真・恋姫†無双~絆創公~ 中騒動第二幕(後編)
「あたい達に稽古、って……」
「佳乃ちゃんが鍛練する……って、事?」
「はいっ!」
いきなりの申し出に、数回瞬きをして相手を見る猪々子と斗詩。幾らか意気込んでいる少女、佳乃は真剣な顔つきで二人を見つめている。
一番混乱しているのは斗詩だろうか。瞬きの間隔を短くして佳乃に問いかける。
「え、ええと。ちょっと待って? ど、どうして? 佳乃ちゃんと他のご家族の皆さんは、私達が護ってあげるよ? 佳乃ちゃんが闘うとか、そういう事はしなくて大丈夫だよ!?」
「そうだよ。さっきあたいが斗詩に言われたように、佳乃達に何かあったらアニキに怒られるかもしれないし」
猪々子が深く何度も頷きながら斗詩に続く。
この世界に来た一刀の家族全員は、女性陣にとっても大事な家族である。
だがそれ以前に、家族全員のその状況が状況ゆえに護衛すべき人間でもある。
その身の安全が危ぶまれれば、一刀の存在自体も危機に晒される。
理屈云々は理解できなくても、その愛しき人が自分達と同じように愛する肉親。
それをみすみす失い、悲しむ様を想像するのはこれ以上は無いほど心苦しい。
なのに、今目の前にいる一刀の妹である彼女は、自らその身と魂を天に捧げかねない行動に出ようとしている。
天の国が、血を流すような争いや諍いにあまり出くわさないような、平和な世界であることは、以前から何度か聞かされていた。
それに加え、佳乃の普段の行動から“ある印象”が根付いていたが、二人は敢えてそれを口にはしなかった。
彼女が傷ついてしまうのを危惧して。なので、何とか思いとどまらせようと斗詩は努めてにこやかに話しかける。
「無理しなくていいんだよ? そういう事は私達に任せて、佳乃ちゃんはゆっくりして……」
「それじゃダメなんですっ!!」
斗詩の言葉を遮り、大声を上げて立ち上がる佳乃。
怯む一同が再び瞬きをしていると、目の前の少女は微かに震えだしていた。
突然起きた事態に戸惑う斗詩がどうしたのと問いかけるより前に、少女かポツリと呟き出す。
「ここに来て、お母さんは子供達の先生……お父さんは軍師のお姉ちゃん達のお手伝い……お爺ちゃんは兵士の皆さんの訓練……でも……でも私だけ何もしてない……私だけ何も出来ないんです!!」
「……佳乃ちゃん」
「警邏だって……頑張っているのはお姉ちゃん達で、私はただいるだけで……だから……せめて、足手まといにならないように…………少しでも良いから、何か武術を覚えたいと思って……」
「……けど、なぁ」
猪々子は言葉に詰まり、向ける視線を佳乃から斗詩に変える。その無言の訴えに、斗詩も眉をハの字にしている。
言いたい事はあるにはある。だがそれは先の“印象”に関わるので、どうしたら良いかと頭を抱えそうになったが。
「無理よ。佳乃には」
突き放すような物言い。
衝撃的な一言に三人が元を辿ると、その先には呆れたように輪切りのレモンを口に運んでいる小蓮の姿が。
「無理、ですか…………?」
意気消沈してしまった少女の瞳から、静かに流れ出す一筋の雫の軌跡。
-ちょっ、ちょっと!?-
-はっきり言うなよ……-
斗詩は目を見開き、猪々子は軽く頬を引きつらせながら小蓮を見た。
そんな二人など気にしないで、小蓮は微かに冷ややかな視線を続けている。
「じゃあ訊くけど、佳乃って体動かす事って得意なの?」
「……………………いえ。どちらかといえば勉強の方が」
質問を聞いて俯いた顔は、そのままゆっくりと横に振られる。
「……何か体を動かした経験とかは?」
「………………ありません」
返される答えに、小蓮は溜め息を吐く。
「じゃあ、止めといた方が良いんじゃない? 土台が組み上がらないまま始めたんじゃ、早々に崩れるのは目に見えるから。慣れない事をして体壊しちゃったら、それこそ一刀達が心配するわ」
キツい言葉ながらも至極もっともな意見に、他の三人は口を閉ざしてしまう。
「それと、佳乃。アンタ“自分が何も出来ない”なんて言ってたけど、ホントにそう思ってるの?」
「えっ……?」
「気付いてないなら言わせてもらうけど、アンタはちゃんと役に立っているわよ。…………その証拠は、コレよ」
その人差し指が数回つついたのは、佳乃が持ってきたタッパーだ。
「コレって……この差し入れ、ですか?」
「アンタがコレを作ってきた理由は何? わざわざ自分が料理が出来るのをひけらかしたかったの?」
「ちっ、違います!! コレは斗詩お姉ちゃんと猪々子お姉ちゃんの為に……!」
「それよ」
再び佳乃の顔へと人差し指を伸ばす小蓮。今度は微かに仰け反る佳乃。
「アンタがコレを二人の為に作った。なら二人は、その厚意に応えようと鍛練に更に身を入れる。つまり、アンタはこの二人の役に立っているって事よ」
小蓮の言葉を聞いて改めて二人を見れば、佳乃を穏やかな笑顔で見つめている。
「私が、役に立ってる……?」
「大体、生真面目なアンタの事だから、二人に失礼がないように考えて作ってきたんでしょ?」
「は、はいっ! 栄養補給と疲労回復に丁度良いと思って……。あっ、このレモンは私達の世界では他にも色々な料理に使われたりするんです! レモンを使ったお茶とかあって……。他にも油ものに添えたり、調味料として使ったり……」
「へぇ~、そういう使い方も出来るんだ!」
「凄いんだなー、これ」
先程までの落ち込みようが嘘のように、ハキハキと元気を取り戻して喋り出す佳乃。その姿に他の三人は、ホッとしたように笑みをこぼす。
「それにこれ、生のままだとほんのり甘みがある酸っぱい果物なんです。その味が色んな詩歌とかに使われたりして…………あっ」
と、喋る途中で佳乃は何か思い出したように、しかしそれを口にするのを躊躇い動きが止まる。
「どうしたの? 佳乃ちゃん」
「何だよ? 気になるじゃないか」
話に興味津々になっている斗詩と猪々子の視線を受けた佳乃は、少し迷いながらも再び喋り出す。
「あ、あの……。す、好きな人とした初めての口付けの味が……このレモンの味だって、言われてるんです……」
「……………………」
途端に顔を真っ赤にする者、キョトンとする者、どこか妖艶な笑みを浮かべる者。
三者三様の反応を佳乃は確認した。
「なあ、斗詩。アニキとした時、こんな味だったっけ?」
「わわわわわわ私に訊かないでよ!!!?」
「ふぅ~ん、良い事教えてもらっちゃった♪ 後で一刀に訊いてみよーっと! もし忘れたとかはぐらかしたりしたら、一刀に迫って思い出させて……」
「その前に……。まずは一番大事な事は何なのかを思い出すべきではありませんか……。小・蓮・様?」
-ビクゥッ!!!?-
小蓮の記憶の隅に追いやられていたものが恐怖と共に蘇ってきた。
声の聞こえてきた後ろの方をぎこちなく振り向くと、そこには仁王立ちでこちらを見下ろす女性がいた。
「め、めめめ冥琳っ!?」
自分の真名を呼ばれた女性は、柳眉を逆立てて凄まじいオーラを放っている。
「お勉強もせずにこんな所で油を売るとは……。覚悟は出来ているんでしょうね?」
「え、ええと……」
返答を待たずに、冥琳は小蓮の小さな身体を脇に抱える。
「ちょ、ちょっと!! 冥琳、話を聞いてよー!!」
「聞く耳を持ちません! 何故なら、これから私は小蓮様に教える立場になります故、聞くのは小蓮様の方です!」
「そんな返しは求めてないからー!! 離してよー!!」
「三人とも、邪魔したな。後はゆっくりしててくれ……」
冥琳は暴れる小蓮を抱えたまま、自身の怒りに圧倒されていた三人に軽く頭を下げて背を向けた。
と、そのまま立ち去ろうとしていた冥琳は足を止め、半身だけ三人の方へ……。いや、正確には佳乃へと振り向いた。
「佳乃……。先程のお前の役割の話だが……」
「……は、はい?」
さっきの自分達の会話を聞いていたのか……?
その疑問よりも先に、冥琳が言葉を続ける。
「私は、お前の今後にかなり期待している」
「…………へっ?」
唐突な言葉に戸惑う佳乃。冥琳はそんな彼女を口元に笑みを浮かべながら眺めている。
「自覚があるかは知らんが、お前は兄の北郷に似て、なかなか飲み込みが良い。それに亞莎と同じく、熱心に話を聞く。……私としても教え甲斐があるというものだ」
「そう、なんですか……?」
冥琳はただ静かに頷いた。
「人には大概、得手不得手がある。不得手な鍛練に取り組むよりも、著しい成長の見える事に費やす方が、お前にとって有益だと思うがな……」
「…………冥琳お姉ちゃん」
「フッ。もしかすれば、私よりも優れた軍師へと変貌するかもしれんぞ?」
「そそ、そんな! 冥琳お姉ちゃんよりも上なんて……!」
「……お前の持つ素質がどういうものか。これからお前がどう化けるのか。私は楽しみにしているぞ」
そう言い残して冥琳は、まだジタバタする小蓮を小脇に東屋を後にする。
「軍師……私が…………?」
佳乃は自分に掛けられた言葉を反芻してみる。
今まで想像すらした事の無かった、未来の自分の姿。
それに対して、彼女の中に様々なものが渦巻いていた。
そこまで言われて嬉しくないハズはない。
ただ、実感も自覚もまだ芽生えていない。
でも、今の自分の中に湧き起こる情熱とも不安とも言い切れないものをどうしたら良いのだろうか。
「佳乃ちゃん! 凄いじゃない!!」
思い悩む佳乃の隣に立っていたのは斗詩。見れば、とても嬉しそうな顔で自分を見ている。
「周瑜さんに認めてもらえるなんて、そうそうある事じゃないんだよ!」
「……そうなんですか?」
「そうだよ! そうか~、佳乃ちゃんが軍師か~……。うんっ! 武将になるよりも、その方が向いているんじゃないかな?」
「あたいもそう思うな!」
言葉を続けたのは猪々子。座ったまま頬杖を付き、白い歯を見せた悪戯っぽい笑顔で佳乃を見ている。
「やっぱ佳乃はでっかい得物を振り回すより、静かに考えてる方が性にあっているんじゃないか?」
「……でも、私まだ軍師になる自信とか」
無いですと続ける前に、斗詩が佳乃の肩に優しく手を置いた。
「確かに、いきなり言われても戸惑っちゃうと思う……。でもね。無理して軍師を目指すとかじゃなくて、佳乃ちゃんが何かに一生懸命取り組んだ事が大事なんだと、私は思うよ」
「斗詩お姉ちゃん……」
「だって、佳乃ちゃんが頑張ってるって事は私達はちゃんと分かっているし。何より佳乃ちゃん自身の中で形として残るはずだから……!」
-佳乃ちゃんが、佳乃ちゃん自身を信じてほしい-
そう言い聞かせるような斗詩の微笑みに、佳乃の渦巻いていた思いは明らかな色へと変わった。
確かに芽生える、決意の色へと。
「私……頑張ってみます! 自分がどこまで出来るのか、自分自身で確かめてみます!」
「うん! その意気だよ!」
「あたいも応援するよ! なんたって大事な“妹”なんだしな!」
猪々子も今度は立ち上がり、胸の前で拳を握る。
「斗詩お姉ちゃん、猪々子お姉ちゃん、今日はありがとうございます! …………あっ、でも」
急に言葉を止めた佳乃に、斗詩と猪々子はどうしたのかと問い掛ける。
「鍛練は無理でも……。身体を鍛えるとかなら、私にしてくれますか? 勉強するのも、体力が必要だと思いますから……」
顔色を伺いながらの提案に、二人はにっこり笑いかける。
「うん、いいよ。最初は無理しないように、ゆっくりやっていくからね」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「よーし! じゃまずは軽ーく、あの山越えてみるか!」
「文ちゃん話聞こえてた!? ゆっくりやっていくからって、今言ったばかりじゃない!!」
「えっ? あたいにしてみりゃ、あの山越えるくらいゆっくりでも出来るぞ?」
「文ちゃんじゃなくて! 佳乃ちゃんに合わせてゆっくりしていくってことなの!」
目の前で繰り広げられている漫才に、佳乃はクスクス笑う。
やはり二人は、自分の世界に普通にいるような女性にしか見えない。
でも二人は各々の身体よりも、大きく重たい武器を愛用している。
この女性らしい体つきのどこから、そのような力が出てくるのだろうか。
だからこそ、佳乃はこの二人に頼んでみる事にした。
もしかしたら、自分も同じように戦えるのかもしれない。力になれるのかもしれない。
でも、佳乃はそれを考えないことにした。
誰かの真似事をしても、何の考えも無くするのなら、それは自分の力を正しく発揮したのではない。
ただの劣化版でしかないのだ。
ならば、自分の力に変えられるよう工夫するべきなのだ。
冥琳が言うように、軍師になるのか。
それとも、斗詩と猪々子を師と仰ぐ武人になるのか。
全ては、自分がこれから決め、自分の足で歩まなければならない。
そう。自分の兄がしてきたように。
佳乃は心の中で、静かに火を灯し始めた。
-続く-
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一刀の妹、フラグが立つ