうだ。張角ちゃんは元々街から街へ歌を歌って歩く一旅芸人だったんだ。俺はその頃から彼女達に心酔していた。彼女達の歌に希望ってものを感じたんだ。ただ、始めはそんな彼女達を応援する奴も少なかったんだ。だがある日を境に急速にその数が増えだした。すぐに数万人規模の集団にまでなっちまった。そんだけの人数が集まれば、よくねぇことを考える奴も出てくる。今の黄巾党の暴走はそんな奴らの小さな暴走から始まったんだ。だが、いつの間にか山賊や盗賊らしい奴らまでそれに同調し始めて…今回、この街を襲っている部隊の代表もきっとそんな賊あがりなんだろうよ」

 

(旅芸人って…ここでの黄巾の乱ってもしかしてアイドルファンのただの暴走だってのか?!もう本当に無茶苦茶もいいところだよ…)

 

事の真相を聞いた一刀は詳らかになっていく現状にため息を吐きたい気分になっていた。

 

だが、一つだけ朗報、と言えるのかどうかは定かではないが、今後を決める上で重要な情報も手に入った。

 

「一つ、確認だ。今、黄巾が各地の邑や街を襲っているのは張角達の意向ではないんだな?」

 

「ああ、そうだ。彼女達はそんなこと望んじゃいない…」

 

「そうか。じゃあ次だ。黄巾の本拠地はどこにある?」

 

その質問に周倉は僅かに逡巡を見せる。しかし、しばらくすると覚悟を決めたのか一言一言、言葉を噛み締めるように話し出した。

 

「…黄巾党の本拠地は、冀州だ。冀州にある砦。彼女たちはそこを中心にして、各地を回っている」

 

「冀州…袁紹の治める地か。本格的に勅が発令されないと簡単には向かえないな…」

 

本拠地を聞き出せはしたが、中々に面倒なその地が出てきたことに嫌な顔をする一刀。

 

しかし、今いくらそれを考えようがどうしようもないこと。一刀は気持ちを切り替えて再び周倉に向き合う。

 

「次が最後だ。と言っても、最後は質問じゃ無いが」

 

「どういうことだ?」

 

一刀の言葉に疑問符を浮かべる周倉。次に一刀の口から放たれた言葉は周倉を愕然とさせるのに十分なものだった。

 

「周倉、お前のその力、世の平和の為に役立てる気はないか?」

 

「………は?」

 

一体何を言っているのか。周倉の頭の中はその言葉で埋め尽くされていた。

 

そんな周倉を見つめつつ、一刀は更に続ける。

 

「お前の武はかなりのものだ。このまま賊として処分するのは余りにも惜しい。これは一騎打ちの最中にも言ったことだな。折角それだけの力を持っているんだ。その力を正しいことに向けようとは思わないか?」

 

「な、何を言ってんだ、手前ぇ?お前らから見たら俺はただの賊だぞ?」

 

「ああ、確かに賊だな。それは紛れもない事実だ。だが、お前はここしばらくの黄巾の行動をおかしいと感じていたんだろう?それならば更生の可能性は十分にあるさ。俺はその機会を今与えたに過ぎない」

 

一刀はここまでの周倉との会話から、周倉は心底から賊に身を落としているわけではないことを感じ取っていた。だからこそのこの提案であった。

 

周倉の方は、まさか話がこんな展開になるなど夢にも思っていなかった。その為、始めは戸惑うばかりであったが、やがて理解が追いついてくる。

 

「…官軍の奴にそこまで買ってもらえるのは俺も確かに悪い気はしない。だが!俺は張角ちゃん達にどこまでも付いて行くと誓ったんだ!彼女達の笑顔の為ならこの命を擲つ覚悟も出来ている!」

 

固い。本当に固い覚悟。一刀はそれを周倉から確かに感じ取った。

 

(仕方ない、少々卑怯が過ぎるかも知れないが…)

 

周倉を味方に引き入れるには最早これしかない、と。一刀はそう考え、先程手に入れた情報から可能姓があると考えたある作戦を賭けることを決めた。

 

「ならば、周倉。もし曹軍が張角達の命を救うことが出来たとしたら、その力を我らに貸してはくれないか?」

 

「曹軍が?張角ちゃん達を、だと?んなことホントに出来んのか?」

 

「ああ。むしろ張角達の正体が割れていない今でないと不可能だろうな。簡単に言えば影武者を立てて本人を曹軍で保護するつもりだ」

 

「……」

 

史実の曹操のように、こちらの華琳にも人材コレクターな一面がある。そこを上手く突くことが出来れば、多少の危険を冒してでも張角達を匿う選択をする可能姓は十分にあった。

 

一刀の提案を聞き、周倉はその瞳をじっと見つめながら暫く思案に沈む。やがて、その口から出た言葉は…

 

「わかった。張角ちゃん達を助けることが本当に出来るのなら、俺はお前たちに降ってやる」

 

諾、であった。

 

その返事を聞いた一刀は内心非常に安堵していた。

 

そして、大梁での戦を早々に終えるためのある作戦を決行することにした。

 

「ありがとう、周倉。早速で悪いけど、この黄巾の将軍格を討ち取りに行くその手助けをして貰いたい」

 

「それは構わないが、あの数を突っ切るつもりか?」

 

「いや、作戦は考えてある。作戦内容は…」

 

2人はそのまま一刀の立案する作戦の話し合いを行い始める。

 

2人が街中に再び姿を現したのはそれから四半刻ほど経った頃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

陳留に伝令が届いてから早数刻。

 

急遽編成された援軍は現在大梁に向けて平原をひた走っていた。

 

そんな中、桂花が菖蒲に馬を寄せ、先の軍議で感じた僅かな疑問を尋ねる。

 

「菖蒲、あんたさっき”零と一刀がいるから大丈夫”って言ってたわよね?同郷の零ならともかく、一刀にそこまで信頼を置いてた?」

 

その質問に菖蒲はどう答えたものか考えあぐねていた。

 

この時点では2人は互いに、相手が一刀が表面に出している以外の面を知っていることを知らない。

 

悩み抜いた結果、菖蒲は真実を含ませながら虚を語ることにした。

 

「私は一刀さんに色々とお世話になっていますから。それに一刀さんの武も相当なものです。私も負けたことがありますので」

 

「はぁ?あんたが?春蘭からも秋蘭からもそんな話聞いたことないわよ?」

 

「お2人がいらっしゃらなかった時のことですので、桂花さんがご存知ないのも仕方がないかと思います」

 

「へぇ、そうなの」

 

(特におかしな点も無いわね。菖蒲が一刀の部隊のことを知っているはずもないし…やっぱり気のせいだったのかしらね)

 

桂花は多少訝しみつつも一応筋が通っている説明にそれ以上突っ込むことはなかった。

 

 

 

桂花と菖蒲がそんなやり取りをしている一方で、華琳は逸る春蘭を押さえ付けていた。

 

「春蘭!あなた一人が先走ったところで何ともならないのよ!」

 

「ですが華琳様!こうしている今も秋蘭達が!」

 

「それもわかっているわ!だから限界まで行軍速度を上げているでしょう?」

 

華琳の言葉の通り、現在の行軍速度は非常に速いものであった。

 

このままでは大梁到達までに確実に歩兵に疲労が溜まってしまう。それ程の速度。

 

しかし、今は多少の戦力低下も厭わずに強行軍を敢行すべきだと。華琳はそう判断したのである。

 

「わたしの大切な部下の命がかかっているのよ?全力でもって助けに向かっているに決まっているでしょう?!」

 

叫ぶ華琳。そんな華琳の姿に春蘭は気圧された。

 

「華琳様…申し訳ありませんでした!夏侯元譲、自らの未熟を痛感致しました!」

 

「構わないわ。とにかく急ぐわよ!」

 

「はっ!」

 

一通り話が終わると後は野を進むことに集中する。

 

その後は会話らしい会話も無く、一団は速度を維持したまま大梁を目指して進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夏侯淵様!賊軍指揮官が撤退して行きます!」

 

「うむ!皆!あと少し耐えれば南門への第一波は止むだろう!全軍、踏ん張れ!」

 

『おおうっ!!』

 

南門では黄巾達を指揮していた裴元紹が再び本陣に撤退を始めていた。

 

南門の防衛軍は秋蘭の指揮もあって、被害はかなり抑えられていた。

 

とは言っても、やはり物量差は響いており、死傷者の数はそれなりのものだった。

 

「次はどう動いてくるか…一度中央に戻るか。ここは任せたぞ!」

 

「はっ!」

 

秋蘭は南門の部隊長にその場の指揮を預け、中央に戻っていく。

 

そこに秋蘭と入れ違う形で李典がやってくる。

 

「あんれぇ?あ、ちょっとそこの兵隊さん!夏侯淵様、どこ行ったか知りません?」

 

「夏侯淵様なら先程中央にお戻りになられましたが…」

 

「あっちゃ~、入れ違いになってもうたか~。ま、えっかどうせ”中央戻れ”って内容やったし。ほな、ありがとうな~」

 

どうやら李典は司馬懿の命を秋蘭に伝えに来たようである。

 

尤も、秋蘭はその指示が来るであろうことを読んでいたのか、既に行動した後だったのであるが。

 

秋蘭が既に中央に向かった事を確認した李典は、そのまま東門へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…お、ちょい待ち!この東側にいる隊員、全部で何人だった?」

 

一刀は偶々通りかかった黒衣隊員を呼び止め質問する。

 

「は。確か自分を含めて6人配置されているはずです」

 

「6か、十分だな。今から敵本拠地に乗り込む。実質的に暗殺任務みたいなもんだ。構成は隊員のみ。あとはこいつも加える」

 

そう言って周倉を示す。その言葉を受け、隊員は周倉に視線を向ける。

 

「非隊員を、ですか。しかし、隊長が言うのでしたら間違いはないのでしょうね…わかりました。至急残りの隊員を集めてまいります」

 

「ああ、頼む」

 

隊員は納得すると他の隊員を集めに行った。

 

それを見送ってから周倉が口を開く。

 

「お前の作戦の内容が内容なんだが、たった8人ぽっちで大丈夫なのか?」

 

「ああ、問題ない。むしろちょうどいい数だろう。俺はあの時、お前を討ち取ったと勝ち名乗りを上げた。それは既に賊の本隊にも伝わってるだろう。なんとか逃げてきた、ってのに信憑性を持たせるには程よい人数なんだ」

 

「そんなもんなのか。ま、何にせよ、俺ですらあいつらは好きじゃなかったんでな。あいつら討ち取ることに異を唱えるつもりは全くねぇからよ」

 

そう言って周倉は賊の本隊がいる方向を睨む。その言葉の端々から今の黄巾の状態を真に嘆いていることが感じ取れた。

 

(こいつは本当に心底からの張角達のファンなんだな。そこまで慕われるとは…)

 

周倉のその様子を見て一刀は張角達のそのカリスマに感心していた。

 

そこに南門から駆けてきた李典がやってくる。

 

「お、今度はおった~。夏侯恩はん、司馬懿はんからの伝言ですわ。中央に戻ってくるように、とのことです」

 

李典は一刀に司馬懿からの伝言を伝える。しかし一刀は否を返す。

 

「李典さん、申し訳ないけど、俺は暫く別行動を取らせてもらうよ。俺がそう言っていたと秋蘭につたえてくれないか?」

 

「ちょっ、夏侯恩はん?!何考えてはんの?!」

 

「大丈夫。そう伝えたら秋蘭なら分かってくれるから」

 

焦る李典を宥めるように声をかける。

 

一刀の落ち着きようを見て李典もどうにか気持ちを落ち着ける。

 

「…ホンマに大丈夫やねんな、夏侯恩はん?」

 

「ああ」

 

迷いの一切無い即答。それを聞くと李典は一つ頷いてから踵を返す。

 

「わかった。ほな、そう伝えるわ。もし話と違うたら末代まで恨むからな!」

 

まるで捨て台詞のような言葉を残して李典は去っていく。

 

「…いいのか?大将からの呼び出しだろ?」

 

「こっちの任務の方が急務さ」

 

周倉の問いに事もなく一刀は答える。

 

そうこうしている内に先程の隊員が残りの黒衣隊員を連れて来た。

 

「揃ったか。では、今より任務内容を伝える。が、その前にこいつのことだな。こいつは周倉。黄巾の将だったが、協力を取り付けた。こいつの存在が今回の任務の鍵だ。では、任務内容を説明する。我々は賊に扮して周倉を先頭にほうほうの体を装って賊本隊に向かう。そして周倉を通して賊の大将に接近、これを討ち取る。頭さえ討ち取れば直に制圧出来るだろうが、少なくとも作戦参加者は賊の只中で孤立することは避け得ない。もちろん、今までと同じく命を賭けられない者は残って構わない」

 

一刀の口から任務内容が淡々と告げられる。その内容は過酷が過ぎるというもの。

 

しかし、黒衣隊員は誰一人としてその場を去ろうとしなかった。

 

「今回は特に危険だ。俺でも生きて帰れる保証は無い。それでも、か?お前たち」

 

「もちろんです!我々は黒衣隊が正式に発足となった時よりずっと、その覚悟を持っております!」

 

先程の隊員が声を上げる。他の隊員はそれに同調するように首を一つ縦に振った。

 

「そうか…ありがとう。では、只今より当該作戦を開始する!皆の武運を祈る!」

 

『応!』

 

掛け声一つ。短いながらも気合の篭ったそれによって数人の集団は行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大梁の街、その中央に設置された臨時の防衛軍本部。

 

そこには既に秋蘭、季衣、楽進、于禁が各方面の防衛線から司馬懿の下に集合し、李典と一刀の到着を待っていた。

 

「それでは敵指揮官はほとんど突撃命令しか出していなかった、ということですね?」

 

「うむ。戦に精通しているようにはとても見えなかったな」

 

2人の到着を待つ間にも5人は互いの得た細かい情報を交換する。

 

そうしていると、ようやく李典の姿が見えた。

 

しかし、一刀の姿は一向に見えない。

 

「真桜、夏侯恩殿はどうされたんだ?」

 

楽進が皆の下に来るのを待って問いかける。李典は少々渋い顔を作りつつそれに答えた。

 

「それがなぁ…夏侯淵はんに夏侯恩はんから伝言預かってるんですわ。なんや、”自分は暫く別行動を取る”らしいです」

 

その返答に真っ先に反応を示したのは司馬懿であった。

 

「はぁ?!ちょっと!それ本当なの?!」

 

「申し訳ないですけど、ホンマのことです」

 

「こんな時になんて勝手な!…って、秋蘭様?どうされました?」

 

一刀の行動に激昂していた司馬懿であったが、秋蘭が何事かを考え込んでいることに気づき、尋ねる。

 

尋ねられた秋蘭は、考えを整理しつつ話し始めた。

 

「ああ…私達が父上の下で武を振るっていた頃から一刀は偶にこういった行動に出ていたんだ。その時々では確かに妙な行動に見える。だが、大局的に見るとその行動が最大の利を生んでいるのだ。恐らく今回もその類なのだろう。だから、零。一刀抜きで回すことは出来ないか?」

 

「出来ないことはないですが…今までより更に厳しいことになりますよ?」

 

司馬懿は、それでもいいのか、と秋蘭に問う。それに対して秋蘭は事も無げにこう答えた。

 

「ああ、構わん。私が一刀の分まで補ってみせるさ」

 

「ボクも頑張るよ!難しいことはよく分かんないけど、兄ちゃんが頑張ってる間、兄ちゃんの分も頑張ればいんだよね?」

 

秋蘭の言に季衣が直ぐ様同調する。その言動からは一刀を信頼しきっていることがよく伺えた。

 

その様子を見て、司馬懿はため息を吐きつつも同意する他なかった。

 

「はぁ。秋蘭様がそういうのでしたら。では…次は恐らく賊本隊から最も近い門、西門に人数を集中してくるかと思われます。そこで西門には秋蘭様が赴いてください。本当は季衣も配置したかったんだけど、季衣は南門の防衛を。後は楽進、李典、于禁。貴方たちの実力はどれ位あるかしら?」

 

「個人の武でしたら私が一番上です」

 

「他の二人も集団を率いれるだけの者は持っているのよね?」

 

「はい、それは大丈夫です」

 

司馬懿の問いかけに楽進が間を置かずに答える。その返答を受けて残りの門の防衛も決定される。

 

「わかったわ。では、楽進、貴方は北門の防衛に向かって頂戴。李典と于禁は二人で東門の方へ。異論があれば今聞くわ。……無いようね。では、皆、配置に!」

 

『はっ!』

 

司馬懿の号令で5人は配置された門へと駆け出した。

 

(一刀…また無茶をするつもりなのか?必ず生きて帰って来るんだぞ…!)

 

そんな中、秋蘭は心の中で一刀に檄を飛ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん?おい、あれ周倉さんじゃねぇか?」

 

「あ?何言ってんた、お前?周倉さんは官軍の奴らにとっ捕まったって話だったじゃねぇか」

 

「いや、だけどよ。あれ、やっぱ周倉さんだろ?」

 

大梁西門から離れた位置に屯っている黄巾賊の本体。

 

そこで見張りをしていた男が南門側から駆けてくる数人の影に気づいたのだった。

 

既に東門で周倉が討ち取られた、というよりも捕らえられたことは黄巾賊全体が知っている。

 

波才と裴元紹は報告された時点でその事実を伏せようとはしていたのだが、人の口に戸は立てられない。

 

その情報が黄巾全体に波及するのに時間はほとんどかからなかったのである。

 

しかし、だからこそ見張りの男の言は当初相手にされないのだったが。

 

「だーっ!お前しつこいぞ!」

 

「んだよ!だったらお前も見てみればわかんだろ!」

 

「わあったよ!おら、場所変われ!ったく、周倉さんがいるわ…け…マジでいるじゃねぇかよ…」

 

否定していた男も実際にそれを目にした途端意見を翻す。

 

その会話を聞いた周囲の黄巾達は皆次々に周倉を確認すると口々にその様子について語りだす。

 

では、黄巾達が目にした周倉達の姿は一体どのような状態なのか。

 

それを説明するには東門を出る少し前にまで遡る。

 

 

 

「皆、わかっているとは思うが、今回の作戦はその性質上、己の武器を持っていくことができない。だが、武器無しでは敵頭目を仕留めることもできない。そこで、だ。以前から訓練していた”こいつ”を使う」

 

そう言って一刀は鏃に短い柄をつけたような造形の短刀を取り出した。

 

「苦無、でしたか?」

 

「そうだ。俺の国の物と全く同じには出来なかったが、これでも十分機能することは訓練時に確認済みだしな」

 

実は以前、有力諸侯の偵察を粗方終えた後、一刀は黒衣隊を使って腕の良い職人を探し出していた。

 

重視したのは製鉄、造形技術。これが無ければ苦無のような物を作製することが出来ないからである。

 

黒衣隊のその性質上、目立たない武器は必ず必要となってくるが故の行動だった。

 

「苦無程度の大きさであれば懐に入れておけば目立つことは無い。ただ、教えた通りこいつには強度はあまり無い。戦闘になっても決して相手の攻撃をまともに受けるな。基本的に攻撃は避けるようにするんだ。わかったな?」

 

『はっ!』

 

「それから…こいつを腕か頭に巻いておけ」

 

そう言って一刀は隊員に黄色の布を配る。

 

「こいつは賊の目印みたいなもんだ。無ければ怪しまれて終わりだ。そして、最後に…前に教えた血糊の技術で負傷しているように見せかけておけ」

 

 

 

その結果。黄巾が見つけた周倉達は体中至る所を負傷し、武器も持たずにほうほうの体で逃げ帰ったように見えたのである。

 

「周倉さん!大丈夫だったんですか?!」

 

周倉が黄巾の陣地に辿り着くと、途端に辺りの黄巾から一斉に声を掛けられる。

 

「ああ、なんとか、な。こいつら位しか残らなかったが、官軍の奴らが油断している隙を突いて逃げ出してきたんだ」

 

これは一刀と周倉の間で決めていた言い分である。既に捕らえられたことが知れ渡っているはずなので、逃走という手段しか不自然に見えない手段が無かったのだった。

 

「さすが周倉さんだ!ざまぁ見やがれ、官軍の野郎ども!」

 

周倉の言を聞いた黄巾は口々にそう叫ぶ。この一幕を見ても、周倉が随分と信頼されていたのがよくわかると言うものだ。

 

「これだけ素直に受け取られるとは…お前、信頼厚かったんだな」

 

「というよりも、こいつらは元々張角ちゃん達の純粋な信者だった奴らだからな。それもあるんだろうよ」

 

「何はともあれ、作戦を続行しよう。順調すぎても困ることは無いからな」

 

「ああ、わかった。おい、誰か教えてくれ!今波才さん達はどこに居る?」

 

一刀と周倉は黄巾の様子に二言三言会話を交わした後、作戦の遂行に移る。

 

「へい!旦那でしたらまだあそこにいるかと。裴元紹の旦那もさっき丁度帰ってきやしたぜ」

 

近くにいた黄巾がそう答える。これによって次の行動が決定された。

 

「そうか。俺はちょっと波才さんに報告してくるわ」

 

そう言い残すと周倉は陣の中央に向かって歩き出す。

 

その後を周倉に付いて来た7人が一言も発することなく付いて行くのだった。

 

「あいつら、随分雰囲気が暗かったな」

 

「周倉さんが捕まるほどだ。よっぽど恐ろしいやつでも出てきたんじゃねぇのか?」

 

8人を見送った黄巾達は的外れな推測を立てているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ!まぁだ落とせないのかよ!おい、裴元紹!どうすんだ?!」

 

「次はもう西門に当てられるだけの数を当てようと思ってやす、旦那。取り敢えず手の空いてる奴は西門に迎え、って指示出しときやした。今度こそ化物がいたとしても、圧倒的物量で押し切ってみせやす!」

 

黄巾賊中央に設営された陣地。

 

そこには波才と裴元紹、そして数人の黄巾がいた。

 

そんな中で波才は苛立ちを隠そうともせずに周囲に怒鳴り散らしていた。

 

その波才と向き合う裴元紹は既に次の手は打ったと報告する。

 

そして裴元紹が西門へと赴こうとしたその時。

 

「は、波才さん!周倉さんが官軍の奴らの所から逃げ帰ってきてます!」

 

一人の黄巾が慌てた様子で報告に来た。

 

その内容に2人は驚く。

 

「何だと?!本当か?!」

 

「は、はい!すぐそこまで来てますが…」

 

「どうしやす?旦那」

 

「そうだな…あいつにも西門を攻めさせるか。おい、周倉を呼んで来い!」

 

「は、はい、わかりました!」

 

波才は次の西門総攻撃に周倉も参加させる為に、周倉を呼びに行かせることにした。

 

そのまましばらく待っていると周倉がやってくる。周倉の後ろには先程陣地に逃げ延びてきた7人がそのまま付き従っていた。

 

周倉は波才の前まで歩いていくと、一つ会釈をして簡潔に報告する。

 

「只今戻りました、波才さん」

 

「おう、よくぞ無事だったな、周倉。で、戻って早々だがこいつと一緒に西門攻めて来い。手の空いてる奴全部西に向かわせたからな。この攻撃であの街を取ってやるんだ」

 

まさにただ形だけの労い。そして、周倉の状態を歯牙にも掛けず、次なる指示を出し始めた波才。

 

隣にいる裴元紹も、それがさも当たり前であるかのように下卑た笑いをその顔に浮かべていた。

 

(見るからにただの賊、だな。もし周倉のように黄巾の純粋な信者であるなら、と思ってたんだが…仕方がない)

 

波才と裴元紹に交渉の余地無しと判断した一刀は、目立たぬように手振りで隊員達に指示を出す。

 

一同の前では周倉が負傷による出陣の困難を説いているが、2人はそれに全く取り合おうとしていないようである。

 

そのまま3人は更に言い合う。

 

そして、遂に周倉の口から”その言葉”が放たれた。

 

「ああ、そうかい!わかった、”もう十分だ”!これ以上言っても無駄なんだろう?!」

 

それは道中で一刀が皆に教えた作戦の合図だった。

 

周倉のとある一言を合図に、頭目を一息に討ち取る。同時に、周囲に黄巾いるのであればその対処も行う。

 

周倉が話を伸ばしている間に一刀が送っていた指示はその配分なのであった。

 

周倉の合図が出ると同時に、7人が一斉に動き出す。

 

「何だ?どうし…」

 

「ん?何を…」

 

波才も裴元紹も、その言葉を最後まで発することは叶わなかった。

 

一刀が波才を、隊一の実力を誇る隊員が裴元紹を、それぞれすれ違い様に首筋を切り裂いて仕留めたのである。

 

周囲に待機していた黄巾達はその光景を目にしてざわめき立つ。

 

「お、おいおい!頭達が死んじまったぞ!」

 

「に、逃げ…な、何だ?!おま…」

 

言動からして元々波才達が率いていた賊の構成員だったのであろうその黄巾達は、波才達が殺されたのを見ると途端に逃げ出そうとする。

 

しかし、さすがは精鋭の黒衣隊と言うべきか。一刀達が飛び出すと同時に八方に散った残りの隊員は次々に黄巾を仕留めていった。

 

一刀はその場を部下に任せると周倉を引き連れて陣地の外に出る。

 

そこには陣地の騒ぎを聞きつけ、何事かと訝る黄巾達がいた。

 

一刀はその黄巾達を見渡すと一つ大きく息を吸い、声を張り上げる。

 

「聞け!黄巾の者達よ!お前たちの大将、波才と裴元紹は我々が討ち取った!間もなく我らの援軍も到着する!命の惜しい者はおとなしく投降せよ!!」

 

黄巾達はその内容が俄かには信じられず、かと言ってどう動けばいいかは自分達で判断も出来ない。

 

只々困惑する黄巾達に止めを刺したのはその後に続いた周倉の言葉であった。

 

「お前ら!今回の件で痛いほどわかっただろう?!今の黄巾はどこかがおかしくなってしまっていると!しかも、とうとう官軍が本気で俺達を潰しにかかってきたんだ!この戦いでわかったはずだ!このままでは張角ちゃん達が危ない、と!俺は張角ちゃん達を救う為に今回の官軍に下ることを決めた!お前らが真に張角ちゃん達を慕っているのなら…頼む、このまま投降してくれ」

 

これによって黄巾本陣周辺の趨勢は決まった。

 

元より張角達の古参の追っかけからの信頼の厚い周倉がこうまで言っているのである。

 

黄巾の中でも張角達の純粋な追っかけ達は周倉に従い、武器を置き投降を始めた。

 

対して、黄巾の流れに乗っかっただけの賊達は頭がやられたことを事実だと認識し、一目散に逃げ出した。

 

そして、一部の賊達は逆上し、一刀たちに斬りかかってくる。

 

陣地内を制圧した黒衣隊も外に出てきて、賊達との局地戦が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒衣隊と賊との局地戦が始まった頃。

 

陳留の街から大梁を目指していた援軍は、ようやく大梁の街をその視界に収めていた。

 

「華琳様!大梁の街が見えました!」

 

「状況は?!」

 

「街の西側の門に大多数の賊が群がっております!また、北側、東側共に少数の賊が!恐らく南側にも賊がいるものと思われます!」

 

桂花が大梁の様子を華琳に報告する。その間も一同は馬の足を止めることなく大梁へと前進する。

 

「そう。では、桂花。すぐに各門へ向かう部隊の割り振りを決めなさい!」

 

「はっ!では…菖蒲!3千の兵を率いて北、東、南の賊の討伐を!残りの者はまず賊の本陣を背後から急襲、その後西門に群がる賊を掃討します!」

 

「わかったわ。皆、桂花の指示通りに!相手は無法の賊!容赦はするな!我が軍の全力をもって蹴散らしなさい!」

 

『はっ!!』

 

華琳の号令で部隊は二手に分かれてそれぞれが相手をする賊の下へと向かっていく。

 

この援軍の到着によって大梁における戦の趨勢は完全にきまったのであった。

 


 
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